西澤 晋 の 映画日記

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2011年 03月 31日

男はつらいよ5/望郷篇/長山藍子(1970) ☆☆

監督:山田洋次f0009381_9524760.jpg
脚本:山田洋次/宮崎晃
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
長山藍子 (節子)
井川比佐志 (剛)

       *        *        *

はじめて『男はつらいよ』観る人にはお勧めかもしれない。

じつはこのシリーズ第5作だが、『男はつらいよ』のシリーズの中では、もっとも、スタンダードな映画といっていいだろう。ほとんどの人は、シリーズ1作目からみることはなく、たまたまどれかを見るところから始まるが、シリーズのパターンが構築されてきて、見やすいつくりになってきた最初の映画がこの5作目なのだ。

製作会社の都合で、3・4作は山田洋次脚本のみになってしまったが、そのあとのこの映画はみょうに見やすい。きっと観る人の心の流れをきちんとくみながらカット割しているのだろうと思う。上手い人の映画は、みやすいのである。そのむかしイングマル・ベルイマン『ファニーとアレクサンデル』という映画をみたが、5時間をこえる映画。途中インターミッションがはいったのだが、それでもぜんぜんその長さを感じることはなく、あれ、もう5時間おわったの・・?というくらい、しんどくなかった。
上手い人の映画というのは、見たいものを見せる、期待させる、期待を裏切る、でも違うものを見せて納得させる、考える時間をあたえてあげる・・など、観ている人の完成を適度に刺激するように出来ている。これがひたすら情報をあたえつづけるとか、ひたすらアクションばかり続けるような映画なら疲れてしまう。

<あらすじ>
おいちゃん(森川信)が病気で倒れる夢を見て柴又に帰ってきた寅次郎(渥美清)。あいもかわらず人騒動やらかしてる時に、寅次郎の舎弟登(津坂匡章)が、札幌の竜岡親分が重病で、寅さんに会いたがっていることを知らせに訪ねてくる。札幌の病院についてみると、親分にはもう昔の華やかな面影はなく、医療保護にすがって生きている惨めな老人となっていた。岡倉は、二十年前、旅館の女中に生ませた息子を探がしてくれるよう寅次郎に頼むのだが、やっと探し当てた息子からは父親に会うことを拒否される。おさない頃にその息子がもった父親のイメージは醜悪なものであり、20年もほったらかしにしておいていまさらなんだ!という。病院に電話をかけるとすでに岡倉は死んでいた。そんな惨めな男の死をまのあたりにして、寅次郎はカタギになることを決意する。
額に汗して、油まみれになって働こうと心に誓った寅次郎は浦安の町の豆腐屋「三七十屋」に住み込みで働くようになる。この店は、母親のとみと娘の節子(長山藍子)の二人暮しだが、寅次郎の働きぶりに二人ともすっかり感心する。節子はある晩、「ずっとウチに居てくれる?」とプロポーズかと思えるような言葉を寅次郎に語る。寅次郎もそう解釈し有頂天。しかし、節子にはずっと彼女を想っている男(井川比佐志)がいて、今度転勤になるので、一緒に来てほしいとプロポーズされていたのだ。「母ひとりを残してそういうわけには・・」と思っていた節子だが、寅次郎がずっとウチの面倒をみてくれると言うので決心したという。
その翌日、寅次郎の姿は浦安にはなかった。


映画としては並の出来なのだが、4作目の後となると、いい映画にも見えてくる(苦笑)。
良くも悪くも『男はつらいよ』の入門編だろう。

なお、北海道ではD51の描写がある。これが実にすばらしい。てっちゃんにはたまらない画面かもしれない。
でっかい4つの動輪。ちから強くはきだされる白い蒸気。人間が石炭をくべることで、こんなパワーが出るんだと、産業革命のすばらしさを実感してしまう。『寅次郎サラダ記念日』の早稲田で産業革命の講義をぶちこわしてしまう糞寅次郎に、このD51の描写を今一度再確認させたいものだ。
しかし、あれだけの黒煙を吐き出しながらはしる蒸気機関車。人間の健康に被害はなかったのだろうか? ビジュアル的には福島第一原発から吐き出された放射能物質よりもはるかに害を及ぼすきがしないでもない。
そういう私は、子供の頃はC57に乗っていた。岡山に出るときはそれにのり、3つのトンネルをくぐる。トンネルにはいると「窓をしめてください」というアナウンスが流れる。
ちなみにD51という「D」は動輪が片側4つある蒸気機関車のことをいう。『銀河鉄道999』のC61は動輪が3つ。

by SSM2438 | 2011-03-31 10:52 | 男はつらいよ(1969)


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