西澤 晋 の 映画日記

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2009年 06月 11日

夜の大捜査線(1967) ☆☆☆☆

f0009381_127823.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:スターリング・シリファント
撮影:ハスケル・ウェクスラー
音楽:クインシー・ジョーンズ

出演:シドニー・ポワチエ
    ロッド・スタイガー
    ウォーレン・オーツ

        *        *        *

1967年のアカデミー賞、作品賞、主演男優賞、脚色賞、音響賞、 編集賞など受賞。
ちなみにこのアカデミー主演男優賞をとったのはロッド・スタイガー。どうみてもシドニー・ポアチエが主演にみえるんですけどねえ、どうしてなんでしょう??

この映画、大昔みたのだが実のおもしろくて引き込まれた。シドニー・ポワチエ扮する黒人の刑事が、殺人事件のあった日、黒人だというだけで連衡されてしまう。そこからだんだんと有能さを小出しにしていき、黒人に対して偏見をもっていたロッド・スタイガーもだんだんと彼を認めるようになる過程がとても素敵。やっぱり<能力ぼちぼち小出しモノ>はいいですな。
ドラマというものは、主人公があることを求める(大目的)と、それを阻止しようとするさまざまな力、そのせめぎ合いのすえ、主人公が目的を達するまでの過程をいう。通常のドラマの場合は、それが犯人の部下であったり、スポーツものではライバルであったりするのだが、この映画では<黒人差別>という偏見がその大きな弊害になっている。そのあたりがこの映画を一味変わったもにした原因だろう。

撮影もすごいぞ、ハスケル・ウェクスラー。どちらかというと「白のカメラマン」といういんしょうがある彼。『帰郷』『ウディ・ガスリーわが心のふるさと』など、白の滲みをきかした画面が素敵。しかし今回は夜の街。でも、この人の黒もなかなかすてたものではない。
そしてびっくりすることに編集賞をとったのはハル・アシュビー。後に『帰郷』の監督やってます。このころは編集から監督に回る人もけっこういたのです。
監督はノーマン・ジェイソン『屋根の上のバイオリン弾き』が有名かな?でも私は見ていないのだが。とはいえさりげなく私の好きな小作品をいくつかとっているのです。『アグネス』(1985)、『イン・カントリー』(1989)、『アザー・ピープルズ・マネー』(1991)、『オンリー・ユー』(1994)など・・、世間ではそれほどメジャーではない作品のなかで、私が好きな作品がおおいのがこの監督さん(苦笑)。そのなかではこの『夜の大捜査線』だけはちょっとめずらしく、世間でも受けた作品。

<あらすじ>
ミシシッピーの田舎町スパルタ、警官サム(ウォーレン・オーツ)は深夜のパトロール中、町の実業家が殺害されているのを発見した。連絡をうけた署長のビル・ギレスピー(ロッド・スタイガー)は早速捜査を開始した。サムは駅で列車をまっていた黒人というだけで、彼をいきなり容疑者として逮捕してしまう。ところがその黒人はフィラデルフィア警察の殺人課の優秀な刑事でバージル・ティッブス(シドニー・ポワチエ)であった。
初めて殺人事件を扱うギレスピーだが、黒人への偏見がありのティッブスへの協力をなかなか頼めない。やがて容疑者として不良少年が犯人が連衡されるが、思ティッブスの見事な論理で、かれははんにんではないと断定される。ギレスピーは渋々ティッブスに捜査協力を要請する。絶えず衝突し、感情を抑えながらもティッブスとギレスピーは捜査を続けた。白人が黒人に調べられるという屈辱に町民は怒り、捜査は困難をきわめ、ティッブスは生命さえ危険になっていった。これ以上のトラブルをおそれたギレスピーは捜査をうち切るようにとティッブスに勧告したが、ティッブスは聞きいれなかった。
実業家は他所で殺されて発見された場所まで車で運ばれたと推理したティッブスは、事件のあった夜、車の中で不良少女と情事にふけっていた食堂のボーイを犯人と断定した。そのボーイは少女の堕胎費をえるために殺人をおかしたのだった。

by ssm2438 | 2009-06-11 00:43 | H・ウェクスラー(1926)
2009年 06月 10日

ムッシュ・カステラの恋(1999) ☆☆☆

f0009381_0285161.jpg監督:アニエス・ジャウィタン
脚本:アニエス・ジャウィ
    ジャン=ピエール・バクリ
撮影:ローラン・ダイヤン
編集:エルヴェ・ド・リューズ

