西澤 晋 の 映画日記

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カテゴリ:男はつらいよ(1969)( 50 )


2011年 03月 09日

男はつらいよ39/寅次郎物語/秋吉久美子(1987) ☆☆☆☆

f0009381_16264660.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (とーさん・車寅次郎)
秋吉久美子 (かーさん・高井隆子)
伊藤祐一郎 (秀吉)

       *        *        *

寅次郎子育てシリーズ第2弾
擬似夫婦のシチュエーション設定がラブリー!


今回のマドンナの秋吉久美子は、色っぽすぎて、娼婦性があり、女性のしっぽり感がありすぎるので、この『男はつらいよ』のシリーズには似合わないような気がしていたのだが、ここで彼女は演じている隆子は悪くない。くわず嫌いすいませんでした・・・。

今回の物語の発端は《とらや》に秀吉(伊藤祐一郎)という子供が尋ねてくるところから始まる。この子、寅次郎のテキ屋仲間のマサの子供なのだが、酒と賭博と女にあけくれ妻には家を出て行かれ、「俺が死んだら寅をたよれ」と言い残し、死んでいったという。その子の母親は和歌山にいるらしいという情報をつかんだ寅次郎(渥美清)は秀吉を連れて母親さがしの旅に出る。
この母親というのはてっきり秋吉久美子だとおもっていたら違った。秋吉久美子はまったく関係のない人。

その母親が勤めていたというホテルや旅館をたずねつつ、新和歌浦から吉野へたどり着く。そこで働いているとおもいきやすでにやめてしまったとか。とりあえずその夜はそのホテルでとまることにしたのだが、その晩、秀吉は旅の疲れから高熱を出し、旅館で寝込んでしまった。どう対処していいのか分からない寅次郎は深夜にさくらに電話をかける。「深夜でもなんでも医者をよびなさい」というさくら。急いで旅館の管理人をたたき起こして近所の医者までタクシーをとばすそうとする寅次郎。そのあいだ、面倒をみてくれたのがたまたま隣の部屋にひとりで宿をとっていた高井隆子(秋吉久美子)という化粧品のセールスの女性。

実はこの隆子は不倫の関係にあり(勝手に推測)、ここで男と会うはずだったが相手が来なかったので一人で泊まっていたのだ。さらに以前子供を下ろしたことがあり、産んでいれば秀吉くらいの年頃だったらしいこともあり、その子に感情移入してしまう。
寅次郎を秀吉のお父さんだと勘違いした隆子が寅次郎を「お父さん」と呼ぶようになり、呼んでき医者(実は耳鼻咽喉科)は、ふたりを夫婦と勘違いし隆子のことを「お母さん」と呼ぶ。治療中、いちいちそれを改正する必要を感じなかったふたりはお互いを「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになり、なんとかその晩のどたばた騒ぎを切り抜ける。その晩の出来事があってから、秀吉をはさんでふたりは「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになり、しばしの擬似夫婦のファンタジクな時間をすごすことになる。
《とらや》からかかったきた電話でも、「お父さん」「お母さん」モードで話す寅次郎。そしてそのそばにいるらしい女性の声が寅次郎のことを「おとうさん」と呼んでいることにびっくり。

この映画の幸せ感は、この二人は擬似夫婦の時間を楽しんでいるときなのだ。見ている人もその時は幸せになれる。やがて伊勢志摩で秀吉の母がいることが分かる。明日は別れの日だという晩、秀吉を寝かしつけた寅次郎の部屋にはいってくる隆子。日本酒を飲みながら最後の夜の会話をしたあと、「今晩ここで寝ていい?」と秀吉によりそうようにとなりにもぐりこむ隆子。「寅さんもいらっしゃいよ」と隣の呼ぶ隆子。ま、いいかとテレながらも幸せそうに隣のねようとする寅次郎だが、ここで秀吉が寝小便をして良いムードは終わり。残念。

翌日隆子と別れて伊勢志摩へむかう寅次郎と秀吉。しかし、秀吉にとっては寅次郎と隆子と一緒に時間は実に幸せな時間だったので、それ以上のお母さんに会えるかどうか不安でもある。連絡船にのって秀吉の母が働いているという真珠店へ行くと、母は病気のため近くの療養所で休んでいるという。なんだか『母をたずねて三千里』のシチュエーションである。現実をみるまでの不安感いっぱいの秀吉がとってもいい。そして対面。店のおかみさんがやさしい人で食事の用意をしてくれていて、それをご馳走になる一同。しかしそのあとはあっさりさっていく寅次郎が実に男らしい。
船着場で連絡船にのる寅次郎だが、秀吉は「一緒に柴又に帰りたい」という。ふたりを母親にところまで連れて行ってくれたその船の船長さんも、「今晩だけでも一緒にとまっていけば」と言葉をかけてくれるのだが、きっぱりと否定し、別れをさっさと切り上げる寅次郎。泣けるんだ。

<未来のための思い出を裏切る>というのは泣かせの常套手段ではある。捨てるべき思いで部分を散々幸せいっぱいに演出しておいて、幸せかどうかも分からない未来のために捨てさせる。王道すぎて卑怯だとも思うがやっぱり泣ける。だああああああああああああああああああああ。

やがて、時がたち正月になり《とらや》に隆子がたずねてくる。寅次郎のいない《とらや》で擬似夫婦をやっていた思い出話にはなを咲かせているころ、寅次郎は二見が浦で露店を開いていた。そこで秀吉とその母、そしてあのときの船長さんが仲むつまじく一緒にあるいているのをみて安心するのであった。

by SSM2438 | 2011-03-09 12:54 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 08日

男はつらいよ40/寅次郎サラダ記念日/三田佳子(1988) ☆☆☆

f0009381_11213654.jpg監督:山田洋次
原作:山田洋次/俵万智
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
三田佳子 (原田真知子)
三田寛子 (原田由紀)

       *        *        *

愛人でいいのと歌う歌手がいて、
言ってくれるじゃないのと思う。


今回は俵万智『サラダ記念日』という短歌集とのコラボ。そういうわけでクレジットでも彼女の名前が連記されている。本編のなかでも、そのなかの短歌がいくつか使われている。・・・しかし、それが効果的だったかどうかはちょっとなんとも・・。スクリーンの中にポイントポイントで、白い字の短歌が中央におかれるのだが、雰囲気としては悪くない。ただ、もう3秒くらいほしかったかな。残念ながら私の感性が乏しいのか、私はちょっと味わいきれなかったという印象だった。もうちょっと映画の内容とリンクしてくれればいいのだけど、とりあえず、映画のないようにささやかにふれそうな短歌をもってきただけ・・という印象だった。・・・私だけ???

