西澤 晋 の 映画日記

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カテゴリ:男はつらいよ(1969)( 50 )


2011年 03月 28日

男はつらいよ19/寅次郎と殿様/真野響子(1977) ☆☆

f0009381_9173859.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純
歌:渥美清

出演:
渥美清 (車寅次郎)
真野響子 (堤鞠子)
嵐寛寿郎 (藤堂宗清)
三木のり平 (藤堂家の執事・吉田六郎太)

       *        *        *

タイトルと、パッケージで損をしているが、内容はアベレージの出来。

今回「殿様」と呼ばれているのは、嵐寛寿郎演じるところの藤堂宗清という大洲市の名家のご老人で、江戸時代がつづいていれば十八代目大洲藩当主になっていたであろうという人物。そんなわけで、世間からは「殿様」と呼ばれているわけだ。しかしその老人が可愛がっていた末っ子の男が駆け落ちし、そのご死んでしまったという。その老人と知り合った寅さんが、娘の嫁に会いたいといわれ、嫁探しをするという話。
ちなみに嵐寛寿郎は、その昔『鞍馬天狗』の主演で名をはせた往年の時代劇スター。もっとも、私の年代でも名前は知っているがスクリーンで見たことはなく、かなりのオールドファンでなければなじみのない役者さんだろう。
そんなわけで今回の冒頭の夢のシーンは『鞍馬天狗』でした。

ロケ先になっているのが愛媛県の大洲市。実は、映画をみるまではノーチェックだったのでそれがどこだかわからなかったのだけど、みているとどこかで見たような気がしてきた。「これ、もしかしてカンチの故郷??」って思ったら、やっぱり大洲市だった。町並みを見るだけでなんとなくその雰囲気というのがわかってしまうものですね。織田裕二鈴木保奈美が一緒にこの町や、神社の階段をあるいている風景を思い出してしまう。

それはさておき、今回の問題点はマドンナになる鞠子(真野響子)の描きこみがかなり不足してること。もうひとつくらい寅次郎と心をかよわせるポイントなり、今好きな人が居るらしい匂いを提供して欲しかった。たしかにパターンをこなしていかなければならないこのシリーズなので、嵐寛寿郎がらものシーンに重きを置いた結果なのだろうが、個人的には真野響子さん、けっこう好きなのでもうちょっと見せて欲しかった。
余談だが、今回のマドンナ役の真野響子さんの読みは「まきょうこ」。
妹さんの真野あずささんは「まあずさ」だそうな。

<あらすじ>
愛媛県大洲市にやって来た寅次郎(渥美清)は、東京から墓参りにきたという美しい女性(真野響子)と同じ宿にとまったことから知り合い、いつものとおり「何かあったら柴又のとらやを訪ねてくれ」といって別れた。
そのあと、旧家の藤堂宗清(嵐寛寿郎)と知り合い、聞き上手の寅次郎は藤堂に気に入られ一晩とめてもらうことになる。きけばその老人の末っ子の息子は最近急死したとか。息子は、鞠子という女性と結婚したのだが、藤堂はその結婚に反対し、息子を勘当してしまったという。しかし、今となってはその息子の嫁に会いたい。きえば寅次郎は東京の人、藤堂は寅次郎に鞠子をさがしてくれないかと頼む。
広い東京の中から「鞠子」という名前だけをたよりに一人の娘を捜し出さなければならない寅次郎。しかも藤堂も上京してきて、鞠子がみつかるまで長男の家に泊めてもらうという。
そんなとき大洲であったらあの女性が尋ねてくる。聞けば彼女の名前は「まりこ」、なんでも相手の親に大反対されながらも一緒になった夫が、数カ月前突然亡くなったという。

すぐに藤堂を呼び出す寅次郎。いきなり夫の父が来るという状況にとまどう鞠子。第一そのことで夫は親子の縁をきられているわけだし、鞠子にとっては他人である。もう帰ろうかという思う鞠子だが、藤堂がきてしまう。鞠子の前にしっかと座る藤堂。なにを言われるかとびくびくの鞠子。そんな鞠子に、「息子がお世話になりました」といてあたまをさげる藤堂。「あなたのような女性と一緒にいられて、むすこもさぞ幸せだったでしょう」というと、鞠子も「私も幸せでした」という。もうだああああああああああ、と泣けてくる。
やがて鞠子と藤堂をかこんだ団らんのあと、ふたりで江戸川の堤防のうえをならんで帰っていく鞠子と藤堂。なんでもない他人同士が家族になった姿だった。

やがて大洲に帰った藤堂から《とらや》に手紙が来る。女一人の人生でこまっているのなら大洲にきて一緒に暮らさないかという提案と、寅次郎と結婚してはどうか?という提案だった。小躍りする寅次郎だが、鞠子にはすでに新しい恋人がいることが判明。寅次郎のささやかな夢ははかなくきえてしまう。

by SSM2438 | 2011-03-28 05:18 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 27日

男はつらいよ20/寅次郎頑張れ!/藤村志保・大竹しのぶ(1977) ☆

f0009381_11183537.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
中村雅俊 (ワット君・島田良介)
大竹しのぶ (福村幸子)
藤村志保 (島田藤子)

       *        *        *

さわやかにまとまった話だが、泣き所がなかった『男はつらいよ』でした。

若手の寅さんファンをとりこもうとしたのか、ゲストのふたり中村雅俊大竹しのぶがきわめて好感度の高いふたり。物語としても普通にさわやかに進行していきます。ただ、ほとんどお湿りがないし、ドラマ的にもほとんど不幸がないので、あっさり系の話になってしまっている。濃いドラマに対応できない若者向けにはいいのかもしれないが、ちょっと物足りなさを感じるかな・・・。
さらに処理しなくてはいけないキャラクターが3人(中村雅俊、大竹しのぶ、藤村志保)いるので、いつもの展開よりもゲストキャラの登場が早い。

いつもなら、夢落ち→寅次郎が帰ってきて《とらや》でひと騒動→旅にでるゲストキャラと遭遇・・という流れが基本なのですが、今回は寅次郎がかえってくるまえからゲストキャラのひとり、中村雅俊がいて、《とらや》に下宿させてもらっている。実はこのパターンも初期の頃の『男はつらいよ』ではかなり使われていたのです。旅先にロケにいく予算・時間がない時は柴又界隈でお話がまとめられていたのでした(苦笑)。
そこに寅次郎が帰ってきて、押し売りと間違えて警察を読んでひと騒動。ぐれた寅次郎は「あいつが出ていないから俺が出て行く」とぐれてると、中村雅俊が「おせわになりました」といってさわやかに出て行ってしまう。急に悪人役になった感じの寅次郎・・。ぐれてパチンコなんかやってると近くに中村雅俊が。ぜんぜん悪気のない彼の態度に寅次郎も敵意喪失一気に仲良くなり、二人でのんだくれて《とらや》に帰ってきてしまう。

