西澤 晋 の 映画日記

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カテゴリ:男はつらいよ(1969)( 50 )


2011年 03月 19日

男はつらいよ29/寅次郎あじさいの恋/いしだあゆみ(1982) ☆☆

f0009381_1837270.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:渥美清(車寅次郎)
    いしだあゆみ(かがり)
    片岡仁左衛門(陶芸家・加納)

       *        *        *

あじさいのように淡い話だったが・・・。

いしだあゆみ演じるかがりにもう少し、求めている描写がほしかったかな。この物語の展開だとあまり寅さんを好きになるという方向性にはいかないような状況設定。寅さんを好きになるには時間が短すぎるのである。どちらかといと、それまで付き合っていたと思った人が急に別の女と結婚するといいだし、とたんに孤独を感じたというシチュエーションだろう。そのシチュエーションで、孤独だから誰でも良かった。誰でも良かったけど、その中でも寅さんが良かった・・みたいな、そんな哀愁が描ければこの話もっともっとよくなったのに。でも、誰でも良かったのだがら、あとになると寅さんじゃなくてもよくなるはずって思ってたけど・・・・ほうが話がずっしりきてよかったのに。。。

しかし、それでもやっぱりすごい山田洋次演出がここにもある。今回の映画の最大のみどころはいしだあゆみ演じるかがりの実家にとまることになり、母親は産婆の仕事で出て行ってしまい二人っきりになるところ。
ちまたのこの映画の解説を見ると、寅さん枕元にしのびよるいしだあゆみ・・と書かれていることもあるが、そのシーンは、娘のランドセルをとりにいくときに、寅さんの寝ている部屋を通らなければならないというシチュエーション。彼女にはエッチしたい欲求はまるでない。ただし、勘違いされたくない欲求はあっただろう。
結論的にはなんでもないシーンなのだが、お互いが意識すればそれが意味をもったシーンになる。

かがりにしてみれば、
男の人が寝ている部屋に一人ではいっていくなんて・・・、でも、ランドセルとりにいくだけだし、万が一にもそんなことはないだろうけど、間違って寅さんが男になったらどうしよう・・・、でもそれはないわよね。でも、明日のあさ、どう話そう。どう話しても言い訳に聞こえそうだし・・・みたいな。

一方寅次郎にしてみればもっとシンプル、彼女の目的がわからないのだから、もうちょっとときめいたかもしれない。最後のふすまをしめるときにいしだあゆみに足元のカットは絶品である。きっとあのとき寅次郎は
“彼女がふすまを開けて入ってきたときに普通に「どうしたんだい?」と声をかけて、もうちょっと飲んでもいいかな・・みたいな展開に持っていくのもありだったかなと思うかもしれない。あそこで寝てる振りしちゃうと、もう手も足も延長戦もないじゃないか”と思ったに違いない。

もうひとつ、この映画で圧倒的にすばらしいのが、いしだあゆみ演じるかがりの実家の設定。ここは丹後半島の伊根漁港で、この風景だけで情緒に浸ってしまう。この港をみていると、なにか・・・、ミケランジェロ・アントニオーニに撮ってほしいと思わせる雰囲気なのだ。まるで日本のベニス、それも新しい日本のベニスではなく、ミケランジェロ・アントニオーニが『さすらい』でみせたようなノスタルジーをがただよう情緒あふれるベニスなのだ。個人的には朝霧のたつ伊根港を見てみたかった。残念ながらこの映画は暖かい時期にとられた映画らしく、そんなシーンはでてこないのだが、ここを冬場のロケ地にしたらどれだけ感動的な画面ができるころだろう。画面の色彩設計はアンドリュー・ワイエスにお願いしたい(笑)。f0009381_11192646.jpgf0009381_11193563.jpgf0009381_11194663.jpg

<あらすじ>
京都の葵祭、出店をだしてたい寅次郎が仕事を切り上げて宿に帰ろうとすると、老人が下駄の鼻緒が切れて困っている。いつもの軽妙なトークをまじえつつ手ぬぐいを裂いて下駄をなおしてやる寅次郎。その夜は上品な茶屋でその老人に付き合って飲まされた寅次郎。目が覚めてみるとそこは加納(片岡仁左衛門)という有名な陶芸家のうちだった。そこで家事手伝いをしている30半ばの女性かがり(いしだあゆみ)に会う。
彼女は夫をなくしたあとここで働いているのだが、加納の一番弟子の蒲原恋仲になっていた。しかし、蒲原は他の女性と結婚するとい話をきかされ二人の関係は破談になってしまう。そんなかがりをみて加納は「いつも他人の顔色ばっかりうかがっていてはいかん。ほんとにほしいものがあるのなら求めないと」と歯がゆそうに語るのだが、かがりは地元の丹後に帰ってしまう。
それからしばらくして、彼女のことが心配だという加納の言葉に、寅次郎は次の行商を丹後方面にもとめることにする。丹後の彼女の実家にいってみると、5歳くらいの娘の産婆をしている母と3人で住んでいた。ここでも寅次郎の存在がかがりの心を癒していく。しかし、そんな会話に夢中になていると帰りの船を逃してしまう。しかたなくその晩は彼女のうちにとめてもらうした寅次郎。さらにその晩は近所の誰かが産気づき母も出てしまう。娘を寝かしつけると、気がつけば二人だけの夜。静かな緊張が支配する夜になる。たぶんかがりは、よりそって話したかったのだろう。しかし、自分の恋にはチキンの寅次郎は早々とひとり床についてしまう。

なにもない夜をすごした寅次郎は東京へ帰るが、それから数ヶ月して《とらや》にかがりが友人と一緒に訪れる。何かを期待するがやっぱりなにもなく帰っていくかに思われたかがりが、そっと寅次郎のひざの上の手に手紙を滑り込ませる。その手紙には明日鎌倉のあじざい寺で待っているという言葉がしたためられたいた。

かがりにしてみれば、スーパー大覚悟で行った行為なのだろう。その場に人には知られずに寅次郎にだけわかるように手紙を忍ばせたのである。たぶんいままで一度もそんなことはしたことがあったとは思えない。にもかかわらずチキン寅次郎は甥の満男をつれてあじさい寺にでかけていく。・・・・大ばか。
ひたすら無駄な時間が過ぎていく。・・・・大ばか。
そしてなにもなく一日が終わる。かがりにとっては気持ちを伝えたいと思い、ありったけの勇気をふりしぼって作った大事な覚悟の時間だったのに・。・・・大ばか。

by SSM2438 | 2011-03-19 18:40 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 18日