今回は、いうつもの<夢おち>からのスタートではありません。だんだんと新しい作品になってくると、昔のスタイルがすこしづつ変わってきてますが、個人的にはあの<夢おち>スタートは大嫌いで、いつも省いてほしとおもってました。このあとのゴクミシリーズになると完全にその部分はなくなるのでうれしい限りです。

さりげない時代と流れとしましては、《とらや》が《くるま菓子舗》が変わってしまいました。なんでも《とらや》というのがどこやらの商標登録となり使えなくなったとか。無粋なことしてくれますね。当時2チャンネルがあったら大叩きされてたでしょう(苦笑)。

<あらすじ>
信州を旅する車寅次郎(渥美清)は、一人暮らしの老婆と知り合い、楽しい一夜を過ごしてしまった。寅次郎が異性と二人で一晩同じ屋根のしたですごすのは珍しいことである(笑)。翌朝一人の女医さんが訪ねてくる。話をきいてみると、そのおばあちゃんは、病院を抜け出したらしい。「どうせ死ぬのなら、自分のうちで死にたい」というおばあちゃんをなかなか説得できない女医さん。しかし寅次郎が親身になって話してやると病院に向かう決意ができたらしい。

この家をはなれると時に描写がいいんだ。きっとそのおばあさんには、これが最後の見納めなんだろうなと分かっていたんでしょうね。車をだそうとする女医さんをしばし制してじい~~っと自分の住んでいた家を眺めている。女医さんそれが最後になるだろうなとわかっていたのでしょう。「もうええで」と言って、車は走り出す。

その女医さんは原田真知子(三田佳子)といい、夫を山でなくしてもう3年あまりがたとうとしていた。ほんとうにおばあちゃんをこの病院につれてきて延命させることが大切なことなのか? 余命すくないと分かっているのなら、そのおばあちゃんのいうとおり、すみなれた自分のうちで安らかに最期を迎えさせてあげるべきではないのか? そんなことで悩む真知子。しかし院長には「そんなことでいちいち悩んでたら医者はつとまらんぞ」とぶっきらぼうにいわれるしまつ。そんな真知子も、やはり寅次郎の存在にこころのやすらぎを覚えランチにさそう。そこへ、東京から姪である由紀(三田寛子)が訪ねてくる。由紀の趣味は短歌であった。
そんなこんなで、短歌の登場に理由付けは出来ましたとさ。

柴又に帰った寅次郎は、由紀が通う早稲田大学へ出かける。通りがかりの学生(尾美としのり)に由紀がどの授業を受けるのかを教えてもらい、その教室にいってみるとまだ誰もきていない。そのまま眠りこめてしまった寅次郎は気がついてみると講義の真っ最中。さらに場違いな質問でその講義を茶化してしまう。
第20作目で登場したワット君(中村雅俊)の話などするのだが、それが受けてしまい教授は講義にならない。

・・・しかし、このあたりになると正直寅次郎の存在がうざくなる。同時に山田洋次の演出にも疑問をもってくる。じっさいこんなオヤジがいたら迷惑なだけだ。それを無理やり生徒から正当化されるように演出していくのだが、この「若者になんとか受け入れられる寅次郎」が無理があるというか、媚をうりすぎというか、寅次郎を無理やり若者たちに受け入れさせようとする方向性に苛立ちを感じてしまう。これは、のちのちのゴクミシリーズもそうなのだが、シリーズとして若者受けをねらった方向性が目立ち始める。その見せ方では受けいられるのは到底無理なところを映画のなかではそれをやってしまうからいやらしさが目立ってしまう。後半の『男はつらいよ』の興ざめポイントがまさにここである。

一方諏訪家では、満男(吉岡秀隆)が大学進学でなやんでいた。そんな満男に「俺みたいに勉強してない奴は、振ったサイコロの出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがないんだ。俺みたいになりたいか?」と大学進学を進める。この言葉があとになって効いてくる。

やがて信州で出会ったおばあちゃんが危篤だという知らせをうける寅次郎。真知子の病院にいくがそのときにはすでにおばあちゃんは息をひきとっていた。自分の医者としての立場に悩む真知子。信州は夫との思い出の有るある場所だが、子供のいる東京にもどり、東京で再婚でも考えたほうがいいのでは思うようになる。心が弱っている真知子は、夫の面影のだぶる寅次郎によりそってほしい気持ちもあるのだが、はやり寅次郎は「彼女に必要なのは、おれみたいに振ったサイコロの出た目で決めるような、その時の気分で決めるよりしょうがない男じゃないんだ」と由紀に語り去っていく。
しかし真知子が望んでいたのは理路整然と理屈で語るひとではなく、感情で語る人だったのだ。

そのころ、病院をやめようと決意した真知子は院長に話しに行くが、理不尽でむちゃくちゃで、理屈など成立しない、強引で熱心で熱のこもった説得の言葉を受けていた。登場のときぶっきらぼうな発言しかしなかった院長が、熱く語るのである。

理屈で語るのではない、感情で語る人がここにもいる。
そこにささやかに真知子の未来に希望をもたせている。

大学での演出は最低糞演出だったが、この最期の流れは実にすばらしい。
おわりよければすべてよし・・という映画であった(苦笑)。

by SSM2438 | 2011-03-08 11:22 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 07日

男はつらいよ41/寅次郎心の旅路/竹下景子(1983) ☆

f0009381_10283823.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
竹下景子 (江上久美子)
淡路恵子 (年輩マダム)
柄本明 (自殺志望者の坂口)

       *        *        *

竹下景子 in 寅さん、第三段!

