西澤 晋 の 映画日記

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2008年 11月 07日

突然炎のごとく(1961) ☆

f0009381_1935838.jpg監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン・グリュオー
撮影:ラウール・クタール
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:ジャンヌ・モロー、オスカー・ウェルナー、アンリ・セール

        *        *        *

1963年のキネマ旬報ベストテンの洋画部門の2位にランクされてたのがこの映画。二十歳のころの私はかたっぱしから有名どころの映画をみまくっていて、この映画もみたのだが、当時まったく面白いと思わなかった。いまでもまったく思わない。おかげでこの映画以降、トリュフォー=つまらんが定着してしまった。なんでこんな映画がそんなにもてはやされたのは不思議でしょうがない。その後『映画に愛をこめて・アメリカの夜』で“トリュフォーも意外といいかも”って思えるまでしばしトリュフォー嫌いになっていた。
おまけにタイトルもひどい。この映画のどこか突然炎のごとく・・なんだ??? 昔の映画は、ネームバリューだけで、たいして面白くもなんともない映画をヨイショしている映画がおおすぎる。確固たる再評価が必要だ!

<あらすじ>
オーストリアの青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)とフランス青年のジム(アンリ・セール)は文学青年だった。そんな2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女と知り合い、胸をときめかせた。ジュールは彼女との結婚を熱望して求婚し、2人はパリの同じアパートに住んだ。ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。時は流れた。
ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2 人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まるが、カトリーヌにはほかにも男がいた。カトリーヌには人を愛する能力は無く、その時々で、恋愛ごとに酔うだけだった。ジムはそんな彼女に絶望しパリへ帰た。数ヶ月後、カトリーヌは自分の運転する車にジムを乗せて疾走させ、壊れた橋から転落して行った。ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせた。これでカトリーヌは永遠にジュールのものとなった。

・・・ただ、こういう女は実際いるのである。というか、女は根本的な部分でそういうものなのだ。そしてフランスというのは、この女性考証に関してはもっとも進んだ映画国家かもしれない。実におなじような女性の描き方をした映画が多い。

by ssm2438 | 2008-11-07 19:43 | F・トリュフォー(1932)
2008年 11月 07日

日曜日が待ち遠しい!(1982) ☆☆☆

f0009381_1971294.jpg監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー
    シュザンヌ・シフマン
    ジャン・オーレル
撮影:ネストール・アルメンドロス
    フロラン・バザン
    テッサ・ラシーヌ
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:ファニー・アルダン、ジャン=ルイ・トランティニャン

        *        *        *

フランソワ・トリュフォーも実はヒッチコック信者のひとり。この映画が制作されたのは1980年代の頭なのだけど、何故か白黒作品。作品もヒッチコックがとりそうなロマンチック・サスペンスであり、ヒッチコックっぽさを出したかったのでしょうね。残念ながらこの作品がトリュフォーの遺作になってしまいました。しかし、これはトリュフォーのなかでは意外と面白い作品に仕上がっている。サスペンスなので一応殺しも出てくるが、それよりも明るく幸せな感じの演出がとてもほほえましい。というか、この映画のなかのファニー・アルダンがとてもかわいらしい。人差し指だけのタイピングも素敵。トランティニャンがみてるだろうと予測し、脚線美をみせるカットもじつに素敵。
当時のファニー・アルダンとは、プライベートでも一緒になり、娘さんもいる。ちょうどこの頃、お付き合いをしはじめたらしい。きっと幸せな時期だったのだろう。映画からもそんな幸せ感がつたわってくる。

<あらすじ>
南仏のニース近郊。ヴェルセル不動産のオフィスで秘書として働いているバルバラ・ベッケル(ファニー・アルダン)は、社長夫人のマリー・クリスティーヌ(カロリーヌ・シホール)の気分を害してしまいクビにされてしまう。しかしその社長のジュリアン・ヴェルセル(ジャン・ルイ・トランティニャン)の狩猟仲間で、ジュリアンの妻と不倫の関係になったジャック・マスリエという男が撃ち殺され、その容疑が自分にかけられるとしると、容疑を晴らすためにバルバラに協力を頼みに来た。親友の弁護士クレマン(フィリップ・ローデンバック)のおかげで拘留はまぬがれたものの、家に帰ってみると妻のマリーも殺された。犯人は意外にも弁護士のクレマンだった。マリー・クリスティーヌを死ぬほど愛していた彼は、自分の罪を告白すると、警察の目の前で自らピストルの引き金を引くのだった。

