主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

カテゴリ:ビリー・ワイルダー(1906)( 6 )

教授と美女(1941) ☆☆☆

f0009381_1145894.jpg原題:BALL OF FIRE

監督:ハワード・ホークス
原案:ビリー・ワイルダー
    トーマス・モンロー
脚本:チャールズ・ブラケット
    ビリー・ワイルダー
撮影:グレッグ・トーランド

出演:
ゲイリー・クーパー (バートラム・ポッツ言語学博士)
バーバラ・スタンウィック (シュガーパス・オーシィエ)

     ×   ×   ×

ヤムヤム・・・素敵!

しかし、物語の基本設定だけですでに素晴らしい。
モノネタは『白雪姫と7人の小人』。それを大人の世界にアレンジしているロマンチック・コメディ。

ある財団が、新しい百貨辞典を作るために8人の学者をあつめる。ゲイリー・クーパー扮する主人公のポッツ博士は言語学者。他にも、数学者、生物学者、歴史学者、植物学者、法律学者‥など、それぞれの専門分野をカバーする7人のご老人学者たちがあつめられている。しかし、あまりにも長い間世間から隔離された環境で仕事に従事してたため、世間知らず状態に陥ってる。
そこに登場するのがゴミ回収業者の男。彼の話すスラングをきいていると、ポッツは今自分が取り組んでいる言葉が既に流行おくれの言葉になりかけていることに気づく。これではいけない!と街にととびだすホップ。
街角で働く人々や若者の言葉をメモしてあるくうちに、あるミュージック・ホールに入り込む。そこの歌姫バーブラ・スタインウィックの言葉使いに魅了される。ポッツは彼女の楽屋をたずね、現代のスラングに関して研究しているので、一度屋敷にきてくれと頼む。しかし、そんなことに興味のないオーシィエは名刺だけうけとって返してしまう。

ゲイリー・クーパーとバーバラ・スタンウィックはフランク・キャプラ『群衆』でも共演していた。この映画のバーバラ・スタンウィックはかなり勢いのある新聞記者で好感度が高かったのだが今回はショーダンサー。おっとおおおお!!なんだか当時としてはかなり色っぽいぞ! 
実は戦前~戦中のハリウッドの女優さんの中では彼女が好きなのである。すっごい華やかさや気品があるわけではないのだが、親しみ易い素直さがあると感じる。そんな彼女が今回はショーダンサーなんぞやって、やたらと肌の露出もおおい服をきているので年甲斐もなくどきどきしてしまった(笑)。
しかし『ブレードランナー』のようなショーンヤングの髪型はいただけない。ま、当時はそれがお洒落だったのかも知れないが・・・、今見るとかなりはずしてた(苦笑)。ただ、中盤からは普通にみられる髪型なのでしょっと安心。。

オリジナル脚本と脚本はビリー・ワイルダールビッチ譲りの軽妙なトークが約束されている。この作品の素晴らしいところは、下世話なトークというのではなく、洗練された構成と上品な言葉で展開されるシチュエーションコメディのきもちよさ。
監督のハワード・ホークスは、ハードボイルド系からスクリューボール・コメディまでこなす職人肌の監督さん。どの話もきわめてまじめにきちんとつくるという印象である。ただ、この人のスクリューボール・コメディはまじめというか、誠実というか・・、悪く言えばちょっと退屈なのである。『ヒズ・ガール・フライデー』などは彼の代表作と言われるスクリューボール・コメディのひとつだが、個人的には、後々製作される『フロント・ページ』『スイッチング・チャンネル』とくらべると今ひとのりが良くないと感じてしまう。
おそらくそれは、ホークスが感情移入を引き出す能力にやや欠けているからだと思う。ホークス自身も「自分を職人監督だと割り切っており、ストーリーを語っているに過ぎない」と述べているそうだが、その登場人物になりきって感情をひきだそうという見せ方ではなく、シナリオで提示されている状況をフィルムに置き換えていくだけの監督さんという印象なのだ。
本作は、ビリー・ワイルダーのシナリオが素晴らしいのだけど、ゲイリー・クーパーがバーバラ・スタンウィックに惚れていく過程が感情移入できないまま、そうなってしまったので「あれれれ・・」とちょっと感情がおいけぼり状態。物語自体の面白さで愉しく見られるが、フランク・キャプラだったらもうちょっと感情移入を引き起こした状態で物語を面白くできたんじゃないかと思ってしまった。

