主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

カテゴリ:H・ウェクスラー(1926)( 6 )

f0009381_1521897.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:アルヴィン・サージェント
撮影:ハスケル・ウェクスラー
音楽:デヴィッド・ニューマン

出演:
ダニー・デヴィート (企業乗っ取り屋ラリー)
グレゴリー・ペック (電信電話株式会社会長)
ペネロープ・アン・ミラー (その弁護士ケイト)

       *        *        *

一般的な良心回路を持ってる人にはうけいれられないかもしれない・・。

やってることは、オリバー・ストーン『ウォール街』とほとんど同じ。しかし最後がちがう。こちらのラストは会社を心血注いで育ててきたグレゴリー・ぺックが会社をのっとられ、マネーゲームでしこたまもうけてるダニー・デヴィートが笑う話。ただ・・、個人的にはグレゴリー・ペックの言い分もそれほど正しいとはおもえず、やはらい企業経営者たるもの、時代にのりつつ会社を運営していかないといかんのだと思ったかな。人道主義だけで正義が語れるほど経済は甘くないと思った。

この物語、実はオフ・ブロードウェイの人気舞台劇をアルヴィン・サージェントが脚色したもであり、舞台劇がもとなだけに、映画的なエンタメストーリーではなく、それぞれの立場に人が言葉と個性を語る芝居なのである。そして脚色したのが『普通の人々』のアルヴィン・サージェント。繊細なメンタリティをしっかりかける人なので私は大好きなのである。

監督は『夜の大捜査線』ノーマン・ジュイソン、そして撮影はハスケル・ウェクスラー
おおおおおお! 個人的にはスタッフ陣はかなり好きな面子でそろえられたこの映画、ただ、ストーリーが観客のもとめていたものとはちがったエンディンデだったのが不人気の原因だろう。期待を裏切るのはいいのだけど、それ以上のものが提示されれなければ、「なんじゃこれは??」になってしまう。生理的に一緒に楽しめない映画ではある。。

<あらすじ>
企業乗っ取り屋のラリー(ダニー・デヴィート)が目をつけたターゲットは、アンドリュー・ジョーゲンソン(グレゴリー・ペック)が会長をつとめる優良企業『ニューイングランド電信電話株式会社』だった。そしてそのジェーゲンソンを影でサポートするのが彼のアシスタントであり愛人でもあるビー・サリヴァン(パイパー・ローリー)。そしてビーの娘でニューヨークで働く美人弁護士ケイト・サリヴァン(ペネロープ・アン・ミラー)も『ニューイングランド電信電話株式会社』のの代理人として呼び寄せられた。
しかし、ラリーはそのケイトに恋をした。ケイトを自分と対等に渡り合える敵であると睨んだラリーは、以後マネー・ゲームと同様に恋のゲームにも命を燃やす。現状の古い体制では会社に未来はないと語るラリー。古きよき時代の人が信頼のなかで働ける会社をめざしてきたジェーゲンソン。二人の主張のなかで、会社の行く末は住民投票にかけられることになる。結果ラリーが勝って決着。そしてケイトはその会社を日本企業に売る取り引きを決めていた。
ケイトとともにベッドのうえで祝杯をあげるラリー。

真心をもった人が破れ、なにごともいんちきくさい人の金であそんでいるだけのダニー・デヴィートが仕事も恋も勝ち取るというちょっと良いのか悪いのかよくわらない結末。

でも、個人的には「あり!」のお話だった。
by ssm2438 | 2010-10-06 15:03 | H・ウェクスラー(1926)
f0009381_829547.jpg監督:デニス・ホッパー
脚本:マイケル・シファー
撮影:ハスケル・ウェクスラー
音楽:ハービー・ハンコック

出演:
ロバート・デュヴァル (ボブ・ホッジス)
ショーン・ペン (ダニー・マクガヴァン)
マリア・コンチータ・アロンゾ (ルイーザ)

