西澤 晋 の 映画日記

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2009年 05月 19日

トンネル(2001) ☆☆☆

f0009381_891527.jpg監督:ローランド・ズゾ・リヒター
脚本:ヨハンヌ・W・ベッツ
撮影:マーティン・ランガー

出演:ハイノ・フェルヒ
    ニコレッテ・クレビッツ
    セバスチャン・コッホ

        *        *        *

とうじこれもわざわざ映画館にみにいきました。タイトルなんとかならなかったのかな? 「壁のむこうに」とかさ。これだとロマンもへったくれもない(苦笑)。脱獄もの=トンネルを掘る・・というのは基本なのですが、現実に行われたというのがけっこう気に入って見に行ったのですが。やろうと思ったらなんでも出来るはず。じゃあほっちまえ!みたいな。こういう出来そうにない単純なことを地道にやり遂げるっていうのって好きなのです、黒澤明『生きる』とかアンドリュー・ニコル『ガタカ』とか・・。
映画に題材になっているベルリンの壁は1961年8月、一夜にして出現した。まあ、当時の人は、いちやあけてみたらそんなのが出来てたのだからびっくりしただろうね。それまではたとえ二つの体制の国家でも困らない程度には往来があったのところにいきなりそんなものが出来てしまった。行商がてた明日この本を返しに行こうなんておもったのにそのままになってしまった人もいたのでは。
そんななか、西側に脱出した水泳選手たちが「東にのこしてきた人たちを脱出させたいとおもいたち、だったら壁の下にトンネルをほり、逃がせばいいじゃないか」って単純な発想を実現していった話。
この映画、さりげなくあっちこっちの映画賞もとっている。2001年モントリオール国際映画祭観客賞、同年パーム・スプリングス映画祭最優秀作品賞、同年ドイツ映画祭(ロサンゼルス)観客賞受賞・・など。

東ドイツの水泳選手ハリー(ハイノー・フェルヒ)と親友マチス(ゼバスチャン・コッホ)たち4人は、危険をくぐり抜け西側へ脱出する。そして、ハリーの妹ロッテ(アレクサンドラ・マリア・ララ)やマチスの妊娠中の妻カロラ(クラウディア・ミヒェルゼン)ら、東側に残してきた愛する者たちを呼ぶために、建設されたばかりのベルリンの壁の下にトンネルを掘るという無謀な計画を思いつく。オーディションをし協力できそうな人を選抜する。極秘に作業を進めていた彼らだったが、まもなく東ベルリンにいる恋人との再会を願っている女性フリッツィ(ニコレッテ・クレビッツ)らが参加。
一方、カロラはお腹の子の安全を引き合いに出され、国家保安省のクリューガー大佐(ウーヴェ・コキッシュ)のスパイになっていた。
個人的にはこういうのは好きではないな。ある程度ドキュメンタリー風にとりたいなら、本来わかるはずもないあちらの事情というのはふせといてほし。こちらから自体が進行するにつれて向こう側の情況がわかっていくってつくりのほうがこのドラマには適していたともうのだけど。この向こう側の事情をいれたがためにこの物語のドキュメンタリー性というのが薄れて普通のドラマになってしまったようで残念だった。

そんな東側の事情を知らず、妻を案じるマチス。やがてフリッツィの恋人が、ベルリンの壁を越えようとして射殺されるという悲劇が起こる。このシーンはやっぱりせつなかったなあ。壁のむこうとこっちで相手のすがたがみえないのに壁もむこうでは彼氏が殺されているというシチュエーション。ただ・・本とのどらまだったかどうかは・・。物語にアクセントをつけるためのイベントのようなきもした。ま、映画なのでそんなのもあっていいとおもうし、だいたいドキュメンタリーテイストは捨てている作品なのでエンタなシーンがあってもいいのだけど・・・作り方をどっちかに統一してほしかったかな。

