西澤 晋 の 映画日記

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カテゴリ:E・ズウィック(1952)( 5 )


2010年 10月 27日

レジェンド・オブ・フォール(1994) ☆☆☆☆☆

f0009381_13335039.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:スーザン・シリディ、ビル・ウィットリフ
撮影:ジョン・トール
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演
ブラッド・ピット (次男・トリスタン)
アンソニー・ホプキンス (父・ウィリアム)
エイダン・クイン (長男・アルフレッド)
ジュリア・オーモンド (スザンナ)

        *        *        *

大河ドラマ嫌いの私でもこれは惚れた。大雄大なモンタナの大自然バックに描かれる怒涛の人間ドラマ。叙情的感動巨編! 魂をゆすぶる映画とこはこのことだと思ってしまう。ブラッド・ピットが馬にのってあらわれるだけで、感動してしまう。監督は『きのうの夜は・・・』、『ラストサムライ』、『ブラッド・ダイヤモンド』のエドワード・ズウィック。大好きな監督さんのひとりです。そのエドワード・ズウィックのなかでもこの『レジェンド・オブ・フォール』が最高だろう。
しかし、この人の演出というのは、全部みせてしまう映画、観客が想像する部分をもたせない映画。一方的に情報提出型のスタイルなので、その部分がともするとつまんなく見えることもある。この映画もそういう撮り方ではあるのだけど、見ているものを飽きさせない怒涛のドラマを象徴的にみせている。
物語はブラッド・ピット扮するトリスタンが、生まれてから死ぬまでを描いた作品なので、全部描くとすると膨大な時間が必要になる。しかし映画の時間は2時間10分。作り手はそのなかにドリスタンのドラマを凝縮しなければいかない。エドワード・ズウィックは、総てのシーンを丁寧にとるのではなく、もっとも象徴的に描けるシーンをとことん印象的に、情緒的に、ドラマチックに撮り上げている。そのようなシーンの選択と、ドラマチックな見せ方がとても素晴らしい。

その画面をフィルムにやきつけたのはジョン・トール。この人のとる大自然はいつも素晴らしい。『シン・レッド・ライン』でみせた戦場の舞台となる自然の美しさ。『ウインズ』で見せたヨットレースの豪快な海の輝き。この人のダイナミックは自然描写は素晴らしい。
この映画は、エドワード・ズウィックのゆるぎない演出と、ブラッド・ピットの魅力と、ジュリア・オーモンド存在と、馬と熊とモンタナの大地が一体化し、そこにジェームス・ホーナーの音楽がかさなり、それをジョン・トールが一本のフィルムにまとめた奇跡のコラボレーション。ひたすら酔える。

f0009381_13383833.jpg<あらすじ>
アメリカがインディアンを押しのけてその勢力を拡大していた20世紀初め、その戦いに疑問と後悔をもった騎兵隊大佐のウィリアム・ラドロー(アンソニー・ホプキンス)は脱退、忌まわしい侵略の記憶から逃れるため、モンタナに牧場をひらき、定住して3人の息子たちの成長を見守っていた。中でもインディアン・イズムにもっとも傾倒した次男トリスタン(ブラッド・ピット)に、ことのほか愛情を注いだ。ウィリアムの妻イザベルは、過酷な自然環境に耐えられず彼と別居して街に住んでいた。時は流れ、ハーバード大で学んでいた末っ子サミュエル(ヘンリー・トーマス)が、婚約者スザンナ(ジュリア・オーモンド)を連れて帰郷した。そんなスザンナの美しさには長男のアルフレッド(エイダン・クイン)も、そしてトリスタンも魅了された。
やがて第一次大戦が勃発し、ドイツの侵略に対して祖国イギリスが戦っている状況にあり、長男アルフレッドと末っ子のサミュエルはカナダから義勇兵として出兵するといいだす。国家のためにの名目で国の為に戦いインディアンを殺戮した経験をもつ父はそれには強く反対した。その夜トリスタンは、サミュエルの出征に反対するスザンナに「行くなと言え」と言うが、それも無理なこと、「サミュエルを守って」とトリスタンにすがりつくしかないスザンナ。こうしてトリスタンも「サミュエルをかならず守る」と約束して出征していく。