        *        *        *

結局マリア・コンチータ・アロンゾの出番だけを楽しみにみていた映画だった・・・。

先日(2009年5月19日)亡くなったデニス・ホッパーの監督作品のひとつ。一番有名なのは『イージーライダー』だろうけど、全然おもしろくもないし、この映画にしてもきわめて普通。残念ながら監督として才能を発揮したというのはない。やろうとしていることはわかるのだが、「あああ、あんたはそれがやりたいのね」というだけで、それが観客と共有できないのである。ゆえにちっとも見ている側が面白いと思うことはない。
この『カラーズ』という映画が、ストリートギャングと警察のやり取りを描いた映画だが、アクション映画ではない。いけ好かない連中をすぐ逮捕したがるショーン・ペンと対比させつつ、ベテラン警官のロバート・デュバルが、連中を泳がして、泳がして、そして最後に大物を捕らえるという、その老獪さを地味ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃに描いている。その地味ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃな見せ方はなんというか・・、『パリ・テキサツ』でみせたヴィム・ヴェンダースのような地味さ。その地味ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃな見せ方こそが、ホッパーのやりたかったことなのだろうが、これが良いのか悪いのか・・・。まあ、悪くはないのだけど、多分この映画を見に来た人はそんなものを期待してはいなかったのでは・・・。そのへんの作る側と見る側の共鳴が実に乏しい映画だったように思う。

そんなわけで、この映画をみてて唯一の愉しみとといったら私のお気に入りの(なかなか出番のない)マリア・コンチータ・アロンゾが店の店員としてラテン系ののりを発散させていることだろう。『ハドゾン河のモスコー』でもその太陽のような明るさがとても印象的だったが、この映画でも彼女だけがみていて楽しい映画だった。

<あらすじ>
ダニー・マクガヴァン(ショーン・ペン)とボブ・ホッジス(ロバート・デュヴァル)はロス市警の警官。強引かつ単純に事を処理しようとするマクガヴァンに対して、ホッジスは相手を泳がせて、その後ろのより大きな獲物を捕らえようとする。そんなある夜、ストリート・ギャングのクリップス団のメンバーが、抗争相手のブラッド団の少年クレイブを射殺して逃走する事件が起きる。どうやらそのバックには大規模な麻薬の密売があるようだった。
クレイブ殺しの犯人が、クリップス団のリーダー、ロケット(ドン・チードル)であると判明すると、ホッジスらはロケットの隠れ家を急襲する。警官のひとりが別人を射殺してしまうと、仲間を殺されたことにより、ロケット一味がその警官への報復のために武装蜂起するとの情報が署内に流れ、厳戒体制も強化された。しかしそれは、ロケットに対抗するホワイトフェンス団のリーダー、フロッグ(トリニダード・シルヴァ)が流したものだった。こうしてストリートギャングたちの全面抗争の火ぶたが切って落とされた。
事は終わり、残されたメンバーたちを検挙してゆくマクガヴァンたち。ホッジスはストリートギャングに撃たれて死亡。しかし、今や彼の遺志はしっかりとマクガヴァンの心に受け継がれているのだった。
by ssm2438 | 2010-05-30 08:31 | H・ウェクスラー(1926)
f0009381_1435931.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:アラン・R・トラストマン
撮影:ハスケル・ウェクスラー
編集:ハル・アシュビー
音楽:ミシェル・ルグラン

出演:
スティーヴ・マックィーン (トーマス・クラウン)
フェイ・ダナウェイ (ビッキー・アンダーソン)

        *        *        *

こっちは銀行強盗だ!

