西澤 晋 の 映画日記

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2009年 04月 22日

フラッシュダンス(1983) ☆☆☆☆

f0009381_3124115.jpg監督:エイドリアン・ライン
脚本:トーマス・ヘドリー・Jr
    ジョー・エスターハス
撮影:ドン・ピーターマン
音楽:ジョルジオ・モロダー
主題歌:アイリーン・キャラ

出演:ジェニファー・ビールス
    マイケル・ヌーリー

     *     *     *

エイドリアン・ラインのフィルム作りはとってもセンセイショナル。とにかくビジュアルがすばらしい。画面で☆ふたつおまけ。・・しかしその画面がオシャレすぎてストーリーを喰ってしまうのである。
近年の『ロリータ』『運命の女』などは、ストーリーあっての話にもかかわらず、画面がオシャレすぎてなんだか場違いな組み合わせにも見えてしまう。彼の映像にはいれ込んだストーリーは余に合わないのだ。決してドラマが撮れないというわけではない。『ロリータ』にしても以前のキューブリックのそれよりは遥かに悔しさがしみ込んで来た。『運命の女』もストーリーは描かれていることはとっても良かった。ただ、映像が余にお洒落過ぎるのだ。 あの映画はもっと下手にとらないと臨場感がわいてこない。『ジェイコブス・ラダー』なんて映像がお洒落すぎて、ここは怖がっていいのかどうなのか悩んでしまう。これがばっちい色大好きのタク・フジモト『羊たちの沈黙』『シックスth・センス』)だったらどれだけ無気味な映画になってたことだろう。

映画というのはそこで上映されてるフィルムが 架空のものと判っていても、それを「現実にあるもの」として認識する約束事から成り立つのだが、エイドリアン・ラインの画面 はオシャレすぎてCMフィルム的と脳みそが解釈してしまい、ドラマを「現実にあるもの」として人々の脳みそが理解しなのである。
そんなエイドリアン・ラインの力量 が発揮されるのはストーリーが重くない話、ノリで見られる話。この『フラッシュダンス』のようなスタイルの映画こそがエイドリアン・ラインには一番向いているような気がする。そしてこのあと発表された『ナインハ-フ』。これもエイドリアン・ラインの映像美映画としては最高に良かった。

エイドリアン・ラインの画面といえば、露出の調整によるシルエットの映像といっていいだろう。光源を奥に置き、空間にスモークをたき、光線をビジュアル的に認識させつつ、カメラが逆光で被写体を撮る。光源を用いなくとも、奥に明るい空間を配置しそちらの露出をあわせることで、手前のキャラをシルエットに落としてしまう。はじける水には光が滲む。水とかガラスとか、こういったものは透明感を感じさせ、画面 をオシャレにクールに洗練された画面へと変ぼうさせるのだ。そしてそれをオシャレに望遠できりとる。
この光と影&水と透明小道具が画面 を圧倒的にオシャレに見せてしまう。
『フラッシュダンス』ではそういったオシャレな画面 に、ノリのいい音楽が加わりひたすらかっこいいミュージックBGVのようにもみえる。これこそがエイドリアン・ラインの魅力なのだと思う。
彼の作品にこむずかしいストーリーは不要なのだ。

というわけで、映画的/ストーリー的に深みがなかろうとも『フラッシュダンス』と『ナインハ-フ』はエイドリアン・ラインの最高傑作だといっていい。今もてはやされたCGでの姑息なテクではなく、そこにあるものをカメラで撮る、画面 の切り撮り方、露出の合わせ方、光の滲ませ方、ライティングの設定、レンズの選択、その撮り方が上手いだけでこれだけオシャレな画面 が出来るのだという見本なのだ。カメラをやっている方ならその意味が判ると思うのだが、彼の映像はアナログ写 真的映像美映画の金字塔として語り継ぐに値する。
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by ssm2438 | 2009-04-22 03:09 | エイドリアン・ライン(1941)
2009年 04月 21日