ヨーロッパ戦線でサミュエルはトリスタンの目の前で敵兵に撃たれ死亡、弟を守りきれなかったトリスタンは、サミュエルの体から心臓を取り出し、足を負傷して帰国を余儀なくされたアルフレッドにその心臓を預け故郷にもちかえらせる。復讐の念にもえるトリスタンは、夜になるとドイツ兵を襲いのどを切り裂き、殺した兵士の数だけ頭の皮を剥い持ち帰る。血みどろの様相に見方の兵士たちも息を呑んだ。
悲しみにくれるスザンナに長男アフルレッドが愛を告白する。しかし、彼女の心の中にはトリスタンがいた。半年が過ぎたある日ふらりと帰ってくる。サミュエルの墓標の前で一人泣いているトリスタンに、スザンナが寄り添ってくる。その夜、2人は結ばれ、同じく彼女を愛していた長男のアルフレッドは家を出て、街で事業に乗り出して成功する。
モンタナの牧場でスザンナと幸せに暮らしていたトリスタンだが、弟を救えなかった罪の意識にくわえ、その弟の婚約者であったスザンナと幸せになることに耐えられなくなり、「永遠に待つわ」というスザンナを残して放浪の旅に出た。数年したある日、旅先から「もう待つな、俺たちの愛は終わった」という手紙をうけてとり絶望するスザンナ。

十年近くが経ち、心を浄化させたトリスタンは馬のひづめの音とともにモンタナに帰ってきた(このシーンだけでも感動してしまう)。父は半身付随になり、スザンナはアルフレッドと結婚していた。今では議員になって豪邸に住んでいるアルフレッド邸をおとずれるとスザンナがいた。

「なんで帰ってくるのよ、帰ってくるんだったら待ってるのに、言ったきりならそれっきり帰ってこないでよ・・・(また愛してしまう)」という押さえ切れない想いが湧き上がるスザンナ。それが2度目の絶望なら3度目の絶望はそのトリスタンが、ネイティヴ・アメリカンとの混血で、使用人の娘であるイザベル(カリーナ・ロンバード)と結婚したという話を聞かされたときだ。スザンナが次にトリスタンに会ったとき、トリスタンは妻であるイザベルとサミュエルと名づけた息子と一緒にいる時だった。自分がほしかった幸せがそこにあった。
その頃、トリスタンは禁酒法に逆らうように酒の販売の商売を行っていたが、ある日、警察の待ち伏せに遇い、威嚇射撃の流れ弾でイザベルが命を落とす。発砲した警察官を怒りのあまり殴り倒してしまい、30日間の禁固刑が科せられるトリスタン。そんなトリスタンの面会におとずれるスザンナ。

「私は夢をみるの。あの子たちの母が私であるような・・・。彼女(イザベル)の死も願ったわ。それだけじゃない、サミュエルの死も・・」
・・・こんな言葉が書けるなんてすごい。映画史上にのこる名シーンだと思う。

その夜、スザンナは自殺した。トリスタンは、銃を撃った警官とそのボスたちに復讐を遂げた。スザンナの遺体はモンタナに運ばれ、再会したアルフレッドはトリスタンに、「私は神と人間のルールに従ってきた。お前は何事にも従わなかった。しかし皆はお前を愛した」と言う。トリスタンは、兄に子供を預かってくれるよう頼み旅立っていく。

この映画で“自然の化身”としてのトリスタンを演じたブラッド・ピットは、ロバート・レッドフォード『リバー・ランズ・スルー・イット』でも“自然の化身”を演じているが、この二つのブラッド・ピットは実に素晴らしい。この“自然の権化”を愛してしまう不幸になっていくジュリア・オーモンドが実に不憫でまたいい。実にいい映画だ。

by ssm2438 | 2010-10-27 11:14 | E・ズウィック(1952)
2009年 09月 27日

ブラッド・ダイヤモンド(2006) ☆☆☆☆

f0009381_7132368.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:チャールズ・リーヴィット
撮影:エドゥアルド・セラ
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:レオナルド・ディカプリオ
    ジャイモン・フンスー
    ジェニファー・コネリー

        *        *        *

エドワード・ズウィックってどんどんすごい監督になっていくなあ。私がこの人をはじめて知ったのは『きのうの夜は・・・』を見たときだったけど、すっごくバランスがよくって上手いなあって感心した。

