西澤 晋 の 映画日記

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2010年 12月 11日

博士の愛した数式(2005) ☆☆☆

f0009381_2229370.jpg監督:小泉堯史
原作:小川洋子 『博士の愛した数式』
脚本:小泉堯史
撮影:上田正治/北澤弘之
音楽:加古隆

出演:寺尾聰(博士)/深津絵里(杏子)

       *        *        *

空気感はいいのだけど・・・、もう一押し!

『薬指の標本』小川洋子原作の映画。決して悪くはないのだけど、どこかがもうちょっと繊細に、精巧に出来てたらもっといいものになっていたのに・・・。題材が良いだけにもったいない。現時点では雰囲気だけの映画になってしまってる気がする。

まず、深津絵里の親近感ある存在感はすばらしいです。この人しか出せない良い感じ。スーパービジュアル女優さんには決してならないけど、この人は日本の映画界、ドラマ界にはなくてはならない人ですね。

この物語の基本コンセプトは、「博士の記憶は、交通事故の後遺症のため80分しか記憶が続かない」ってのは・・・、かなり中途半端な数字ですね。

人間の記憶の分類としては<感覚記憶>と<短期記憶>、そして<長期記憶>の3種類にわけられるそうです。
<感覚記憶>というのは、瞬間的な記憶の能力で、「あつい!」とか「つめたい!」とか、「うるさい」とか・・そんな記憶。1~2秒くらいしか続かない記憶。
<短期記憶>というのは約20秒間保持される記憶です。脳の中の「海馬」というパートがこれをつかさどります。『アリー・マイラブ』でも、ジョン・ケイジが「海馬」について語っていた話数がありました。おお、これをもってくるか!?って当時感動しました。一般庶民がそんな言葉しるわけありません! 私はたまたま、その何ヶ月かまえに、やはり長期記憶に変換できなくなった人のNHK特集をみてたので、「あ、あれだあれだ」ってわかったのですが・・(こういうときは少し嬉しい)。
<長期記憶>というのは期間保持される記憶である。忘却しない限り、死ぬまで保持される記憶。
人間の記憶に関する学習というのは、この<短期記憶>を反復練習することによって<長期記憶>に変換していくことらしい。

家のなかで「トイレがどこにあったかな」とかいう<長期記憶>というのは、既に確立されていて、それは壊れないということらしいのです。つまり、この映画で描かれている記憶というのは、短期記憶が重複敵刺激があったとしても長期記憶には決してならない部分の記憶のことということらしいのです。この部分に支障をきたした人物をテーマにした映画は『メメント』『NOVO』などがありますが、これらは5分くらいの短い記憶しかないというもの。本編の80分という時間は、ずいぶん長い時間にしたものだって思ったものです。

<あらすじ>
交通事故で記憶が80分しか保てなくなった元大学の数学博士(寺尾聰)の家に雇われる杏子(深津絵里)。80分で記憶の消えてしまう博士にとって、彼女は常に初対面の家政婦だった。やがて、博士の提案で家政婦の息子も博士の家を訪れるようになる。博士は熱を出して寝込んでしまった夜、杏子は泊り込んで看病することになる。しかし、これは派遣会社のルール違反となり、さらに、母屋に住む博士の後見人の義姉から反感をかう。彼女は解雇を申し渡され他の家へ転属になるが数日後、誤解の解けた家政婦は復職が叶い、再び博士の家を訪れるようになった。その息子が大きくなって今は数学教師になっている。


せっかく数学つかうのであれば、もうちょっと、真理を追究した使い方はなかったものか・・。どうも理屈そっちのけで、雰囲気に流されてしまったような気がして残念だ。。。最後はオイラーの公式でまとめてしまったが・・・、うむむむ、これもなんだか雰囲気で取ってつけたようで・・・、なにか歯がゆさを感じたのであった。。。

・・・しかし、やっぱりこの映画は雰囲気は良い。

by ssm2438 | 2010-12-11 22:29


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