西澤 晋 の 映画日記

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カテゴリ:ジョン・バダム(1939)( 15 )


2011年 02月 08日

ジャック・ブル(1999) ☆☆

f0009381_8581799.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ディック・キューザック
撮影:ゲイル・タッターサル
音楽:レニー・ニーハウス

出演:ジョン・キューザック

       *        *        *

専門分野を撮らないジョン・バダムなんて・・・

物語のつかみがないとうか・・・、すべてがきわめてアベレージ。オーソドックス、普通・・・そんな言葉が聞こえてくるような映画。といってもTVMなのだからある程度は仕方がないかなとおもうが・・、なにかひとつ華やかなものがほしかった。。。

<あらすじ>
1870年代のワイオミング。マイヨール・レディング(ジョン・キューザック)は馬のバイヤーだった。西部の生活にかかせない馬を育て、必要な人に売ることで生計をたてていた。その日も馬を買い手に渡すために馬を先導していた。そのさい悪名高い土地の地主であるヘンリー・バラード(L・Q・ジョーンズ)に因縁をつけられる。自分の私有地を通るときは通行料を払えというのだ。しかし彼の土地には意図的にフェンスがはられており、いやおうなしに彼の私有地を通るしかない仕組みになっていた。馬を売らないとお金がないリディングは、馬二頭を担保としておいていくことになる。馬を売ってバラードのところに戻ってきて通行料を払おうとするが、担保にしていた二頭の馬の足の骨が折られており、使い物にならない状態にされていた。
そんなことから地元の支配者バラードと正義感の人レディングの抗争が始まっていく。二人の対立は物語が展開するにしたがって激化、レディングは私財を投げ打って集めた仲間を引き連れ、敵地へ乗り込んでいく・・・。

まだ法の整備が不備な時代も西部であり、そこには土地の実力者の横暴が日常茶飯事のように起きていた。そんな社会のなかで、「人間の法」と「自然の法」の対立を描いた作品であるともいえる。
バラードの言い分は、人間社会で作られた法をたてにして自分の業をおしつける人物。それに対して主人公のレディングは、人間は本来もっているべき誠意とか自然のなかで人間が生きていくべき節度を大事にする人。物語はこの通行料を払う・払わないの問題から集団勢力同士の抗争に発展し、最終的には裁判になりレディングが縛り首になって終わる。

音楽や絵作りきわめて映画的に良く出来ているのだが、お話の始まりがあまりに子供の喧嘩であり、そこから集団抗争まで発展してしまう流れは・・・、人間のおろかささえ感じる。描こうとしていることはかなり崇高なことなのだが、展開があまりに醜い餓鬼の闘争であり、見ているうちにどうでもよくなってしまった・・というのが本音のところだ。

映画としての撮り方はまったく問題ないのだけど、映画にする素材としてどうだったのかな・・?
企画段階でハズレが予感できてもよかったのにと思うのだが・・・。

by SSM2438 | 2011-02-08 08:59 | ジョン・バダム(1939)
2010年 10月 27日

サタデー・ナイト・フィーバー(1977) ☆☆

f0009381_1910487.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ノーマン・ウェクスラー
撮影:ラルフ・D・ボード
音楽:ザ・ビー・ジーズ/デヴィッド・シャイア

出演:
細かった頃のジョン・トラヴォルタ (トニー)
カレン・リン・ゴーニイ (ステファニー)

       *        *        *

はじめてトラボルタを見たときは、ぜったいホモだと思った。・・・どうもホモ系は生理的に受け付けない。おかげで長らく敬遠していた作品。

ビー・ジーズのサントラがやたらと売れた映画だった。私達の年代でビー・ジーズといえば『小さな恋のメロディ』「メロディフェア」という印象があるが、次の世代だとこの映画かもしれない。

監督は私のごひいきジョン・バダム。プロフェッショナルな分野を見やすく判り易く映画にする職人監督さんである。そのジョン・バダムが一躍脚光をあびるようになったのがこの『サタデー・ナイト・フィーバー』。これは専門分野とはちょっと違うのだが、ディスコという特異な文化に脚光を当てたという点ではやはりジョン・バダムの映画らしい気がする。ただ、お話はもうちょっとだったかな。ディスコシーンもそんなにいいというわけではないし(私自身がまったく興味をもたない世界だからかもしれないが)、ジョン・バダムの映画のなかでもかなりつまらないほうに属する映画だろう。主人公のジョン・細かった頃の・トラヴォルタもけっこう気持ち悪い。あのアゴも生理的に嫌い。他のバダムの映画のレーザーディスクは持っていたのだが、この映画だけは買う気になれなかった・・・残念。