ザ・カー(1977) ☆☆

f0009381_6235786.jpg監督:エリオット・シルヴァースタイン
脚本:デニス・シュリアック
    マイケル・バトラー
    レイン・スレート
撮影:ジェラルド・ハーシュフェルド
音楽:レナード・ローゼンマン

出演:ジェームズ・ブローリン、キャスリーン・ロイド

        *        *        *

とくかにあの黒い車がカッコいい。どうしてもジョン・カーペンター『クリスティーン』と比べてしまうが、こっちのほうが何故か好きだ。
あっちは、いじめられっ子が愛した車、こっちは悪魔が乗り移った車。コンセプト的には、『クリスティーン』のほうが愛を描き易いきがするけど、そんな方面にもころがらず、ただいじめられ子がひろって可愛がっていた車が悪さするって話。もう少し、車からのいじめられっこに愛を感じるシーンがあれば少しは良い映画になっていたのに。
で、こっちの『ザ・カー』は、なんの説明も無く悪魔が乗り移っているというだけの設定で、もちろん車内には誰もいない。ハンドルもない。十字架があるところには近づけない(墓とか教会とか)、お子様たちを追っかけてて、彼らが教会に入ると近づけないくて、悔しそうにホーンを鳴らすとか、けっこうかわいい。ストーリーは『ヨハネの黙示録』をなぞらえており、黙示録のキーワードである<ラッパ>、<風>、<荒れ野に逃げ込む女>などが要所に織り込まれていて、殺人自動車の正体を暗示している。最後、やられっるところは、ぎゃああおおおおおおうおおおおおおおうって絶叫してくれるから、あそこで悪魔さんが宿ってるんだなってわかるくらい。

<あらすじ>
ユタ州の田舎町、サンタ・イネス。サイクリングをしていた学生やヒッチハイク中の出稼ぎ労働者が連続でひき逃げされる事件が発生。保安官ウェード(ジェームズ・ブローリン)は捜査をはじめる。目撃者の話によれば運転者はいないらしい。殺人車の行動は次第にエスカレート。パレードの予行演習をしていた子供達、さらには保安官達にまで襲いかかる。警官達の射つ弾丸にもびくともしない。ウェードの恋人ローレン(キャスリーン・ロイド)も殺人車に殺される。復讐に燃えるウェードは峡谷に爆薬をセットするよう指示し、彼はバイクで殺人車をおびきよせた。爆走する殺人車。すでに爆薬はセットされてい、殺人車が突っ込むと同時に峡谷は爆発され、火柱が空中を引き裂いた。

by ssm2438 | 2009-04-21 05:56
2009年 04月 20日

クリスティーン(1983) ☆

f0009381_18405652.jpg監督:ジョン・カーペンター
原作:スティーヴン・キング
脚本:ビル・フィリップス
撮影:ドナルド・M・モーガン
音楽:ジョン・カーペンター、アラン・ハワース

出演:キース・ゴードン
    アレクサンドラ・ポール
    ジョン・ストックウェル

        *        *        *

70年代はやたらとブルドーザーに意志をもって動き出したり、車に悪霊が取り付いたりと、多種多様なオカルト映画があったが、実はこの『クリスティーン』は80年代。10年おくれてやってきた車に魂がとりついた映画なのだけど、ちょっとイマイチ感がつよい。どうしても『ザ・カー』(1977)と比べると、あっちのほうがよくみえてしまう。
私はアレクサンドラ・ポールみたさにこの映画みたけど、うむむ・・・この映画の彼女は輝いてなかったなあ。しかし、彼女は作品に恵まれないなあ。『テロリストゲーム』『アメリカン・フライヤーズ』だけかい。

