西澤 晋 の 映画日記

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2009年 05月 06日

13デイズ(2000) ☆☆☆

f0009381_0554338.jpg監督:ロジャー・ドナルドソン
脚本:デヴィッド・セルフ
撮影:ロジャー・ディーキンス
編集:コンラッド・バフ

出演
ケヴィン・コスナー (大統領特別補佐官ケネス・オドネル)
ブルース・グリーンウッド (ケネディ大統領)
スティーヴン・カルプ (ロバート・ケネディ)

        *        *        *

私が生まれた年(1962年)のイベントとして有名なのがこのキューバ危機と『キングコング対ゴジラ』が作られたこと(笑)。同じケネディ大統領を扱った映画『JFK』でも主演を務めたケビン・コスナーを大統領特別補佐官役としてせいさくされた。キューバ上空を偵察にむかう偵察機のパイロットひとりひとりに「神のご加護がありますように」って言葉をかけるシーンが実に印象的。最後にとびたつことになったひとりが打ち落とされることになるのだけど、この前振りがきいてた。こういうのをみると「くそ、上手いな」って思ってしまう。
しかし、実はをベースにしているとはいえ、あくまでフィクションなので、史実とはことなることを理解はしておこう。作品中の国防総省、及び当時の将軍の描き方が否定的かつ好戦的過ぎる部分があり、国防総省からの協力を一切拒否された、という逸話があるらしい。

監督のロジャー・ドナルドソン『追いつめられて』『カクテル』などをこなし、最近では『世界最速のインディアン』を監督している。どうなるか判らないストーリーはけっこう得意分野なのかもしれない。『追いつめられて』なんてほんと、どうなるかわからない映画だった。あのくらい先が読めない映画はそうない(苦笑)。しかし、見ている人は、あるていど落ち着く先をしって、そこにいくまでのはらはらどきどきを楽しんでいるのであって、あそこまでどこに行くのかわからない話だとそっぽむきそうだけど。

<あらすじ>
1962年10月16日、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込んだという知らせがケネディ大統領(ブルース・グリーンウッド)のもとへ届く。彼は直ちに国家安全保障会議緊急執行委員会を招集。会議では空爆が推薦されたが、第三次世界大戦の勃発につながる危険があり、大統領はそれを避けたかった。彼は本音を打ち明けられる弟の司法長官ロバート(スティーヴン・カルプ)、親友の大統領特別補佐官ケネス・オドネル(ケヴィン・コスナー)と共に、最善の手を探る。
空爆を迫る軍部を退けた大統領は、国連総会のため訪米したソ連外相と会談するが、外相はミサイルの存在を否定する従来の主張を繰り返すのみ。大統領の疲労と緊張は限界に達し海上封鎖実施を発表。しかしキューバのミサイルは発射準備を整えつつあり、大統領は止むなく29日に空爆の準備を指示。さらに、爆撃目標の最終確認に飛び立った偵察機が撃墜されるという事件が起こる。軍部は即時報復を進言し、事態は一触即発の状態に。それでも大統領はトルコのミサイル撤去を切り札に最後の交渉に賭ける決意を変えず、ロバートを駐米ソ連大使との交渉役に任命する。かくして核戦争は回避され、悪夢の13日間は無事幕を閉じるのだった。

これをみていると、西洋社会の摂政というのを実感する。相手のプライドをきづつけず、ことを収めるそのやり方は、実に彼らは上手い。

by ssm2438 | 2009-05-06 00:35
2009年 05月 05日

ドラグネット・正義一直線(1987) ☆

f0009381_23241149.jpg監督:トム・マンキウィッツ
脚本:ダン・エイクロイド
    アラン・ズウェイベル
    トム・マンキウィッツ
撮影:マシュー・F・レオネッティ
音楽:アイラ・ニューボーン

出演:
ダン・エイクロイド (ライデー刑事)
トム・ハンクス (ぺップ刑事)
アレクサンドラ・ポール (コニー)

        *        *        *

しかし、アレクサンドラ・ポールの出る映画はどれもしょぼいなあ。彼女をきちんとなぜ使えん!? 50年代の有名なテレビドラマのパロディ版だらしいが、どうもてもつまらん。ぜんぜんテンポがわるい。監督のトム・マンキウィッツは脚本が本職の人で、いまいち軽快なテンポで見せるという技にはたけていないようだ。

