西澤 晋 の 映画日記

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2009年 04月 25日

ふたり (1972) ☆☆☆☆

f0009381_2036317.jpg監督:ロバート・ワイズ
脚本:リチャード・デ・ロイ
撮影:アンリ・ドカエ
    ジェラルド・ハーシュフェルド
音楽:デヴィッド・シャイア

出演:ピーター・フォンダ
    リンゼイ・ワグナー
    ナタリー・バイ

     ×     ×     ×

私が中学生のころ『バイオニック・ジェミー』というリンゼイ・ワグナー主演のテレビドラマがありました。それで彼女に一目ぼれ。そのころ写真集なんて買うこともなかったのですが、彼女の写真集は買いましたよ。そのなかにそれ以前に彼女が出演した映画ということで『ふたり』『ペーパーチェイス』が紹介あしてったのです。しかし、当時ビデオもないときでしたのでそんな映画みられるわけもなくときがたち、大学生になったころにビデオデッキが普及し始め、アニメーターになったころにやとこさレンタルビデオやデ見つけた『ペーパーチェイス』、感動しました。しかし『ふたり』のほうはビデオ化もされるなま、テレビ東京でやった一回だけ、それはビデオに録りみたのですがなにぶん室内アンテナ、画像もそれほどよくない、おまけに昼のテレビ東京だったのでいくつかカットされてるだろうなっておもっていました。で、今回のDVD、いやはやすばらしい。

f0009381_3554958.jpgカットされてるのはなんとリンゼイワ・グナーとピーター・フォンダのベッドシーン。
まあ、そこだろうなあって思ってたけど、実際みてみるとびっくり。リンゼイ・ワグナー、ヌードになってます。貧乳なのはしってましたが、ほんとに見られるとは思っても見なかった。もう感動です。
そんなもんなくてもこの映画、私のなかではベストロードムービーなのですが、リンゼイ・ワグナーの乳房がみられるだけでもすごい達成感。
おまけにナタリー・バイもでてます。うわ~~~~~~~です。
ナタリー・バイもいいですねえ。『アメリカの夜』のときは主演のジャクリーン・ビセットもよりもナタリー・バイにみせられた私、今回はそのナタリー・バイこんなところにでてるなんて!!!もう感動です。

あのころのカメラはほんとに暗いところが黒くなってむっちゃくっちゃかっこいい。
この70年代のざらついた黒さがとても素敵なのに、最近のデジタルたるや、みえりゃあなんでもいいってもんじゃないだろうっておもってしまいます。パリの名所めぐりをこのざらついた黒の画面でとったパリのロケシーンは大好き。ウィリアム・A・フレイカーとか、ピーター・ハイアムンズのざらついた黒。いいんだ。ほんとかっこいい。


物語はモロッコのある町、一人のアメリカ大使館員がベトナム戦争のときの脱走兵ボナー(ピーター・フォンダ)のもとを訪れるところから始まる。彼は長い逃走生活を終えようと自ら連絡したのだろう。そしてその大使館員がかれのもとにアメリカへの旅券をとどけにきたのである。
その晩、町のレストランでその大使館員に料理をおごってもらっていると、モデルのディアドラ(リンゼイ・ワグナー)がマネージャーとカメラマンである元彼氏と一緒にあらわれる。彼女はモロッコで撮影の仕事があったらしい。しかしこの二人の関係はすでに終わっており、ディアドラは未婚の母としてアメリカの母にあずけて海外でモデルの仕事をしているという設定。

翌日空港がある街にむかう二人はおなじ列車にのりこむことになる。すこしづつ会話を交わし、心がちかづいていく。途中列車が故障してしばらく立ち往生する間、沿線の村で買い物とかしてみたり・・。ロードムービーでは特に大きなイベントがおきるわけではなく、そのつどのイベントで徐々にお互いが何者なのか知ることになるのだが、この列車の故障&沿線での村で買い物なんてシチュエーションはモロッコならではだろう。
心のつながりをもとめてそのそぶりをみせるディアドラだが、ボナーは会話以上の関係は拒否する態度をしめす。
やがて空港に着くとすんなり通れるディアドラに対してなにやらトラぶってるボナー。実際は問題があったわけではなく、特殊な事情だったのでちょっと時間をくったのだが、そんなこんなで徐々にボナーの事情が分かってくる。
ディアドラは「この人と一緒にいたい!」という感情にまで到達しているのに状況がそれを許さない。ボナーは本国に帰れば敵前逃亡の罪で軍事裁判にかけられ何年かの禁固刑を言い渡されることになっていて、それを承知で出頭しアメリカに帰ろうとしている。
二人をのせた飛行機はパリに到着、そこで一泊して翌日アメリカに帰国する。
仕方なく別れて別々のホテルにとまることになる二人だが、別れ際にディアドラ「シャバでの最後の夜なんだから楽しみなさい。〇〇のバーならかわいい子がいるわよ」といやみなどを言ってしまう。