<あらすじ>
1957年、デトロイト。プリマスの自動車工場で真っ赤なプリマスが完成しようかというとき、ある工員はボンネットでがしがし腕を食われ、シートに煙草の灰を落とした別の工員ものちに死体で発見された。
1972年、カリフォルニア。いじめられっこの高校生アー二ー(キース・ゴードン)帰宅途中に、野ざらしにされているおんぼろプリマス・フューリーに一目惚れ、その車を買う。彼はその車を「クリスティーン」となずけた。学校一の美人と評判のリー(アレクサンドラ・ポール)をクリスティーンにのせて走るアーニー。
アーニーをいじめていた連中がクリスティーンのガレージに忍び込みクリスティーンをめちゃくちゃに破壊する。しかしクリスティーンは自ら復讐を始めた。そして深夜、道路を歩いていたその一人ががクリスティーンにひき殺され、ガンリン・スタンドで働いていた他の連中も燃えながら追ってくるクリスティーンにやられてしまう。
ジャンキンス警部(ハリー・ディーン・スタントン)が調査にのりだすが、クリスティーンには傷一つない。アーニーの唯一の友人デニス(ジョン・ストックウェル)はクリスティーンに危険を感じ、ブルドーザーでクリスティーンを押しつぶすことに成功。翌日、圧搾機で圧縮されて箱状につぶされてしまう。そしてスクラップの山の一角に積み重ねられるが・・・。

by ssm2438 | 2009-04-20 17:51
2009年 04月 20日

蘇える金狼(1979) ☆

f0009381_12395825.jpg監督:村川透
脚本:永原秀一
撮影:仙元誠三
音楽:ケーシー・ランキン

出演:
松田優作 (朝倉哲也)
風吹ジュン (永井京子)

       *        *        *

この時代の成功のシンボルはランボルギーニ・カウンタックだったのか・・。

しかし、個人的には松田優作が初めの頃にのっていたマセラティ・メラクのほうが好きなのだけど。しかし、マセラティ・メラクが画面に登場してる映画なんてかなり貴重な映画なんじゃないでしょうか? それも白のメラク。カッコいい! 個人的にはあの時代のスーパーカーブームはカウンタックとフェラーリBBがメジャーどころでしたが、個人的にはマセラティ・ボーラが好きでした。どっかにミニカーないですかね。あったら買ってしまおうと思ってたりします(笑)。

松田優作といえば、誰しもが思い出すあの「なんじゃあこりゃああああ」のシーン。リアルタイムで観ました。『太陽に吠えろ!』で、マカロニ刑事が死んだ後に転属してきたジーパン刑事。ひょろっとしてるけどやたらエネルギッシュで、彼が走ってあの<太陽に吠えろ・おっかけのテーマ>が流れるともう気持ちはぎんぎん、それだけでカッコいいです。ロッキーの走り+ロッキーのテーマと双璧を成すノリノリ演出です。結局どんな演出よりもこの、走るというシンプルな継続的アクションにかっこいい音楽をのせた演出に勝てるものはないのです(笑)。

そんな松田優作が主演したこの映画、でも、個人的にはダメでした。村川透の演出がもたもたしてて、アクションシーンは東映の『キーハンター』からほとんどかわってないし、音楽はいまいちだし、本人はそれでいいとおもってるのかもしれないが、はたからみると独りよがり演出そのまんま。「演出してますよ」みたいなシーンがやたらと多いのでうさんくさくなってしまう。おまけにやたらと全体みせたがりで、説明的なカメラワークがおおくうざい。そんなポンとそっちのカットに切り替えればいいのにって思うのに、わざわざカメラをふる。その意味が分ってない!
たとえば、こんなシーン、
最初は風吹ジュンを画面の中に捕らえている。風吹ジュンが背後に男の気配を感じて振り返る。カメラは風吹ジュンから闇の中にパン、そこに松田優作のシルエットがあり、一間おいて手前にあるいてくる。闇からでてくるとそれが松田優作だと分る・・みたいなカット。目線移動にそってその方向にカメラを振るってことは、もうそこにカメラがあるって事を提示してしまう。それを感じさせることがどれだけ映画作家としておろかなことなのか分ってない。カメラの存在を見ている人に感じさせたら、それは映画のなかの一シーンではなく、映画と撮っているところの撮ったシーンにしかならない。これは『ジャングル・フィーバー』スパイク・リーもそれが分ってないのだけど、この村川透も演出の下手は監督というイメージが強い。
このカットをみた人は、次になりを見たいと思うのは、それをさくさく見せてくれればこんなにイライラせずに観られるのに・・・、その結果131分と無駄に長い映画になってしまってる。もっと気持ちよく演出しろ!!って思ってしまう。

