西澤 晋 の 映画日記

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2011年 09月 20日

華岡青洲の妻(1967) ☆☆☆☆

f0009381_1453551.jpg監督:増村保造
原作:有吉佐和子
脚本:新藤兼人
撮影:小林節雄
音楽:林光

出演:
若尾文子 (妻・加恵)
高峰秀子 (於継)
市川雷蔵 (雲平=華岡青洲)

       *        *        *

猫が・・・・猫が・・・・。
その猫・・・、どこまで本当なのですか?


増村保造の映画の中では『清作の妻』『赤い天使』『陸軍中野学校』が好きなのですが、その次といえばこの『華岡青洲の妻』でしょう。嫁と姑の水面下の壮絶な争いの話なのでが、正直なところ男はあまり見たいという感情がわかない、というか見たくないという部類の映画です。なので「良い」とは聞いていたのですがずっと放置してあった映画。ついに見てしまいました。
・・・・しかし、あいかわらずこの2人(増村保造&新藤兼人)が組むと壮絶ですな。

華岡青洲は江戸時代後期に実際に存在したお医者さん。文化元年10月13日(1804年11月14日)、全身麻酔手術に成功している。西洋での全身麻酔手術は、1846年にアメリカで行われた、ウィリアム・T・G・モートンによるジエチルエーテルを用いた麻酔の手術であるが、これよりも40年も早いことになる。
前身麻酔にいたるまでは、犬や猫の動物実験をおこない、その後この映画のなかにあるような人体実験をしたのち、実際に全身麻酔の手術がおこなわれる。この映画のなかでは、母と妻がその人体実験の被験者として申し出るが、本人自身も自分に投与していたようである。また、文献によれば、近親者も被験者として申し出た人がいたという。

物語の中核をなすのが、この嫁と姑との水面下の争いなのだが、この描写がなかなかスゴイ。2人とも対外的な面子をたもちつつ、自分の存在意義のために熾烈な心理戦を繰り広げている。
これはほとんど星一徹星飛雄馬との対決のようでもある。なんでも星一徹の背番号84の意味は、星飛雄馬の背番号16と足すと100になる。父が息子を飲み込み100になるか、それとも息子が父を飲み込み100になるか・・・、それがゆえに星一徹が望んでもらった背番号だという。この物語もまさにそのような感じである。

物語は冒頭からなかなかぎょお!!である。
加恵(若尾文子)を嫁に欲しいといって彼女の実家をたずねたのは雲平(華岡青洲のこと)の母、於継(高峰秀子)であった。しかし本人は京に修行にでており、本人不在のまま結婚式が行わる。白無垢の加恵の隣には華岡家の医学書がつんでる。そのなかで、雲平の父が家族の構成を説明したり、「華岡家がいかにすごい」かということをえんえんと語る。加恵が雲平(市川雷蔵)と会うのはそれから1~2年してからなのだ。しかし、だからといって加恵が不幸だったかといえばそうではない。むしろ一番幸せだった時間がこの次期だったかもしれない。実は雲平の母、於継こそが、加恵の幼き頃からの憧れであり、姑と一緒にいられることが加恵の幸せでもあった。しかし、雲平が還って来て、加恵が息子と床を一緒にするようになってからは於継の精神状態が変化してくる。

そしてぎょぎょおおお!!とするのが猫。麻酔薬をつくるために猫があっちこっちからもらわれてきては、無理やらに試薬を飲まされ、二度と起きないまま土に埋められていく。死んでいる猫の描写は、投薬されてらりってる猫の様子などけっこう痛々しい。さらに投薬され、眠っている猫のはらにメスを突きさせしてみる。ぎゃあっと暴れだす猫。「まだ効いてなかったか・・・」と残念がる雲平。このあたりもちょっと目をおおいたくなる。ホントにやっちゃってるかもしれない・・と思えてしまうシーンなので、けっこう肌寒いものを感じる。どこまでリアルなのかは不明だが、演出ならスゴイ。本当ならかなり嫌悪感を感じる。

良くも悪くも増村保造であった。

by ssm2438 | 2011-09-20 14:56 | 増村保造(1924)


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