で、これで《とらや》騒動のパートはおわり。これからマドンナとの接触パートなのだが、実はこれも近所の大衆食堂。そこで大竹しのぶが働いていて、中村雅俊が彼女にほれててほとんどその店で食事をとっている。その店に寅次郎もきて、大竹しのぶ遭遇。なので、今回は旅にでないまま柴又周辺で物語が展開してしまう。
これはこれで悪くはない。

ただ、しのぶと中村雅俊はすでに両方とも好意をもっている様子。いつもどおりその告白するのが一苦労って展開だが、あまり深刻でもないので気楽にみられる。そして今回の寅次郎の恋の相手は、しのぶではなくて中村雅俊の姉・藤村志保のほう。

寅さんとマドンナとのからみ。
告白のトラブルから失恋だと思い込んだ島田良介(中村雅俊)は、故郷の平戸にかえる。心配した寅次郎(渥美清)も彼をおって平戸にむかう。そこでみやげ物屋をいとなむ良助の姉・藤子(藤村志保)にほれてしまい、止めてもらっている間、けなげの店の用事をそつなくこなしていく。第3作目の『フーテンの寅』ににた展開である。
一方《とらや》を秋田からもどった幸子(大竹しのぶ)が訪れる。彼女の母が入院して手術したとかで、田舎に帰らなければならなかったのだ。そのどたばたしてるときに良介が「結婚してください」なんていうから今回はこじれてしまっていただけ。しかし誤解もとけて、お互いがすきあってることがわかると、良介の実家にそのムネをつたえるべく電話をかけるさくら。しかし電話にでたのは寅次郎の声。結局東京にもどってきた良介と幸子はめでたしめでたし。

二人がまとまったあと、平戸に帰る藤子と一緒についてもどるつもりになっている寅次郎だが、《とらや》の二階では「もし、姉さんにその気持ちがないなら断るべきだ」と良介が藤子に話している。「寅さんはそんな人じゃなか」とう藤子に、「寅さんだって男なんだ」という良介。
そのやりとりをきいてしまった寅次郎は、自分は所詮「良い人」で、恋愛対象にはされていないことを知り、平戸にいくことはやめて旅にでるのだった。

by SSM2438 | 2011-03-27 11:19 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 26日

男はつらいよ21/寅次郎わが道をゆく/木の実ナナ(1978) ☆☆☆☆

f0009381_2045915.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
木の実ナナ(紅奈々子)
武田鉄矢 (後藤留吉)

       *        *        *

なんで雨の中で踊る奈々子が描けんかったかなあ。。。。

若き日に槇村さとるの『ダンシング・ゼネレーション』『ニューヨークバード』に燃えた私としては、この手の話は好きなのでついついなんでも感動してしまうスイッチが入るようになっていて、なんでもOKモードになってしまう。しかも物語としてもとってもいいと思う。ただ・・もうちょっとスマートに、ハードにできんかったかな。生理的に武田鉄矢が嫌いで・・・、画面のなかで観たくないんだ(笑)。素材が良かっただけにちょっともったいない気持ちにはなった。。。

ただ、構成的にはかなりしっかりしてると思う。「夢・・・、夢の終わりは現実」。
女が現実を選択していくのに対して、ブ男連合のふたりはそれでも見果てぬ夢を追い続けるという流れで終わってます。ただ、この二人で描かれると、夢を追うというの名の現実逃避という風にもとれなくもないのでどうなんかな・・。

今回のマドンナ・紅奈々子(木の実ナナ)はさくらの同級生で、小さい頃からダンサーになりたくて、成し遂げた人。しかし、その彼女も30を越え、徐々にせまってくるからだの衰えに恐怖しつつ、今をキープしようと必死に努力している。そんなときにずっと付き合っていた男からプロポーズされ、どうしようかと悩んでいる夢と現実のハザマで生きている女性。
私もアニメーターになりたいと子供の頃からおもい、それを成し遂げるために実行してきたので、この想いは実に切実にわかる。ただ、私達の仕事はもうちょっと歳とってもやれるけど、プロのダンサーはそういうわけにはいかない。歳ともに身体の衰えは容赦なく襲ってくる。プロポーションだっていつまで保てるか・・。そのためには食事制限もしつづけなければならない。
ここまでくるともう、「夢」とか、そう呼べるものではないのである。夢見て努力してきたかつての自分を裏切らないために、意地をはっているだけなのだ。実際それにしか人生かけてないので、いざやめたからといってほかに何か出来るなんて器用な生き方が出来るとも思えない。結局のところそこにしがみつくしかないのである。それが判ってて彼女も、私も今の仕事を選んだのだから文句は言わないのだけど・・・、でも、ダンサーの寿命のほうがアニメーターよりはるかに短いので大変だ。

<あらすじ>
九州から柴又に連れ戻された寅次郎(渥美清)は、さくらの同級生の奈々子(木の実ナナ)と再会する。嵐のように《とらや》に現れては嵐のように去っていくにぎやかな奈々子。子供の頃からの夢を成し遂げて、いまはSKDの舞台にたっている彼女だが、人に言えぬ悩みがあった。30を越えた彼女は、老いが迫ってくるのに恐怖しつつ、一方で10年つきあっている男からプロポーズを受けていた。その世界では結婚すれば引退というのが慣わしらしい。ダンスは続けたい。でも老いはいずれ自分を捕まえる。なので結婚もして安心したい。夢と現実が彼女の心の中で渦巻いている。そんな時の寅次郎と奈々子の再会だった。
奈々子は、意地で、かつて「夢」だったもにしがみついた。男に「さよなら」を言った。
気持ちがすさんだ奈々子は《とらや》を訪れる。さくらに男と別れたことを告げる。雨が降ってくる。寅次郎は奈々子を彼女の部屋まで送っていく。孤独にさいなまれた奈々子は、帰ろうとする寅次郎を引きとめ一晩中飲み明かそうという。しばし考えた寅次郎だが残ることにする。

べつに“H”にいたる流れではないのだろうが、明らかにそれを意識する作りになっている。『男はつらいよ』のなかで、ここまで“H”への流れを感じさせたのは後にも先にもこのシーンくらいだろう。のちのち『寅次郎あじさいの恋』でそれらしいシーンがあったが、あの時はいしだあゆみのほうにその意思はなかっただろうから。あのときあったのは「誤解されるといやかも」という想いだっただろう。しかし今回のこのシチュエーションは、明らかに奈々子は「そうなったらなったでもいいや」と思っているのである。寅次郎が性の対象として描かれたのはこれが最初で最後かもしれない。そのくらい貴重なシーンだ。