<あらすじ>
資本金十五億円の東和油脂本社経理課に勤める平凡なサラリーマン朝倉哲也(松田優作)は、いつの日か、この会社を乗っ取ってみせるという野望を秘めて、夜はボクシングのジムに通っている。共立銀行の現金輸送車を襲い、9000万円を強奪、横須賀にその金で麻薬に替え、それを再び売って安全な紙幣に替える。朝倉は、手に入れた麻薬で、会社の上司小泉部長の愛人・永井京子(風吹ジュン)を手なずけた。経済界の黒幕、鈴本光明や会社の幹部達の妨害も乗り越えて朝倉は、社長令嬢の絵理子と婚約することに成功する。満足げに赤のカウンタックをのる浅倉。会社の頂点まで、あと一歩と迫ったのだ。総てが無事おわり、京子との海外旅行を計画、二人分の旅券を持って京子の部屋を訪れた浅倉は、嫉妬に狂った京子に静にプスっと刺される。

風吹ジュン、気持ちよく脱いでてくれます。映画のなかで彼女の身体が綺麗にみられるのは、おそらくこの映画でしょう。

by ssm2438 | 2009-04-20 12:40
2009年 04月 20日

ギルティ/罪深き罪(1992) ☆☆☆

f0009381_1111558.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:ラリー・コーエン
撮影:アンジェイ・バートコウィアク
音楽:ハワード・ショア

出演:レベッカ・デモーネイ
    ドン・ジョンソン

        *        *        *

この映画、とてもおもしろい組み合わせだ。社会派のシドニー・ルメット。B級異能脚本家のラリー・コーエン、ゆりかごを揺らすレベッカ・デモーネイ、デブになっても色気(?)のあるドン・ジョンソン
ルメット自体、かなりB級作品もあるので、カリスマ的な巨匠とはちょっと違うのだけど、法廷モノをルメットというのはやはりカリスマがある。・・がこの作品でそれがあるかといえばそんなのは微塵もなくて、これは法廷を舞台にしたB級サスペンスもの。やはりラリー・コーエンのB級力がさえてる(笑)。いろいろな見方はあるだろうが、はずれルメットの中でもけっこう愛すべき作品ではないと勝手に思っている。