<あらすじ>
ロサンゼルス市警のフライデー刑事(ダン・エイクロイド)は、現代では珍しい伝統と格式を重んじる勤勉タイプ。そんな彼に新しいパートナーとしてついたのは、権威や体制に反感を抱くヒッピー系のぺップ刑事(トム・ハンクス)。う2人が捜査を命じられたのは、連続強盗のペガン事件であった。事件の現場には必ず“「ペガン」カードが残されているのだ。
そのペガンしわざというのが実にくだらない。動物園では大蛇とコウモリが盗まれ、ライオンのたて髪がモヒカンに刈られていた。ペガン教団の声明文を掲載しなかったために、そのポルノ雑誌がそっくり盗まれる。2人の車も食事中に盗難にあう。さらには貨車操作場のタンク車から有毒薬品が、アパートの大家からウエディングドレスが盗まれる。これらも全てペガン教団の仕業であった。
ジョナサンは市長を前に奪った毒ガスで殺す計画をたてていた。その計画を見事に阻止しするフライデー。ペガン教団は到着した警察によって一網打尽となる。だがジョナサンはコニー(アレクサンドラ・ポール)を人質にまんまと飛行機で脱出する。しかしフライデーがジェット機で追いかけ捕まえ一件落着。フライデーとコニーは結ばれ、またペップとの凸凹コンビも続くのであった。

by ssm2438 | 2009-05-05 23:03
2009年 05月 05日

ソウ(2004) ☆

f0009381_19274216.jpg監督:ジェームズ・ワン
脚本:リー・ワネル
撮影:デヴィッド・A・アームストロング
音楽:チャーリー・クロウザー、ダニー・ローナー

出演:
ケイリー・エルウィズ (Dr.ゴードン)
ダニー・グローヴァー (タップ)
モニカ・ポッター (アリソン・ゴードン)
リー・ワネル (アダム)

        *        *        *

なるほど・・・、ソリッド・シチュエーション・ホラーなのね。で、どういう意味?

命を粗末にしている人間にその大切さを教えることを目的に、残虐なゲームを次々行なっているという「ジクソウ」。かれが仕組んだ殺人ゲーム。その1。実は私は2本目までしか見ていない。
推理物かと思ったらそうでもないし、延々、監督さんが提出するする画面だけをみせられる映画。グログロ描写が売り物。映画=つべこべ考えるのではな、く与えられた情報で脳を刺激するものというスタンスの人むき。

しかし、それもいいわけだな。
基本的に人の命をゲーム的に扱う姿勢が好かん。ただのおどろおどろしい怖さだけけを強調する姿勢も好かん。どんでん返しが判ったらつまらん話も好かん。おそろしさを感じているのに、笑い飛ばしてみるようなやつらも好かん。すべて好かん映画だ。

<あらすじ>
老朽化した広い浴室で目覚めた、青年アダム(リー・ワネル)とローレンス・ゴードン医師(ケアリー・エルウェズ)。突然拉致された彼らは、それぞれ足首に鎖をはめられ、2人の間には自殺死体が転がっている。そしてポケットに入っていたテープを再生すると、6時間以内にどちらかを殺さないと、2人とも殺害するという犯人のメッセージが入っていた。
「ジグソウ」の正体は、なんと2人の間に横たわっていた自殺死体の男だった。死んだふりをしていた彼は、ことが終わると浴室から出ていくのだった。

by ssm2438 | 2009-05-05 19:04
2009年 05月 03日

無法松の一生(1958) ☆☆☆☆☆

f0009381_2139751.jpg監督:稲垣浩
脚色:伊丹万作、稲垣浩
撮影:山田一夫
音楽:團伊玖磨

出演:三船敏郎、高峰秀子

        *        *        *

昔みて、いたく松五郎のかっこよさというか、男意気というか、潔さ(これが一番あっているかも)に感動した。本宮ひろしの漫画にでてきそうなオヤジだ。
しかし、今思うと、これって、フェデリコ・フェリーニ『道』の逆バージョンかもしれないなあ。あっちのジェルソミーナもちょっとおつむの弱い博愛主義者。こっちの松五郎もちょっとおつむの弱い(ジェルソミーナほどではないが)純情おやじ。個人的には純粋さがちょっとおバカさんに振らないと出来ないとも思わないが、そのほうが判り易い物語にはなりそうだよね。

