西澤 晋 の 映画日記

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2008年 12月 23日

恋する遺伝子(2001) ☆☆

f0009381_1321360.jpg監督:トニー・ゴールドウィン
脚本:エリザベス・チャンドラー
撮影:アンソニー・B・リッチモンド
音楽:ロルフ・ケント

出演:アシュレイ・ジャッド
    グレッグ・キニア
    ヒュー・ジャックマン
    マリサ・トメイ

        *        *        *

タイトルのセンスはいい! 本編のエッセンスを投影してないとしても。原題は『サムワン・ライクス・ミー』。私を好きな人がどこかにいる・・みたなニュアンスか・・・。
しかしこの映画きわめて普通の出来。とりたてて見るべきものはなかったかな。アシュレイ・ジャッドマリサ・トメイ、私の好きな女優さん二人も出てるしたまには可愛いアシュレイもみてみたいなって思って借りたのだけど・・・。

この物語、アシュレイ・ジャッドふんするジェーンが、失恋の痛手に「雄牛は二度と同じ雌牛と交尾しようとせず、常に新しい雌牛を求める」という記事をみつけ、同じように動物の生殖器的法則をみつければ、人間の恋愛にも同じ性質がみられるのではないかと考える。その結果を匿名の生理学者といつわってマリサ・トメイが編集をしている雑誌に掲載。それが一躍話題になる・・という話だけど、どうもそこでかたられる法則というのが真実とはちがうようなきがする。
形式的な真実というのがある。この世の中には真実がみえないから、あるいはそれが見えてもあからさまにみとめたくないからという理由などで、真実とはちがう世間的な統一見解みたいなもの。それはいうなれば真実をみつめないための妥協なのだけど、それをこの物語であたかも真実のようにとりあつかっているからシャローにみえる。
これが『アリーマイラブ』みたいにきちんと男性・女性の恋愛心理を切り込んだ物語だったらとてもおもしろければすごく説得力のあるドラマになるのに、このシナリオにはそれがまるでない。ひまつぶしにはなるが、それだけの映画。どこかにベスト・オブ・アシュレイ・ジャドの映画ないですかねえ。やっぱり『サイモン・バーチ』

by ssm2438 | 2008-12-23 12:32
2008年 12月 23日

蜘蛛巣城(1957) ☆☆☆

f0009381_1259216.jpg監督:黒澤明
原作:ウィリアム・シェイクスピア、『マクベス』
脚本:小国英雄、橋本忍、菊島隆、三黒澤明
撮影:中井朝一
音楽:佐藤勝

出演:
三船敏郎 (鷲津武時)
山田五十鈴 (妻・浅茅)
千秋実 (三木義明)

        *        *        *

黒澤明の時代劇のなかではけっこう好きな映画。時間も1時間50分ときれいにまとまっており、ここちよいテンポでみられる。しかしこの映画のよさはやっぱり原作の『マクベス』だろう。3つの予言ががやっぱり物語の展開に効いて来るのだが「森が動く」をどう表現するのだろうって思ってみてたら・・・、そこはしょぼかった。兵士たちがクリスマスツリーのもみの木かなにかをもってわっさわっさと歩いてくるだけで、あそこはもっと巨大なスケールで実際にそれを大人数でやってみせってほしかったなあ。それをロングで撮って、「おおお、ほんとに山がせまってきている!!」って見せてほしかった。今の時代ならCGでそれくらいは朝飯前なのだろうが、あの時代にいっぱつ気合入れて出来なかったものか・・・。

