西澤 晋 の 映画日記

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2008年 12月 30日

アパートの鍵貸します(1960) ☆☆☆☆

f0009381_0232340.jpg監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:アドルフ・ドイッチ

出演:
ジャック・レモン (C・C・バクスター)
シャーリー・マクレーン (フラン)

        *        *        *

原題は「アパートメント」だけですが、これを『アパートの鍵貸します』にするこの時代の邦題のつける人たちのオシャレセンスはいいですなあ。最近のしょうもないタイトル連発する連中に爪を垢を煎じて飲ませたい。

この映画で扱われているドラマ作りの基本セオリーは「好きな人の不幸は私の幸せ」。好きな人が不幸になり、自分だけが彼女をたすけてやれるシチュエーションほどすばらしいものはない。この映画では上司にふられて自殺未遂する憧れのヒロインを自分のアパートで介抱できるという、男にとってはかなり幸せなシチュエーション。
デビット・リンチ『マルホランド・ドライブ』でも、主演のナオミ・ワッツが妄想パートのなかで、憧れの女性が記憶喪失になり、自分だけは彼女の見方に名って上げられる人間というシチュエーションを思いえがくが、あれは実にリアルであった。またロマン・ポランスキー『赤い航路』のなかでも、最終的に下半身不随になり車椅子生活になってしまったピーター・コヨーテを、「これであなたは私だけのものよ」と満足げに世話するエマニュエル・セニエはまたまた幸せそうだ。「好きな人の不幸は私の幸せ」理論は、映画においてはとっても美味しいシチュエーションなのだ。

アカデミー賞に関して言えば、1960年のアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞ビリーワイルダーが獲得。1本の映画でひとりの人物が3つのオスカーを受賞したのは、この時が最初で最後らしい(いまのところは)。本作の脚本のもう一人は、1957年に『昼下がりの情事』で初めて組んだI・A・L・ダイアモンド。実はこのI・A・L・ダイアモンドがかなりのキーマンであり、この人と組んでる作品は面白い。1958年にはアガサ・クリスティー原作の法廷映画『情婦』を監督、その誰もが予想つかないトリッキーな展開から本作は大ヒットし、クリスティーも自分の原作で映画化された作品の中で本作が一番のお気に入りだったという。

主演のジャック・レモンに関して言えば、ビリー・ワイルダー作品においては常連さんだろう。人のよさげなキャラクターは、ワイルダーの作品には不可欠だ。ヒロインのシャーリー・マクレーンは、顔もでかく(たぶんジャックレモンよりも顔がでかい)、目も離れていて、よくよくみるとへんな顔でもあるのだけど、この『アパートの鍵貸します』のフラン役は妙に可愛い。しかし顔のでかさを言えば、昔の女優さんは比較的顔がでかい人がおおかったかもしれない。モニカ・ヴェティも顔がでかい美人だろう。

<あらすじ>
ニューヨークのさる某保険会社社員バクスター、通称バド(ジャック・レモン)は、何人かの上司に、浮気の場所として自分のアパートを貸すという姑息な手段でコネクションをひろげていた。
その日は酔人事部長のシェルドレイク氏(フレッド・マクマレイ)に部屋の鍵貸したのだが、部屋に帰ってみると、バドの憧れのエレベーターガール、フラン(シャーリー・マクレーン)が睡眠薬を全部呑み自殺をはかっていた。「妻と離婚した暁には・・」といい続けるが決して離婚しようとはしないシェルドレイクの態度に絶望したのだった。必死に看病するバドの心はフランを想う気持ちで一杯だった。
バドは、部長にフランへの気持ちを打ち明けようとするが、シェルドレイクも離婚が成立し、フランと結婚する旨をバドに宣告する。人の気も知らないシェルドレイクは、またもアパートの鍵の借用を申しこんできた。我慢できずに辞表を叩きつけて会社を飛び出すバド。
その夜、フランはシェルドレイクとレストランへ。そこで今夜はアパートは使えない、と聞いたフランはバドの優しい想いと、自分を本当に愛しているのは誰か、ということを認識する。部長を置き去りに、フランはバドのアパートの階段をかけ上がったそのとき、ズドーンという銃声が・・。もしや自殺!? そこには他の町で再出発を決意したバドがシャンペンの栓を抜いた姿があった。

by ssm2438 | 2008-12-30 00:23 | ビリー・ワイルダー(1906)
2008年 12月 29日

エル・ニド(1980) ☆

f0009381_22301591.jpg監督:ハイメ・デ・アルミニャン
脚本:ハイメ・デ・アルミニャン
撮影:テオ・エスカミーリャ
音楽:フランツ・ヨセフ・ハイドン

