西澤 晋 の 映画日記

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2011年 05月 08日

デンジャラス・マインド/卒業の日まで(1995) ☆

f0009381_2255315.jpg監督:ジョン・N・スミス
脚本:ロナルド・バス
撮影:ピエール・レタール
音楽:ウェンディ&リサ

出演:ミシェル・ファイファー (ルアン)

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ここには私が見たかったミシェル・ファイファーはいなかった。

これをそのまま受け取るとアメリカの高校生は頭悪い子ばっかりか!?て思えるくらい単純。キャンディもらって更正するグレた高校生なんて日本にはいないぞ。

もと海兵隊員だった新任教師のルアン(ミシェル・ファイファー)がノースキャロライナのバーモント高校に赴任してくる。受け持ったクラスはスラム街でそ育った問題児ばかり。なめられてはいかんと海兵隊で覚えた空手を教えるが教育委員会からNG。ダメダメ生徒たちが勉強に興味を持つよう、問題に正解したらキャンディのご褒美、課題の詩を読みこなせば遊園地に招待・・とどこの小学生相手にしてるのかと思うような教育。
一応これは高校の話である。
クラスのなかの悪がきエミリオ(ウェイド・ドミンゲス)とメキシコ系の少年ラウル(レナリー・サンティアゴ)が派手なケンカ騒ぎを起こし、エミリオは留置され、ラウルは3日間の停学。物語はこのルアン起点に徐々にクラスが良くなっていく。しかし、クラスでも優秀なキャリー(ブルックリン・ハリス)が妊娠のため転校を迫られエミリオが恋のもつれから撃たれて死ぬ。大きな衝撃を受けたルアンは、学校を去ることを決意するが、生徒達に求められて残ることにする。

表紙のミシェル・ファイファーはなんだかごつそうでイケイケガッツンなキャラクターに見えるけど、映画のなかではそんなんではありません。ミスキャストもいいところだ。もうちょっと骨太キャラを演じられる人にしたほうがよかったと思うのだけど。『デンジャラス・ビューティ』サンドラ・ブロック希望です。

制作がジェリー・ブラッカーマーなので、ベタな展開になるのは仕方がないが、それにしてもあまりにシンプル。ここまで安易に更正されると正直ばかばかしくなってきてしまう。

ダメクラスを扱う先生モノというのは古くからシドニー・ポワチエを主演にした『いつも心に太陽を』とか、ペニー・マーシャルが監督した『勇気あるもの』、一番アグレッシブなのはモーガン・フリーマン主演でジョン・G・アビルドセンが監督した『ワイルドチェンジ』などがある。それらと比べてもこの『デンジャラス・マインド』はかなり幼稚な構成にみえる。『二十四の瞳』『金八先生』『スクールウォーズ』でそだってきた日本人には、あまりに安直に見えるんじゃないだろうか・・・。

ただ、日本の先生映画と、アメリカの先生映画の違いは、内科先生の日本と外科先生のアメリカというい、かなりはっきりとした違いを感じる。『いつも心に太陽を』などをみても、内側の問題は仕方がないけど、社会人として大きくなるんだったら、外見、立ち振る舞いだけは紳士淑女でいないさよ・・みたいな精神だった。内側の問題を外から直すのである。日本の先生映画はこの反対で、外見的な問題を内側ケアすることによって治していくのである。

by ssm2438 | 2011-05-08 22:07


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