<あらすじ>
時は戦国時代。蜘蛛巣城城主・都築国春に召喚されて嵐の中を急ぐ鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)は、霧深い蜘蛛手の森で迷ってしまう。そこで老婆と出会い、やがて武時は蜘蛛巣城の城主になることを、義明は一の砦の大将となり、やがて子が蜘蛛巣城の城主になることを告げられる。
老婆の予言通り、武時は、領主国春殺し蜘蛛巣城の城主となった。
しかし、内乱ののち三木の子供、三木義照らに一の砦、二の砦を包囲される。戦意を喪失し、無策の武将達に苛立った武時だが、あの老婆は「蜘蛛手の森が動かぬ限り、武時は戦に敗れることはない」と予言する。
武時は老婆の予言を語って聞かせ、士気を高める。その夜、森から斧の音が響きわたり、次いで野鳥の群れが城に飛び込む。それは敵の軍が森の木を切りそれを盾にしながら前進する姿があった。

・・・森は動いた。

by ssm2438 | 2008-12-23 00:22 | 黒澤 明(1910)
2008年 12月 23日

華麗なるギャツビー(1974) ☆☆☆

f0009381_043524.jpg監督:ジャック・クレイトン
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
脚本:フランシス・フォード・コッポラ
撮影:ダグラス・スローカム
音楽:ネルソン・リドル

出演:ロバート・レッドフォード
    ミア・ファロー
    ブルース・ダーン

        *        *        *

これ、映画の出来は☆2~3くらい。でも、原作が好きなのでちょっとおまけしました(苦笑)。

・・・しかし、これも男の純情ふみつける女の話だなあ。けしからんなあ。まあ、そういう女を好きになってしまう男のかなしさかな・・・。こればっかりはどうしようもないな。しかし、よくよく考えるとこれも『テン』みたいな映画だ。男が勝手にあこがれて、自分を認めさせたいが為にひたすら努力して、テンはそれほど努力してないから嫌いだけど、このギャツビーは挑み続けた。「貴族にならなきゃいけないならなってやる!!!!」そのために一日にやるべきことを決めてそれを実行して日々を積み重ねてった。その結果豪邸にする貴族になった。それこれも全部彼女に認めさせるために・・・。
こういういとこは大好きだ。原作を読むと、一日の日課を書いた時間割のメモがでてくる、あれを読んでるだけでどあああああああああって涙が出てくる。この映画は・・・・そこまでは行かなかったけど、でも、原作をかなり忠実に再現してると思う。ただ、あのエッセンスはかなりうすめられたけど、原作を読むとき、この映画のこのビジュアルをイメージすればかなり正しい整合性だと思う。エッセンスは薄いけど、忠実ではあるのだ。

<あらすじ>
ギャッピーはダコタの農家に生まれ、17歳のとき鉱山成金に拾われた。そして第1次大戦に参加し、陸軍少尉となった彼はルイビルのキャンプにいるときデイジーと知りあった。2人は互いに心ひかれ激しい恋におちたが、ギャツビーは軍の命令でフランス戦線へ派遣されてしまう。ギャツビーがフランスへ発つと、デイジーはシカゴの富豪トム・ブキャナンと結婚した。数年後、戦線から戻ったギャッピーは、自分の青春を賭けて愛したデイジーが結婚したことを知って苦しんだ。しかも彼女の生活はギャツビーの手の届かない上流階級にあり、社交界の花形としてその日々を送っていた。ギャツビーは再びテイジーの心をとり戻す決意を固め、貴族となった。
5年が過ぎた。ギャツビー(ロバート・レッドフォード)はロングアイランドに大邸宅を構えていた。それは、デイジー(ミア・ファロー)の邸と湾をへだてて向かい合っていた。ギャツビーは夜毎豪華なパーティを開いた。デイジーはギャツビーの変わらぬ愛を知り感激した。夫のトムにはマートルという情婦がいた。ギャツビーとトムがデイジーをめぐって対立したその帰り道、興奮するデイジーが運転するギャツビーの車がマートルひき殺してしまった。マートルの夫は、トムにギャツビーがマートルをひき殺したと入れ知恵され、プールで日差しを浴びて浮かんでいるギャッツビーを射殺する。

