西澤 晋 の 映画日記

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2012年 04月 04日

八つ墓村(1977) ☆☆☆

f0009381_23325810.jpg監督:野村芳太郎
原作:横溝正史
脚本:橋本忍
撮影:川又昂
音楽:芥川也寸志

出演:
萩原健一 (寺田辰弥)
小川真由美 (森美也子)
中野良子 (辰弥の母・鶴子)
山崎努 (多治見要蔵・久弥)
山本陽子 (多治見春代)
市原悦子 (多治見小竹)
山口仁奈子 (多治見小梅)

渥美清 (金田一耕助)

     ×   ×   ×

なんと、基本コンセプトは『エクソシスト』かあっ!??

ウィリアム・フリードキンの撮った『エクソシスト』は、その環境では「悪魔などいるわけがない」という前提の人間社会を描きつつ、実はやっぱりいた!という特殊性を盛り上げる演出をしていた。
一方、横溝正史というのは、一件オカルトちっくな怨念殺人事件なんれど、結局は人間が仕組んだことなんだよってことで終わらせるパターンである。そして味付け程度に、「でもちょっとだけ怨念はやっぱりあったのかも・・」を付け加えられている。ところがこの野村芳太郎が作った『八つ墓村』は、『エクソシスト』の基本概念で作られているのである。前半はリアリティでどんどん押しておいて、最後はちゃぶ台ひっくりかえしの術。落ち武者の怨念ホントにありいいいいいいい!!!というオカルトモノに終わらせてしまった。
前半の描写は描写はそれまでやってた松本清張ものの展開をおもわせるリアリティが構築されているのだけど、後半は一機のオカルト映画、最後は小川真由美が鬼の形相で主人公の辰弥をおいかけまわすという展開。さらにその祖先をたどると、八つ墓村で殺された8人の落ち武者の出身地の出であること、そしてその血縁者だってことまでなっている。さらに、主人公の父親は、当初多治見要蔵と思われていたが、実際は別の男で、その男もやはり出雲の出身だったということオチ。
最初がリアリティで押されただけにその怨念もリアリティをおびてきてしまう。

原作者の横溝正史の作品のなかでは岡山県を舞台にしたものがいくつかある。『本陣殺人事件』 『獄門島』 『八つ墓村』など。これは横溝正史が戦時中の疎開の時に岡山にいたからであり、その土地の風土や習慣などをモチーフに描いているからだろう。
そして本作の32人殺しのエピソードも、実は昭和38年に実際にあった.
この物語も昭和13年(1938年)におきた津山事件を基にしている。実際に起きたのは津山市の外の西加茂村なのだが現在は吸収合併により津山市に所属している。この怒涛の惨殺事件は事件は後に『丑三つの村』で映画化された。田中美佐子のヌードが見たい人は一件の価値在り。

この『八つ墓村』はかなりのアレンジが加えられている。根本的に違うのは、この物語が展開されているのが現代。といってもこの映画が製作された1976年あたりである。金田一耕助の物語というのは戦後数年した昭和が舞台になっている。
物語は、「山の中に逃亡してくる尼子の落ち武者達」のシーンからはじまる。戦いに敗れ、負傷した身体をひきずるように森の中を故郷の出雲を目指し中国山地を上っていく。途中で死んでいくものもいたりすが、8人の落ち武者はなんとか、後に八つ墓村と呼ばれる村を見下ろす丘の上に立つ。
そしてどでええええええんと『八つ墓村』のタイトル。
タイトル明けはいきなり現代の飛行場。田中角栄のロッキード事件で問題になったロッキード・トライスターが着陸してくる。以下は現代の空港の描写。そこで働いているマーシャラーが本作の主人公寺田辰弥(萩原健一)である。
シナリオ意図がすっごく際立っている。前半部は徹底したリアリティ演出で、この物語はリアルな刑事ものなんですよ・・と暗示をかけておいて最後はオカルト・・・。そこにもっていくための徹底したアンチテーゼから出発している。

そう、この物語の金田一耕助は、昭和後期に活躍した探偵さんとなっているのである。

<あらすじ>
羽田空港の発着誘導員の寺田辰弥(萩原健一)は、大阪北浜の諏訪法律事務所で、母・鶴子の父・井上丑松(加藤嘉)に会う。辰弥は岡山と鳥取の県境に旧家多治見家の後継者だと言うのだ。懐かしさに涙をあふれさせる井上丑松だが、その直後痙攣を起こして血を吐いて死ぬ。それが最初の殺人事件だった。
やがて多治見の家から森美也子(小川真由美)が使いのモノとして現れ、辰弥を郷里に誘う。美也子は多治見の分家にあたる森家に嫁したが、夫に死別、いまは関西で手広く事業を経営していた。祖父の井上丑松の葬儀もあり、生まれ故郷にもどった辰弥は、その村が昔「八つ墓村」と呼ばれていたことを知る。

その村には昔、毛利の軍勢に破れて敗走した出雲の尼子義孝(夏八木勲)とその家臣たちが落ち延びてきたという。彼等はその村の近くに住み着き、山をきりひらき、畑をつくり生活を始めた。最初は怖がっていた村の人たちも、その良心的な態度にうちとけていった。
しかし毛利軍は、彼らに報奨金をかけた。村の総代であった多治見庄左衛門は彼らを祭りにまねき、毒草入りの酒を飲ませ彼らを惨殺した。その後毛利家から莫大な山林の権利を与えられ、一躍近郷きっての財産を得て現在の多治見家の基礎を築いた。
しかしある夏の日、庄左衛門は突如発狂し村民7人を斬殺、自ら自分の首を斬り飛ばして自害した。村の人たちは落ち武者の祟りと信じ、野ざらしになっていた落ち武者たち8人を弔い墓をつくったという。それが八つ墓村の語源だった。