<あらすじ>
言語学者のポッツ博士(ゲイリークーパー)は、百科事典をつくるためにある財団に雇われ、他の7人の博士たちとその制作に携わっていた。もう何年もそれぞれの専門分野に没頭し、俗世間とは距離をおいた彼等は純正培養の「いい人」たちだった。そんな環境の中にミュージックホールで、ブギ(boogie)を歌う俗人オーシィエ(バーバラ・スタンウィック)が居候することになる。

しかし彼女は、ある殺人事件の容疑者であるギャングのボス、ライラックの婚約者だった。その殺人事件の偽装工作に彼女のガウンが使われていたため警察も彼女は、ライラックの言割れるままにしばらく身をかくさなければならなり、選んだ潜伏先がポッツたちの屋敷だった。
長年女性との付き合いなどなかった7人の初老学者たちはささやかに色めきたつ。それはポッツとて同様であり、彼女の自由奔放な態度にどぎまぎしてしまう。規律正しい生活が彼女のために狂わされていく。このままでいけないと感じたポッツは、理性をはたからせて彼女に出て行ってもらうことにするが、事情がそれを許さないオーシィエはヤムヤム攻撃でポッツの理性を撃沈。舞い上がったポッツは彼女にプロポーズしてしまう。
オーシィエは重要参考人であり、各方面に指名手配されているのだが、ギャングのボス・ライラックはこのシチュエーションを利用して、オーシィエを隣の州に脱出させる。「病気で動けない母のもとでの結婚式をあげようとしている女性、それも夫になるのは学者先生、その友人たちは世間知らずのおじいちゃん学者たち」なら州境のガードマンも甘くなるだろうというのだ。作戦は成功した。
やがてライラック登場・オーシィエは彼とともに去っていく。総ては偽装工作だと知らされたポッツと7人の学者たちは現実に引きもどされる。絶望したポッツたちはふたたび百科事典の制作に取り掛かろうとしたときライラックの部下の2人が彼等の銃をもって乱入してくる。
すでにポッツの誠実さに心を動かされていたオーシィエは、ライラックとの婚姻を拒絶しているらしい。ライラックは、もし結婚しないならポッツたちを殺すと脅しているようだ。
銃でおどされて身動きとれない教授たちだが、彼等には分らない専門用語を巧みに使い、意思疎通を図り、逆襲の計画を準備し実行していく。このプロセスが実に楽しい。ライラックの部下2人を倒したポッツと7人の学者達はオーシィエの結婚式の会場に乱入、警察もかけつけ一件落着となる。
by ssm2438 | 2012-03-18 11:57 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_1134444.jpg原題:THE FRONT PAGE

監督:ビリー・ワイルダー
原作:ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー
脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョーダン・S・クローネンウェス
音楽:ビリー・メイ

出演:
ジャック・レモン (ヒルディ・ジョンソン)
ウォルター・マッソー (ウォルター・バーンズ)
スーザン・サランドン (ペギー・グラント)

       *        *        *

後発だからといって、面白くないわけではない!