出演:
アナ・トレント (ゴジータ)
エクトル・アルテリオ (アレハンドロ)

        *        *        *

当時わざわざ山手線の反対側、錦糸町までみにいった映画だが、どうも私はスペイン映画とは相性わるいようだ。どのスペイン映画をみてまったく感化されない。これは私だけ??

この映画も当時『ミツバチのささやき』『カラスの飼育』などでやたらと人気があったアナ・オレント主演の、少女とじいさんの恋愛もの。『シベールの日曜日』とにかよった素材だが、あちらのシベールはまだオヤジに対して愛情をもっていたが、こちらのゴジータ(アナ・トレント)はそれよりも性悪女。好かれている優位性をいかんなくはっきする。亡き妻の思い出の服や写真をすべて捨てろと命じたり、互いの手を傷つけて血で互いのイニシャルを書くことを強要する。彼女にどうしようもなく惹かれてしまったアレハンドロはもはやそれに従うことしかできない。「あなたは醜い老人、愛してるわ」・・とわかった様なことを言うこの女。それでなくてもガキは嫌いなのに、こんな女がいたら絞め殺したくなってしまう。

妻に先立たれた初老の男アレハンドロ(エクトル・アルテリオ)は、自宅でオペラ音楽を聴いたり、森で乗馬したりしながら孤独に暮らしていたが、ある日、彼は森のなかで「G」の署名入りの紙切れを見つける。それは、鳥を愛する13歳の少女ゴジータ(アナ・トレント)のものであった。
絶対的な力で縛り付けてくる母や、父の上司である警察署長、そして母や署長にまったく頭が上がらない父親に囲まれた居心地の悪い環境で暮らす孤独なゴジータにとって、アレハンドロは自分を理解してくれるたった一人の大人であり、孤独を共感できる相手であった。二人の関係はいつしか村中の噂の的となり、ゴジータはアレハンドロから引き離されて、遠くの親戚の家に預けられることになった。アレハンドロから愛の証として渡された「認識票」を警察署長に取り上げられたゴジータは、別離の日アレハンドロの胸で泣きながら「あいつを殺して!」と訴えた・・・。

by ssm2438 | 2008-12-29 22:30
2008年 12月 29日

デュエリスト/決闘者(1977) ☆☆☆

f0009381_1235846.jpg監督:リドリー・スコット
脚本:ジェラルド・ヴォーン・ヒューズ
撮影:フランク・タイディ
音楽:ハワード・ブレイク

出演:
キース・キャラダイン (デュベール)
ハーヴェイ・カイテル (フェロー)

        *        *        *

リドリー・スコットの映画のなかで始めてみたのがこの『デュエリスト/決闘者』。
当時(今のそうだが)、世間が騒いでる時にはほとんど興味がなく、後になってみて「あれ、面白かったよ!」って言うと「知ってるよそんなの」とよく言われた(苦笑)。本来恐怖モノには全然興味がなかったので『エイリアン』もかなり無視していたのだがたまたまつけてたテレビでやってるのみたら面白くレーザーディスクをかって見たのがリドリー・スコット初体験だと思ったら、どうやらそれ以前にレンタルビデオやでこの『デュエリスト/決闘者』を借りてみたことがあった。あとになって、ああ、そうか、これもリドリー・スコットだったのか・・と感心すると同時に、リドリー・スコットという名が心にふかく刻み込まれた。

