主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

カテゴリ:G・チュフライ(1921)( 3 )

f0009381_19422886.jpg監督:グリゴーリ・チュフライ
脚本:ワレンチン・エジョフ
    グリゴーリ・チュフライ
撮影:ウラジミール・ニコラーエフ
    エラ・サヴェーリエワ
音楽:ミハイル・ジーフ

出演:ウラジミール・イワショフ
    ジャンナ・プロホレンコ
    アントニーナ・マクシーモア

        *        *        *

ソ連の映画には白樺の林が良く似合いますな。これといい、タルコフスキー『ぼくの村は戦場だった』といい。

この映画、実はアニメ向き(実写向きではない)の成熟したスタンダードな演出のオンパレード。レイアウトも自然。狙いすぎた画面もなく、実に素直。この映画とピーター・チャンの監督した『ラブソング』は実に演出教本映画だ。

この映画に驚かされるのは、みんなの演技が自然体なのだ。その昔『鶴は翔んでゆく』をみたときには実にソ連の体制主義の説教映画になっていていやだったのだけど、この映画にはそんな感じは微塵もまい。その自然体で展開する話が実に純朴というか、純粋というか、清らかなのだ。もうほとんど忘れかけてた言葉だ(苦笑)。


敵戦車に追いつめられた少年兵アリョーシャ(ウラジミール・イワショフ)は凹地のとびこみ、そこで偶然みつけた対戦車砲で二台の戦車を戦車砲で砲撃、沈黙させた。その功績により特別休暇をあたえられた。帰郷の途中で、途中この石鹸をうちのやつにとどけてくれと、名も知らない兵士からたのまれ、その石鹸をうけとった。一人暮しの故郷の母に会うことを願って故郷への列車へのったアリョーシャは、一人の負傷兵に会った。戦争で足を失った彼は妻に会うのをいやがって、悩んでいた。しかし彼の妻はプラットフォームに迎えにきていた。涙にくれる二人を残してアリョーシャは旅を続ける。

この映画は戦場を描くのではなく、そのバックグラウンドの側で戦争をさりげなく描いていく。見知らぬ兵士が実家との妻にとどけたいものが石鹸である。実にソ連というか・・その昔『ハドソン河のモスコー』という映画を見たときに(あれは1980年代のソ連だったが)、靴を買うのに列が出来ているのを思い出した。それはソ連といわす日本でもおなじような状況だったのだろう。

貴重な肉のカン詰を看視兵にやって貨物列車にもぐりこんだ彼は、その中に隠れていた少女シューラ(ジャンナ・プロホレンコ)にびっくりする。荷物を放り出し逃げようとするシューらだが、すでに列車はうごきだしており、降りられない。荷物のないまま、アリョーシャとその貨車にとどまる。最初は警戒していたシューラも、やがて彼に好意を抱くようになった。彼女は負傷した許婚者を病院に訪ね、故郷に帰るため秘かに貨車にのったのである。

この話、彼女がでないことにはどうにも面白くない。彼女とのふれあいがあるからこそ、ロードムービーとして成立したのだ。窓の外をながれる白樺の林がじつにすばらしい。
途中水くみに出て列車をやりすごしたりしながら、二人の旅は続く。アリョーシャは戦線で見知らぬ兵から託された石ケンを持って、彼の留守家族を訪ねる。苦しい生活の中で、兵士の妻は他の男と同棲していた。実にせつない。こういう痛みも彼女と分け合えたからこそ素晴らしい映画になったのだろう。
やがてアリョーシャとシューラは、互の住所もしらぬまま別れた。
ほんとにこれで終わりなの・・?って感じで実に名残惜しかった。
そしてまた白樺の林が車窓をながれる。

もう休暇は残り少ない。戦線への帰途の時間を考えるともう余裕はなかった。アリョーシャは母親ともほんの一瞬しか会っていることができなかった。畑で働いていた母は、涙で息子のトラックが遠ざかるのを見送った。そして、アリョーシャの姿は二度と、もう故郷に戻らなかったのである・・。

人生の悲喜こもごもあるのだけれど、実にさわやかな映画だった。
普通の映画なのだけど、実に忘れがたい映画だ。
グリゴーリ・チュフライ、素晴らしい!
by ssm2438 | 2010-05-31 05:35 | G・チュフライ(1921)
f0009381_0204651.jpg監督:グリゴーリ・チュフライ
脚本:グリゴーリ・チュフライ
    ヴィクトル・メレシコ
撮影:ユーリー・ソコル
    ミハイル・デムロフ
音楽:ユーリー・ソコル
    ミハイル・デムロフ

出演:ノンナ・モルジュコーワ
    ワジーム・スピリドノフ
    アンドレ・ニコラエフ

        *        *        *

チュフライの映画で唯一劇場でみた映画。

『君たちのことは忘れない』は、78年11月21日より79年2月中旬まで、モスクワ市内の代表的ロードショウ館“で公開されていたが、軍当局の指示で上映中止となり、同時に海外へ出すことも禁ぜられた“自宅監禁”映画。
チュフライ監督はかつて新聞に掲載されていた、12年間、箱の中に隠れていたという兵役忌避者についての記事をヒントにこの映画を製作したと語っている。また、「危険から自分の息子たちを護りたいという母親たちの気持が子供たちを積極的で活気ある生活から隔離してしまうことになる」ことを示したかったとも言っている・・とか。
そして映像もロシアの情緒を歌い上げている。戦争の終結をつげる白馬にのって炎を掲げて走る男の姿が実に圧巻。本編では戦争の現場は出てこないわけだが、それでも、その終わりを告げる炎がこれほどまで感度を呼ぶものかと自分でもおどろいた。