一応最後に一日の時間割はでてくるのだが・・・、どうも感動が薄い。もうちょっとなんとかならなかったものか・・・。

by ssm2438 | 2008-12-23 00:20
2008年 12月 22日

恋恋風塵(1987) ☆☆☆☆☆

f0009381_2356599.jpg監督:候孝賢(ホウ・シャオシェン)
脚本:呉念眞(ウー・ニェンツェン)
    朱天文(チュー・ティエンウェン)
撮影:リー・ピンビン
音楽:チェン・ミンジャン

出演:王晶文(ワン・ジンウェン)
    辛樹芬(シン・シューフェン)

        *        *        *

これは切ない。ほんとに切ない。この『恋恋風塵』『ヒマラヤ杉に降る雪』はほんとに切ない。この2本は男の純情ふみにじり映画だよ。・・・きっと女には判らないだろうな、この痛みは・・。幼い頃からずう~~っと一緒に育って、男は「こいつと結婚するんだろうな」って思ってる。家族もそう思ってる。女もそう思ってる。・・・でも、女は他の男とくっついてしまう。・・・・ほんと、女って残酷な生き物だ。
この映画をみると『星願 あなたにもういちど』のオータムがいかにも男の理想で絶対存在しない女だってことがわかる。

舞台は台湾。時代背景は1960年の終わりごろ。社会の成熟度敵には昭和30年代くらいな感じ・・かな。私が生まれたのが昭和37年なのでそれよりちょっとまえかそのくらか・・っていうくらいの地方の話。この映画のなかにあるように、公会堂で映画見た覚えありますよ。映画のある街までいくと時間がかかるので、ときどき役場のだれかが映画のフィルムかりてきて上映会するんです。この映画のなかにもそういうシーンがでてきて、あああ、そういえばそういうことあったなあって思い出しました。
それにこの映画のなかでは家族の靴を買うエピソードがあって、何インチって表記になれてないのでおとーちゃんの足の型をとって紙に書いて、それをもって買いにいく。さすがに私の人生にはそれはなかったので、きっと私が生まれる前くらいの社会の成熟度だったのでしょう。

f0009381_23594679.jpg<あらすじ>
炭鉱の村に住む中学3年生ワン(王晶文)と2年生の少女ホン(辛樹芬)は、幼い頃から兄妹のようにいつも一緒に育ってきた。ワンの父が鉱山の事故で入院していたこともあり、ワンは台北に出て働きながら夜間学校に行くことを決める。翌年ホンも中学校を卒業して台北に出て来る。ワンは印刷所に勤めていたが、やがてそこをやめ、友人の働く映画館の裏の一部屋に移り住み、オートバイ配達の仕事を始めた。二年目の夏、2人は初めて一緒に里帰りする。父親たちは鉱山の待遇改善の要求でサボタージュしている。広場では野外映画会準備をしている。以前とかわらない風景画そこにある。やがてワンに兵役の通知が届く。ホンは心をこめて作ったワイシャツをワンに渡し、2人は台北駅で別れた。
兵役についたワンのもとに、毎日のようにホンから手紙が届いていたが、ある日をさかいにこなくなる。それからずう~~~とこない。それでも手紙を書くワン。ある日、ワンあてにホンに書いた手紙が束になって返送されてくる。弟ディンからの手紙で、ホンが郵便配達の青年と結婚したことを知らされ、ワンは激しく嗚咽する。
兵役が終わってワンは故郷に戻った。そこには以前と変わらぬ風景が、ゆるやかな時の流れの中で息づいていた。

おおおおあああああああああああああああ、
どおおおおおああああああああああああああああああ・・・・・・・爆泣き。切ない。

この映画の辛樹芬(シン・シューフェン)はむっちゃかわいい。可愛いというより、なんといいましょうか・・清楚な感じ。こんな娘とエッチすることすら考えるのは罪である・・みたいな。しかし女にいわせれば、男が理想の女として自分の夢を投影しやすい女・・ということになるのかもしれない。
でも、男は自分の夢を投影しつづけてるのでしょうね・・、彼女みたいな女性がいると。

by ssm2438 | 2008-12-22 23:07
2008年 12月 22日

ゴースト/ニューヨークの幻(1990) ☆☆☆

f0009381_11575951.jpg監督:ジェリー・ザッカー
脚本:ブルース・ジョエル・ルービン
撮影:アダム・グリーンバーグ
特撮:リチャード・エドランド
音楽:モーリス・ジャール