『無法松の一生』はこの稲垣浩+三船敏郎バージョン(東宝)の前に、坂東妻三郎バージョン、勝新太郎バージョン、三国錬太郎バージョンがある。この富島松五郎というキャラクターはそれだけの魅力がある。もっとも、今の時代にうけるかどうかはちょっと疑問だけど・・・。私が見たことがあるのは、この三船敏郎バージョン。私はこれで十分感動できたので他のものをみることはなかったのだが、ほかのバージョンもなかなか評判はいいようだ。

<あらすじ>
明治三十年の小倉。人力車夫の富島松五郎(三船敏郎)が戻ってきた。芝居小屋の木戸を突かれた腹いせに、同僚の熊吉とマス席でニンニクを炊いていやがらせ、さいごはケンカになって芝居はめちゃめちゃ。散々悪態をついていた松五郎だが、仲裁に入った結城親分に
「おまえがそいつらに頭にきたのはよくわかる。しかし、おまえさんは暴れてそれで気が済んだかもしれないが、この芝居を楽しみに見に来てくれたほかの人たちはどうなる?」と諭されると、
「すまん、わしが悪かった。頭に血が上ってそんなところまで頭がまわらんかった。許してくれ」と潔くみんなに侘びをいれる。多少頭は悪そうだがこの潔さがとても魅力的な松五郎。

ある日松五郎は木から落ちて足を痛めた少年・敏雄を救った。それが縁で、その少年の父吉岡大尉(芥川比呂志)の家に出入りするようになる。大尉は松五郎の豪快さと潔さがとても気に入っていた。そんな松五郎も良子夫人(高峰秀子)の前では赤くなって唄も歌えない。そんな幸せな日々も大尉も死で急転してしまう。
松五郎は引込み勝ちな敏雄と一緒に運動会に出たり、鯉のぼりをあげたりと、残された母子の世話をしていたい。そんなことが天涯孤独な松五郎も心地よかった。明治が大正になり、敏雄は中学の四年になった。他校の生徒と喧嘩をして、松五郎を喜ばせた。しかしそんな敏雄も大人になっていくにしたがって、身分というものを判って来たか、松五郎とは心の距離をおくようになる。松五郎にとってこのことは、自分の人格を否定されたかのようにとても淋しいものだった。そして高校に入った敏雄は小倉を去った。
めっきり年をとり酒に親しむようになった松五郎が想うのは良子夫人のことだった。大正六年の祇園祭の日、敏雄は夏休みを利用して小倉に帰って来た。松五郎は自からバチを取った。彼の老いたる血は撥と共に躍った。離れ行く敏雄への愛着、良子夫人への思慕、複雑な想いをこめて打つ太鼓の音は、聞く人々の心をうった。
数日後、松五郎は飄然と吉岡家を訪れた。物言わぬ松五郎のまなこには、涙があふれていた。それ以来、松五郎は夫人の前から姿を消してしまった。

「俺の心はきたない!」・・・いたいぞ、この言葉。

実はこのあと、松五郎が未亡人に想いを打ち明けるシーンが前作(坂東妻三郎バージョン)ではあったらしい、しかし戦時中の検閲のためそれがカットされたとか。しかし、それがないほうが実に良い味をだしていたこともあり、本作でもそのシーンは撮られなかった。

やがて松五郎は敏雄を連れて通った小学校の校庭に倒れていた。吉岡家からもらった祝儀の品々が手をつけず、敏雄と夫人宛の貯金通帳があった。良子夫人は冷い亡きがらに取りすがって泣きくずれるのだった。

1958年ヴェネチア国際映画祭・サン・マルコ金獅子賞作品である。

by ssm2438 | 2009-05-03 21:46
2009年 05月 03日

卒業(1967) ☆☆☆☆

f0009381_7132659.jpg監督:マイク・ニコルズ
脚本:バック・ヘンリー
    カルダー・ウィリンガム
撮影:ロバート・サーティース
音楽:ポール・サイモン
    デイヴ・グルーシン

出演:ダスティン・ホフマン
    キャサリン・ロス
    アン・バンクロフト

         *        *        *

サイモン&ガーファンクルの唄う「サウンド・オブ・サイレンス」「ミセス・ロビンソン」のメロディに陶酔。すばらしい音楽だ。我々だけなのだろうか、このサウンドとか、『小さな恋のメロディ』のメロディフェアを聞くとノスタルジックな細胞がむくむく目をさましてくる。今の世代の人かこういう音楽をきくとどうなんだろう・・。