この映画のポイントは、やはりディスコというサブカルチャーを夜に知らせしめた点がポイントだが、実はかなり青春モノしている。

<あらすじ>
f0009381_19152690.jpgトニー(細かった頃のジョン・トラヴォルタ)は、普段はしがないペンキ屋で働いていたが、土曜日の夜になるとディスコに繰り出す。ステージの上の彼はヒーローなのだ。誰もが彼のダンスに魅了された。そんな主人公が出会ったダンスの上手いステファニー(カレン・リン・ゴーニイ)。
この娘は世界を目指したいとおもい練習に励んでいるのだが、性格はあまり良いとはいえない。どこかお高く留まっていてトニーたちのころを軽蔑している部分がある。ディスコで競技会が催されることになり、優勝チームに500ドルの賞金が与えられると発表される。ステファニーに感化されたトニーは、それまでペアと組んできたアネッタと別れ、ステファニーとペアを組みたいと思うようになる。そして優勝賞金で噴き溜めのような生活から抜け出そうと考える。

そいのあとは、友達が自殺したり、コンテストで優勝したかと思いきや裏工作があることがわかり辞退したりといろいろ良いことばかりではないエンディングでした。

by ssm2438 | 2010-10-27 19:12 | ジョン・バダム(1939)
2010年 09月 15日

バード・オン・ワイヤー(1990) ☆☆

f0009381_9165993.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:デヴィッド・セルツァー
    ルイス・ヴェノスタ
    エリック・レーナー
撮影:ロバート・プライムス
音楽:テッド・フィールド

出演:
メル・ギブソン (リック)
ゴールディ・ホーン (マリアンヌ)

       *        *        *

どうもメル・ギブソンはコメディに合わないと思うのだけど・・。

だいたいメル・ギブソンの目は狂気じみてる。最初の『マッド・マックス』の印象が強いからかもしれないが、どうもあの目でライトは芝居られてもなにか素直にたのしめない(苦笑)。
そんな彼が演じているこの物語の主人公は、かつてメキシコにマリファナを仕入れに行って逮捕された男。麻薬密売組織は、彼に証言されては困るので殺そうとするのだが、FBIは法保護プログラムを組んで裁判が開かれるまで、名前や職業をかえながら各地をてんてんさせていた・・という状況。
そんな時に、逮捕される以前につきあっていた女ゴールディー・ホーンにたまたま出会ってしまう。さらに組織にも身元がばれてしまい二人は逃避行。逃避行の旅すがら、保護プログラムで各地を点々としてた時に知り合いに会って行きながら、「あんたいったい何者なの??」っておもわせつつ、最後は追ってから逃れてなんとか終了って話。
昔の知り合いに会うごとに、好かれていたり、嫌われていたり、自分の知らない元彼の素性がばらばら出てくる。そんな状況でぎゃあぎゃあとやたらうるさいゴールディー・ホーンを楽しむ映画かもしれない。

しかし彼女は年取っても若いですねえ。すばらしい体をキープしてます。この映画のころは40代半ばだったらしいが、その後15年くいらいして『フォルテ』なる映画に出ていた時もほとんど同じ体型。そのときは60こえてたのだけど、あのボディはなに???ってくらい驚異的な引き締まり感。歳をとっても若いひとはいるが、この人ほど若い体をキープしているひとは珍しい。キャラクター的にはギャグ系ではあるのだが、体のラインを保つことに関しては鬼のように努力をしているプロフェッショナル。すごい!

そんなメル・ギブソンとゴールディ・ホーンを主役にして職人ジョン・バダムが作ったアクション・コメディがこれ。さらにヒッチコックのライトはサスペンスのノリもはいっている。
昔読んでいた『スクリーン』で、今は亡き双葉十三郎さんがこの映画にけっこう高い点をつけていたのを思い出す。残念ながら私はその感覚にはちょっと賛同しかねるが、双葉さんもジョン・バダムの職人的見せ方は気に入っている様子。なので甘くなってしまったのだろう。私もジョン・バダムは好きなのだけど・・、でも、この映画はもうちょっとがんばってほしかった。80年代のジョン・バダムお得意の専門分野のテクニカル演出があまりなくって、ただのドタバタ劇になってしまっているのが残念。