出演:パトリック・スウェイジ
    デミ・ムーア
    ウーピー・ゴールドバーグ
    トニー・ゴールドウィン

        *        *        *

祝、ブルース・ジョエル・ルービンアカデミー脚本賞受賞! おめでとう!
美しき死の伝道師ブルース・ジョエル・ルービン。彼の作品は常に「死」と向かいあったものばかり。それと向かい合う姿勢を美しく書ける人。しかし・・・、残念ながらあまりスタッフにめぐまれない彼ですが、今回はオスカーおとめましたね。無能監督ジェリー・ザッカーをしてのこ出来、もしこれが『ジェイコブス・ラダー』エイドリアン・ラインだったらきっとスーパー大ヒットの絶対無敵五つ星だっただろうと思う。先の作品はエイドリアン・ラインにあってなかっただけにイマイチな出来。というかあれは誰がとってもイマイチだったとおもうが・・・。そういうわけで、この映画エイドリアン・ラインだったらって脳内で補完してみよう)。めぐり合わせってなかなか上手くいかないものですね。

f0009381_1263078.jpg役者に関して言えばデミー・ムーア! このときの彼女はとても美しかった。なぜ今あんなになっちゃったかなってともて残念だ。。。しかし彼以外はかなりイマイチ、パトリック・スウェイジは、マユを八の字にしたいつも同じ表情だし、ウーピー・ゴールドバーグはあいかわらずうるさいし・・、この辺をもっとコントロールできればもっと完成度の高い映画になっていただろうに・・。返す返すもエイドリアン・ラインに撮ってほしかった。

サム・ウィート(パトリック・スウェイジ)は恋人のモリー・ジャンセン(デミ・ムーア)と一緒に幸福な共同生活を始めるが暴漢に襲われ殺されてしまう。死をうけいれられないサムは天国へ行くことを拒否、モリーを見守ることを選ぶ。ある日サムは自分を殺した男を目撃、ウィリーという名前だと知る。インチキ霊媒師オダ・メイ・ブラウン(ウーピー・ゴールドバーグ)を説得し、モリーと接触をこころみる。最初半信半疑のモリー。そのうちサムは、職場の同僚カールが、不当な金を銀行を経由させることで正当な金に見せかけるマネー・ロンダリングに関わっていて、そのれが原因で自分が殺されたことを知る。カールはウィリーと共に、モリーを襲うが、サムとオダ・メイの助けによって救われる。モリーを助けるという使命も終わり、サムはモリーに愛を告げ天国に昇っていった。

by ssm2438 | 2008-12-22 11:41
2008年 12月 22日

G.I.ジェーン(1997) ☆

f0009381_10232335.jpg監督:リドリー・スコット
脚本:デヴィッド・トゥーヒー
    ダニエル・アレクサンドラ
撮影:ヒュー・ジョンソン
音楽:トレヴァー・ジョーンズ

出演:デミ・ムーア
    ヴィゴ・モーテンセン
    アン・バンクロフト

        *        *        *

その昔有島武朗が著書のなかで「女性が男性化しなければならないなら、それは女性という性の敗北をいみする」というようなことを書いていたのを思い出した。「女を捨てて男になれ」って事は「女じゃダメだ」って言ってるのと同じだ。フェミニストの方々はこれみて怒らなかったのだろうか・・。