結局いくあてのないボナーはそのバーにいくことになる。一方ディアドラもパーティなどにいっても気が乗らず、結局もしかしたらの思いにそのバーにむかうことになる。そのバーでボナーといい感じで触れ合いそうになるテロップにも出てない女が実はナタリー・バイ。おおおおおおおおおおおお!!!です。がしかし、ディアドラをみてとるとあっけなく「ごめん」といってフッてしまう。非常事態では人は残酷になるのですね。このシーンは好きだなあ。

そのあとパリの名所めぐりをしつつお互いの気持ちを高めていき、最後はベッドイン。

そして次の日。
「ここで一緒にいきていかない?」と提案するっディアドラ。息子も引き取ってパリで暮らそう。アメリカに変える必要はない!と主張する。そんな暮らしをしても最後はいがみ合うようになると理性的なボナー。それでも求めるディアドラ。
そんな二人の目の前に長い移民の列。
「あれがなんだか分かるかい? 大使館の前でフランスの国籍をとろうとして並んでる移民の列だ。アメリカ人でなくなることがどういうことか、試してみよう」とディアドラを手をとりその列に並ぼうとするボナーだが、ディアドラは瞬間的にその手を引いてしまう。その間を割り込むように一台の車が通り過ぎる。

アメリカ人がアメリカ人でなくなるということの重さ。
このシーンは痛烈だった。

自分にそれだけの覚悟がないことが分かったのか、それからのディアドラは強引な求め方はしなくなる。
二人はアメリカに着き、彼女に家にいき、しばし家族と食事をたのしみ、そして彼女の子供と公園へ・・。子供もボナーにはすぐなついている様子。そしてある瞬間、ボナーは通りがかったひとに時間をたずねる「今何時ですか・・」。子供のまえでは笑顔のディアドラもそれを境に沈んだ表情になる。

そして最後のわかれのシーン。
「約束はしないわよ」て切なげにいうリンゼイ・ワグナーに対してピーター・フォンダのせりふ。
テレビでみたときは日本語吹き替えで「なりゆきを見よう」みたいなせりふだった。
・・・???って思ってたのだけど、今日は英語ききとれました。

「We'll see...」でした。


これならぜんぜん未来あるじゃないですか。
通常はそのあとに about that が省略されてると考えるのが普通で、

We'll see about that.

 ・・それは見てのお楽しみ。
 ・・今に分かるよ。
 ・・まあどうなることか見てみよう。
 ・・どうなることやら。

なのでここの会話の解釈は、

リンゼイ:(待つ)約束なんかしないわよ・・。
ピーター:それでいいんじゃないか。・・どうなることやらだね。

みたいなニュアンス。
これだとなんとなく希望も持てますよね。

この「We'll see...」が聞き取れただけでもこの映画のラストの意味の受け取り方がかわってくる。ああ、なにもかにも幸せな101分間でした。

by ssm2438 | 2009-04-25 03:29
2009年 04月 24日

エイリアン(1979) ☆☆☆☆☆

f0009381_2352393.jpg監督:リドリー・スコット
脚本:ダン・オバノン
撮影:デレク・ヴァンリント
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演:シガーニー・ウィーヴァー
    トム・スケリット
    イアン・ホルム

        *        *        *

怖い、すごい、美しい、手に汗握る、これはもう傑作だ!! そしてこの映画を見終わった後のジェリー・ゴールドスミスの静かなエンディングを聞いた時の安らかさ。リドリー・スコットここにあり! 80年代は彼の時代だった。誰もが彼のビジュアルを追った。そのリドリー・スコットの中でも最高傑作はやはりこれだろう。 

物語りもシンプルでいい。宇宙船のなかという密閉空間。そこに凶暴なエイリアン。逃げる乗組員。捕まれば体内にエイリアンの子供を植え付けられるそのおぞましさ。しかもそのエイリアンは酸性の血液であるため、血しぶきが飛び散るようなら、宇宙船の金属を溶かしてしまい、期待に穴が開いてしまうため殺せない。そのなかで乗組員たちは生き残るための戦いを始める。
しかし、敵はエイリアンだけではなかった。会社からエイリアン確保を支持されていたアンドロイドも、彼らの障害となる。

それをリドリー・スコットの画面が記録する。スモークばんばんきかせ、一コマ打ちの黒コマが連打される。なにがどうなっているのか判らないが、それがいい。
このころはリプリーも普通の二等航海士だったのに・・・、ああ、この頃がよかった。というか、これしか良くないのがエイリアンのシリーズなんだけど。『エイリアン2』がいいって人間の気が知れない。

<あらすじ>
ノストロモ号は、船内に工場設備を持ち、そこで工業用品を生産・販売して廻る通商用の巨大な宇宙貨物船。地球に帰る途中、他の宇宙船からのSOSを傍受、ある惑星に着陸した。3人が信号発信地へ向かうが、やっと見つけた宇宙船は、すでに黒く焼けこげ、人影はなかった。その宇宙船の底の方を探りに行ったケインは、そこで、床一面に転がっている大きな卵状の物体を見つけた。