ビジネスマンとして成功者のトーマス・クラウンは、スリルをもとめて趣味として銀行強盗をおこなうダテ男。その銀行強盗の事件にあった銀行が契約していたのがフェイ・ダナウェイの保険会社で、調査員として彼女が派遣されてくる。そしてふたりの心理戦がはじまる。

その昔飛行機の中でみた『トーマス・クラウン・アフェア』、・・・あれ、どっかでみたようなストーリーラインだなって思ってよくよく考えてたら『華麗なる賭け』のリメイクだった。でもオリジナルの「銀行強盗」という設定を「美術品強盗」に変更してあったので、実は最後まで気がつかなかった。しかし・・さすがに本家の設定は銀行強盗なので、少々シチュエーション的にシリアスです。当時はアメリカン・ニューシネマの時代で銀行強盗が映画のなかでやたらとはやった時代ではあるが、あんまり主人公に共感がもてないかな。あと画面分割をつかったマルチ画面がうざい! これを映画でやられると、まるでテレビみたいなショボさを感じてしまう。当時のお洒落をねらったのだろうが、あんまりいただけない。
・・しかし、そうはいってもなかなか見せる演出をしていた。二人がチェスをするシーンはかなり好きだ。手つきはまなざしだけでフェイ・ダナウェイを美しく演出している。すがノーマン・ジェイソン、さりげなく実力者である。個人的にはフェイ・ダナウェイにはあんまり魅力を感じないのだが、この映画の彼女はきれいだった。
撮影のハスケル・ウェクスラーも私の好きな撮影監督の一人。音楽はミッシェル・ルグランなので懐かしい60年~70年代の臭いがする。
ただ・・、グライダーは『トーマス・クラウン・アフェア』のほうが良かったかな。さすがに白で翼が長く、とても見栄えが良かった。この辺は60年代のデザインなのでしかたがないだろう。
余談だが、『あしたのジョー2』で矢吹丈と白木葉子がハワイの浜辺をバギーで走るシーンがあるが、きっとその映画の二人がバギーを走らせるシーンがそのモデルだろうなってずっと思っている。

<あらすじ>
ボストン。昼間の顔は大金持ちの実業家のトーマス・クラウン(スティーヴ・マックィーン)、しかし、彼は満ち足りた生活では得られないスリルをもとめて銀行強盗を実行する計画を立て実行してしまう。クラウンは奪った金に自分の金を足して、ジュネーブの銀行に預金した。被害を受けた銀行が加入していた保険会社調査員のビッキー・アンダーソン(フェイ・ダナウェイ)を派遣する。実業家クラウンがあやしいとめぼしをつける。付き合うようになったクラウンとビッキーはスリリングな恋愛を展開していく。
クラウンは、もう一度最後の冒険を試みて、その後南米に逃げる決意をし、それをビッキーに打ち明ける。計画は前の時と同じように実行され、成功したかに見えたが・・・。
by ssm2438 | 2010-02-26 14:35 | H・ウェクスラー(1926)
f0009381_237075.jpg監督:ミロス・フォアマン
脚本:ローレンス・ホーベン、ボー・ゴールドマン
撮影:ハスケル・ウェクスラー、ビル・バトラー
音楽:ジャック・ニッチェ

出演
ジャック・ニコルソン (ランドル・P・マクマーフィ)
ルイーズ・フレッチャー (婦長ラチェッド)
ウィル・サンプソン (チーフ)

        *        *        *

1975年のアカデミー賞(作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、主演女優賞)をとった映画。「管理社会と個人の尊厳」「自分で自分の可能性を封じ込めないこと」「感動とは伝わるということ」・・という、私に好きなテーマがふんだんにもりこまれている。
主演は個人的にあんまり好きではないジャック・ニコルソン。彼の映画の中ではかなり好きな映画。ただ、主人公が犯罪者ってのはイマイチひっかかる。テーマ的にはスタンリー・キューブリック『時計じかけのオンレンジ』と同じものだろう。こういう作り方なら見る気がする。
原作は舞台なのだが、それをミロス・フォアマンが映画化。この監督、この9年後に『アマデウス』で再びオスカーに輝くのですが、時としてガツンは映画を提供してくれます。『ラリー・フリント』もけっこうガツンな映画だった。