この映画、当時はまだ子供で荻昌弘さんの月曜ロードショーでみたような気がする(さすがに遠い昔の記憶なのでもしかしたら水野晴郎さんの水曜ロードショーだったかもしれない)、が当時は音楽だけは良かったのだがお話がそれほど面白いとは思わなかった。まあ、中学生くらいだったのでほとんどきちんと認識することはできなかったのだろう。当時の感覚は、“卒業したらすぐ就職しないといかんだろう・・、こいつ、なんであそんでんだ???”・・だった(苦笑)。そんな『卒業』、ちょっと前にケーブルでやってて、ついつい最後まで見てしまった。40を過ぎてみるとさすがに映画鑑賞力がついてることが判った。いやあ、この映画けっこうすごいかもしれない。

ストーリーの構成として<主人公の大目的が設定されると、そこから一番とおそうなところからスタートする>という法則がある。この物語の主人公ベンジャミン(ダスティン・ホフマン)は最後エレーヌ(キャサリン・ロス)とひっつくのだが、この物語はなんと、エレーヌの母親=ミセス・ロビンソン(アン・バンクロフト)とエッチをする関係になり、それがエレーヌにばれてしまうというドツボ状態から這い上がることになる。これだけでもすごい! なかなかここから這い上がれそうにないけど、この物語は這い上がるし、だいたい彼女と母親とエッチをする展開なんて普通考えつかんだろう。

さらにすごいのが主人公の精神状態。この物語の主人公の精神状態はかなりお子様なのだ。もちろん大学を卒業するのだからそれそうとの大人なのだけど、親に逆らったことがないとか、自分で考えて行動したことがない・・というようないわゆる甘ったれ、精神的にかなり子供なのだ。そうはいっても普通に礼儀正しいし、反社会的な人間ではない。ただ自我というものをきちんと開放したことがない男。それにもとづいて行動すること自体に自信がない、怖い、そういう人間なのだ。
もしかしたら精神年齢12~13歳くらいかもしれない。はっきりいってみていていらいらする。生理的にもまったく好感のもてない主人公。その主人公がいままで親の言いなりになって自分の心をみつめることもなかったし、それすらもあったかどうかもわからない、そんな彼が自我を爆発させ、最後は今まさに結婚しようしている花嫁名を呼び、結婚式に乱入、花嫁を奪い去ってしまうという大顰蹙の暴挙にでてしまう。エレーヌの父親ロビンソンにも顔をあわせられんだろうし、なんせ妻と浮気してたのだから、それに人様の妻を寝取りそ知らぬ顔でその娘を奪っていくという息子をもった親にも顔はもう合わせられないだろう。まさに自分以外は全部<反自分>。
・・・それでもその暴挙が出来るのはイレーヌという女性への憧れ。
好きな女をもとめた自分と彼女以外は全部アンチテーゼ。ここにも『エヴァンゲリオン』と同じ構図があったりする。結局哲学やってるとみなさんあるていど同じところにおちつくものだけど・・。
このタイトルの「卒業」というのはまさに与えられて育った子供時代=嫌われないことが一番大事だった時代からの卒業なのだ。

彼の行動は確かにあまあまだろう。
正直な話、このラストシーンのあとに続くドラマをかんがえてみるとかなり悲惨になりそうだ。そのまま花嫁を連れて逃げたとしても、その生活があと何ヶ月つづくかどうか・・・? それでも自分の心がもとめる方向性をまず考える。それが出来たのはこの主人公にとってすばらしい第一歩なのだろう。
あとは、心のままの方向性をいかに社会と調和をたもちながら実行していくか・・ということ。
人が大人になるというのは、理性を大事にしたり、お金儲けを効率よくやることではなく、いかに自分のエゴを開放していくか。・・その開放する手段としては、自分のエゴを社会のもとめる方向性と同じ方向に向け、社会との軋轢をスムーズにしつつエゴの開放手段を確立していくことが大切になるのだろう。

by ssm2438 | 2009-05-03 07:33 | マイク・ニコルズ(1931)
2009年 05月 03日

クルーエル・インテンションズ(1999) ☆☆☆☆

f0009381_0574751.jpg監督:ロジャー・カンブル
原作:コデルロス・ド・ラクロ
脚本:ロジャー・カンブル
撮影:テオ・ヴァン・デ・サンデ
音楽:エドワード・シェアマー