何が上手いと説明するのはとても難しいんだけど、<見せる技>と<浸らせる技>のバランスがとてもいい。たとえば、これが黒澤明とかキューブリック、オリバー・ストーンなら、<見せる技>はあるんだけど、浸らせる部分がない。これでもか、これでもかとカロリーたっぷりな情報を与え続けるだけ。だから見ている側も一杯一杯になってしまう。彼らは映画作りが下手なんだ。情報っていうのは与えることと同時にそれを観客に消化・吸収させてあげる時間をあたえないといけない。エドワード・ズウィックという監督さんはそれが絶妙に上手いのだと思う。
『レジェンド・オブ・フォール』という映画があったが、あれも大河ドラマであれを黒澤明がとったら仰々しいだけの退屈な映画になっていただろう。それがエドワード・ズウィックの大河ドラマは実に見ごたえがあった。私自身、大河ドラマ系の映画は面白いともなんとも思わないんだけど『レジェンド・オブ・フォール』には感動した。
もっとも浸らせるだけで、「な、判かるだろ」っていうタイプのアンドレイ・タルコフスキーってのもいるが・・(苦笑)。

<あらすじ>
内戦が続くアフリカ、シエラレオネ共和国。漁師ソロモン(ジャイモン・フンスー)は、反政府軍RUF(革命統一戦線)の襲撃により家族と引き離され捕虜にされてしまう。彼はRUFの資金源となっているダイヤモンドの採掘場で強制労働をしいられる。そこで大粒のピンク・ダイヤを発見したソロモンはそのダイヤを地面にうめて隠す。
ダイヤの密輸業者、アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)は、刑務所でそのピンク・ダイヤの話を聞き、ソロモンに接近、家族を探す手伝いをする代わりにピンク・ダイヤの在り処を教えてくれと取引を持ちかける。
また、ジャーナリストのマディー(ジェニファー・コネリー)は RUFの資金源となっている「ブラッド・ダイヤモンド」の真相を追ってアーチャーに接触してくる。
アーチャーのおかげでソロモンは難民キャンプで家族と再会する。しかし息子RUFが連れ去られたことを知り愕然とする。それぞれの思惑を秘めて3人はピンク・ダイヤも求めてRUFのダイヤ採掘場へと向かうのだった。


この映画、すっごく出来がいいんだけど、それでも☆五つにはしがたい何かがある。これも考えてみるべき重要な課題だ。・・・それはなんなんだろうって考えた。で、思った。・・・たぶん、現実にある人の不幸を少なからずデフォルメして社会派のエンタテーメントのドラマに仕立ててるところが、ちょっと心にひっかかってるのかなって気がした。

ちなみに、正規のダイヤは、それを獲得・精製するまでの労働者に報酬が支払われている。しかしこの紛争ダイヤというのは、政治的に不安定な地域でRUF(革命統一戦線)のような団体が暴力で人を脅し、強制労働を強い、安く手に入れたダイヤんことである。一般的には、このような紛争ダイヤを買い取ることは禁止されているが、彼らは闇ルートを使って市場に流通させているといわれている。この物語のデカプリオ演じるアーチャーは現地のバイヤーである。
そのむかしSASに関する小説を読んだときにシエラレオネが出てきたのだが、こういう背景があったのですね。RUF(革命統一戦線)は2000年から武装解除をおこない、2004年に完全武装解除が完了したという。

by ssm2438 | 2009-09-27 07:09 | E・ズウィック(1952)
2009年 04月 19日

きのうの夜は…(1986) ☆☆☆

f0009381_20501349.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:ティム・カズリンスキー
    デニース・デクレー
撮影:アンドリュー・ディンテンファス
音楽:マイケル・グッドマン

出演:ロブ・ロウ
    デミ・ムーア
    ジェームズ・ベルーシ
    エリザベス・パーキンス

        *        *        *

普通といえば普通だが、されどけっこう好きな映画かな。何が好きっていわれても困るが、この映画をみると東京に出てきて同棲した彼女のことを思い出すから・・ははは、ま私事ですが・・。

