西澤 晋 の 映画日記

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2011年 12月 23日

小さな旅館(1981) ☆☆☆☆

f0009381_11164739.jpg監督:齋藤武市
原作:松本清張
脚本:猪又憲吾
撮影:相原義晴
音楽:菅野光亮

主演:
坂口良子 (森田敦子)
田村高廣 (父・修平)
目黒祐樹 (夫・順治)
森田健作 (北原刑事)

    *     *     *

城ケ崎より愛をこめて。

映像に作り手になる人は、子供のころから自分も作り手として映画やアニメをみているものだ。しかしそのころはまだ、情報をインプットしてるにすぎない。ところがあるとき、自分がホントに作る側になって、いろいろ経験してから出会う作品の中に、「これは・・・・! これって自分が作りたいものだ!」と思うものに出会う時がある。ある人にとっては、再び見返してみた『ウルトラマン』かもしれないし『怪奇大作戦』かもしれない。あるいは普段はなにげなく見過ごしていた『水戸黄門』かもしれないし、あるいはその時はやっていたトレンディドラマかもしれない。
私の場合はこの『小さな旅館』だった。

父が犯人だとしって、埼玉県の東松山まで追ってきた坂口良子が、父を橋の上で会うシーン。ここからの一連の画面構成は、芝居付け、それを撮るカメラのポジション。駆け出した坂口良子を延々と撮る望遠。階層のはめ込み方。手前になめるものと入れ方やそのコントラス。音楽の入れ方、電話などの効果音の入れ方・・・、なにから何まで刺激的だった。この後半のシーンだけは何回みたことか・・・。
それが松本清張の物語として作られ、大好きな坂口良子主演で撮られた。
この画面に出会えたことはほんとに幸運だった。私が二十歳のころの話である。

いつか再放送をしないものか期待をかけていたら、昼の時間に今一度再放送することになった。当時、2時間ドラマをVHSで撮って、仕事から帰ってみていたものです。今の2時間ドラマはもあのころの感動もなくなり見るにたえないものばかりになってしまいましたが、当時の2時間ドラマはすごかった。テレ朝では土曜ワイド劇場。日テレでは火曜サスペンス劇場と、ほとんどそのへん転がってる映画以上にしっかししてるものが出来ていた。80年代の2時間ドラマの再放送してほしいものです。

f0009381_2282541.jpg当時の私が、このドラマをみる本当のモチベーションは坂口良子だった。1955年生まれの彼女がこのドラマの撮影をしていたころは・・・・・26歳だろう。若くて、そろそろ女優としてはあぶらののってくるころだ。当時は彼女のでる2時間ドラマはけっこう録画していた。それが私に幸運を運んでくれた。

そして、その相手役のオヤジが田村高廣だったというのも、嬉しいことだった。品のいい60オヤジを演じた彼は、そのむかし増村保造『清作の妻』で清作を演じていた。自分がしらないうちに、のちのち自分のなかで大事になるものがそこに共存していたことも嬉しい偶然だ。
森田健作もいい配役だった。当時の「Mr.青春」といえば森田健作だったが、『砂の器』丹波哲郎と一緒に捜査する若手刑事として爽やかに登場していた。この物語の森田健作の役は原作にはなかったのだが、敦子のことを昔から想い焦がれていた人として描かれ、旦那と父親が居なくなったあとの敦子はこの人と上手くいくのだろうなというポジティブな予感をも残してくれた。

そしてこの物語が自分の胸からはなれなかったのは、そのロケーションだろう。私が始めて東京にきて住み始めた街は西武池袋線の南長崎。そしてその隣の駅が江古田。このドラマの舞台になっている駅だった。このドラマを見始めたときは、おお、あの駅だ!ってそれだけで感動したものだが、しかし、その江古田という地域が、このドラマでは重要な意味をもってくる。その地域の一部が特殊な泥炭層という土の上にできていて、土の分析から犯行が行われた場所を特定していく展開になるのは、資料を調べることの大事さを教えてくれた。

この物語は松本清張の短編で、40歳の大台を越えてからこの小説をよんでみ。はっきりいってあまり面白くなかった(苦笑)。しかし、ドラマというのは、物語の基本設定がしっかりしていて、でも多少おもしろくないくらいのほうが不思議と出来上がりがよくなるものでだ。この物語はまさにそんな感じ。テレビのスタッフの力量に感謝、感謝。これほど的確に小説→2時間ドラマにモディファイドした作品はそうないだろう。
一番もりあがる、シーンは、一番初めにみた、橋の上で、坂口良子に順治の殺人を告白する田村高廣からの一連のシーンだが、実はここは原作にはなく、テレビスタッフが入れ込んだものだった。泣かせどころは、原作の行間をおそろしいまでに適切に盛り上げてくれた。場所に使われたのは、埼玉県東松山の八幡橋だと思われる。ここは時代劇のロケでよく使われる木製の橋がいくつかあるのだが、きっとスタッフの人が「あそこにしよう!」って決めたのだと思う。脚本家や監督の力だった。