出演:アンヌ・アルヴァロ
    ジャン=ピエール・バクリ

        *        *        *

これも銀座までわざわざ見に行った映画。当時いい映画ってみんな銀座で止まってしまい、なかなか新宿より西にはきてくれなかった(苦笑)。西武新宿線沿線に住んでいる私としては、乗り換えるのがうっとおしくななかなか銀座まで出るのはおっくうだったのだけど、まだあの頃は新井薬師だったからよかった。今は田無だからもう銀座までは出る気がしない・・(苦笑)。

映画は、普通のおじさん(でも会社社長)がクララという女性にあこがれて、お近づきになるための努力をしつつ、徐々に感性を持つようになる映画といいましょうか・・、それまで白黒だった画面が、だんだんとカラーになっていく感じといいましょうか・・、ま、大人になっても人を好きになるってことがいいことですよって作品。
そうはいても、その対象の彼女がそれほどべっぴんさんというわけでもない、しかし、カステラには妙にツボだったのだろう。他人の趣味はわからんものだ・・。しかし・・不思議なもので、美しい人はみなさん好きなのだが、多分それぞれツボというものがあるみたいで、そのツボにはまる人というのは、なぜかその一般的に大衆受けするものではないのだよね。これも不思議だが真実だ。

人間の世界に「好き」という感性がなかったら、人間の行動はたんにより効率の良い利益誘導だけの世界になってしまい、それはいまある以上もものを想像できなくなってしまう。ここで描かれているとことはそれほど業業しいことではないのだが、「好き力」の大事さをさりげなく語った良い映画だなと思った。
2000年のセザール賞では作品賞、脚本賞助、演男優賞、助演女優を取っている。
・・・でもかなり地味だけど(苦笑)。

<あらすじ>
実にさめた人生をおくっているムッシュ・カステラ(ジャン=ピエール・バクリ)は中堅会社の社長。仕事には熱意がなく、常に行動を共にしているボディガードのフランク(ジェラール・ランヴァン)や運転手のブリュノ(アラン・シャバ)もうざいだけ、妻のアンジェリック(クリスティアーヌ・ミレ)は自分よりも飼っている犬のほうが大事。
コンサルタントがよこしてきた英会話の個人教師も、顔もろくに見ずにかえしてしまう。
しかし、付き合いで観に行った芝居の主演女優に一目ぼれ。実は彼女、昼間に追い返した英語教師のクララ(アンヌ・アルヴァロ)であった。かくして英語のレッスンにも熱心に通い、古典劇の芝居を観たり本を読んだり、趣味趣向の違うクララになんとか近づこうとするカステラ。一気に自己啓発爆発である。いやいや、ほほえましい。私も結構この傾向のある人間なので、こういうのをみているとほほえましくなってしまう。
でも相手にしてもらえない。でも負けないカステラ。クララの周りにいる芸術家たちと交流していくうちに芸術の楽しみ方を覚え、彼女の友人の画家が開いた個展で抽象画を買ったのをきっかけに、彼のスポンサーを名乗り出た。クララは彼の行為を自分の気をひくためだと解釈する。なにせ、カステラが本当に絵を気というのはどうみてもださださな絵だった。
好きでもない相手に熱をあげられることは、女性ならよくあることだろうが、それでもカステラの純粋な憧れ方に毛嫌いすることもない気持ちいなるクララ。そして彼女が主役を務めるイプセン作の芝居の初日。演技が終わり舞台であいさつしている時、クララは客席にカステラの姿を探す。そして拍手している彼の姿を見つけた時、自分を好きになってくれた感謝の意を込めて、とびきりの笑顔を見せるのだった。

by ssm2438 | 2009-06-10 23:35
2009年 06月 10日

リディック(2004) ☆☆

f0009381_23141196.jpg監督:デヴィッド・トゥーヒー
脚本:デヴィッド・トゥーヒー
撮影:ヒュー・ジョンソン
音楽:グレーム・レヴェル

出演:ヴィン・ディーゼル
    ジュディ・デンチ
    コルム・フィオール
    タンディ・ニュートン
    ニック・チンランド
    カール・アーバン
    ライナス・ローチ
    アレクサ・ダヴァロス

