主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

カテゴリ:J・フランケンハイマー(1930)( 10 )

グラン・プリ(1966) ☆☆

原題:GRAND PRIXf0009381_14514736.jpg

監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:ロバート・アラン・アーサー
    ウィリアム・ハンリー
撮影:ライオネル・リンドン
音楽:モーリス・ジャール

出演:
ジェームズ・ガーナー (ピート・アーロン)
イヴ・モンタン (ジャン・ピエール・サルティ)
三船敏郎 (ヤムラ)

       *        *        *

HONDAカラーはやっぱり白でしょう!

ジェイソン・バトンルーベンス・バリチェロがドライブしてたホンダRA107は、なにを勘違いしたかアースカラーだとかいって、地球をプリントしたようなカラーリングもってきた。やっぱりホンダは白でないといかんでしょう。

ホンダがF1に参戦したのは1964年のシーズンからである。当時のマシンはホンダRA271で、葉巻の上にコックピットをのせて、その風防のまえに赤い日の丸を配しただけのシンプルな白いマシンだった。『ルパン三世』の1話にF1レースが描かれているが、ちょうどあのころのレーシングカーだと思っていただければよいだろう。このシーズンの最後のレースでホンダは優勝してしまう。じつはタナボタ的な勝利であはあったが、F1デビュー11戦目で優勝してしまったことは特筆するべきことだっただろう。
右も左もわからないF1の世界に突然白いマシンで参加してきたアジアのチーム。欧米人も未知数な力の少なからず興味をもったのかもしれない。
その翌年に制作され、66年に公開されたのがこの『グラン・プリ』という映画。主人公のジェームズ・ガーナーが乗るマシンは、三船敏郎扮するヤムラという日本人オーナーのチーム。明らかにHONDAをイメージしていた。

映画の中では、イブ・モンタンの恋愛事情や、事故から復帰するジョーダンのドライバーの正統な頑張りなどが語られており、ほとんどこれはメロドラマである。しかしレースシーンはしっかり撮られており迫力充分。さすがフランケンハイマー。そしてサーキットの特徴でもあるベルギーのスパサーキットの変わり易い天候やら、けっこうレースのツボは押さえ込んでいる。
ただ・・・、映画が楽しめるレベルの物語ではない。チームの経済事情や、ドライバーの移籍事情など、もっとF1ビジネスのインフラを描いてくれると面白いものになったのに、全体的に大雑把な仕上がりになってしまった。ジョン・フランケンハイマー大好き人間の私だが、申し訳ないが、物語は「つまらなかった」と言わざるを得ない。
音楽は『アラビアのロレンス』モーリス・ジャール、あいかわらずうるさい(笑)。

f0009381_1453119.jpgちなみに、この映画の最後でイブ・モンタンが死ぬイタリアGPのコースは、バンクのあるオーバルコースも使われている。ジョーダンチームがこのころからあるのは嬉しい。

<あらすじ>
そのシーズンの最初のF1はモナコGPだった。アグレッシブな走りをするブラバムのアメリカ人ドライバー・ピート(ジェームズ・ガーナー)は事故を起こし、地中海に投げ出された。優勝したのは赤いマシンにのるサルティ(イヴ・モンタン)だった。
この事故のためにシートを失い、さらにピートの妻も彼の元を去った。傷心の彼に救いの手をさしのべたのは、日本のマニファクチャ、ヤムラ(三船敏郎)だった。彼はピートのファイトを買い、日本チームへの参加を勧めた。ヤムラのおかげでピートはよみがえり、つぎつぎとレースに優勝していった。
そしてフォーミュラー・ワンの最後のレースであるモンツアのイタリアGPを迎えることになった。レースは白熱化し、異常な興奮をまき起こした。レースではサルティの車はオーバルコースを失踪するマシンがコントロールを失い、宙に待った。チェッカーを受けたのはピートの乗る白いマシンだった。
by ssm2438 | 2012-01-14 14:54 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_7515236.jpg原題:PROPHECY

監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:デヴィッド・セルツァー
撮影:ハリー・ストラドリング・Jr
音楽:レナード・ローゼンマン

出演:
タリア・シャイア (マギー)
ロバート・フォックスワース (ロブ)
アーマンド・アサンテ (インディアンのリーダー)

       *        *        *

フランケンハイマーにガキ向けの要素があるものを撮らせてはいけない!

