西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2011年 06月 03日

ゼロの焦点(1961) ☆☆

f0009381_21441465.jpg監督:野村芳太郎
原作:松本清張
脚本:橋本忍/山田洋次
撮影:川又昂
音楽:芥川也寸志

出演:
久我美子 (鵜原禎子)
南原宏治 (鵜原憲一)
西村晃  (鵜原宗太郎)
加藤嘉  (室田儀作)
高千穂ひづる (室田佐知子)
有馬稲子 (田沼久子)

     *     *     *

うむむむ、技術的にはしっかりしているのだけど・・・。

前後の日本では、在日米軍兵士を相手にする売春婦を蔑称の意味を含めて「パンパン」と呼んでいたらしい。この物語では、かつてパンパンとして生きていた女二人の過去を暴いていく作品。『砂の器』でも、過去において、淋病の父をもつ和賀英良が、過去を消すために殺人を犯してしまうが、この映画でも、パンパンとして生きていた過去を封印するために一人の男が殺される。

松本清張の物語ではこの、主人公が謎解きの役で登場し、こに息づく人間たちであり、彼等の心の闇と愛憎を暴いていくというパターンがおおい。この物語りもそのパターンである。この物語りあの主人公、鵜原禎子(久我美子)は、見合い結婚したばかりの新妻である。しかし、その夫が金沢に最後の出張に出るとそのまま失踪する。
この時代のお見合いというのは、相手のことなどほとんど知らずに結婚することは多かったようだ。このドラマの主人公も相手の男の頃はお見合いのデータでしかしらずに結婚を決めた。物語は、禎子を主人公に据え、失踪した鵜原の過去を暴きながら、そこに絡んでくる二人の女性の暗い過去を垣間見ることになる。

技術的にはおそろしくしっかりした映画なれど、なぜかもう一つ燃えない。なぜだろう。それを解き明かすのが今回の命題のような気がする。
で、一つの答えが出た。「パンパン生活の哀れさが伝わってこない」。
おそらく、この原作が書かれた時代には、パンパンという米軍兵士相手の売春婦がどのように世間からさげすまれていたかということが、当時の人には判っていたのだと思う。しかし、今の我々にはそれが分らない。想像するしかない。『マレーナ』のなかで、戦時中モニカ・ベルッチがドイツ兵相手に売春していたが、ドイツが負けてると敵兵に媚をうった女として広場で服はむしられ、髪をきられるリンチにあうシーンがある。『トリコロール』のなかではシャーリズ・セロンが、実は連合国側のスパイとしてドイツ軍将校と寝ていたのだが、それを理解されぬまま、リンチにあい殺される。売国奴として虐げられるのは当時としては当たり前であり、そんな不名誉な過去を消してしまいたい女の実情は想像できる。・・・が、所詮想像であり、これ自体が封印してしまわなければならない過去なのかどうか・・、それがどのくらいのものなのかということは、今を生きる我々にはわからないのである。
そんな女・田沼久子を拾い上げてひそかに二人で生活していた、元警官の鵜原という男。この幸せ感ももうちょっと出して欲しかったなあ。
この封印すべきパンパン生活の哀れさと、田沼久子と鵜原憲一の貧しいながらも幸せな生活をもうちょっと強調してもらえれば、もっと切実に心に訴えかけてくるものになったのになあって思う。それをし過ぎないのが松本清張ともいえるが・・・。

しかし、松本清張物というのはいつも、美しいモノをどの作品にもきちんと描き出してくれる。素晴らしい。

<あらすじ>
新婚1週間で失踪した夫・鵜原憲一の行方を捜し禎子(久我美子)は金沢に向かった。憲一はある広告社の金沢出張所長だったが、結婚を機会に東京本社に栄転となり、後任の本多と事務引継ぎをするための金沢行ったきり行方が分らなくなっていた。憲一が親しかったという室田耐火煉瓦の社長室田儀作を訪ねた禎子は、憲一が、結婚すると決まると、なぜな元気がなくなってきたという話を聞く。
なにかワケを知っていそうな憲一の兄・宗太郎(西村晃)の説得を受け入れ一度東京にもどる禎子だったが、その相対郎もまた金沢で毒殺される。犯人がパンパン風の女だというこ。室田の会社の受付にいた女がパンパン独特の癖のある英語を使っていたことを思い出した禎子は、室田の会社へ行ったが、その女・田沼久子(有馬稲子)もこの3日間出社していないという。さらに久子の愛人・曽根益三郎が自殺していたことが判明する。その日は憲一が失踪した頃とほとんど同じだった。禎子は田沼久子の家を訪ねるが、その写真は、夫・憲一が隠し持っていた写真にうちっていた写真だった。田沼久子の愛人・曽根益三郎こそ、禎子の夫・鵜原憲一だった。その憲一を殺したのは室田の妻・佐知子(高千穂ひづる)だった。

佐知子も久人と同じパンパンだったのだ。今は金沢の名士との妻に納まっている佐知子だが、自分の過去を知る、いて欲しくはない人間、それが鵜原憲一だった。
一年後、禎子は再び金沢へ行き室田佐知子と合いまみえる。状況証拠だけで、犯人を佐知子だと特定する禎子に、真実を話し始める佐知子。

物語はここからもう一ひねりいれてある。佐知子の回想という形で田沼久子と鵜原憲一の美しい恋愛劇がかたられるのだが、愛する男をころされた久子と佐知子の間にも奇妙な友情みたいなものがあるのである。お互いパイパン時代のことを世間にはしられていはいけない二人。そのために二人が世間をだましてきたことをお互いが理解しており、憲一をころさいた佐知子でさえを、久子は理解しているのである。この友情らしい感情が奇妙でいい。しかしドラマはそこから突拍子もない終わり方をする。

薄々憲一と久子のことを知っていた健一の兄を毒殺したのは佐知子であった。ウィスキーに青酸カリを入れて飲ませ、憲一の兄を殺したのだが、そのウィスキーを事もあろうに久子が飲んでしまう。佐知子は結果として久子も殺してしまったことになった。
最後は総てを告白した佐知子が車ごと海につっこみ自殺・・という閉めである。


余談だが、この物語の中で一番美しく描かれていた久子を演じたいたのが有馬稲子。この人どっかでみたことあるなあって思ったら・・・、そうでした同じく松本清張の映画『波の塔』に出てました。ここでも良い感じの役をやってました。

by ssm2438 | 2011-06-03 21:45 | 松本清張(1909)


<< 早春物語(1985) ☆☆☆      ハッピーフライト(2008) ... >>