・・・・・・うむむむ、だめだ。寅さんにヨーロッパは似合わない。ただの田舎ものに見えてしまう。たぶんこのあたりが、日本人の国際的感覚のなさなのだろうなと露骨に体感してしまい、あまりみていき気持ちのいいものではなかった。さらに云うなら、総ての愛に真実味がない。竹下景子と外国人の彼氏の愛、寅さんと竹下景子、淡路恵子となくなった旦那、柄本明と地元で知り合った女性・・・総てカップルに愛を感じない。ここまで形式的描き方はイカガなものかと思ってしまった。竹下景子とウィーンの恋人へルマン君とのやりとりはどのシーンもぎこちなくてうそくさい。海外ロケしたことにより、<寅さん>というヒーロー像ががほとんど機能しなかったという感じである。結果として形式手なすトーリー展開だけしか残らなかった残念な作品になってしまった。やはりこのシリーズは国内の、日本人の情緒がわかる範囲にとどめておくものだったのだと理解した。

この映画のポイントは、寅さんと海外という、およそありえない組み合わせを成立されるための段取りだろう。大体ほとんどの人は寅さんが飛行機にのるというイメージすらもてない。もっとも、沖縄に行った時は初めて飛行機にのっているのだけど。しかし、今回は成田からの出国である。パスポートだってもっていなければならないのである。寅さんがパスポートを取るなんて・・どういう段取りなんだ??って思ってしまう。しかし、映画の展開はなかなか巧みで、昭和の遺物である寅さんがパスポートをとり飛行に乗るまでの流れを面白おかしく表現してくれている。

<あらすじ>
陸奥を旅する寅次郎(渥美清)の乗るくローカル線の列車が急停車。線路に自殺願望の男が寝ているというのだ。心身衰弱のサラリーマン坂口(柄本明)を前にした寅次郎は、持ち前の義侠心で優しく諭す。坂口の望みは音楽の都オーストリアはウィーンに行くという事で、寅次郎に付いて来て欲しいという。寅次郎はウィーンを湯布院(九州の温泉地)と聞き違え、二つ返事で了解してしまう。
その気になってしまった坂口は、旅行代理店に電話をかけ、その旅行代理店の人間は葛飾柴又の《とらや》を訪れる。当然のことながら《とらや》の人たちは寅次郎がウィーンへ行くときいてびっくり仰天。寅次郎が実家にかえってくるなりなんとかやめるように説得する。そんなわけで、いったんウィーン生きは中止になるのだが、翌日《とらや》に迎えに来た坂口は、寅次郎が一緒に行かないということをきいて発作を起こしてしまう。
仕方なく成田までついて行く寅次郎だが、その流れてあれよあれよという間に飛行機に搭乗してしまい、とうとうそのままウィーンまで行ってしまう・・という流れ。

旅行のしたくも何もなしに、でもパスポートだけはもって空港にいき、そこからなんだかんだと坂口につれていかれ、搭乗口に吸い込まれていく流れは、ありえそうにない強引な展開なれど、そこそこ説得力があった。ウィーンについてからも、それほど違和感はなく撮られている。とにかく寅さんというキャラクターは、周りには日本人がいないと機能しないものだけど、それを可能にするためにウィーンで長年生きている淡路恵子を設定したり、マドンナ役をツアーコンダクターに設定したりと、まわりに日本人を配置している。

ウィーンに着いた二人だが、趣味が合わず別行動。坂口は美術館を見学し、寅は公園をぶらぶらしているうちにホテルへ帰れなくなる。江上久美子(竹下景子)が先導するツアーの一団をみつけそれについていってしまう。寅は久美子の休日に二人でドナウ川の辺に出かけた。久美子は故郷を思い出し日本に帰る決心をするが、ウィーンにはヘイマンという恋人がいた。彼は理解を示してくれて久美子は寅と坂口と共に帰国することになったが、いよいよ空港を出発という時ヘイマンがやって来て久美子を引き止めるのだった。

異国の土地で現地のツアーコンダクターをやってる気丈な久美子。その彼女が寅とあって心和んでいくというのはいつもの展開で、今回は後期作品では珍しくシリーズ初期の展開にもどり、寅さんを好きになりかけた女に最後はやぱっり選んでもらえないという報われない恋愛ドラマになっている。
それはそれで正解だと思うのだが、この物語を今ひとつもりあがらないものにしているのは、寅さんの立ち居地があまり素敵ではないということなのだろう。外国で自立しようとしている女性を「つらかったら返っておいで」という方向性で慰めるものだから、あまり寅さんに賛同できないのである。結果として彼女は残ることをえらんだのだから良いのだけど・・・、どうも、今ひとつきもちよく見られなかった。

by SSM2438 | 2011-03-07 23:29 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 06日

男はつらいよ42/ぼくの伯父さん/後藤久美子(1989) ☆☆☆

f0009381_6101415.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
吉岡秀隆 (諏訪満男)
後藤久美子 (及川泉)

       *        *        *

新装開店の寅さん、その第一弾!

良くも悪くも新しい『男はつらいよ』である。しかし、若い人に媚びた感があるところは否めない。オールドファンにはある種の拒絶反応はあるだろう。でも、決して面白くないわけでもない。ついつい観てしまうような魅力はある。

物語の根本的な違いは、リーディング・キャラクター(物語をリードするキャラクター)が満男にシフトしてきている。満男が動いて事が起きる。いままでは寅さんが動いて事が起きていた。
満男には常時想う人がいる。それが及川泉(後藤久美子)である。この満男と泉ちゃんの恋愛劇を軸に、寅さんがサポートにまわるという展開が、この作品からあとの『男はつらいよ』の基本パターンとなってきている。

それ以外にも話の展開が根本的に見直されている。
今までのシリーズでは、夢オチ→《とらや》での騒動→マドンナに出会う→うまいこといかず再び旅に出る→マドンナが《とらや》をたずねてくる→旅先で元気に商売している寅次郎、の展開。それがこのシリーズからは、冒頭の夢オチが排除され、寅次郎賛歌の言葉を満男のナレーションで語られる。その後は諏訪家での騒動。そのあと満男が旅に出る。その目的はいろいろあるが、ほとんどは泉ちゃんを想っの旅である。泉ちゃんが登場しない話では、就職活動に嫌気がさしたとか、就職しても人生に張りがない・・とか。とりあえず満男が旅にでて、その旅先で偶然寅次郎に会う。あるいは、寅次郎はさくらの意向をくんで満男をおいかていく・・などの展開で、旅先で満男と合流。満男の恋愛のサポートをする。そのうちその場所でちょっとした恋愛にいたりそうな女性との触れ合いもある。最後は満男が泉と別れて、諏訪の正月を過ごしていると、彼女が尋ねてくるというパターン。

