西澤 晋 の 映画日記

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2011年 06月 18日

今夜はトーク・ハード(1990) ☆☆

f0009381_852750.jpg監督:アラン・モイル
脚本:アラン・モイル
撮影:ウォルト・ロイド
音楽:クリフ・マルティネス

出演:
クリスチャン・スレイター (マーク)
サマンサ・マシス (ノーラ)

       *        *        *

これって、よくみるとブログの起源のような映画だ。

1990年前後で、ラジオのDJを扱った映画はいくつかある。個人的には、こういう「語り」で見せる話は脚本家の力量をそのまま見せるものになるのでついついフォローしてしまう傾向にあった。この物語はラジオのDJを扱った学園青春物のカテゴリーに入るだろう。主人公は高校生で、よなよな彼の高校の生徒を対象に海賊放送のDJをやっているという話。なので他のDJもとのは違い、物語りはきわめて限定的な地域での話しなのだ。しかしこの時代にはそんな文化ははったしていない。そんなわけで、彼は自室に無線放送のシステムを構築し、学校内で起きたことなどに対して自分の意見や、学校の秘密を暴露していくというもの。
スケールを小さくしたフランク・キャプラの『群衆』ににてるところもあったりする。最後のシーンでは最後の放送中に警察に取り押さえられ、プラグを抜かれて声が届かなくなる。

今の時代でいうなら、匿名でブログを書いているようなものだ。この男の子が主人公でいられたのは、ラジオの放送システムを構築できる技術をもっていることからくる優位性であり、彼だけは匿名という立場で、自分の意見を発信できた。攻撃されない立場からの、無責任は意見発信。きらくなものだ。現在のインターネットの匿名でないと言葉も語れない連中の憧れはこのあたりから始まっているのだろう。
話はそれるが、今のインターネットの書き込みを全部実名登録にしてくれたら、どれだけネットは浄化させるだろとつくづく感じる。
ゆえに、どうも私はこの映画のスタンスをそれほど肯定的に見られないので、台詞勝負の話ではあるがそれほど感動を覚えたというわけではない。

しかし、だからといって面白くないというわけではない。どうしても子供の頃というのは、大人の社会に対し反骨精神を持っていたいとおもうものだ。そしてそれが出来ていると、自分に自身ができたように勘違いも出来る。60年代にはやった学生運動もそんな精神状態からの暴走だったのだろう。それから30年して、大人の社会に反抗する子供のあり方はこのような形に変わったのだ。そしていまは、ブログという文化になり、ソーシャルネットワークとなって発展してきている。この映画も、パーソナルなラジオ放送という形で自己の情報発信するが最後は警察に取り押さえられて終了。しかし、同じような試みをする人たちがアメリカ各地にひろがってき、個人の意見をみんなに広げる欲求の輪がひろがっていくという形で終わる。
ブログをやり始めてみたらおもしろかったのでやり始めた・・みたいなものだ。

なんだか、こんなことを考えて書いてるとおかしくなる。子供の頃、夏休みの宿題で日記をつけるというのがあったが、人には絶対みられたくなかったものだ。それが観られることは自分の恥を全部さらすようなと思えるくらい屈辱的なことだったはずなのに、時代が変わると当たり前のようにみんながブログを書き、自分の日常を世間に提示していくようになっている。誰にも見てもらえない日記ほどつまらないものはない・・ってことなのだろうか。そう、書く以上は誰かに知ってほしいのである。それが自己顕示欲であり、自分の存在価値の提示でもあるからだろう。

<あらすじ>
アリゾナ郊外のハンフリー高校の生徒たちは、夜中の10時からラジオから流れてくる海賊放送を楽しみにしていた。どうもその放送はハンフリー高校の生徒が流しているらしい。彼のトークは、今の生活に納得がいかないが、為す術を持たない生徒たちの気持ちを代弁していた。そして教師の不正を放送で暴露し、学生たちのカリスマ的存在になっていく。
その放送をしているのはマーク・ハンター(クリスチャン・スレイター)。学校の理事の息子で、普段は無口な優等生だが、マイクの前では雄弁になる。その教師の不正をあばけたのも、父の持つ資料を見ることが出来たからだ。
ある日、自殺予告の手紙が配達され、マークは番組の中で彼と電話で話す。しかしジョークで励ますうちに電話は切られ、翌日、英語教師ジャン(エレン・グリーン)は彼が自殺した事を伝えた。彼は電波に乗せた言葉の重さと責任感を感じ始め放送をやめる決意をする。

その後は、彼の熱烈なファンのノーラ(サマンサ・マシス)がついに彼の正体をみつけだし、一緒に協力してくれるようになる。しかし警察も違法放送を取り締まるべく出動、マークとノーランは送信機を車につんで警察と教師たちを翻弄しながら最後の放送をはじめる。

by ssm2438 | 2011-06-18 08:53


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