主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

首(1968) ☆☆☆

f0009381_12275622.jpg監督:森谷司郎
原作:正木ひろし
脚本:橋本忍
撮影:中井朝一
音楽:佐藤勝

出演:
小林桂樹 (正木ひろし)
南風洋子 (滝田静江)

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おお、『ジュリア』ふたたび・・・。
でもこちらのほうが先だけど・・・。

『ジャッカルの日』『真昼の決闘』『我が命つきるとも』でしられるフレッド・ジンネマンは強靭意思力で自分を突通す主人公をよく描く。その映画の中では、社会からの圧迫感が恐ろしく強い。そして、その内部をこじ開けるように主人公は意思をとおしていく。森谷司郎のこの映画もそんな感じ。
戦時中、警察による取り調べは拷問のようであり、そのなかで死だ被疑者は脳溢血で死んだということにされた。それに疑問をもった弁護士がすでに埋葬された遺体を掘り起こし、司法解剖のために遺体の首を切断し群馬から東京にもちかえり検死をするというかなりびっくりの話。
じつはこれ実際にあった話で、原作は弁護士の正木ひろしであり、この物語の主人公も正木ひろしである。映画では、事件を隠そうとする勢力が主人公の敵であり、その社会的圧迫のなかで強引に自分の意思を通して行くというジンネマン的な話。

もとになった事件はこちら(以下ウィキペディアから抜粋)

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戦時中の1944年(昭和19年)1月20日、茨城県那珂郡長倉村(現常陸大宮市)の採炭業者X(当時46歳)が賭博および闇物資横流しの嫌疑で拘引。Xは同郡大宮警察署にて巡査部長A(当時34歳)による取調べ中に撲殺されるという事件が発生。

警察は動脈硬化性脳出血による急死として処理しようとしたが、事件を聞きつけた弁護士の正木ひろしは墓地に赴き、埋葬されていた遺体の首を切断、東京帝国大学法医学教室の古畑種基教授のもとに持ち込み、鑑定を依頼した。古畑が外傷による他殺と鑑定したことを受けて、正木は巡査部長Aと、死亡直後に司法解剖を行った警察医Bの2名を告発した。警察・検察は逆に正木の墳墓発掘、死体損壊罪での起訴を検討するなど全面対立となった。古畑ら東大法医学教室の面々が岩村通世司法大臣の要請により改めて遺体を発掘した際、首が付いていなかった、ということから「首なし事件」という名前が付いた。もっとも上記の経緯から古畑らは遺体が首なしであることはもとより承知していた。

言論弾圧の甚だしい戦時下であり、そもそも警察による拷問の横行は言うべからざる公然の秘密であったが、正木はこのタブーを打破、一連の経緯を個人雑誌「近きより」で公表するという異例の展開となった。

最終的に警察医Bは不起訴となり、巡査部長のみが特別公務員暴行陵虐致死罪で公判に付せられた。戦中戦後の混乱、戦災の影響もあり長期裁判となったが、1955年(昭和30年)に巡査部長Aの懲役3年の有罪が確定した。

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実際にあった事件は上記のようなものなのだが、物語は場所は地名は変更してある。

<あらすじ>
舞台は群馬県の滝田炭鉱。花札賭博でつかまったが抗夫が拘留中に脳溢血で死ぬという事件がおきる。不信を持ったのは炭坑主先田しずえ(南風洋子)が正木弁護士(小林圭樹)へ話をもっていく。正木は司法局に解剖を依頼するが、すでに解剖は済んでいるという。現地での聞き取りをすすめると、警官の横暴さが浮き彫りにされる。今一度解剖依頼するが検事局検事田代(神山繁)の態度は冷ややかだった。そうしている間にも埋葬された死体は腐って行く。
東大方医学部の教授をたずねる正木。
「首だけでも東京まで持ち帰れは調べられるのだが・・・」と言われ正木は憤怒の決意をする。教授の紹介で遺体解体の職人を連れて現地に向かう正木。坑夫に頼んで墓を掘り起こさせ、切り離した首を蓋のあるバケツに入れ列車に乗り込む。墓を暴くのも、遺体を損壊させるのも刑法にふれる。

以下『ジュリア』にも似たはらはらどきどきの首移送の汽車の旅。
車内は満員状態のたちんぼう。周りの乗客は異臭にきずき正木をいぶかぐる。車内には闇取引を物流を検査する警官が持ち物検査をしてまわっている。警官は正木の足元の不振なバケツに目をやり「中身はなにか?」と尋ねる。ピンチである。そのとき遺体解体男は「首でさあ、なんならにおいをかいでみ」と正直に答えてしまう。しかし警官は冗談だと思ったのだろう、「他の客の迷惑になる、デッキに出ろ」といっただけで去っていった。
上野駅についた正木を刑事らしき人物がまっており、手荷物検査をしたいという。しかし正木はカバンしかもってなかった。すでに首のはいったバケツは日暮里でおりた解体男にわたしていたのだ。翌日東大でその男と合流、首の方位解剖がはじまった。死因は脳溢血ではなく殴打によおのだと判明したのだった。
by ssm2438 | 2013-07-25 12:31