満男と泉は寅次郎のキャラクターを二分したようなキャラで、満男は寅次郎の情けなさと人の心を思いやる性格をもっている。泉は、寅次郎の直情的で人の迷惑かえりみず行動するところをもっているが、これが潔くけっこうカッコいい。でも、彼女の人生はけっこう不幸に満ち溢れている。

<あらすじ>
浪人中の満男(吉岡秀隆)は高校時代の後輩の及川泉(後藤久美子)からちょくちょく手紙をもらうようになっていた。満男が高校3年の時に、泉が高校1年であり、同じブラスバンド部に所属していた。しかし、家庭の事情で泉は名古屋に越してしまう。彼女からの寂しいという手紙に、いてもたってもいられない満男はバイクをとばして名古屋に向かう。
名古屋で泉の母親礼子(夏木まり)に出会えた満男だったが、泉は母親のもとを出て、佐賀の叔母さん(礼子の妹)の所にいるという。満男は無謀にもオートバイで佐賀に向かった。宿がなく、相部屋しかないというのだが、それを了承すると、なんとそこには寅次郎(渥美清)がいた。翌日、寅次郎は満男について泉がいるという家へ向かった。そこの祖母は郷土史研究家で人に説明するのが大好き。聞き上手な寅次郎はすっかり気に入られ、その晩はぜひ泊まってゆけという。叔母の寿子(檀ふみ)も親切にしてくれる。

しかし寿子の夫・嘉一(尾藤イサオ)は東京からバイクにのって泉を訪ねてきた若者が気に入らない。その叔父さんも気に入らない。翌日バイクででかけた泉と満男だが、帰りが遅くなったことで辛らつな言葉をなげつける嘉一。恐縮し謝るしかない満男。二人が帰った後も、寅次郎に一言二言憎たらしい言葉をなげつける。いつもなら切れそうなところだが、ぐっとこらえて静にうけこたえる寅次郎。

「私のようなできそこないが、こんなことを言うと笑われるかもしれませんが、私は甥の満男は間違ったことをしてないと思います。慣れない土地へ来て、寂しい思いをしているお嬢さんを慰めようと、両親にも内緒ではるばるオートバイでやってきた満男を、私はむしろよくやったと褒めてやりたいと思います」

このシーンはなかなかじい~~~~~~んときた。
初めての一人旅をおえてどろんこになってかえってきた満男がみんなに祝ってもらってることに、寅次郎は木枯らしのふく無人駅の赤電話から中電話してくる。この対比が超寂しくていい。


満男がバイクに二のって旅するときにかかる挿入歌もこの話から使われるようになったものだが、どうも心にのこらないかなりシャローな歌なのだ。個人的にはこの挿入歌使うの辞めて欲しいのだけど。使うのならもっと心ニ言葉がのこる歌にして欲しいものだ。作詞・作曲は最低である。
さらにもうひとつ、よく判らないホモのバイカー登場。なんなんでしょうね、これは???? 世間には魑魅魍魎もいるよってことなのでしょうが、ちょっと違和感のあるエピソードだった。無くても良かったのに・・・。

by ssm2438 | 2011-03-06 21:51 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 05日

男はつらいよ43/寅次郎の休日/後藤久美子(1990) ☆☆☆

f0009381_8522674.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
吉岡秀隆 (諏訪満男)
後藤久美子 (及川泉)
夏木マリ (泉の母・礼子)
寺尾聰 (泉の父・一男)
宮崎美子 (泉の父の愛人・幸枝)

       *        *        *

宮崎美子がやたらと可憐だ。

『男はつらいよ』のタイトルを掲げてやるには違和感というか・・・、どうも私の脳みそはある種の拒否反応を起こしてる感じではあるのだが、それでもついついどうなるのか気になってみてしまうこの42作目からつづく泉ちゃんシリーズ。今回はその2作目。

今回の満男は、泉ちゃんと一緒に父をたずねる旅の物語。泉の父は、母があんなだから嫌気がさすのはしかたがないだろう。他の女の人と一緒に住んでいるという設定。じつはキャスティングなどみないままこの映画をみはじめたのだが、その愛人と一緒にすんでいるという父親は誰なんだ??ってみてたら寺尾聰でした。でその愛人が宮崎美子。このふたりがあまりにも素敵で、ほおおおおおおおっと関心してしまった。

<あらすじ>
浪人生活からぬけだし、晴れて大学生になった満男(吉岡秀隆)。しかしキャンパスは八王子。柴又からだといくだけで2時間かかってしまうというところ。大学の近くに部屋を探していざ引越しという時に泉(後藤久美子)が東京へやって来た。

満男にしてみれば、朝起きたら食事が用意されているような生活から脱却したいのである。世話されすぎるのは嫌な年頃なのである。親離れはできつつある子供なのだが、まだ母親が小離れできない状態。それをうっとおしくさえ思えてしまう満男はついついさくらにも辛らつな言葉をはいてしまい、父親に博には怒られているというシチュエーション。
けっきょくのところ、その後もアパートを借りるという話なくなり、最後まで柴又のうちから大学には通ったということなのだろうか? このあたりはぼやけている。
しかし、この『男はつらいよ』とう物語のうっとおしい部分はその家族のバインディングが強すぎるところなのだろう。正直私としてはかなりうざいと感じてしまう。そんなところがあり長いことこのシリーズには手を出さずにいたのだが、ま、これも勉強だし仕方がないかな・・・と重い腰をあげたわけだ。

泉が東京にきたのは、女の人と一緒に暮らしているという、別居中の父親に会うためだという。その女性と別れてもらい、うちに帰ってきてほしいというためだった。しかしその父親はすでに職場を退職、相手の女性の実家のある大分に帰っているというのだ。
名古屋へ帰る泉を見送りに東京駅のホームまできた満男だが、泉から、父親の居る大分へ向かう事を告げられ、扉が閉まる直前に新幹線に乗り込んでしまった。

ここの<じらし>からの一気の解放はなかなか素敵だ。
どんなに頑張ってもなんにも力になってあげられない満男。新幹線発車のチャイムがなる。ポロロロロロロロロロロ。涙ぐんでる泉。最後の最後で一気に乗ってしまう満男。基本的にはなんのとりえもない凡人代表の満男だが、感情をためてためてためてためて、最後に「えいやーっ!」って行ってしまう爽快感。自分に自信がもてなくて、力もなくて、それでも後先考えずに行かずにはおられない感情。良いですな。

