西澤 晋 の 映画日記

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2011年 10月 14日

(ハル) (1996) ☆☆☆☆

f0009381_14462222.jpg監督:森田芳光
脚本:森田芳光
撮影:高瀬比呂志
音楽:野力奏一/佐橋俊彦

出演:
深津絵里 (ほし/藤間美津江)
内野聖陽 (ハル/速見 昇)

       *        *        *

なつかしい「パソコン通信」なる響き・・

私が始めて買ったパソコンはパワーマック7100AV。OSは漢字Talk7.5。まだOS9とかいわれる以前のOSです。そのときはフォトショップを使うことが目的の総てで、パソコン通信なるものにはまったく興味がなかったのです。それが英会話をはじめるようになって、そこの生徒さんから刺激をうけてパソコン通信をしてみようと思い始めたのが30歳のころ。いまから20年前の話です。

当時は「パソコン通信」と呼ばれるネットワーク(=通信団体)で、私が入ったのはニフティ・サーブ。そのこのアニメのフォーラムをみながら、自分が参加しているアニメ作品で、自分が演出をやった話数の反応を見始めたのがさいしょでした。当時のニフティは実名で発言する人が多く(もちろんハンドルネームを使う人も居た)、ゆえに無責任な暴言もあまりなかったように思えます。あのころの通信形態を体験してると実名表記のフェイスブックは実に居心地がいいものです。そこでメールフレンドも募集するところがあり、こわごわながらメールを送ってみたのが始まりでした。その頃の付き合いのある人とはいまだに連絡が取れている人もいます。あの頃のメル友さんというのは、きちんと文章で自分の考えや感想を自分の名前のもとに発言できる人が多かったのだなと思ってしまいます。

その後、インターネットの普及におされ、ニフティサーブに所属してることがあまり有益ではなくなってきたので、辞めてしまいました。しかし、同じようにインターネット上でメル友さんを探してみるも、メル友の質が明らかに劣化してしまいました。そこではハンドルネームが当たり前になっており、きちんとした文章での自己主張や感情が表現できない。短い文章で「きゃああ、かわいいい」とリアクションするがほとんどで、マトモなメル友さんはみるからなくなり・・、ネットでメル友とよばれる人を探すのは辞めてしまいました。

この映画にあるように、パソコン上で知り合った人と合ってみることも何回かありました。いやああ、どきどきしましたね。当時は、「メル友とあったらそれで終わり」という伝説があったものです。不思議とニニフティ時代に出会ったメル友さんとは会っても続いていたのですが、インターネットで知り合ったメル友さんとは不思議ときれてしまいました。パソコン通信で出会った人というのは今思うととても貴重な存在でした。この映画には、インターネットでみるけたメル友ではなく、パソコン通信で出会ったメル友が描かれているのです。

<あらすじ>
パソコン通信のある映画フォーラムで知り合った速見 昇(内野聖陽)と藤間美津江(深津絵里)。ふたりは、それをぞれ(ハル)と(ほし)と名乗り、お互いの顔も名前も知らない気安さから、悩みごとなどを相談するようになっていく。速見は(ローズ)というハンドル名の女性と知り合い、実際に会って何度かデートするようになったと云う。一方、転職を繰り返していた美津江は、仕事先で知り合った山上という男に結婚を申し込まれ戸惑っていると書く。
ある日、速見は出張で青森に行くことになり、美津江は新幹線の速見に向けてハンカチを振る約束をする。当日、線路沿いの田んぼに立つ美津江と新幹線の車中の速見は、互いにハンカチを振る相手の姿をビデオに収めながら、一瞬だけの対面を果たすのだった。
しかし、美津江は、妹が(ローズ)というハンドル名でパソコン通信をやっていることを知る。速見は、ローズと会ったその日にホテルへ行ったと、フィクションを語ったことがある。ローズが美津江の妹だと知った速見は、あわてて本当のことを伝えるが、美津江は、速見にメールを出すのをやめてしまう。
しかし、メールのやり取りで知らないうちにお互いを支えあっていたことに気づいたほしは、再びハルにメールを送り、ふたりは、もう一度最初から互いの関係をやり直すことにする。


パソコン通信のメル友というのは、相手をくどこうとか・・そういうのではなく、自分の恋愛事情を相手に語るときにとっても役立つプライベートな精神科医みたいなものなのでした。この映画でも、自分の恋愛事情を相手に話ながら、徐々に相手の存在が大事になっていくプロセスが描かれている。そう、まさに、こんな感じでした。私にとってはとても愛しい時代をきりとった映画です。なので☆ひとつおまけ!

ちなみにインターネットとパソコン通信の違いは・・・一言で言うと、「パソコン通信は、その所属しているネットワークの中でしかコミュニケーションできない」ってことでしょう。このようなネットワーク=通信団体は「ニフティサーブ」のほかに当時は「PC-VAN」や「アスキー」がありましたが、これらに所属する人たちとは通信できなかったのです。しかし、インターネットが世界的に普及していくと、一つのネットワークだけに所属することに意味がなくなり、人々が離れていき、一つの時代が終わったのでした。

by ssm2438 | 2011-10-14 14:47


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