西澤 晋 の 映画日記

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2009年 01月 06日

夜霧のマンハッタン(1986) ☆☆☆☆

f0009381_2356112.jpg監督:アイヴァン・ライトマン
脚本:ジム・キャッシュ
    ジャック・エップス・Jr
撮影:ラズロ・コヴァックス
音楽:エルマー・バーンスタイン

出演:ロバート・レッドフォード
    デブラ・ウィンガー
    ダリル・ハンナ
    ブライアン・デネヒー
    テレンス・スタンプ

     ×     ×     ×

アイバン・ライトマンと言えば、『ゴースト・バスターズ』が有名ですけが、基本的に敷き居の低い作品をつくるひとで、ヘビー級の映画ファンには物足りない部分はおおいでしょうね。私もどっちかというとそういう系統ですけど、それでもなこの監督さんの軽さがうまい具合に作品とマッチして、とっても見易い楽しい会話劇にしあがっているのがこの『夜霧のマンハッタン』

お話をざっと紹介すると・・・、 その昔、在る画家デアドンがその娘チェルシーに絵をプレゼントした。しかしその誕生パーティの席が火事になり、デアドンは死に娘にプレゼントした絵が盗まれた。 やがてその娘は大人(ダリル・ハンナ)になり、絵を取りかえそうとしてテレンス・スタンプの経営する画廊に盗みに入るが警察に捕まってしまう。
彼女は「その絵は私が子供の頃父から誕生日のプレゼントとして送られた物で、絵の裏に<娘への誕生日のプレゼントとして・・>の添え書きがある。その絵は自分の手許にあるのが当然、盗みではない!」と主張。一方、盗まれた側の画商(テレンス・スタンプ)は、「そんな事実はない。そんな証拠もない。この絵は私の画廊が所有すてるもので、彼女はそれを奪った!」と主張。彼女の弁護人がデブラ・ウィンガー、検察側をロバート・レッドフォードが担当するようになる。「もし、その絵の裏に娘へのメモ書きあるならこの公判はとりさげよう」と検察側の弁護士と被告側の弁護士が一緒になってちょっとした下調べを始める。
テレンス・スタンプの画廊に行き、その絵をみせてもらうが、裏にはなんのメモ書きもない・・・。しかし、その後テレンス・スタンプも「彼女がその画家の娘さんだとはしらなかった・・・、この絵は今となっては私の所有する物だが、そういう事情であるなら今回の公判はなかったことにしよう」とさっさと訴えを取り下げてしまった。 釈然としないデブラ・ウィンガーとロバート・レッドフォード。そんな時チャイムを鳴らす音、ドアをあけるとそこにはダリル・ハンナがいて、「誰かに追われている、助けてくれ」と駆け込んでくる。一方デブラ・ウィンガーのもとには、別の署の刑事が現れ「デアドンの死は事故ではなく殺人だ。当時その事件を担当していたがその事実は揉み消された」と伝え、そのときに関系書類を置いて行った・・。 そしてある夜、ずぶ濡れのダリル・ハンナが再びロバート・レッドフォードの部屋をおとずれて・・・・。
翌朝、二人がベットで寝ていると、突然礼状をもった警察がなだれ込んで来て彼女を逮捕してしまう。聞けば昨夜テレンス・スタンプが殺されたと言う、容疑者はダリル・ハンナ・・・、その彼女と寝てしまったことがゴシップ記事になり結局ロバート・レッドフォードは検察を辞める事になってしまう。 そんな彼にデブラ・ウィンガーは一緒に彼女の弁護をしてくれと頼む。かくて、ふたりの弁護士は共闘してダリル・ハンナの弁護をするとともに、親ぼくを深めていくのであった・・・(苦笑)。

作品自体はとってもチープといいましょうか、極めて普通 の出来なのですが、 とにかくデブラ・ウィンガーとロバート・レッドフォードの会話が楽しい。 デブラ・ウィンガーといえば、最近ロザナ・アークエットの監督作品で『デブラ・ウィンガーを探して』って映画がありますが、その、今ではもう引退してしまった彼女がスクリーンで一番輝いていた作品はたぶんこれだとおもうくらい、とっても綺麗。あの目の大きさ、ヤッピースタイルのきまってること、かっこいい髪型、明るさと、力強さを、ユーモアのセンスが一緒になった活発的な綺麗さ。
デブラ・ウィンガーファンなら是非とも観ていただきたい作品ですね。 ついでももうひとつアイバン・ライトマンの作品のなかで秀作を紹介しちゃいます。

『デーブ』、これも素晴らしい。 これは、大統領のそっくりさん(ケビン・クライン)が、突然シークレットサービスに「国家のために・・・」とたのみ込まれて替え玉 の仕事を受けてしまう。
ひごろから芸達者ケビン・クラインは大統領の物まねとかもやってて、役目はユーモアのセンスたっぷりにその場をこなして帰路についたのだが、突然呼び戻されてしまう。 大統領が昏睡状態に落ち入った・・・、どうする?? そこでしばらくの間、そのままケビン・クラインを大統領の替え玉としてつかっていこうということになる。突然一般庶民が大統領の権力をもったら・・・・、そんなファンタジックな夢を時にシニカルに、時にハートフルに仕上げたのがこれ。『夜霧のマンハッタン』ともども、一度てにとってみてください。

こういうパーティは年に何回かあるのだけど、その中の1回か2回は顔を出すようにしてる。
歳をとると、自分を知っている人の間でついつい収まりがちになるのを、ちょっと強制的に知らない人の中に身を置いて、コミュニケーションとる機会をもってみるのも大切かなっておもったりする。居心地の良くない空間を、あえて居心地の良い空間に感じられるように人と頑張って触れていく‥‥みたいな、こういうのが出来なくなってしまうと、世界は閉じていくだけかなって思うのでした。

by ssm2438 | 2009-01-06 04:51 | アイバン・ライトマン(1946)


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