事情をしった寅次郎は泉の母親礼子(夏木マリ)と一緒に彼らを追う。で、追うのは寝台特急。あまり印象のよくないキャラクターの泉の母だが、寅次郎と一緒にいるとなかなか素直になってしまう。カーテンへだてて一緒に眠るというのはやはりそれなりにときめくものである。

父親の愛人に「別れて欲しい」と言うために大分まできた泉。しかし、そこで暮らす一男(寺尾聰)と幸枝(宮崎美子)のやりとりを見ていると、それがいえなくなってしまう。別居中の父親が、他の女性と一緒にくらしているちうのに、そのふたりはとても自然で、「この二人はこうあるべきなのだ」という空気が流れている。ここの一連の演出は、特に突拍子もないことはないのだが、その何もなさがすべてを語っている。すばらしいのひとことである。

父親と別れた後、涙を流す泉の肩を満男は戸惑いながらも抱いてやる。その後礼子と寅次郎が合流、4人で温泉旅館に泊まることになる。礼子は無理して陽気に振舞っているが、おひらきの後、礼子が酔っ払って声を上げて泣き、それを泉が慰めていた。「行かなくていいの」と言う満男の言葉をきいても動かない寅次郎。
翌朝、泉と礼子は先に旅館をでていた。

by SSM2438 | 2011-03-05 08:53 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 04日

男はつらいよ44/寅次郎の告白/後藤久美子・吉岡日出子(1991) ☆☆☆

f0009381_1964887.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫/花田三史
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
吉岡秀隆 (諏訪満男)
後藤久美子 (及川泉)
吉田日出子 (旅館の女将・聖子)

       *        *        *

吉田日出子のほんわかモードが穏やかな時間の流れをつくってくれる。

実は、そんなに悪くない及川泉シリーズ。ただ、リーディングキャラクターが、42作目の『ぼくの伯父さん』から満男(吉岡秀隆)になり、彼がもともめる女性が及川泉(後藤久美子)でとりあえず固定され、寅さんはそのサポートキャラにおさまってくる。そのため寅次郎の恋愛がかなり薄手で、それまでの『男はつらいよ』とは本質的になにかが変わってきている。オールドファンにとっては、その変化がそれほど嬉しくないのも無理はないが、作品がもう以前の寅さんではないということを受け入れれば、それほど悪くない。
それにこの44作目では、寅次郎の恋愛劇も復活しており、やっぱりこうなると寅さん映画らしくなるのである(笑)。

<あらすじ>
東京での就職を考えている及川泉(後藤久美子)は満男の家に泊まることになる。翌朝泉は高校教師に紹介してもらった楽器屋を訪ねるが、高卒での採用は厳しいといわれ、短大でもいいから入ってからにしたら・・とアドバイスされる。しかし、泉にはもう親に世話になりたくない状況にいたのである。
職探しに失敗した泉が名古屋に帰ると、泉の母親礼子(夏木マリ)は付き合っている男を家に連れてくる。その男を突き飛ばし、自室にこもる泉。翌日泉は家を出た。それから数日後、満男の元に泉から絵葉書が届く。その絵葉書は鳥取砂丘だった。そして書いた字は涙でにじんでいる部分がある。ただならぬ気配を感じた満男は「泉ちゃんから連絡があったら鳥取砂丘でまってるからと伝えて」と言い残し一路鳥取へ向う。

ここまでのシーンでなかなか切ないのは、泉の就職をねたに笑い話をする《とらや》の面子。看護婦さんがいいとか、スチュワーデスでかわいいとか、そんなかなり軽薄なモードで笑い話をする反面、その軽薄さを良く思わない満男がブスっとしている。このあたりで感情移入の違いをさらりと描いている。

鳥取県倉吉市の打吹玉川(伝統的建造物群保存地区)付近で、雑貨屋をいとなんでいるおばあちゃんから親切にされた泉は、その夜そこに泊めてもらうことになり豆腐を買いに出る。そこで行商にきていた寅次郎に出会い、おじちゃまあああと泣き出してしまう。その夜は雑貨屋で雑魚寝する3人。満男が鳥取砂丘でまっているという伝言をきいた泉は翌日満男を再会する。

鳥取砂丘の丘のうえで、遠くをみている満男。どこからともなく「せんぱーーーい」の声。気づくと泉がこちらにむかってかけていきてる。砂丘を転がるようにかけよる満男のスローモーション。なんだか寅さん映画ではないみたいな演出である。

その後寅次郎は二人を連れて昔馴染みの料亭へ向かう。そこの女将・聖子(吉田日出子)は、かつて寅次郎が所帯を持とうとした女性であったという設定(かののシリーズにおいてそのような話はないのだから、ここで突然つくった話なのだろう)。結局昼ごはんを食べたら出かけるはずが、聖子は一年前に夫と死に別れて寂しい思いをしていると告白。墓参りをすませた寅次郎たちはその料亭に泊まっていくことになる。
ふすまをはさんで一つ屋根の下に寝るちょっとトキメキモードの満男はどこか修学旅行で味わったような雰囲気。下の階ではまだ寅次郎と聖子が思い出話に花をさかせている。良いムードになりかけた二人だが、その様子をきになった満男が階段からおちて終了。

翌日、鳥取駅で寅次郎に見送られながら満男と泉は東京に帰っていく。じっと海をみつめている泉の手をそっと握る満男。泉も満男のてに自分の手を重ねてくる。
家に戻った泉は、母親に「ママ、幸せになってもいいよ」と告げと、おお泣きをする母であった。

by ssm2438 | 2011-03-04 19:07 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 03日

男はつらいよ45/寅次郎の青春/風吹ジュン(1992) ☆☆☆

f0009381_1959961.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫/花田三史
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
風吹ジュン (蝶子)
吉岡秀隆(満男)
後藤久美子 (及川泉)
永瀬正敏 (蝶子の弟・竜介)

       *        *        *

髪結いのジュンちゃん・・・、けっこう好きです。

このころはまだ、寅さん元気が良かった。しかし、ずううううううっと御前様を演じていた笠智衆が本作を最後に亡くなった。気になるのは、撮影監督もいつもの高羽さんと一緒に花田三史さんの名前があたっていること。勝手な推測だが、多分高羽さんもそろそろ体調がおもわしくなくなっていて、葛飾柴又のセットのなかは撮ってるのだけど、地方ロケには参加してないんじゃないかという気がする。あくまで勝手な憶測ですが・・・。