男はつらいよ30/花も嵐も寅次郎/田中裕子(1982) ☆☆☆☆

f0009381_11593746.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
田中裕子 (小川螢子)
沢田研二 (三郎青年)

       *        *        *

個人的には寅さんシリーズベスト1である。
きっと反対意見は多いだろう(苦笑)。

見た目はハンサムだが、自分に自信がなく対女性関係はまるで駄目な男が、寅さんのプッシュもあってめでたく好きな女性と結婚するというお話。
そのハンサムだが自信のない男を沢田研二が演じ、彼が恋する女性を田中裕子が演じている。実生活でもこの映画がきかけとなって付き合い始め(当時沢田研二は既婚)、7年後に周囲の反対を甘んじて受けながら結婚することになる。

とにかく田中裕子がめっちゃかわいい。『夜叉』のときの田中裕子もかわいいが、この映画の田中裕子もそれに勝るともおとらないくらいかわいい。おまけに「螢子」という名前がいい。今回は和服ではない現代風の女性。白いセーターにジーパン、黒い髪を長く伸ばして遠くから見るとむちゃくちゃエレガント。しかし近づいてみるとこれが恐ろしいほどのあどけなさがあり、なおかつそこに大人の色気があるという魔性を感じるかわいさです。この人のかもし出すあの空気感はすばらしい。日本映画の至宝のひとつですね。

3人の出会いはこのようにして始まる。
東京の同じデパートの同僚・小川螢子(田中裕子)と一緒に九州を旅行中のゆかり(児島美ゆき)は、大分の温泉町・湯平でハンサムな男を発見、その男(沢田研二)の入っていった旅館にその日は泊まることにする。実はその旅館、寅次郎(渥美清)のなじみの場所であり、寅次郎もその旅館に泊まることにする。夜は宿の主人と晩酌を楽しんでいた寅次郎。そこにさっきの二枚目青年が現れる。彼は三郎といい、昔ここで女中をしていた女の息子だという。生前三郎のははこの旅館の思い出をかたっていたため、納骨のまえに母のゆかりの旅館に足を運んできたのだ。その話に感動した寅次郎は彼女の知り合いの人をあつめ、坊さんを呼び供養をしてあげることにする。そこにたまたまひっぱりだされたゆかりと螢子。
そんなことがこの物語の始まりだった。

初登場のシーンではメガネをかけてあまり顔がみえない田中裕子だが、そのかもし出す雰囲気はとても素敵。めだたせないように演出されていてもやっぱり彼女を見てしまう。ぜいたく温泉につかるシーンもあるがヌードはみせてくれない。残念。一緒にはいっている児島美ゆきも『ハレンチ学園』などで有名でありヌードも疲労しているので、めずらしく二人で温泉につかるシーンくらいはいれたのだろう。
美保純のときもそんなもんだし。ま、彼女の場合はとりあえず後姿のヌードはみせてくれたけど。このシリーズではこのくらいのサービスが限界だろう。

翌日旅館を出るゆかりと螢子は寅次郎と一緒に駅までいくことになる。それこに納骨をすませた三郎がいっしょになり、しばし大分のサファリパークなどの観光地めぐりで楽しい時間をすごす。先に航路で東京にかえる二人を見おくる寅次郎と三郎。螢子は寅次郎との楽しい時間に去りがたい思いを残すが、三郎もまた螢子に一目ぼれしてしまい、別れぎわに「ぼくとつきおうてください」とぶっきらぼうに言ってしまう。戸惑う螢子はそのままホバークラフトにのり去っていってしまう。
「そんないきなりじゃだめだ」と恋の手ほどきをする寅次郎。あいもかわらず他人の恋愛には強気発言連発なのである。

今回《とらや》で家族団らんにひたるのはマドンナではなく沢田研二。いつも死んだ母とふたりでの食事だったので、《とらや》のにぎやかな団らんに幸せを感じる。彼はやがて帰り際に、螢子との出会いをなんとかセッティングしてくれないかとお願いする。
そんなわけで、珍しく自分から螢子の職場に電話をかけた寅次郎は、螢子とちょっとおしゃれなバーで飲むことに。再開をよろこぶ螢子。飲み屋の席での田中裕子もまためっちゃかわいい。この人の動きをみているだけで魅了されてしまう。しがし話が三郎のことになるとちょっと・・・・、「だって・・・二枚目過ぎない?」という螢子。

今回の寅次郎はアドバイザーとう立場なので決して降られることのない安全地帯の恋愛(←あえて恋愛と書く)なのである。三郎は螢子のこごが好きすぎてなにも言えない。そんな三郎が嫌いではないが、一緒にいてもチンパンジー(三郎は動物園の飼育係)の話しかしない三郎を見ているとどうしていいのかわらない螢子。そんな螢子は三郎よりも自分と一緒のときのほうが楽しく見える。それが寅次郎にとってはとても優越感を感じる幸せな時間でもある。
世間でもよく発生する状況である。付き合っている同世代の男女だが、いまひとつギクシャクして一緒にいてきもちよくない。そんな彼女にとっては、あまりがつがつしていない年上の男のほうがいっしょにいて居心地のいい。そんな男の心裏がとても素敵な映画なのだ。

そんな決して振られることのな安全地帯の恋愛スタンス、それがこの映画の寅次郎の立ち居地なのだ。しかし、それでも最後は沢田研二と田中裕子はひっつくのが物語の定め。絶対に切られないはずの立ち居地なのに切られる寅次郎。今回、ふたりがひっついたという話をきいて再び旅にでる寅次郎の姿には涙がでた。たぶんそれまでの話のなかでは一番ダメージでかかったんじゃないだろうか。他の話ではマドンナのほうから好意的に想われていても、結局最後はチキンで自分で降りてしまうパターンがほとんどだが、今回の話では自分のほうがナンバーワンだと思っていたのに、実はそうじゃなかったという圧倒的な優越感からの喪失感なのだ。

この映画はライト感覚な映画ではあるが、恋愛映画の超スタンダードであり、男心を繊細に謳った傑作だと思う。すばらしい!!!

by SSM2438 | 2011-03-18 23:28 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 17日

男はつらいよ31/旅と女と寅次郎/都はるみ(1983) ☆

f0009381_1657375.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
都はるみ (京はるみ)