しかし、ドラマはもちろんそういう方向には流れない。雨がふっている窓辺にたって奈々子が言う。

「こんな日は外に飛び出して雨のなかで踊りたくなるの」。

・・・・なぜそうしない!!!!!!!!!
そのシーンを見ている人は見たがっているのに。なぜ!!!!!
このあとの山田洋次演出ははっきりいってダサすぎです。

外をみていると外に別れを言った彼が雨の中こちらをみている。どうしようかと思っている奈々子。私などは、寅次郎が窓辺に歩いていかないか心配で仕方がない。そとから奈々子の部屋をみている男に、奈々子に歩み寄る男の影なんか見せたらどうなるんだ???ってもう心配で心配で・・・(苦笑)。
結局のところは奈々子が雨のなかに飛び出して、キスして、どうやらそのあと結婚=引退をきめたらしい・・という展開。

その前の段階で「私踊ってくる」とか言わせて雨のなかに飛び出す奈々子。
「おいちょっとまてよ」とかいっておいかける寅次郎。
雨の中で切なく踊っている奈々子の頬が濡れているのは雨に濡れただけではなさそうだ。
ふとみると、ちょっとはなれたところでずぶ濡れで踊っている奈々子をみている人影あり。
以下、その男にかけよりキスする奈々子。
人知れずその場をあとにする寅次郎。そしてまた旅に出る。

・・・でよかったのに。

それから1ヶ月して、最後の公演の始まる。
その公演が始まる前に、先輩のダンサーに結婚引退の報告。この辺の流れはなんかいいやね。そのお姐さんはきっとそういうこともあっただろうに、チキンで、男と一緒になれなかったのだろう。そういう人生もあったのだぞ!という描き方がなかなか味わい深い。

舞台に出る前に、「私やめたくない」というシーンはちょっとドキ!
この映画の流れをみてて、その言葉がどこまでホントだったのかちょっと不自然に感じた。
この台詞だと、ダンスが結婚かの二者択一を迫られて、やめたくないけど結婚をとったという流れを意味する。しかしそうなのだろうか? 私の感じだと、老いと戦うことに疲れて辞めたのだと思っている。疲れたというのはちょっと違うかもしれない。ただ、今はまだ戦えるけど、あと5年したらどうなのだろう・・?と考えた時にそこまでもたないかもってどこかで感じたのだと思う。だからだから退けることにしたのだと解釈した。たぶんその流れのほうが正しかったと思う。その場合は「私やめたくない」は合い得ない台詞なのだ。

そして最後の歌。ステージで歌う奈々子をみつめるさくら。じつはその会場には寅次郎もひとしれず来ていて彼女の歌を聴いていた。そして途中で出て行く寅次郎。会場の外に出ると、アホな山田洋次は歌をきりやがる。で、かめらが会場にもどるとまた歌がイン。・・・・ここは許せんかったなあ。そこはベタ流しだろう。
会場をでて人ごみをあるいて去っていく寅次郎にもベタ流しで歌をかけて、やがて会場にカメラを戻し最後まで歌わせてフィニッシュ・・・・。

ああ、もったいない。

いろいろ文句のある話でしたが、『男はつらいよ』の中ではけっこう上位にはいる話でした。
私の記憶の中で、木の実ナナがここまで輝いた映画はほかにない。

by ssm2438 | 2011-03-26 05:46 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 25日

男はつらいよ22/噂の寅次郎/大原麗子(1978) ☆☆

f0009381_10394576.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
大原麗子 (荒川早苗/水野早苗)
志村喬 (博の父・一郎)

       *        *        *

大原麗子シリーズ第1弾
いやああああ、大原麗子がものごっつうう可愛い!


この映画の大原麗子は実ににかわいい。可憐だ。美しい。この人のすごいところは、美しいのに可愛らしいってとこなのだ。この二つの相容れない要素を持っている人など、ほかには思いつかない。

誰しも大好き過ぎて「この漫画だけはアニメ化してほしくない」とか、「この小説だけは映画化してほしくない」というものがあるだろう。私の場合は大原麗子。大原麗子にの出演した映画をみていない。見たくない。イメージがこわれるのがいや。私のなかで、素敵な日本人女性ナンバーワンなのである。
そうはいっても、物心つく前はなんどかテレビなどで大原麗子をみていたし、たまたま不幸にしてつけたテレビで大原麗子がでている『獄門島』をみてしまったりとか・・・、しかし実際ほとんど彼女の映画テレビドラマは見たことがなかった。そんな重い腰をあげて『男はつらいよ』のなかで大原麗子の出ている話をなんとなく見てみようと思った。

映画のなかの大原麗子はよかった。
ただ・・・、実は大原麗子がでるまでにかなり時間かかるのはいただけない(苦笑)。

物語は諏訪から始まる。
温泉にきていたらしい博の父・一郎(志村喬)とあった寅次郎は、その晩一緒にとまることになる。その後一郎は死に、32作では寅次郎が一郎の墓参りに岡山県高梁市を訪れるエピソードとなる。先にこちらをみておくと、その墓参りのシーンもなんだかちがった感動になっていたかもしれない。ちょっと残念。私は先に32作目をみてしまっていたので、この志村喬を見たとき、「ああ、これが博のとうちゃんだったんだ」と妙に感動した。時間前後もわるくない。
その晩、一郎から『今昔物語』の一節を引き合いにだされ、妙に人生のはかなさを知る寅次郎、翌日その金色物語の本をもって柴又に帰るのであった。そのまえに恋人にふられた泉ピン子に会うエピソードがるのだが、ま、これはよかろう。

そのころ《とらや》では店のパートを募集していた。そして職業安定所からの紹介できたというのが荒川早苗(大原麗子)というが店にやってくる。その夜帰ってきた寅次郎は、翌日すぐに出かけようとするが腹痛になる寅次郎。そこに出社してきた早苗が手際よく救急車を呼んでしまう。しかし「単なる栄養失調」と診断されけろっとして帰ってくる寅次郎。だいたいこんな腹痛くらいで誰が救急車なんか呼ぶんだ!と悪態をつく寅次郎に「私です。ごめんなさい」という早苗。そんな早苗に一気に心を奪われる寅次郎。

このあとの寅次郎の描写はまるで中学生の初恋のようなもので、ちらっと彼女の姿をみられるだけでもうれしい、声をかけてもらえるだけでもうれしい、彼女を手伝うことができただけでもうれしい。食事は弁当を持参できているのだが、食べるところを見られるのも恥ずかしいらしく「見ちゃイヤ」という早苗。くぁわいいい!!
いまどきごお弁当たべてるところを見られるのが恥ずかしいなんて、今どきいないですよ。
しかし、彼女は訳ありで、今夫と別居中で離婚も秒読み段階。たぶん姉妹のだれかのうちにしばらくおいてもらっているようすだ。そんなわけで贅沢な弁当もつくることがきず「見ちゃいや」だったのかもしれない・・とあとあと思ったりした。

結局旦那は一度も出てこない。夫の義兄・添田(室田日出男)が夫、待ち合わせの喫茶店に離婚届けをもってくる。すでに名前の書かれた横に、自分の名前を書き、判子を押し、市役所に出して離婚成立。結論からいえば、この義兄がずっと早苗のことが好きで、最後は一緒になるのだけど、実にこのあたりからその雰囲気を匂わせている。上手いなあって思った。