この映画、・・・正直なところ、話はそれほど面白いとはおもえない。いちいち言いがかりをつけて決闘してくるハーヴェイ・カイテルがうざい。しかし、画面はとびっきり美しいのである。それも照明つかいまくりの美しさではなく、自然のなかでとった画面の美しさ。例によってスモークは人工的にいっぱい炊いてるとは思われるが、光は自然光なのだ。そして湿気のあるヨーロッパの背景をバックになんどかくりひろげられる決闘シーン。
というか、決闘シーンというよりも、そこにいたるまでの情緒性のあるもったいぶらせ方が美しいのである。
人工美的な美しさはその後のリドリー・スコットの映画の中で何度となく発揮されるのだが、こういう自然美的な美しさは、この映画は一番ではなかろうか・・。

f0009381_123584.jpg<あらすじ>
1800年のフランス。第7騎兵隊のフェロー中尉(ハーヴェイ・カイテル)はやたらと無意味に決闘をしたがる、自己顕示欲の強いタイプ。決闘をしたところで、死に至ることはほとんど無く、それを知っているフェローは難癖をつけては決闘を挑み、びびる決闘初体験の相手を倒してきた。そしてストラスブールでの決闘で市長の甥に重傷を負わせた。軍においては決闘は禁止されているが、これを破り決闘をけしかけるフェローに業を煮やしたトレアール将軍は、士官のデュベール中尉(キース・キャラダイン)に謹慎処分の伝令を託してフェローのもとに走らせた。フェローと面会したデュベールは軍令を伝えるが、フェローは逆恨みしてデュベールに決闘を申し込む。
決闘は引き分けに終わったが、フェローはその後もデュベールに執着し、事ある毎に難癖をつけて決闘をしかけるようになる。あるときはサーベルをもち、あるときは銃をもち、またあるときは馬上でランスを手に戦った。二人の決闘は年や国が変わっても続いたが、帝政の崩壊後にデュベールは王党派の将軍に出世し、アデルとの結婚を機にフェローとの関係を終わらせようとする。しかしフェローは諦めず最後の決闘を申し込み、デュベールは家族を守るため決闘に臨むのだった。

ただ、この映画で上手いのは、決闘してるだけでなく、その二人が北寒の戦場で出会うとみょうな連帯が生まれ、ふたりで生き延びることも模索するエピソードが盛り込まれていることだ。日本風にいえば「起承転結」の「転」の部分である。そんなことで友情も芽生えたかなと思わせつつもやっぱり最後は決闘にいたってしまう二人。何度も何度もはらはらさせられるので疲れてしまう。この疲れるまでのはらはら感はその後『エイリアン』でたっぷり楽しめる(?)のだが・・。
けっして悪い映画ではないが、観るのがしんどい映画だ。

by ssm2438 | 2008-12-29 12:04 | リドリー・スコット(1937)
2008年 12月 28日

大アマゾンの半魚人(1954) ☆

f0009381_13265330.jpg監督:ジャック・アーノルド
脚本:ハリー・エセックス、アーサー・ロス
撮影:ウィリアム・E・スナイダー
音楽:ジョセフ・ガーシェンソン、ヘンリー・マンシーニ

出演:
ジュリー・アダムス (ケイ・ローレンス)
リチャード・カールソン (リード博士)
リチャード・デニング (ウィリアムズ博士)
アントニオ・モレノ (カール・マイア博士)
リコウ・ブラウニング (半漁人)

        *        *        *

クリーチャー物の古典。造形的にはこのてのものが好きな人には魅力あるかもしれないが、見せ方はよろしくない。そういう私も子供の頃は、この映画を雑誌で知り、観たいとは思っていたのだが、観たのが20代半ば。しかし、みてみると恐ろしいほど説明的な見せ方で、襲い方、襲われ方がかなりマヌケなので、ビデオテープ早回しでみてしまった。話のネタとしては知っていても悪くはない程度の映画。
ただ、内容的にはただの来るぞ来るぞのどきどき路線オンリーではなく、人間の女性に憧れる半魚人という、報われない愛に心を痛める哀れな半漁人の話でもあり、そのへんは『キングコング』チックな流れを継承してるようだ。・・しかし、もうちょっとムードのある見せ方ができなかったものかと思ってしまう。
ちなみに半魚人のスーツアクターは、後に『007 サンダーボール作戦』で水中シーンの監督を手がけるリコウ・ブラウニングである。