       *        *        *

世間で最悪の評価をうけているらしいこの映画だが、みてみるとそれほど悪くない。

でも、やっぱり冷静になってみると☆ひとつだなあ(苦笑)。。

目新しいところはまったくない話です。古くは『ローマの休日』、新しくは『ノッティングヒルの恋人』。有名人と素顔でふれあうという凡人の夢をテーマにした映画は昔からいろいろありますが、これもそのひとつ。で、まあ、目新しいところはないのですが、そんなにくそみそに意ほどの出来でなく普通に出来てます。ただあまりにステレオタイプの話なので、語るようなところもないのですが・・・。

しいていうなら、都はるみがけっこう可愛かった(苦笑)。
あのビジュアルですでの、ときめいたことなどないのですし、演歌なんそなんにも感心がなかった昔のことなので、都はるみがだといわれても「歴代マドンナのなかで一番もえないな」くらいに思ってみたのですが、いえいえ充分マドンナとして機能してます。正直びっくりしてしまいました。佐渡の旅館でみせた浴衣姿もなんだかいろっぽい。しゃべり方なんだか普通っぽくていい味だしてました。色眼鏡かけずにみたらこれはそんなに悪い映画ではないと思う。

ただ・・・、どうしても人間なので商売的にみるとちょっといやらしさを感じるのもしかたがないですね。寅さん映画であると同時に、都はるみのPVになってるので見ながらある種の敵対心をもってみてしまうのはちょっとマイナスです。

<あらすじ>
新潟の港町で佐渡へわたる船を都合つけた寅次郎(渥美清)に、サングラスをかけた女(都はるみ)が「一緒に乗せて欲しいと声をかけてくる。特に断る理由もない寅次郎はその女の二人で佐渡島に向かった。そのころ有名演歌歌手の京はるみが失踪したといううわさが広まり、彼女のプロダクションはその対応におおわらわ。なんとか福岡後援までに彼女を探し出そうと躍起になっていた。
佐渡で、誰にも邪魔されない時間を寅次郎と過ごしたはるみだが、ついに追っ手にみつかってしまい、再び忙しい芸能界の仕事にもどっていくはるみ。やがて東京に帰った寅次郎は京はるみのことが忘れられない。そんなある日京はるみが《とらや》を訪れる。近所のみんなは大騒ぎ。そんななか《とらや》の2階に上がってしばし寅次郎とプライベートの時間をすごす寅次郎。そんな寅次郎に「別れたことになっていた彼ともう一度やり直そうと思う」と告げるはるみ。
恐れ多くも人気の演歌歌手に失恋した寅次郎は、「みんなと一緒に見に来て」という京はるみのリサイタルのチケットをさくらたちに渡し、ふたたび旅に出るのだった。

by SSM2438 | 2011-03-17 05:09 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 16日

男はつらいよ32/口笛吹く寅次郎/竹下景子(1983) ☆☆☆☆

f0009381_1235452.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
竹下景子 (朋子)
中井貴一 (一道)
杉田かおる (ひろみ)
松村達雄  (和尚)

       *        *        *

竹下景子シリーズ第1弾
地元(岡山)が舞台になるのはいい。でもこの話の舞台は高梁市なので、縁もゆかりもないのだけど・・(苦笑)。


このシリーズは全部で10本くらいしか見てないと思うのだけど、私が見た中では一番心にのこってる作品。総合的には寅さんの良さがかなり出ている映画だと思う。しかし、みてないまでも一応のリサーチをしたところのよると、お話的には浅丘ルリ子のリリーさんモノが人気があるらしい。残念ながら浅丘さんはみていないのだ。

ただ、個人的にはマドンナ・ベストワンは竹下景子さんである。なんでも竹下景子はこのシリーズで3回マドンナを演じたとか。でも、浅丘ルリ子みたいに「リリー」を3回演じるのではなく、別々のキャラクターを3回演じたとか。こまったことに全部みてしまった(苦笑)。その3回のうち、一番最初に登場したのがこの『・・・口笛を吹く寅次郎』だとか。この作品がシリーズ32作目ということだが、このシリーズは48作目まで続くことになる。つまりシリーズ後半の17作のうち3作もマドンナをやっているのが竹下景子さんなのだ。たぶん馴染んだんだろうね。あるいは、ほかに適当な人がいなくて、おさまりのよさそうな人を使ったとか・・・。
なにはともかく、竹下景子さんが岡山県を舞台にした作品に出てくれたことは嬉しい限りだ。

寅さんの魅力とはいったいなんなのだろう?と考えてみる。
ほとんどの場合魅力というのは強さである。寅さんの場合もやはり魅力は強さなのだ。でも、腕力の強さではなく、神経の図太さ。別な言い方をすると「心配する能力に欠けている」のである。そんなわけで、失敗を恐れない。そのおおらかさがこの作品の一番の魅力となっているといっていいだろう。
そしてもうひとつ、人情味のある昭和の世界観。近所同士の付き合いが当たり前だった時代の人間の付き合い方。私が子供の頃はやっぱりこの映画にあるような人と人の付き合い方だった。当時の西澤少年にしてみればなんだか煩わしいものでしかなかった。今もそうであるが・・(苦笑)。私の場合は、あまり人付き合いは得意なほうではないので、出来るかぎりほっといてくれ!といいたいほうの人間だ。しかし、この映画のなかでは、その人付き合いのある生活とその親近感が実に肯定的に描かれているのだ。私もふくめて、この感覚が共有できるひとは少なくなってきてると思うが、こういう世界観の中では、寅さんというは機能する人間なのだ。
ただ・・、平成の世界観ではやはり浮いてしまうだろう。やはり寅さんというのは昭和の遺物だったのだなと思う。

<あらすじ>
今回寅次郎(渥美清)がふらりと訪れたのは岡山県の高梁市。そこで住職の和尚とその娘朋子(竹下景子)と出会う。人付き合いのよさで和尚と意気投合した寅次郎は、すすめられるままに昼間から酒をのみすっかり上機嫌。翌日二日酔いで法事に出られない和尚に代わって寅次郎が変わりに出て行くが、こまったことにそつなくこなし、法事の席でも人気者になってしまう。そんなこんなでしばらくその寺に居つくことになってしまった。
実はその高梁市、妹さくらの夫・博の実家があるところだった。そこで三回忌の法事にやってきた、さくらと博に遭遇、さくらは寅次郎が坊さん姿で法事をつとめていることに驚く。