<あらすじ>
1963年9月、レゴン州立精神病院。ランドル・P・マクマーフィ(ジャック・ニコルソン)は刑務所の強制労働を逃れるために気狂いを装ってこの病院に移送されてきた。病院は絶対権をもって君臨する婦長ラチェッド(ルイーズ・フレッチャー)の専制のもとに運営されていた。その管理下の元、患者たちがまるで生気のない無気力人間になってい。
ディスカッション療法の席上、マクマーフィはワールド・シリーズの実況をテレビで見れるよう日課の変更を要求した。ラチェッドは一蹴したが、病院の方針により評決は患者たちの投票に委ねられることになった。賛成投票したのは僅か2人。さらなる患者たちの協力が必要と感じたマクマーフィは患者たちを扇動していく。再投票が行われた。『急性患者』9人全員の賛同を得た。しかしラチェッドらはこの病棟には他に9人の『慢性患者』がいるとの理由で却下した。完全痴呆の慢性患者、その 1人1人を口説いてまわり、やっとチーフと呼ばれるインディアン患者(ウィル・サンプソン)の説得に成功するが要求は時間切れで冷たく拒絶された。

この病棟なかでは、ワールドシリーズを見るということだけでも、ほとんど不可能なことなのだ。それは患者のほとんどが知っている。その不可能と思われることをマクマーフィーはひとつひとつ具現化しようとしていく。この地道な成し遂げ方は、実に私のツボなのだ。

それ以後も、マクマーフィは次々とラチェョドの専制的体制に反抗を続けた。ディスカッション療法のとき、タバコの配給のことから看護人と争った彼は、罰としてチェズウィクやチーフと共に電気ショック療法に送られる。それは治療と言う名の拷問だった。さすがに不安になったマクマーフィをそれまで聾唖だと思われていたチーフが勇気付ける。
2人は秘かに脱出計画を練った。決行日が近づいた。ある晩、マクマーフィは看護人を買収し、キャンディらを引き込み、お別れの乱痴気パーティを開いた。ラチェッドに、全裸でキャンディと寝ているところを目撃され攻められたビリーが自殺する。平静さを装って勤務につく看護婦ラチェッドの冷酷さにマクマーフィの怒りが爆発した。あやうく彼女を締め殺しそうになった彼は病室から連れ去られた再び電気治療が行われた。

f0009381_2395498.jpg数日後、1人ひそかにその帰りを待つチーフのもとへ、植物人間と化したマクマーフィが戻ってきた。マクマーフィをこのままここに置くにしのびないと感じたチーフは、枕を押しつけ彼を窒息死させた。チーフにとってそれが最後のマクマーフィに対する友情の証しだった。

劇中、動きそうもないウォータークーラーを「成せば成る!」とつかんで持ち上げようとするジャック・ニコルソンの描写がある。それをはたでみているはチーフ(ウィル・サンプソン)。結局ニコルソンの力ではどうにも動かなかった。その動かなかったウォータークーラー、ジャック・ニコルソンが廃人となったあと、巨漢のチーフが不可能に挑戦する。そのウォータークーラーで鉄格子もろとも窓をぶち破り、彼はこの収容所を出て行くのだった。
ジャック・ニコルソンの深いなシーンも多いし、ルイーズ・フレッチャーの記号的官僚支配もあざといが、最後、チーフが脱走していくシーンは開放感につつまれる。
by ssm2438 | 2009-11-09 02:44 | H・ウェクスラー(1926)
f0009381_127823.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:スターリング・シリファント
撮影:ハスケル・ウェクスラー
音楽:クインシー・ジョーンズ

出演:シドニー・ポワチエ
    ロッド・スタイガー
    ウォーレン・オーツ

        *        *        *

1967年のアカデミー賞、作品賞、主演男優賞、脚色賞、音響賞、 編集賞など受賞。
ちなみにこのアカデミー主演男優賞をとったのはロッド・スタイガー。どうみてもシドニー・ポアチエが主演にみえるんですけどねえ、どうしてなんでしょう??