出演:サラ・ミシェル・ゲラー
    ライアン・フィリップ
    リース・ウィザースプーン

       *       *       *

ラクロの有名小説『危険な関係』の3度目の映画化。本来の舞台は18世紀のパリの貴族社会。それを大胆にもニューヨークのハイスクールに舞台にしたこの映画、最初見たときは「この映画、どんな設定なんだ???」って思ってたのですが、いわゆる少女漫画的ハイスクールなテイストになってます。ハイスクールなのになぜか序列社会があるみたいな・・。
本来のお話は手紙でやりとりするのだけど、現代にそれはどうなん??って思ったらそこそこ納得できる方になってました。無粋なつくり方すれば、携帯メールのやりとりになってしまう(苦笑)。

この映画、とにかくサラ・ミシェル・ゲラーがいい! テレビシリーズだと『バフィー 恋する十字架』などで有名だけど、映画ではそれほどめぐまれない彼女。しかしこの映画ははじけてます。今回は『危険な関係』ではグレン・クローズがやった悪女役。これが実にいいんだ。リース・ウィザースプーン(私はどうも生理的に嫌いなのだけど)がヒロイン役なのですが、どうみてもサラ・ミシェル・ゲラーのほうが輝いてる。この映画基本的にヌードの出ないエッチな画面づくりを基本にしてるのだろうけど、実にサラ・ミシェル・ゲラーのチラリズム姿がとても艶っぽい。

そして注目すべきはこのカメラマン、テオ・ヴァン・デ・サンデ。画面の質が高い!!すばらしい!! 今、過去の作品群リサーチ中。

<あらずし>
両親の結婚で義理の姉と弟になってしまった高校生のキャスリン(サラ・ミシェル・ゲラー)とセバスチャン(ライアン・フィリップ)の恋愛ゲームを描く。彼らは基本的にいい人ではなく、人の心をもてあそんでは傷つけるという悪ふざけで学園生活を楽しんでいた。
ある日、学園長の娘アネット(リーズ・ウィザースプーン)をセバスチャンが落とせるかどうかで賭けをする。もし成功すれば、自分の体を与えるというキャスリン。最初はおさそびのつもりだったセバンチャンだがアネットを本気であいするようになる。プライドを傷つけられたキャスリンは、黒人の家庭教師を誘惑し、セバスチャンを襲撃させる。

どうみてもリーズ・ウィザースプーンに傾く気持ちが理解できない。サラ・ミシェル・ゲラーは性悪女でもとっても可愛いので、どもうそのあたりがこの映画への感情移入を妨げているような気がする。サラ・ミシェル・ゲラーよりもうちょっと健康的な女優さんを持ってくる必要があったのではないか・・・。しかしそんなのいるのかなて大問題もあるが・・。

サラ・ミシェル・ゲラー特集
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by ssm2438 | 2009-05-03 00:55
2009年 05月 02日

殺人ブルドーザー(1974) ☆

f0009381_7454546.jpg監督:ジェリー・ロンドン
脚本:セオドア・スタージョン、エド・マキロップ
撮影:テリー・K・ミード
音楽:ギル・メレ

出演:クリント・ウォーカー、ネヴィル・ブランド

        *        *        *

70年代のB級映画ファンの魂をうならせた不屈の名作(迷作)。当時は車に生命がが宿ったり悪魔が宿ったりと、やたらと無人で動く車両のパニックものがはやったものだが、これもそのひとつ。

或る孤島の工事現場、そこに宇宙から怪光線がふりそそぎ、ブルドーザーが生命をもって動き始める。その名も「キルドーザー」。駆け足で逃げようと思えば逃げられるのに、そこでこけたりなんなりしてわざとやられてあげる土木作業員がけなげ。だいたい、そんな嶋、放棄すればいいだけなのに、そこを一生懸命戦うからうまれるドラマ。ブルドーザーにわなを仕掛ける人類もさることながら、それを見抜いく知能指数もたいしたもの(?)。
勝ち誇ったかのように丘のうえから見下ろすブルドーザー。
さあ、どうやってやっつける!? 戦え僕らの殺人ブルドーザー、おい、どっちの味方だ!?

by ssm2438 | 2009-05-02 07:27
2009年 05月 02日

オルカ(1977) ☆☆☆

f0009381_5402129.jpg監督:マイケル・アンダーソン
脚本:ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
    セルジオ・ドナティ
撮影:テッド・ムーア
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:リチャード・ハリス
    シャーロット・ランプリング
    ボー・デレク