デミー・ムーアは恐ろしくがんばってる。しかし映画はまったく面白くない。これだけ主演女優のがんばりをすべて無駄にした映画もそうないんじゃないだろうか。戦闘シーンもひどかった。爆発のごとにTU・TB連打するのはひどすぎる。それじゃまるでカートゥーンだ。あまりに漫画的な絵作りなのでそれだけで冷めてしまう。せめて戦闘シーンくらいリアルさを表現してもいいだろうに、そこで演出する側の演出しすぎる画面いれたら見てる人は冷めるにきまってるだろう。作為的な絵作りは感情移入を消し去ることくらい理解しててほしいものだ。これって誰のクソ演出だ?リドリー・スコットか、それとも撮影監督のヒュー・ジョンソンか? 頭まるめて出直してほしい。

by ssm2438 | 2008-12-22 10:16 | リドリー・スコット(1937)
2008年 12月 22日

素顔のままで(1996) ☆

f0009381_1011885.jpg監督:アンドリュー・バーグマン
脚本:アンドリュー・バーグマン
撮影:スティーヴン・ゴールドブラット
音楽:ハワード・ショア

出演:デミ・ムーア
    バート・レイノルズ
    アーマンド・アサンテ

        *        *        *

デミーの裸みたさでみてもハズレなだけの映画。映画としてまったく面白くない。サスペンスとコメディという食い合わせの実に悪い映画。こんな映画だとデミー・ムーアの裸以外みるべきところはないのだけど、それも全然エロティックでもなんでもない。この頃のデミー・ムーアはもう胸にインプラントしててぱっこんって出てる胸。あれは服をきてて胸元をおおきくあけてみせるにはいいけど、乳房そのものの魅力はまるでない。

彼女のヌードが見たい方は『きのうの夜は・・・』がよいでしょう。あのころのデミー・ムーアは実に美しい。インプラントしてなくても彼女の乳房はとっても豊かで実に美乳だった。なんであんなにきれいだったのにわざわざそんなことしなきゃいけなかったのか・・・。この映画をみるとただただ悲しくなるだけである。

by ssm2438 | 2008-12-22 09:50
2008年 12月 21日

群衆(1941) ☆☆☆☆

f0009381_19533883.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:ゲイリー・クーパー
    バーバラ・スタンウィック
    ウォルター・ブレナン

        *        *        *

キャプラのなかではこの映画は一番好き。最後ハッピーエンドにしないところも好きだし、バーバラ・スタンウィックはかなり好み。ジーン・アーサーがキャプラのヒロインとしては多いのだろうけど・・私の好みとしてはこちらです(笑)。でもこれらは表面てきなもので、根幹的なところは普遍のテーマに至ってしまってるところが好き。
ちなみに原題は『ミート・ジョン・ドウ』であり、この「JOHN DOE」というのは「名無しのごんべ」さんのこと。匿名希望で文章を投降するときなど使うアイテム。

不況がつづくなか、某新聞社の女性記者アン(バーバラ・スタンウィック)そのあおりをくってリストラの対象になった。憤慨した彼女は、ジョン・ドウの署名で「この嫌悪すべき世界に抗議するため、自分はクリスマス・イヴの真夜中、市公会堂の塔上から飛下りて自殺してみせる」という記事を書いて社を飛び出した。ところがこの記事が反響をよんだため、新編集長コネル(ジェームズ・グリースン)は考える。ジョン・ドウなる人物を実際に仕立て上げ、そいつに怒りをぶちまけさせ、彼女が毎その記事を書かせたらどうか・・と。
募集記事を出すとジョン・ドウ志願者はフロアいっぱいに集まった。彼女はジョン・ウィロービー(ゲイリー・クーパー)という田舎リーグの投手を彼に選んだ。不満を表現する自殺志願者としてラジオに出演するジョンは国中の人気者になってしまう。しかしウィロービーは約束(自殺すること)を遵守する必要はない。大晦日の期限が迫る前に何処かへ消えてしまえばいい・・というものだった。目先の華やかな仕事がおわるとふたたび彼はオレゴンへと帰っていった。
しかしそこでもジョン・ドウは民衆の偶像になっていることを知ると、かえって彼はジョン・ドウとして立ち上がらなければならぬと思いはじめ。彼が言葉を発すると今の社会に不満をもった群衆が彼の言葉をフォローする。正しい政治のありかたを説くと群衆はわきたつ。いつのまにかジョン・ドウはおおきな政治運動へと変化をつげていたのだ。
やがて民衆の力は結集、ジョン・ドウ全国大会が開かれる直前、この運動が社長ノートン(エドワード・アーノルド)の選挙運動の手段であることを聞いかされる。大会で一切の真相を暴露するといいはなつジョンは会場にのりこみ事の次第を暴露する。そしてこう続けようとする。ジョンドウは偽者だ。しかし彼が話した言葉や思想は本物でありその言葉にみんながついてきてくれたのではないか! ジョンドウ運動はみんがその気になれば続けられる、社会を変えられるんだ!と。しかし肝心なところはマイクの音声を切断され、ジョンはただのイカサマ男として舞台から引き摺り下ろさせる。
彼が築き上げてきた民衆の運動を真実にするには彼の言葉を真実にするしかない。かれはクリスマスの夜、雪降る摩天楼の最上階へ上っていく・・・。
摩天楼で飛び降りようとするジョンの後ろに止めてというアン、そしてほっといてもどうせ飛び降りりゃあせんという悪徳政治家たちがいる。どうするジョン・・・。

