西澤 晋 の 映画日記

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2011年 10月 27日

台風クラブ(1985) ☆☆☆

f0009381_1318337.jpg監督:相米慎二
脚本:加藤裕司
撮影:伊藤昭裕
音楽:三枝成章

出演:
三上祐一 (三上恭一)
工藤夕貴 (高見理恵)
紅林茂 (清水健)
松永敏行 (山田明)
大西結花 (大町美智子)
会沢朋子 (宮田泰子)
天童龍子 (毛利由利)
渕崎ゆり子 (森崎みどり)
三浦友和 (梅宮先生)

       *        *        *

『ブレックファスト・クラブ』と同じ年の映画だったんだ・・。ちょっと嬉しい。

なぜ嬉しいのかと考えると、共通性があることがその第一番目の要因だろうけど、それぞれの映画がそれぞれをコピーして出来たんじゃなくて、別のところで同じような概念が同時に生まれてることがなんとなくうれしいのである。

中学時代というのは、本物の(大人の)それはまだ経験できてないけど、それをいつか自分達もやるようになるのだなっていう状態を知った時代。それは“H”に限らず、社会生活全般であり、妥協でもある。そんな大人の社会を目前にした<大人予備軍としての中学生>の感性を描いた映画だと解釈した。その時代は自己の確立がすこしづつできあがり、社会の中で自分自身の存在価値もすこしづつ自覚できるようになってくるのだが、そそれをどう使ってっていいのわからない。なので結果としては自我エネルギーの無駄遣いなってしまうのだが・・・、マスタベーションと同じで無駄に射精しても気持ちがいい。

舞台になるのは長野県のどこか。 東京まで中央線で行けるくらいのところで、工藤夕貴がおりたった駅のなまえが中信駅とあったような気がする。駅名はネットでチェックしてもないので、きっと架空の土地なのだろう。
ちなみに学校ロケは長野県佐久市の佐久市立中込中学校で行われたそうな。

相米慎二の撮り方というのは無理やりの長回しを多用するので、登場人物のアップが少ない。なので、誰が誰なのか、判りづらいまま物語が展開するのでイラつく。とりあえずキャラクターの整理しておこう。

○三上恭一(三上祐一)
野球部3年。優等生で、春からは東京の私立高校への進学を希望することになっている。さるげなく哲学的なことを考えている。理恵(工藤夕貴)の恋人でもある。他の女の子にもてる。最後は三島由紀夫をきどって自殺してしまう。

○高見理恵(工藤夕貴)
一応三上の恋人ということになっている。その三上が卒業すると東京に行くことになるので、自分はどうしたいのか、どう出来るのかを模索中。

○大町美智子(大西結花)
三上のクラスメイト。優等生で潔癖症。三上のことを慕っている。健のわるふざけのために、背中に大火傷を負い、健のことを毛嫌いしている。

○清水健(紅林茂)
野球部3年。美智子(大西結花)に恋心を抱いているが、素直に自分の気持ちを表現できず、時々、暴走する。「ただいま」「おかえりなさい」とつぶやく怪しいくせがある。

○山田明(松永敏行)
三上や健の友人。子供っぽい悪ふざけをよくする。よく学校のプールに忍び込んで泳いでいる。

○宮田泰子(会沢朋子)
演劇部3年。由利と同性愛的関係にある。演劇部3人組のリーダー的存在。

○毛利由利(天童龍子)
演劇部3年。「おばあさんが死にそう」といつもそのことを気にしている。

○森崎みどり(渕崎ゆり子)
演劇部3年。泰子や由利とつるんでいるが、二人とはどことなく一線を画している。梅宮に同情的。

○梅宮先生(三浦友和)
三上のクラスの担任。担当科目は数学。若き日の理想を失った無責任な大人の典型。

○小林(尾美としのり)
大学生か浪人。台風の日に東京にやって来た理恵をナンパし、自分のアパートに連れ込む。

<あらすじ>
中央線沿いのどこかの田舎の町。
台風が理恵(工藤夕貴)たちが住んでいる町を直撃する日、理恵は寝坊して学校の始業時刻に間に合わないことを知ると、制服のまま東京へ行ってしまう。一方学校では台風が近づいてきているために、生徒達を山女に帰宅させる決定がくだされる。全員の生徒が帰ったと思いきや、そのことを知らずに授業をサボっていた演劇部の3人と、野球部の三上と清水、そして美智子(大西結花)は学校に残っていた。彼らは入り口が施錠されてしまったため、学校に閉じ込められてしまったのだ。
そのころ、東京に行った理恵は雨のなか原宿で大学生と思われる小林にナンパされる。彼のアパートまでついていくが、「みんなが心配している」と嵐の中駅に向かうが、電車は動いていない・・・。

台風のなか、下着姿の若い女の子がわらべの「もしも明日が…」を歌い踊るシーンは爽やかなエロチシズムを感じてしまう。最後のほうはその下着も脱ぎ捨てておどりまくっているのだが、かんがえてみれば大西結花のはつヌードはこの映画だったということなのかな・・・。
しかし黒い髪と白の下着姿っていいですな。かっこだけ先走ってるチャパツの最近のがきんちょにはあの健全なエロ出せないな。。。

商店街のオカリナの2人組みは・・・・・なんだったのでしょう?
作ってる本人は意味があったのかもしれないけど、見てる人に意味が判らないのはカットしたほうがよかったような・・・。

最後の「犬神家の一族」ショットは・・・・解釈がむずかしいです。
自殺する前に語っている言葉は、ようするに「だらだら生きてる先に『死』があるんじゃなくて、『死』っていうものが絶対そこにあるから、何かをするんじゃないのか? それが『生きる』ってことじゃないか」ってことを良いタイのだけど、『死』が来ないことにはそれを誰も実感しない。だから自分がお前達に実感させてやる!ってことで飛び降りたのだろう。
ただ、それは美化するにあたらない・・ってことがあれなのかなと思った。お前に語ってもらわなくても、そんなことは誰だってそのうち実感していくもの。わざわざ知ったかぶりしてかっこつけても、、所詮はありふれたパフォーマンスでしかないよ・・ってことなのかな。

by ssm2438 | 2011-10-27 13:29


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