        *        *        *

『ピッチブラック』(2000)で脇役(準主役ともいい)だったリディック(ヴィン・ディーゼル)を主役にしてつくられた映画。SF(サイエンス・ファンタジー)冒険活劇というところなのかな。SF=サイエンス・フィクションだと思ってるひとにはあんまり燃えない普通のアクション映画。お金をかけたB級映画という印象。

この映画の問題点は、庶民の生活があまりに描かれなかった点だろう。ネクロモンガーがこんなひでえことしてるんだよ、ネクロモンガーの悪政のために人々かこんなに苦しんでいるんだよってのを描かずに、物語が展開しているのでお前ら勝手に喧嘩してろって気になってしまう。
南海のどっかの島でゴジラとエビラが戦っていても、「おまえら勝手にそこで喧嘩してろ」って気になるのと同じ。これが東京湾で、貨物船やらフェリーやらタンカーやらコンビナートやらを壊しながら喧嘩してくれたら少しは見る気になるんだけどな・・って感情。
ドラマ作りで大切なのは、なにか特別なものを描こうとしたら、その反対、つまり普通なものをきちんと描かなければいけない。特別なものと特別なものがドンパチやっても、ただの絵空事になってしまう。
「それを描きたかったら、その反対側を描く!」・・ドラマ作りにおいてはこれが重要。

<あらすじ>
未来のどこかの星系、ロード・マーシャル(コルム・フィオーレ)率いるネクロモンガーがその勢力をのばしていた。氷の惑星でひっそりと暮らしていたお尋ね者のリディック(ヴィン・ディーゼル)だが、賞金稼ぎたちに追い回されヘリオン第1惑星に向かった。やがてネクロモンガー艦隊に攻撃され、リディックは脱出するが、賞金稼ぎに捕まってしまう。惑星クリマトリア二収容されたリディックは、かつてリディックに憧れていた少女キーラ(アレクサ・ダヴァロス)にであう。2人は他の囚人たちと脱出を図り、その行く手にロード・マーシャルの差し向けた司令官ヴァーコ(カール・アーバン)とピュリファイア(ライナス・ローチ)が立ちはだかる。いよいよリディックは、ロード・マーシャルと全面対決。戦いの中で危機に陥ったリディックをキーラが助けるが、彼女は殺されてしまう。そこから反撃に出たリディックは戦いに勝利し、ロード・マーシャルを殺したものが次の支配者になるおきてにしたがい、リディックがネクロモンガーのリーダーとして迎えられるのだった。

by ssm2438 | 2009-06-10 22:54
2009年 06月 10日

山猫(1963) ☆

f0009381_20312124.jpg監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ
    エンリコ・メディオーリ
    マッシモ・フランチオーザ
    ルキノ・ヴィスコンティ
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽:ニーノ・ロータ

出演:バート・ランカスター
    アラン・ドロン
    クラウディア・カルディナーレ

        *        *        *

何を撮っても面白くないルキノ・ヴィスコンティの面白くない映画。ヴィスコンティの映画は、わざと「これは面白いんだ」と思い込まなければ、全然おもしろくない映画ばかり。それが出来る人には名作かもしれないが、私にはあいにくそれが出来ない。

獅子と山猫の違いは、獅子は自分で獲物を捕まえて食べてきたが、山猫たちは獅子の食べ残しを食べる。高貴な者が支配した時代が、下品な者が支配する時代に変わると・・なげいているヴィスコンティ。

ヴィスコンティ自身、貴族の出身で、彼が作る映画のその装飾美は実にすばらしい(というか、あの時代のものを見たい人にとっては・・であるが)。貴族の世界を知る人間だけがだせる重厚さがある。しかし、彼の映画はそれだけだといって過言ではない。彼の作品で描かれているものは、高貴なもの・美しいもの(あくまでヴィスコンティの主観でだが・・)が、下世話なもの・即物的なものに取って代わっていく嘆かわしさを描いているものばかりだ。

この映画の最後に延々と続く舞踏会がある。
彼はそれを終わらせたくなかったのだろうな・・。

しかし、勝手に嘆いてなさい!って思うのは私だけ?