ここの映像ではまるよね。床を埋め尽くす卵状の物体群、そこにスモークたなびかせ、人工ライティングでちょうどひざくらいの高さかにセットしてある。まるで浅い水のなかをあるくような画面。そしてその1個をのぞき見たケインは、突然飛びだした小さなッ生物に顔をふさがれてしまった。

ノストロモ号に連れ戻され寝かされたケインの顔の上には、付着した生物が息づいており、強引に刃を突き刺すと、切り口からは液体が流れ、その強力な酸の影響でベッドも床も溶けてしまった。そして血液は、下の階層へとどんどん垂れ下がっていく。幸いアスベスト板(絶縁体)のおかげで事なく済んだが、乗組員たちは、その生物から血を流させるわけにはいかないことを悟った。

ケインは意識を回復し元気を取り戻したが、食事中に彼は呻き声をあげて苦しみ出し、胸部から一つの頭が飛び出した。ケインは血だらけになって死んだ。クルーががどんどん犠牲になっていくが、アッシュだけはエイリアンを捕獲したいと思っている。リプリーは船内のマザーコンピューターに質問した。「アッシュは生物を保護しているの、か?」。答えは「イエス」。アッシュはアンドロイドで、会社上層部からの秘密のミッション=エイリアン確保の命令をうけていた。船の自爆装置をセットすると、小型シャトルデ脱出。ノストロモ号は爆発。
しかし、エイリアンはそのシャトルに乗っていた。ひとり生き残ったリプリーは宇宙服を着て体を固定すると船室のドアを開け、エイリアンを宇宙へと吸い出した。

by ssm2438 | 2009-04-24 22:30 | リドリー・スコット(1937)
2009年 04月 24日

エイリアン2(1986) ☆☆☆

f0009381_22263543.jpg監督:ジェームズ・キャメロン
脚本:ジェームズ・キャメロン
撮影:エイドリアン・ビドル
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:シガーニー・ウィーヴァー、マイケル・ビーン

        *        *        *

個人的にはもうこのシリーズはこれでどうでも良くなってた。怖い映画からエンタなアクション映画に転進。むりやりリプリーをエイリアンと戦わせなくてもいいのでは?? と思ったのは私だけ?

<あらすじ>
エイリアンが宇宙貨物船ノストロモ号を襲った惨事から唯1人生き残った2等航海士リプリー(シガニー・ウィーヴァー)は、57年後の地球に戻ってくる。しかしその時にはすでに、エイリアンの卵の巣である惑星LV426に宇宙技術者やその家族が移住しているというのだ。しかし、その惑星との連絡は途絶えた。リプリーはその原因調査を依頼され、軍事用輸送船スラコ号に乗り込んだ。
植民都市を探検するうち、両親と兄をエイリアンに殺されたという7歳の少女ニュート(キャリー・ヘン)を発見、救出した。しかし貨物船会社のバーク(ポール・ライザー)はエイリアン研究のため、リプリーとニュートにエイリアンを宿らせようと企む。会社側のあまりの非人間性に怒るリプリーと兵士たち。結局、リプリー、ニュート、ヒックス、ビショップのみが生き残った。

by ssm2438 | 2009-04-24 22:12
2009年 04月 24日

エイリアン3(1992) ☆☆

f0009381_22103740.jpg監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:デヴィッド・ガイラー
    ウォルター・ヒル
    ラリー・ファーガソン
撮影:アレックス・トムソン
音楽:エリオット・ゴールデンサール

出演:シガーニー・ウィーヴァー、チャールズ・S・ダットン

        *        *        *

シリーズ最終章になるはずだったのに・・・ならなかった。本作は完全におわらせているんではあるが・・。

この映画、見心地のいい作品ではない。致命的な欠点は「この人見ていたい」って人がいないことだ。登場人物みんなが美しくない。ビジュアル的に全てが汚いのである。
そもそもストーリーの基本コンセプトがよくない。せっかく『エイリアン2』の最後でみなさん逃げ出して安心して地球に帰るってことになってたのに、それをリプリー以外は殺してしまうなんて・・。前作の感動というか、存在意義をいきなりぶち壊し。
それも、リプリーが着いたのがなんで囚人惑星なん? だってそこにいるのは犯罪者だし、一般庶民感情にしてみれば、かれらは死んで何ぼの人間なわけで、生きててもらわなくてもいい存在。そんなところの誰かが、エイリアンに殺されそうだからって、感情移入できるかってところがまず問題。あと、リプリー以外の惹きの強い準主役的なキャラクターがいない。というかすぐ死んじゃうのでこれも感情移入できないままお話が展開。
おまけに丸刈り頭もよくない。女が色っぽくないし、誰が誰だかわからない(服もみんな同じだし)。キャラクターをある程度識別し易くしておかないと、特に照明つかって暗くする場合はほとんどみえないのだから。