by ssm2438 | 2008-11-07 19:07 | F・トリュフォー(1932)
2008年 11月 07日

アレックス・ライダー(2006) ☆☆

f0009381_17593867.jpg監督:ジェフリー・サックス
脚本:アンソニー・ホロヴィッツ
撮影:クリス・シーガー
音楽:アラン・パーカー

出演:
アレックス・ペティファー (アレックス・ライダー)
ユアン・マクレガー (イアン・ライダー)
ミッキー・ローク (ダリアス・セイル)
ビル・ナイ (アラン・ブラント)
ミシー・パイル (ナディア・ヴォール)
アリシア・シルヴァーストーン (ジャック・スターブライト)
サラ・ボルジャー (サビーナ・プレジャー)

        *        *        *

アメリカの『エージェント・コーディ』に遅れること3年、本家英国もティーンエイジ版007を出してきた。それがこの『アレックス・ライダー』。ただ・・・こっちはちょっとまじめすぎたかな。どうしても高校生で007をやるのは無理なのである程度ファンタジック・コメディ・アクションにしないともたない部分があると思われるが、こちら『アレックス・ライダー』は『エージェント・コーディ』にくらべるとややまじめにこれをやってしまっている。そのまじめさがちょっと違和感感じるかな。しかし、この年からスパイをやってればあと25年もすればけっこう男前のジェームス・ボンドになりそう。
それでもアレックス・ライダー役のアレックス・ペティファー少年はけっこういい男、ティーンエイジの女子高生あたりにはもてもてかもしれない。この映画の時はまだ高校生だと思われるが、もうすでに二十歳(1990年4月生まれ)で身長は180センチにのびてるとか。

<あらすじ>
14歳の少年アレックス・ライダー(アレックス・ペティファー)は、銀行員の叔父イアン・ライダー(ユアン・マクレガー)の趣味につきあって射撃や空手、スカイ・ダイビング、スキューバ・ダイビングなどをこなしてきた。そんな叔父が不慮の事故でこの世を去る。イアンの事故死が、偶然ではないと考えるアレックスは、イアンが英国諜報員であることを突き止めてしまう。・・と同時にアレックス自身が既にスパイに必要な訓練を総て終了していることを悟る。
アレックスは、MI6にスカウトされ、任務につく。事業家ダリアス・セイル (ミッキー・ローク)の調査だ。アレックスは、セイルの屋敷に潜入し、セイルが、大規模なウィルス・テロを目論んでいることを知る。アレックスは、数々のスパイ道具を駆使して脱出する。明らかとなったセイルの計画を阻止するため、アレックスは、ストームブレイカーの寄贈式が行われているロンドンへと向かい、セイルと対決する。

by ssm2438 | 2008-11-07 18:00
2008年 11月 07日

エージェント・コーディ(2003) ☆☆☆

f0009381_17113395.jpg監督:ハラルド・ズワルト
製作総指揮:マドンナ
脚本:アシュリー・エドワード・ミラー
    ザック・ステンツ
    スコット・アレクサンダー
    ラリー・カラゼウスキー
撮影:デニス・クロッサン
音楽:ジョン・パウエル
    ジェームズ・マッキー・スミス
    ジョン・アシュトン・トーマス

出演:フランキー・ムニッズ
    ヒラリー・ダフ
    アンジー・ハーモン

     *     *     *

いやあ、実に楽しい映画だ。たまたまケーブルでやってるのをみて、ついつい最後までみてしまい先ほど、コンビにでDVDが出てるのをみつけて買ってしまった(苦笑)。たまには哲学しないでさらりとみられるお手軽な映画もいいもんだ。そして、そんな映画で作り手のこだわりがちらっと見えたりなんかしたらその魅力にとらわれてまう。