<あらすじ>
1860年、ブルボン王朝から国王ビクトル・エマニュエルに政権が移ったイタリアは、大きな変動期にあった。
シシリー島の名門を誇っていたサリナ公爵(バート・ランカスター)は田舎の別荘に出掛けた。一家が田舎に着くと村長のドン・カロゲロ(パオロ・ストッパ)が歓迎会を開いた。彼は新興ブルジョアの一人だ。公爵の甥タンクレディ(アラン・ドロン)はブルボン王朝側と戦った革命派の一人で、公爵の娘コンセッタは、彼との結婚を望むようになっていた。しかし村長の娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)が、タンクレディの心をひきつけた。
タンクレディが連隊に復帰すると公爵に手紙を送り、アンジェリカとの挙式の手配をしてくれと頼んだ。コンセッタは悲しみにクレ、公爵夫人は彼を貴族を裏切るものだとののしった。公爵にとっては、貴族としてのプライドの故に嫌悪とバツの悪さを覚えた。
タンクレディとアンジェリカは毎日のように会い、愛情は燃え上った。アンジェリカも平民の娘と思えぬ程の気品を初めての舞踏会で漂わせた。アンジェリカの求めに応じて踊ったものの、何となくその場にそぐわない気さえする。公爵は急に自分の老いと孤独を感じはじめる・・・。

by ssm2438 | 2009-06-10 19:54
2009年 06月 10日

夜汽車(1987) ☆

f0009381_19292668.jpg監督:山下耕作
原作:宮尾登美子
脚本:松田寛夫
    長田紀生
撮影:木村大作
音楽:津島利章

出演:十朱幸代
    秋吉久美子
    萩原健一

        *        *        *

面白くない日本映画の典型。こういう映画が面白いと思われているうちは日本映画はだめだろう。役者さんたちはがんばって芝居をしているが、話自体に「夢」がなく、ひたすら現状を消費していく話。それが宮尾登美子の世界とだが、つまらない。

木村大作の画面以外は、きわめてたいくつな一作。

<あらすじ>
昭和10年の秋、芸者として各地を点々としていた岡崎露子(十朱幸代)は高知行きの夜汽車に乗っていた。そして16年ぶりに帰った故郷で、17歳の女学生に成長した里子(秋吉久美子)と再会した。「山海楼」という料亭に腰を落ち着けた露子は、夜汽車のなかで火を貸した田村征彦(萩原健一)という男と知り合い愛し合うようになる。征彦は高知のヤクザ田村組の息子だが、企業家としてヤクザとは別の世界で生きていた。
f0009381_19225132.gifそんな時、里子が結核と診断され、入院費用として千二百円の金が必要となった。再び借金を背負う身となり各地を転々、三年の歳月が過ぎた。退院した里子は、征彦に裏長屋を借りてもらったが、征彦と男女の仲になってしまう。高知に戻った露子は、里子にそのことを告白され泣いて飛びだした。

自分だけが露子や征彦の負担になってることを負い目に感じた里子は、芸妓娼妓紹介業の勢津を訪ねて二千円で身売りする。高知から遠い娼楼を望んだが、目をつけた百鬼(田村組と勢力を2分するヤクザの主)に力ずくで抱かれ、その時大量の喀血をした。里子を取戻そうと百鬼一家に乗り込んだ露子は小指をつめる。里子をひきとり人力車にのせ高知へかえる露子だが、里子は露子に抱かれて息をひきとる。

by ssm2438 | 2009-06-10 18:39 | 木村大作(1939)
2009年 06月 10日

キリング・ミー・ソフトリー(2001) ☆☆

f0009381_9383437.jpg監督:チェン・カイコー
脚本:カラ・リンドストロム
撮影:マイケル・コールター

出演:ヘザー・グレアム
    ジョセフ・ファインズ
    ナターシャ・マケルホーン

        *        *        *

主演は『ブギーナイツ』『オースティン・パワーズ:デラックス』ヘザー・グレアム。童顔の彼女が脱ぐとなんか違和感があるなあ(苦笑)。でも、大胆なセックスシーン、想像よりも豊満な乳房、なんか・・ご馳走までした。

しかし、物語は普通のエロチック・サスペンスでした。
キャストの顔ぶれ見ても、ナターシャ・マケルホーンがいるので、彼女が犯人であるのはばればれ。彼女の場合は既に顔が悪役顔してますから。それを隠すためのおとりがジョセフ・ファインズ扮する登山家アダムの過激なセックスとある種の凶暴性。顔だけみると分り易い構図ですが、ドラマはちょっと複雑にしてるカンがあるかな・・・。

