西澤 晋 の 映画日記

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2011年 04月 05日

東京物語(1953) ☆☆☆☆

f0009381_205675.jpg監督:小津安二郎
脚本:野田高梧/小津安二郎
撮影:厚田雄春
音楽:斎藤高順

出演:
笠智衆 (平山周吉)
東山千栄子(妻・とみ)
原節子 (二男の嫁・紀子)
杉村春子 (長女・金子志げ)
山村聡 (長男・平山幸一)
香川京子 (二女・京子)

    *     *     *

小津映画のまさしく金字塔、無敵のベスト1

でも、高校生か大学生のころ私はこれを見て、面白いとは思えなかった(苦笑)。すいません。修行がたりませんでした。でも、その頃の私が面白と思わなかったのだから、それも重要な意見の一つ。今の自分だけが観たらなら☆5つにするかもしれないが、昔の自分の感性も信じているのでちょっと間引いた。

まず今回見たのは状況は、NHKプレミアムが特集している『BSシネマ 山田洋次監督が選んだ日本の名作100本』、その第一回ということで観ることになった。前々から「もう一回はきちんとみないといけないな」とは思っていたので、これは良い機会だと思ってとびついた。
で、観た印象は・・・、『男はつらいよ』のルーツはここにあったんだ!って思った。霧笛の使い方とか、汽車の音とか、山田洋次がつかっている演出パターンがけっこうここにもある。ああ、これ、山田洋次って小津映画をかなりみてるなって思った。職人ゆえの演出パターンをいくつかもっているのである。自分なりの演出法則とか演出ブロックがいうのが既に構築されていて、使うべきところにそれを当てはめて使っていく。これは山田洋次にも、見て取れることなのだが『男はつらいよ』を見た後これをみるとそれがよくわかる。
『晩春』の結婚式にむかう紀子を送り出した後、杉村春子がもどってきて、部屋のなかを一周して出て行くシーンがあるが、この『東京物語』この「杉村春子、やっぱりもう一回」演出が登場する。母親が既得だという知らせ絵をうけて、兄と相談し、喪服はもっていったほうがいいわねと決めて、その日の夜の急行の切符を買いに出て行くシーン。玄関までいった杉村春子がまた戻ってきて、なにか兄に言うことがあったんじゃないかな・・と言いかけるのだが、そのまま戻って出て行く・・というシーンがある。
ああ、これ、小津のパターンの一つなんだって思った。

この映画の前半のテーマは「二人で味わう『みんな元気』」。『みんな元気』というのは、『ニューシネマ・パラダイス』ジュゼッペ・トルナトーレの映画で、妻を亡くしたマルチェロ・マストロヤンニが、自分の子供達を訪ねて旅をするという話。しかし、そこで遭遇するのは「お父さん、元気だった!」とかいう暖かい歓迎ではなく、心の中では邪魔者扱いされてるのだが、表面的には気をつかって愛想を降りまわれている状態。そんな中でみんなの中にいるのに疎外感=孤独を感じる・・という映画だった。
きっとトルナトーレもこの『東京物語』は見てるね。この映画では、それが尾道から東京に出てきた老夫婦(笠智衆東山千栄子)なのだ。ペアで味わう疎外感というのが実に微妙でよい。

二人でいるということは、どこか二人で共通認識をもとうとする潜在意識がある。それぞれが、「疎外感を感じる」と思っていても、相手にはそう自分が思っているとは感じさせたくない。その微妙はやり取りがとても演出冥利に尽きるのである。
長男・山村聡のところでは、二人が泊まることになって部屋を明け渡さなくてはならなくなった孫達には毛嫌いされる。本来なら体裁のために愛想くらいふりまいてくれそうなところを、露骨に避けられる。東京見物にでもと思っていると、その日にいきなり急患(長男は街医者)がはいりいけなくなると、子供達の不満は爆発。それは長女の杉村春子にしても同じ。彼女は美容院をひらいているのだが、そっちのほうで手一杯、親夫婦の相手などしている暇はない。なんとか相手してくれるのは死んだ次男の嫁である原節子だけ。

「描きたいものがあったら、その反対を描け」というのは演出の鉄則である。原節子の思いやりを絵が問うとするにはまず、原節子でない人間の思いやりのなさを描くのが大切。それがあってはじめて原節子の思いやりが際立ってくるのである。

子供の頃は「こんな親、うざいなあと思ってみていたのだが、自分がだんだんとうざがられる存在になりかけている今、この映画を見るとなかなか切実なものがある。昔は必要とされていたが、今は不要とされ、邪魔ななものとして存在しているのである。そこに自分の存在意義がないのである。それをおのおのが感じ取りながら、でも、それを共有するのは惨めであり、お互いの人生をなとか肯定していたいとする二人でする無理やり納得。しかしそうするしかないのである。そして二人だからそれが出来るのである。
しかし、東京から帰ってすぐ妻の東山千栄子は危篤に陥り命を落とす。行事として集まる子供達。葬式もおわるととっとと帰ってしまう子供達だが、原節子だけはもう少し残ることにする。
若い末娘には兄姉達の非人情がたまらなかったが、原節子が大人の心情というものを肩って聞かせる。そしてもその夜、自分も夫のことを既に忘れかけていることを告白する。そんな原節子をみて、笠智衆は、「忘れて良いんだよ。それが自然なことだ」とさとし、亡き妻の形見の時計を原節子に贈りのであった。

by ssm2438 | 2011-04-05 20:57


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