この映画、出てる人はそれほどメジャーな役者さんではないんだ。主人公のフランキー・ムニッズも最近売れてきたそうだけど、日本ではほとんど知る人はいない。私も全然しりもしらなかった。この映画のスタッフロールで知ってる人といったらマドンナくらい。
そう、あのマドンナである。なんとこの映画、製作はマドンナなのだ。
でも、いろいろあったのではないかと想像してしまう。上記にリストには「他」ですませてしまったが、担当した脚本家は5人、音楽の3人 名前があがっていた。よほどばたついたのは、誰かが誰かをおこらせて、何度もスタッフが降りたのか、そのへんの事情はわからないが、そのわりには実に楽しくまとまっているのである。
そしてこの映画、さりげなく続編がつくられた。
ま、実際最初のこの作品はさりげなく面白いのである。ただ‥‥、続編はひどかった。

この作品が良すぎて、勢い込んで近くのレンタル屋で借りてみたらもうひどい。ここまでのりが悪い映画があるのか??とうたがいたくなるくらい、ギャグのセンスが悪いのとカッティングのセンスがないのと、まあ、これだけ、下手なスタッフが作ったら同じキャストで全然つまらなくなるんだっていういい見本になってしまった。
もし、興味のある人がいちど見てみて欲しい。ほんと続編は面白くない。。何が面白くないのかわからないけど、面白くない。一見シナリオも、セットも、芝居もまともそうなのだけど、どうにも面白くない。これは期待のさせ方があまりにも下手なのだと思う。

物語が面白いか否かって問題は、実は期待のさせ方なのだ。これこそが演出の技なのだ。
『エヴァンゲリオン』のシンジ君が「動け、動け、動け、動け、ここで動かなきゃ意味ないんだよ、動け、動け、動け、動け!」ってやってると、見てる人も“そ~~ら、そ~~~ら、そ~~~~ら、くるぞ~~、くるぞ~~~くるぞ~~~~”って期待してしまうのである。すごく見てる側がこれからおこる事に期待させられているのである。
ところが、これが下手な演出にかかると、期待させないまま、ただただイベントだけが進行する。なんだかばたばた画面のなかではしてて、面白いはずなのだけど、何やってるのか全然判らない。いや、判る。判るけど、なんだか面白くない‥‥、そんな演出に出会った事もなんどかあるだろう。先頃では『トランスフォーマーズ』が実にそうだった。
この映画も画面のなかではやたらとこったCGが動き回るのだけど、見てる人がどう期待していいのかわらない。どうなったらこのシーンが終わるのかわからないまま、ただ、だらだらと運動量のおおい画面がつづくのである。
これが『ゾンビ』なら頭を銃で撃つか、クビを斬るかすれば行動は止まるのである。それがあるから、人々は追いつめられた主人公たちにも希望を持ちつづけることができる。きっとこのシーンもなんとかしてきりにけられるんだろうなあって。それが、もし、どんなことをしても動きが止まらないゾンビがいたらどうだろう。延々にそのシーンがつづくのである。『トランスフォーマーズ』はじつにそうんな感じ。まこれは監督マイケル・ベイの演出としての力のなさが原因なのだけど。
『 エージェント・コーディ ミッション in LONDON 』がいかにつまらないかというのは、実はこのあたりが原因なのだとおもわれる。あるいは、実際なにが起きるのか期待はさせられているのだが、それがあまりにチープという部分もある。

その『トランスフォーマーズ』の製作はスティーブン・スピルバーグだが、彼は期待させるのはすっごい上手い人だよね。『激突』『ジョーズ』『未知との遭遇』‥‥彼の監督作品スタイルは、これでもか、これでもか、これでもかと期待と、それが起こらなかった時に安らぎ、恐怖の連打がとほうもなくすごい。。。 。

お話は‥‥、どうでもいいか(笑)。
ある悪の組織がある引きこもり博士をだまくらかせて、ナノロボットを作っている。見た目は腐食性の液体金属だが、それがナノサイズのロボットの集合体であり、なんで食べてしまうわけだ。これは大変だとエージョントをその組織に送り込むがことごとくやられてしまう。
その博士が唯一外界と接点をもっているのがハイスクールに通っている娘。彼女に近づく事が、博士へのアプローチの近道であると考えたCIAが同じハイスクールのエージェント、コーディ・バンクスを送り込む。