映画はというと、きちんとまとまってます。普通のトレンディドラマみたいなまとまりぐあい。ただ、この監督さん上手いんだとおもう。そののち『レジェンド・オブ・フォール』とか『ラストサムライ』とか撮るようになるエドワード・ズウィックなんだけど、きちんとしているんだよね。揺るぎがないというか・・。シナリオは既にきまってるのだろうからそこには文句つけられないのだろうし、そのなかでどんな映画にしていくのかってことを考えたときにほとんど文句のない映画になってると思う。
それにデミー・ムーアはチャーミング。きとんとオッパイみせてくれてるし、ロブ・ロウと健康的なエッチしてるし、まだ胸になにもいれてないから自然にきれいだし、エリザベス・パーキンスもいい感じだし、ジェームス・ベルーシもいい味だしてる。
当時英語の番組に出てた黒田アーサーが好きな映画ってことでこの映画を紹介してたのだけど、そのときはヘッドフォンのコンセントがぬけるところを見せてた。あそこも良かった。で、ビデオ借りてみてみたらよくって、結局レーザーディスク買いましたよ。この映画みただけで、この人すごい人だって見抜けた私は偉いなあと思ってるのだけど・・(笑)。ひとろよがりともいう・・。

勤め先の上司との不倫の関係にフラストレーションがたまっていたデビー(デミ・ムーア)女は、ソフトボールの試合で知り合ったダニー(ロブ・ロウ)と仲良くなってしまう。しかしお互いそれぞれ付き合ってる人がいる。そんなわけで、お互い付き合ってる人とはそのまま付き合い続けるが、二人でいるときはセックスもしようよってことで同棲をはじめる。
しかし、同じ場所を共有するようになるとなにかと相手のことがきにかかる。心の不安定さはつきまとき、どこか他人行になのも不自然で、結局“カップル"を望んだデビーの言い分をきいて共同生活は「あなただけよ」の同棲へと変わってゆく。しかし、またここでも上手くいかない。はやり自分の周りの人たちのことを大事にしたい。ときとして二人でいることよりも、大事なこともある。そんなの全部が全部、彼氏・彼女が一番っというわけにはいかない。で、また別れる。
しかし・・・そうはいっても・・・ってやっぱり彼女がいい、彼がいいって話。

by ssm2438 | 2009-04-19 20:34 | E・ズウィック(1952)
2009年 03月 17日

マーシャル・ロー(1998) ☆☆☆

f0009381_16291650.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:ローレンス・ライト
    メノ・メイエス
    エドワード・ズウィック
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:グレーム・レヴェル

出演:デンゼル・ワシントン
    アネット・ベニング
    ブルース・ウィリス

        *        *        *

とりたててスゴイというわけでもないけど、きっちりつくれてる。ただ、エドワード・ズウィックはあんまりポリティカル・サスペンス系は合わないとおもうのだけど・・。
なにやららせてもきっちり作る人だと思うのだけど、このひと、出来ないことがひとつあって「臭わせて見せる」こと。これが出来ない。全部見せちゃう派なんですよ。なので軽いノリの『きのうの夜は・・・』とか、大河ドラマ系の『レジェンド・オブ・フォール』だとけっこうはまるのだけど、この映画みたいに政治的な策略が背景にあるドラマというのはどうも合わない。こういうドラマって直接見せずに、間接表現で、臭わせて、臭わせて、見ている人の想像力でどんどん圧迫していく、そういったタイプの見せ方のほうが合ってる。
そういう意味でちょっと、エドワード・ズウィックだと勝手がちがったような・・そんな気がした。
でも、決して出来のわるい映画だとは全然思わないし、スピルバーグが好きな人ならこういう見せ方でもいいと思うのだけど、まあ、私の趣味とはちょっと違う出来になってしまったかな・・という感じ。

あと・・、この話であんまりデンゼル・ワシントンのあの役の語りはあんまり正当化できなくって・・。
もし、東京の真ん中に原爆しかけられて、あと6時間で爆発するって時に、自分が捜査官で、そこに犯人に通じる男がいて、そいつが犯人の居場所をしっていると確信あるなら、拷問にでもかけるよ。その結果、自分があとで軍法会議にかけられようが、世間から非難されようが、そんなのどうでもいい。そこにしか可能性がないなら、私なら拷問にかけろって指示する。
戒厳令してい、アラブ系のアメリカ人を収容所にいれるのも、その立場だったらやりかねないと思う。デンゼル・ワシントンの立場って言うのはまず先に、ブルース・ウィリスがそこにいたから出来る反発であって、もしブルース・ウィリスの立場に自分がいて、原作者からの特権で、常に自分の勝利が転がり濃くと知らない時だったら、どう行動するのか?っていわれると・・・どうなんでしょうねえって思うな。

