西澤 晋 の 映画日記

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2011年 01月 10日

橋の上の娘(1999) ☆☆☆

f0009381_10204429.jpg監督:パトリス・ルコント
脚本:セルジュ・フリードマン
撮影:ジャン=マリー・ドルージュ
編集:ジョエル・アッシュ

出演:
ヴァネッサ・パラディ (アデル)
ダニエル・オートゥイユ (ナイフ投げのガボール)

       *        *        *

うわ、それって、刺さるってば・・・、うわ!

フランス映画界にはってはかなり見易いほうの監督パトリス・ルコント。しかし、最初の2本『髪結いの亭主』『仕立て屋の恋』のほかはやや低調。見慣れてきたせいもあるのだろうが、いまひとつ大雑把さを感じるときもある。ただ、見せ方はとっても上手い人なのでついつい見てしまうのだが、終わってみると見せ方だけでひきつけられてあとはなにものこらなかった・・という作品もままある。『イヴォンヌの香り』などは最悪。女優さんが最高にいいので、仕方がなく見てしまうのだが、あの話なんてほとんどないようなものだ。
そんな作品に比べるとこの『橋の上の娘』はまだときめいたほうだったが・・、先の2本のどのインパクトはなかったというのも事実。

主演は『ぼくの大切なともだち』ダニエル・オートゥイユ。そして彼が橋の上で逢った女がヴァネッサ・パラディ。映画もたまに出ているのだがそれほど多いわけではない彼女は、ジョニー・デップと交際し、当時二人の子供をもうけた。この映画の撮影中にはもう付き合っていたのかな。この映画がフランスで公開されたのが1999年3月31日。彼女がジョニー・デップとの間にできた長女を出産したのが同年5月。そんなことを考えると、この映画の撮影中にはもう妊娠してたのかなってかんぐってしまう。
個人的にはどうも、あの、前歯の間に隙間があるのがダメで・・、あれだけなんとか矯正できないものかといつもおもっていたのだえど・・。あそこに隙間があるとなんだか、食べ物のかすも挟まってしまいそうで・・(余計な心配ですが、ついついしてしまう)。
そんなわけで、ヴァネッサ・パラディに関してはまったく関心がなく、かわいいとも思ったことはなかったのですが、この映画の彼女はおもったよりもなんだがかわいく撮られていた。こんなところでもさすがにルコント。

今回ルコントが題材に選んだのはナイフ投げ。その芸人であるダニエル・オートゥイユが的になる女性としてえ選んだのが、自殺志願さだったヴネッサ・パラディ。それまでなかづ飛ばずだった男の生活が、彼女と出会いとたんに活気付いてくる。彼女を的になげるシーンはどきどきしてしまう。その緊張感と恐怖に酔うパラディがまたなんとも色っぽい。このあたりの見せ方はさすがルコントって思わせる。
ただ、そんなハッピーライフはいつまでも続くわけではなく、やっぱりさりげなく破綻してくる。そのあたりからナイフ投げの正確さも狂ってくるダニエル・オートゥイユ。別の女が的になったときはもう怖い怖い。でも怖いのは一瞬の「ぎゃあああああああああ」でカット変えてくれるのでそれほどドラマに真剣に痛さをもちこまないように作ってくれている。でグロいネタはさらりとながすルコント演出である。
ただ、その投げたナイフがどこにささったのか想像するしかないのだが、見てる側としては「これははずすぞ、はずすぞ」って見ている間はなかなか怖い。

<あらすじ>
セーヌ川にかかる橋の上から投身自殺しようとしていたアデル(ヴァネッサ・パラディ)は、ナイフ投げの曲芸師ガボール(ダニエル・オートゥイユ)に命を救われる。「どうせ死を覚悟しているなら・・」ということでナイフ投げの的になることを依頼された彼女は、ガボールと組んで巡業に出た。彼女と会ってガボールの人生は好転した。行く先々で喝采を浴びるガボール。
しかし、行きずりの男と逢瀬を重ねるアデルの生活は変わらなかった。イスタンブールに向かう船中、新婚カップルに出会ったアデルは新郎と関係を結び、駆け落ちを宣言。別れが元でツキに見放されたふたりは、別々の場所でお互いに失ったものに気づいた。放浪の末、見知らぬ町の川の橋の上に絶望して立つガボール。そのとき、アデルの声が響き、ふたりは再会する。

by SSM2438 | 2011-01-10 10:22


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