ここで演出されるのがウルトラマン=ごんぎつね=水戸黄門・メンタリティ
“おれは地球のために世を忍んでたたかってるのに、誰も築いてくれない、誰かきづいてくれないかな‥‥、いや、そんなことはあってはならない、でも誰に認められたいな”というあれである。このいじらしさがたまらない。
そして、コピーロボット・メンタリティも登場する。パーマンが活躍に出かける時、コピーロボットが主人公になりかわり本人の不在をごまかすのであるが、いつも宿題をさせられてぐれていたりする。それ相当の見返りを求めるのである。
この映画のなかではコーディの弟がその役目をしている。「おおおお、鼻こそ黒くないがコピーロボットじゃ,コピーロボットじゃ!!」と見ていてうれしくなってしまう(笑)。
そして基本はジェームス・ボンド。
おまけに年上の教師への愛(認めさせてやりたいぞメンタリティ)、もう男の子のあこがれてんこもりなのである。で、それがけっこうきちんとハイスクールベースで出来てたりするから面白い。。


予断だが、本家イギリスでは『アレックス・ライダー』という高校生で007映画をやった作品がある。この手の映画は本来ありえない設定なのである程度コメディ要素を入れるべきだと思うのだが、このイギリス版お子様ボンド映画はけっこうマジで取り組んでいるのでちょっと笑えない部分がある。

by ssm2438 | 2008-11-07 09:55
2008年 11月 07日

エージェント・コーディ ミッション in LONDON (2004) ☆

f0009381_7151699.jpg監督:ケヴィン・アレン
脚本:ドン・ライマー
撮影:デニス・クロッサン
音楽:マーク・トーマス

出演:フランキー・ムニッズ

        *        *        *

先の『エージェント・コーディ』はなかなか楽しい映画だった。高校生がCIAのスパイになって活躍すると言うファンタジックなアクション。お子様で007をやってみた映画。これが観てみると期待以上に(というかまったく期待してなかったので)おもしろくDVDまで買ってしまった。しかしその続編のこちらは・・・・最低。
監督が変わるとここまでカスになるものなのか・・。まったくつまらない。ただのどたばた。大ハズレ。時間の無駄。けえっ!

by ssm2438 | 2008-11-07 07:22
2008年 11月 07日

悪い奴ほどよく眠る(1960) ☆

f0009381_784969.jpg監督:黒澤明
脚本:小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍
撮影:逢沢譲
音楽:佐藤勝

出演:
三船敏郎 (西幸一)
森雅之 (公団副総裁・岩淵)
香川京子 (岩淵の娘・佳子)
三橋達也 (岩淵の息子・辰夫)
志村喬 (公団管理部長・守山)
西村晃 (公団契約課長・白山)

        *        *        *

無駄に長いだけでひたすらつまらない。黒澤モノのはずれる時はこういうもの。シェイクスピア『ハムレット』を下敷きに、脚本家5人で仕上げた社会派サスペンスだったが、みなさん社会派サスペンスが書ける人材ではなかったということだ。

西幸一(三船敏郎)は、汚職事件の隠蔽工作に巻き込まれ、父を自殺に追いやられた過去を持っていた。彼は、父を死に追い込んだ連中に復讐するため、政界に潜り込み、張本人である男の娘(香川京子)と結婚する。やがて、父の仇である政治家たちに、様々な方法で復讐を行なうが、最後はアルコール漬けにされ排除されてしまう。

by ssm2438 | 2008-11-07 07:09 | 黒澤 明(1910)
2008年 11月 07日

天国と地獄(1963) ☆☆☆☆

f0009381_615345.jpg監督:黒澤明
原作:エド・マクベイン、『キングの身代金』
脚本:小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明
撮影:中井朝一、斎藤孝雄
音楽:佐藤勝

出演:
三船敏郎 (権藤金吾)
香川京子 (権藤の妻・伶子)
佐田豊 (運転手・青木)
仲代達矢 (戸倉警部)
石山健二郎 (ボーズン=田口部長刑事)
山崎努 (犯人・竹内)