このあたりの心配能力欠乏症の寅さんの大胆さというのは庶民感覚するとうらやましい限りである。なにせほぼ現代人の私などは、法事などの親戚がよりあつまる席が苦手である。古くからの習慣を知っているというだけで、権威と安心をもっている彼らはどうにもあまり相手にしたくない人種なのだ。それを寅さんというのはさらりとうけながし、いつのまにやらその場の雰囲気に馴染んでしまうのである。
この寅さんのすごさは、「相手の人を決して否定しない」という人間の大きさなのだ。その点私は、自分肯定するのに忙しくて、相手のことなど気を回す余裕がない。もっとも、自分を肯定するって事は対照的に相手を否定するということになってしまうので仕方がないのだけど。もちろん、寅さんは自分を肯定していないので、それだけの余裕がもてるのだけどね。

和尚には一道(中井貴一)という息子がいた。彼は仏教大学に通っていたのだが、写真をやりたいと大学をやめ、勘当されて東京の写真スタジオで働いていた。寅次郎は酒屋の娘ひろみ(杉田かおる)と親しくなるが、彼女こそが一道の恋人だった。一方朋子も寅次郎のことがかなり気に入っているらしく、「寅を養子に貰うか」という和尚の言葉にも照れるばかり。その会話を耳にした寅次郎は翌朝東京に逆戻り。帝釈天で仏門の修行にはいることにした。
そこにひろみと一道が訪ねてくる。上京してきたひろみを泊めてほしいとのことだった。結局、二人共二階の寅次郎の部屋に泊まり、寅次郎の説法も功を奏し二人は結ばれる。数日後、朋子がそのお礼に訪ねてきた。朋子の中では寅次郎と結婚してもいいと思っていたのだが、寅次郎はジョークで煙にまいてその恋愛をおわらせてしまう。自分の恋愛になるとチキンな寅次郎であった。

       *        *        *

見直してみた。良い!!!!! この話。
どわああああっと涙がでるわけではないが、すっごく観ていて気持ちが良い映画である。
巧妙な会話も、微妙なメンタリティーも、中井貴一と杉田かおるの恋愛劇も、なんか全部ここちいい。

by ssm2438 | 2011-03-16 21:56 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 15日

男はつらいよ33/夜霧にむせぶ寅次郎/中原理恵(1984) ☆☆

f0009381_8571254.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
中原理恵 (木暮風子)
渡瀬恒彦 (トニー)
佐藤B作 (福田栄作)
美保純 (桂あけみ)

       *        *        *

絵はいいぞ! 
ミケランジェロ・アントニオーニの『さすらい』みたい。


『男はつらいよ』史上、もっとも画面的にかっこいい映画はこれでしょう。舞台になっているのは北海道の霧多布湿原。だだっぴろい釧路の大地と、タイトルにもあるようにとにかく霧の描写が素敵。そしてその霧のなかで描かれる恋愛模様もとてもアダルト。
ただ、残念なことに、最後の熊騒動のエピソードはそれまでの気持ちよさを全部ぶち壊しにしてしまう寅さん史上最低の演出であり、最高と最低が交錯して、でも最後のシーンの最低印象が非常に強く、かなり損をしている作品です。

話が全部がひと段落して、今回のマドンナの風子の披露宴会場に寅次郎が来るというエピソード。場所は北海道。一山こえればすぐなんだけど、バスでまわると4時間くらいかかってしまう。なので寅次郎は山をこえることにしたらしい。ところがここのところ熊が出るというのでみんなちょっと心配。で、山からおりてきた寅次郎の後ろに熊のぬいぐるみをきた人がいて、おおさわぎ。でも、あれが熊のつもりでやっているらしいので、どこまで本気にして解釈すれば良いのかまったくわからず、ただただおばかなアトラクションになってしまったというエピローグ。
作り手の気持ちとしては、『奮闘編』の最後のと同じで、「寅さんが死んじゃったのかもしれない・・」って一瞬思わせといて、みなさんに寅次郎の存在を大事におもってる自分発見!というよくある演出手法なのだけど、完全にギャグになってしまったのですべりまくり。この映画はかなりムードをアダルトに振っているだけに、あれが最後のエピソードがそれまでのムードをぶち壊しにしてしまった。
編集でカットできなかったものかと悲しくなってしまった。

しかーし、しかし、その最後のところは最低なれど、それだけのこの映画をダメと決め付けるには捨てがたい魅力がこの物語にはあります。

寅次郎が釧路で知り合った、福田栄作(佐藤B作)というサラリーマン。実は1年前に妻に逃げられて不憫な生活を送っていたが、このたびその妻の居所がわかり、連れ戻しに釧路まできたという。寅次郎にプッシュされながら勇気をふりしぼってその妻がいるという家までいってみると、他の男と子供までつくって幸せそうにくらしている。栄作はそのまま黙って帰ることにする。
これは#43『寅次郎の休日』で後藤久美子演じる泉ちゃんが、女の人とくらしているというお父さんに会いにいって、あまりにも自然にくらしている二人をみて、「戻って欲しい」といえなくなってそのまま返っていく・・というエピソードと同じパターン。
パターンなのが分っていてもぐぐっと来るものがある。

そして、今回のマドンナ木暮風子(中原理恵)との恋愛劇もちょっと大人の世界。釧路で知り合った風子は理容師の免状を持っていて、床屋に勤めるのだがどこでも長続きしない。伯母の住む根室へもどった風子は、寅次郎について出かけていった常盤公園の祭りの会場でオートバイショウの花形スター・トニー(渡瀬恒彦)にさりげなくアプローチされる。寅次郎とそのまま旅をしたいという風子だが、寅次郎はカタギな生活をしろよとさとす。やがて根室の散髪屋で職についた風子をあとに寅次郎は東京にもどっていく。

柴又にもどった寅次郎は福田栄作の訪問をうける。彼は東京で風子に会い、借金を申し込まれ断ったという。金がなくてお金を貸せなかったという栄作を罵倒し追い返してしまう寅次郎。風子が東京にいるが何処にいるかもわからない。しかもお金に困っているらしい。心配で仕方がない寅次郎は新聞の尋ね人欄に広告を出す。そんなとき、トニーが《とらや》を尋ねてくる。風子がトニーの所で寝込んでいるというのだ。旭印刷の車を借りて風子を引き取りに行く寅次郎。近所の散髪屋に理容師の求人があるとかで、風子がそこで働けないかと段取る《とらや》の人々。そんななか、寅次郎はトニーの所に会いにいき「風子から手をひいちゃくれねーか」と話にいく。
「女の子とで人に指図なんかされたかないな」というトニー。
「オレもお前の渡世人どおし、分るだろう、あの娘は無理しちゃいるがカタギになれる娘だ」と続ける寅次郎。
「東京についてくるっていったのはあの娘のほうなんですよ」というトニー。
「だからこうして頭をさげて頼んでいるじゃないか」といって頭をさげる寅次郎。
「あんた、純情なんだな」といって去っていくトニー。