ただ、この物語では、軍部が違法逮捕をしてるってことが言い訳になってるからなんとなくそれですまされてるけど、それがわからない状態で、あんなことになったら、デンゼル・ワシントンの立場を支持できる気はしない・・。

<あらすじ・・を整理>
CIAは秘密裏に急進派のイスラム原理主義の指導者を拘留する。それに対抗してイスラムの武装勢力が教祖の解放を求めてテロを起こす・・というのが、基本ライン。
開放しないのならニューヨークに爆弾をしかけて爆発させるぞというのが彼らの主張。やれるもんならやってみろ。それでやられたとしても、犯人とは絶対に取引しない。取引しないなかで犯人を逮捕に全力を傾けるが、もしそれがダメでこちらが被害をうけるなら、それはうけとめるしかない・・というのがアメリカ側の基本姿勢。

※テロを扱うドラマというのは、基本的にアラブ人を悪者に出来ない世論がある。なので、国内の誰かが悪さをして、その抵抗環境としてアラブのテロリストグループが浮かび上がるが、最後は見方の仲に悪さをしたやつがいる・・ということでまとめないといけないみたい。たいがいどのテロモノ小説を読んでもそんなこんせぷとになっている。

テロリズム対策部長でFBI所属のハブ(デンゼル・ワシントン)。
エリース(アネット・ベニング)はアラブ系アメリカ人社会にコネクションを持つCIA活動員だった。
大統領はついにニューヨークにマーシャル・ロー(戒厳令)を発令、ダヴロー将軍(ブルース・ウィリス)が指揮のもと、アラブ系アメリカ人を隔離する。
エリースと肉体関係のあるアラブ側の情報提供者、サミール(サミ・ボージラ)はデモを対象に爆破テロ活動があると情報をながす。徐々に犯人グループが捕まっていく。しかし、最後の一人はまだ活動している。
しかし、最後の活動かとは・・・。

by ssm2438 | 2009-03-17 15:04 | E・ズウィック(1952)
2009年 02月 02日

戦火の勇気(1996) ☆☆

f0009381_2093250.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:パトリック・シーン・ダンカン
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:デンゼル・ワシントン
    メグ・ライアン
    ルー・ダイアモンド・フィリップス
    マット・デイモン
        *        *        *

このストーリー構成で面白い映画がとれるわけがない! 物語の展開は黒澤明『羅生門』展開。まあ、あれよりはこっちのほうがまだ馴染みやすい形にはなっているが、それでも話はばらばら。エドワード・ズウィックは私の好きな監督さんの一人だが、この映画だけはいただけなかった。

湾岸戦争中におきたカレン・ウォールデン大尉(メグ・ライアン)の功績の調査を依頼されたナット・サーリング大佐(デンゼル・ワシントン)は、関係者とおぼしき何人かの帰還兵にその時の話を聞いて周る。しかし彼らの話は食い違いを見せる。衛生兵のイラリオ(マット・デイモン)は彼女は勇敢だったと言い、モンフリーズ(ルー・ダイアモンド・フィリップス)は、彼女は臆病者で、恐怖にかられてパニックに陥ったと言う。最後は、重病で入院中の兵士アルタマイヤー(セス・ギリアム)から真実のストーリーを聞き出す。

これだけの話にしておけばまだいいのだが、何ゆえこの話をナット・サーリング大佐の戦時中の友軍の戦車を撃ってしまった話をくっつけなければならないのか・・??? そのあたりが「まず先に羅生門構成あり!」のスタンスでつくられている。それが好かん。だいたい羅生門構成が面白いと思うひとがいるのだろうか? どっかのだから「あれいは良い」っていったから自分で判断できない人間がつられて「僕もあれがいいと思う」って」いい、その連鎖の結果、面白くもないものを面白いとい輪なければならない社会状況をつくってるようの思える。

面白くないものは面白くない!ってきちんと言おう。
それが言える「勇気」があるかないかを試すリトマス試験紙映画でした。

by ssm2438 | 2009-02-02 19:40 | E・ズウィック(1952)