一般的にオリジナルと、その後のリメイクされたものとの間では、どうしてもオリジナルに軍配をあげるケースが多いが、そうでないケースもある。とくに、(これは私の主観なのだが)アメリカ国内で出来たオリジナルをリメイクする場合、リメイク作品のほうがし「良い!」と思うことはけっこうあるのだ。そのひとつがこのビリー・ワイルダー版の『フロント・ページ』なのだ。

そもそもこの作品は1928~29年に舞台でおこなわれた大ヒット戯曲『フロント・ページ』の映画化である。この舞台のあとの31年に映画化され日本では『犯罪都市』というこわもてのタイトルで上映された。その後ケーリーグラントを主役にした『ヒズ・ガール・フライデー』が40年に制作され、3回目となるのはこの『フロント・ぺージ』である。そしてこのあと4度目の映画化が1988年になされる。『ランボー』『料理長殿、ご用心』の監督テッド・コッチェフによって映画化されたのが『スイッチング・チャンネル』。こちらは、それまで新聞記者たちだった舞台をテレビ業界に置き換えられてつくられているのだが、個人的にはこれが一番気に入っている。

物語は基本構成はこのようなものである。
【ウォルター・バーンズ】とある新聞社の編集長。傲慢でやり手の編集長だが、どこか憎めないところがある。
【ヒルディ・ジョンソン】バーンズのもとで働いている敏腕記者。しかし、新聞記者の仕事に疲れており、パートナーとみつけて別の人生を歩もうとする。

実はこのヒルディには男バージョンと女バージョンがある。
オリジナルの戯曲や1作目、3作目のヒルディ・ジョンソンは男で、ペギー・グラントという女性と恋に落ち、新聞記者の仕事をやめようと試みる。しかしヒルディの筆力を失いたくないバーンズがなにかと因縁つけて、彼をこの業界から逃がさないようにするというスクリューボールコメディである。
これに対して2作目、4作目はヒルディが女性に変更されている。元夫婦だったという設定に置き換えられ、それでも腐れ縁で仕事していたのだが、ヒルディが休暇の時に新しい恋人をみつけてきてしまい、ヒルディは記者の仕事をやめて旅立とうとするが、バーンズがなにかと難癖付けてひきとめようとする話。

物語的には(男)と(男+女)の1作目、3作目のほうがしっくりくるのである。男は女より戦友のほうを大事にしてしまうものなのだ。しかし、やりとりとしては1作目、3作目の(男)と(女+男)のほうが面白い。まるで離婚を経験した明石屋さんま大竹しのぶをみているようでたのしいのである(笑)。この場合はあとから登場した新しい彼氏の立場がかなり悲しいものになるのがちとかわいそうである。しかし、一度は別れた間柄ながら、腐れ縁の気持ちよさが展開されるほうがみておいて心を刺激される部分が多い。
男と男のやり取りにした場合は、立場的には上下関係があっても、心は独立している。ところが男と女のやり取りにかわると、お互いに支配されていることに対しての悔しさと安心感が入り混じってるので、心がちくちく楽しいのである。

監督のビリー・ワイルダーはこ洒落た感じのハートフル・コメディが得意に監督さん。しかしその原点はエルンスト・ルビッチであることは誰もが知っていることである。「ルビッチならどうする?」がつねにワイルダーの口癖だったとか。ルビッチイズムにみせられた人はビリー・ワイルダーだけではない。二ール・サイモンノーラ・エフロン三谷幸喜などはルビッチイズムの継承者だといえよう。