午後から《とらや》にやってきて仕事をはじめる早苗に何も知らずに声をかける寅次郎。「もう荒川さんじゃないの。今日から水野なの」という早苗。ことのしだいを理解してない寅次郎だが、さくらたちはその意味を理解した。そのあと急に孤独におそわれた早苗は「寅さん、私、泣いてもいい」といって一人二階に上がっていく。おっていくさくら。
離婚するまでは、これがおわればさっぱりする・・と思っていたが、終わってみると・・・とても空虚でたまらない心情をさくらに語る早苗。あああ、なかなか涙涙である。

離婚が成立し、新しくアパートをかりた早苗の引越しを手伝いにでかけてみるとそこには添田がすでにきていた。添田は学校の先生なのだが、非番の時に高校生たちを連れて手伝いにきてくれていたのだ。やがて、そんな添田が、《とらや》に早苗を訪ねて来る。あいにく早苗は外出していたのだが、手紙と預金通帳を早苗に渡すように、寅に託して立ち去るのだった。添田が出て行くと、入れちがいに早苗が戻って来た。その手紙は、「僕は学校を辞めて、故郷の小樽に帰る」という内容が書かれてあり、通帳には100万円がはいっていた。

最後に添田をおって小樽に帰った早苗から年賀状が届けられるのであった。


物語はたいしたことはないのだが、ひたすら大原麗子がそのまんま美しく、可愛い。彼女を見ているだけで幸せになれる映画である。

by SSM2438 | 2011-03-25 10:40 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 24日

男はつらいよ23/翔んでる寅次郎(1979) ☆☆

f0009381_10345711.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
桃井かおり(入江ひとみ)
布施明 (小柳邦夫)
湯原昌幸 (旅館の若旦那)

       *        *        *

最後の結婚式はけっこうぼろ泣きできるのだが・・・。

ラストの結婚式の語り口はさすがに山田洋次の底力で感動の涙までもっていってくれる。泣ける程度だけいうならかなりこのシリーズのなかでもかなり泣ける映画に仕上がっている。・・・が、この桃井かおりが好きになれるかどうかだろうなあ・・・。

桃井かおりの魅力というのは、あの忍耐力のなさとふてぶてしいさと大胆さと生産性のなさと人生なげてるけだるさと根性のなさと感情のはげしさなのだ。これだけのキャラクターなのでインパクトはつよい役者さんなのだけど、早い話が「忍耐力のない人が感情にまかせて自分のわがままとおしてる」というキャラなので、生理的に好きになれない人もおおいだろう。私も好きではない。ドラマの中のキャラクターとしては個性が強いのでよいのだけど、実際にいると張り倒したくなるだろう。

あと、この映画でいいのは旅館の若旦那の湯原昌幸。おかしい。
物語のはじめで、ガス欠で困っている桃井かおりを自動車にのっけて、人気のない浜につれこみいかがわしい行為をしようとたが逃げられ、その場に寅さんにあい、暴行未遂の弱みにつけこまれ旅館の部屋をただで使わせてあげる小心者を演じているが、このキャラがなかなかたのしくて素敵だ。この映画のなかでは妙にきもちのいいキャラなのである。

<あらすじ>
北海道を旅する寅次郎(渥美清)はひとり旅の娘・入江ひとみ(桃井かおり)と知り合う。彼女はいいところのお嬢さんで、いいところの相手と結婚を控えているが、マリッジブルー状態で現実逃避したくてしかたがないのだ。なんとか寅次郎にときふせられて東京にもどり式をあげるひとみだが、まるで人形のようなあつかわれる自分にたえられなくなりウエディングドレスのまま式場を飛び出してしまう。
行く当てのないひとみがむかった先は《とらや》だった。長旅からかえってきていた寅次郎に抱きつくウエディングドレスの娘をみて仰天する《とらや》の面々。翌日ひとみの母が彼女を連れ戻しにくるが、帰りたくないというひとみを寅次郎はひとまずひとみを《とらや》でであずかることにした。さらにその翌日ひとみの婚約者だった小柳邦夫(布施明)もたずねてくる。邦夫は予想に反して好青年だった。

夢が壊れるのがおそろしく、いままで「好き」という自分の本心を暴露することが恐ろしいという男。いつもの山田洋次キャラがここでも登場する。そんな付き合いのまま結婚式までいたったが、女にしてみれば、相手の男からは愛情が感じられず、しかも結婚も、親の決めたレールの上をはしらされるように進行していくだけという感情をぜんぜん感じることが出来ない状態だったのだろう。そんな状況下ですべてが無意味に思われ脱走した女。それが今回のマドンナの桃井かおり演じるひとみ。
一度崩壊した形式的結婚式のあと、この二人の本質的結婚までのプロセスが描かれていく。

そんなこんなで、《とらや》にとりあえず住み、留学経験から英語を教えて自活しようとするひとみ。ひとみを悪く言う父に反発、家を出て、会社も辞めて、自動車工場でひとり働き始めた邦夫。邦夫の知らない一面を見てひとみは実は見えてなかったのは自分のほうだということが分かり始める。四畳半一間のアパートで自活している邦夫をひとみが訪ねていってからキスするまでの流れはとてもすばらしい。

貧乏くさくカップヌードルをすすっている所に、妹さんに場所をきいたというひとみがたずねてくる。てれくさそうにラーメンをすすりながらぼそという邦夫。「いままで一番大切なことを言ったことがなかった。君が好きだってこと」という言葉に感動し、ゆだねてもいいと思えたひとみは、すこしてれくさそうに「ねえ、キスして」という。キスするふたり。唇をはなしたあとひとみが「ふふ・・・ねぎ・・・、たべちゃった」っていって、再び幸せそうにもういちどキスする。
このシーンは素敵だ。

案の定寅次郎はひとみにほれ始めており、仕事でそれなりの売り上げがあったらしく、ひとみにネックレスなんか買ってきているが・・・、二人がもう一度結婚することが分かるとショボン。いつものように旅に出ようとするが、こまったことにさっき仲人を引き受けたばかりで逃げ出すわけにはいかない。

やがてひとみと邦夫の結婚式が区民会館の一室で、ささやかに行なわれた。ひとみの唯一の肉親として母親も出席、一方勘当されている邦夫の親族もきていないが唯一妹さんだけは顔をだしてくれた。寅次郎一世一代の仲人役は挨拶用紙をなくしててんやわんやだったが、一気の啖呵でガツンな挨拶をかまして場をもりあげる。そして邦夫の妹さんの言葉、ひとみの言葉、邦夫の弾き語りと涙ちょうだいシークエンス。さりげない言葉と芝居なのだが涙はぼろぼろ出てくる。
恐るべし山田洋次演出!

by SSM2438 | 2011-03-24 10:38 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 23日