     *     *     *

たぶんここで書かないと永遠にこの映画にかんして触れる事はなさそうなので、このさいマイケル・アンダーソンつながりで書いておこう。この『オルカ』という映画、良い映画か?といわれるとうむむ??なのであるが、妙に好きな映画なのだ。
当時『ジョーズ』の大ヒットをかわきりに世界各地で動物があばれまくっていた。山の中では熊が人を襲い、街ではハチが暴れ、ミミズまで人類に反逆した。海ではタコが、河ではワニやピラニアが‥‥。
そんな中でちょっと違うテイストをもっていたのがこの『オルカ』。
そう、この映画を『ジョーズ』の亜流に位置づけるのはちょっと違うような気がする。ある人はこれを『白鯨』になぞらえるが、‥‥確かにそうだけど私的にはマカロニ・ウエスタンなのだ!
音楽もエンリオ・モリコーネだし。

監督の マイケル・アンダーソン、はっきり言ってそれほど凄腕の監督さんではない。第二次世界大戦ものなどはそこそことっていたのだが、きわめてアベレージの映画だったような。でどういう因果か『2300年未来への旅』なんて映画をとるはめになった。どうも彼のキャリアを考えると的外れな人事だったような気がするのだが、やはり的外れだった。基本的にこの人セット撮影は下手なのだと思う。というか何をやってもそれほどすごく上手いところはないのではあるが‥‥。そんなマイケル・ダメ監督・アンダーソンなのだが、妙にこの映画だけははまってしまった。

ストーリー的には主人公をけっこう追いつめてる。
基本構造は『マッドマックス』の逆パターン。暴走族に妻と子供を殺されたマックスは必要に暴走族を追いつめていく‥‥のリバース。シャチの母と子供を殺してしまうのがリチャード・ハリスで追いつめていくのがシャチ。しかしシャチに因縁つけられたって陸に上がってれば安全じゃんって思うんだけど、そこをストーリー展開の妙でやっぱり海に出て行かざるおえないシチュエーションをつくってしまう。これ、マイケル・アンダーソンの力ではなく脚本家のイタリア人の力ではないかと思っている。
‥‥で、しらべてみるとルチアーノ・ヴィンセンツォーニは古くは『鉄道員』で脚本デビュー。おおー、ピエトロ・ジェルミ! その後セルジオ・レオーネ&クリント・イーストウッド『夕陽のガンマン』などを手がけている。セルジオ・ドナーティしかり。
マカロニ・ウエスタンといえばやはり『続・荒野の用心棒』フランコ・ネロ&セルジオ・コルブッチ。馬の蹄でぼこぼこに両手を踏みつけられ(たぶん複雑骨折、シリーズか不能と思われる、でもやっぱりシリーズかされるのだけど)、どうやって戦うんだ???というなかでもタウンの人は誰独り助け舟をださない。一人で追い出されるように悪漢たちに立ち向かうジャンゴ。そして火を噴くガトリングガンのカタルシス‥‥っと、全然関係ない方向にいってるなあ。
いかんいかん。とっととストーリー紹介。

なんでもオルカは一夫一婦制で、生涯結婚をつらぬくらしい。そんなオルカの生け捕りをめざすノラン(リチャード・ハリス)は海洋学者レイチェル(シャーロット・ランプリング)に反対されながらも捕鯨用具を積み船出する。間もなく1匹のオルカを発見、捕らえようとするがスクリューにからまに大量出血、瀕死の重傷。なんとかロープを巻き付けて吊るし上げるがそのオルカは妊娠していたらしく胎児を産み落し死んでしまう。この時から母と子を殺されたオルカの復讐が始まる。
港につくと失われたクルーの弔いのために教会でいのるノーラン。
罪悪感を感じるノーランはそのあと神父に問いかける

「相手が動物でも罪を犯すことになるのですか?」
「罪は自分自身に犯すものです」

修理のため港に碇泊中のバンポ号をねらうかのように、港内の漁船はオルカによって沈められ、港のパイプラインは切られて火災が起こる。10点満点の女ボー・デレクもオルカに足をくいちぎられてしまう。
「おまえたちは災いのもどだ! ガソリンだけはやるからここからでていけ!」とばかりにと追い出されるように出て行くノランたち。もはやオルカと対決しかない。
そんなノーランについていくことにするレイチェル。

「あなたはあのオルカの敵かもしれないけど、だからといって彼の望むものを差し出さなければならない理由にはならないわ!」

この映画のすばらしところはここだと思った。
たとえ自分が誰かの敵であり、彼に対して罪悪感をもっているとしても、それでも人は自分の存在のために戦わなくてはならない生き物である・・と。