《とらや》に帰ってそのことを話す寅次郎だが風子は
「私とトニーのことでしょ、なんで頼まれもしないのにそんなことするの!」激怒。
「話あったってしょうがねーじゃねえか、あんな遊び人と」と寅次郎。
「遊び人だったら寅さんだってそうでしょ、渡世人同士だって今自分でいったじゃないか!」と勢いで返す風子だが、言った後に悪かったと思う風子。

風子は風子なりにトニーのことを愛していたのである。
一緒にいて幸せにならないと分っていても、どうしようもない恋愛というのもある。

「さよなら」と頭をさげて雨の中に飛び出していく風子。
あとにはいや~~~な沈黙が残る。

その後、二人がどうなったかは描かれていないが、風子が別の男と結婚するということから推測すると、きっとトニーも寅次郎の言葉をうけとり、寄り付いてきた風子を突き放したのだろう。見えないところで大人のやり取りが展開しているお話でした。


・・・・・で、最後はコメディのぶち壊し演出。そこまでが良かっただけに最後はほんと残念で仕方がない。

ちなみにこの作品からタコ社長の娘・あけみ(美保純)が登場。いきなり結婚式である。で、ささやかにほろっとさせてくれる。いやあああ、美保純はほんとにいいキャラクターだね。この人の存在はこの映画においてとても貴重な存在となる。40作目になると美保純がでなくなると、なんだかとても寂しいのである。

by ssm2438 | 2011-03-15 12:30 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 14日

男はつらいよ34/寅次郎真実一路/大原麗子(1984) ☆☆

f0009381_063278.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
大原麗子 (富永ふじ子)

       *        *        *

大原麗子シリーズ第2弾!
今回のモチーフは『無法松の一生』!


この次の次の『柴又より愛をこめて』『二十四の瞳』をモチーフにつくられていたが、これは『無法松の一生』でした。私が見たのは三船敏郎高峰秀子のほうで、板妻の『無法松の一生』ではみていないだけど・・、どちらも良い出来だと聞きます。恩義のある吉岡大尉の妻(高峰秀子)に惚れてしまう松五郎(三船敏郎)。しかし吉岡大尉は病気をこじらせて死んでしまう。のこされた未亡人を世話することに必要とされることに充実感を覚える松五郎が発した言葉がこれ、

「オレの心は汚い!」

・・・・よくこんな台詞かけたものだ。すごい!
それを今回は寅次郎が言っている。ずるい!

<あらすじ>
証券会社に勤める富永健吉(米倉斉加年)と飲み屋で知り合った寅次郎(渥美清)はすっかり意気投合、目が覚めた時には富永の家にやっかいになっていた。しかし富永はいない。彼は茨城県に家を建て、東京に1時間半もかけて通勤しているサラリーマンだった。株の売買がはじまる9時の1時間半前にはその日の方向性を決めるミーティングがあり、富永は6時半には家を出なければならい。
やさしくしてくれる富永の妻・ふじ子(大原麗子)の優しさに感動しながらも葛飾にかえる寅次郎。そんなふじ子から寅次郎に電話がかかってくる。富永が金曜に家を出たっきり帰ってこないと言うのだ。再び茨城の富永の家に行く寅次郎。「もしかして富永に別の女がいるのでは・・?」と聞きづらいことを聞くふじ子に対して「あの人はそんなひとじゃない」ときっぱり言う寅次郎。その一言でふじ子の心が癒されていく。それから数日がたち、寅次郎はふじ子とその子供・隆を《とらや》にまねいて食事をご馳走する。いつも隆とふたりっきりの食事しかしてなかったふじ子は、《とらや》の人々にかこまれたその時間にこみ上げるものを感じる。
数日がたちふじ子のもとに「彼の故郷・鹿児島で健吉を見た」という人がいるという電話を富永の実家からうけて、鹿児島に飛ぶふじ子。そのふじ子に同行する寅次郎。

鹿児島についた二人はまず富永の実家に行き、健吉のいきそうな場所の心当たりを聞いく。夫の思い出の地を巡りながら夫の心のコアをみた気持ちになるふじ子。夫の思い出の場所めぐりの旅は、寅次郎といるととても親近感のあるものに感じられるふじ子。こんな風景のなかでそだった彼が自殺なんかしない・・、そう確信できるようになる。
そんなふじ子に必要にされている自分に幸せ感じる寅次郎。

結局富永は見つからなかったが、ふじ子は安心して帰ることが出来た。しかし柴又に帰った寅次郎はふさぎこんでいる。

「おれは醜い」


この後がち超無粋。
博(前田吟)がそれを解説するんだ。
そんな解説するなよ! そのまんまの言葉だけで充分だろう! 判らんやつなどほっとけ!!!!!

しかし、あの言葉はいかにも説明的だったなあ。さすがの山田洋次もこの話でそれを言っても判ってもらえないと判断したのだろうか・・・。私が観たこのシリーズのなかでもっとも意気でない、最低の台詞だった。あそこだけ編集でカットできなかったものか・・・。

そんな《とらや》にひょっこり現れる富永。そのままタクシーを飛ばし、ふじ子のもとに彼をとどける。帰ってきた富永にしがみついて泣く大原麗子のシーンはじいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんと来る。

by ssm2438 | 2011-03-14 00:07 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 13日

男はつらいよ35/寅次郎恋愛塾/樋口可南子(1985) ☆

f0009381_1919790.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
樋口可南子 (江上若菜)
平田満 (酒田民夫)
美保純 (桂あけみ)
ポンシュウ (関敬六)

       *        *        *

ネタ切れ深刻。シリーズ制作崩壊状態。

『寅次郎夢枕』(シリーズ第10作)と『花も嵐も寅次郎』(シリーズ第30作)を足して2で割って、あたまに小数点をつけたような出来である。

ストーリーは『花も嵐も寅次郎』に似ているのだが、根本的な違いは寅次郎の想いだろう。田中裕子にとって居心地のいい男という立場をキープしながら、彼女がトラブルと自分を求めてきてくれる充実感。永遠の2番目なら永遠の付き合いが出来る。その充足感と、心の奥にひめたそれでも燃えてる想い。その微妙なバランスがとてもいいのだが、この『寅次郎恋愛塾』においては記号的な配置と形式的なストーリー展開だけであり、寅次郎の想いの浅さがいただけない。さらに、さえない平田満と最終的にひっつくことになる樋口可南子のメンタリティもまったく不可解。
後半はポヨォ~~~~~ン連発、はちゃめちゃナンセンスコメディになりやっつけ仕事っぽくなってしまった。どんなに段取りがよくても、終わりがダメなら総てダメという見本のようが映画である。