そして当初からの予定の9ヵ月。トンネルは完成し、いよいよ大人数の脱出開始。カロラは逃げられなかったものの、彼女が産んだ息子は見事運ばれ、計画はほぼ成功するのだった。

by ssm2438 | 2009-05-19 07:41
2009年 05月 19日

ナイル殺人事件(1978) ☆☆

f0009381_7342317.jpg監督:ジョン・ギラーミン
原作:アガサ・クリスティ
脚本:アンソニー・シェイファー
音楽:ニーノ・ロータ

出演:ピーター・ユスティノフ
    ベティ・デイヴィス
    マギー・スミス
    ミア・ファロー
    ロイス・チャイルズ

        *        *        *

推理モノというのは、個人的にはあんまり好きなジャンルではないかな。このような映画に登場する人々というのはあくあまで記号であって、へたに感情移入しようものなら悔しい思いもしそう(苦笑)。

推理モノのひとつの鉄則として「一番犯人らしい人物は犯人ではない」というルールがある。これは物語を展開するうえで、とにかく仮想犯人として動いてもらわないとサスペンス度がおちるので、ダミーでもなんでその人に犯人であるように振舞ってもらわないと話がもたない。しかし謎解きではその人以外にちゃんと犯人はいるものである。
もうひとつのルールは「常に共犯者を考えろ!」である。登場人物が少ない場合は、単独犯って可能性もあるだろうが、登場人物が多くなると普通は誰かと結託しているものだ。

しかしこの物語ではそれらの基本ルールを逆手にとって犯人を設定している。

あと、この映画ではじめてロイス・チャイルズって人を知ったのだが、この人ゴージャスな感じでいいよね。後に『007/ムーンレイカー』のヒロインとして出てた。とっても見栄えがいいのに世間が使いそびれた感がある女優さんでしたね。

by ssm2438 | 2009-05-19 07:16
2009年 05月 19日

ディアボロス/悪魔の扉(1997) ☆☆

f0009381_425016.jpg監督:テイラー・ハックフォード
脚本:ジョナサン・レムキン
    トニー・ギルロイ
撮影:アンジェイ・バートコウィアク
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:キアヌ・リーヴス
    アル・パチーノ
    シャーリーズ・セロン

        *        *        *

アル・パチーノの言葉は熱い! 
シャーリズ・セロンのヌードは痛々しかった!
CGは余計だった!

監督は『愛と青春の旅立ち』のテイラー・ハックフォードだったのでもしかしたら多少はあたりかなっておもったら、うむむむ・・微妙。もうちょっとなにかが違ったらけっこう面白い話に出来たと思うのだけど。話の根っこはとても美味しいメフィスト話なので調理法さえよければけっこういけたのに・・残念。かといって現時点でもそれほどくそみそなほど悪いわけでもないのだが・・・、うむむむ、でもでももうちょっと・・・。

<あらすじ>
大都会を舞台に悪魔が若い弁護士を僕にするまでの話・・。
ああ、これだけでもけっこう面白そうな響きなのに・・。

無敗記録を伸ばし続けるフロリダ州の若手弁護士ケヴィン(キアヌ・リーヴス)。彼はNYのミルトン法律事務所からスカウトされる。事務所の社長ジョン・ミルトン(アル・パチーノ)に見込まれたケヴィンは役員待遇で迎え入れられた。事務所の上得意である不動産王アレキサンダー弁護をまかせられたケヴィンはいそがしくて家に帰れない。妻のメアリー・アン(シャーリズ・セロン)は慣れない都会暮らしの不安から精神に変調をきたす。ケヴィンは裁判を前にしてアレキサンダーが罪を犯していることを確信し、その苦悩をミルトンに打ち明けるが彼は「ついに黒星か」と言うだけ。虚栄心に惑わされたケヴィンはアレキサンダーの秘書に偽証をさせて勝訴する。帰宅したケヴィンを待っていたのは切り傷だらけの身体でミルトンにレイプされたと泣き叫ぶメアリー・アンだった。彼女は精神病院に運び込まれ、目を離した隙にケヴィンの目の前で自殺する。さらに駆け付けた母親にミルトンがお前の本当の父親なのだと告げられた。
ミルトンはケヴィンに世界を征服しようと持ちかける。ケヴィンはミルトンに魂を売渡したかに思わせておいて持参した拳銃で自らのこめかみを撃ち抜く。一瞬にして積年の野望が崩れ去ったミルトンはその醜悪な素顔をさらけ出すのだった。気が付くとケヴィンはフロリダ州の裁判所にいた。今までのことは白昼夢だったのだろうか。彼は猥褻教師の弁護人を降り、初の黒星にもかかわらず清々しい顔でメアリー・アンと帰路につく。英雄的行動をとった彼にロングインタヴューを申し込んだ新聞記者がいた。「虚栄心は人を惑わすからな」とひとこと。彼は顔を変えたミルトンだった。