<あらすじ>
マスコミからマークされている妻殺しの一級殺人容疑者デイヴィッド・グリーンヒル(ドン・ジョンソン)は圧倒的に不利だった。彼の弁護をするのは、名声がほしい女性弁護士ジェニファー・ヘインズ(レベッカ・デモーネイ)だが。反発しながらもセクシーなデイヴィッドに魅かれていくジェニファー。調査が進むほどデイヴィッドの容疑は深まる。そのほかにも使った女たちは殺したことをほのめかす発言をする。父の友人だった私立探偵モー(ジャック・ウォーデン)に依頼してその裏を取ると、確かにデヴィッドにかかわった女たちは不自然な死をとげていた。すべてはデイヴィッドの仕組んだ罠だと気づくジェニファーだが、依頼人の秘密保守という弁護士の倫理規定に縛られ手も足も出ない。犯人を自分の手で無罪にしてしまう・・。ジェニファーは姑息な手段にでる。デヴィッドが使用したであろう作業員のつなぎや帽子を買い込み、デヴィッドの留守中に彼の部屋にはいり、毛髪や髭剃りのあとから、皮膚などを回収、なんとデヴィッドが処分したであろう物的証拠を偽造する。
ジェニファーの裏切りに気付いたデヴィッドは、復讐として彼女の恋人フィル(スティーブン・ラング)を覆面をかぶってぶこぼこに殴り倒して重態にしてしまう。さらに、新しい恋人を立て、デビッドが傍観におそわれた時間、彼女と一緒にいたと証言するとともに、ジェニファーが偽造した作業服などは、すべて自分のところの外壁の補修作業につかわれたものだと証言させる。
結局陪審員は一週間も議論したが評決にはいたらなかったそして陪審員は解任、新たに裁判がやり直しされることになった。しかし彼の本性を知るジェニファーはモーの事務所に行き、弁護士資格を剥奪されようとも、デヴィッドの犯罪を暴く決意を語る。証拠はモーが持っている。それを翌日裁判所に提出するつもりだった。しかし、その夜デヴィッドがモーの事務所を訪れ事務所に火を放つ。その部屋のなかでモーも殴り倒され焼死した。

おいおいどうしてお話を終わりにするんだ??っておもってるとジェニファーのマンションにデイヴィッドが現れ格闘なるり、デデヴィッドを道連れに飛び降りるジェニファー。幸いデヴィッドが下になり彼は死亡、ジェニファーも重態ながら物語は無事解決。

・・・おい! サスペンスを体力勝負で解決してどうなる!?
さすがラリー・コーエン、こけるところもラリー・コーエンであった。。。

・・・しかし、被告人と被告人弁護士という、お互い秘密を外に漏らせない間柄での、鬼気迫る対決!
意外と面白い映画だと思うのだが・・・どうだろう。私は『評決』以来なかなかスマッシュヒットのないシドニー・ルメットの怪しげな隠れヒット作だと思う。

by ssm2438 | 2009-04-20 10:43 | シドニー・ルメット(1924)
2009年 04月 20日

スミス都へ行く(1939) ☆☆☆☆

f0009381_8383293.jpg監督:フランク・キャプラ
脚本:シドニー・バックマン
撮影:ジョセフ・ウォーカー
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:ジェームズ・スチュワート
    ジーン・アーサー
    クロード・レインズ
    エドワード・アーノルド

        *        *        *

Mr.アメリカの良心=ジェームス・スチュアートが上院議員に! 庶民の夢をかなえるフランク・キャプラが今回描いたのは、一般庶民を議員にしてしまったら・・という映画。今回の『スミス都へ行く』は延々つづく議員演説が圧巻。
実は『オペラハット』も似たようなシチュエーション。あれ?と思った人がいるかもしれませんが、この『スミス都へ行く』は当初『オペラハット』の続編として企画されたもの。しかしゲーリー・クーパーと独占的な契約を結んでいた製作会社がクーパーをコロムビアに貸し出すことを拒否。そのためキャプラはジェームズ・スチュワートを起用し、キャラクターの名前をジェファーソン・スミスに変更してこの映画として成立させたというもの。

