西澤 晋 の 映画日記

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2011年 01月 01日

ローレライ(2005) ☆☆

f0009381_17543817.jpg監督:樋口真嗣
脚本:鈴木智
撮影:佐光朗
音楽:佐藤直紀

出演:
役所広司 (絹見真一)
妻夫木聡 (折笠征人)
柳葉敏郎 (木崎茂房)
香椎由宇 (パウラ・アツコ・エブナー)
石黒賢 (高須成美)

       *        *        *

よくよくみるとキャラクターがみな草食系だ・・・。

この映画で使われているローレライ・システムとは、水のなかを無限に広がる可視状態で把握できるシステムである。この潜水艦にはパウラという、水を媒介に状況を把握する改造人間お姉ーちゃんが乗っており、水の中で起こったことはすべて自分が見ているかのように感知できるのである。その状況把握能力の高さがこの伊号第五〇七潜水艦の特殊能力となる。
本来、水中では100メートル先もみえない。なのでソナーによって、音波を送り出しその反響音で敵艦やその環境を把握する。盲人が松葉杖で歩いている中を、目が見える人間が彼らをあしらうように愉悦間にひたって戦いをするというもの。
しかし、このローレライ・システムを請け負うお姉ーちゃん改造人間パウラは、水と神経接続しているため、水中で突発的な変化(爆発)などがおきると、おおいに神経を痛めつけられ苦しむ結果となる。なので、バイオレントな攻撃はシステム事態を破壊する結果となるという手かせ足かせもついている。

潜水艦モノにしてみれば、その面白さを真っ向から切り捨てるシステムといって良いだろう(苦笑)。
子供向けアニメのコンセプトとしては面白いが、映画としてはどうなん??って思ってしまう。

ただ、それ以上にこの映画をみて思った印象は、シーンの二次使用時代にはいってきているなって感じである。最近の若い世代のアニメ業界にはいってくる人たちは映画をみないのである。既にアニメになっているものしか見て育ってないので、実際にあるものをイメージして描くということがない。あのアニメではこういう風に描いていたから、このアニメでこういう風に描いていたから・・というイメージベースしかなく、そのイメージからしか絵が起こせない状態になっている。
私の場合は、子供の頃から映画が好きで、テレビでやる映画はほとんど観ていた。中学生の後半からは映画ファンをきどり、劇場にも月一回くらいは通うようになっていた。アニメーターになり、動画から原画をやり始めるようになると、もっと観なければ・・と「めざせ1日1本」を目安にレンタルビデオ屋に足を運んだ。そういう環境下だったから、私が絵を描く時は、映画などの実際に存在する画面をイメージしながら絵に落とし込むことが当たり前になっていた。ところが最近の若い人は、そうではなくなってきている。
アニメしか見ていないので、一旦誰かが描いた絵のイメージしかもてない状況になっている。かなり由々しき問題だなあっと思うので、可能か限り若い世代のアニメーター達には映画や写真を見て、実存するイメージから、絵を起こすように言うようにしている。

しかし、この『ローレライ』という映画をみていると、映画もすでに、アニメをみて育ち、それをイメージベースにしている人たちで作られた映画なのだなあっと思ってしまった。そんなわけで、<新鮮さ>というものがほとんど感じられないものになっている。わくわくしながら「みたいな!」って切望する要素がほとんどないのである。セルフもシチュエーションもどこかのアニメでみたようなシーンばかりで、映画として「観たいぞ!」という衝動にかられるシーンがほとんどないというのがこの映画の印象だった。

ただ、けっして悪くはないのである。たぶん、今の世代の人がこれをみたらそれなりに楽しめるのではないかと思う。でも、私には楽しめる部分はほとんどなかった・・というだけの話だ。

この映画を観ていると、無性に昔の映画がなつかしくなり、『ブラック・サンデー』みたい気になってしまった。で、ゲオに足を運んで・・借りてきたのは『太陽がいっぱい』『ナバロンの要塞』(笑)。映画をみてわくわく出来た時代の映画を見たい欲望にかられたのであった・・・。

by ssm2438 | 2011-01-01 17:55


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