by ssm2438 | 2009-05-19 03:33
2009年 05月 18日

サラマンダー(2002) ☆☆☆

f0009381_2349551.jpg監督:ロブ・ボウマン
脚本:グレッグ・チャボット
    ケヴィン・ペテルカ
    マット・グリーンバーグ
撮影:エイドリアン・ビドル
音楽:エド・シェアマー

出演:クリスチャン・ベイル
    マシュー・マコノヒー

        *        *        *

トータルな世界観がなんだかオタクアニメっぽくってちと鼻についたが、おもったより楽しめた。出したいものだけをむりやりひとつの世界観に入れてる感が都合主義にみえるからなんでしょうね。CGモンスター、近代兵器をもった傭兵。マッドマックス2のような世界観。世界は崩壊したのにガソリン機関はまだあるぞ!・・みたいな(苦笑)。その<ご都合主義>のごった煮精神を通り越すとけっこう楽しめる。ぞれぞれの描写は以外にも実に一級品なのだ。
社会の描き方もしっかりしている。こういう世界では社会の描き方がすべてで、それが甘くなるとお話がつまんなくなる。常に空を監視しつつ、地下にもぐり生き残ったものどうしてなんとかささえあってる環境がそれなりにせっとくりょくがあっていい。社会を描く上で必要なものが食料と経済。この映画で経済に関してえがかれてないのでいまいちではあるのだが、それでも社会の描写はしっかりしている。
あと炎を吐く生き物の設定。口中から炎を吐く場合は、それをどう科学的にせつめいするのか?といわれればかなり難しいとおもうのだけど、この映画では化学反応でそれを構築してる。口の両側に科学部質を噴出する穴があり、その液体が交じり合うと引火するというメカニズム。おなかから炎がでるのではないからのどが焼けたりしないでよい(笑)。

紅蓮の炎で地表を焼き尽くし、恐るべき繁殖力で地球を支配したサラマンダーは、人類を餌食にし文明を破壊した。それから20年の歳月が流れる。クイン(クリスチャン・ベイル)は仲間とともに要塞に暮らし、わずかに生き残った人間たちは餓えと恐怖に苛まれていた。そこへアメリカから義勇軍がトラックで現れ(なんとヘリコプターももってるぞ!)、リーダーのヴァンザン(マシュー・マコノヒー)はサラマンダーと闘うよう呼びかける。
サラマンダーのオスは一匹だけなのでそれをやっつければ根絶やしに出来るっという物語りもかなりご都合主義。だいたいここにくるまでにどうやってガソリンを手に入れたのか? 弾薬なんてどうやって調達してるんだ? とかまあいろいろご都合主義な部分はあるのだけど(一応本編では申し訳程度の言い訳はしてあったようだが)、まあこれはこれとして受け入れるしかない(苦笑)。
そんな数々のご都合主義はみられるのだが、絵作りという点においてはかなりしっかりしてる。CGのサラマンダーも違和感ないし、映像をつくる基本姿勢がきちんとしてうる人たちがつくったんだって感じ。きちんとしたオタク精神をもった作り手と、安易な商業主義のプロデュースサイドが一体化した感じの作品。

by ssm2438 | 2009-05-18 23:10
2009年 05月 18日

モンタナの風に抱かれて(1998) ☆☆☆☆

f0009381_21402922.jpg監督:ロバート・レッドフォード
脚本:エリック・ロス
    リチャード・ラグラヴェネーズ
撮影:ロバート・リチャードソン
音楽:トーマス・ニューマン