しかし・・・・後藤久美子演じる及川泉はこれで4回目の登場となるのだが、この娘の生き方はかなりダイナミック。結局「意地でも私のことを好きと言わせてみせるわ!」的なキャラである。このシリーズを通じて一番強かな女は泉ちゃんではないかと私は思うのだが・・・。

今回のマドンナ役のは、なんだかんだ良いながらもけっこう好きな女優さんである。実はデビット・ハミルトンのとった彼女のヌード写真集もってました(笑)。

<あらすじ>
f0009381_19563859.jpg泉(後藤久美子)は東京のあるレコード店に無事就職、店長にいびられながらも、休日な満男の家でこころを癒していた。そんな彼女が友人の結婚式で宮崎を訪れた時、城跡でうろうろしていた寅次郎(渥美清)にばったりあってしまう(しかし、この映画はあっちこっちでばったり会ってしまうものだ)。
実は寅次郎は散髪をしてもらった縁で、蝶子(風吹ジュン)の理髪店にしばらく居候していたのである。ちょっとした弾みから怪我をした寅次郎。そのことを泉が諏訪家にに連絡すると、いい言い訳をみつけた満男(吉岡秀隆)が宮崎まで飛んできた。

満男と泉のけなげな恋愛劇と、蝶子と寅次郎の恋愛劇が展開されるのだが、案の定求められてもチキンの寅さんは自己退散。蝶子はいさぎよくぐれてしまう。この蝶子の潔さがこの映画の魅力なのである。
一方蝶子の弟竜介(永瀬正敏)となんとなく仲のいい泉をみると「こんなとこくるんじゃなかった」と思う満男だが、実は竜介には既に婚約者がいることをしり一安心。
東京に戻った寅次郎と満男、そして泉だったが、泉の母が病気になったとかで見舞いにかえらなくてはいけなくなってしまう。しかしレコード店の店長は休暇をゆるさず、そのレコード店をやめてしまう泉。東京駅でキスをして分かれる泉と満男であった。。。

今後しばらく泉は名古屋で暮らすことになり、満男は満男であっちこっちの女の子と仲良くなる展開になる。ほとんど寅さんが動けなくなるので、満男が代わりに報われない恋愛を演じることとなるのであった。

by ssm2438 | 2011-03-03 19:58 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 02日

男はつらいよ46/寅次郎の縁談/松坂慶子(1993) ☆☆

f0009381_1311444.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫/池谷秀行
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
吉岡秀隆(諏訪満男)
松坂慶子 (葉子)
城山美佳子 (島の看護婦さん・亜矢)
西田敏行 (ハマちゃん)

       *        *        *

松坂慶子第二段!

12年ぶりにマドンナとして松坂慶子再登場です。でも、今回は前回とはまったく別のキャラ。関連性はありません。

渥美清の老いをかなり感じる映画になってます。『寅次郎の青春』あたりはまだ元気があったようなきがするのですが、体の調子も思わしくなかったのでしょう。どことなく覇気を感じない寅さんです。それをカバーするのが満男ですが、泉ちゃんがでてきてからは満男をからませないとドラマが機能しなくなってきてます。悪いことだとは思いませんが、ほとんど、この二人がコンビみたいなものになってますよね。

大学卒業を目前に控えながらも就職先がきまらない満男(吉岡秀隆)。うける会社からはみなNG。もう就職難稼動でもいいと、ぐれて旅に出てしまいます。そんな満男から便りがとどいたのは1週間後。なんでも瀬戸内海の志々島にいるらしい。そんな満男を寅次郎(渥美清)が連れ戻しにいくというのが物語の発端。

大学を中退してこの業界にはいった私は、就職活動なるものをほとんどしたことがないのだが、やはりこの満満男君をみてると、大変だなあっておもう。来る日も来る日も自己否定の連続、やってることは仮面をかぶった就職試験の面接。なんどもなんども繰り返して演じてきた自分像の再生ばかり。「おれはテープレコーダーじゃねえぞ!」っていう言葉がとても痛い。

寅次郎が島につくと、そこには宿はどはない。満男は、善右衛門(島田正吾)のところに下宿されてもらっているという。そこでの満男は老人からは重宝がられ、島で唯一の診療j所の看護婦さんの亜矢ちゃん(城山美佳子)とはとってもいい感じ。泉ちゃんのことなど頭にない様子で日々楽しく暮らしている。人間、「必要とされる」というのは最低限度の自己肯定なのだ。なので、島での生活は満男にとってはとても幸せなものだった。ただ、現実逃避なので、所詮はどこかでおわらせなければならないのだけれど。

一方寅次郎は満男が下宿させてもらっている家の娘、葉子(松坂慶子)という美しい女性にときめいてしまった。葉子は善右衛門が別の女に産ませた子供なのであるが、心が病んだときはここにきているという。今回も病気はそれほどひどき訳ではなく、寅次郎とあった時にはほとんど全快していたので、悲壮感はどはない。
寅次郎と金毘羅参りに出かけた葉子は、いつものように寅次郎のあたたかさにふれ魂をいやされる。じつは葉子は多大な借金を抱えており、人生のどつぼにはまっていて、もうあとは自己破産しかないという状態。帰宅後、葉子は満男に寅次郎が独身か尋ね、すこしづつ恋愛の始まりを予感させるのだが、満男の「じゃあ伯父さんと結婚してくれますか」と言う言葉に、「そういうことは本人の口から聞かなければ嬉しくないのよ」とリアクション。

ほっとけば上手くいったかもしれないものを、満男がフライングでおじゃんになってしまった・・とう流れ。『男はつらいよ』の世界観のなかではよくあるパターンなのだが、個人的にはどうもありえない。恋愛なんて、女の方がほんとに好きなら最終的には成就するように出来ているので、それが成立しなかったのは女がほんとに好きじゃなかったから・・ってだけだだろう。
寅次郎というのは、<充分条件>はみたしても、<必要条件>をみたせない男なのだろう。

一方満男も亜矢とわかれて東京にもどるのだった。こちらも、ほんとに好きなら亜矢も東京にくれば言いだけの話で、それが出来ないってのは満男以上に優先課題があったということでしかない。
ドラマ的にはかなり「つなぎ」的な印象をうける映画だった。

by SSM2438 | 2011-03-02 13:12 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 01日

男はつらいよ47/拝啓車寅次郎様/かたせ梨乃・牧瀬里穂(1994) ☆

f0009381_11455291.jpg監督:山田洋次
脚本:山田洋次/朝間義隆
撮影:高羽哲夫/池谷秀行
音楽:山本直純

出演:
渥美清 (車寅次郎)
吉岡秀隆 (諏訪満男)
かたせ梨乃 (宮典子)
牧瀬里穂 (川井菜穂)
山田雅人 (井川信夫)

       *        *        *

牧瀬里穂と山田雅人の元気よさはすばらしい!