ある上院議員が急死たことにより欠員を埋めるためにかつぎだされてのがジェファーソン・スミス(ジェームス・スチュアート)。その地域を牛耳るジム・テイラー(エドワード・アーノルド)やペイン上院議員(クロード・レインズ)にとっては、スミスは何も知らない政治の素人、扱うのには都合がいいと判断したわけだ。
意気揚々とワシントンに乗り込むスミス、母親に手紙を届けるための伝書鳩を連れてくるわ、到着早々首都観光、政治的・歴史的に意義深いところをあちこちみてまわるという「おのぼりさん」丸出しモード。そんなスミスは地元に少年キャンプ場を誘致しようと議案書を制作をはじめる。最初は彼を嫌っていた秘書のサンダース(ジーン・アーサー)は徐々に彼の熱意に好感をもっていく。
しかし、この議案書が自分たちの計画の邪魔になると知ったペイン議員やテイラーはなんとしてでも、それを阻止しようとする。政治に失望したスミスは帰郷を決意。しかし、自分を政界入りさせた財政界の大物達の腐敗ぶりを知ると、汚れきった政治を改善するために悪徳政治家たちに敢然と立ち向かう。そしてあの時間無制限・怒涛の無限演説。とにかくしゃべり続ける。ネタがなくなるとアメリカの憲法を読み上げ始める。アメリカの法の精神を説く。倒れるそうになってもやめない。その日が追って次の日になってもしゃべる続ける。

アメリカの理想を描きつづけたフランク・キャプラが、独特のハート・ウォーミングなストーリー・テリングで、アメリカ民主主義の政治と政治家たちをを痛烈に風刺した政治コメディ。
後のこの怒涛の無限演説は『ザ・ホワイトハウス』シーズン2の39話でも使われてました。

by ssm2438 | 2009-04-20 07:33 | フランク・キャプラ(1897)
2009年 04月 19日

きのうの夜は…(1986) ☆☆☆

f0009381_20501349.jpg監督:エドワード・ズウィック
脚本:ティム・カズリンスキー
    デニース・デクレー
撮影:アンドリュー・ディンテンファス
音楽:マイケル・グッドマン

出演:ロブ・ロウ
    デミ・ムーア
    ジェームズ・ベルーシ
    エリザベス・パーキンス

        *        *        *

普通といえば普通だが、されどけっこう好きな映画かな。何が好きっていわれても困るが、この映画をみると東京に出てきて同棲した彼女のことを思い出すから・・ははは、ま私事ですが・・。

映画はというと、きちんとまとまってます。普通のトレンディドラマみたいなまとまりぐあい。ただ、この監督さん上手いんだとおもう。そののち『レジェンド・オブ・フォール』とか『ラストサムライ』とか撮るようになるエドワード・ズウィックなんだけど、きちんとしているんだよね。揺るぎがないというか・・。シナリオは既にきまってるのだろうからそこには文句つけられないのだろうし、そのなかでどんな映画にしていくのかってことを考えたときにほとんど文句のない映画になってると思う。
それにデミー・ムーアはチャーミング。きとんとオッパイみせてくれてるし、ロブ・ロウと健康的なエッチしてるし、まだ胸になにもいれてないから自然にきれいだし、エリザベス・パーキンスもいい感じだし、ジェームス・ベルーシもいい味だしてる。
当時英語の番組に出てた黒田アーサーが好きな映画ってことでこの映画を紹介してたのだけど、そのときはヘッドフォンのコンセントがぬけるところを見せてた。あそこも良かった。で、ビデオ借りてみてみたらよくって、結局レーザーディスク買いましたよ。この映画みただけで、この人すごい人だって見抜けた私は偉いなあと思ってるのだけど・・(笑)。ひとろよがりともいう・・。

勤め先の上司との不倫の関係にフラストレーションがたまっていたデビー(デミ・ムーア)女は、ソフトボールの試合で知り合ったダニー(ロブ・ロウ)と仲良くなってしまう。しかしお互いそれぞれ付き合ってる人がいる。そんなわけで、お互い付き合ってる人とはそのまま付き合い続けるが、二人でいるときはセックスもしようよってことで同棲をはじめる。
しかし、同じ場所を共有するようになるとなにかと相手のことがきにかかる。心の不安定さはつきまとき、どこか他人行になのも不自然で、結局“カップル"を望んだデビーの言い分をきいて共同生活は「あなただけよ」の同棲へと変わってゆく。しかし、またここでも上手くいかない。はやり自分の周りの人たちのことを大事にしたい。ときとして二人でいることよりも、大事なこともある。そんなの全部が全部、彼氏・彼女が一番っというわけにはいかない。で、また別れる。
しかし・・・そうはいっても・・・ってやっぱり彼女がいい、彼がいいって話。

by ssm2438 | 2009-04-19 20:34 | E・ズウィック(1952)
2009年 04月 19日

その土曜日、7時58分(2007) ☆☆

f0009381_1105251.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:ケリー・マスターソン
撮影:ロン・フォーチュナト
音楽:カーター・バーウェル