<あらすじ>
立ち寄った自動車修理工場で、15年前に航空事故で死亡したはずの恋人リック(メル・ギブソン)に瓜二つの男に出会うマリアンヌ・グレーブス(ゴールディ・ホーン)。マリアンヌに気づかれたと思ったリックは急いでFBIに連絡をとる。彼は麻薬組織を裁判にかけるために承認としてFBIの保護プログラムにまもられている男だった。しかし新しく変わった担当者は麻薬組織に買収されていて、彼を証人保護リストから外し、彼の居場所を組織に連絡する。
その男のころが気になっていたマリアンヌはずっと修理工場を見張っていたが、殺し屋に襲撃されたリックが逃げ出してきて、結局どさくさにまぎれて二人は脱出する。リックはマリアンヌにすべての事情を打ち明けるが、マリアンヌは途中でカードをなくしており二人は一文無し。昔知り合いをたずねつつ逃走をつづける二人は、家畜病院でかつてリックの恋人だったレィチェル(ジョアン・セヴェランス)のところに逃げ込む。かつての恋人と再会したリックにやきもきするマリアンヌ。しかしそこにも追手が迫り、武装ヘリで襲撃されるが、レイチェルの助けもあり病院のセスナ機で脱出。最後は室内動物園で野獣たちのいるなか組織の追手と戦いになり、内部の施設を巧みに利用し、危機一髪のところで殺し屋達を倒す。

by ssm2438 | 2010-09-15 09:17 | ジョン・バダム(1939)
2010年 08月 20日

ハード・ウェイ(1991) ☆☆

f0009381_14334540.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ダニエル・パイン/レム・ドブス
撮影:ドン・マカルパイン/ロバート・プライムス
音楽:アーサー・B・ルビンスタイン

出演:
マイケル・J・フォックス (映画スター、ニック・ラング)
ジェームズ・ウッズ (ジョン・モス刑事)

       *        *        *

そこそこ面白く作ってあるが・・・、どうもマイケル・J・フォックスが、映画のなかで刑事をやるってのがいまひとつぴんとこないというか・・

この映画のなかでのマイケル・J・フォックスは映画界のスーパースター。その彼が刑事ドラマの映画をとることになって、役作りのために現場を訪れるという話。で、不運にも彼のおもり役をおおせつかってしまったのが、凄腕刑事のジェームス・ウッズ

いささかキャスティングに無理を感じる。マイケル・J・フォックスがこの映画のなかでは映画スターというのはゆるせるのだが、その彼が刑事ドラマをやるってキャスティングがいささかついていけなかった。普通に考えたらマイケル・J・フォックスでシリアスな刑事ドラマなど考えない。私もそうなのだが、ここでこの映画に入れなかった人がかなり多いと思う。
もうひとつ、ジェームス・ウッズという役者さんは、私は好きなのだが、この人癖がありすぎて、どうもコメディがなかなかあわないというか・・。多分この人は、シリアスな話で、シリアスに追い詰められて、その状況の中でコメディを演じるキャラクターがとってもあっているのだけど、コメディのなかでシリアスなキャラを演じるの的外れな感をうける。『殺しのベストセラー』のジェームス・ウッズが好きなのだが、この映画もそうなりかける要素はあったと思う。でも、この映画自体がコメディ体質なので、あの時のジェームス・ウッズほどの良さがでなかったのが残念。。。

しかし・・・、たわいもない映画なのだけど、みてるとついつい最後までみてしまうような映画。見せどこを心得たジョン・バダムならでは軽快な演出がわるくはない。現場に出ると、弾にあたれば死ぬ危険ととなりあわせのジェームス・ウッズと、それが全部映画のサンプルとしか考えられないマイケル・J・フォックス。その全然ちがう価値観のぶつかり合いがこの映画の楽しいところで、分かりきってることなのだがそれを気持ちよく演出してくるのがジョン・バダム。・・・かといって、それ以上のなんも印象はない。うむむむむ・・、かつての栄光『ショート・サーキット』『ブルーサンダー』『ウォーゲーム』のころの冴えをとりもどしてほしいものである。

<あらすじ>
かつては人気アクション・スターだったニック・ラング(マイケル・J・フォックス)だが、ここ数年はその人気もかげりがち。そんな彼の次回作は刑事ドラマ。この映画に人気復活をかけるニックは役作りに挑むため、偶然TVで目にしたニューヨーク市警の殺人課刑事、ジョン・モス(ジェームズ・ウッズ)のクールさに魅了され、彼に弟子入りしようと NYに飛ぶ。
そのころジョン・モスは連続殺人鬼バーティ・クラッシャー(スティーブン・ラング)を追っていた。上からのお達しで、その調査にニックを同行させるはめになったモスは、ニックのまぬけさにうんざり。家にまで上がりこんで同居することになったニックを手錠で別途に繋ぐと1人で捜査に出かけてしまう。
モスは単身クラッシャーが改造拳銃の売人と接触する現場に乗り込み、壮絶なチェイスの末にクラッシャーをニックの最新作「スモーキング・ガンII」の上映されている劇場に追い詰めた。逃げたクラッシャーはモスの家へ行き、モスの恋人スーザン(アナベラ・シオラ)を人質にとり、街の「スモーキング・ガンII」の宣伝用ハリボテの中に立てこもるが、ニックとモスが力をあわせ、スーザンを救出、クラッシャーははりぼてニックから落ちて絶命する。

by ssm2438 | 2010-08-20 14:36 | ジョン・バダム(1939)
2010年 08月 19日

ドロップ・ゾーン(1994) ☆☆

f0009381_21363892.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ピーター・バルソチーニ/ジョン・ビショップ
撮影:ロイ・H・ワグナー
音楽:ハンス・ジマー

出演:
ウェズリー・スナイプス (ピート・ネシップ捜査官)
ヤンシー・バトラー (スカイダイビングのインストラクター)
ゲイリー・ビューシイ (タイ・モンクリーフ)

       *        *        *

職人ジョン・バダムの今度の料理はスカイダインビング!