しかし、前半部はしっぽりと作ってあり後半の展開次第では良い作品になる可能性はあった。
寅次郎の的屋仲間・ポンシュウがおばあちゃん相手にやたらと頑張っていた。高感度アップである。
就職のための面接の樋口可南子と面接官のやりとりは、短いながらもとても素敵だった。
それと、いつもながらちょっとしか出ないのだが、あけみ(美保純)が出るとやっぱりみていて楽しい。この人の健康的な色っぽさは『男はつらいよ』の中において、実は超貴重な存在だったのだ。もうすこしストーリーの本質にかかわる話をふやせれば、このシリーズもここまで崩壊することはなかったのに・・・。

平田満さえこの物語からはずせば良いものが出来たとおもう。
一度も登場させずに、ずっと若菜を想っている男がいた。でもある日を境にいなくなってしまった。なぜ? 気にし始めると、いつもさりげなく自分のことを大切に想ってくれた間接証拠がぽつぽつ出てくる・・・みたいな。

<あらすじ>
長崎の五島列島にやってきた寅次郎(渥美清)とポンシュウ(関敬六)は、防波堤に座って昼飯を食べていると、腰のまがったおばあちゃんがよたよたと歩いているのをみとめる。するとその老婆がころんでなかなか起き上がれない。あわれてかけより、ポンシュウが老婆をおんぶして彼女のうちまでつれていってやる。ちょっとあがっていけと焼酎なんぞをいただいた二人は上機嫌。珍しい来客とポンシュウのやさしさにおばあちゃんもいつになく楽しそうだった。しかしその夜、そのおばあちゃんが息を引き取る。そして孫娘の江上若菜(樋口可南子)が東京から飛んで来た。
後日柴又にもどった寅次郎のもとに、おばあちゃんの最期はどうだったのかききたいという江上若菜から手紙がきていた。宛名をたよりに若菜をアパートをたずねる寅次郎。寅次郎の話から、おばあちゃんの最期の夜はとっても楽しい夜だったことを知り、涙する若菜。
そんな若菜は有名な印刷会社で働いていたのだが、今回の葬式のことで有給休暇をとうろとしたらそれが会社の上司と対立のもとになり、勢いで会社を辞めてしまったという。《とらや》に帰った寅次郎はさくらや、博、タコ社長らに就職の当てはないかと探してもらう。
そんな若菜に恋をする酒田民夫(平田満)。彼は若菜と同じアパートの1階にすんでいて、司法試験をめざして勉強しているのだが、若菜のことを想うと勉強も手がつかない。そのことを知った寅次郎が、若菜にそのことを放すと彼女は「知ってるわ」と言う。その口調から実は若菜もまんざらではないらいしと感じた寅次郎は、アレンジメントデートを画策。3人で映画にでもでかける予定をたてるが、当日寅次郎は腹痛で来れないというシチュエーションを設定する。若菜もそのことはうすうす気づいているのだが、その流れにのってあげる。

・・・ここまではまあ良いのである。ここから最悪。
デートのあとアパートに帰ると、「おちゃでも入れるわ」と部屋によんでくれる若菜。さらに「いつかはこんな日が来るんじゃないかなって思ってた。今晩泊まっていってもいいのよ」という。「私初めてじゃないし・・」と言って過去の体験もさらりと公表、おそらく女性体験はほとんどないだろう民夫を落ち着かせようとする台詞もなかなか良いです。問題はそこにいたるまでの根拠がまるで伝わってこないこと。なのでいい台詞も突拍子もない台詞にきこえる。
しかし・・・・民夫は寝ている。最低男。
以下、絶望した民夫は故郷に帰り、睡眠薬をもって野山をさまよう。心配して寅次郎と大学の先生、そして若菜が追ってくる。みんなで山にはいり民夫を探し無事みつける。

この流れをはちゃめちゃコメディでやるからげんなり。はあ~~~~~ん??である。
ここで若菜が、それでも民夫でもいいなと思うようになったきっかけなどが、描かれれば物語としては成立するのに、そんなこともないまま、シャローなコメディ展開。さえない男が理由もなく美人の惚れられるというありえないファンタジー話に成り下がってしまった。

by ssm2438 | 2011-03-13 09:24 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 12日

男はつらいよ36/柴又より愛をこめて/栗原小巻(1985) ☆☆

f0009381_17293825.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
美保純 (桂あけみ)
栗原小巻 (真知子)

       *        *        *

この話のマンドンは、実は美保純のほうでしょう。

美保純扮する桂あけみは33作目の『男はつらいよ・夜霧にむせぶ寅次郎』から登場しているキャラで、隣の印刷工場のタコ社長の娘である。いつも新婚の旦那と喧嘩して《とらや》に来てはあくたいついたり、寅さんにあまえては帰っていくといういいキャラである。なんだかんだいいつつ、《とらや》の面子では「見たい!」っていう気になかなかさせてくれないので、その点美保純がいると、それだけで見たいと思ってしまう。良いキャラを補充したなというの感じだ。

そのあけみが今回はついに夫婦喧嘩の結果家出。そのあけみを連れ戻す指名をおびて下田までやってきたのが寅さんであった。
飲み屋でバイトしながらやているあけみをみつける寅次郎。一緒に帰ろうというとダダをこねられ、仕方がないので「帰りたくなるまで一緒に旅でもするか」ということになる。そんな寅次郎の言葉に「あの島にいってみたい」と彼女が指差したのが式根島。伊豆諸島のひとつで、下田と三宅島の間にある新島のちょっと下にある島。島には空港はなく、空路を利用する場合は、隣の新島の空港に降りてそこから船で式根島に渡ることになる。
その式根島へ渡る船の中で知り合ったのが20代後半のグループ。彼らは同級生で、同窓会のために島にもどっているとうのだ。彼らの先生が真知子先生(栗原小巻)で、一緒に同窓会に御呼ばれして先生と仲良くなってしまうというのが今回の展開。