「群衆は個人よりも扱い易い。みたかあのざまを・・。そしておまえもどうせ飛び降りやせん。変わらんのだ、世の中は・・」

by ssm2438 | 2008-12-21 18:54 | フランク・キャプラ(1897)
2008年 12月 21日

花嫁はエイリアン(1988) ☆☆

f0009381_9205721.jpg監督:リチャード・ベンジャミン
脚本:ジェリコ・ワイングロッド
    ハーシェル・ワイングロッド
    ティモシー・ハリス
    ジョナサン・レイノルズ
撮影:リチャード・H・クライン
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:キム・ベイシンガー
    ダン・エイクロイド

        *        *        *

キム・ベイシンガーかキュートで可愛い。このころ(劇中34歳)のころが一番チャーミングだった。キム・といえはどうしてもヤクザの情婦ばっかりというイメージがあったが、この映画ではコメディやってて、きわめて楽しいんだ。明るく可愛いキム・ベイシンガーってのも以外とよいものなのです。あの背中のぱっくりとあいたドレスよかったです。
地球のことをあまりしならいキム・ベイシンガーの寄行が楽しい映画。美人がこんなことやったらどうなの??っていうことをエイリアンってことを言い訳にいっぱいやらかしてくれるってのがこの映画の企画コンセプトかな。

科学者スティーヴ・ミルズ(ダン・エイクロイド)の実験の失敗で、遠く離れたある惑星危機に陥る。そこの星が地球の探索のために送ってきたのがセレスタ(キム・ベイシンガー)。地球慣れしていない彼女は変な行動の連発。そんな彼女にぞっこんのスティーヴは彼女に求婚。四苦八苦の末に稲妻を利用した実験に成功を収める。こうして惑星を救ったスティーヴは、晴れて惑星の長老たちからセレスタとの結婚を許されるのだった。

by ssm2438 | 2008-12-21 09:02
2008年 12月 20日

コレクター(1965) ☆☆☆☆☆

f0009381_2573823.jpg監督:ウィリアム・ワイラー
脚本:スタンリー・マン
    ジョン・コーン
撮影:ロバート・サーティース
    ロバート・クラスカー
音楽:モーリス・ジャール