f0009381_13271151.jpg<あらすじ>
アマゾンの奥地探検中にカール・マイア博士(アントニオ・モレノ)により、デボン紀の地層から水かきのついた手の化石が発見された。 報告を受けたブラジルの海洋生物研究所から、所長のウィリアムズ博士(リチャード・デニング)と魚類学者のリード博士(リチャード・カールソン)、所長助手のケイ・ローレンス(ジュリー・アダムズ)が調査に向かう。
一行は、「魔物が住む」と言う黒い入江を潜水調査するが、ウィリアムズとリードが不在の間、優雅にサービス遊泳しているケイは全身に鱗を持つ半漁人に襲われる。ケイは危うく難を逃れ、リードは入江に毒物を流し(おい!)、仮死状態に陥っていた怪物を船に生け捕りにすることに成功する。息を吹き返した半魚人は船の関係者を殺し、ケイを連れ去ってしまう。救出に向かう一行。かなりマヌケなやりとりが展開されるが、半魚人はマイアの放った銃弾に痛手を受けて、哀れ、入江深く消えていった。

by ssm2438 | 2008-12-28 13:28
2008年 12月 27日

オーメン(1976) ☆☆☆

f0009381_19304121.jpg監督:リチャード・ドナー
脚本:デヴィッド・セルツァー
撮影:ギルバート・テイラー
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演:
ハーヴェイ・スティーヴンス (ダミアン)
グレゴリー・ペック (ロバート・ソーン)
リー・レミック (キャサリン・ソーン)
デヴィッド・ワーナー (ジェニングス)
ビリー・ホワイトロー (ミセス・ベイロック)

        *        *        *

タイトルの「Omen」とは、<未来に起こりうる何かを示すその前兆>の意。

この映画のすばらしさはジェリー・ゴールドスミスの音楽。がんがんもりあげてくれる。ブレナン(パトリック・トラフトン)神父が風の中をおいつめられていくところなんかすごい。風と音楽だけでこれだけもりあげられるのか・・と感心する。そしてこの映画のよいところは、血しぶきがでない。オカルト映画としてはかなりスマートな映画。さらに画面が暗くない。
ついつい恐怖感をあおるためにやたらと見えないくらいに暗くするのが普通の手段だが、この映画ではある程度の光量をかくほしつつ、見える状態のなかで不気味さを出している。作り手の良心を感じるオカルト映画だ。ショッキングなシーンもいろいろあれど、死ぬまでの見えない恐怖が迫りくる雰囲気をゴールドスミスの盛り上げ音楽で散々もりあげておいて、さくっと殺すきわめてスマートな殺し方。好感がもてるオカルト映画だ。

音楽だけでなく、シナリオもしっかりしている。シナリオはのちに『パンチライン』を書くデヴィッド・セルツァー。この映画、トム・ハンクスを主演にすえたスタンダップ・コメディアンの話術をの話だが、そのしゃべりのシーンはすさまじく、脚本家としての実力をまざまざとみせくつけてくれた。
監督はリチャード・ドナー。キワモノにすることはなく、きわめて正統派の演出をする人。スーパーインパクトな作品には仕上げないが、ころあいのいいところできちんとまとめる監督さんという印象。落とし所がロン・ハワードとにてるかもしれない。刺激的すぎる、軟弱すぎず・・、きわめて無難なところを選択する人です。