村ではさらなる殺人事件が起きる。辰弥の病弱な兄・多治見久弥(山崎努)が毒を盛られて死んだ。一方、辰弥はその久弥にそっくりにミイラを地下の洞窟で発見する。それこそが辰弥の父、多治見要蔵だった。
要蔵は多治見家の当主であり、妻もありながら、当時21才の鶴子を欲した。多治見家の離れに牢を作り、鶴子を監禁、欲望のままに彼女を犯し続けた。やがて辰弥が生まれた。そして1年、鶴子は辰弥をつれて失踪した。その事件が引き金となり要蔵はある夜発狂し、正妻を斬殺、さらに村民31人を日本刀と猟銃で虐殺した。
その後行方不明となっていたいが、その要蔵のミイラがそこにあった。
一度は舞い戻った要蔵を小竹と小梅その洞窟にかくし、やがて毒をもって殺したというのだ。

その後も殺人事件は続く。
辰弥の出生の秘密を知っている小学校の工藤校長が毒殺された。さらに祈祷師の濃茶の尼が毒殺される。
毒物はすべて硝酸ストリキニーネである。やがて小梅が洞窟内で絞殺され、最も嫌疑をかけられていた財産継承者の一人、久野医師も洞窟内で小海と相前後して毒殺されているのが発見される。村人が暴動を起こし辰弥をもとめて暴れまわると、辰弥は洞窟に身を隠す。さらに彼の身を案じて洞窟に入った義理の姉・春代(山本陽子)も真犯人に襲われる。春代は、息を引き取る前に、犯人の指に噛み付いたことを辰弥に告げる。
犯人は森美也子だった。
彼女は多方面にわたり事業を展開していたが多額の借金を背負っていた。総ての遺産継承者がいなくなれば遠縁の森家にその権利がまわってくる。辰弥に真犯人であることを見破られた美也子は鬼の形相になり達也を追う。

この鍾乳洞ないでのおっかけシーンがかなりマヌケ。必要のないシーンの重複や、無理やりのエッチシーンなど、もうすこし物語を整理できなかったものが・・・。最後の一賭けシーンもそとでは金田一耕助が、みなの前で彼が調べた裏事情を暴露しているのだが、これがけっこうのんきに行われているので、同時進行の洞窟内のおっかけが人事のようにみえてしまう。
あそこを真剣に描くなら、洞窟内のおっかけをスローで撮って、事情説明の金田一のセリフをかぶせるだけでよかったのでは? 必要以上にそとのシーンをのんきに撮ってしまったので、盛り上がりにかけてしまった感がいなめない。

この映画の基本コンセプトは「呪い」=ファンタジーなのだ。そのために外堀は徹底的に現実で固められている。森美也子の連続殺人目的はお金なのだ。ちなみに後に制作される市川昆バージョンのそれは愛であった。おそらく、原作の流れを忠実に再現しているのは市川『八つ墓村』のほうだと思われる。
しかし、本作はそのロマンスの部分をばっさり切り捨てた。徹底的に現実的なモチベーションで行われた今回の連続殺人事件。そのトリックを解くのが金田一耕助の仕事かとおもっていたら、どうもこの映画の中での彼の仕事はそうではないようだ。彼がこの映画の中で調べていったのは、森美也子の出生系図であり、寺田辰弥の出生系図だった。
それをさかのぼると、森美也子は、あのときの落ち武者の血を引く娘であり、寺田辰弥の父は、要蔵ではなく、これもまた出雲出身の男だった。この映画では、一件現実的に見えるこの事件も、実は落ち武者の怨念のなせる業だったのかもしれない・・というまとめ方なのである。

金田一耕助がこの映画のなかでといていったのは殺人のトリックではなく、ほんとに家系図だけだったという・・かなり特殊な話である。


あまりにも特筆すべき内容が多すぎるのがこの映画の特徴で、どうしても付け加えたいことがあといくつかある。その一つは・・・・・中野良子が美しい!!!!
映画というのは、その物語のなかで美しい人というのがかならずいるものなのだが、この映画のなかでは中野良子である。この人にときめいたのはNHKの大河ドラマ『国盗り物語』での明智光秀の妻を演じた時。濃姫(松坂慶子)も美しゅうございましたが、中野良子はめちゃめちゃ可憐でした。

あと、この映画のなかで中野良子が、辰弥の本当の父に抱かれたのは鍾乳洞の中の竜のアギドと呼ばれるとこになっているのだが、その場所で辰弥と森美也子が“H”するに至っている。どうもこの展開には無理があったように思われる。違和感を感じたのでちょっと調べてみたら、原作では“H”はしてても相手は森美也子ではなく里村典子ある。実はこの典子は野村『八つ墓村』では省かれてしまった人物で、市川『八つ墓村』のなかでは喜多嶋舞が演じた、里村慎太郎(宅間伸)の妹である。


全体を通して冷静にみると、決して成功してるとはいえないが、かなりチャレンジングな映画である。
怖い映画というジャンルよりも、『異人達の夏』的なファンタジー性の強い映画だ。そのファンタジーな部分を生かすためにリアリティで土台をつくった物語のコンセプトは絶賛に値する。

一見の価値、大いに在り!

ただ、橋本忍の没落はこのころから始まっている。
この映画ののち書いたファンタジックホラー『愛の陽炎』は大いにこけた。

by ssm2438 | 2012-04-04 23:34


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