出演:ロバート・レッドフォード
    クリスティン・スコット・トーマス
    サム・ニール
    ダイアン・ウィースト
    スカーレット・ヨハンソン

        *        *        *

はじめてスカーレット・ヨハンソンみた作品。いや~~、この子絶対いつかブレイクするって思ったけどブレイクしちゃいましたね。当時のスカーレットは雰囲気があり、目はきりりとして、唇は愛らしく、鼻も意思が強そうだった。彼女、ぜったい髪染めないほうがいいと思うのだけど。最近の彼女をみるとシャローな雰囲気にみえてあまり好きではないなあ。

ロバート・レッドフォードの監督作品はどれも好きなのだけど、やっぱり本人が出ないほうがいいかな。この映画みたいに本人が顔出しちゃうと、自分に酔ってるのがなんとなく伝わってきてしまうのでそれがちょっと嫌な感じがした。でも、ドラマ的には文句なく一級品のヒーリングムービーに仕上がってます。この人の映画はほんとに繊細な感覚でつくられてるので感心してしまいます。

f0009381_21405075.jpg<あらすじ>
13歳の少女グレース(スカーレット・ヨハンソン)は乗馬中に交通事故にあい、友人は死亡、愛馬のピウグリムは安楽死をもとめられるくらいの重態、本人も右足を切断という悲劇にみまわれる。いきなりの壮絶な展開なのでけっこうどぎもを抜かれた。

ニューヨークで雑誌編集長として活躍しているグレースの母親アニー(クリスティン・スコット・トーマス)は、娘の心を回復させるにはピルグリムの全快が必要だと考え、モンタナで馬専門のクリニックを開業しているトム・ブッカー(ロバート・レッドフォード)の元へ馬をおくることにした。
編集社でもいつもそうなのだろう、アニーの強引な態度に嫌気がさすトムだが、馬の主人であるグレースが協力するならばという条件つきでピルグリムの治療を引き受ける。「馬にささやく人」と呼ばれるトムの自然に逆らわない優しく誠実な治療法により、ピルグリムは徐々に回復し、グレースも少しずつ笑顔を取り戻していった。
トムにかかるとすべての人が心穏やかにかわっていくらしい。馬も、少女も、アニーも。最初はかなり神経質で強引だったアニーもやさしさをとりもどしはじめている。
レッドフォードの映画というのはこういうメンタルな部分の演出が恐ろしく繊細で上手い。

弁護士の夫ロバートがニューヨークからやって来た。ロバートはすっかり元気になった娘の姿を見て、トムに心から感謝するが、アニーはそんな夫を見ているのがつらかった。やがてピルグリムはグレースを背に乗せ、歩けるまでに回復する。そろそろモンタナを去る時が来たようだ。ロバートはアニーのトムに対する感情に気づいており、すべてを彼女の決断にまかせることにした。アニーは夫と共にニューヨークに帰っていくのだった。
アニーとトムの恋愛劇が多少あるのだが、これはどうだったのか・・。トムを仙人として描きたくなかったのか、観客へ対する媚だったのかわからないが、このあたりは削ってもうすこし短くまとめられたのではと思ったかな・・。

by ssm2438 | 2009-05-18 20:45 | R・レッドフォード(1936)
2009年 05月 18日

サイレント・ランニング(1972) ☆☆☆

f0009381_1942517.jpg監督:ダグラス・トランブル
脚本:デリック・ウォッシュバーン
    マイケル・チミノ
    スティーヴン・ボチコー
撮影:チャールズ・F・ホイーラー
特撮:ダグラス・トランブル
音楽:ピーター・シッケル

出演:ブルース・ダーン

        *        *        *

実に愛すべき小作品だ。SFだけど宇宙船が飛び交い、レーザーびゅんびゅん飛び交う戦闘モノとは違い、ハートフルな反逆児モノ。その反逆児がブルール・ダーンなのだがから、きっとベツナム帰りの精神錯乱・反社会性にみちた人物にちがいないと思うのは皆さん一緒だろうが、その点は裏切らない。しかし、この映画においてはハートフルな反社性を発揮するのだ。
そしてこの物語を愛すべき作品にしているのはヒューイ、デューイ、ルーイのおちびさんロボットたち。残念なことにルーいは先に死んでしまうが、残りの二人がブルース・ダーンをサポートして実に健気に働いてくれる。
ストーリー的には、なんでそうなるのかという必然性がいまいち感じられないので、哀愁優勢的なつくりになっていると判断されてもしかたがないのだが、それにしても忘れがたい話になっている。