男はつらいよ24/寅次郎春の夢/香川京子・林寛子(1979) ☆

f0009381_19584396.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆/栗山富夫
    レナード・シュレイダー
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
ハーブ・エデルマン (マイケル・ジョーダン)
倍賞千恵子 (さくら)
香川京子 (高井圭子)
林寛子 (高井めぐみ)

       *        *        *

山田洋次に外国は描けない・・・。

これは後の41作目の『寅次郎心の旅路』もそう。『男はつらいよ』という世界観を外国にも押し付ける感じがして、見ていてすっごくイヤになる。この映画をみていて、寅次郎というキャラクターが外国人に受け入れられるのか??って思う。なのに、山田洋次の世界のなかではそれを受け入れている外国人を描くことでドラマとして成立させている。それはドラマの方法論として正しいと思うのだけど、はたと現実にもどって寅次郎というキャラクターを見た時、これが外国人に受け入れられるとは到底思えない。それはのちのち、若者ウケをねらって泉ちゃんシリーズをつくることになる。そこではゴクミに「おじちゃまー」と呼ばせているが、実際若い人の寅次郎が受け入れられるとは到底思えない。少なくとも私の世代でもどちらかというと胡散臭いキャラクターという印象のほうが勝っているのだから。そんな車寅次郎というキャラクターを外国に押し売りしたような映画がこれ。

しかし・・・、確かに全体の印象があまり面白くないのだけど、ポイントは抑えてある。日本人の感情表現として、モノ言わぬも感じなさいという日本のコミュニケーション様式。それに対して、「言葉にしないと伝わるわけないじゃないですか」という外交人的コミュニケーションの様式。この二つのコミュニケーションん美学を対比して描いている。
寅次郎は高井圭子(香川京子)に恋し、言葉にせずとも、振られたことをさとりそのまま去っていく。一方マイケルは、さくらに「愛している」と言葉にし、さくらも「インポッシブル」と完全否定している。きちんと否定できない女があふれんばかりにいるこの世の中に、きとんと否定するさくらは素敵だった。でも、よくよくかんがえると、あれって英語だから言い易かったのかもしれないな。

確かにドラマというのは、言葉にせずとも、お互いが分かり合ってるっていうのほうが私も好きなのだが、やはり個人の生活となると、感じたことはきちんと言葉にすべきだと思っている。

<あらすじ>
帝釈天の境内でなにやら落ち込んでいる外国人(ハーブ・エデルマン)を見つけた御前様(笠智衆)。しかし英語はダメ。ふと思い立って満男の通う英語塾のめぐみ先生(林寛子)に来てもらう。彼はマイケル・ジョーダンと言い、ビタミン剤のセールスに日本へ来たが商売はうまくいかず、ホテルにとまるお金もない。そんなわけで、《とらや》の寅次郎の部屋をしばらく貸すことにする。しかしそこに寅次郎(渥美清)が帰ってきてひと騒動。
はっきりと感謝の気持ちを言葉にするマイコゥさんはおばちゃんに気に入られるが、そのマイコゥは、どうもさくら(倍賞千恵子)のことが好きになっている様子。そして大阪に行商に出るときに「さくらの旦那さんは、ほんとに君のことを愛しているのか?」と言う。マイコゥさんにとっては、言葉でも行動でも愛情表現しない博(前田吟)がさくらを愛しているとは思えないのだ。

一方寅次郎は高井めぐみの母の圭子(香川京子)にのぼせ上がる。めぐみと圭子と一緒に《とらや》で夕飯をしているときに、アメリカ人の恋愛表現のマナーをしる。「言わなくてもわかるでしょ」は日本人には通用しても、アメリカ人には通用しない。好きな時はきちんと「アイラブユー」といい、脈がないときは「インポッシブル」って誠実に答えなければいけない・・という。
寅次郎はそんなことは出来ないという。愛は目で語る。ダメだと感じた時は、その人の幸せを祈りつつだまって去る。それが日本人よ!という。

そしてそのようになる。

by ssm2438 | 2011-03-23 19:59 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 22日

男はつらいよ25/寅次郎ハイビスカスの花/浅丘ルリ子(1980) ☆☆☆

f0009381_11263477.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:渥美清(車寅次郎)/浅丘ルリ子(松岡リリー)

       *        *        *

リリーさんシリーズ第3弾
なんと、寅次郎が同棲!!? まじっすか???


2006年3月、シリーズ全作品を放映したNHK-BS2が募集した人気投票で、視聴者から「後半24作品中のベスト1」に選出されたのがこの『男はつらいよ・寅次郎ハイビスカスの花』である。(ウィキペディアより)

『男はつらいよ』のシリーズというのはあまり若い方には興味がもてない素材だろう。そういう私もあまりもっていなかったのとだけど。ただ、見てみると、それほどがつんなインパクトはないけど、ついつい見てしまう。なんていいうかビールのつまみの枝豆というか、ほっけというか、なんかそのような魅力。とんでもないあたりを期待するわけでもなく、ただゆるりとみてて、なんかこれいいねえって・・・、その中でついついほろりやられてしまう。
しかし、その興味もそのうちさらりと消えてしまう。まるで枝豆の次はタコわさにしようか・・みたいな。決してうなぎやステーキになれる存在ではないのも事実だ。それでも、なにも見たい対象がないときには、つまんでて不満ががないというか、きわめて居心地のいい時間を提供してくれる。そんな作品である。

監督は山田洋次。一番有名なのはこの『男はつらいよ』だろうが、『釣りバカ日誌』も山田洋次の脚本である。人情モノがメインだと思われるかもしれないが、実はサスペンスものも書いていて松本清張『砂の器』も山田洋次と橋本忍の脚本である。きわめてツボの整理が巧い人という印象だ。そんなに大げさに感動させようとしてつくってるのではなく、さりげなくさらさらっと描いたところになにか感動するものを提示できる人なのだ。「こういうシーンをこういう風にとってこんな音楽をつければ感動するんだ」ってことをかなり整理している棚に詰め込んでいる人である。

このシリーズのなかで4度マドンナとして登場したのが浅丘ルリ子演じるリリー。もっとも寅さんと想いを重ねた登場人物である。しかし、私自身はあまり浅丘ルリ子が好きだというわけではないのでとっつきづらく、長年放置プレーしてた。とはいえ、シリーズの中ではセミ・レギュラー的な扱いになっており、最終章の48作目でもやっぱり登場したリリー。山田洋次にしても想い入れ深い作品であったらしく、再編集バージョンの『寅次郎のハイビスカス・特別編』なるものもある。そんなわけで、このここはひとつ、今回はリリー・シリーズを制覇してやろうと思い立った。

確かに悪くない。そしてけっこう泣ける。あ、リリーものはけっこう泣ける話がパートが多いような気がする。とはいえ、これを書いている時点みたのはこの『・・・ハイビスカスの花』と『・・・忘れな草』だけなのだけど。

