西澤 晋 の 映画日記

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2012年 02月 20日

たそがれ清兵衛(2002) ☆☆☆

f0009381_012334.jpg監督:山田洋次
原作:藤沢周平
    『たそがれ清兵衛』『竹光始末』『祝い人助八』
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:長沼六男
編集:石井巌
音楽:冨田勲

出演:
真田広之 (井口清兵衛)
宮沢りえ (飯沼朋江)

     ×   ×   ×

藤沢周平モノは、『必死剣・鳥刺し』『隠し剣・鬼の爪』、『花のあと』とつづいて『たそがれ清兵衛』。本来一番最初にみておくべきこの映画が最初でないので冷静にみられたかな。既に前の作品で、サラリーマン・サムライ道をみせられていたので、これを一番初めに似た人たちよりはインパクトがなかったのだと思う。しかし、既存のチャンバラ時代劇が時代劇だと思っている人たちには、この藤沢周平の時代劇というのはある種のカルチャーショックがある時代劇である。江戸時代でも経済がありサラリーマンとしてはたらく武士たちの生活が克明に描かれている。それまでの経済観念が記号的でしかなかった時代劇とは全然質のちがうリアルな感覚なものを魅せられるシリーズである。この概念を作り上げたということではこの『たそがれ清兵衛』の作品価値は高い。

ただ、リアリティを追求するのは良いが、東北弁をつかうのはいかがなものかと・・・。
『必死剣・鳥刺し』や『花のあと』は標準語でつくってあるのだが、私としてはこちらのほうが見やすかった。
同じ山田洋次が撮った『隠し剣・鬼の爪』との類似性を指摘されているが、というかコチラのほうが先なので非難されているのは『隠し剣・鬼の爪』のほうなのだが、物語の面白さは後発の『隠し剣・鬼の爪』のほうがなにかと面白く感じるように作られていると思う。
いままでみた4本のなかでは、『必死剣・鳥刺し』が一番良かった。

<あらすじ>
江戸時代末期、東北は庄内平野に位置する海坂藩(うなさかはん)の下級藩士・井口清兵衛(真田広之)は、妻に先立たれた後、幼いふたりの娘と年老いた母の世話に明け暮れていた。お蔵役の仕事が終わるたそがれ時になると、仲間からの飲みの誘いにも断りそそくさと返って行くため、「たそがれ清兵衛」と呼ばれていた。着ているものはぼろばかり、湯銭にも通えず汗臭いにおいをさせていた。
そんなある日、甲田の家にとついだ友人の妹の朋江(宮沢りえ)が離縁し戻ってきたという。その朋江が、清兵衛の家を訪れる。幼い時から朋江を想っていた清兵衛ははにかむ。彼女を送っていくと、離縁したはずの甲田が彼女の家におしかけてきており、その場をなんとか治めた清兵衛だが果し合いをすることになる。その時清兵衛の隠された剣さばきが知れ渡る。清兵衛は戸田先生に剣を学び、戸田道場では師範代までいった男だった。
時代は幕末、新政権にむけて新しい時代を迎えようとしていた。海坂藩でも、先の殿が亡くなり世継ぎ争いから、失脚したり腹を切らさせるものも出ていた。その中の一人剣豪の剣客・余吾は切腹を拒否する。老中は清兵衛に余吾を討つように命じる。
サラリーマンのしがらみ、受けるしかない清兵衛は、出陣の日、子供達を見送った後朋江を呼び、仕度を手伝ってもらう。いざ出発というとき、清兵衛は想いを朋江に打ち明けるが、既に朋江は婚約したあとだった。
「私はここで待てないが、ご無事をお祈りしております」という朋江。無念の想いで出て行く清兵衛。
死闘を繰り広げた末なんとか相手を倒した清兵衛は、血みどろで帰ってくる。そこにはもういないとおもっていた朋江が待っていた・・・。
その後、朋江と再婚した清兵衛。だが仕合わせも束の間、彼は戊辰戦争で命を落とすのだった。

by ssm2438 | 2012-02-20 00:12


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