監督のダグラス・トランブルは、『2001年宇宙の旅』『アンドロメダ・・・』『未知との遭遇』『スター・トレック』『ブレードランナー』『ブレインストーム』など、CG技術が発達する以前の特撮をになっていたこの分野での巨匠。しかしこの作品においてはそういった仰々しい特撮よりも、もっとハートフルなドラマを中心にとられていて、そのおくゆかしさもかなり素敵だ。

<あらすじ>
地球上の植物は絶滅した未来。その保護を目的として建造された3隻の宇宙船のドームのなかで、植物はほぞぼそと育てられていた。ヴァレー・フォージ号もその1つだった。8年間乗り組んでいる植物学者フリーマン・ローウェル(ブルース・ダーン)は異常なまでに植物に愛情をもっているが、他の3人の乗組員にはただただ帰還の日を待つだけの退屈な日々だったた。彼らにとってはローウェルは異物であり、からかいの対象でもある。ある日地球から、ドームの存続は意味がなく、爆破して帰還せよという命令がとどく。3人は大喜びすが、ローウェルには受け入れがたい命令だった。着々とドーム爆破の準備をしている3人をみるといたたまれなくなり、ついにローウェルは彼ら3人を殺害してしまう。一人になってしまったローウェルは船を外宇宙に向ける。3対のロボットをプログラムし直し、植物育成の手助けをさせた。しかし船外活動をしているときにそのうちの1体がとばされてしまう。残る2体にヒューイデューイという名づけ、孤独感から自らをまもることにする。やがて太陽から離れ太陽光が弱くなるとドームの植物が枯れはじめる。人工のライトを点灯しなんとかもちなおすが、たびかさなる事故にあい、ローウェルもヒューイも怪我をする。太陽圏のそとにむかうヴァレー・フォージ号をもはや救出する地球の船はない。ローウェルは、いつか、どこかの星で植物たちが再生することをいのり、デューイに植物の世話を託してドームを宇宙空間にときはなつ。
宇宙空間をさまようドームでは、今もデューイが草花にせっせと水を与えてつづけているのだろうか・・・。
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by ssm2438 | 2009-05-18 17:42
2009年 05月 18日

いとこのビニー(1992) ☆☆☆

f0009381_14213348.jpg監督:ジョナサン・リン
脚本:デイル・ローナー
撮影:ピーター・デミング
音楽:ランディ・エデルマン

出演:ジョー・ペシ
   ラルフ・マッチオ
   マリサ・トメイ

        *        *        *

マリサ・トメイはこの映画でアカデミー助演女優賞をとってしまったというか、アカデミー賞が彼女を選んだというか、彼女を選べるセンスは素敵だ。当時は「え、まさか?」って思ったけどその判断は間違いなかったのだと思う。
そしてこのあとにつづく『忘れられない人』(1993)、『オンリー・ユー』 (1994)と彼女の魅力大爆発。それもずべてこの映画の彼女のブレイクぶりが引き金だったといっても過言ではないでしょう。いやいやぶっとんでて素敵だった。
しかし・・映画自体はそれほど大した出来ではない。映画としても見栄えもあまりいいとはいえない。この映画、マリサ・トメイだったからよかったので、これがメラニー・グリフィスなんかがやってたら絶対だめだっただろう。

