西澤 晋 の 映画日記

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2012年 04月 03日

浮草(1959) ☆☆☆

f0009381_18353465.jpg監督:小津安二郎
脚本:野田高梧/小津安二郎
撮影:宮川一夫
音楽:斎藤高順

出演:
中村鴈治郎 (嵐駒十郎)
京マチ子 (すみ子)
杉村春子 (お芳)
川口浩 (お芳の息子・清)
若尾文子 (加代)
野添ひとみ (散髪屋のあい子)

     ×   ×   ×

大映パワーおそるべし! 小津にこんなものを撮らせるんだ・・・。

小津が大映で撮った映画。いやああ、大映ドラマ爆裂してます。なんでも小津が大映で撮った唯一の一本らしいですが、いやいやすごいすごい。小津らしからぬどろどろ感がすばらしいです。
主人公は志摩半島にたちよった旅芸人の座長さん。その座長さんは看板女優の京マチ子と出来ているのだが、実はこの志摩半島には座長さんの昔の恋人杉村春子とその息子(実の息子)川口浩が住んでいるという設定。子供には「伯父さん」ということにしてあるようだが、今回の一連の出来事でそれがばれてしまう話。
個人的にはこれだけどろどろしてるとどうしても成瀬巳喜男でみたいきがする。

当時の成瀬巳喜男は、松竹の社長から「小津はふたりもいらん」と言われてたそうですが、いやいやそんなことはない。成瀬巳喜男のほうが遥かにすごいです。たしかに穏やかな画面作りで庶民的なつくりは似ているようにも見えますが根本的には大違い。小津安二郎はすべてが「家族」のドラマだけど成瀬巳喜男は「男と女」のドラマにしてしまう。この物語も、小津が監督している以上家族のドラマになってしまった・・・。

そういえばそのむかし、
「旦那は家族でしょ。家族とは“H”しないでしょ」とを言った女がいた。
まさに、小津安二郎と成瀬巳喜男の違いを一言であらわしたようなことだった。小津安二郎が撮るとどんな女でもの家族の一人になり、成瀬巳喜男が撮ると、家族の中でも女になるのである。
残念ながらこのドラマも家族の話になってしまった。きっと小津安二郎はテレ屋なのだと思う。

あと、撮影は往年の巨匠・銀残しの宮川一夫。今回の映画では銀残しBL影がけっこうきいてます。個人的にはもうちょっと彩度が落ちていればかなり気持ちのいいコントラストになったのではないかと思うのだけど、当時の絵なのでかなり天然色度が強いのが残念・・・。

<あらすじ>
志摩半島の西南端にある小さな港町を訪れる嵐駒十郎一座。総勢15人くらいの旅芸人なのだが、座長の駒十郎(中村鴈治郎)とすみ子(京マチ子)の仲は一座の誰もが知っていた。しかし、すみ子は心中穏やかではない。この時には駒十郎が三十代の頃に子供まで生ませたお芳(杉村春子)が移り住んでおり、昼間は毎日のように足を運んでいた。
やがてやけをおこしたすみ子はお芳の家に乗り込んでしまう。その時お芳の息子清(川口浩)が帰ってくる。清には、自分のことを叔父さんと偽って今日までかげながら世話していたのだが、その秘密がばれそうになると憤慨する駒十郎。あたまにきたすみ子はい妹分の加代(若尾文子)に金を渡して、清を誘惑させようとする。
誘惑するだけ誘惑してすぐにふるつもりだった加代だが、清と加代は真剣になって駆け落ちさえ考えるようになる。それに気づいた駒十郎が激怒、すみ子の策略と知り縁を切ることに発展。
客の入りもよくない日が続き、さらにメンバーの一人が一座の有金をさらってドロンしてしまう。
駒十郎は。衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、一座を解散することをみんなに告げる。
ひとりお芳の店へ足を運んだ駒十郎はこの土地でお芳や清と地道に暮そうという気持にかたむいていく。しかし清が帰ってこない。こともあろうに加代に誘われて家をでたきり戻ってこないのである。駅前の安宿で、加代と清は一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。
駒十郎は加代を殴った。清は加代をかばって駒十郎を突きとばした。お芳はたまりかねて駒十郎との関係を清に告げた。しかし、いまさら「オヤジ」とよべるわけでもない清は駒十郎にでていってくれと言い放ち二階に駆け上がっていく。
加代に「清をたのんだで」と言い残しでていく駒十郎。夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。すみ子は黙って駒十郎の傍によりタバコに火をつけてやるすみ子。2人は夜汽車にのり旅立って行くのだった。

小津安二郎の撮り方がどうしても、それ以前の小津安二郎映画のイメージを崩すことを許さないので、見ている我々としては、いつもののほほんとした家庭モノだと思ってしまうのだが、やってることにほとんど成瀬巳喜男の世界。最後の2人はほとんど『浮雲』の世界で、こてこてのどろどろのメロドラマである。
しかし、暴君的な書き方をされていた座長の駒十郎だが、それでも今の価値観のドメスティック・バイオレンスの描写に比べればかなり節度がある。その節度のある範囲でのやり取りが小津安二郎映画ということなのだろう。
物語自体はおもしろのだが、やっぱり作品の質的には、小津安二郎の撮り方が最大限の効果を発揮するとは言いがたい。

by ssm2438 | 2012-04-03 18:31


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