寅次郎とさくら、寅次郎と満男の師弟関係よりも、牧瀬里穂山田雅人の姉妹関係のほうがみていて楽しい映画であった。・・・うむむむむ、主役が脇役に元気さでまけるようだと、作品としてかなり枯れてきたとしかいいようがない。
寅次郎にも満男にも、今回のマドンナのかたせ梨乃にも、現状を突き抜けようとする覇気を感じることが出来ない。どこがどう・・というのではなく、トータルな印象としてエネルギーを感じないのだ。

42作目から主人公が満男にシフトし、寅さんが恋のサポーター役にまわってしまった『男はつらいよ』のシリーズ。恋愛の案是地帯にはいってしまった寅さんにはあまり魅力を感じなくなってしまった。他人の恋愛には強気でアドバイスできる寅次郎も、自分の恋愛だとチキンであるからこそ味があるのに、サポーター役に回ってしまうとその味もない。その言葉に哀愁がない。説得力も乏しく思えてしまう。
そもそも、寅次郎の言葉というのは、現実の社会の中で生きていくための説得力のある言葉ではない。それがすばらしいんだ、と演出されているから、見ている間はそう感じることが出来るのだが、個人的にはちょっと場違いな気がすることも多い。これが昭和の時代なら納得できるのだけど、先端のとんがったひかり号がが走る時代になってしまうと<時代に対応できなかった人>とう印象がつよくなってきている。その人にアドバイスをうけてもあまりぴんとこないのだ。

さらに渥美清の体調もすぐれず、このときすでに肝臓癌が肺にも転移してドクターストップが出てた。そんな状態で撮影した映画なので声にも張りがなく、寅次郎としての生命力がうすくなったのを感じずにはおられない。

しかし、かたせ梨乃とのやりとりはきもちよかった。かたせ梨乃演じる典子の設定は、ちょっといいとこの家庭で家ももち、子供もいて意見普通にみえるのだが、夫婦間はかなり冷え切っている。ま、これも案外普通程度かもしれないのだけど。
そんな彼女にとっては年に一回の撮影旅行が彼女の自分のやりたいことを出来る、そしてやりたくないことをしないでもいい非日常であり、そこで出会った寅次郎との時間がこころをなごませる非日常なのだ。この非日常にふれるかたせ梨乃のいきいきしているそぶりがみていて気持ちいい。そしてそれがまだこれから数日つづくと思っていたやさきに突然終わる寂しさ。そのあとの日常に戻った彼女。この夢のときをすごした感がとてもよかった。

そしてもうひとつ、この映画の中で生命力にあふれているのが、山田雅人演じる満男の大学時代の先輩・井川信夫。そしてその妹・奈穂演じる牧瀬里穂。このふたりのやりとりはみていてきもちがいい。今回の映画をもりあげたのはひとえに山田雅人のキャラクターはおおきい。

<あらすじ>
就職して半年がたった満男(吉岡秀隆)は、今の仕事にすっかり嫌気がさしていた。そんな満男のもとに大学時代の先輩・川井信夫から便りが届く。満男は休日を利用して井川の地元滋賀県長浜市をたずねる。そこで信夫の妹奈穂(牧瀬里穂)と知り合い、最初はギクシャクしていた二人の関係だったが次第に心を通わせていく。別れるときに日は二人は恋人どうしような感覚さえ覚えるのだが、実は信夫がしくんだアレンジメントデートだということが分かり、自分の人生をコントロールされたことに怒りを覚える奈穂。でおじゃん。まんざらでもなかった満男は、その報告をきいてショボン。
一方寅次郎(渥美清)は、琵琶湖のほとりで、東京から旅行にきている宮典子(かたせ梨乃)に出会う。写真を趣味として年に1回、1週間くらいの一人旅を楽しんでいるのである。しかし、その途中腕を脱臼、寅次郎に看護されたことから心をかよわせていく。典子の家庭は一見幸せそうな家族だが、心は冷め切っていた。そんな状態で寅次郎にあった典子だったが、夫が突然迎えに来て、二人の時間は終わりをつげる。
しばらくして、《とらや》に典子が尋ねてくる。寅次郎はいなかった。それをきいて、東京にもどった寅次郎は満男に運転させて典子の家を尋ねてみる。
車のまどから覗き見た、典子はすでに彼女の普段の生活にもどったようである。それをみて立ちさる寅次郎。その帰り、《とらや》には帰らず江ノ電から旅にでる寅次郎。満男との別れ際に

「ほっとしたなんて、情けないないことを言うな。ほっとしたなんてのは。人生をやりおえた、50や60の老人の言葉だ」

という。これがなかなか良かった。若いうちは、失うのが怖くても求めて、はらはらどきどきして、胸が苦しくなって、その繰り返しでいい。ほっとなんかしなくていいのである。どこかの哲学者も同じようなことを言っていた。

「自然が美しいと思うのは、足を棺おけにつっこんでいる人だけだ」


このあと、正月になり、泉ちゃん登場かな・・?って思ってたら、奈穂が満男の家を訪ねてくる。とたんに元気になる満男。奈穂は、<結婚する気がない女>という設定で、満男との関係がふかくならあいように配慮してあるようす。さすがに46作目でも、瀬戸内海の看護婦さん亜矢ちゃんとキスまでするなかになっており、かなり機が多いキャラクターになっていている。ドラマの性質上致し方ないかなと思うが、どんどん満男が軽薄になっていくようでいかんな。

by SSM2438 | 2011-03-01 11:46 | 男はつらいよ(1969)
2011年 03月 01日

男はつらいよ48/寅次郎紅の花/浅丘ルリ子(1995) ☆

f0009381_1119571.jpg監督:山田洋次
脚色:山田洋次/朝間義隆
撮影:長沼六男
編集:石井巌
音楽:山本直純/山本純ノ介

出演:
渥美清 (車寅次郎)
浅丘ルリ子 (リリー)
吉岡秀隆 (満男)
後藤久美子 (泉)

