西澤 晋 の 映画日記

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2011年 02月 07日

ジャック・サマースビー(1993) ☆☆☆

f0009381_1935397.jpg監督:ジョン・アミエル
脚本:ニコラス・メイヤー/サラ・ケルノチャン
撮影:フィリップ・ルースロ
音楽:ダニー・エルフマン

出演:
リチャード・ギア (サマースビーと名乗る男)
ジョディ・フォスター (ローレル)
ビル・プルマン (オーリン・ミーチャム)

       *        *        *

『ジャク・ブル』の親戚じゃなかったんだね・・。

ストーリーはドラマの王道路線。主演の二人がちょっと消化しづらい二人なのだけど、見ているうちにどんどん引き込まれた。主役が違っていればもう少し観やすい話になっていたんじゃないだろうか。

ちなみにタイトルにもなっている「ジャック・サマースビー」というのは人の名前。

シナリオのニコラス・メイヤーは、『タイム・アフタータイム』アヴォリアッツ・グランプリを獲得している。めちゃくっちゃすごい映画というわけでもないのだが、みていいて楽しい映画だった。その後『ザ・デイ・アフター』で名前を下げ、『スター・トレック4/ 故郷(ふるさと)への長い道 』で名前をあげた、上がったり下がったりの変動の激しい人だ(苦笑)。それでも『タイム・アフタータイム』と『スター・トレック4/ 故郷(ふるさと)への長い道 』のあのテイストで作っているときはなかなかいい感じのものをつくってくれるかな・・という期待はもてるひと。今回はストーリー原案・脚本という立場だが、総合的なストーリー構成は悪くないと思う。文芸作品的なこの映画ではあるが、ニコラス・メイヤーの力は大きかったと思う。

<あらすじ>
南北戦争から2年後のある日、戦死したと思われていたジャック・サマースビー(リチャード・ギア)がテネシーに戻ってくる。北軍に財産などを奪われ、労働者としての黒人奴隷が解放されたために農場も機能していない。妻のローレル(ジョディ・フォスター)もオーリン・ミーチャム(ビル・プルマン)と恋仲になっており、戸惑いをかくせないなか新生活がスタートする。
しかし、帰ってきたその男はなにかおかしい。長年飼っていた犬にはほえられるし、靴屋にいくと、嘗ての足型よりも数センチ小さい。嘗ては冷徹だった彼がいい人として戻ってきたのだ。自分の領土を共同農園として提供し、このやせた土地に合うタバコの栽培をし、人々と利益を分け合う計画を熱心に推進していく。そんな彼の姿にローレルも心を許していく。しかし彼女は、かれがサマースビーではないことを感づいていた。
タバコの栽培が成功しかけたとき、サマースビーは戦前の殺人容疑で逮捕され裁判にかけられる。サマースビーは有罪だった。このままでは死刑が確定する。彼が助かる道はただひとつ、自分が偽者であることをバラすしかない。そのまま死ぬことを覚悟している彼を、すでに愛し始めていたローレルは証言台に立ち、彼が本物のサマースビーではないことを告げるのだが・・・・。


かつて悪さをしていたチンピラが、ある出来事(今回は南北戦争)をきっかけに、同じ顔をもつ別の人格になりかわるという話。その後は、嘗ての自分を嫌い、「いい人」になって人々を幸せにしていくが、過去がばれてしまい・・・という、『レ・ミゼラブル』チックな展開。もともとフランス映画でその焼き回しがこうなったようだ。
今回の物語の展開は、不名誉な過去の自分をとればただの有罪(略奪者・戦争逃亡者)、良き人サマースビーだと主張すれば死刑。その狭間で主人公は「過去の自分には二度ともどりたくない!」といい、サマースビーとして死刑になるほうを選ぶ・・というもの。
裁判では、サマースビーの事件の真相よりも、その男がサマースビーなのか否かが問題になる。テネシーからきた傍聴者も、ローレルの息子も彼をサマースビーだと言うが、ローレルだけはこれを否定。なぜ君だけが僕をサマースビーだと認めないのだと問い詰められると

「なぜなら・・・私の夫よりもあなたのほうを愛しているから」と答えるローレル。

誰もがこの男はサマースビーではないと確信した瞬間だった。
ここまでのもっていきかたは少々強引だがなかなか盛り上がりました。出来るなら、証人喚問は弁護士にやらせてほしかったけど・・・。本人同士が裁判で問答するのはどうも・・・なにか法廷モノの一番おいしいところを自ら放棄してしまったような気がした。

・・・ところが、最後にもう一発・・・彼はローレルにこう質問する、

「僕は君の夫だったか?」

魂の真実を語るローレルは「・・・・イエス」と答え、議事録上、彼はサマースビーとして承認され死刑が確定する。リチャード・ギア扮するサマースビーと名乗る男にとって、誇れるものはサマースビーと名乗って生きたこの1年だけだった。なので、かれはサマースビーとしての自分の名誉のために、本物のサマースビーの罪を背負って死ぬことを選ぶ・・という話。

お話はおもしろい。ドラマにするならとってもいい素材なのだ。ただ、料理が少々アバウトすぎる。観ているひとに間違った解釈を許さない確実な展開にしてほしかった。あの裁判のどのポイントで、彼がサマースビーと認定されたのかとか。あれで確実に伝わったとは思えない。せめて最後の問いに「イエス」と答えた後、
「本法廷は証人が彼を自分の夫だと認めたと記録します、意義ありませんか?」みたいな台詞いれるとか・・。蛇足をつけるなら、解雇された弁護士が「意義あり」と一発かまして、「あなたはすでに被告人に弁護士としての立場にはありません。本法廷は、この被告とローレル・サマースビーの夫、ジャック・サマースビーとして審議を再開します」・・みたいな台詞でそのシーンを終わらせるとか・・。
それ以前に彼が違う人間として戻ってきたところの整合性(たとえば声だって違うだろうからそのあたりをどう処理するのかとか・・)を突き詰めてほしかったかな・・、喉に傷をおったとかさ。せっかく手は不自由になったということでサインをごまかすようにはなっていたのに。サスペンスものなら判らない人がいても良いと思うのだがこの話は、サスペンス風味のジャン・バルジャン物語なので、解釈の不一致はいただけない。

でも、粗はあるが、ドラマ的には極めて面白い映画である。

by ssm2438 | 2011-02-07 19:35


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