『グリズリー』(1976)に<『ゴジラ対ヘドラ』(1971)をかけあわせてゴジラを引いたような映画。
トホホ・・なフランケンハイマーが続いております(苦笑)。

しかし・・・・ほんとに『ブラックサンデー』以降のフランケンハイマーはどうしちゃったんでしょうねえ。悲しいまでに崩壊してます。その『ブラックサンデー』の次にフランケンハイマーが撮ったのがこの映画。というわけで、フランケンハイマーの低空飛行はこの映画を境に始まったという、ある意味、ターニングポイント的作品(苦笑・・、こんなターニングポイント、誰も期待してないよ!)。
プロデューサーはロバート・L・ローゼン。実はこの人、フランケンハイマーとよく一緒に仕事をしている人で、『ブラック・サンデー』も『フレンチ・コネクション2』もこの人のプロデュースによるもの。その次回作がなんで『プロフェシー/どろどろ熊の着ぐるみ』なん?? 理解不能。

とくに前半がかなりたるい。
この手の映画は、モンスターを見せずにいかにもったいぶらせながらも、観客を魅了するかというのがポイントなのだが、その部分がただただたるいだけという、困ったものだ。本来こういうのは得意なはずなのに・・。
フランケンハイマーはその物語を世界観をリアルに描くことが真骨頂なのだが、この映画ではファンタジーが入り込んでしまい本来もってるフランケンハイマーの良さをころしてしまった。これがモンスターを登場させずに、ある企業の化学物質の不法投棄とあばく主人公のポリティカル・サスペンスだったらかなり面白かったはずなのに・・・。
フランケンハイマーにガキ向けの要素があるものを撮らせてはいけない! この人はひたすら大人の世界を撮るべき人である。監督の描きたい世界観と物語の世界観が相容れなかった時に起きる、作り手のオーラ欠乏症が観てててわくわくしない原因だな。こんなのはスピルバーグにやらせときゃいいんだ。
・・・ったく、シナリオにある言葉をそのまま撮っただけ・・というような悲しい映画であった。

<あらすじ>
首都ワシントンのERドクター、ロブ(ロバート・フォックスワース)は、メイン州の山奥で起っている、製紙工場と先住のインディアン間の森林の権利をめぐるいざこざを解決するための調査を依頼され、妻マギー(タリア・シャイア)とともに現地に飛ぶ。
一方、その山では、製紙工場のパルプ材伐採作業員が2人行方不明になり、その捜索に出かけたレンジャー部隊の隊員も遭難、彼らの死体が発見されるが、すたぼろにされていた。
製紙工場の責任者イズリー(リチャード・ダイサート)は、二重遭難事故はインディアンの仕業に違いないと訴えた。しかし現地では奇妙はことがいおきはじめてたい。湖の魚は巨大なものが多く、インディアンに病気や機能障害を訴える者が多く、死産や奇型児の出産が増えているという。インディアンのリーダー、ホークス(アーマンド・アサンテ)と会ったロブは、彼から、それらの原因がすべて製紙工場にあるのだということを聞かされる。製紙工場を見学に出かけたロブは、向上で使われているメチル水銀が原因であると確信する。
それからやっとどろどろクマさん登場。登場人物がひとりひとり殺されていき、主人公が最後にクマさんを倒して森を去るが、そこから新たな熊野咆哮が聞こえてくる・・・。
f0009381_7481255.jpg

by ssm2438 | 2011-09-23 07:59 | J・フランケンハイマー(1930)

対決(1989) ☆

f0009381_13192739.jpg原題:THE FOURTH WAR

監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:スティーヴン・ピータース/ケネス・ロス
撮影:ジェリー・フィッシャー
音楽:ビル・コンティ

出演:
ロイ・シャイダー (米軍ノールズ大佐)
ユルゲン・プロフノウ (ソ連軍バラチェフ大佐)

       *        *        *

男ですいません。。。。

あまりにくだらない映画なのだけど、愛すべき映画というのはある。この映画はそんな映画。でも、じっくり観るとかなりあほな映画なので、やっぱりダメ映画だとは思うのだけど・・・(苦笑)。

