西澤 晋 の 映画日記

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2011年 01月 26日

ぼくの美しい人だから(1990) ☆

f0009381_9502427.jpg監督:ルイス・マンドーキ
脚本:テッド・タリー/アルヴィン・サージェント
撮影:ラホス・コルタイ
音楽:ジョージ・フェントン

出演:
スーザン・サランドン
ジェームズ・スペイダー

       *        *        *

下品なおばちゃんのお持ち帰り・シンデレラストーリー・・・???

もしかしたら業界初の、もてそうにもないおばちゃんによるハンサムボーイのお持ち帰り映画?

ハンバーショップで働くさえない、さらにひがみっぽい、さらにまったく生産性もないおばちゃんにお持ち帰りされちゃうのがジェームス・スペイダー。酔ってソファーで寝ているジェームス・スペイダーを強引に寝技にもちこみ、関係をもってしまうスーザン・サランドン。そんな出来事から始まった二人の関係を描いた映画。
しかし、不思議なことにその子が自分に親近感をもってきてくれることから、すこしはまともな女になろうかなと努力するおばちゃん。でも、きがついてみると、自分は43歳のおばちゃん。相手はこれから夢も希望もある27歳のエリートヤッピー。そんな相手に劣等感をかんじはじめるおばちゃん。でじぶんから別れを切り出すが、それでも自分をもとめてくれるハンサム男。

当時それなりに有名だった映画なのでみたのですが、スーザン・サランドンがただの下品はおばちゃんにしかみえないし、そんな彼女と一緒にいてあげるジェームス・スペイダーもかなり理解不能。ほとんどの男は前半部で挫折すると思う。女性にしか受けない映画だろう。
とにかく、スーザン・サランドンを好きになる要素がまるでない。この映画のポイントは、彼女のなかに好きになれる要素が見出せるかどうかだと思うが、それをみている男連中になっとくさせるだけのものがないのである。表面的にはかなりがさつでいびつで、劣等感ばりばりで、だらしない女として描かれている。でも、内面的には・・・となると、普通はここでなにかしらひきつけられる輝きがあるはずなのあだが、こまったことにそれがない。とくにぴくんと反応する部分がまったくないのである。少なくとも私にはなんにも感じられなかった。
・・・なの私は脱落。一応最後はそれらしい感動する展開になっていたようだが、私としては前半で感情移入が凍結されてしまい最後は「はいそうですかそうですか・・」で終わってしまった。
ネガティブからスタートして幸せになるのはドラマの王道だが、最初のネガティブ度が過ぎるとそこでおわってしまうという作品。

監督は『メッセージ・イン・ア・ボトル』『男が女を愛するとき』ルイス・マンドーキ。私は思ったが、この人とは恋愛感がまるで合わない。この人の描く恋愛映画には生産性がなさすぎる。生産性ないものがいかに愛されるか・・、そんなありえないことばかり描いているようにしか思えない。

認めてもらいたいなら、提示できる自分をつくれ! ・・と言いたい。

この映画には、認めてもらいたいけど、自分を進化させる努力は出来ない。でも、そんな自分を好きになってくれる人もいるはず・・みたいな、あまあまはスピリット。もてる要素がまったくないのに、意味なく綺麗な女の子にもててしまう糞オタクアニメのシチュエーションを反転させ、もてる要素がまったくないのに、素敵な若者にもててしまうおばちゃんの話です。
みてるうちに、映画自体のコンセプトに嫌気がさしてくる。
しかし、脚本には私の大好きなアルヴィン・サージェントが参加。おお・まいがああああっ!!!
この人は繊細なメンタリティ書くの巧いのだけど、こういう映画にその才能を使われると嫌だなあ。

でも、広告につかわれている絵だけはなかなか雰囲気がある。それだけは特筆しておく点だろう。

by SSM2438 | 2011-01-26 09:56


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