ある日、オルカはバンポ号の前に姿を現わし、北氷洋へと誘いこむ。大きな氷山が行く手をさえぎり、燃料は底をついた。そしてやがて襲っているオルカ。戦うノラン。クルーは徐々にオルカに排除されていく。そしてノランもまた‥‥。戦いに勝利したオルカも傷おい去っていく海は氷にとざされている。
酸素を得られない氷の下ではオルカとて生きていく事はできない。

この映画のいいのには、オルカもまた死を覚悟して北の海で最後の戦いをもとめたところにある。この男と男の対決が『オルカ』の魅力なんだろう。
おお、マカロニ・ウエスタン! 燃える!

人は誰のためのいきていくのか?
・・それは悲しいまでに己のために生きていくもの。

罪は誰にたいしてするものなのか?
・・それは己の良心に対してのみ。

残酷なまでに自分をみつめなおさせてくれます。
しかし、それでもそこにあるドストエフスキー的愛。

この映画は残酷さと背中合わせの愛の映画だとおもう。
素晴らしい。


そしてこの映画に関して今ひとつ付け加えておかないといけないのはシャーロット・ランプリング。彼女で一番有名なのはリリアーナ・カバーニ『愛の嵐』だろう。知的で、どっか謎めいていて、退廃的なあのムード、幸せが絶対似合わないあの細い唇と緑の瞳。堕ちていく男にしか惹かれない哀れさ。がりがりでけっして美しいとはおもえないのだけど、なんだか好きな女優さんなのだ。

by ssm2438 | 2009-05-02 03:22
2009年 05月 01日

有楽町で逢いましょう(1958) ☆

f0009381_2022226.jpg監督:島耕二
脚本:笠原良三
撮影:秋野友宏
音楽:大森盛太郎

出演:
京マチ子 (小柳亜矢)
菅原謙二 (篠原練太郎)
川口浩 (小柳武志)
野添ひとみ (篠原加奈)

      *       *       *

京マチコが・・・デブ。よくこれでヒロインに抜擢されたなあ。

物語りも実に平板な展開で、それぞれの感情の対立が「なんでそんなことに反対してるん???」って感じで、まったく根拠なくみえてしまう。で、それまで弟とその彼女の交際をみとめなかった姉も、最後もあっさり説き伏せられてしまうし、その説得もまったく深みがない台詞だし・・。
川口浩野添ひとみが出てるとなるとどうしても増村保造の『くちづけ』を思い出してしまう。しかし今回の二人は脇役で、主役のふたりは京マチコ菅原謙二。しかし、京マチコがあまり美しくなく、デブなのでどうしてもそちらのドラマは興ざめ。じゃあ、川口浩と野添ひとみのドラマはというと、こちらも脇役キャラなのでドラマらしいドラマもなく、ふたりが出会いました、仲良くなりました、結婚したいんだけど・・というかなり安直な展開。
増村保造が監督だったらなあ・・って思ってしまう。そしたらこのての話はポンポンポーンとテンポよく作ってくれたのに・・・。

しかし、当時の有楽町はなんか・・・、汚いビルがおおかったのだなあ。どれもばっちく薄よごれたようなビルでどうみてもお洒落にはみえない(苦笑)。そのなかにあって、今はなく当時の有楽町のそごうデパートはやたらときらびやかな雰囲気。このそごうデパートが当時のお洒落スポットだったのだろうな。
この映画は1958年公開なので、まだ新幹線もなかった時代。もちろん携帯もない時代であり、待ち合わせの場所に遅れて来る彼女というだけで、いろいろドラマを生んでくれるが、これもそのひとつ。