『ブラックサンデー』(1977)までは輝いていたジョン・フランケンハイマーなれど、この作品のあとはがたがたになってしまう。この映画はそのなかにおいてはまだまともだと、一部のフランケンハイマーファンには支持されてはいるが、私にはそうは思えない。あまりに話が無責任というか、なんというか・・・、ガキのケンカをそこまで拡大してっていいのかって私でも思ってしまう。つまり、理性が入ってくるとこの映画はただのアホ映画になってしまうのだ。ということは、理性よりも感情先行で見せていかないといけないのだけど、それが出てないからただの子供のあそび映画になってしまったのではないだろうか・・・。

ちなみに私もジョン・フランケンハイマー、大好きである。

<あらすじ>
チェコと西ドイツとの国境。ある日、駐屯米軍の指揮官、ノールズ大佐(ロイ・シャイダー)の前で、チェコ側からの亡命者がソ連軍に射殺される。ことは外交的手段によってことは穏便に解決されることになったが、それでは気がすまないノールズは、独断で単身国境を越え、個人的復讐にむかう。しかし、そんな対した復習ではなく、警戒中のソ連兵を銃でおどかし、自分のためにハッピーバースデイ~と歌わせて、一発手りゅう弾を爆発させる程度のやんちゃな復習だった。翌朝その知らせを知った駐屯地のソ連軍の指揮官、バラチェフ大佐(ユルゲン・ブロフノウ)もこれに報復、深夜に米軍のテリトリーにしのびこみノールズのジープを破壊するという報復に出た。こうして巻き起こった2人の指揮官同士の個人的戦いは、争いを好まない上層部や部下の意向などお構いなしにどんどんエスカレートしてゆく・・・。
個人的なうらみつらいと意地の張り合いに付き合わされる形で陣営の報復合戦はどんどん戦争状態になっていく。そんな対決も、最後は国境付近の雪原でノールズとバラチェフは武器を棄て、素手で殴り合いのケンカになる。いつしか集まった米ソ両軍の兵士が音も無く見守る中、2人はやがて息も絶えだえになって力尽きた頃、2人は互いを理解しあったのか、健闘を讃え合うかのように雪玉を投げるのだった。

・・・という戦争さわやかスポ根ものでしたとさ・・・。
by ssm2438 | 2011-09-22 13:20 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_23223018.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:エルモア・レナード/ジョン・ステップリング
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
音楽:ゲイリー・チャン

出演:
ロイ・シャイダー (実業家ハロー・ミッチェル)
アン=マーグレット (ハリーの妻・バーバラ)
ケリー・プレストン (ハリーの愛人・シニ)

       *        *        *

『ブラックサンダー』の輝きはどこに・・・

<あらすじ>
鉄鋼会社を経営ハリー・ミッチェル(ロイ・シャイダー)は、浮気現場をビデオに撮られて犯人グループから恐喝されルことになる。隠し切れなくなったハリーは妻のバーバラ(アン=マーグレット)に告白。困惑するが、そこは夫をサポートするしかないバーバラ。浮気相手の友人から得た情報で、犯人はポルノ映画館支配人のアランら3人だということがわかった。ハリーは年間5万2000ドル(1週間に1000ドル払うと申し出てる。その金をめぐり仲間割れがおき、その中の一人が殺される。しかし、アランは人質にバーバラをとり、金を要求。待ち合わせ場所にむかうハリーは、車に爆弾をしかけ、バーバラ救出に成功、犯人を絶滅させたのだった。

正直なところか~な~り~退屈な作品。嘗てのフランケンハイマーの輝きをしっているものにとってはなんとも消化不良になる映画である。ま、見ててよかったものといえばケリー・プレストンのオッパイくらいだ(苦笑)。

不思議なのが一週間で1000ドルというお金。ま、今のレートだと1週間に8万円、月32~40万円である。それをさらに3人で山分けするとなると、週に3万円の小遣い程度というわけだ。そういえば宇野元総理の愛人が月30万円もらっていたという話だから、会社経営者にしてみるとさしてすっごい大金というわけではないように思える。そのお金をめぐって犯人達が仲間割れというのもどうなんでしょうねえ? 実に貧乏くさい犯人である。