        *        *        *

黒澤映画のなかではめずらしく面白い。というか物語としては一番面白いのではなかろうか。マクベインの原作の良さがが根底にあるだろうが、それを日本の風土に土着させて一級品のサスペンスに作り上げている。本来サスペンスと言うジャンルはトリックのこねくりだけになってしまうと実につまらない映画になりかねない。アガサ・クリスティ『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』のようななってしまうとおもしろくもなんともない。しかしこれが松本清張のドラマみたいに、そこに生きる人間性をうきぼりにしていくドラマの場合は実におもしろい。
この映画で三船敏郎演じる権藤という男は、一見傲慢な人間に見えるが、実は生粋の職人かたぎであり、その努力を積み重ねていった結果が会社上級管理職という地位にあることがだんだんと判って来る。これがバブリーなインターネットのホームページを作る会社とかで、たまたまその需要と重なった時に大もうけして会社をつくったそんな社長さんではないので、彼が作ったその財産というのはやはり価値を認めるに値するものなのだ。それを身代金として持っていかれる。それも犯人は自分の子とまちがえてお抱え運転手の子どもを人質にとり、その子の為に財産を持っていかれるのである。

犯人に渡った後はきっと処分(燃やされるだろう)と予想される革のカバンに、燃えたら赤い煙を出すか科学物質をいれるところがある。「かせ、おれがやる」とばかりに、そのカバンを斬り、薬品をいれ、それを縫い合わせていくのだが、「こんなときに見習い工の腕が役に立つとは思わなかった。まったく、最初から出直しだ」といいつつも、さばさばとその作業をこなしていく権藤がかっこいい! 男たるもの、こうでなくてはいかん!って思ってしまった。

<あらすじ>
某シューズ会社の上級管理職の権藤(三船敏郎)は、その努力と根性で一財産を気付き、丘の上に大邸宅を構えていた。そんな彼の元に「息子を人質に取った、3千万円よこせ、警察に知らせたら息子の命はない」という犯人からのメッセージがとどけられる。しかし、彼の息子は何食わぬ顔で帰宅した。犯人が連れ去ったのはお抱え運転手青木の息子だった。即座に「警察に連絡だ!」といいきる権藤には笑えた。権藤のまえにひれ伏す運転手の青木、苦境に立った権藤は結局金を出すことを決意する・・・。

ここまでは面白い。で、身代金を奪われ、子供が帰ってくる。
しかし、ここまで観るとなんだかもうお話は終わったような気になってしまった。そのあと犯人逮捕までの警察と犯人の間で展開されるサスペンスは、ほんとのただのサスペンスであり、ドラマとしては抜け殻なのでもあまり記憶にない(苦笑)。赤い煙のあとは(白黒だけどそこだけ着色されている)、とっとと犯人がつかまる展開でよかったのに・・。

by ssm2438 | 2008-11-07 06:15 | 黒澤 明(1910)
2008年 11月 07日

ザ・インタープリター(2005) ☆☆

f0009381_521086.jpg監督:シドニー・ポラック
脚本:チャールズ・ランドルフ
    スコット・フランク
    スティーヴン・ザイリアン
撮影:ダリウス・コンジ
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:
ニコール・キッドマン (シルヴィア・ブルーム)
ショーン・ペン (トビン・ケラー捜査官)
キャサリン・キーナー (トッド・ウッズ捜査官)

        *        *        *

英語を勉強してたものにとっては国連の同時通訳屋さんをネタにした映画というのはそれだけで観てみたいもので、当時仕事帰りに吉祥寺の映画館によって見た。ま、シドニー・ポラックなのでおおハズレはないだろう(アタリも期待はしてなかったが)、予想どおり可も無く不可もない映画だった。ただ、これが彼の遺作になってしまった。。。

映画の舞台となっているのは架空の国マトボ共和国。
モデルとなったのはジンバブエ(南アフリカの北に接する)。現在はロバート・ムガベ大統領の独裁政権下にあり、劣悪な経済事情に加えて、秘密警察による監視や反体制派への暴力など言論の統制を受けることから「世界最悪の独裁国家」などと評されている。
ムガベ大統領は当初黒人と白人の融和政策を進め 、国際的にも歓迎されてきたが、2000年8月から白人所有大農場の強制収用を政策化し、協同農場で働く黒人農民に再分配する「ファスト・トラック」が開始された。この結果、白人の持っていた農業技術が失われ、食糧危機や第二次世界大戦後世界最悪とも言われるインフレーションが発生した。こうした経済混乱に、長期政権・一党支配に対する不満とあいまって治安の悪化も問題となっている。また、言論の統制などの強権的な政策は外国や人権団体などから批判を受けている。(ウィキペディアより抜粋)