プロフェッショナルな分野を判り易く、なおかつ面白く映画にまとめてしまうのがこの人ジョン・バダム。決して敷居を高くせず、ここちよいくらいのサスペンスさとシリアスさを甘味料に入れて、実に食べ易い物語に仕上げてしまう職人監督。そのジョン・バダムが新たに選んだ素材がこれ、スカイダイビング。

そもそもスカイダイビングがどう映画になるんだ??って考える。なんかの競技会をやるにしても、そんなに達成感があるわけでもないので、映画的な高揚感はあまり期待できない。スポーツってのは、きわめてきわめてやっと勝つスポーツと、エンジョイした結果、コンテストでなんとなく優勝してしまうようなスポーツとがある。スカイダイビングなんてのは後者のほう。
どう考えてもスカイダイビングで映画が取れるとは普通おもわないんだけど、それを映画にしてしまうのがジョン・バダムなんだなあ。この映画では、スカイダイビングで、某銀行のビルの屋上に飛び降り、盗みを働こうというもの。正直ちょっと無理やりなお話作りだなって思ったけど、まあ、見てると実にそれほど破綻した段取りもなく、さらりとまとめてしまっている。ただ、他のジョン・バダムの作品に比べるともう一つなにかスカイダイビングをネタにしたエピソードをは挟み込んでほしかったかなってきがする。確かにスカイダイビングのシーンを可能な限り入れ込もうとする試みは判るのだが、あまり活かしきれてないきがした。素材的になかなか難しいタイプのものだけど・・・、私の御ひいき監督ジョン・バダムだが、もうひと声、なにかほしかったかな・・。

ただ、ヤンシー・バトラーが見られたのは良かった。ジョン・バダムって、プロフェッショナルな分野を判り易くときめく映画にする人だけど、もうひとつの才能があって、それは女性キャラを発掘する才能。彼女の映画につかわれる女優さんってけっこう私好きなんだ。このヤンシー・バトラーもそう。もうちょっとウエストがくびれてたらブレイクしたかもしれないのに・・、おしいキャラだ。

<あらすじ>
コンピュータ犯罪の専門家アール・リーディを刑務所に護送する任務についたFBIの捜査官ピート・ネシップ(ウェズリー・スナイプス)だが、機上でのハイジャックに遭遇、犯人はリーディを奪うと、時速900kmで飛ぶ機体から飛び降りた。同行していた捜査官で弟テリーは、機外に放り出され死亡。
停職となったピートは汚名を晴らし、弟の仇を討つため単独で調査に乗り出す。犯人はプロのスカイダイバーであるとにらみ、スカイダイビングのエキビジョン・チームに潜入。一味を捕らえるためには、同じ技術を自ら身に付けねばと考えた彼は、信頼できる美人女性ダイバーのジェシー・クロスマン(ヤンシー・バトラー)に教えを乞う。
ピートは命がけの特訓を重ね、アメリカの独立記念日の夜、ワシントンに集団で降下するエキビジョン大会に参加する。そして彼らはいた。タイ・モンクリーフ (ゲイリー・ビジー)をリーダーとする一団は、その日だけは許ワシントン上空を飛行することがゆるされることをいいことに、上空から麻薬取締局本部ビルに降り立つ。彼らの目的は、世界中に散らばっている囮麻薬捜査官たちの情報を引き出し、それを犯罪組織に売ろうというものだ。スカイダイバーたちの協力を得て、彼は敵と激しい銃撃戦を繰り広げ、組織の陰謀を砕いた。

by ssm2438 | 2010-08-19 21:38 | ジョン・バダム(1939)
2010年 06月 25日

ウォー・ゲーム(1983) ☆☆☆☆☆

f0009381_3413661.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ローレンス・ラスカー
    ウォルター・F・パークス
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:アーサー・B・ルビンスタイン