ロイ・シャイダー『ブルーサンダー』のパトロールヘリのパイロット。そして『2010年』のヘイウッド・フロイド博士。一番有名なのは『ジョーズ』『ジョーズ2』の警察署長である。バート・レイノルズあたりだとまだピンとくるのだが、ロイ・シャイダーだとどうしてもインテリ系のイメージがあり、あんまりタフガイな感じではない・・。ミスキャストだったんじゃないだろうか・・・。
by ssm2438 | 2011-09-20 23:23 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_2272696.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:ジョージ・アクセルロッド
撮影:ライオネル・リンドン
音楽:デヴィッド・アムラム

出演:
フランク・シナトラ (マーコ)
ローレンス・ハーヴェイ (ショー)
ジャネット・リー (ロージー)

       *        *        *

あれ・・?? フランケンハイマーがヒッチコックやってるぞ。

今では『影なき狙撃者』としてDVDは出ている。
しかし、私が買ったのはレーザーディスクで、そのときのタイトルが『失われた時を求めて』だった。劇場公開時のタイトルも『失われた時を求めて』だったので、今回のタイトルはこちらにした。

ダイヤのクウィーンをみると殺人者にかわる暗示をかけられたソ連からの帰還兵の話。
地味に無骨で好きなジョン・フランケンハイマーなれど、この映画は地味につまらなかった(苦笑)。はずれた時にフランケンハイマーはこんなものである。

まじめにこつこつと理詰めて説明的に積み重ねていくのだが。このへんがドキュメンタリー出身のフランケンハイマーの良いところでもあり、はずれた時は退屈なところでもある。しかし、今回の映画ではどことなくヒッチコックを意識したつくりになっていて、これが今ひとつ真実味を帯びてこない。ヒッチコックの作り方というのはどうしても作劇的な説明映画であり、リアリティではなく、作為性が全面に出る映画のスタイルだ。なのでドキュメンタリータッチという、真実味を本質にしているフランケイハイマーのタッチにはそぐわない。
その不協和音がこの映画をもたもたして見せてしまう。
しかしそれがこの映画のつまらない根幹ではない。問題は、ソ連による「洗脳」というものにリアリティを描き出せなかったことだろう。それがファンタジー的なものでしかなかったで、そのあと展開されるアメリカ国内でのサスペンスが今ひとつ白々しいものになってしまった。ただ・・、ソ連のスパイたちが、バックアップの組織をもっているなどのなかなか面白くみせる部分もあり、これが今の時代で、もうすこし洗脳の過程や描写にリアリティが植えつけられれば、これはこれでとっても面白いものになるのではないかとも思った。

・・・実は既につくられていたのですね。『クライシス・オブ・アメリカ』。こちらは洗脳チップを埋め込んでるらしい。観てないのでそのうち観てみよう。

しかし・・・、私がソ連の幹部だったら、誰かを暗殺をするならプロの殺し屋を雇い、洗脳はばれないようにさりげなく、洗脳した人を社会のなかにひっそりと送り込んで、さりげなく共産主義を展開させていくほうを選ぶな。人を暗殺するのに洗脳した人間にやらせるのでは、その洗脳にかかる研究費とそのバックアップ、そしてどこまで確実なのか・・ということを考えると、あまり有効だとはおもえないのだけど(苦笑)。

この映画は62年に公開されたのだけど、おそらく制作されたのその前年あたりなのだろう。当時の雨意rかは59年あたりからアメリカとキューバの関係がこじれだしてきているさなかであり、この映画が公開された62年の10月には、いわゆるキューバ危機と呼ばれる緊張の13日間を経験することになる。
そんな時代背景だけに、この映画には、反共産主義のプロパガンダとしての意味もあったのだろう。