公開された映画のエンディングはあとからとってつけたエンディングらしく、本来のエンディングは別にあるとか。ほんとは最後の密室でのニコール・キッドマンとズワーニ大統領のシーンが、大会場で政治虐殺の犠牲者名簿を読み上げるズワーニ大統領、ニコール・キッドマンが英語で場内に通訳する・・というものらし。劇場版のエンディングでは、『奥様は魔女』の撮影にはいってしまったにコール・キッドマンで撮っているので、そこだけ別物の二コール・キッドマンになってしまっていたらしい。
ま、いろいろあったのでしょう、こいうい政治的お話は。

個人的にはキャサリン・キーナーが好きで、この映画の彼女もとってもきびきびしていいて気持ちがいい。でも主役のショーン・ペンはどうも生理的に好きになれないタイプで、やんかヤだなあ。誰か他にいなかったのだろうか・・。

<あらすじ>
アフリカのマトボ(架空の国)で生まれ、同地のクー語を話すシルヴィア・ブルーム(ニコール・キッドマン)はニューヨークの国連本部で同時通訳の仕事をしていた。ある日、会議の終了後に忘れ物を取りに戻った彼女は、何者かがマトボのズワーニ大統領の暗殺計画が進行しているらしいクー語を耳にする。マトボではズワーニ大統領が独裁政治を展開しており、世界各国の人権団体から非難を浴びていた。その現状を説明し、自らの正当性を訴えるためにズワーニ大統領はその数日後、国連で演説をすることになっていた。
シークレット・サービスのトビン・ケラー(ショーン・ペン)や女性捜査官ウッズ(キャサリン・キーナー)がこの事件の担当になった。ズワーニ暗殺の動機を持つのは、平和主義者ゾーラと、ブルックリンで亡命生活を送るクマン・クマンの二人。FBIやCIAにズワーニの警護主任ラッドも加えた合同捜査態勢が敷かれた。
調査が進むにつれてシルヴィアの過去があぶり出される。彼女の両親と妹はズワーニの仕掛けた地雷で殺され、ゾーラが先導する反体制デモに参加し、ゾーラを愛していたことが分ってくる。
ものものしい警戒の中ズワーニ大統領が国連に到着し、演説をしようとした時、ケラーの活躍により狙撃者は取り押さえたれた。しかし、控え室にもどったズワーニ大統領の前にシルヴィアが銃を構えて現れる・・・。

by ssm2438 | 2008-11-07 05:21
2008年 11月 04日

狼たちの午後(1975) ☆☆☆

f0009381_9405080.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:フランク・ピアソン
撮影:ヴィクター・J・ケンパー

出演:アル・パチーノ、ジョン・カザール

        *        *        *

実際にあった銀行強盗事件を取材したライフ誌の記事をよみ、プロデューサーのマーティン・ブレグマンが映画化を決意、その記事を元にフランク・ピアソンが脚本を執筆を依頼した。ピアソンのシナリオは絶賛され、1975年のアカデミー脚本賞を取ことになる。アル・パチーノは、その犯人の風貌に似ていると言うことで起用された。

しかし、邦画のタイトルはかなり的外れ。原題は『Dog Day Afternoon』であるが、このドッグ・デイとは、日本語で「盛夏」を意味する言葉で、「うだるような暑さの午後」というような意味。多分映画のタイトルをつけたひとたちあ、この「野良犬たちの午後」では迫力がないので「狼たちの午後」にしたのだと思うが、実際この映画に登場する銀行強盗の二人はかなりしょぼい人間で、彼らを「狼」と称するのは狼に失礼だ。「うじ虫たちの午後」くらいがちょうどいいのでは・・。