あらすじ>
フランス帰りの新進デザイナー小柳亜矢(京マチコ)は、両親に先立たれてからは、デザイナーとして働きながら弟・武士(川口浩)を大学に通わせていた。さすがに稼ぎは良いらしく、ジリ貧状態で働いて弟を大学にかよわせているというようは悲壮感はまったくない。しかし、弟・武士にとっては、財布を握られている逆らいづらい存在でもある。
ある日亜矢の店に、篠原加奈(野添ひとみ)という女子大生が訪れた。亜矢がデザインの服を兄に散々酷評されたので仕立直してほしいというのだ。亜矢は不在で、ちょうど居合せた亜矢の弟・武士は、「どれでも好きなのをもってゆけよ」と加奈に言ってしまい、二人は仲良くなってしまう。ところがこれを知った亜矢はカンカンになり、加奈の兄のところに押しかけたが、意外にも兄とは練太郎(菅原謙二)のことだった。亜矢と錬太郎は、かつて何度か顔をあわせていたのだが、世間でもてはやされている亜矢のことなど意に介さない態度に少々腹をたてていた。そして今回の自分がデザインした服を酷評され、二人の関係はなかなか穏やかではない。
しかし、加奈と武志はどんどん仲良くなり、結婚を考えるようになる。もちろん亜矢は反対。
大学もやめ、働いて、加奈と一緒にやっていこうと決めた武士は、置手紙をのこして家を出た。しかし有楽町で加奈と合い、その後は大阪の乳母のところにいって仕事を探すはずだった。しかし不運なことに加奈とは行きちがい。なにも語れないまま加奈を東京に残して独り大阪に旅立つ武士。
弟の所在を探し出し大阪にやって来た亜矢は、たまたま大阪に出張にきていた錬太郎と一緒になり、ふたりして乳母の家に出向き、武士を発見。練太郎、の説得により加奈と武志の結婚を許し、武士の家で騒動は一見落着、亜矢も錬太郎といい感じになっていくのであった。

by ssm2438 | 2009-05-01 20:22
2009年 05月 01日

2300年未来への旅(1976) ☆

f0009381_4132755.jpg監督:マイケル・アンダーソン
脚本:デヴィッド・ゼラッグ・グッドマン
撮影:アーネスト・ラズロ
特撮:L・B・アボット
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演:マイケル・ヨーク
    ジェニー・アガター

     *     *     *

とにかくチープなセットがださださ、特撮は映画としては最悪、ほとんどウルトラマン以下、『魔人ハンターミツルギ』程度である。70年代のSFだからと言い訳しても‥‥かなり興ざめ。とくに後半に出て来るMr.フリーズのロボット君のデザインのダサささ天下一品。一気に興がさめる。おまけにシナリオも大雑把でB級をさらに下まわったC級な映画である。これだけチープな映画なのだが、それでもこの映画をある種の捨てられない映画にしてっしまっているのがジェニ-・アガターと彼女のコスチューム。
高校生のニシザワ少年は『スクリーン』に載ってた数枚の写真だけで彼女のファンになってしまった。しかし田舎の津山には来るはずもなく今みたいにビデオも普及してない時代だったのでこの映画を見たのはそれから10年後くらいたってから。あまりのストーリーの大ざっぱさにあきれた。
それでもジェニ-・アガターの魅力は圧倒的で、今年になって彼女がもっと若いときの映画『ウォーク・アバウト』を高島屋のマイナー映画館でみてきた。こちらは監督がニコラス・ローグなのでまともなほうだ。そしてやはりジェニ-はいいな!と再認識し再びレンタル屋でこの超ださださ映画を手にしたのである。確かに何度観てもださださなのだが彼女はやはり魅力的。ひたすらそれだけの映画なのだけど、それだけで十分思い入れられる映画なのだ。
あとジェリー・ゴールドスミスの音楽はいい。この人の音楽ってアホな映画にけっこう良い曲をつけてしまう。『黄金のランデブー』なんかかなり好きよ。

ストーリーはアーサー・C・クラーク『都市と星』を思い浮かべてしまう。
時、2274年。大気汚染の末、人類は巨大なドーム都市に住んでいる。そこでは人口制御のため人間は30歳になると「生まれ変わり」なる儀式をむかえ死ぬ(殺される)事になってる。そして死んだ数だけ新生児がうまれてくるわけだ。しかしその寿命に満足せず脱走を企てるやからがいる。彼等を始末する役目をおっているのがサンドマン。主人公のローガンはそのサンドマンのひとりだった。
ある時彼は処分した逃亡者の中にサンクチュアリへの鍵をもった男がいた。逃亡者はその場所へ行けば永遠に生きられると思っているのだ。この都市を支配するコンピュータは余命の数年をローガンか剥奪、逃亡者となりそのサンクチュアリを探す使命を与えるのだった。その逃亡者を世話してる組織がありその仲介役となるのがジェニ-・アガター扮するジェシカ。‥‥というわけで、今回はひたすらジェニ-・アガターの写真集とかしたのでした。じゃん!
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by ssm2438 | 2009-05-01 17:26