<あらすじ>
シカゴの刑事裁判所の記者クラブは裁判所と隣接しており、その眼下の広場では翌朝行われる死刑台が作られていた。警官殺しの犯人として死刑を宣告されたアール・ウィリアムズのためのものだ。
シカゴ・エグザミナー紙のデスク、ウォルター・バーンズ(ウォルター・マッソー)は、同紙のトップ記者ヒルディ・ジョンソン(ジャック・レモン)をその取材に当たらせようとするが、ヒルディは今日限りで辞職して恋人のペギー(スーザン・サランドン)と結婚してシカゴを離れると言う。あのてこの手をつかってヒルディをひきとめようとするバーンズ。
やがて隣接する裁判所から銃声が聞こえ、騒がしさがましてくる。どうやら死刑犯ウィリアムズが脱走したらしい。いっせいに記者クラブからでていく各社の記者たち。一人残されたヒルディの前に、怪我をしたウィリアムズが意識朦朧として転がり込んできた。ヒルディは大急ぎでバーンズを呼び出す。シカゴ・エグザミナーが逃亡犯を捕獲したことが記事になると考えたバーンズはフロントページをあけさせ、ヒルディに記事を書かせる。
しかしそれも束の間、ヒルディとバーンズが脱走犯をかくまっていることがばれ、公務執行妨害でブタ箱にブチ込まれてしまう。ウィリアムズも牢へ逆戻りだ。しかし、牢のなかでウィリアムズの刑執行猶予令状が出ていることを偶然知った二人は、市長にくいさがって釈放された。ヒルディはパトカーの護衛つきで、ペギーが待つ駅に駆けつける。バーンズは自分の腕時計をヒルディに贈る。汽車が動きだすと、バーンズは駅の電話室からインディアナ州ゲイリー市警察署長宛に電報を打った。電文は「ヒルディ・ジョンソンが俺の時計を盗みやがった。逮捕してくれ」。
by ssm2438 | 2011-11-24 11:35 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_17582057.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー
    I・A・L・ダイアモンド
撮影:ウィリアム・C・メラー
音楽:フランツ・ワックスマン

出演:オードリー・ヘプバーン
    ゲイリー・クーパー

        *        *        *

オードリー・ヘプバーンといえば『ローマの休日』って言う人もおおいかもしれないが、私個人的にはこの『昼下りの情事』ほうが好き。なぜかって云えば、シンプルのこっちのラストシーンにつづくシークエンスはオードリーがけなげで泣けたから。実はオードリー・へプバーンの映画で泣ける映画はほとんどないんだけど、最後の汽車をけなげにおいかけるオードリー・ヘプバーン、どうするんだクープ!おいおいおいおい、まだまだおっかけてきてるぞ、クープ!って、あの健気なオードリーに泣けるんだ。この映画だけはちょっとやられたかなって感じでした。

これは別のところにも書いたのだけど、そのドラマのなかで女優さんがいかに輝くかは、その女優さんが恋している相手次第だと思うんだよね。そういう観点から好くとグレゴリー・だいこん・ペックじゃないんだなあ。どうも彼は私の中では政治くさい顔してて、ほんとの笑顔をださないというか・・、ロボットっぽいというか、弱みをみせないというか、エイハブ船長ならいいんだけど、ああいう新聞記者はちょっとだめだなあ。そのてんこの映画のフラナガン・クープのほうがなんか人間くさくていいんだよね。

f0009381_1858143.jpg<あらすじ>
パリの私立探偵クロード・シャヴァッス(モーリス・シュヴァリエ)の娘アリアーヌ(オードリー・ヘップバーン)は父の扱う事件記録を読むのを楽しみにしていた。そのなかでもっとも興味をしめしていたのがアメリカの億万長者フラナガン(ゲイリー・クーパー)に関する資料。ある依頼人から彼の妻とフラナガンの情事の証拠写真とるように要請されていた。その依頼人が写真を見ると「フラナガンを殺す」といきまく。それを聞いてしまうアリアーヌ。翌日この事件が気になってフラナガンの泊まっているホテルへ行くアリアーヌ、彼女の機転で夫人は逃れ、危ういところを助かったフラナガンは、彼女と明日の午後を約束する。
翌日、あんな浮気男とデートなどすまいと思ったものの、アリアーヌは結局ホテルを訪れる。この映画のなかではちょっと背伸びをしようとするオードリーが実にかわいいのだ。食事と美しいムードミュージック、しかしやがてフラナガンがパリを出発する時刻が来て、2人はいかにも世慣れた遊び人同士の如くあっさり別れるのだった。
f0009381_18581077.jpg数ヵ月後、再びパリを訪れたフラナガンはアリアーヌに会うことになる。皮肉にも今度はフラナガンがアリアーヌに参ってしまう。偶然出会った婦人の走行調査を依頼した男にあい、「ある女のことを調べたいのだが、誰かいないか?」と相談すると、私立探偵のクロード・シャヴァッスをすすめた。アリアーヌの父である。
シャヴァッスが調査してるとそれが自分の娘であることが判明。シャヴァッスはフラナガンに「あの婦人は箱入り娘で当人の言ったことは全部作り話、あの娘を愛しいと思ったら、パリを離れることだ」と報告する。
世慣れた風を装い、アリアーヌはリオン駅ホームまで見送るが、お互いに別れがたい。やがて発車の時、フラナガンの乗った列車をおって走るアリアーヌ。精一杯つよがっているオードリーが健気で健気で・・。
さあ、どうするんだクープ!!
by ssm2438 | 2011-08-18 17:36 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_8432368.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー
    ウェンデル・メイズ
撮影:ロバート・バークス
    J・ペヴァレル・マーレイ
音楽:フランツ・ワックスマン