出演:マシュー・ブロデリック
    アリー・シーディ

       *       *       *

80年代の映像クリエイターたちはリドリー・スコット『エイリアン』『ブレードランナー』をさまざまな分野でコピーしまくったのだが、実はそれ以上に彼らにインパクトを与えた映画がある。それがこの『ウォー・ゲーム』だ。
この映画はリドリー・スコットの先にあげた2本の映画のようにヘビーテイストではないので軽んじられてるが、この映画のなかで提示されたことは、それ以降の映画やアニメに多大な影響を与えている。大パネルがある司令室も、結局この映画からほとんど進化してないし、パソコンオタクの描写も結局この当時のままだ。もちろん今ではもっと部品が少なくなっている分、昔のほうが専門的にみせやすいという部分もあるだろうし。

そして監督がジョン・バダム。専門分野の小技をきちんとみせつつ、誰にでも分かるように見せてしまう。この専門分野の理解し易さこそがこの人の持ち味なのだ。そして物語りもヘビーすぎる、軽すぎず、ころあいのいいところできちんと料理されている。たしかにアカデミー賞には程遠い人だが、庶民がなにを見たがっているのか、その欲求をきちんと理解し、それを提示してくれる。よくもわるくも職人なのだ。

<あらすじ>
吹雪の中1台の車が人気のない山間の小屋に到着する。車からおりたふたりの男は家に中に入り、鏡に向かってなにやらIDらしいものをみせるとドアがひらく。その山小屋はミサイル発射のコントロール室の入り口なのだ。そして中にいた二人と交代。その直後に緊急信号がはいってくる。二人は命令書で暗号を確認、ミサイル発射命令だと認識しる。核ミサイルはコントロールルームの二人が一緒にキーをまわさなければ発射されない。一人は「何かの間違いだ、センターに確認する」といい、もう一人は「そのような肯定はない」と銃を向ける。カウントダウンがゼロにちかづいていく。前者の隊員は「私には出来ない」とキーから手を離す。
後にわかるのだがこれはミサイル発射の模擬訓練だった。この結果22%の兵士は命令にしたがわなかったことが判明。マッキントリック博士はコンピュータWOPRに総ての工程をまかせ、発射までのプロセスから人間を取り除くことを提案する。

シアトルの高校生デビッド・ライトマン(マシュー・ブロデリック)は、学業の方はたいしたことはないがパソコンに関しては天才少年だった。授業態度を注意され校長室に呼ばれると、学校のコンピューターの今月のパスワードを盗み見、自宅にかえると自分のパソコンを学校のパソコンにログオンして生物の成績をF(落第)からC(水準)に変えてしまう。
電話代はどこぞの電話会社のコンピュータに進入していじくったらしく常時接続も可能にしているし、飛行機のチケットもパソコンで予約をいれほうだい。海外のホテルだって予約しほうだい。
なにせ25年まえにこれを見せられた私にしてみれば「コンピュータというのは何でも出来るんだ!」と感動したものだ。
たしかに今となってはコンピュータといういいわけをすれば何でも出来るという約束事になってしまい<パソコン使って何でも出来る>というコンセプトは、ダサいストーリーの典型になってしまってはいるが、当時ではまさにカルチャーショックだった。

そんな彼がどっかのメーカーが出す最新の戦略ゲームを先取りしたいと思い、片っ端からそれらしい電話を掛け捲り、偶然国防省の戦略コンピュータWOPRにアクセスしてしまう。いくつかのゲームがリストにならんでいるがログオンの仕方が分からない。大学のパソコンオタクたちに知恵をかりるデビッドは「製作者は自分だけはすぐプログラムに入れるように裏口を作っているはずだ。そこから入れるかも」とアドバイス。
「でも製作者がだれかもわからない」と聞くと
「ゲームリストのなかに<フォルケンの迷宮>というのがある。それが製作者じゃないか?」

デビッドは1週間も学校を休んでフォルケンという人物を調べ始める。裏口があったとして、そこをくぐるにはパスワードが必要になってくる。そのパスワードになりそうな言葉を捜しているのだ。全然学校にあらわれないので女友達のジェニファー(アリー・シーディ)が心配して彼を訪ねてくる。散らかっている書類のなかからフォルケンの事故で死んだ子供の記事をみつけるが、デビッドはその子の名前がパスワードではないかと思いつく。<ジョシュア>といれてエンターキーをたたくと見事にログオン。
そしてオンラインで全面核戦争ゲームを開始、デイヴィッドはソ連側をせんたく、ためしにラスベガスを攻撃するように設定する。

しかし国防省ではいきなりモニター画面にミサイルの軌道が提示され、その先にラスベガスがある。緊急事態を宣言するが、そのミサイルの予測軌道はぷつっと途切れる。l狐につままれたような一同。

FBIはそれがデビットの仕業であることを突き止め彼を北米防空司令部に連行する。
「アクシデントでそうなっただけだ」と主張するデビッドだが信じてもらえない。その間にもWOPRはさらなるシュミレーションをしている。メインスクリーンにはソ連のミサイル原子力潜水艦がそれぞれの攻撃ポイントに終結していく様子が映し出されている。それを信じている国防省は迎撃体制をとるが、ソ連からは大統領あてに「無意味な挑発はするな」と連絡がはいっているらしい。