ほんとはここらで主人公をリプリーじゃなくしてしまったほうが良かったのでは? だいたいリプリーは戦う女ではなかったのだから(すくなくとも最初の話では)。それをジェームス・キャメロンがバトルウーマンにしてしまい、そこで無理矢理感がでてきてしまい、あとはまずリプリーありきになってしまったような・・・。

<あらすじ>
『エイリアン2』からの続きで、彼らは地球をめざしている。そこに突然の事故発生。リプリー(シガニー・ウィーヴァー)たちを乗せた非常救命艇惑星フィオリーナ161に不時着した。そこには労働矯正施設があり、染色体異常とされる犯罪者が服役していた。墜落事故で生き残ったのはリプリーだけであった。そして、脱出艇のなかに囚人の飼い犬がフェイスはがーを見つけ近づいていく・・・。
工場の片隅で犬の体の中から4本足のエイリアンが出現した。ビショップの情報でエイリアンの存在を確信したリプリーだったが、監督のハリー(ブライアン・グローヴァー)は取り合わない。病室でクレメンスが、食堂でハリーが襲われ、武器のない囚人たちはリプリーを中心に怪物に戦いを挑む。しかし自身の異常を自覚したリプリーは体内透視装置を使い、エイリアンの胎児に寄生されていたのを知る。リプリーたちは多くの犠牲者を出しながらエイリアンを溶鉱炉に誘い込み、やっつける。そしてリプリーも、エイリアンの軍事利用を懸念し溶鉱炉の中に身を投じるのだった。

by ssm2438 | 2009-04-24 21:27
2009年 04月 24日

エイリアン4(1997) ☆☆

f0009381_21244738.jpg監督:ジャン=ピエール・ジュネ
脚本:ジョス・ウェドン
撮影:ダリウス・コンジ
音楽:ジョン・フリッゼル

出演:シガーニー・ウィーヴァー
    ウィノナ・ライダー

        *        *        *

強引に復活させましたな、リプリーを・・。これくらいの力技を使うってことはシリーズ5作目もねらってるんでしょうか、っておもったら、エイリアン対プレデターになっちゃった・・とさ。

ジャン=ピエール・ジュネも水を演出するのが好きな監督さんの一人。今回このシリーズをやると決まってすぐに思いついたのが「なんとか水中のエイリアンを描きたい」だったのではないだろうか。宇宙船内に水のある空間を用意して、そこで水中遊泳するエイリアンを登場させる。これ、ひとえにジュネが水のなかを描きたかったからだと思うな。私もそうなのだけど、水が好きな人って、なんとか水の描写をいれたくなるんですよね。タルコフスキーなんかもそうだしね。
ただ、映画的にはもういいかなって感じです。このシリーズで母子の愛のドラマにしてしまったらもうエイリアンの「怖さ」というシンプルエッセンスはもうないですよ。今回最後に搭乗するエイリアンは、人間のDNAを受け継いで子宮を持つようになったエイリアン・クイーンから生まれたニューボーン・エイリアン。彼は、エイリアン・クイーンから生まれるとすぐ、クイーンを殺してしまう。彼は、リプリーを母親と思っているのだ。

あと私の好みでいえば、ばっちい人がでてくる映画って生理的にすかない。社会性とか、理性とかがなくなって、暴力性だけが表面化してしまう。『マッドマックス2』とかこの『エイリアン4』とか。この手の流れになって、社会性がなくなるとドラマとしてはつまらん。

<あらすじ>
冥王星の近くに停泊する宇宙船オーリガ号。エイリアンは生物兵器として利用したい某組織は、幼生を体内に宿したまま自らの命を絶ったリプリー(シガーニー・ウィーヴァー)のクローンを再生、体内のエイリアンを取り出し増殖させる。そして再生されたリプリーはエイリアンの持つ凶暴さと運動性も引き継いでいた。

密輸船ベティ号がオーリガ号にドッキングする。エイリアン再生計画を指揮するペレズ将軍(ダン・ヘダヤ)は、ベティ号のクルーたちをエイリアンの宿主にしようと考えていたのだ。しかし、彼らは隠し持っていた武器で反撃、オーリガ号を占拠してしまう。ところが、檻から逃亡したエイリアンの一群がオーリガ号の乗組員たちを捕食していく。
オーリガ号は緊急時に自動的に地球に向かうよう設定されている。アンドロイドだったのだコール(ウィノナ・ライダー)がコンピュータにアクセスしベティ号に搭乗、オーリガ号から離脱。オーリガ号は地球を目前にして爆発。安心したのも束の間、ベティ号の倉庫に潜入したニューボーン・エイリアンは、リプリーを母として慕うが、リプリーは、彼を悲しみをこらえて宇宙空間に放り出すのだった。