だいたい松本清張のドラマというのは、あまりにしっかりとドラマをつくってあって、あまり泣けるということはないものだが、このドラマは泣けた。ドラマ作りをするのなら、こういう仕事をしたい、こういう演出をしたい!と初めて強くおもわせてくれた作品だった。
残念ながら、このドラマはDVDにもVHSにもなっていないので、このページに書くのは長年はばかっていたのだが、このさい書いておこうと思った。
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<あらすじ>
山歩きをするような格好の怪しい男が商社から出てきたある男をつけていく。その男は西武池袋線の江古田でおりて女と合流すると、近くの小さな旅館に入っていった。その男の名前は森田順治(目黒祐樹)、そして、順治をつけてきたのは、彼の義父・森田修平(田村高廣)だった。
大学教授の森田修平には、敦子(坂口良子)という娘がいた。早くに妻をなくし、男で一つで育てた愛娘を育てた。孫もできた。しかし順治は徐々に横暴な態度をとるようになった。いつも帰りが遅く、調べてみれば女がいた。自分の家に養子として入ったのも、森田の家の財産が目当てだったことが判って来る。

翌日の食卓で、順治を顔を合わさずぼとと言う修平。箸をとめる順治。
「順治君、今日も遅いのかね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「僕の帰りが遅いとお父さんになにか迷惑がかかりますか?」
食事を途中でやめた順治が玄関に向かうと敦子もおっていく。いつもの靴は用意してあるがその時は「今日は黒いほうだ」といい、その靴が磨かれてなければその場で磨かせる。急いでいるので靴墨をつけずに磨こうとすると「靴墨! いったいいつになったら一人前のの女房になれるんだ」と、奥で食事をしている修平に聞こえるように言う順治。

修平にとっても、順治にとってもいかに居心地の悪い家なのかはすぐ判る。そんなストレスを表面化しないようにしながらなんとかこの家のものたちはやりすごしていた。そんな状況下で修平は、親から受け継いだ土地の半分を売り、7500万で順治と女が不倫をする小さな旅館を買い受け、順治の殺害計画を実行に移していく。その旅館には椿の花がさいていた。

この原作が書かれたのは1961年のことで、実は私もこの年には生まれていない。まだ、ホテルというのはめずらしく、連れ込み旅館が当たり前の時代だったのだろう。すがに1980年代に旅館というのは不自然ではあるが、このドラマ化にあたっては年代を正確に設定することはせず、ホテルではなく旅館で物語を構成している。そこには、旅館でなければ成立しなかった段取りがあったからだろう。

前もって女性の声で録音しておいた音声で、順治と女を殺すべき部屋に誘導すると、ふすまの向こうから顔を見せずオレンジジュースのサービスをする。旅館のシステムが変わったことにしばし戸惑うふたりだが、差し出されたジュースを飲んだ2人は、泡をふいて倒れる。青酸カリが混入されていた。修平は、満員表示で他の客を旅館内にいれることなく、その部屋の畳をはがし、床をホリ、2人の遺体を埋めた。

やがて相模湖で順治のコートが発見され、敦子が呼び出されて行き、それが順治のものであることを確認する。「自殺ですか」と問う敦子に対して北原刑事(森田健作)は、素人目にはそう見えるかもしれないが、相ではないという。入水自殺をする人でも、最後まで凍えるのはいやらしく、コートは脱がないそうだ。そしてそのコートから低炭層の土と椿の花びらがみつかる。
泥炭層の土があるのは、東京の江古田付近だけで、さらに椿があるところを探し始める刑事たち・・・。
このままでは、見つかるのはすぐだと判断した修平は、財産の土地の名義を敦子に変えて、今日は拓本をさがしてに埼玉県の東松山にいってみる・・と言い残し出て行った。

やがて逮捕礼状をもった北原刑事たちが、敦子をたずねてくる。
「父は、図書館で調べ物をするといって・・」と嘘をつき、子供を近所におばちゃんにあずけ、東松山に向かう敦子・・・・。
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それから15年たらずくらいして、『星海の紋章』というアニメで、コンテを何本か描いたのだが、その打ち上げでスタッフの皆さんと伊豆半島にいくことになった。そのコースのひとつに龍ヶ崎がはいっていた。
城ヶ崎は、この『小さな旅館』の最後で、修平が断崖から飛び降りて自殺したところだった。
私の演出道の原点である。どうしてもここは見ておきたいという場所だった。その場所で絵葉書を買い、当時の想いを書き、好きだった女性にその場所から送った。

ロマンチストな西澤であった。。。

by ssm2438 | 2011-12-23 21:57 | 松本清張(1909)


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