出演:フィリップ・シーモア・ホフマン
    イーサン・ホーク
    マリサ・トメイ
    アルバート・フィニー

        *        *        *

いやああ、個人的にはマリサ・トメイのオッパイがみられただけでかなり嬉しいのだけど、でも、あれがなかったら最後まで見られなかったかも。1964年生まれだから、この映画をとってたときは・・・42歳くらいか。すばらしい体形をしておられる。ふくよかな乳房もすてきだし、スレンダーな体も素敵だ。唯一の清涼剤だった。この映画にはぜったい必要な安らぎの時間というか・・、みたくなくなる観客の心をつなぎとめておく最後の絆だったのかも。
しかし、そのくらいというかかなりドツボな映画である。近年まれにみるドツモな映画。ひどいというかすごいというか・・、不幸のデススパイラルみたいな映画。不幸が不幸をよび、どんどん不幸になっていく映画。誰もかれもが不幸で幸せな人はひとりもいない。もし幸せな人がいたらマリサ・トメイのファンだけかもしれないが、どうやらその貴重ななかに私ははいっているらしい。

不幸リストをつくってみる。
・不動産会社に勤めるアンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は会社のお金を使い込みしているらしい。
・羽振りが良かった時のクセか、妻ジーナ(マリサ・トメイ)と薬をやっている。
・弟のハンク(イーサン・ホーク)は離婚していてた子供の養育費の支払いも滞っている。
・そんなハンクは兄嫁ジーナと不倫している。
・切羽詰ったアンディは弟に強盗しないかと話をする。
・押入る店は彼らの両親の宝石店(保険に入っているから被害にあっても損害は取り戻せるはず)。
・実行犯はハンク一人のはずだが、怖くなって別の男を雇ってしまう。
・実行はトイガンもっていくはずが、彼は実銃をもっていった。
・レジのおばさんも護身用の銃で反撃、自分も撃たれるが犯人を射殺してしまう。
・レジのおばさんはアルバイトのはずが、彼らの母親が代わって出勤していた。
・計画は失敗し、おまけに母親まで死んでしまう。
・雇った男の妻とその兄からは「金をよこせ、さもなくば警察にばらすぞ」と脅かされるハンク。
・ジーナはアンディのもとを去るが、ハンクと浮気をしていたことをばらす。
・薬の売人宅を襲いお金くすねるアンディとハンク。
・二人の父は盗んだ宝石を売買するための男をみつけ犯人がアンディだと知る。
・それをもって死んだ実行犯の嫁とその兄のところへいき、金をみせるが油断した隙に撃ち殺してしまう。
・女も撃とうとするアンディをとめるハンクだが、アンディはハンクに銃をむける。
・そうだ、おれが全部だめにした、俺を撃ってくれというハンク(すでに自殺しようと思ったこともある)。
・そのときその女に撃たれて重態になるアンディ。
・いくらかお金をおいて逃走するハンク。
・重態のアンディの収容されている病院にいき、アンディを殺す父。