出演:ジェームズ・スチュワート
    マーレイ・ハミルトン
    バートレット・ロビンソン

        *        *        *

これは私が子供の頃みて、とても面白かった記憶がある。大人になってからも難解か見る機会があったが、実は最後は神だのみだったのですね。ちょっと信仰がらみのストーリーにされたのは嫌だったかな。
ちなみに原題は『スピリット・オブ・セントルイス』、しかし『翼よ!あれが巴里の灯だ』は素晴らしい。子の頃は邦題をつける人も、センスのある人が多かったのだろう。

これはリンドバーグが初めて大西洋横断を成功させた時の話。リンドバーグを演じるのはアメリカの良心=ジェームス・スチュワート。監督がビリー・ワイルダーだから暗くなることはない。しかし、普通に考えるとかなり無謀な映画だ。飛行中はリンドバーグ一人なので、彼をとっているとずうう~~~~っと一人芝居になってしまう。かなり苦痛な状況だが、これをあきさせずにエンタなドラマにしあげてしまうのがビリー・ワイルダーの手腕。事実+魅せるためのユーモアのきいたエピソードが間をもたせてくれる。子供の頃はそんなことおもわず最後まで楽しんでみてしまっただけだが、今、それを言われると確かにすごいことだと理解できる。自分がコンテを切っていても場面がかわらないというのはかなり苦痛だ。
1957年のキネマ旬報ベストテンでは洋画部門の3位。

f0009381_8511074.jpg<あらすじ>
1926年、ニューヨーク~パリ無着陸飛行の最初の成功者に与える25000ドルのオーテエイグ賞の設定が発表された。
若きリンドバーグ(ジェームズ・スチュアート)は町の実業家を訪ねて資金の寄付をあおぐ。お金は出来たのでつぎは飛行機だ。ニューヨーク、コロンビア航空会社のベランカ機は、操縦者のリンドバーグが無名だという理由で買取を拒絶される。つぎにカリフォルニア州サン・ディエゴの小工場ライアン航空会社を訪れる。リンドバーグは双発機では重すぎる、燃料も多くなる。作るのは単発機だと主張する。工場長マホニーと設計主任ホールは彼の申し出を快諾する。1927年3 月、ラジオは、何人かの冒険かが双発機で大西洋を越えるためにとびだったことを報じていた。とマホニーらは大急ぎで飛行機を完成させる。試験飛行の為にサンディエゴからセントルイスまで飛んでみるリンドバーグ。折も折、パリからアメリカに向かった二人の冒険者は大洋上で行方不明となる。この不祥事に後援者たちは横断飛行を中止しようとするが、リンドバーグの決意は揺らがない。