この映画、大昔みたのだが実のおもしろくて引き込まれた。シドニー・ポワチエ扮する黒人の刑事が、殺人事件のあった日、黒人だというだけで連衡されてしまう。そこからだんだんと有能さを小出しにしていき、黒人に対して偏見をもっていたロッド・スタイガーもだんだんと彼を認めるようになる過程がとても素敵。やっぱり<能力ぼちぼち小出しモノ>はいいですな。
ドラマというものは、主人公があることを求める(大目的)と、それを阻止しようとするさまざまな力、そのせめぎ合いのすえ、主人公が目的を達するまでの過程をいう。通常のドラマの場合は、それが犯人の部下であったり、スポーツものではライバルであったりするのだが、この映画では<黒人差別>という偏見がその大きな弊害になっている。そのあたりがこの映画を一味変わったもにした原因だろう。

撮影もすごいぞ、ハスケル・ウェクスラー。どちらかというと「白のカメラマン」といういんしょうがある彼。『帰郷』『ウディ・ガスリーわが心のふるさと』など、白の滲みをきかした画面が素敵。しかし今回は夜の街。でも、この人の黒もなかなかすてたものではない。
そしてびっくりすることに編集賞をとったのはハル・アシュビー。後に『帰郷』の監督やってます。このころは編集から監督に回る人もけっこういたのです。
監督はノーマン・ジェイソン『屋根の上のバイオリン弾き』が有名かな?でも私は見ていないのだが。とはいえさりげなく私の好きな小作品をいくつかとっているのです。『アグネス』(1985)、『イン・カントリー』(1989)、『アザー・ピープルズ・マネー』(1991)、『オンリー・ユー』(1994)など・・、世間ではそれほどメジャーではない作品のなかで、私が好きな作品がおおいのがこの監督さん(苦笑)。そのなかではこの『夜の大捜査線』だけはちょっとめずらしく、世間でも受けた作品。

<あらすじ>
ミシシッピーの田舎町スパルタ、警官サム(ウォーレン・オーツ)は深夜のパトロール中、町の実業家が殺害されているのを発見した。連絡をうけた署長のビル・ギレスピー(ロッド・スタイガー)は早速捜査を開始した。サムは駅で列車をまっていた黒人というだけで、彼をいきなり容疑者として逮捕してしまう。ところがその黒人はフィラデルフィア警察の殺人課の優秀な刑事でバージル・ティッブス(シドニー・ポワチエ)であった。
初めて殺人事件を扱うギレスピーだが、黒人への偏見がありのティッブスへの協力をなかなか頼めない。やがて容疑者として不良少年が犯人が連衡されるが、思ティッブスの見事な論理で、かれははんにんではないと断定される。ギレスピーは渋々ティッブスに捜査協力を要請する。絶えず衝突し、感情を抑えながらもティッブスとギレスピーは捜査を続けた。白人が黒人に調べられるという屈辱に町民は怒り、捜査は困難をきわめ、ティッブスは生命さえ危険になっていった。これ以上のトラブルをおそれたギレスピーは捜査をうち切るようにとティッブスに勧告したが、ティッブスは聞きいれなかった。
実業家は他所で殺されて発見された場所まで車で運ばれたと推理したティッブスは、事件のあった夜、車の中で不良少女と情事にふけっていた食堂のボーイを犯人と断定した。そのボーイは少女の堕胎費をえるために殺人をおかしたのだった。
by ssm2438 | 2009-06-11 00:43 | H・ウェクスラー(1926)