<あらすじ>
朝鮮戦争のさなか捕虜になった、ベン・マーコ大尉(フランク・シナトラ)の小隊は、ソ連の心理学者イェン・ローの研究する洗脳の実験体にされた。そんな彼らも本国に送還される時が来る。帰国後、ワシントン諜報部に勤務したマーコ大尉は、不思議な夢ばかりを見る。マーコは夢の原因を探ろうと、心理学者や脳外科の診察を受け結果、洗脳されたことが判明する。ワシントン諜報部はCIAやFBIを動員して帰還兵をあらった。
一方、同じ部隊に所属していたレイモンド・ショウ軍曹(ローレンス・ハーヴェイ)はジョーダン議員の娘ジョシーと結婚し、ニューヨークで新聞記者となっていた。ショウの母親は、夫のアイスリンを副大統領にしようと根回ししていた。息子の妻の父親であるジョーダン議員は頑強に反対された。
その晩、ジョーダン議員とショウの妻ジョシーは何者かに射殺された。
犯人はショウだった。マーコはトランプによる催眠のメカニズムを暴露し、それを聴いたショウは、自分が妻とその父親を殺したと知って愕然とした。実はショウの母親こそが共産圏のスパイであり、彼を操っていたのだ・・・。
by ssm2438 | 2010-11-16 22:11 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_23412398.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:デヴィッド・アンブローズ/ジェイ・プレッソン・アレン
撮影:ブラスコ・ジュラート
音楽:ビル・コンティ

出演:
アンドリュー・マッカーシー (デヴィッド・レイボーン)
シャロン・ストーン (カメラマンのアリソン・キング)
ヴァレリア・ゴリノ (デヴィッドの恋人リア)

       *        *        *

フランケンハイマーが良い味をだしているが・・・ちと判りづらい。

こちらは赤い旅団。1970年に結成されたマルクス・レーニン主義を掲げるイタリアの極左民兵組織。ひとことでいうとイタリアの日本赤軍みたいなもの。イタリアでは権力を牛耳る立場の人間の腐敗がすすんでおり、それに業をにやした極左系の若い者たちが革命とイタリアの西欧同盟からの離脱を主張して70年代初頭から活動を開始。数多くの誘拐・殺人事件を起こし、ジャーナリストや、警察官、裁判官、実業家、政治家などを殺害した。

ストーリーはあるようで、ないような映画という印象。話も実はよくみえてこない。小説家志望のアメリカ人青年アンドリュー・マッカーシーが冒険小説を執筆していたのだが、その小説の題材がテロリスト達が実際考えていた計画と告示していた。そこからうまれる誤解。今ひとつ映画自体に迫力がないのだが、その浅いところのイベントがこの映画のリアリティなのだろうな。

<あらすじ>
1978年のローマは赤い旅団によるテロが頻発していた。ニュース記者としてローマに戻ってきたデヴィッド・レイボーン(アンドリュー・マッカーシー)は、かつての恋人リア(ヴァレリア・ゴリノ)のもとへ身を寄せ、ジャーナリストとしての仕事をしつつ赤い旅団をモチーフにした冒険小説を書き始めていた。
ある晩デヴィッドは彼の新聞社の主催によるパーティーの席で女性カメラマンのアリソン・キング(シャロン・ストーン)に出会った。赤い旅団を追うアリソンはデヴィッドの小説に興味を示し、密かに手に入れるが、これがどういう経路が赤い旅団の耳に入る。その小説には彼らが現実に起こそうとする事件と告示する部分があったのだ。そして彼の周辺の人間が次々と犠牲になっていった。身の危険を感じたデヴィッドはアリソンと逃亡、リアに助けを求めるが、実はリアは赤い旅団の一員であった。捉えられた二人が釈放される際、リアは2人の目前で裏切りものとして射殺され、その報道を命じられた。
by ssm2438 | 2010-06-20 23:42 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_15562658.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
原作:トマス・ハリス
脚本:アーネスト・レーマン
    ケネス・ロス
    アイヴァン・モファット
撮影:ジョン・A・アロンゾ
音楽:ジョン・ウィリアムズ