自分の言葉を信じてもらえないデビッドは、フォルケン教授をつれてきて説明してもらうしかないと判断、北米防空司令部からの逃亡をはかるのだが・・・。


とにかくパソコンオタクの専門的知識とテクを披露するマシュー・ブロデリックがすごいすごい。それが実際可能なことなのかどうかは疑問だけど、それでもそれを納得させるだけのジョン・バダム小技演出が洒落ている。

そしてジョン・バダムの要求する画面を実にテクノな照明でたたせるウィリアム・A・フレイカー。この人の使う赤や青のネオン光の照明はじつにかっこいい。そしてそれを引き締める露出アンダーの黒。スピルバーグの『未知との遭遇』もこの人の撮影だが、巨大スクリーンが並ぶ北米防空司令部のライティング、ミサイルの軌道は迎撃する戦闘機をあらわすモニターの色づかい、フォルケン教授の家の中の映写機をまわしながらのライティングやそのあとのヘリコプターの照明。そしてきわめつけのモニター上だけの戦争。この人の重厚でメリハリの効いた派手なライティングはこういったドラマには実に合う。

そしてヒロインのアリー・シーディ。この3年あとに『ショートサーキット』でもジョン・バダムの作品に出ているが、彼もアリー・シーディのことを気に入っていたのだろう。こおころの彼女はホントに元気娘でみていて実にきもちがいい。

by ssm2438 | 2010-06-25 01:48 | ジョン・バダム(1939)
2009年 10月 06日

ショート・サーキット(1986) ☆☆☆☆

f0009381_3574210.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:S・S・ウィルソン
    ブレント・マドック
撮影:ニック・マクリーン
ロボットデザイン:シド・ミード
音楽:デヴィッド・シャイア

出演:アリー・シーディ
    スティーヴ・グッテンバーグ
    フィッシャー・スティーヴンス

     *     *     *     *

監督は数々の専門分野を上手に映画にしてしまう職人ジョン・バダム
フロアーダンスを料理した『サタデーナイト・フィーバー』
戦闘ヘリを料理した『ブルーサンダー』
ハッカー少年のパソコン術を料理した『ウォーゲーム』
自転車レースを料理した『アメリカン・フライヤーズ』
スカイダイビングを料理した『ドロップゾーン』
贋作画家のテクニックを料理した『迷宮のレンブラント』・・、どれも専門性をきちんと披露しつつ、映画として楽しい仕上がりになっている。そんななかでもっとも楽しい仕上がりになっているのがこの『ショートサーキット』ではないだろうか。

しかし、この映画に関して言えば専門性というのはあまり表にでてなくて、それよりも庶民性を披露した映画といえる。その下地として、本来専門性うめつくされてるはずのロボット工学の結晶ともいうべき戦闘ロボットをみせ、その相手を庶民性で処理してしまう逆転の構図。相手がロボットだろうがなんだろうが庶民的に接するアリー・シーディーがとてもチャーミング。
彼女がジョン・バダムの映画に出たのは『ウォーゲーム』(1983)につづいて2本目。あのときはスポーティーなハイスクールガールだったが、3年たつと社会人の女性になっている。うむむむ・・・しかし、ジョン・バダムの映画には彼女が良く似合う。
当時の彼女は青春映画の金字塔『セントエルモスファイヤー』『ブレックファスト・クラブ』などでやんややんやのスターだった。それなのになんでそのごはしぼんでしまったのだろう。・・謎だ。

<あらすじ>
ノヴァ・ロボティックスは世界最先端のロボット開発会社であり、クロスビー博士(スティーヴ・グッテンバーグ)、べン・ヤビタヤ博士(フィッシャー・スティーヴンス)らに来るべき最終核戦争に備えてた戦闘ロボをかいはつさせていた。政府高官を招いたデモンストレイションのあと、軟体かあるうちの一体が落雷をうける。ファンタジー映画で落雷を受ければ無機質なものでも生命をうけるのが常である。
この映画でも例外にもれずナンバー5は生命をもってしまい、偶然にもごみ廃棄トラックにのせられてしまい施設の外に迷い出ることになる。会社は、速やかなる回収、最悪の場合は破壊することもやむ終えないと判断し、警備主任のスクルーダーにその任務をおわせた。そんなことになったら長年の研究成果がパーになってしまうと開発者のクロスビーとベンもほとんど出たことのない市内へくりだす。