<あらすじ>
某年6月6日、午前6時、ローマの産院で、アメリカの外交官ロバート・ソーン(グレゴリー・ペック)の夫人キャサリン(リー・レミック)は、男の子を出産したが、その子は生まれるとすぐ死んだ。しかし、産院で知り合った神父から、同じ日、同じ時間に生まれた男の子を、死んだ子の身がわりにもらってほしいと頼まれた。その子の母も産後すぐに死んだのだという。ロバートは、妻にそのいきさつを話さず、その赤ん坊をもらいダミアンと名づけた。
キャサリンはダミアンを自分の子と信じていた。ロバートは駐英大使としてロンドンに栄転した。ダミアンの5歳の誕生日、乳母の異常な自殺を境に息子の周囲で奇妙な出来事が続発。次第に神経質になり精神が不安定になっていく妻キャサリン。息子へ過度な愛情を注ぐ新しい乳母ペイロック夫人(ビリー・ホワイトロー)。
「ダニアンの母親は山犬だった!」だと言い近づいてくるブレナン神父(パトリック・トラフトン)、彼は「キャサリンが妊娠していることを告げ、ダミアンが死産させる」と予言するが、ロバートと別れた後猛烈な風と雷に襲われ、落ちてきて避雷針に串刺しにされて死んだ。そしてまもなくキャサリンも、三輪車で遊んでいたダミアンが椅子に衝突、2階上から墜落、流産する。そんな時、ジェニングス(デイヴィッド・ワーナー)というカメラマンがロバートを訪ねた。彼が撮った先に自殺した乳母やブレナン神父の写真には不思議な1本の線が浮きあがっていたのだ。
ロバートは、ダミアンの出生の秘密を調査しにジェニングスとともにローマへ飛んだ。ダミアンの生母の墓の場所を聞き出した2人は、その墓を掘り起こした。中には山犬の骨が横たわっていた。さらに隣りの小さな墓には人間の赤ん坊の骨がはいっていた。それこそロバートの実子だったのだ。そのころロンドンの病院ではキャサリンがペイロック夫人に窓から突き落とされて殺される。
ロバートはブレナン神父から聞いていた悪魔払いの長老に会った。長老はダミアンの頭髪の下に、悪魔の印である「666」が刻まれているはずだと言い、ダミアンを殺すための数本の短剣を渡した。その帰途、ジェニングスは、ガラス板を満載したトラックが暴走し、ガラス板で首を切断された。
ロンドンの自宅に戻ったロバートはダミアンの頭髪の下に「666」の数字を発見した。襲い掛かってくるベイロック夫人。これを払いのけ、ダミアンを教会に連れて行き、祭壇に押さえつけると短剣で突き刺すロバート。追って来た警官たちが発砲しロバートは死んだ。彼の葬儀が行われ大統領夫妻と子息も参列して行なわれた。ダミアンは彼らの養子としてもらわれていた。

先ごろのショッキング映画は、やたらと惨殺シーンで血しぶきとばしたり、やたらと真っ暗にして見えなくしたりと小手先にお恐怖表現にはしりがちだが、この映画はシチュエーションで怖さを盛り上げていく。きわめて正統派と、実力がある人のシナリオであることがわかる。良質のオカルト映画でした。

by ssm2438 | 2008-12-27 19:41
2008年 12月 27日

愛と哀しみの旅路(1990) ☆☆☆☆

f0009381_13443327.jpg監督:アラン・パーカー
脚本:アラン・パーカー
撮影:マイケル・セレシン
音楽:ランディ・エデルマン

出演:
デニス・クエイド (ジャック・マクガーン)
タムリン・トミタ (リリー・カワムラ)

        *        *        *

原題は「カム・シー・ザ・パラダイス」。夢を描いてアメリカにわたった移民の中には日本人もいた。しかし、彼らは第二次世界大戦がはじまると強制収容所に入れられた。そんな日系人の家族の娘とアメリカ人男性との恋愛を描きながら、当時の日系人にたいするアメリカ社会のあり方を描いている映画。ただ、露骨な批判精神で描いているのではなく、冷静に描いているのがとても好感がもてる。

なにを隠そうこの映画、監督はアラン・パーカー。アラン・パーカーは『小さな恋のメロディ』で脚本をかき、『ダウンタウン物語』『ミッドナイト・エクスプレス』『フェーム』『バーディ』『エンゼル・ハート』『ミシシッピー・バーニング』などをてがけてきた監督さんで近年の流れをみると映像派のサスペンス系監督さんという印象があったのだが、ああ、この作品もそうだったのか・・と少々驚いた。

この映画、第二次世界大戦の、日系アメリカ人は敵とみなされマンザナール収容所に入れられた。そんな日系の家族に属するタムリン・トミタと、デニス・クエイドのラブロマンス。この映画を見た当時は英会話の勉強に励んでいたことだったので、彼らが話す英語と日本語がが混じった感じが実にリアルに感じられた。
その頃はイーオンの目白校に通っており、担任教師だったエイリーンという日系のアメリカ人の女性教師だったのだが、彼女がイーオンを辞めたあとも、手紙のやり取りは続いていて、電話で話す時もあった。彼女と話すと、日本語と英語がごちゃごちゃになってくる。英語の文法で話していてもときどき単語は日本語が出てきたり、その反対に日本語の文法で反しているのに単語は英語になったり、それが法則性もなく、日本語と英語がいれかわりたちかわり交錯する。この映画のなかで、タムリン・トミタとその子供の会話でも、その日本語と英語の交錯する会話が表現されていて、かなり嬉しかった。