出演:ロバート・ショウ
    ブルース・ダーン
    マルト・ケラー

     *     *     *

ジョン・フランケンハイマー ! とにかく無骨に映画を撮る人である。大好きな映画監督の一人だ。

どう説明したらいいだろう‥‥、例えばアニメとか戦隊モノだとちょっと都合が悪くなるとジャンプして場所移動が常套手段なのだけど、それをしない監督さんといったら一番イメージが沸くかもしれない。
それが実存する人間ならA地点からB地点まで行くには走っていくか、歩いていくかよじ登るかしないといけないのである。仮面ライダーみたいに「とぉー」っと一声かけてジャンプして到達出来る訳ではない。ジョン・フランケンハイマーはそういうご都合主義を排除し、そこまで主人公が走らせるのである。
物語の語り口にも同じことが言える。とにかく出来ない事を「映画だから」という言い訳のものとに無理矢理ミラクルにやってしまうことが嫌いなのだと思う。出来る事だけで物事を描こうとする。こういう姿勢、大好きなんだなあ。
最近のお子様向け映画でCGふんだんにつかい出来もしなことを絵にしてしまうアホ監督がやたらと多く、そうんな映像だから物語にリアリティがなくなって「なんか賑やかだけど眠たいなあ」って感じる事がやたらと多い。しかしジョン・フランケンハイマーの映画はそういうことは決してない。
最近の『RONIN』でもやはり、ジョン・フランケンハイマーは久々に復活してジョン・フランケンハイマーだった。出来る事の積み重ねで映画をつくるのである。うれしい! 子供相手の映画なんてもういい加減飽き飽きしてるのできちんとこういう硬派な監督さんの描く映画を見てみたい物だと思うのだが、最近こういう実に無骨か演出を出来る人がいなくなってしまった。

初めてこの映画を見たときの印象は「なんとリアルな映画なんだ。まるでドキュメンタリーをみてるような感じの描き方だ」。勿論映画であり、フィクションなのだけど、実際に起きたことをカメラが同伴して撮ったかのような印象だった。当時はミュンヘンオリンピックの後の<黒い9月>事件の後でもあり後悔が打ち切りになってしまったが、映画としては圧倒的な重厚さをもっていたサスペンス/アクション/パニック映画なので、もっと多くの人にみて欲しい映画だった。

原作は知る人ぞ知るトマス・ハリス『羊たちの沈黙』『レッドドラゴン』などで有名だけど、やはり映画になったものとしてはこの『ブラック・サンデー』が最高傑作だろう。映画だけでなく原作としても、猟奇殺人というマニア受けしそうな題材よりも、この骨太のポリティカルサスペンスのほうが遥かに重厚さがある。もし機会あればレンタルビデオ屋で手に取ってみてほしい。
「ああ、男の映画とはこういう物なのだ!」って再認識するかもしれない。

場所はイスラエル。人里離れた民家(?)。これからの作戦の段取りをきめたあとシャワーを浴びにその場を離れたマルト・ケラー、そこを黒装束の武装勢力に襲われるところから始まる。武装勢力はそこにいる人たちを手際よく殺していく。実にプロらしい。そしてドキュメンタリーっぽい。ほんとの夜襲をカメラが同伴してるのかと思うくらいのリアリティ。
あらかたそこにいる男たちを殺した後シャワー室のカーテンを開くとそこに裸で無防備なマルト・ケラー。武装勢力のボスはある種のためらいがあったが、彼女を生かしたまたその場を離れた。
はっきり言ってこの時点ではどっちが良い者でどっちが悪者なのか分からなかった。このイマイチ訳の分からない導入部だけでももう、観ている者をこの映画にハメてしまう魅力が在る。それはけっして007ものようのうなハッタリ系ドンパチのツカミではなく、実にドキュメンタリー感覚の印象を提示してくれるのだ。
そしてこの夜襲の時に手に入れたテープから事件はアメリカへ展開していく。

やがてそのテープはアメリカのFBIのもとへ辿り着く。持って来たのはその夜襲をかけて部隊のリーダー、カバコフ少佐(ロバート・ショー)である。かれはイスラエルの特殊工作部隊の隊長。彼等が襲撃したのはパレスチナの過激派組織<黒い九月>だった。彼等はアメリカのイスラエルびいきの中東政策に反対し、ミュンヘンオリンピックでイスラエルの選手とコーチを人質に取り殺害してた。そしてその後にこの物語となるアメリカへのテロを計画していたのだ。
そしてカバコフが先の襲撃で手に入れたのは、そのテロ計画が実行された後に流されるはずであった犯行声明の録音テープだった。FBIとカバコフとで犯罪を食い止める捜査がはじまる。
犯行声明に使うはずだったテープがモサドに押収されたことにより、過激は組織の上層部はマルト・ケラーに作戦の中止もとめる。しかし彼女は作戦を実行に移していく。具体的に作戦を計画したのはアメリカの米軍兵ブルース・ダーン。捕虜生活が長くちょっと精神を病んでいる。そして彼等もギリギリの綱引きをしつつテロ計画を実行に移していく。そしてそれぞれのぎりぎりの折衝が出来る事の範囲内で行われてゆき、カメラがそれを記録していくのである。なかでもダーツ爆弾の予備実験に割り当てられた砂漠の真ん中にある小屋。ここの描写などは恐ろしくも美しい。
さすがに最後、飛行船に乗ってからはいささか大雑把になってきたが、それまでのリアリティは優れもの。実に無骨なポリティカル・サスペンス、大人だけの傑作娯楽大作だといっていい。テロを題材にしたクライム・サスペンスとしてはこの映画が最高傑作だろう。