しかし、ジュネもなんかホモ監督っぽいなあ。

by ssm2438 | 2009-04-24 20:40
2009年 04月 23日

フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン(1965) ☆☆

f0009381_2348827.jpg監督:本多猪四郎
脚本:馬淵薫
撮影:小泉一
音楽:伊福部昭
特技監督:円谷英二

出演:ニック・アダムス、高島忠夫、水野久美

        *        *        *

なんでもこれには国内版と海外版あるらしい。そして私がみたのはその海外版というやつ。バラゴンと戦ったと、巨大タコに水中(海中ではない)に引き込まれて終わりという話。なんで山の中の湖にタコがいるのか意味不明。・・ま、それはいいとしても、この物語は基本的に構成がきちんと出来てない。地底怪獣バラゴンも、巨大タコも必要だったとは思えない。もともとフランケンシュタインの心臓から再生した少年がでかくなるだけの話で十分だったと思うのだが、映画会社が、「それでは面白くない」といって無理やりバラゴンと巨大タコをつけくわえたんじゃないかとかんぐってみる。

話の発端は、終戦直前にドイツの潜水艦がフランケンシュタインの心臓をひきとって、広島のある病院へ届けたという。そのフランケンシュタインの心臓とは、蛋白質の補給さえあれば、活発な細胞活動により身体がなくなっても復元するというものだった。
少年がでかくなっていくところはとても面白いのである。子供なのに人間の2~3倍にまで成長し、本人もなにがどうなってるのかわからず、周りもどうしていいのか判らない。それでも守ってあげたい水野久美。しかし自分の手首を切って逃走。逃亡の過程で身長は20メートルちかくまで伸びる。この大きさがとてもリアル。この辺までは実に面白かったのは間違いない。


<あらすじ>
終戦から十数年がたった広島。細胞組織研究しているボーエン博士(ニック・アダムス)と同僚の川地(高島忠夫)、戸山李子(水野久美)の三人は、両親不明のある白人の男を預かることになった。彼は李子の二倍にもあまる成長を示し、もはや人間と一緒に生活することが不能になる。倉庫の中で鎖に繋がれた怪童、報道関係者は広島に集中した。
海軍大尉河井は、終戦直前にドイツの潜水艦からフランケンシュタインの心臓をひきとったことを公表する。その心臓がたんぱく質を得てこの怪童になったのではないかと推測した。もしこの怪童がフランケンシュタインの心臓から再生したものであれば、手足をきっても、新しい手足が出てくるはずだ。折しもテレビ取材に怒った怪童は、倉庫を破り飛び出した。後には鎖でちぎられた手首が床の上を匐っていた。
そのころフランケンシュタインは、岡山や、姫路で家畜を喰い荒し、逃走していた。そのころ一匹別の怪獣がいるらしいと情報がはいる。やがて富士の裾野で地下から現われたバラゴンとフランケンシュタインは対決する。海外版ではバラゴンを倒したフランケンシュタインは、なぜか巨大タコと対決、〇〇湖にひきづりこまれて絶命するのだった。

しかし、この映画と次回作の『サンダ対ガイラ』は東宝特撮怪獣映画のなかでは際立って異様であり、不気味であり、記憶に残る映画だ。

by ssm2438 | 2009-04-23 23:15
2009年 04月 23日

フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ(1966) ☆☆☆

f0009381_931952.jpg監督:本多猪四郎
脚本:本多猪四郎、馬淵薫
撮影:小泉一
デザイン:成田享
音楽:伊福部昭
特技監督:円谷英二

出演:ラス・タンブリン、佐原健二、水野久美

        *        *        *

私がこの映画をみたのはテレビで、大人になってからビデオを借りてみたのだが、やっぱりすごいね。きちんと怖さがある。ガイラは恐い。不気味で気持ち悪い。まあ、それをいったら前作の目の下くまつくってた彼も恐かったけど・・、この映画が恐さとエンタテイメント性をきちんと兼ね備え、なおかつ、自衛隊もきびきび動いてきもちがいい。といっても、このろの映画の自衛隊描写は別の映画でも兼用されてたりしたのだけど。
いやいやしかし、昭和の怪獣映画の集大成ではないだろうか。
ただ、正直なところ子供のころみた印象は「怪獣なのに尻尾がない!」・・はは、ちょっとさびしかった。

しかし、だからこそ、この映画いいところもある。空港でのガイラ、そしてガイラをもとめてはしるサンダなど、怪獣(?)という定義のくせに二足歩行で走るのである。それ以前の怪獣にはないどしんどしんどしんどしんという怒涛の走りはなかなかすごい。