<あらすじ>
第二次世界大戦が始まるまえのアメリカ、ロサンゼルス。日系一世のヒロシ・カワムラ(サブ・シモノ)は映画館を営んでいた。そこで働く元労働活動家のジャック・マクガーン(デニス・クエイド)はカワムラの娘リリー(タムリン・トミタ)と恋に落ち、彼女の両親の猛反対にもかかわらず、シアトルに駆け落ちして式を挙げた。娘ミニも生まれ幸福な生活を営んでいた2人だったが、ジャックが再び組合運動に感心をしめすとリリーはそれに反対、その結果リリーはミニを連れて実家へ戻ってしまう。そして日米開戦・・・。
ジャックは徴兵され、日系人は収容所に強制移住となった。日系人ではあるが、アメリカ人のつもりだった彼らは、自分たちの立場が理解できなくなっていく。そんななかカワムラ家の長男チャーリー(スタン・エギ)は日本人として生きることを主張、日本に強制送還される。次男のハリー(ロナルド・ヤマモト)は米軍に志願し出兵していく。リリーは母と残された家族の面倒を見るので精いっぱいだった。
軍隊を無断で抜け出したジャックがリリーとミニに会いきてつかの間の抱擁をかわす二人だが、リリーの父の説得で軍にもどっていくジャック。しかしジャックは逃亡の罪を問われ軍刑務所送られる。アイダホの農場に行っていたリリーの妹は妊娠して収容所に戻ってくるが、その子の父親は不明。資産を没収され総てを失った父は自殺。アメリカ兵として出兵していたハリーは戦死。
44年やっと収容所から解放されたリリーは、いとこのいるカリフォルニアのいちご農園に身を寄せ、そこで終戦を迎える。それからさらに4年、軍刑務所での刑期を終えたジャックがリリーとミニーのもとへ帰ってきた。


今となっては、当時の日本人強制収容所内での生活を再現した貴重な映画かもしれない。日系アメリカ人の複雑な想いがあざといアピールをすることなく、実に淡々と描かれている。歴史の勉強としてかなり貴重な映画だ。

by ssm2438 | 2008-12-27 13:54
2008年 12月 25日

恋の方程式 あなたのハートにダブルクリック (2001) ☆

f0009381_1023222.jpg監督:ジョーダン・ブラディ
製作:マット・デイモン
製作総指揮:ベン・アフレック、ヨーラン・ペルマン
脚本:ジェイ・ラコポ
撮影:ジョナサン・ブラウン

出演:
ルーク・ウィルソン (スタンリー)
デニース・リチャーズ (ダイアナ)
ジェイ・ラコッポ (フィル)

        *        *        *

原題は「ザ・サード・ホイール」、3輪車の3番目の車輪のこと。この邦題の意味はさっぱり分らない。

この作品、『グッド・ウィル・ハンティング』を手掛けたB・アフレックM・デイモンのコンビが設立した、パール・ストリート・プロダクションの記念すべき第1作目。しかしはずした。普通にラブコメにしておけば全然問題ない映画なのに、あほなひねくりいれてるところから観るに耐えないクソ映画になってる。せっかくデニス・リチャーズ出してるのに、彼女をきちんとみせられない糞脚本にはうんざり。テンポもわるいし、みていてイライラだけがだまる作品。最後にデニス・リチャーズがルーク・ウィルソンとひっつく根拠もなんかわかんないし・・、時間の無駄。デニス・リチャーズは『ワイルドシングス』だけでいいや。