<あらすじ>
すし屋の亭主と離婚し、もとの歌手に戻って全国のキャバレーをまわりをしているリリー(浅丘ルリ子)から寅次郎に速達で手紙が届く。沖縄で巡業中に病気で倒れ入院したという。「死ぬ前に寅さんの笑い話をききたい」というリリーの言葉に、寅次郎(渥美清)は一刻も早く沖縄に向かおうとするが飛行機が怖い。そんな恐怖症をなんとか克服して沖縄に着いた寅次郎はリリーと再開。
寅次郎の献身的な介護のおかげで、精神面にゆとりをもてたリリーは次第に回復していく。入院中は近くの旅館に泊まっていた寅次郎だが、リリーが退院すると、二人で部屋を借りしばらくそこで療養する。そこは地元の漁師の家で、離れにリリーが寝とまりし、寅次郎はそこの家の息子の高志(江藤潤)たちと一緒に寝る。それでも、ふたりにとってはとりあえず同棲のようはもので、リリーも幸せに感じていた。
しかし、リリーの体調がもどってくると寅次郎は次第に退屈になり、海洋博記念公園でイルカの調教師をしている娘、かおりといる時間が楽しくなる。そんな寅次郎を心よく思えない高志。その高志に車をだしてもらい、リリーは再び地元の店を回って仕事をさがしはじめる。リリーのさりげない問いかけに「なにいってんだよ。俺もお前も所帯をもつようながらじゃないだろう」っと言ってしまう寅次郎。「あんたは女心がわかってないのね」とぼそりというリリー。結局感情のもつれから高志とも険悪なムード。ちゃぶ台をひっくり返すリリー。そしてその夜リリーは姿を消した。
結局二人は東京にもどり《とらや》で再開。家族ぐるみの軽いジョークや愛想笑いの末、こんどはぼそりと寅次郎が言う。

「おれと所帯を持つか・・・?」。

しかしリリーはふたたび出て行くのであった。
お互い確かに所帯をもちょうな柄ではない。多分もったとしてもそれは壊れるだろう。リリーはそれをすでに経験している。だからといって夫婦になることを夢見ないわけではない。リリーも明らかに寅次郎と所帯をもつことを夢見ている。それをもとめていて、寅次郎に言ってほしいと思う。言ってくれないと悲しくなる。でも、いざ言われると怖くなる。で、逃げ出す。
他人の恋愛はいくらでもけしかけられる寅次郎だが自分の恋愛には超超超チキンの寅次郎。その寅次郎が覚悟をきめていった言葉なのに・・・・・・。

まったく・・・・男はつらいよ・・・である。

最後は、信州あたりをドサ回りしている時に(かなり都合よく)再開するふたり。さすがにここは、もうちょっと丁寧な展開がほしかった。結果的には、やっぱり私たちはこの関係がいいわね・・・みたない雰囲気でにこやかに終わるのであった。

by SSM2438 | 2011-03-22 11:30 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 21日

男はつらいよ26/寅次郎かもめ歌/伊藤蘭(1980) ☆☆

f0009381_21313214.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:渥美清(車寅次郎)/伊藤蘭(すみれ)

       *        *        *

恐るべし、山田脚本!!!!
JR職員が書いたというトイレ掃除の作文で涙。


実はトータルな作品としてみると、「え、これだけ??」とかなり物足りなさを感じてしまう話であることは否定出来ない。しかしそれでもなお、この映画は見る価値が充分にある。一つはキャンディーズ伊藤蘭の圧倒的な可愛らしさ。そしてもう一つは定時制高校での先生が読んで聞かせるトイレの詩の作文が圧倒的な感動。『トイレの神様』ファン必見である(笑)。このパートだけ見るだけでも充分感動させられるだろう。

<あらすじ>
さくらと博が家を買い、その家を訪れてみると自分の部屋もあるという。感動した寅次郎(渥美清)はちょっと無理して祝いに2万円(当時としては高かった)を渡したが、その額があまりに多かったために、博は受け取れない、じゃあ、気持ちだけと言い、5千円だけ受け取ってお釣りを返そうとするとこれが寅次郎のゲキリンに触れてしまう。
f0009381_2262573.jpgそんなことで再び旅に出る寅次郎だったが、北海道の江差で同じテキヤ仲間の一人が死んだことを知らされ彼の家がある奥尻島に向かう。そこで一人娘のすみれ(伊藤蘭)を探し出し、墓を案内してもらい線香をあげる寅次郎。そんなすみれの母はすみれが3歳の時に出て行ったきり戻ってこない。父はのん兵衛ですみれに苦労ばかりかけており、高校も1年で退学している。そんなすみれは東京に出て定時制の高校に通いたいという。

寅次郎はすみれを東京に呼び寄せ、《とらや》に下宿させ、セブンイレブンでパートの仕事をみつけてやり、定時制の高校入学させるてやる。すみれのことが心配でしょうがない寅次郎はすみれの学校までついていき回りの人を困らせる・・と思いきや、生徒達の間でなにやら人気者になってしまう。実は寅次郎も中学3年の時に退学しており、高校にはいっていなかったのだ。そんな寅次郎の姿をみて先生たちも、寅次郎を教室内に入れてやる。
やがてすみれの母親が会いに来る。さらに函館時代の友人となのる男から電話が入る。電話をうけたさくらはどうしたものかと思いながらもすみれのバイト先のセブンイレブンの電話番号をおしえる。そしてその晩、すみれは帰ってこなかった・・・。

この物語の失敗ポイントは、すみれの恋愛模様があまりにもあっさりしていたことだろう。感情が解放されるまでのタメがほしかった。おかげで他のところはけっこういい描写があるにもかかわらず、見終わった後にかなり物足りなさを感じてしまう。
「葛飾」も読めない女の子(でも二十歳は過ぎているようだ)で頭もよさそうでないが健気に頑張る女の子というすみれの設定。そこにもう一つミステリーな部分を加味できなかったものか・・。
たとえば・・・、恋愛事に関してはほとんど口を閉ざしている。男から手紙や電話がかかってくる。なんか理由ありじゃないのか? よくよく聞いてみるとどうも函館にいるときに付き合っていた人がいたが暴力を振るわれそれからは相手にしていない。その男がついに東京に現れた。みんなですみれを守らなければ! しかし、すみれも実は彼が好きだった・・みたいな。
そんな展開を面白おかしく、時に理不尽に描いてやり散々みんなを心配させつつ、すがすがしい顔で朝帰りのすみれの潔さに持っていけばとっても良かったのに。そして、こんなあどけない娘でも、既に女であり、結婚を考えており、その相手はやっぱり貧乏そうな大工の見習いだけど、その人を選んだすみれちゃんを信じてあげるしかないよ・・という展開にしてほしかったかな。