その夜、移動レストランを経営するステファニー(アリ・シーディ)はナンバー5を見つけてビックリ。初めは異星人だと思い喜ぶ。「ウェルカム・アワ・プラネーット」とっ子路良く受け入れる。なにかにつけてインプット(情報を吸収すること)したがるジョニー5はステファニーのところにある百科事典を猛スピードで読破、つづけてテレビ番組を延々みつづける。「そんなにテレビばっかりみてると頭のわるい宇宙人になっちゃうわよ、もう寝なさい」ってテレビを消すが、だだをこねる子供のようにテレビをつけかえす。
とにかくシド・ミードのデザインがすばらしく、その眉の部分とか胸鎖乳突筋にあたるシリンダーとか、おそろしいほど感情表現ができるロボットなのだ。そしてやんちゃな子供のように無邪気な性格、恐ろしいまでの情報収集ぐせ、このキャラクターはすばらしい。

スクルーダー率いる会社の警備部隊は破壊してても持ち帰ると攻撃的な構えだが、ナンバー5は会社にもどれば分解される=殺させるとおびえる。ステファニーはこのロボットは生きていると主張するがそんなことを聞きはずもない警備部隊、合えなく電源スイッチを切られ沈黙するナンバー5。
しかし護送車のなかでは、車の振動の拍子に腕のパーツが電源ボタンの上に落下。乗っていた警備兵とベンを追い出しそのまま車を運転して逃走してしまう。とにかくこの辺のしぐさがとてもかわいいナンバー5。ステファニーの元に戻ると彼女は入浴中。「ステファニー’s、チェンジド カラー」と表現するがナンバー5だがタオルをなげつけられる。そのあとテレビで放送していた『サタデーナイト・フィーバー』にあわせてふたりでダンスをしたり・・ととても楽しい。

クロスビーとナンバー5とステファニーは追っ手から逃走し荒野で野宿。
ナンバー5が生きているとなかなか信じないクロスビーはいろいろテストをする。ステファニーがもってきたスープを紙の上にたらしたたんでまた開く「これが何にみえる?」とたずねるクロスビー、
「紙パルプ、植物、野菜、トマト、水、塩、グリココミン酸・・」ナンバー5は答える。
「よしよし、ロボットらしい答えだ」と満足するクロスビー、しかしそのあとナンバー5ば続ける。
「でも良く見ると・・・チョウチョにも似てる、鳥とか・・マイプルリーフ・・」

でもまだ信じない。朝までにらめこしていたクロスビーがふと思い立つ。ジョークだ!
クロスビーは勢い良く修道院のジョークを切り出す・・。
なにいってるんだ、こいつ・・みたいな反応のナンバーファイブ。しかし突然笑い始める
「うわああっ、はあああっ、はあああっ、はあああっ
 うふううううっ、ふうううううっ、ふうううううっ、ふうううううっ」
「こいつ、オチを間違えたのに笑ってる・・」とナンバー5が生きているということを認めるクロスビー。
「うわああっ、はあああっ、はあああっ、はあああっ うふううううっ、ふうううううっ、ふうううううっ、ふうううううっ」
朝焼けの荒野にナンバーファイブの笑いがこだまする。

by ssm2438 | 2009-10-06 04:00 | ジョン・バダム(1939)
2009年 09月 06日

この生命誰のもの(1981) ☆☆

f0009381_0203333.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ブライアン・クラーク、レジナルド・ローズ
撮影:マリオ・トッシ
音楽:アーサー・B・ルビンスタイン

出演
リチャード・ドレイファス(ケン・ハリソン)
ジョン・カサヴェテス (Dr・マイケル・エマーソン)

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尊厳死をあつかった戯曲が原作の映画。多分MTVだと思う。
テーマがディープなだけにちょっとジョン・バダムとはあわない気もするが、まずまずまとめている。しかし、これがジョン・バダムじゃなかったらもっどディープになり、悲惨なところは悲惨になってたんではないだろうか。あまり悲壮感漂いすぎないジョン・バダムの演出だから、良くも悪くも、そこそこ普通にみられる映画になっている。

<あらすじ>
32歳の新進彫刻家ケン・ハリソン(リチャード・ドレイファス)は交通事故にあい、かろうじて生命はとりとめたものの首から上を除いた身体の感覚が麻痺し、生命維持装置につながれていた。そんなケンを恋人のパットは毎日見舞いにきていた。入院後数カ月が過ぎ、ケンは看護婦たちを相手に冗談をとばしたりしていたが、ある日、エマーソン(ジョン・カサヴェテス)に自分の身体は動けるようになるのかとはっきり質問した。応えは「ノー」だった。
自分の人生は終ったのだと言いきかせるケンは、パットにもう来ないように告げた。ハリソンは病院側に退院を申し出た。しかし退院したら1週間以内に死ぬのは確実だ。そしてそれがハリソンの望むところなのだった。美人の女医クレア(クリスティン・ラーティ)は、生命の存続を願う病院側と死にたいというハリソンの間に立ってどちらを取るべきか迷った。ハリソンのスタジオでパットに会った彼女は、パットの「死なせてあげるべきよ」という意見にうなづくより他はなかった。数ヵ月後、病院内の一室でワイラー判事(ケネス・マクミラン)によって審問が行なわれることになった。そこでハリソンは必死の思いで訴えた。「脳以外の働きが不可能な人間を生かしておくほど残酷なことはない」。ワイラー判事は安楽死の判例を確かめるため外に出るのだった。