この映画に一つ不満があるとしたら物語が犯人側とFBI側と両方から描かれているところかもしれない。できればFBI側だけから描けなかったものかなって思う。そしたらもっとドキュメンタリー性が出て来たのに‥‥。


この映画を見るとアニメの作り手としてはまたひとつ原点に戻される気分になる。
ジョン・フランケンハイマー師匠は多分こう思っているに違いない。

「ジャンプして場所移動はするなよ。この法則を守るだけでアニメは10倍良いもに仕上がる」
by ssm2438 | 2010-06-20 15:49 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_2424859.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:アレクサンダー・ジェイコブス
    ロバート・ディロン
    ローリー・ディロン
撮影:クロード・ルノワール
音楽:ドン・エリス

出演
ジーン・ハックマン (ポパイ=ドイル刑事)
フェルナンド・レイ (アラン・シャルニエ)

        *        *        *

ジョン・フランケンハイマーは好きな監督さんのひとりだが、これは断然一作目のほうがいい。ウィリアム・フリードキンの徹底したリアリズムあってのこの作品、おまけにロイ・シャイダーがいないってのはどうもしっくりこない。暴走するポパイ刑事、ちょっと引き気味で、フォローするロイ・シャイダーってのがコンビとしてよかったので、今回みたいにポパイ単体だとどうも味気ない。

今回のエンディングはひたすら走るポパイ。ポパイのキャラといえば、執念でおっかける。前回は高架下のカーチェイスだったが、今回はひたすら走る。公共機関をつかって逃げるシャルニエをひたすら二本の足でおっかける。『太陽に吠えろ!』のようなジーパンのテーマもない。ひたすら息づかいだけ。このひたすら走るポパイをフランケンハイマーは描きたかったのだろうな。

<あらすじ>
ニューヨーク警察の“ポパイ”ことドイル刑事(ジーン・ハックマン)がマルセイユに現れた。目的は、マルセイユ警察のバルテルミー警部(ベルナール・フレッソン)と協力し、ニューヨークで捕り逃がした麻薬密売組織のボス、シャルニエ(フェルナンド・レイ)をとらえ、フレンチ・コネクションを潰すことにあった。
しかし、今回のドイル刑事は敵につかまってしまう。連れて行かれた安ホテルには、シャルニエと第一の子分ジャックがいて、その日からドイルはヘロインを打たれ続けた。3週間たち、完全なヘロイン中毒となったドイル。シャルニエは、ドイルに最後の強い注射をうち警察の前庭に意識を失った彼をほおり投げた。
警察の手当を受けて一命をとりとめたドイルは、隔離された部屋で禁断症状に耐えながら薬を体からぬいていく。体がすっかり元通りになったドイルはマルセイユを歩き廻り、監禁されていたホテルを発見、ガソリンを片手に単身そのホテルに焼き打ちをかけた。飛び出してきた一人の男をとらえたドイルは、徹底的にしめあげ、ヘロインの原料の取引き場所をはかせた。それは巨大な乾ドックの中で行われていた。ドイルはバルテルミーと彼の部下と共に急襲した。しかし、警官の人数があまりにも少なかったために失敗に終わった。
やがてドイルが強制送還される日がきた。だがドイルは、シャルニエをふんずかまえるまでは絶対に帰らないと主張した。ドイルは秘密工場から逃げるシャルニエを追った。トロールバスに乗って何とかかわそうとするシャルニエ、走ってバスを追うドイル。今回のドイルは走る、走る、走る。BGMなどない。ひたすら息づかいだけ。だがある停留所でシャルニエの姿を見失った。ドイルはあきらめなかった。そのとき、一艘のヨットに乗り込もうとしているシャルニエの後姿を発見した。大急ぎで湾の出入口に先廻りしたドイルは、右足首のホルスターから拳銃を抜きとると、甲板に出てきていたシャルニエに照準を合わせた。「シャルニエ!」という声と共にドイルは引金を引いた。シャルニエは体を折るようにして甲板に倒れた。
by ssm2438 | 2009-11-10 02:43 | J・フランケンハイマー(1930)