監督はシドニー・ルメット。私の大好きな監督の一人なのだが、この映画はそれほど好きではない。二人の銀行強盗のダメ人間ブリがどうにも鼻につく。まさにアメリカン・ニューシネマの申し子みたいな連中。自分の未来に責任を持たない、行き当たりバッタの糞人間である。そんな二人を描いた映画だからみていて気持ちのいいものではないが、銀行強盗と人質の人たちの緊迫する状況でのやり取りが実にリアルなのだ。チキンやろうの犯人は、銀行強盗はするものの、人殺しなどはけっしてしたくない普通のメンタリティ。でも追い詰められるとどうなるか分らない緊張感を持っている。人質となった人たちは、はじめは恐怖するが、徐々に犯人たちのチキンさが分ってきて、彼らも自分たちを殺したいとは思ってないとわかると、けっこう穏やかな気持ちになっている。犯人たちを追い詰めないる限りは自分たちは安全であることが分り、犯人たちとも融和な雰囲気を保とうとする。ストックホルム症候群である。

ストックホルム症候群とは、犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情するなどし、人質が犯人に信頼や愛情を持つようになる。また「警察が突入すれば人質は全員殺害する」となれば、人質は警察が突入すると身の危険が生じるので突入を望まない。ゆえに人質を保護する側にある警察を敵対視する心理に陥る。このような恐怖で支配された状況においては、犯人に対して反抗や嫌悪で対応するより、協力・信頼・好意で対応するほうが生存確率が高くなるため起こる心理的反応が原因と説明される。(ウィキペディアより抜粋)。
この映画はストックホルム症候群をまともに描いた映画として評価されているのだろう。

<あらすじ>
うだるような暑さが続くニューヨーク市ブルックリン区。元銀行員のソニー(アル・パチーノ)は同性愛者であり、相方の性転換手術の資金を稼ぐため、相棒のサル(ジョン・カザール)と共に銀行を襲撃する。なんとか銀行を占拠することに成功したソニーとアル。しかし金庫の中は空っぽだった。逃亡しようとするソニーとアルだが、通報を受けた警察が現場に到着し銀行を包囲。やむなく二人は職員を人質にとって銀行に立てこもる。事件はすぐにマスコミの知るところとなり、野次馬も大挙駆けつける。真夏の猛暑の中、銀行強盗犯と警察の息詰まる交渉が始まった。
銀行内では犯人と人質たちとの間に奇妙な連帯感のようなものが芽ばえてきていた。FBIのシェルドン(ジェームズ・ブロデリック)は冷静な態度でソニーに近づき、犯罪者の心理を見すかしたようにソニーに投降を勧めてきた。ソニーも本当は投降してしまいたいのだが、問題は相棒のサルであった。サルも臆病者だが、ソニー以上に社会性に乏しく、刑務所に入ることを極端に恐れていた。精神的においつめられているサルの中では逃亡か、全滅かしかない。警察側は、ついにソニーとサルの要求通り国外逃亡用のジェット機を用意させる。二人のチキン野郎犯人と人質を乗せたマイクロバスが空港に到着し、拳銃を持ったサルが降りようとしたとき、狙撃兵の銃弾がサルのひたいを撃ち抜いた。

・・・やはりルメットの映画だった。ルメットの映画は、常に個人とその周りの環境との軋轢を描いている。
やってしまった銀行強盗、しかし失敗して包囲され、もう投降してしまいたいのそれが出来ないアル・パチーノ。人質も殺したくない、相棒のサルも殺したくない、自分も死にたくない・・、そしてその心情は変わっていく。相棒のサルを殺せば投降できる、でも自分ではやれない、警察がヤッてくれるという、受け入れるしかない・・、でも、もし二人で外国に逃亡できるなら、それにかけてみたい・・・。
チキンハート犯人の神経が擦り切れるような心理描写こそがルメットの真骨頂だろう。

by ssm2438 | 2008-11-04 09:41 | シドニー・ルメット(1924)
2008年 11月 04日

ファニーとアレクサンデル(1982) ☆☆☆☆☆

f0009381_4564096.jpg監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:ダニエル・ベル

出演:
バッティル・ギューヴェ (アレクサンデル・エクダール)
ペルニラ・アルヴィーン (ファニー・エグダール)
エヴァ・フレーリング (エミリー・エグダール)
ヤン・マルムシェー (ヴェルゲルス主教)