       *        *        *

みなさん、ご苦労さまでした。

それまで私がみた近年に近い映画は『男はつらいよ・寅次郎の青春』(マドンナ:風吹ジュン)だったのだが、その後、間を飛ばしていきなり最後の映画をみてしまったのも問題あるのだろう。寅さん登場シーンのファーストショットで「あ、これはひどい・・」と思ってしまった。唇がけっこうあかくて、あれって口紅のせたのかな。相当病気がひどかったのだろう。当時すでに肝臓癌だった渥美清は、前作でもドクターストップがかかっていたのだが出演、それから1年、この遺作の撮影となっている。生きた証をのこしたかったのだろう。本編中もほとんど座っているシーンがおおく、歩くシーンはどはかなり重労働か体調のいい日だったのだろうなと思った。

映画としてみるとかなりつらい。現実が見えてしまうのがいたい。とにかく渥美清が肝臓癌でほとんど動けない状態で撮っているから覇気がない。まわりもかなり気を使っている。ドラマをリードするのは甥っ子の満男(吉岡秀隆)になっていて、なんとかかんとか、今出来るものでやっとこさ作ったという印象を観ている人が感じてしまう。
寅さんの映画でリリー(浅丘ルリ子)さんが出ればそれだけで、見ているわれわれとしてはけっこう幸せになれるのだが、やはり相手役の渥美清の生命力があまりに乏しかったのでテンションももりあがらない。当時一緒に共演した浅丘ルリ子は「たぶんこれが最後だろうな」と感じたいう。渥美清もそれを確信してたのだろう、「寅次郎をリリーと結婚されてやってくれ」と山田洋次に頼んだとか。

もうひとり病気で倒れたのが撮影監督のこのシリーズをずっと撮ってきた高羽哲夫。高羽に変わってカメラをまわしたのが長沼六男だが、個人的にはどうも好きになれない画面づくりだ。カメラがセットのなかにあるときはいいのだけど、カメラがロケに出たときはのカメラ位置が被写体にちかくていやだ。泉ちゃんが満男に「愛している」と強制的に言わせるシーンも、もうちょっと離れてアップを撮ってほしいものだ。あのカメラの距離だけでムードぶちこわしだ。あんなの全部寅さん/リリーさん目線の望遠でよかったのに・・・。かなり不満。

ちなみに、私が通ったのは津山高校。津山駅から学校への通りに道に、泉ちゃんが結婚式のために泊まっていた津山グランドホテル(だと思うが・・・)がみえる。津山の城跡のふもとにあり、あのあたりの風景をみると懐かしく思う。結婚相手の実家のある美作滝尾というところらしい。・・・知らない(苦笑)。

映画をみるまえから「結婚式をぶち壊してしまう満男」のエピソードは知っていたのだけど、いったいどんなにするのかな?って思ったら・・・・、ああ、そういうことかって思った。普通「結婚式をぶち壊す」っていったら誰しも『卒業』ダスティン・ホフマンをイメージするはずだが、この映画でも地方の因習にちなんだもの。
なんでもその美作の地域では花嫁さんをのせる車がバックするのは縁起がわるい!という言い伝えがあるとか(私は知りませんでしたが・・)。泉をのせたハイヤーが結婚相手の実家から式場に向かうみちすがら、一本道を通るのだが、そこで前方にとまっている白のセダン一台。泉の結婚相手の父親がおりて「すまんが花嫁さんが乗っとるんじゃ、ここはひとつ道をうずってはくれんかのう」と頼むが無視。そのまま車を前進させ、かなり緩やかに車をぶつけつつ、泉ののったハイヤーを押していく。後ろに何台も親戚縁者の車があって狭い路地はおおさわぎ。結局縁起がわるいのでその日の結婚式は中止になってしまう。その後は相手の親戚の若い者に車から引きずり出された満男がぼこにされるという展開。
なるほど・・・、そんな展開でしたか。。。
・・・しかし、泉とその男がどうして結婚することになったのか、その必然性があまりにないままのいきなりの結婚式だったので、満男のパフォーマンスを引き出すためのネタだけというのがもろに出て、ちょっと職人らしかなる感じがした。こういうのは嫌だなあ。展開を重くしないためとも取れるが、やっぱり、捨てるものは重たく描いていて捨てさせるが映画というものだし、かなり便宜主義的な展開でしたね、今回はすべてが・・・。

<あらすじ>
そんなわけで泉(後藤久美子)の結婚式をぶち壊してしまった満男(吉岡秀隆)。一方泉もやっぱり親のいいなりになるのはもうやめた!と東京に帰ってしまう。ほんとはそんな満男の行動がうれしかったのだけど。
その後満男は意識のあるやなしやで乗ってしまった寝台列車で鹿児島まできてしまう。そのあともふらふらと都合よくシナリオの導くままに寅次郎(渥美清)とリリーさん(浅丘ルリ子)に合流。そこに満男をおってきた泉ちゃんに「なんであんなのことしたのよ」と言われ「それは泉ちゃんを愛しているからだ」といってしまう。めでたしめでたし。
一方寅次郎もここ3ヶ月リリーさんと過ごしていたのだが満男と一緒に柴又に帰ってくる。リリーさんも一緒なのだが、《とらや》の人々は二人の部屋をひとつにするべきか否かなやんだりする。結局べつべつにしてその日は終了。老人ホームの母を見舞ったリリーが奄美大島に帰るという時、いつも逃げ腰の寅次郎だが、「送るよ」といってリリーのタクシーに乗り込む。「送ってくれるって、どこまで?」というリリーに、「男が女を送るってのは玄関までにきまってらい」とぼそり。「じゃ、運転手さん、奄美大島までいって」と喜ぶリリーであった。


余談だが、満男のファーストキスの相手ってリリーさんだったような気がするが・・・、気のせいかなあ?

by SSM2438 | 2011-03-01 00:27 | 男はつらいよ(1969)