ダイアナ(デニス・リチャーズ)が入社していら、彼女を想い続けているスタンリー(ルーク・ウィルソン)。親友マイケル(ベン・アフレック)のプッシュもありなんとかデートにこぎつける。いよいよデートの夜、駐車場から車を出そうとする時、隣の席のダイアナにみとれていて前方を歩いていた男にぶつけてしまう。彼はフィル(ジェイ・ラコッポ)はガラス細工の工芸品が壊れたことをねたに200ドルを要求する。いわゆるアタリ屋で浮浪者のフィルだが、彼は良い人なのか悪い人なのか、それとも恋のキューピットなのか・・。
そんな二人のデートの行方にマイケル以下の会社の同僚たちは賭けをしているのだった・・。

by ssm2438 | 2008-12-25 10:31
2008年 12月 24日

レディホーク(1985) ☆☆

f0009381_235239.jpg監督:リチャード・ドナー
脚本:エドワード・クマーラ
    マイケル・トーマス
    トム・マンキウィッツ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:アンドリュー・パウエル

出演:
マシュー・ブロデリック (フィリップ)
ルトガー・ハウアー (エチエンヌ・ナバール)
ミシェル・ファイファー (イザベル)

        *        *        *

監督が『オーメン』『リーサルウェポン』リチャード・ドナーなので高尚なものは期待できないが、撮影のヴィットリオ・ストラーロの画面とミッシェル・ファイファーだけは美しい。特に鷹をつれた騎士姿のルドガー・ハウワーの絵はそれだけでめちゃめちゃカッコいい。・・そう、この映画は、内容自体はさほどすごいわけではないのだが、キービジュアルとなる絵がカッコいいのである。個人的にはストローラの映像のなかではかなり好きな部類にはいるのだが・・、少なくとも『暗殺の森』とか『シェリタリング・スカイ』なんかよりはスタンダードで好きだ。
・・・しかし音楽がおそろしいほどしょぼい。せめて劇場映画だったらフルオーケーストラで録ってほしいものだ。それではまるで戦隊もののような音楽だ(これはこれで悪くはないのだが、映画としてはもっと重厚な音楽がほしかった)。あと、音楽のいれかもたもかなりしょぼい。

f0009381_2351027.jpg<あらすじ>
かつてイザベル(ミシェル・ファイファー)と騎士ナバール(ルドガー・ハウワー)は熱烈に愛しあっていたが、ある司教が横恋慕し悪魔と取引して、2人に呪いをかけた。その結果、イザベルは昼は鷹に、ナバールは夜は狼に変身し、2人が人間として出会えることはなかった。2人の仲を司教につげ口したのは修道院に住む僧インペリアス(レオ・マッカーン)で、そのことを悔いた彼は、なんとか2人をもとに戻してやりたいとねがっていた。
かつてアクイラの大聖堂の地下にある牢獄に囚人としてつながれていたフィリップ(マシュー・ブロデリック)が脱獄したルートをとおって内部に忍び込み、錠前を飽け、ナバールを大聖堂内にいれる。かくしてナバールは司教抹殺の為に突き進むのだった・・。

by ssm2438 | 2008-12-24 23:10
2008年 12月 24日

太陽の下の18才(1962) ☆

f0009381_22212910.jpg監督:カミロ・マストロチンクエ
脚本:カステラーノ&ピポロ
撮影:リカルド・パロッティーニ
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:カトリーヌ・スパーク

        *        *        *

私が少年時代、ちょっと年上の映画ファンの人と話をすると、ジョアンナ・シムカスとこのカトリーナ・スパークの話がでていた。ジョアンナ・シムカスは何本かみているのだが、カトリーナ・スパークは結局いままで彼女が出ている映画をみる機会がなく、今回トライしてみたが・・・、これははずした。この映画に関してはまったく露出なし! 可愛い子ではあるのだが、この映画自体は全然おもしろくもなんともない。

・・ちなみに私の子供の頃の憧れのアイドル女優と言えばアニセー・アルビナでした。

<あらすじ>
ナポリの港町を舞台にバカンスにきた若者(劇中けっこう老けて見えるが)ナンパにはじける青春映画。その中にひとり、ノコラ・モリノは、相手の名前が似ていたことから女の子ニコル・モリノ(カトリーヌ・スパーク)と同室にされてしまう。最初は一つの空間をめぐって論戦をくりひろげていたが徐々に仲良くなっていく、ピーカン能天気なイタリアの青春群像劇。

by ssm2438 | 2008-12-24 22:36
2008年 12月 24日

乱気流/グランド・コントロール(1998) ☆☆☆

f0009381_1434132.jpg監督:リチャード・ハワード
脚本:マーク・シェパード
    ロバート・モアランド
撮影:ヘナー・ホフマン
音楽:ランディ・ミラー