        *        *        *

人には決して勧めないが、イングマル・ベルイマンの集大成の映画だろう。集大成すぎて、ストーリーとしての求心力がないことだが・・、これは目をつぶろう。
しかし、それぞれのシーンの完成度は恐ろしいまで高く、なにもかもが濃縮還元ベルイマン・ジュースとして作りこまれている。演出もエピソードの、登場人物のキャラクターも、どこをとってもベルイマンのエッセンスにあふれている。「ベルイマンとはこんなもんだ」・・という彼の性格や思いや、語りたいものや、彼自身の人生経験や・・そんなもの総てがもっともコンパクトに集約されてた映画だといっていいだろう。

5時間と言うとてつもない時間の映画だがその長さをまったく感じさせない映画だった。間にインターミッションはあったが、見せ方がすごいのだろう、目が離せないというか・・、見る人の脳みそに確実に飽きさせない何かを画面のなかに練りこんだ演出なのだろう。感情移入と期待、陶酔‥、そういうものが無意識のうちにつづれ折られており、それがつねに見ている人の感性を刺激しているのだと思う。その極意が何なのか、死ぬまでには見極めたいものだ。

ベルイマン映画のコアともいうべきリブ・ウルマンが出てないのは淋しかったが、それでも彼女が出てないことがベルイマン過ぎずに良かったと思える。もしあの母親役をウルマンがやっていたら親近感がありすぎていやらしいものになっていたような気がする。エヴァ・フレーリングの母親役はこの映画にとって絶対不可欠な要素だったのではないだろうか。夫を亡くした葬儀のときは平然としている未亡人を演じていた彼女が、よるになり誰もいなくなった棺を「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ううああああああああああああああああ」と嗚咽のような叫び声を下ながら行ったりきたりする映像は今でも心にやきついている。この映画のなかでいいシーンはいっぱいあるが、あそこが一番好きだ。

1983年のアカデミー外国語映画賞セザール外国映画賞を初め、この年の外国映画賞や 撮影賞のほとんどこの映画がもっていった。

f0009381_4591347.jpg<あらすじ>
スウェーデンの地方都市ウプサ。大邸宅の一室でただ一人、人形芝居に興じる少年アレクサンデル・エクダール(バッティル・ギューヴェ)。物語に憧れる彼は、ベルイマン自身を投影しているのだろう。その父オスカル・エクダール(アラン・エドヴァル)のはとてもおおらかでやさしい人柄であり、俳優でもあり劇場主でもあった。この父親はベルイマンのそれとはまったく正反対のものだった。

二月上演の『ハムレット』を劇場でリハーサルしていたオスカルは、過労のため突然倒れ、死んでしまう。ヴェルゲルス主教(ヤン・マルムシェー)の手で盛大に葬儀が行なわれた。それから1年、アレクサンデルは、母エミリー(エヴァ・フレーリング)がヴェルゲルス主教と再婚することきかされる。妹ファニー(ペルニラ・アルヴィーン)と共にエクダールの家を去り、主教館に移るアレクサンデル。エミリーと子供たちは、この主教館をつつむ暗い空気に驚く。さらに華美に生活することを恐れる主教は、彼女たちに質素な生活と精神生活を強いた。ヴェルゲルス主教こそがベルイマンの父親のイメージなのだろう。宗教の教えをかさにきて強圧的に総てを圧迫支配する人物像。それは総てのベルイマン作品に登場する、ベルイマンが戦うべき相手なのだ。
翌年、別荘でくつろぐ親族のもとにエミリーが訪れ、結婚は失敗だった、離婚したいが夫が許さないと、苦悩を訴えた。アレクサンデルとファニーは屋根裏部屋にとじ込められ、エミリーの世俗社会への復帰を許さない人質となっていた。親族の協力を得て、子供たちは脱出させるエミリー。ここはもうサスペンス映画モードになっていた。子供たちに去られ、離婚をほのめかされた主教はエミリーに心情を吐露する。理性に生きた男があふれだす感情をコントロールできなくなっている。彼女は主教の飲物に睡眠薬を入れ、彼は眠りに陥った。その頃、叔母の部屋のランプが倒れ、館は火に包まれた。主教も焼死する。

by ssm2438 | 2008-11-04 05:00 | I ・ベルイマン(1918)