RONIN(1998) ☆☆☆

f0009381_252439.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:J・D・ザイク
    リチャード・ウェイズ
撮影:ロバート・フラッセ
音楽:エリア・クミラル

出演:ロバート・デ・ニーロ
    ジャン・レノ
    ナターシャ・マケルホーン
    カタリーナ・ヴィット

        *        *        *

復活のジョン・フランケンハイマー
ながらくなかずとばずの映画ばっかりとってのたでもう復活しないのかと思ったら・・いやいやいやいや、老兵はまだ死んでいませんでした。良かった。アナログ感のある展開。かっこつけないドラマスタイル。ストイックな男のシンプルアクション。よいです。やっぱりフランケンハイマーは、この手作り感がよいのだよなあ。
これがジョン・ウーなんかだったら漫画・アニメ演出になちゃうし、ジェイソン・ボーンシリーズのアクション監督だったら、やたらと見えないカメラブレばっかり多用していかにも演出してます!みたいな画面になちゃう。かっこつけすぎず、仰々しくしない程度の演出してくれるのがやっぱり嬉しいぞ、ジョン・フランケンハイマー
フランケインハイマーの演出の上手さって、人間が出来る範囲の技量にとどめて、その範囲内でドラマを撮るところ。最近のアホ監督は、できないことをCG使って描いて「おれって才能あるなあ」って勘違いしてるからこまったもんだ。おまけにそんな画面ばかりみて、ほんとっぽさを忘れてる映画の鑑賞力の極端にすくないがおおくなってきてるし・・・。
でも、やっぱり『ブラックサンデー』のころのフランケンハイマーがいいなあ。

お、そうだ、これフィギュアスケートのメダリスト、カタリナ・ヴィット出てます。懐かしい。
by ssm2438 | 2009-04-19 01:46 | J・フランケンハイマー(1930)
f0009381_1414451.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:アーレン・クルーガー
撮影:アラン・カーソ
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:ベン・アフレック
    ゲイリー・シニーズ
    シャーリーズ・セロン

        *        *        *

ジョン・フランケンハイマーだけに期待して見に行ったけど・・・残念。いまいちだったなあ。なんか話がごちゃごちゃしすぎてて、感情移入のしどころがわからないというか・・、安心できるところがない・・ってことかも。
ドラマって抑揚の産物で、いつも疑問をもってたら感情の安らぎがなくなる。このお話の場合は、主人公のベン・アフレックに感情移入してとりあえずみていくのだが、そのあと「あ、この人といたら安心できるんだ」って登場人物がいないのが、物語を転がしていくにはちょっとしんどかったかな。

シャーリーズ・セロン嬢のおっぱいがみられたのは嬉しいけど、このシャーリズ・セロンはあんまりいいとはおもわんかった。同じ悪役でも『2days トゥー・デイズ』のときの彼女はとってもよかったのに・・。これって相手の問題かもって思ってみたり。『2days トゥー・デイズ』の時は彼女が好きな男がジェームス・スペイダーだったけど、今回の『レインディア・ゲーム』ではゲイリー・シニーズだったりする。「ゲイリー・シニーズを好きになる女なんて・・」働いていたんじゃないだろうかって自己分析。
実は<映画の登場人物の好感度は、そのドラマの中でのその人がつきな相手のレベルできまる>・・って法則があるんじゃないかと思うのだけど・・・どうでしょう?
f0009381_1614493.jpg

by ssm2438 | 2009-04-19 01:23 | J・フランケンハイマー(1930)