やがて正月になり、その男もスーツ姿で《とらや》に登場、結婚の段取りなどをきめていく。しかし寅次郎はどこにいるのやら。一方さくらは、すみれの結婚が定時制高校で問題にならないかどうか確かめにいく。学校の方針は既婚者でも何も問題はないということだった。ただし、やめないでほしいと優しい言葉をかける。しかしほっとしたさくらに、残念だがこれは受け取れないという入学願書がもどされる。それは寅次郎の入学願書だった。彼は記録上中学校を卒業してないので現時点では願書は受け取れない。資格試験をうけてもらわないといけないというのだ。

車寅次郎
生年月日:1940年(昭和15年)11月29日
好きな学科:音楽と国語、
得意なスポーツ:競馬、競輪

願書に張られたきりりとした目つきの寅次郎の写真をみると、これが泣けてくるんだ。まるで『グレート・ギャッツビー』の、彼が紳士になるために自分に課した、勉強時間割を見せられ時の感動と同じであった。音楽の使い方もきわめて効果的なのだが、こんなんで泣きに誘導するか!!っと山田洋次演出の職人芸を見せ付けられるのであった。

by ssm2438 | 2011-03-21 21:51 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 21日

男はつらいよ27/浪花の恋の寅次郎/松坂慶子(1981) ☆☆

f0009381_9591588.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
松坂慶子 (浜田ふみ)

       *        *        *

松坂慶子第一弾!
この話から吉岡秀隆が満男として登場している。


やっぱり吉岡秀隆が満男におさまると居心地がいい。

しかし、なんといっても今回の話題は松坂慶子が『男はつらいよ』に登場したという事実だろう。このときまでゲストとして登場してないのが不思議なくらいであった。個人的な意見をいわせてもられるなら、りりーさんは松坂慶子でよかったと思ってるくらいだ(苦笑)。

私の松坂慶子のファースト・インパクトはNHKの大河ドラマ『国盗り物語』(1973)の濃姫である。その物語のなかで斉藤・とうとうたあ~らりとお~たらり・道三(平幹次郎)の娘であり、織田信長(高橋英樹)の正室となったのがこの濃姫。美くしゅうございました。中野良子の可憐さというのも目に付いたドラマでしたが、このドラマのなかでの松坂慶子が絶品、私の中のベストブ・ザ・松坂慶子です。
じつはこれ以前に彼女にはあっておりました。『ウルトラセブン』のブラコ星人の回に登場したアンヌの友人で、ダリーに寄生される女性、あれが松坂慶子でした。当時はちょっともさっとした印象でしたが、いつのまにやら美しくなってしまわれました。

この『浪速の恋の寅次郎』では、大阪の芸者という役どころ。個人的に松坂慶子=大阪女というイメージが受け入れがたく、食いつきづらい映画だったのだけど、それでもあの潔い濃姫の出番となれば見ないわけにはいかぬまい!と思い、物心ついてはじめてみたのが実はこの映画。そういうわけで、寅さん初体験は、もっと若い頃に、どれかの映画をみたと思うのだけど、二十歳を越えて、映画の勉強しようと思って強く意識してみた『男はつらいよ』はこれが最初だったと思うのです。思い出深い映画です。

先ごろもう一度見直してみたのですが・・・、それほど傑出したイメージはなかったかな。たぶん松坂慶子って、渥美清の顔に合わない(笑)。『男はつらいよ 寅次郎の縁談』の時のほうが好きかも。こちらの時の松坂慶子はちょっとぽてっとしてて、スッピンにも近く、このシリーズになじんだ顔になっていたような気がした。

<あらすじ>
瀬戸内海の小さな島でぼお~~~っと海を眺めている寅次郎(渥美清)。ふとみると、30そこらの女性がひとり墓参りに丘を登っていくのがみえる。たまたまそこに居合わせたことが縁で、線香の一本もあげさせてもらったことが縁となり、大阪のまちで再会することになる。彼女は芸者で名を浜田ふみ(松坂慶子)という。
寅次郎は、ふみから20年近く前に生き別れになった英男という弟がいることを聞かされる。別れた時弟は5歳。「会いたいけど、会ったって嫌な顔されるだけよ」と言うふみに、たった二人の姉弟じやないかと会いに行くことを勧める寅次郎。かくして弟探しのささやかなロードムービーに展開する。

20年近くもあってなくて、今どうなっているのか?
ぐれてるんじゃないか?
会っても受け入れてもらえるのか? 
過去になった部分の自分を、既に忘れようとして生きてるのではないか? 
だとしたらそんな弟と会うことが正しい選択なのだろうか?

かすかな便りをたどって、ふみの弟、英男の勤め先を探しあてた二人だが、彼の職場の人たちの対応がすこし変だ。不安を感じるふみ。実は英男はつい先月心臓病で他界したという。小さな運送会社だが、その事務所に祭壇をつくり、社員のみんなで葬式をだしてあげたという。さにげないやり取りの中に、英男が誠実な人間で、みんなに愛されていたことが伝わってくる。
そして英男の住んでいたアパートを訪れるふみと寅次郎。すでにあったものはほとんど片付けられた部屋で長年生き別れていた弟の存在を感じていくふみ。英男の同僚と恋人の信子が、勝手しったる他人の家とばかりに、ふたりをもてなしてくれる。英男は生前、信子に「やさしかった姉がいる」ということをいつも語っていたという。その言葉をきき涙を流すふみ。
自分が想っていた様に、弟も自分のことを大事におもっていてくれた・・・、それが判っただけで、このふみのこころは達成したかったものにたどり着いたのだろう。

その夜もお座敷があるふみは、仕事に出て行く。気丈にでていくふみだがだんだんと悲しみがこみ上げてくる。いてもたってもいられず、座敷は強引に途中退場、さんざん呑んだあげく寅次郎がとまっている旅館にあらわれる。「寅さん、泣いてもいい?」と寅の膝に頭をのせ泣きながら、そのまま寝入ってしまうふみ・・・。

この「寅さん、泣いてもいい?」は、山田洋次がさりげなく用いるチャーミングポイントである。#22の『噂の寅次郎』でも、大原麗子にこの台詞をいわせている。このシリーズを通してみると、山田洋次という人は、みせるツボをいくつもパターン化して持っているのだということがわかる。物語作りをめざす人にはとてもいい勉強素材だということが判った。

寅次郎はそんなふみに掛布団をそっとかけると、別の部屋で寝る。翌朝、ふみの姿はなく、「寅さん、迷惑なら言ってくれればいいのに。これからどうして生きていくか、一人で考えます」との置手紙があった。
しばしの時がたち、寅次郎が《とらや》に帰っていた。そんな《とらや》に突然ふみが訪ねてきた。芸者仕事で客扱いはなれたもの。忙しい時に《とらや》の客をきりもるふみ。夜になりみんなで夕食をとっていると、ふみは芸者をやめ、結婚して故郷の島で暮らすことを報告に来たのだ。二階にあがっていった寅次郎をおっていくさくらは、暗がりの中で涙をこたえる寅じろうをみるのだった。

それから数ヶ月して、対馬ですし屋の女房としていきいきと働くふみを寅次郎がたずねていったところでさわやかにおわる。

by ssm2438 | 2011-03-21 04:06 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 20日

