西澤 晋 の 映画日記

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2012年 07月 30日

十三人の刺客(2010) ☆☆☆

f0009381_22181329.jpg監督:三池崇史
原作:池宮彰一郎
    「十三人の刺客」(1963年東映映画脚本)
脚本:天願大介
撮影:北信康
音楽:遠藤浩二

出演:
役所広司 (島田新左衛門)
茂手木桜子 (手足を斬られた女)
稲垣吾郎 (明石藩主・松平左兵衛督斉韶)

     ×   ×   ×

突き抜けてるところは良い・・・。

御下劣趣味をかなり全面にだして作ってる。良くも悪くも突き抜けてるけど、良くも悪くもジャンプ的である。
ジャンプ的な物語と、ゲームしか知らない人にはいい作品かも。ということ、今後ある種の受け線狙いの作品作りの模範になるかもしれない。今の業界、創る人以前に、見る人と、企画する人の映画の価値観が劣化してきてるのでそういう人たちには丁度良い作品だといえる。

とにかくありきたいなのが吾郎ちゃんのキャラクター。ジャンプの悪党特有の余裕ぶっこきキャラクター。で、表面的にはかっこいいリアクションをするので魅了されてしまう。やはりファンタジーの世界でしか物語を観られない人にとっては、こういう悪役キャラがみたいのだろうな・・というツボを突いている。
結局この「悪」の概念が、ジャンプ/ファンタジー世界の悪のキャラクターなので、普通にドラマを楽しいもうとする試みはもはや出来ない。

やはり、「余裕ぶっこきキャラ」というのは、弱者にとって憧れのヒーローなのです。自分もなにひとつ心配しないで生きてい期待、負けることを意識しないで生きていけたらいいな・・という弱者だけが憧れるキャラクター。
これがアメリカなんかだとちがってくる。どんなに軍事力をもっていても、兵士が戦場で死ぬことは批難のまとになる。たとえ強者といえども、やはり安住の地ではない。それは弱者でも強者でも、「まだ不十分だ」っていつでも不安でたまらないものです。そして、その不安を受け入れて克服してこそ進化が生まれる。
弱者というのは、その不安と戦えないので、宗教やらオタクアニメやらに逃避して、そこでなにも負けることを心配してないキャラクターのなかに安心を求める・・・。悲しいサガですな・・・。
こういう「余裕ぶっこきキャラ」を楽しめない人がいっぱい出てくることを望みます。不安を直視して、自己努力でそれをねじ伏せられるように自分自身を進化させられる人を・・・。

それはさておき、この物語のなかで強烈なインパクトを引き出してくれてるのが、茂手木桜子さん演じる手足を斬られた女。ガリガリ手足切断、舌抜かれてるのでよだれ垂れ流しヌードは強烈です。このビジュアルと提示してくれただけでこの映画の価値はあると思える。なんでも、明石藩の庄屋かなんかの娘で、父親が百姓一揆を扇動したとかで、首謀者の一家は彼女以外皆殺し、彼女は手足を切断され、自殺しないように舌を抜かれて、ダッチワイフとして使われてたとか・・・。怨念の象徴として描かれているのだけど、なかなか強烈です。

<あらすじ>
江戸時代末期。将軍・家慶の弟で明石藩主・松平斉韶(稲垣吾郎)の暴君ぶりは常軌を逸していた。家臣の嫁は手篭めにするは、罪人を弓の的にしてスパスパ射抜くは、百姓一揆の首謀者の娘(茂手木桜子)は手足を切断して慰み者にするは欲をあますところなく展開させる。しかしそんな斉韶(なりつぐ)の老中就任が決まる。幕府の存亡に危機感を募らせる老中・土井利位(平幹二朗)は、御目付・島田新左衛門(役所広司)に斉韶暗殺の密命を下す・・・。


きっとこういうのって弱者のためのエンタメなんでしょうね・・・。商売的にはツボをついているが・・・、映画の基本コンセプトが私の支持するものではないのでそこそこの評価以上にはならなかった。
現実の世界で、自分自身を強くすることを放棄した人を愉しませるための映画なのだろう。

by ssm2438 | 2012-07-30 22:18


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