<あらすじ>
ロンドンでウェブサイト・デザインの仕事をしているアリス(ヘザー・グラハム)は、出勤中に登山家のアダム(ジョセフ・ファインズ)と出会う。まもなく2人は言葉もなく惹かれ合い、アダムの自宅で激しく愛を交わす。アリスはそのとき別の男と同棲中だったが即刻解消、彼のもとへ走る。しかし、彼の家で出迎えたのは女性だった。不安になるアリス。しかし彼女はアダムの姉デボラ(ナターシャ・マケルホーン)であった。
二人は結婚した。しかしアリスは何者かが送ってくる手紙におびえるようになる。そこにはアダムがかつての恋人のレイプ事件や失踪事件などをほのめかすものだった。アダムの過去の恋人の疾走事件を自分で捜査していくアリス。疾走した女性の遺体を発見するが、それは彼の姉のデボラの仕業だった。彼女は昔アダムと近親相姦の関係にあり、アダムに近づく女を彼女がことごとく殺害していたことを知る。アリスも殺そうとするデボラを止めにはいるアダム、しかしなおもしゃべるデおそいかかろうとするデボラを照明ダンで撃つアリス。

by ssm2438 | 2009-06-10 08:57
2009年 06月 09日

猿の惑星 (1968) ☆☆☆☆☆

f0009381_4231068.jpg監督:フランクリン・J・シャフナー
脚本:ロッド・サーリング
    マイケル・ウィルソン
撮影:レオン・シャムロイ
特殊メイク:ジョン・チェンバース
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演:チャールトン・ヘストン
    キム・ハンター
    ロディ・マクドウォール
    リンダ・ハリソン
    モーリス・エヴァンス

        *        *        *

これはカルチャーショックだった! 「屈辱感」というものをあますところなく描いた傑作だ!! 
「サルが人間を支配している!」、このコンセプトがすごい。それを具現化したフランクリン・J・シャフナーもすごい。映画の演出力だとは、画面作りがどうだとかこうだとか、ストーリー構成がどうだとかこうだとか、そんなの関係なく、この映画は我々のもっている価値観を一度ドカンと崩壊させてくれた。そしてそこから自分たちはなにをもって一番大事とするのかってことをいまいちど問いかけられた。私が小学校1年生にはいるか入らないかって時の映画で、はじめてこの映画をみたのは小学生の高学年くらいかな、月曜ロードショーだったとおもう(荻昌弘さんが解説だったはず)で見た覚えがある。当時の西澤少年は所詮小学生だから猿が暴れて人間を捕獲して裸にし、恐ろしい、こわいだけだったのだろうが、物心ついてからこの映画を見るとやはりすごい。

<あらすじ>
テイラー(チャールトン・ヘストン)を隊長とするドッジ、ランドンらの宇宙飛行士が乗っていた宇宙船はオリオン星座に属するある惑星に着水した。宇宙船は破損して沈没、3名は陸地に上がり、数日間、砂漠地帯をさまよい歩いた。森林地帯に入った時、初めて人間を見たが、そこへ現れた猿の一群が人間を捕獲していた。喉を撃たれたテイラーも捕まえられた。この惑星では、猿が高い文化を誇る高等動物で、人間は口もきけない下等動物である。
テイラーは外科医の手術を受けた後、ジーラ博士(K・ハンター)と彼女の恋人コーネリアス博士にあずけられた。この惑星の最高頭脳であるザイアス博士(モーリス・エバンス)は、テイラーを毛ぎらいし脳葉切除と去勢手術を命じた。ジーラとコーネリアス両博士が弁護人として出席したが、テイラーの発言、2人の博士の弁護は一笑に付されてしまった。そこで2人の博士はテイラーを逃がしてやることにした。
砂漠地帯まで来た時、ザイアス博士らの一行が追ってきた。そこは、かつてコーネリアス博士がひそかに発掘した人骨と遺物により、数千年前の人間が、猿より高度の知能と文化を持っていたことを知った場所であった。やって来たザイアス博士はこの事実を知っていた。だが彼は立場上、この学説を認めるわけにはいかなかったのだ。
テイラーは猿たちに別れをつげ、新天地を求めて旅立った。馬で旅をするテイラー。はるか向こうに見おぼえのある像の一部。なんと自由の女神ではないか。この猿の惑星は地球だったのだ。彼らが宇宙船で飛び立ったあと、地球には核戦争が起こり、人類はほとんど滅亡、そして2000年後に猿が支配するようになったのだ。愚かな人間たち。テイラーは口惜しさとあわれさで、泣きくずれるのであった。
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by ssm2438 | 2009-06-09 07:37
2009年 06月 09日