5月20日、発進地ニューヨークのルーズヴェルト飛行場。いよいよ出発の日。リンドバーグが最後の点検をしていると、後方が見えないことに気付く。整備士がバックミラーを取り付けようとすると、それでは重くなると拒否。さいわい近くにいた女の子がコンパクトを譲ってくれた。それをガムでくっつける。
滑走路は前日の雨でぬかるんでいた。しかも滑走路前方には林があり。十分なスピードが得られなければ、その林に突っ込むことになる。整備士のひとりが「〇〇ポイントまでに機が浮かばなかったら中止するんだ、さもないと林につっこむぞ」とアドバイスをくれる。前7時 52分、リンドバーグが滑走を始めよる。ぬかるんだ滑走路ではスピードが出ない。〇〇ポイントを過ぎると期待は浮いた。しかし次の瞬間また失速、それでもリンドバーグはやめない。そのまま上昇。なんとか前方の林に車輪をかすらせながらも機は曇り空へと上昇していく。

ここからは延々ジェームス・スチュワートの独り言大会。
大圏コースをたどり正午までにノヴァ・スコティアの上空を通過、濃霧に悩まされながらも「セントルイス魂号」は、好調の飛行を続けた。だが前夜一睡もできなかったリンドバーグは、度々睡魔に襲われる。睡魔と戦う彼の頭には、最初の単独飛行のこと、空中サーカスで曲乗師をやっていたことなどが、走馬燈の絵のように続く。夜になりニューファウンドランド東方に来たとき機は凍結し始める。大迂回して機の氷を叩き落とすリンドバーグ。
夜が明け2日目、遂にアイルランドの緑の海岸を発見、彼は最後の力を振い起した。機は日没のパリに近づき、ル・ブールジェ飛行場の滑走路がみえる。しかし疲労のためにリンドバーグの意識はもうろうとしていた。放蕩に着陸できるのか? 滑走路に激突するのではないのか? 「おお神よ」と念じてしまう。出発の時には「神など信じない」と言っていたリンドバーグもこのときばかりは神頼みした。機は着陸した。所要時間33時間39分20秒。リンドバーグは何十万の観衆の歓呼に迎えられた。
by ssm2438 | 2009-08-03 07:58 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_1456840.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー
    サミュエル・テイラー
    アーネスト・レーマン
撮影:チャールズ・ラング・Jr
音楽:フレデリック・ホランダー

出演:オードリー・ヘプバーン
    ハンフリー・ボガート
    ウィリアム・ホールデン

        *        *        *

ウィリアム・ワイラー『ローマの休日』でのブレイクをへて、次に登場したのはこれ『麗しのサブリナ』、こちらはビリー・ワイルダー。個人的には教科書的ストーリー展開のウィリアム・ワイラーよりはビリー・ワイルダーのほうが人情味ゆたかですきなのだけど、この映画だと『ローマの休日』のほうがいいだろう。しかし、後に『昼下りの情事』はとってもすばらしく、個人的には『ローマの休日』よりも好きだ。

この『麗しのサブリナ』は、一種の玉の輿映画、少女趣味の具現化だろう。
大富豪のララビ一家のおかかえ運転手の娘オードリー・ヘプバーンは、プレーボーイの次男ウィリアム・ホールデンに憧れているが、さして接点もなく、花嫁修業のためにパリに旅立つ。そして帰ってきた彼女は垢抜けた淑女となってかえってきた。これにはウィリアム・ホールデンもときめきを隠せない。そして本来仕事一筋の彼の兄ハンフリー・ボガードも彼女に魅了されていく。

しかし・・・ハンフリー・ボガードはちょっとおじさん過ぎるとおもったのだけど・・。
総合的にみてもあんまり好きな話ではないかな。
by ssm2438 | 2009-04-08 08:37 | ビリー・ワイルダー(1906)
f0009381_0232340.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:アドルフ・ドイッチ

出演:
ジャック・レモン (C・C・バクスター)
シャーリー・マクレーン (フラン)

        *        *        *

原題は「アパートメント」だけですが、これを『アパートの鍵貸します』にするこの時代の邦題のつける人たちのオシャレセンスはいいですなあ。最近のしょうもないタイトル連発する連中に爪を垢を煎じて飲ませたい。