実質的にマドンナが二人いるのでなにかと厄介なつくり。
島につくとあけみはほとんどおいてけぼり状態。寅次郎は真知子先生を囲む会に参加しあけみは一人で夕食を食べることに・・・。さびしい。しかしそんなあけみにも山田洋次は男を用意してある。島の青年があけみにやさしく、島を案内してあげたりする。海岸ぞいの岩場で温泉がでているというところに案内してあげると、勢いのいいあけみは露天風呂につかって一服。後姿のヌードを疲労してくれる。ごちそうさまでした。そんなこんなもあり、島では寅さんに相手にされてなくてもけっこういいムードのあけみであった。

一方同窓会の連中が帰った後の真知子先生はちょっとさびしいモード。そんなときに寅次郎が心の補完をしてくれる。真知子先生のシチュエーションはまさに『二十四の瞳』で、その映画にあこがれて当時、水道もとおってなかったこの島に赴任してきたという。同窓会のとき真知子先生にみんなが自転車を上げるのは実に『二十四の瞳』のおなご先生のシチュエーションを思わせてしまう。こういう小道具があると、ついつい『二十四の瞳』感動までなんとなく引き連れてくるから不思議である。

ここでの寅次郎は「故郷のにおいを運ぶ人」という立ち位置。真知子先生も葛飾あたりの人らしく、帝釈天も《とらや》も、《とらや》の草団子も知っているという。ドラマのとうのは不思議なもので、故郷のにおいを語り始めると実になごむのである。坂元裕二脚本の『東京ラブストーリー』でもカンチが故郷の愛媛県のことをかたるときはとても幸せそうなのだ。異国の地で故郷を語れれる人との出会いというのは、それだけで親近感をもたせてくれる。

しかしそんな二人の時間もあけみが「帰る」と言い出し終了。あけみは島の純朴な青年と仲良くなってきてたのだが、良いムードになりすぎて彼に「島の娘になってくれないか」とプロポーズされてしまったのだ。「ごめん、わたし、こんなんだけど人妻なの」って逃げるように旅館に帰ってくるあけみ。「あたし、あの人傷つけた」と寅次郎の胸でなくあけみ、「だって寅さん、なんにも聞いてくれないじゃない」とつづける。個人的には栗原小巻とのエピソードよりも、この美保純のエピソードのほうがなんか切なかったのだけど。。。

真知子先生も休日を利用して東京にやってくる。実は死んだ彼女の友人が残した娘の誕生日には必ず東京に帰ってきていたのである。その死んだ友人の夫からプロポーズされる。結局この男と結婚することを決意して終わるのだけど・・・、「死んだ友人の娘」というのがもうひとつインパクトにかけたかな。
これが、死んだ姉の娘で、実は真知子も姉の夫をずっと好きだった・・的な展開にしてほしかった。実はみているときはきっとそんな展開で、彼女のなかにもその男のことを求める欲求があるのだと思っていたら、実はただの友達の旦那というだけで、それほど彼のことを想っているわけでもなさそうだった。ちとさびしい。

結局この栗原小巻がらみの話というのは、子供のころにみた『二十四の瞳」にあこがれて式根島に教師として来たけれども、そこでは恋愛もさほどないまま歳をとってしまった。そんなとき真面目だけがとりえの男からプロポーズされて、ロマンチックな憧れはもうおわりにする踏ん切りをつけたという話。

by SSM2438 | 2011-03-12 11:33 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 11日

男はつらいよ37/幸福の青い鳥/(1986) ☆☆

f0009381_10194231.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
志穂美悦子 (島崎美保)
長渕剛 (倉田健吾)

       *        *        *

大空小百合に、寅次郎を「寅さん」と呼ばせるな! 
そこは「先生!」だろう。


思い起こせばシリーズ第8作目、『寅次郎恋歌』の冒頭で登場した坂東鶴八郎一座。雨の降る日。客足もなくその日は公演中止となり劇団員稽古に励んでいる。そんな雨の中その劇場を訪れたのが寅次郎。その寅次郎を駅(宿だったかも?)まで傘をさして送っていってくれたのが当時15~16才くらいの座長の娘・大空小百合(岡本茉利)。本名・島崎美保。
その後この坂東鶴八郎一座は第18作、第20作、第24作、に登場し、映画の終盤、旅先を行くおわった寅次郎を車に乗せて去っていくのである。

で、このシリーズ31作目『幸せの青い鳥』ではその大空小百合こと島崎美保がマドンナとして登場する。なので今回は寅次郎の恋愛というのとはちょっとちがう。どちらかというと自分の娘をおくりだしてやる父親のようなモチベーションなのだ。

しかし・・・、それまでの小百合がアンパンマンのような岡本茉利だったが、今回は志穂美悦子。松坂慶子顔なので、どうにもそれがそのキャラだとは気づかなかった(苦笑)。おわりまでみて、あれ、もしかして・・???ってネットでしらべてみたら、ああああああああ、あのときのって分かった。これはかなりの寅さん映画しか分からないところだろう。
わからなくてもいいのだけど。。。

その娘が東京に出てきて恋をするのが、絵描きを目指しつつ映画の看板を描く仕事についている倉田健吾(長淵剛)である。
正直はところ、この映画自体はそれほど底が深いドラマではなく、シリーズをとおしてみても、それほどどうという映画ではない。しかし、絵描きがドラマの中にあると、やっぱりついついこだわってしまう。勝手にそのキャラクターのバックボーンを想像できてしまうので、映画のなかで説明がなくても自分の想像だけでドラマが出来あがってしまうのである。
絵描きは常に、自分の描きたいものを描くが、世間で受けるもの描くか、その二つのベクトルの狭間で苦悩する。絵描きである以上、自分を主張したいが、それを主張すると世間からは受け入れられない。だいたい「自分とは何か?」というシンプルな問題の答えは、「その他大勢ではないもの」になってしまうのだから。
世間にうけいらられる画家には、「迎合力」というものが生まれつきあるように思う。印象派のなかでもっとも世間にあいされたのはルノワールだっただろう。私としてはそれほど彼の絵が面白とは思わないが、自分が描きたいモノと、世間が見たいものとが近い位置にあったのが当時のルノワールだった。本人はそれに迎合したわけではないのだろうが、生まれつきもった感性がそれを受け入れやすい気質だったのだろう。でも、自己を主張したい人はそうはいかない。つねにそうでないものをついつい求めてしまうのである。これが絵描きにかぎらず、小説かも、作曲家も、映画監督も、大衆を相手にする人はみんなそうだ。
この長渕剛演じる看板屋もそこで苦しんでいる。