出演:キーファー・サザーランド
    ブルース・マッギル
    ケリー・マクギリス
    ロバート・ショーン・レナード
    クリスティ・スワンソン
    マーガレット・チョー

        *        *        *

最近のタイトルは『キーファー・サザーランド IN エアポート24時』となっている。なにか勘違いしそうなタイトルだ。

管制官モノというジャンルがあるかどうかわからないが、あってもこれと『狂っちゃいないぜ』の2本くらいしかないようなきもするが・・、しかし、以外に面白かった。ちょっとしたひろいものだ! ちなみにここに登場するのは飛行場の管制塔の管制官ではない。ここで描かれているのはその空港までに誘導する管制官の話。
映画は恐ろしく安上がりの映画だ。管制センターのセットだけあれば、あとはほとんどいらない。飛行機の機内は、機内とコックピットだけセット作ればいいし、おりてくる飛行機は空港にいって撮って来ればいい。そんな状況の中で、それぞれの管制官の性格を表現しつつ完成業務を遂行する様をみせている。

舞台はフェニックスの〇〇空港の地上管制センター。もうすぐ年が明けるという大晦日の晩、フェニックスの管制センターは大混雑していた。嵐がちかくまできているというのに、所長のケリー・マクギリスは50便も追加で処理する安請け合いをしてしまった。現場チーフのブルース・マッギルは今夜だけ助けてくれということでキーファー・ジャック・サザーランドに現場にでてくるように要請する。
ジャックは5年前に自分が担当していた機が墜落したのを機に、そのプレッシャーにたえられず現場をはなれてい、今は航空管制ゲームを作るスタッフになっていた。一日だけということで現場にでてみると、メインも似たには無数の点々。現場には自分は有能だと思ってる(実際そうらしいが)ロバート・ショーン・レナード、新人のクリスティ・スワンソン、アジア系のマーガレット・チョーなど個性豊かなメンバーが飛行機の点々を裁いている。しかし、老朽化した管制センターの設備は演出的には都合よくショートしたり、停電を越したり、しっちゃかめっちゃか。さすがに5年ものブランクがあるジャックはしばしサポート役に徹しいていたが、新人のクリスティ・スワンソンがテンぱってると、適切な指示で問題を解決し、ジャックここにありをみせつける。
しかし、そんなジャックでもやっぱり数をこなしているうちに過去の事件が思いださて言葉が出なくなる。すかさずロバート・ショーン・レナードがフォローに入る。誰かがヘタるとすぐ休んでいた管制官が変わる。多分かれらのなかではそういうことは当たり前なのだろう。
そしてまた停電。何も出来ない管制官のなか、ジャックは俄然存在感をしめす。この空港ではもう裁けないと判断すると、各機の残存給料から判断して別の空港に着陸してもらう段取りをすみやかに取る。忍耐強くまっているとなんとかコンピュータ回復。下ろせるものはフェニックスに下ろした。最後の一機をのこして全部着陸させて手の空いたスタッフは帰っていくが・・最後の一機は落雷で無線もコンピュータもつかえない。しかたなく無線が回復するまで携帯で管制センターと連絡。操縦桿がつかえなくても左右のエンジンのパワーの上げ下げデ方向は変えられると主張するジャック。モニタ画面が死んでても脳内モニタで機の場所を空港の場所を判断、速度の旋回時間から適切に盲目機をフェニックスに誘導、無事着陸させるのであった。

・・・いやいやいやなかなか素晴らしいシナリオ回し。
やっぱりそのものを見せるのでなく、こういうイマジネーションだけで事を展開していくドラマってのはいいですな。多少安上がりないきあたりばったりの展開ですが(こんなに停電が書中あるんだったらフェニックスの空港なんかぜったい降りたくない)実に面白い映画になってました。
パチパチパチ。

by ssm2438 | 2008-12-24 01:36