帰郷(1978) ☆☆☆☆

f0009381_1421655.jpg監督:ハル・アシュビー
脚本:ウォルド・ソルト
    ロバート・C・ジョーンズ
撮影:ハスケル・ウェクスラー

出演:ジェーン・フォンダ
    ジョン・ヴォイト
    ブルース・ダーン

        *        *        *

初めてジェーン・フォンダを劇場でみたのがこの映画、初めての彼女の乳房をみたのもこの映画。当時40歳のおばさんだというのに少年の日の男の子にはとてもまぶしくみえました。実際それよりも若く見えるしまだまだ綺麗でした。しかし当時のジェーン・フォンダですから露骨に反戦映画です。個人的には露骨な反戦映画というのは好きではないのだが、この映画はやはり心に沁み込む悲壮感が間接的につかわってきて印象深い作品。この映画で彼女は『コールガール』(1971)についで2度目のオスカーを獲得してます。
実は男優賞もこのジョン・ヴォイドがとったと思ったのですが、この映画で一番痛さをふりまいていたのがジェーン・フォンダの夫役のブルース・ダーン。彼の惨めさがやりきれない。この1年前に『ブラックサンデー』もベトナムで捕虜になった帰還兵のをやってましたが、この2本でブルース・ダーン=心に傷があるベトナム帰還兵というイメージが私のなかで定着。
その後『サイレントランニング』で船内の同僚を殺すブルース・ダーンをみると、“ああ、まだベトナムの傷がいえてないんだ”って思ってました(苦笑)。もっとも『サイレント・ランニング』はこの二本よりもかなり前に作られた映画なのだけど、私がみたのは後だったので・・。

この年は映画のあたり年で、アカデミー作品賞とったマイケル・チミノ『ディア・ハンター』ウディ・アレン『インテリア』ウォーレン・ベイテイ『天国から来たチャンピオン』アラン・パーカー『ミッドナイト・エクスプレス』ポール・マザースキー『結婚しない女』などそうそうたる映画がノミネート、どれをとっても一級品の映画ばっかりの大豊作。
本作品の監督ハル・アシュビーもこの『帰郷』、翌年の『チャンス』と良い仕事をしてました。この年にかぎらず、この頃というのが映画の当たり年だったのでしょう。

<あらすじ>
夫の海兵隊大尉ボブ(ブルース・ダーン)をベトナム最前線へ送り出した後、サリー(ジェーン・フォンダ)はボランティア活動の一環として基地の付属病院で働くことにした。初めて病院へ出向いた日、サリーはハイスクール時代の同級生だったルーク(ジョン・ヴォイト)と会う。ルークはベトナム戦争で傷つき下半身麻痺となった彼は毎日のように荒れていた。退院したルークは軍関係の建物にゲートに鎖で縛りつけ封鎖する。これが原因でのちのちCIAにモニターされるようになっていた。ルークの精力的な反戦活動に感化されていくサリー。ルークはサリーと出逢ってからは穏やかになっていった。そしてベッドに・・。下半身が麻痺している男とのセックスにとまどうサリーだが、それでも彼と肌を合わせることで充足感をえるのだった。
休暇を過ごすボブ似合いに香港に出かけるサリーだが、どこか戦争の狂気にとり憑かれているように見えるボブ。やがて帰還したボブは人が変わったように同僚の帰還兵と毎日酒びたりの生活。戦場での彼に誇れるものはなにもなく、シャワーを浴びているときに誤って自分の銃で足を撃ち、そのために本国へ送還されたた惨めさ、それを忘れてしまいたいボブ。そんな彼をCIAは呼び出し、反戦活動家と情事をしてい時の盗聴テープを聞かせ、サリーに反社会的行動の予兆はないかとたずねる。
妻の浮気を知ったボブはサリーに銃をつきつ怒りを爆発させる。その場にかけつけるルーク。いつ怒りで引き金を引くかもわからないボブに「我々が苦しんでいるのは戦争のせいだ」ととく。

戦場そのものを描くのではなく、本国での帰還兵とその家族の苦悩をとおして間接的に反戦思考を提示している作品。ゆえに実に心に沁み込む。

そしてこの映画を撮影したのが名匠ハスケル・ウェクスラー『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1976)でアカデミー撮影賞を受賞して以来、この映画で2度目の受賞。清潔感のある白くにじんだ画面がとても印象的。
by ssm2438 | 2009-03-10 13:00 | H・ウェクスラー(1926)