<あらすじ>
1943年、まだヨーロッパではソ連とドイツの戦いはつづいてたい。農婦マトリョーナ(ノンナ・モルジュコーワ)は長男ステパン(ワジーム・スピリドノフ)の行方不明の知らせを受け悲しみにくれるが、17才の次男ミーチャ(アンドレイ・ニコラエフ)にも召集とどけられる。吹雪の中をソリに乗って息子を駅まで送っていく母親。だが、ついてまもなく新兵が集合する駅が空襲にあい破壊される。その惨劇のなかミーチャを探し出す。彼は重傷を負っていたがまだ息があり、彼女はミーチャを自宅に連れ帰り看病する。戦死兵として処理されたミーチャも見つかれば処刑の運命である。マトリョーナはミーチャを屋根裏部屋に隠す。不安な毎日が続く中、捕虜となり生きていたステパンが生還を果たす。が、ミーチャの存在を明かすわけにはいかないマトリョーナはステパンと言い争い家から追い出してしまう。家をでて、かつての婚約者をさがすステバンだが、彼女も既に他の男と結婚していた。
戦争は終わった。しかしマトリョーナ親子に平和は訪れない。社会に出ることのできないミーチャは、かつて自分に恋心を寄せていたターニャの結婚式を覗き見て自殺をはかる。必死でとめるマトリョーナ。彼女は思い余って神父に相談するが、その反応は冷たかった。そんなある日、ステパンから結婚し子供ができたという電報を受けた彼女は、喜びの余りついに緊張の糸が切れて心臓発作を起こしミーチャの膝の上で息をひきとる。そしてミーチャは自首をするのだった。家から出てきたミーチャのやせ細った、ピンク白い肌には恐ろしいものを感じた。

うむむむ・・・、こころの痛むドラマだ。
by ssm2438 | 2009-08-03 23:21 | G・チュフライ(1921)
f0009381_234488.jpg監督:グリゴーリ・チュフライ
脚本:ゲー・コルチュノフ
撮影:セルゲイ・ウルセフスキー
音楽:ウラディミール・クリュコフ

出演:イゾリダ・イズヴィツカヤ
    オレグ・ストリジェーノフ

        *        *        *

チュフライ監督の処女作。

時代は1917年以降のロシア内戦期。マリュートカが所属する赤軍とは、厳密には1918年に組織された労働者・農民赤軍のことを指すが、ロシア内戦期には、ボリシェヴィキの軍隊を指す代名詞でもある。白軍は「反革命」と呼ばれるが反ボリシェヴィキの勢力。

敵対するもの同士が徐々に心を通じ合わせ、さらに流されて二人きり・・なんというロマンチックなシチュエーション。その島にいる限りは二人は恋人同士でいられる。またその流された先の風景がいい。広大な海辺にぽつんと漁師がたてたらしい掘っ立て小屋がひとつ。それだけで絵になる。しかしそこに船が近づいてきた。それこそが現実への帰還の引き金に・・・。実にスタンダードな物語展開。

しかし、チュフライの映画はお話もスタンダードだけど、画面は実にスタンダード。スタンダードをきちんとやってみせていく姿勢がいいなあ。

<あらすじ>
ロシアの内戦期、赤軍の小部隊がカスピ海に近いカラ・クム砂漠を北へむかっていた。マリュートカ(イゾルダ・イズヴィツカヤ)はこの部隊の狙撃兵。すでに40人の白軍兵を血祭に上げている。そして41番目を狙撃ししその相手は倒れたが、再び立上り投降してきた。かれは白軍の将校(オレーグ・ストリジェーノフ)だった。政治委員その捕虜を赤軍の司令部に護送するためマリュートカを監視につける。

マリュートカの小隊はアラル海岸のカザフ人部落に着いた。夜営の小屋でマリュートカは詩を書いていた。それがきっかけで彼女と白軍の将校との緊張がとけて行った。学のないマリュートカの書く詩は子供の作文だが、白軍の将校は教養をみにつけていた。敵ながらその知性に憧れ二人で勉強するようになる。
赤軍は捕虜を司令部に送ることを決定、「道中白軍にあったら捕虜を殺せ道中」とマリュートカに命令し、小舟に彼女と捕虜の白軍将校、他二人をつけて行かせる。ところが、やがて海が荒れだし舟は波間に翻弄、二人の同志は海中に没する。マリュートカと白軍将校はどこかの浜にはい上った。

浜に納屋のような小屋があり、そこで二人は暖をとり服を乾すうち、マリュートカは彼がひどい熱であることを知った。優しい感情が彼女の心を占め、親身に捕虜を介抱した。マリュートカは彼に今までにない不思議な歓びを感じた。近くをさがすと今は使ってない漁師の小屋がありそこに移動、二人きりの孤島の生活に互いの愛情は火と燃え始めた。
彼は二人の将来を夢みる。だがマリュートカに革命を捨てることは出来ない。それまは普通の恋人同士なのに大儀の話をし始めると水と油である。二人は悩むが、そうしたある日、沖に船影が見えた。喜ぶ二人は銃で空に向け何発か撃った。その船は気付いたようで、上陸戦を二人のいる浜に向かわせた。近づいた船は白軍のものだった。それを知るや彼は船を目がけて走りだした。マリュートカは撃つしかなかった。しかし次の瞬間、マリュートカは銃を投出し、波に洗われる恋人に走りより亡骸をだきしめるのだった・・・。
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願わくばマリュートカを演じる彼女が、『誓いの休暇』ジャンナ・プロホレンコくらい可愛かったらもっとよかったのに・・。実にロマンチックでいい作品だ。ソ連の映画監督といえばどうしてもアンドレイ・タルコフスキーって印象が強いが、私はこのグレゴリー・チュフライのほうが好きみたいだ。
by ssm2438 | 2009-08-03 22:07 | G・チュフライ(1921)