大学生のビル(ラルフ・マッチオ)と友人のスタンは車で大陸横断の旅の途中で立ち寄ったコンビにで店員が殺される事件が発生、突然容疑者として逮捕されてしまう。ビルは、ニューヨークで弁護士をしているという従兄のビニー・ガンビーニ(ジョー・ペシ)に弁護を依頼する。
フィアンセのモナ(マリサ・トメイ)を連れて駆けつけたビニーは、弁護士になったのは6週間前で法廷に一度も立ったことがない、さらに司法試験に合格するまで6年間もかかったことを明かし、ビルをがっかりさせる。いよいよ開廷となるが、服装も言葉使いもまるでダメ、法廷侮辱罪を言い渡される。しかしタイヤ後の写真をみると証言台にフィアンセのモナを指名する。実家が自動車工場のモナは恐ろしいまでの車のエキスパート。圧倒的な専門知識で写真にうつっているタイヤの後は、ビルたちの車のものではないことを証明してしまう。
この最後の証人喚問のやりとりは実に圧巻。マリサ・トメイの魅力大爆発のシーンだった。

by ssm2438 | 2009-05-18 13:45
2009年 05月 18日

ザ・コップ(1987) ☆☆

f0009381_13263539.jpg監督:ジェームズ・B・ハリス
脚本:ジェームズ・B・ハリス
撮影:スティーヴ・デュビン
音楽:ミシェル・コロンビエ

出演:ジェームズ・ウッズ
    レスリー・アン・ウォーレン

        *        *        *

ストイックな刑事ドラマ。
その昔『太陽にほえろ』という刑事ドラマがあり、数々の有名人を輩出してきましたが、そのドラマがの基本姿勢が「犯人のスタンスからはドラマを描かない」ことだったとか。捜査しているがわからは犯人がどんな人間なのかなんて分らないわけです。そこで犯人を描くのはエンタテーメントな作品としてはよいのですが、リアル性をいうものを大事にしたいならそのスタンスはとってもいいわけです。この『ザ・コップ』という映画も、ドラマの描き方は捜査する側からしか描いてないのです。リアルドラマ好き派の人にはとてもよい。

ここで登場するジェームス・ウッズふんする刑事は実にストイック。淡い理想なんか微塵も持たない。思想もリアリスティックで行動もクールで素敵。対するヒロインのレスリー・アン・ウォーレンはやたらと夢見がちな女性。現実をみることを拒否していきているような、そんな感じ。つくっている作者の「真実をみろ!」って叫び声が聞こえてきそう。ちなみに、「コップ」って書いてあると警官ってイメージがありますが、この物語の主人公は刑事です。

原作は 『L.A.コンフィデンシャル』ジェームズ・エルロイ。この物語自体はさほぞ特異性があるわけではない。起こる事件もよくありがちな事件。
ロスの住宅地で白人女性の惨殺死体を発見される。ロイド・ホプキンス(ジェームズ・ウッズ)は、そこでし、現場に残されていたある女流詩人の詩集を手がかりに捜査を進めてゆくうちに、過去15年間に起きた女性殺人事件との関連性が浮かびあがってきた。その詩集の作者キャサリン・マッカーシー(レスリー・アン・ウォーレン)を訪ねたホプキンスは、彼女が高校時代に乱暴をうけたことにより仲間が離れていったが、唯一15年間に渡って密かに彼女に花を送り続けている青年の存在を知るのだった。

キャサリンにとっては白馬の王子様の彼、そして決して現実を認識しようとはしない彼女に、ロイドは意地でも現実を認識させようとする。この映画のポイントはこの現実認識拒否VS現実認識の対決だといっていいだろう。

同じ年に制作された『殺しのベストセラー』という映画がある。こちらで冷酷で哀愁のある殺し屋を演じていたジェームス・ウッズ。『ザ・コップ』のロイドはこれの刑事バージョンといえるかもしれない。この二つの映画はどちらもけっこう好きだ。

by ssm2438 | 2009-05-18 12:58
2009年 05月 18日

未確認生命体 MAX/マックス(1993) ☆

f0009381_12235350.jpg監督:ジョン・ラフィア
脚本:ジョン・ラフィア
撮影:マーク・アーウィン
音楽:ジョエル・ゴールドスミス

出演:アリー・シーディ
    ランス・ヘンリクセン

        *        *        *

93年を最後に終了したアヴォリアッツ映画祭にぎりぎりまにあわなかったのかな・・、もう1年あったらこの映画もけっこう話題になってたかもしれないのに。

B級映画ファンには愛されてもいい感じの作品。ただ、生理的に好きになれない部分があるのは実にわかる。
とにかく主演のアリー・シーディが実によくない。本来彼女がもっているはずの明るさがまずいほうに働いてる。『ショートサーキット』の時のような明るさがとにかく物語をどんどん悲惨な方向に導いてしまう展開がみていて実に気持ちがよくない。おまえが能天気だからこんなことになったんだろう・・って彼女を責めてしまう気持ちになる。