絵を描く人の逃れられない宿命だ。

<あらすじ>
九州の筑豊を旅する寅次郎(渥美清)が、坂東鶴八郎一座の座長の家をたずねると、すでに座長は亡くなっており、清張した一人娘の美保(志穂美悦子)と出会う。最初は誰か分からなかった美保だが、それが「先生」だと分かると懐かしさがあふれ出てくる。
「東京に出て来るようなことがあったら葛飾柴又帝釈天参道のとらやを訪ねな」と告げ別れる寅次郎。それから数ヶ月して寅次郎が故郷の柴又に帰ると、何回か女のひとから電話があったことを知らされる。美保が東京に出てきているのだ。《とらや》に下宿し、柴又のラーメン屋ではたらくことになる美保。彼女のおかげで店は大繁盛。そんな美保の生活を安定させてやるには誰かいい人をみつけてやらないと、美保の婿候補をさがす寅次郎。しかし美保にはきになる男がいた。
看板屋で働いている倉田健吾(長淵剛)という青年だった。《とらや》をたずねる前の晩、ちんぴらに絡まれていたところを健吾に助けられた美保は、一晩彼の部屋にとまることになる。健吾は徹夜で映画の看板を描いているのでベットをつかっていいと言われた。ぶっきらぼうだが誠実で、同じ九州出身だということもわかりひそかに好意をもった美保は、再び健吾を訪ねる。しかし健吾は、自分の描いた絵がまた落選し、しょぼくれていた。やさしくしてくれた美保をベッドに押し倒してキスをしてしまう。しかし美保に拒まれあえなく玉砕。
それから数日後、《とらや》を訪れる健吾。団子とビールを飲む健吾をみて「どうした青年、失恋したのか?」と声をかける寅次郎。失恋話を聞いているうちにその男の誠実さを感じる寅次郎。やがてその青年の失恋したあいてが美保だと分かる。そこに美保が《とらや》に昼飯の出前を届けにきて鉢合わせ。さらにこじれて喧嘩わかれのようになるのだが、「あの青年も美保ちゃんのことが好きだし、美保ちゃんも彼が好きだ。追え」といって美保を店から送り出す寅次郎。

by SSM2438 | 2011-03-11 05:21 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 10日

男はつらいよ38/知床慕情/竹下景子(1987) ☆☆

f0009381_025101.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
三船敏郎 (上野順吉)
竹下景子 (上野の娘・りん子)
淡路恵子 (悦子)

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竹下景子 in 寅さん、第二段!

先の32作目からはや6作目、またしても竹下景子登場である。今回は知床で獣医を営む上野順吉(三船敏郎)娘りん子という設定。親の反対を押し切り、駆け落ちして東京に出たが結婚は破綻、戻ってきたという出戻り娘である。今回は寅次郎が自分の恋愛でどうのこうのという話ではなく、この偏屈頑固獣医の三船敏郎と、スナックのままさんの淡路恵子の仲をとりもつという話。大昔にこの話は見たことがあったのだが、久々に三船敏郎の告白シーンをみてたら今回はなんだか泣けてきた。歳をとるとなんでもかんでも泣けて見えるものだ(苦笑)。
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三船敏郎と淡路恵子といえば、誰しも思いだすのが『野良犬』である(苦笑)。淡路恵子がダンサーの役で、刑事・三船敏郎の拳銃を盗んだ男が子供の頃から憧れていた人という設定。今となってはこの作品を思い出す人はそういないかもしれないが・・。『野良犬』でふたりの恋愛関係が描かれたわけではないのだが、昔同じ映画に出たってだけで、なにかしら不思議な歴史的なつながりを感じてしまう。ああ、この人たちはもう何十年も同じ釜の飯をくって生きてきたのだなあと思いながら観ていると、この映画のストーリーのほかのところでもかってに物語を想像してしまう。

この映画・・、やっぱり知床の風景がいい。明らかにそこらにある風景ではない。海から生えているような岩や断崖をおちる滝。霞にくもる谷間。こんなところで人間は生きているのだなあと再認識してしまう。私も田舎育ちで小学校の同級生は私の他に8人しかいなかった。きっと、この知床の町もそのくらいの田舎なのだろうなってと思うと、見たことのない風景でもなんだか懐かしく思えてくる。

<あらすじ>
北海道の知床にやって来た寅次郎(渥美清)は、武骨な獣医・上野順吉(三船敏郎)が運転するポンコツのライトバンに乗せてもらったのが縁で、一晩彼の家に泊まることになる。そんな彼の家に<勝手知ったる他人の家>モードは洗濯物をとどけるスナック《はまなす》のママ・悦子(淡路恵子)。既に妻とは死に別れ、手塩にかけて育てた娘は駆け落ちして東京に出て行った。そんなやもめ暮らしの順吉を世話してるのが悦子だった。
そんなある日、順吉の娘・りん子(竹下景子)が戻って来た。結婚生活が破綻し傷心で里帰りしたのだ。寅次郎たちやもと<りん子ちゃんの純潔を守る会>のメンバーの男たちは暖かく迎えたが、父親の順吉だけが冷たい言葉を投げつける。「まったく、こまった人だねえ」といつも順吉と社会との緩衝材になっている悦子だったが、店のオーナーがスナックを閉めることになり、妹のいる新潟に移ろうかという思いにかられていた。
一旦身辺整理をしに東京に戻ったりん子が知床に帰ってくると、<りん子ちゃんの純潔を守る会>改め<知床の自然を守る会>のメンバー達が知床復帰岩井のバーベキューパーティを開いて「もう何処にも行くな」とはげます。その席で悦子も知床を離れる決意を口にする。やはり頭ごなしに「行っちゃいかん!」と傲慢に意義をとなえる順吉。

好きな人に「好き」と言えない純情さがとても懐かしい。私も中学生のころまではそうだったなあとあの頃の自分のメンタリティを思い出してしまう。

「反対なのはみんな同じなんだよ。あんたが言うのは理由があるんだろう? 言ってみな。言わなきゃママさんは新潟に行っちゃうよ」と順吉をいじめる寅次郎。「なら言ってやる、いってやるぞ」と悦子の前に歩み寄る順吉。
「オレが『行っちゃいかん』と言ってるその理由は・・・、
 その理由は・・・・・・、オレが惚れてるからだ、悪いか!」

この最後の「悪いか!」がとても素敵だ。
寅さんワールドの根底にあるのは、この「好きな人に好きと言えないもどかしさ」なのだろう。・・・・懐かしい。

by ssm2438 | 2011-03-10 00:32 | 男はつらいよ(1969)