<あらすじ>
前作で京都のスチュアート研究所から逃げ出し、琵琶湖附近で消息を断っていた巨大獣人フランケン。かれえとそっくりの獣人が東京湾に出現した。記者団に対して、スチュアート博士(ラス・タンブリン)や間宮雄三(佐原健二)、あけみ(水野久美)は、彼は人間に無害であり、また海にいるとは考えられないと弁明した。
今度は谷川岳に獣人が現われたという情報がはいる。巨大な足跡を調査してみると、それが逃げたフランケンのものと判明した。獣人は海と山に二匹いることをが分かった。
科学立ちは「海の怪獣は山のフランケンが研究所を逃げて琵琶湖に行き、湖底の岩で躓いて足の肉をそぎとられ、その肉片が蛋白質の豊富なプランクトンを栄養源として成長し、それが海に流れて怪獣となった」と結論づけた。彼らは山の獣人を「サンダ」、海の獣人を「ガイラ」と呼ぶことにした。
山中湖で暴れるガイラを、自衛隊がヘリコプター、ナパーム弾でおいつめる。そのとき山の中からサンダが現われ、ガイラをしずめようとする。しかし自衛隊の攻撃に怒ると東京へ逃げていく。凄絶な決闘となっったサンダとガイラ。サンダはガイラを東京湾外へ押し出して行った。その時、海底火山が爆発し、大音響とともに二匹の獣人は消滅する。

ふたりの獣人のお涙頂戴展開もあるが、怖く不気味な映画。

by ssm2438 | 2009-04-23 09:06
2009年 04月 23日

コールガール(1971) ☆☆☆

f0009381_3185174.jpg監督:アラン・J・パクラ
脚本:アンディ・ルイス
    デイヴ・ルイス
撮影:ゴードン・ウィリス
音楽:マイケル・スモール

出演:ジェーン・フォンダ
    ドナルド・サザーランド
    ロイ・シャイダー

     *     *     *

エイドリアン・ラインが登場したのをいいことに、氷のフィルターを持つ男=ゴードン・ウィリスも登場させてしまおう。私の一番好きな撮影監督である。これも☆ふたつおまけ。
エイドリアン・ラインとゴードン・ウィリスは同じシルエット派の2大巨匠、しかしエイドリアン・ラインのシルエットには華がある。使われる光線はブルーであったりレッドであったり、いわゆる人工的な華やかなネオン色なのだ。しかしゴードン・ウィリスのそれは正反対、彼のシルエットのバックはグレーでありセピアであり、彩度の落ちた色なのだ。そんなゴードン・ウィリスが写し出す都会の絵は実に孤独で冷たく、恐ろしいまでに無機質だ。あの冷たい感じはまさに「氷のフィルターを持つ男」の名に相応しい。
そんな彼の画面はどんなB級サスペンスをとらせても、重厚なドラマと勘違いさえさせてしまう凄みをだしてくる。ましてや重厚な画面 を欲した時は、ゴードン・ウィリスに依頼すれば間違いはないだろう。フランシス・F・コッポラ『ゴッドファーザー』アラン・J・パクラ『大統領の陰謀』ウディ・アレン『インテリア』ジェームス・ブリッジス『ペーパーチェイス』…etc、一度彼を撮影監督使ったらもう他の人にはなかなか頼めないだろう。
そしてこの『コールガール』は、アラン・J・パクラとゴードン・ウィリスがはじめて組んだ作品であり、その後続けて3作二人のコンビはつづいている。 ちなみに、アラン・J・パクラがゴードン・ウィリスと仕事してない時に撮影監督は誰だ??と思って調べてみるとベルイマンもので有名なスヴェン・ニクヴィストやらネストール・アルメンドロス(『天国に日々』『ソフィーの選択』)。おおお~~~~~~~!!!とか思ってしまった。私と趣味同じ‥‥というか、実に目が肥えている。重厚で純粋な絵づくりを作る人しか使いたくないのだろう。

ゴードン・ウィリスと言えばその格調高い画面 で有名なのだが、とにかく画面 が黒いのだ。しかしそのなかでも『コールガール』は図抜けて黒い。あまりに見えなさ過ぎてストレスたまりまくり。20代のころに一度この映画をみてあまりに暗くて何も見えない画面にいらつきを覚え途中で辞めた覚えがある。でも、その印象は余に強く、しばしの時間をおいてからまた観たのだが、いや~~~そういうもんだ‥って思ってみるとこの暗さがとっても素敵に思えてくる。すこしは大人になったみたいだ(苦笑)。
しかし、この『コールガール』はほんとに暗すぎて、一般 人にはちょっと耐えられないだろう。『ゴッドファーザー』なんてこの映画にくらべればあまりに見え過ぎてつまらないほどだ(苦笑)。しかし、さすがにそんなゴードン・ウィリスもこの後はすこしは反省して若干みやすい色で撮るようにはなったようだが、やはりゴードン・ウィリスの原点はここであり、彼がやりたかった事のたぶん全ては『コールガール』の中にあるのだろう。 ゴードン・ウィリスファン、 must see の一本である。