この映画で扱われているドラマ作りの基本セオリーは「好きな人の不幸は私の幸せ」。好きな人が不幸になり、自分だけが彼女をたすけてやれるシチュエーションほどすばらしいものはない。この映画では上司にふられて自殺未遂する憧れのヒロインを自分のアパートで介抱できるという、男にとってはかなり幸せなシチュエーション。
デビット・リンチ『マルホランド・ドライブ』でも、主演のナオミ・ワッツが妄想パートのなかで、憧れの女性が記憶喪失になり、自分だけは彼女の見方に名って上げられる人間というシチュエーションを思いえがくが、あれは実にリアルであった。またロマン・ポランスキー『赤い航路』のなかでも、最終的に下半身不随になり車椅子生活になってしまったピーター・コヨーテを、「これであなたは私だけのものよ」と満足げに世話するエマニュエル・セニエはまたまた幸せそうだ。「好きな人の不幸は私の幸せ」理論は、映画においてはとっても美味しいシチュエーションなのだ。

アカデミー賞に関して言えば、1960年のアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞ビリーワイルダーが獲得。1本の映画でひとりの人物が3つのオスカーを受賞したのは、この時が最初で最後らしい(いまのところは)。本作の脚本のもう一人は、1957年に『昼下がりの情事』で初めて組んだI・A・L・ダイアモンド。実はこのI・A・L・ダイアモンドがかなりのキーマンであり、この人と組んでる作品は面白い。1958年にはアガサ・クリスティー原作の法廷映画『情婦』を監督、その誰もが予想つかないトリッキーな展開から本作は大ヒットし、クリスティーも自分の原作で映画化された作品の中で本作が一番のお気に入りだったという。

主演のジャック・レモンに関して言えば、ビリー・ワイルダー作品においては常連さんだろう。人のよさげなキャラクターは、ワイルダーの作品には不可欠だ。ヒロインのシャーリー・マクレーンは、顔もでかく(たぶんジャックレモンよりも顔がでかい)、目も離れていて、よくよくみるとへんな顔でもあるのだけど、この『アパートの鍵貸します』のフラン役は妙に可愛い。しかし顔のでかさを言えば、昔の女優さんは比較的顔がでかい人がおおかったかもしれない。モニカ・ヴェティも顔がでかい美人だろう。

<あらすじ>
ニューヨークのさる某保険会社社員バクスター、通称バド(ジャック・レモン)は、何人かの上司に、浮気の場所として自分のアパートを貸すという姑息な手段でコネクションをひろげていた。
その日は酔人事部長のシェルドレイク氏(フレッド・マクマレイ)に部屋の鍵貸したのだが、部屋に帰ってみると、バドの憧れのエレベーターガール、フラン(シャーリー・マクレーン)が睡眠薬を全部呑み自殺をはかっていた。「妻と離婚した暁には・・」といい続けるが決して離婚しようとはしないシェルドレイクの態度に絶望したのだった。必死に看病するバドの心はフランを想う気持ちで一杯だった。
バドは、部長にフランへの気持ちを打ち明けようとするが、シェルドレイクも離婚が成立し、フランと結婚する旨をバドに宣告する。人の気も知らないシェルドレイクは、またもアパートの鍵の借用を申しこんできた。我慢できずに辞表を叩きつけて会社を飛び出すバド。
その夜、フランはシェルドレイクとレストランへ。そこで今夜はアパートは使えない、と聞いたフランはバドの優しい想いと、自分を本当に愛しているのは誰か、ということを認識する。部長を置き去りに、フランはバドのアパートの階段をかけ上がったそのとき、ズドーンという銃声が・・。もしや自殺!? そこには他の町で再出発を決意したバドがシャンペンの栓を抜いた姿があった。
by ssm2438 | 2008-12-30 00:23 | ビリー・ワイルダー(1906)