<あらすじ>
TVリポーターのロリー・ターナー(アリー・シーディ)は、イーマックス研究所内の実験動物虐待の実態をリポートするため忍び込む。ロリーはそこで巨大な檻に入れられた黒いチベタン・マスティフ犬を発見する。マックスという名のその犬は一見凶暴そうだが、意外にも彼女にすり寄ってきた。その時、警備員に発見された2人はあわてて逃げ出す。研究所所長のジャレット博士(ランス・ヘンリクセン)の命令を無視して、マックスはロリーの車に乗って逃げ去ってしまう。
マックスはDNA合成で誕生した生物で、犬・蛇・豹・カメレオンなど様々な動物の特性を兼ね備えているが、凶暴性を抑制する薬がきれると恐ろしい生物兵器と化す可能性があるという。次第に凶暴さを増したマックスは警官隊の包囲を破って逃走。博士はひとり残ったロリーを使って、マックスをおびき奇せようとするが・・・。

by ssm2438 | 2009-05-18 11:55
2009年 05月 18日

NOVO/ノボ(2002) ☆☆

f0009381_37179.jpg監督:ジャン=ピエール・リモザン
脚本:ジャン=ピエール・リモザン
    クリストフ・オノレ
撮影:ジュリアン・イルシュ

出演:エドゥアルド・ノリエガ
    アナ・ムグラリス

        *        *        *

これも『そして、デブノーの森へ』同様アナ・ムグラリスの肢体をみるための映画。ただ、私の好みとしてはまだ『そして、デブノーの森へ』のほうが好きだ。

主人公の設定に無理がありすぎる。この主人公、記憶が5分しか持たないという重い障害をもっているのだが、それが物語の都合のいいところだけにつかわれている感じがいなめない。そんな人間の一人暮らしが常時サポートしてくれる人がいない状態でほんとに可能なのか疑問。この物語では影ながらサポートしてる人はいたのだが・・。いちどそういうところに疑問をもつと物語のすべてがご都合主義にみえてくる。そこで開き直り「いいんだ、この映画はアナ・ムグラシルの裸を撮れれば!」っていう思考に走ればそれでゆるされるのだろうけど、なんだか話をこねくってる。

5分しか記憶がもたないというグラハム(エドゥアルド・ノリエガ)と付き合うようになったイレーヌ(アナ・ムグラリス)、つねにメモ帳を持ち歩く彼は寝ておきてみれば「あなた誰?」の反応。????・・だったが、事の次第が分ってくると、毎日あたらしい恋ができるという解釈もできると自分をなっとくさせる。しかし周りの人はそんなグラハムのメモ帳を書き換えながら彼をあやつっていたりもする。さらに、彼の周りには常に姿をあらわすなぞの少年と合気道をやっている友達らしき人物がいる。やがてグラハムはパブロという人物であり、彼には妻もいるし、いつも電車で出会うあの子供が彼の子供だということがわかってくる。
ドラマ構成はサスペンスだが、血なまぐさい事件とかがあるわけでじはなく、イレーヌの付き合い始めた男の人生背景とその周りの人をの関係を、イレーヌの視点で徐々に見せていくというだけの話。

この映画のもっとも出来てない点は、設定に無理があることが分っているから、見てる人が話を追う意欲がなくなってしまう。そこでアナ・ムグラリスの裸だけがサービスカットとして存在するので、彼女が出ないかっとを見る気がしなくなる。多少なりともお話を見せようとこねくったことにしてるは、それがうっとおしく感じる。そんな悪循環がみてとれる。もし、監督きどって話がみせたいのならムグラリス使わなければいい。でもそうしたら誰もみない映画だろう。ムグラリスだけみて、良しとしましょう。
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by ssm2438 | 2009-05-18 02:44