監督のアラン・J・パクラはそれほど多くの映画をとっているわけではないが、撮ったものは重厚な味わいでとってもよい。ストーリーに対して感情移入を避け、ちょっと離れた位置から物語をクールに捕えている作品が多いような気がする。こののちの『パララックス・ビュー』『大統領の陰謀』『ソフィーの選択』、最近では『推定無罪』などテイスト的にはけっこう好きだ。『パララックス・ビュー』なんて後味が悪くて映画としていいのか悪いのかちょっと疑問なところではあるが、あの映画のもつ謎めいた社会のおおいなる力の見えない恐怖がとっても素敵なのだ。全体的にはそのおおいなる社会の恐怖/弧 度の中で健気に個人として生きる人を描きつつ、でもたぶんアラン・J・パクラが描きたいのは、その社会のもつ巨大な力の方なのだろうと思っている。
余談ではあるが、クリスティ・マクニコルが主演してアボリアッツでグランプリも撮った(かなり意外だったが)『ドリームラバー』なる映画もけこうすきである。

映画というと、ジェーン・フォンダが繊細できれそうで、心細気で、実にいい。あのころのジェーン・フォンダはホントに良かった。これでアカデミー主演女優賞の1回目をとっている。 ちなみに2度目はハル・アシュビーの『帰郷』だった。


物語は‥‥はは、実は良く判っていない。あまりに説明がとぼしくていまいち判らないのだ。そのストーリーのわからなさもこの映画を途中でやめたくなる原因の一つではある。映画をみただけだと分かりづらい話なのであえてストーリーをまとめておく。

ある研究所の科学者トム・グルンマンが消息を絶って数か月後、行方不明となった彼がニューヨークにいるコールガールに宛てた猥褻な内容の手紙が発見された。世間さまに大っぴらにしたくない内容だったため、グルンマンの上司のケーブル(ちょっとMr.ビーンに似てる)は彼の友人であり警察官のジョン・クルート (ドナルド・サザーランド)に内々で捜索を依頼した。
クルートはグルンマンと関係のあると思われる『コールガール』、ブリー・ダニエルス(ジェーン・フォンダ)と同じアパートの1室を借り、彼女の部屋に盗聴装置を施し監視した。そんな彼女は、ずっと誰かに付けねらわれているような恐怖を感じていた。そしてその正体は以前彼女とサディスティックなプレーをした客ダンバーかもしれないと打ち明けた。ダンバーとはいったい誰か?
ダンバーを紹介したのがコールガールの元締めやってるロイ・シャイダー。そのロイ・シャイダーは、ジェーン・マッケンナという娼婦からダンバーを紹介されたというが、その娼婦はすでに自殺していた。失踪したトム・グルマン=ダンバーなのか?ジェーンという娼婦を殺してしまったから彼は失踪したのか?
しかし、調査が進むにつれて グルンマンとダンバーが別 人であることが判明。
グルンマンを取りまく人たちからの手紙を集め、タイプライターの活字をブリー宛の手紙と照合した。驚くことに、ケーブルのタイプライターの活字と合致したのだ。
ケーブルこそがサディスティックな性癖があり、トム・グルンマンは、たまたま娼婦をいたぶるケーブルの姿をみてしまい殺されたのだ。ジェーン・フォンダも彼に以前SMプレーを強要されたひとりであり、それに味をしめてケーブルは再びお願いしたいとおもっていたらしい。ケーブルは、ダンバーという架空の人物を犯人に仕立て上げ、それをクルートに暴かせることにより自分の犯罪の消滅させようとしていたのだ。


ストーリーはそんなものなのだが、アラン・J・パクラの映画はその社会のなかで目に見えない恐怖のなかで、生存のためにもがいている人間を描くことにあり、 ジェーン・フォンダのとりとめもない不安な怯えようがこの映画の味だと言える。そしてその見えない恐怖を描き足すゴードン・ウィリスの画面 が実に素敵。
主人公をとりまく社会が、主人公を押しつぶそうとするとき、それに反発する個人の力が私にとっては魅力的に映るのだ。アラン・J・パクラの描くものは、 フレッド・ジンネマン『ジャッカルの日』『ジュリア』)や絶好調時のシドニー・ルメット『セルピコ』『プリンス・オブ・ザ・シティ』『評決』)に似てる味わいがある。ただ、それぞれ監督によって結論づけは違っているようだ。
アラン・J・パクラの描く主人公は自分を捨て生存を優先させる。
シドニー・ルメットの描く主人公は自分を捨て切れない人間を描く。
フレッド・ジンネマンの描く主人公は意地でも自分を捨てない人間を描く。

ということで、善くも悪くも<見えない不安感>を十分楽しんでいただきたい作品である。 すくなくとも画面的にはとってもクールで素晴らしい。
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by ssm2438 | 2009-04-23 03:16 | ゴードン・ウィリス(1931)
2009年 04月 22日

モンテネグロ(1981) ☆

f0009381_22201941.jpg監督:ドゥシャン・マカヴェイエフ
脚本:ドゥシャン・マカヴェイエフ
撮影:トミスラフ・ピンター
音楽:コーネル・コヴァック
主題歌:マリアンヌ・フェイスフル