出演:テレンス・スタンプ
    サマンサ・エッガー

        *        *        *

これ、サマンサ・エッガーふんするミランダがもうすこし彼のことを理解してあげようとしら、あんな悲劇にはならなかったんじゃないかなあ・・・。

監督は『ベン・ハー』『ローマの休日』ウィリアム・ワイラー。戦中~戦後のハリウッドをささえた名匠である。アカデミー賞監督賞にノミネートされること12回。うち受賞3回。アカデミー監督賞を3回受賞した監督は彼以外にはフランク・キャプラの3回とジョン・フォードの4回のみ。じつに偉大な監督さんであった。・・・しかし、私個人はというと、ちょっとワイラーの映画はおかたすぎる嫌いがあり、突き抜けた感にかける映画だなという印象。あるいみハリウッドの優等生監督なのだ。
そんな彼が今回のようなサイコ・サスペンス・・監禁ものを撮ったのはちょっと驚きだ。まあ、そうハイっても基本的には技術力はとても高いひとなので、何でもこなせる人ではあるのだが・・。ちなみにこの作品でもアカデミー監督賞にノミネートされている。あと主演の二人はカンヌの映画祭で主演男優賞・主演女優賞をそれぞれとっている。

<あらすじ>
銀行に勤めるフレディ(テレンス・スタンプ)は自閉症気味の小心者。社会でからかわれていても言い返すことも出来ずひたすら耐えているだけ。いまでいういじめられっこだ。そんな彼の唯一の趣味は蝶の標本。その日も郊外で蝶を追っていると、目の前に誰も住んでない家をみるける。調べてみると本宅とはなれたところに地下室もあるようだ。そして何の因果か宝くじが当たると、彼はその家を購入した。
ミランダ(サマンサ・エッガー)は美術学校に通う娘。かねてからフレディが興味をもっていた娘だ。帰宅途中の彼女にクロロホルムをかがせバンにのせるとその家の地下室に連れ込んで監禁した。彼にしてみれば、彼女とじっくりと話すためにはそうするしかなかったのだろう。彼のような自信のない男が、人前で彼女をデートに誘えるわけもない。たとえ誘ったとしても見向きもされないだろう。彼にとって、彼女に自分を知ってもらうためにはそうやって時間をかけて、自分と一緒に時間を共有していくしかなかったのだ。
f0009381_3103238.jpgしかし彼の試みはあまり成功したとは言えない。やがて開放するという約束の日が来る、ミランダはフレディの送られたドレスをきて最後の夕食をすることになる。しかし彼女はフレディの顔色を伺ってなんとか不機嫌にさせないように媚をうってるだけだ。いつも都合のいい状況をひきだそうとしているだけ、決してフレディを理解しようすることはなかった。それが出来ないとわかるとフレディは彼女を開放することをやめる。半狂乱になるミランダ。「あなたが欲しいのはこれでしょ」って着ているものを脱いで自ら裸をさらミランダ。
フレディにしてみれば「あなたは私にとって都合の悪いひとだけど、こういうところは好きよ」とかその反対に「こういえば私にとっては都合よくなるかもしれないけど、そんなこと絶対言ってあげないわ」とか・・そういう会話がしたかったのだろう。要するに普通の人と人との会話がしたかったのだ。「君は利益誘導のためなら貞操も売るのか! そんな女なのか」といいたくなるフレディ。再び両手をしばり地下室へひきたてていく。そとは激しい雨がふっている。
半狂乱のミランダは暴れ、近くにあったスコップでフレディをなぐる。頭からべっとりと血を流して倒れるフレディ。雨のなかを駆け出すミランダ。意識がもうろうとする中追いかけるフレディ。なんとか捕まえて地下室に放り込むと、もうろうとする意識のなかで車を走らせ病院にむかうフレディ。意識が回復したのはそれから何日かたってのこと。頭に包帯をまいたフレディが帰ってみると、うつろな目をミランダが振り返る。かなり衰弱している。手が縛られたままなので濡れた服を着替えることも出来なかった彼女は凍えたまま数日間を過ごしていた。もみ合ったときにストーブはけちらされ故障し、スタンドも壊れたままだった。
「良かった・・、生きていて。もうきてくれないんじゃないかと心配したわ」、その越えには確かな安堵と彼が生きていてくれたことへの喜びがあった。
手の縄を解いてやるフレディだが、彼女は息絶えた・・・。

by ssm2438 | 2008-12-20 02:10 | ウィリアム・ワイラー(1902)