男はつらいよ28/寅次郎紙風船/音無美紀子・岸本加世子(1981) ☆☆

f0009381_1251910.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
音無美紀子 (倉富光枝)
岸本加世子 (小田島愛子)
地井武男 (小田島健吉)
小沢昭一 (倉富常三郎)

       *        *        *

もっと良いものにまとめられたのに・・・

今回はダブルマドンナでお話が展開、しかしそれが項を奏していないのが問題。これ、岸本加世子側のストーリーを排除して、すべて音無美紀子の話にすればけっこう良いものが出来上がったんじゃないかと思うのだけど。

<岸本加世子の話>
九州を旅する寅次郎は家出娘の愛子と知り合う。なにか訳ありなのだろうが、寅の仕事の“サクラ”をこなしたり、寅次郎が食事をしてると露店をみててくれたりと、なにかと元気をくれる女の子である。やがて寅次郎が東京に帰ると、寅次郎をおって愛子も《とらや》にやってくる。店の仕事をかいがいしく手伝い、おいちゃん、おばちゃんも大喜び。しかし、いつまでも家出娘を《とらや》においておくわけにも行かず、どうしたものかと考えている時に愛子の兄・健吉が襲来、愛子を連れて帰るという。マグロ船乗組員の兄はほとんど家にいることはなく、愛子は不仲の母親と一緒にいる時間がつらかったという。感情を出すだけ出した愛子は兄と一緒に帰っていったとさ・・。

そんな愛子と一緒に露店を出している時に、声をかけてきたのが光枝(音無美紀子)。彼女は同じ的屋仲間・倉富常三郎(小沢昭一)の妻だった。

<音無美紀子の話>
「寅さんでしょ、主人から聞いてます」と話す光枝は、昔のテキ屋仲間、倉富常三郎の女房だった。しかし病気になり、亭主に代って仕事に出ているという。翌日常三郎を見舞いに行った寅次郎は、「俺が死んだら、あいつを女房にしてやってくれ」と常三郎から冗談めかしに遺言を残される。
「わかったよ」と受けてしまう寅次郎。
常三郎の家をあとにする寅次郎を光枝が見送りにきてくれる。そして、実はもう彼は長くないのだという。医者もあきらめて、最期は住み慣れた自分のうちでということで退院をゆるされたのだと。寅さんが主人を見舞ってくれた最期のお友達になるかもと言って家のほうへもどっていく光枝の後姿が切ない。
東京にもどった寅次郎は、《とらや》のめんめんに結婚するかも・・ともらす。

それから1ヶ月して常三郎は死に、光枝は上京して旅館で女中をしていると言う。光枝の働く旅館をたずねると、寅次郎は光枝から常三郎の形見の財布をわたされる。このころから寅次郎は就職も考えているようになる。あっちこっちの就職案内に連絡をいれてたり、面接にも行きはじめる。

東京に戻ってきて、一人こころ細はたらく光枝に、寅次郎の存在は心のよりどころだった。このさりげないかもし出す雰囲気で光枝の想いを想像することは出来る。のちのち明かさせるのだが、すでにこの時、「俺が死んだら寅次郎と一緒になれ」という遺言を聞かされており、「そのことは寅次郎も承知してくれた」とも伝えられている状態。なので、この時に光枝には、ホントに期待できるのか? 期待して裏切られるのが怖い。落ちるかどうかわからない釣り橋をわたっているような緊張感と、でも寅さんといる時間が一番やすらぐ・・などの複雑な感情が入り混じっている。
このへんの感情のかもし出し方は山田洋次、さすがである。

一方、《とらや》の面々は、はたして寅次郎をやとってくれる就職口があるのだろうかと心配になる。そんな気遣いをよそに光枝を《とらや》にまねく寅次郎。休日の楽しいひと時をすごしたあと光枝を駅まで送っていく寅次郎。そこで恐る恐る寅次郎の真意を確かめようとする光枝。

「死ぬ前に、亭主からへんなこと言われなかった」みたいな、ジャブから徐々に確信に入っていく会話術はやっぱり上手い。お互いどう対応して良いのか分らない。一番最悪の状態になったとしても、心が耐えられるようにフェイルセイフをしっかりかけて本音の探りあい。

「亭主の言葉を負担に思っているなら、安心して下さい。
 私は気にしてないから。そんな犬や猫をあげるみたいに言われても・・・。
 寅さんはやさしいからそう応えてあげただけで、真剣に考えていたわけではないでしょ・・・」

お互いフェイルセイフの解除ができないまま、本心とは反対に結果におちつかせてしまう二人が切ない。あの時、寅次郎に10作目でみせた八千草薫の勇気があれば・・・とどれだけ思ったことか。八千草薫は、同じようなシチュエーションで寅次郎に「冗談だろ?」といわれてなおかつ「本気よ」と返している。

まるで、友達と遊びで将棋をやっていて、その終盤で、「こうやってああやったらいいんじゃないか」とポロっと口をはさまれ、それがとってもいい手なのに、他人に言われたから指したくない・・みたいな。しかし恋愛ってのは、そんなカッコやイデオロギーはどうでもよくって、結果をむしりとらなければいけないものなのだから。
そのことについて語るには光枝は相当な勇気を必要としたに違いない。その勇気が見えるなら、寅次郎はそこで「いいえ、本気でした」と言うべきだ。これが言えない寅次郎はホントにただのチキン野郎です。

そのあと《とらや》に帰り、荷物をまとめて旅にでる寅次郎。もうこれは、フラれたからではない。自分がチキンであることを認識してどうしょうもなくて旅に出るのである。そこに就職口からの合否の結果が届けられる。
今となってもはもうどうでもいいことだが、そこだけは寅次郎も受かると思っていた就職先だった。しかしその結果は採用不可。カタギの人間として何処にも採用してもらえない寅次郎は再び旅に出て行く。
おばちゃんが泣きながらぽそとつぶやく「哀れだねえ」が、ホントに哀れなので止め処もなく悲しくなってきてしまう。


で、振り出しに戻るのだが、

岸本加世子の話などおいといて、真剣にカタギになろうとする寅次郎を描けなかったものかとかなり不満がのこる。のちに満つをの就職活動を描写したように、行く先々でことごとく落とされ、どんどんどんどん自信をなくしていく寅次郎。それでも光枝と所帯を持つならそれなりの稼ぎくらいはと思い傷つけられるプライドに鞭打ってたちむかう就職試験。ことごとく落とされるなかで、ひとつだけ好感触のところあり。しかしふたをあけてみると・・・・、
みたいな話を要れて欲しかったな。
この映画においては、現実の社会で徹底的に人格否定される寅次郎をみてみたかった。・・というか、それはどこかできちんと語るべきことで、それをやれるのはこの話が最適だったのに・・・。

by ssm2438 | 2011-03-20 12:52 | 男はつらいよ(1969)