・・・・どこまでも不幸な映画だ。

監督は社会派の巨匠シドニー・ルメット。でも彼は社会派映画ばかりじゃなくて舞台劇的映画もけっこうとってる。というか、ほとんどが舞台劇的映画といっていいんじゃないかな。これもそんな感じ。なのでルメットらしいといえばルメットらしい。きちんと調べてないくて勝手な予想なのだが、これ、なにかの古典舞台劇のアレンジじゃないのかなあ。 ふとテオ・アンゲロプロス『旅芸人の記録』を見直してみたくなった。

by ssm2438 | 2009-04-19 09:55 | シドニー・ルメット(1924)
2009年 04月 19日

RONIN(1998) ☆☆☆

f0009381_252439.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:J・D・ザイク
    リチャード・ウェイズ
撮影:ロバート・フラッセ
音楽:エリア・クミラル

出演:ロバート・デ・ニーロ
    ジャン・レノ
    ナターシャ・マケルホーン
    カタリーナ・ヴィット

        *        *        *

復活のジョン・フランケンハイマー
ながらくなかずとばずの映画ばっかりとってのたでもう復活しないのかと思ったら・・いやいやいやいや、老兵はまだ死んでいませんでした。良かった。アナログ感のある展開。かっこつけないドラマスタイル。ストイックな男のシンプルアクション。よいです。やっぱりフランケンハイマーは、この手作り感がよいのだよなあ。
これがジョン・ウーなんかだったら漫画・アニメ演出になちゃうし、ジェイソン・ボーンシリーズのアクション監督だったら、やたらと見えないカメラブレばっかり多用していかにも演出してます!みたいな画面になちゃう。かっこつけすぎず、仰々しくしない程度の演出してくれるのがやっぱり嬉しいぞ、ジョン・フランケンハイマー
フランケインハイマーの演出の上手さって、人間が出来る範囲の技量にとどめて、その範囲内でドラマを撮るところ。最近のアホ監督は、できないことをCG使って描いて「おれって才能あるなあ」って勘違いしてるからこまったもんだ。おまけにそんな画面ばかりみて、ほんとっぽさを忘れてる映画の鑑賞力の極端にすくないがおおくなってきてるし・・・。
でも、やっぱり『ブラックサンデー』のころのフランケンハイマーがいいなあ。

お、そうだ、これフィギュアスケートのメダリスト、カタリナ・ヴィット出てます。懐かしい。

by ssm2438 | 2009-04-19 01:46 | J・フランケンハイマー(1930)
2009年 04月 19日

レインディア・ゲーム(2000) ☆

f0009381_1414451.jpg監督:ジョン・フランケンハイマー
脚本:アーレン・クルーガー
撮影:アラン・カーソ
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:ベン・アフレック
    ゲイリー・シニーズ
    シャーリーズ・セロン

        *        *        *

ジョン・フランケンハイマーだけに期待して見に行ったけど・・・残念。いまいちだったなあ。なんか話がごちゃごちゃしすぎてて、感情移入のしどころがわからないというか・・、安心できるところがない・・ってことかも。
ドラマって抑揚の産物で、いつも疑問をもってたら感情の安らぎがなくなる。このお話の場合は、主人公のベン・アフレックに感情移入してとりあえずみていくのだが、そのあと「あ、この人といたら安心できるんだ」って登場人物がいないのが、物語を転がしていくにはちょっとしんどかったかな。

シャーリーズ・セロン嬢のおっぱいがみられたのは嬉しいけど、このシャーリズ・セロンはあんまりいいとはおもわんかった。同じ悪役でも『2days トゥー・デイズ』のときの彼女はとってもよかったのに・・。これって相手の問題かもって思ってみたり。『2days トゥー・デイズ』の時は彼女が好きな男がジェームス・スペイダーだったけど、今回の『レインディア・ゲーム』ではゲイリー・シニーズだったりする。「ゲイリー・シニーズを好きになる女なんて・・」働いていたんじゃないだろうかって自己分析。
実は<映画の登場人物の好感度は、そのドラマの中でのその人がつきな相手のレベルできまる>・・って法則があるんじゃないかと思うのだけど・・・どうでしょう?
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by ssm2438 | 2009-04-19 01:23 | J・フランケンハイマー(1930)