出演:スヴェトザル・ツヴェトコヴィッチ
    スーザン・アンスパッチ
    エルランド・ヨセフソン

        *        *        *

ドゥシャン・マカヴェイエフはユーゴスラビアに生まれた映画監督。前衛的な作風が特徴で、イデオロギー的であったり、性的タブーに挑戦するかのような作品が多いのと同時に、映像の美しさの評価も高い。
1965年『人間は鳥ではない』で劇場長編作品監督デビュー。翌年カンヌ国際映画祭ですぐに評判となる。1968年の『保護なき純潔』でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。1981年の『モンテネグロ』と1985年の『コカコーラ・キッド』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールにノミネートされた。

この映画『モンテネグロ』は、暇をもてあまして精神的にややおかしくなりつつある妻が、1晩ほど怪しい酒場で不思議体験をする話。モンテネグロとは、そこであった男の名前。女の撮り方はいつもながら色っぽいのだが、今回はちょっと直接的過ぎるというか・・エロさというよりも、自暴自棄てきな感じがした。

<あらすじ>
スウェーデンに住む裕福なビジネスマン、マーティン・ジョーダン(エルランド・ヨセフソン)の妻マリリン(スーザン・アンスパック)は、ストックホルム郊外の美しい山荘で、二人の子供と共に何不自由ない快適な生活をしていた。しかし彼女の心の奥底には欲求不満が顔をだしはじめ、奇行の目立ち始めた。
大晦日の日、マリリンは夫のブラジル出張に同行するはずだった。しかし彼女は出国手続の際に警官に疑われ、その間に飛行機に乗り遅れてしまう。取調室でマリリンは、ユーゴスラビアからやってきた女性ターク(パトリシア・ゲラン)と知り合い、彼女が勤めるクラブのオーナー、アレックス・ロシニョール(ボラ・トドロヴィッチ)に誘われるまま、移民労働者たちの酒場へと向うのだった。
そこで彼女はモンテネグロ(スヴェトザル・ツヴェトコヴィッチ)という青年と出会う。彼の無垢な優しさと力強い男らしさに、催眠術にかけられたように魅了される。酒と女と喧嘩が渦巻くその喧噪の中で、新しい自由な空気に歓びを覚えるマリリンは、やがて夜空に新年の花火が上がる頃、モンテネグロと結ばれる。

by ssm2438 | 2009-04-22 21:59 | D・マカヴェイエフ(1932)
2009年 04月 22日

メテオ(1979) ☆

f0009381_21535368.jpg監督:ロナルド・ニーム
脚本:エドマンド・H・ノース、スタンリー・マン
撮影:ポール・ローマン
音楽:ローレンス・ローゼンタール

出演:ショーン・コネリー、ナタリー・ウッド

        *        *        *

これ、高校生の時にわざわざ劇場でみましたよ。これみてたから後の『ディープ・インパクト』やら『アルマゲドン』見た時は「おおおおお、すげええええ」って思えたよ。『メテオ』見た時に、そんな流星の破片激突のエピソードは適当にあったとおもったけど、画面にはほとんど出てこなかったような・・。全然覚えてない。ショーン・コネリーのいる研究所かどこかがその流星が近くにおちた影響で崩れそうになって脱出するほうがメインの話になっていたような・・・。脱出してみたら、ほとんど終わりだった・・みたいな。隕石落下をテーマにしてみたものの、地表に落下という画面を作るだけの能力がまだなかったので、そこは見せずにつくってしまったという、オッパイのない細川ふみえみたいな映画。

<あらすじ>
小惑星群オルフェウスに彗星が激突、砕け散った破片が地球にむかっきている。無数の隕石のなかに、一期はめだつ巨大な隕石があった。それが地球に激突すれば、地上は大惨事になる。アメリカの宇宙探査船チャレンジャー2号は、その映像を地球に送ってきた直後に隕石の直撃を受けて沈黙した。
大隕石の地球到達まであと1カ月。NASAは、軌道上にある100メガトン核弾頭 14基をもつ武装人工衛星ハーキュリーズを大隕石に向けて発射し危機を回避する計画をたて、その人工衛星の開発者ブラッドレー(ショーン・コネリー)を急きょワシントン招いた。大統領(ヘンリー・フォンダ)は、ソ連にも協力態勢をとるよう呼びかけた。ソ連もハーキュリーズに対抗する核ミサイルを軌道上に打ち上げていたが、地球を救うために利用することに応じた。かくしてソ連の科学者デュボフと助手のタチアーナ(ナタリー・ウッド)がニューヨークにあるNASAの地下秘密センターに到着、ブラッドレーと合間見えた。
先行して落ちてきた隕石の影響で東シナ海に津波が発生し、香港を呑み込まれた。た事を知った。地球を向いていた米ソの核ミサイルは、その矛先を宇宙への向け、巨大な隕石を狙って発射された。破片の一部がニューヨークに激突し、基地の地下にとじめられたブラッドレーやシャーウッドらは独力で脱出する。すべての核弾頭ミサイルが巨大隕石に命中、無数の破片が火の玉となって宇宙に広がった。ヒューストンに歓声があがる。地球の危機は去り、人々は声をあげ、喜び合うのだった。

by ssm2438 | 2009-04-22 21:17