西澤 晋 の 映画日記

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2012年 09月 26日

ザ・レイプ(1982) ☆☆☆

f0009381_2254369.jpg監督:東陽一
原作:落合恵子「ザ・レイプ」
脚本:東陽一/篠崎好
撮影:川上皓市
音楽:田中未知

出演:
田中裕子 (矢萩路子)
風間杜夫 (恋人・植田章吾)
伊藤敏八 (レイプ犯・谷口明)
津川雅彦 (高木三郎)
後藤孝典 (弁護人・黒瀬勇一郎)

     ×   ×   ×

そのむかし文化放送で「セイ!ヤング」というラジオ番組がありました。落合恵子はそのパーソナリティの一人でときおり聴いておりました。そのラジオ番組だったかどうかは覚えてないのですが、自分の小説が映画になるって話を聞いた覚えがあります。しゃべり方も穏やかな人で、雑誌なんかにのっていた写真も拝見したことがあるのですが、とっても綺麗なひとでした。ただ・・・、不思議と価値観を共有できる言葉がなかったな・・という印象がある人でした。

この映画は当時一度見たことがあって、その時の印象は「まあまあよく出来てたな」というものでした。今見返してみると・・・・、実に女性の感性でつくられたお話だという印象でした。レイプとその裁判というイベントを果実にして客を惹き、種の部分は「女って男が夢見ているような生きものじゃないのよ」という、決して男と女が相容れない部分を提示していっているような話。
物語の構成的には、裁判モノというのは本性暴きモノにしやすいのですが、まさにそんな感じ。で、男が観ていてみていて気持ちの良いものではないのです。それもかなり意図的ですね。「ほおおおら、男がみたいのはこうなんでしょ、でも、気持ちよくみせてあげないもんね~~~」っていう、ある種の敵対心すら感じます。

田中裕子演じる主人公・路子は、会社のあと彼氏のところで“H”をして、終電(かそのあたりの電車)で返ってきて駅からアパートまでの帰り道でレイプされてしまいます。今時のお下劣なバイオレンスもののようなガシガシのレイプシーンではなくかなりおとなしい感じです。が、ま、それはよいのです。
そのあと憔悴した彼女が家に帰ってくると、彼氏からの電話(当時携帯はない)。ずっとかけてたのに何故でないんだ??と質問責め。とにかく今はほっといてよって時の男からの電話が超ウザい。それでも男にしてみれば、電話の向こうの様子が明らかに変なので心配でしようがない。女の心配ではなく、自分の幸せな時間が崩壊するかもしれない危機感。もしかしたら別の男と・・・いう不安。それを払拭したいがための質問責め。
男という生きモノの精神的虚弱体質な部分をぐさりと突き刺してきます。

やがて裁判になり、路子の男性関係が暴かれていきます。
「自分だけの女」だと思って女には、過去において複数の男性関係があり、そこには娼婦性がかいまみえたりします。それは既に過去のことなのか・・・、それとも自分と付き合っていた時も平行しておこなわれていたものなのか・・・。男にとっては事実がどうかということよりも、そう想像できてしまう次点でもう大問題なのです。男の弱点をグサリとグサリと突いてくるのです。
だいたい、男という生きものは、実際に在る物がどうのこうのではなく、その上にどれだけ夢を投影できるか否かが重要な生きものなのです。女にとって、夢が破れて妄想することができなかうなった男ほど使い物にならないものはないのでしょう。もっとも、妄想しかしてない男も使い物にはならないのですが・・・。

とどのつまり、落合恵子という人は、男に対して醒めた感情しかもってないのだなあ・・と改めて認識したのでした。
そういう意味では東陽一の演出は、物語と波調があってたのかもしれません。個人的にはこの人の演出は、気持ちよく観ていたいシーンなのにあえて興醒めするようなカットをいれこんでくるので、どうも好きになれない・・・。

しかし、最後の判決が出た後の描写は素晴らしかった。
自分のことを執拗にせめたてた相手の弁護士に「いろいろ勉強させてもらいました」とクールに言葉をかけ、立ち去っていく田中裕子。このシーンのカッコよさが絶大である。

<あらすじ>
恋人・植田(風間杜夫)と情事の後、家路についた路子(田中裕子)は、駅からの帰り道に中古車販売店の店員・谷口(伊藤敏八)にレイプされてしまう。裁判になるとかつての男性関係も明らかにされていくと、恋人の植田がショボく見えてくる。かつての不倫相手だった高木(津川雅彦)に再会してみる。<女の現実>と<男の夢>、<女の夢>と<男の現実>がつねにネジレの位置にしかないことに気づいた路子は・・・・おそらく、期待する振りをするのを辞めた・・・・・のだろう。

・・・そんな話でした。。。

悪くはないけど・・・、楽しめる映画ではないな・・・。

見て損はない映画だと思うけど・・・・、なんでだろう、
やっぱり「期待するのをやめた人」が作る話には魅力を感じないのでした。

そりゃあ、期待したら裏切られるのは判ってるけどさ、それでも期待してしまうのが人生ってもんでしょう。
裏切られて傷つくのが怖いから期待しなくなり、期待する能力がのこってるひとをアザけるのはあまり感心しないなあ。それってラース(・フォン・トリア)な精神だと思うが。
この映画も、そこに向かいつつある要素が内在してるきがする。

by ssm2438 | 2012-09-26 22:55


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