西澤 晋 の 映画日記

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2012年 01月 30日

水で書かれた物語 (1965) ☆☆☆

f0009381_0275051.jpg監督:吉田喜重
脚本:石堂淑郎/吉田喜重/高良留美子
撮影:鈴木達夫
音楽:一柳慧

出演:
入川保則 (松谷静雄)
岡田茉莉子 (母・松谷静香)
山形勲 (橋本伝蔵)
浅丘ルリ子 (娘・橋本ゆみ子)
弓恵子 (芸者・花絵)

       *        *        *

男はみんな、女の息子である。

大島渚篠田正浩らとともに松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手と呼ばれたのがっこの吉田喜重。個人的にはこの3人の中では一番好きかもしれない。とはいっても、見始めたのはつい最近だけど(苦笑)。ヌーヴェルヴァーグとかアメリカン・ニューシネマとかが嫌いな私にとっては、ちょっと食わず嫌いのところがあったのですが、『秋津温泉』を境にみはじめてみるとけっこう面白い。ただ、60年代の、それまでの保守的なものにやたらと対抗して変なものだけどに走った感のある時代だけに、諸手をあげて「これは素晴らしい!」と言える物ではないことも重々承知の上で見てるつもりである。

本作のポイントのひとつは脚本家の石堂淑郎さん。作品的には左派的な思想の作品におおくかかわっているので、個人的にはあんまり近づきたくはないなという印象があったのだが、調べてみると、本人は保守派らしい。ただ、時代が左派的映画の脚本を要求してた時代と言えるだろう。
なのでひとつわだかまりがとけた。
石堂淑郎の脚本は、どこかあたまでっかちで、理屈だけをやたらとこねるきらいがある。実相寺昭雄の『無常』『曼陀羅』もこの人の脚本だ。さらにその流れで、フリーの脚本家となってからはテレビでの活動が増え、『マグマ大使』『シルバー仮面』『怪奇大作戦』『帰ってきたウルトラマン』などの特撮ヒーローもの、『必殺仕掛人』『子連れ狼』といった時代劇、SFドラマ『七瀬ふたたび』、銀河テレビ小説の第1回作品『楡家の人びと』などさまざまなジャンルの作品を手がけている。
左派的な流れの作品を描きながら、それに流されないスタンスがあったのだろう。
しかし、考えてみれば、このような人が子供向けの番組をしっかり書いていてくれたことは素晴らしいことだ。その内容も、私もうっすらとしか覚えていないが、子供を子ども扱いしないスタンスで物語を作っていたと思う。そして我々が子供の頃にはそれをみて、「こういう物語はおもしろいんだ!」とどこか納得していたものなのだ。そんな石堂淑郎スピリットが、知らず知らずのうちに心に刻み付けられているのだろう、どこかこういう映画をみると、子供の頃の特撮ものの出来が良かった回を何気に思い出してしまう・・・。

監督は吉田喜重、主演はこの時すでに吉田と結婚をしていた岡田茉莉子。岡田茉莉子には「丸顔のでぶなおばさん」というイメージがあり(申し訳ない!)、それが原因で避けていたこともあったのだが、このころの岡田茉莉子はかなりきれいである。食わず嫌いはするものではないなと思ってしまった。

この物語は、主人公の父親は身体が弱く、早くに他界した。そんな父に付き添う母は、美しい人に見えたが、実はそのころからすでに別の男がいて、その愛人であった。そのことに徐々に気づいていく息子の話。
母回帰ものといっていいのだろうか、「所詮男は、女の子供なのよ」という話かもしれない。母と息子の近親相姦へ転びいそうなにおいは全編にあるのだが、そこにはいかな・・・こともないか、いや、あれはやっぱりそこまでいってるつもりで撮ってるのかもしれない。どっちにせよ母親を「女」とはみとめなくわない、男にとっては壊されると心に痛い概念を描いている根源的なところを描いている映画である。
おそらくアンドレイ・タルコフスキー『鏡』と同じ精神構造の話なのだろう。

画面はすこぶるカッコイイ。
初期の実相寺昭雄みたいな画面と言って良いかもしれない。『曼陀羅』移行は広角レンズの表面的なチャラチャラ感だけに汚染されると見る気がしなくなるのだが、吉田喜重の画面はあの頃のアバンギャルドではあるが、きちんと望遠で、映画の画面として構築されている。
レイアウトで映画を見たい人は、一度はチェックするべき監督さんだと思う。

<あらすじ>
幼い頃、父を心臓病でなくした松谷静雄(入川保則)は美しい母静香(岡田茉莉子)と二人暮しの平凡な銀行マンだった。しかし静雄は、大企業の実業家・橋本伝蔵(山形勲)の娘・ゆみ子(浅丘ルリ子)との結婚がきまっていた。橋本伝蔵は、若い頃から女にことかかないやり手の男だった。自分の娘と結婚しよういう静雄に芸者の花絵(弓恵子)を紹介して抱かせたりもする。
ある日、静雄が机の引き出しをあけると、怪しい封書があった。それには、橋本伝蔵と母の静香が出来ているといういのだ。嫌がらせの手紙をかいた男はすぐに見つかったが、静雄の婚約をねたんだものだった。しかし、過去の記憶をひもといていくおもいあたる筋がある。
成り行きに逆らわぬまま伝蔵の娘と結婚した静雄だが、彼女を心の底から愛する気にはなれない。もしかしたら、自分は父の息子ではなく、橋本伝蔵の息子かもしれない。そうすれば、ゆみ子は、自分の妹かもしれない・・・。しかしそれは差ほど問題ではない。心からにくいのは、自分の人生が橋本伝蔵に所有されていることなのだ。そして伝蔵と母の関係は一次途絶えていたものの、いまだに続いている事を知る静雄。
総てを放棄し、ゆみ子とも別れ、会社も、昇進も捨てた静雄は、母の家を訪ねた・・・。


後半、やたらとイメージ映像つかうようになってからは、今ひとつ退屈なのだけど、前半はけっこう面白い。

余談だが、『男はつらいよ』のりりーさんしかイメージがなかった浅丘ルリ子が、みょうに健全にみえた。あんなにがりがりではなく、この映画の浅丘ルリ子はとても健康的に綺麗である。

by ssm2438 | 2012-01-30 00:28


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