by ssm2438 | 2009-09-06 00:04 | ジョン・バダム(1939)
2009年 09月 05日

張り込み(1987) ☆☆

f0009381_225012.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ジム・カウフ
撮影:ジョン・シール
音楽:アーサー・B・ルビンスタイン

出演
リチャード・ドレイファス (刑事クリス)
エミリオ・エステヴェス (刑事ビル)
マデリーン・ストー (犯人の恋人マリア)
エイダン・クイン (脱獄犯スティック)

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ジョンバダムの映画のなかではいまいち燃えなかったかな。これキャスティングのミスだと思うな。映画のなかでみるとリチャード・ドレイファスがあまりに刑事にみえない。それはエミリオ・エステベスもそうだけど。で、この二人が似通ったタイプなのでそこでもメリハリがない。これがトム・ハンクスとエミリオ・エステベスとかエディ・マーフィーとエミリオ・エステベスだったら少しは面白かったかもしれないのにナって思った。ヒロインのマデリーン・ストーはこれがデビュー作とか。あんまりリチャード・ドレイファスと恋愛感情に陥りそうに無い。キャスティング大失敗映画の一つ。でも、張り込みから、張り込む側と張り込まれる側のを通りひとつ隔てたあっちの家とこっちにビルという限定された空間で物語を展開するのはいかにもジョン・バダムらしい。そして最後の製材所での追いかけっこはこれまたジョン・バダムらしい状況をうまくつかったスリリングな演出。上手い!

<あらすじ>
アメリカ西海岸の最北端に位置する港町のシアトル。刑事のクリス(リチャード・ドレイファス)とその相棒のビル(エミリオ・エステヴェス)は、FBIを通じて特命を任じられる。警察官を殺して服役中だった凶悪犯スティック(エイダン・クイン)が脱獄したので、その元恋人マリア(マデリーン・ストウ)の家を24時間態勢で「ステイクアウト(張り込み)しろ!」というもの。
マリアの家の向かいのオンボロ屋敷の2階に、望遠カメラや高性能マイクやビデオなどの“ハイテク盗聴メカ”を備えつけてウォッチングの開始。ある日、電話の盗聴をするために電話屋に扮して彼女の家を訪れたクリスは、実際に彼女を目にして、その魅力にまいってしまう。彼女の方も彼に好意を持ち、スーパーの買い物で再会した彼らは恋に落ちてしまう。彼女の家に一泊しての“朝帰り”に犯人と間違えられたりと、刑事と犯人の恋人との“あぶない恋”。そんな折、一時は警察との銃撃戦で死んだと思われていたスティックが戻って来た。クリスとマリアは人質として捕われてしまい、スティックはカナダへの高飛びを図る。しかし、ビルの助けもあって何とか無事に事を終えるのだった。

by ssm2438 | 2009-09-05 16:33 | ジョン・バダム(1939)
2009年 09月 05日

張り込みプラス(1993) ☆

f0009381_1558387.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ジム・カウフ
撮影:ロイ・H・ワグナー
音楽:アーサー・B・ルビンスタイン

出演:リチャード・ドレイファス
    エミリオ・エステヴェス
    ロージー・オドネル

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これはいただけないなあ。前作もジョン・バダムにしては面白くないえいがだったけど、こっちはさらに全然おもしろくない。ジョン・バダムの映画でこれだけはずした感のある映画めずらしい。

シアトル市警の刑事コンビ、クリス(リチャード・ドレイファス)とビル(エミリオ・エステヴェス)は、組織犯罪の重要な目撃証人ルー・デラーノ(キャシー・モリアーティ)探索の応援を命じられた。女性検事補のギャレット(ロージー・オドネル)も加わり、クリスとビルが実の父子、再婚して5年目の後妻がギャレットという設定で、ギャレットの愛犬アーチーも含めた3人と1匹の〈家族〉は、島の別荘へ向かった。
検察内部の内通者からの伝達で、ルーの所在を確認した殺し屋トニーは、オハラ家へ向かう。彼を目撃したクリスとビルは後を追うが、警官に誤解され足止めされる。その間にトニーはオハラ邸に侵入し人質をとるが、アーチがとびかかったすきに射殺された。

by ssm2438 | 2009-09-05 15:48 | ジョン・バダム(1939)