続・猿の惑星(1970) ☆☆

f0009381_1173020.jpg監督:テッド・ポスト
脚本:ポール・デーン
撮影:ミルトン・クラスナー
音楽:レナード・ローゼンマン

出演
ジェームズ・フランシスカス (ジョン・ブレント)
キム・ハンター (ジーラ)
モーリス・エヴァンス (ザイアス)
リンダ・ハリソン (ノヴァ)

        *        *        *

センセイショナルな大ヒットをかましてくれた『猿の惑星』の続編。というか、主役のチャールトン・ヘストンがメインで出ないので、その代わりも別の主人公をたてて、一作目の後半部を完結させる方向性で修正した感じ。『ロッキー2』的なつくりになってしまいましたな。
1作目の原作者のピエール・ブールは第二次世界大戦時に日本軍の捕虜になり、タイに設けられた捕虜収容所におけるの虐待された体験を基にしている。下等とおもわれる種族に支配されうことへの知的な屈辱感が一作目のポイントだったが、この2作目はアクション映画になってしまい、一つの重要なエッセンスがなくなってしまった。

<あらすじ>
猿の町から逃げ出したアメリカの宇宙飛行士テイラー(チャールトン・ヘストン)とノバ(リンダ・ハリソン)は禁断地帯で自由の女神像を発見し、その惑星が実は原爆戦で滅亡した地球であったことを知って愕然とした。その後、なおも禁断地帯を進んで行った2人は、やがて不可思議な天変地異の現象に会い、テイラーの姿は突然消えてしまった。1人になったノバは、たった1人の理解者である猿の町のジーラ博士(キム・ハンター)とその夫コーネリアス(デイヴィッド・ワトソン)のもとに向かう途中、テイラーたちの救出にやってきた宇宙飛行士の生き残りブレント(ジェームズ・フランシスカス)に出会あう。
猿の街では、科学大医ザイウス博士(ジェームズ・グレゴリー)たちと対立していた、アーサス将軍(モーリス・エヴァンス)が、禁断地帯に生息していると思われるミュータントの征服を主張していた。
禁断地帯で、ブレントとノバは原爆戦で埋没したニューヨークの街を発見した。なおも奥に進んでいった2人は、放射能作用の突然変異で生まれた地下人間たちに会った。テレパシーで相手の意志を自由に動かし、眩惑する力をもっていた彼らは、最終爆弾であるコバルト爆弾を祭壇に安置しあがめていた。ブレントとノバは、その牢獄でテイラーに出会った。その時、アーサス将軍の率いる猿の兵隊たちが、地下人間たちを襲ってきた。この争いの最中ノバを殺されたテイラーは、悲しみの中で最後の決意をした。彼はブレントとともに死を賭して、最終爆弾のスイッチを押した。地球はついに最後の日をむかえた。

by ssm2438 | 2009-06-09 06:54
2009年 06月 09日

新・猿の惑星(1971) ☆☆☆

f0009381_144419.jpg監督:ドン・テイラー
脚本:ポール・デーン
撮影:ジョセフ・バイロック
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演
キム・ハンター (ジーラ)
ロディ・マクドウォール (コーネリアス)
ウィリアム・ウィンダム (大統領)
リカルド・モンタルバン (アルマンド)
ブラッドフォード・ディルマン (ルイス・ディクソン博士)
ナタリー・トランディス (テファニー・ブラントン博士)

        *        *        *

低予算ながらこれは面白かった。今度は猿たちが、こちらの世界にやってくる話。前作で地球が崩壊し物が立ちは完結かとおもわれたところからの力技、ジョン・ブレントたちが乗っていった宇宙船でジーラら3人の猿は脱出し、たどり着いたのは1973年の地球。最初は猿を好意的に受け入れた米国社会だったが、地球の未来が「猿による人間の支配」であることが判明し、動揺が広がる。それは見る人も一緒にでなにを肯定していいのかだんだんと頭が麻痺してくる。この時点でしゃべる猿らをきちんと抹殺してれば、のちの猿たちによる地球の支配は無かったのだから・・。それが判っていて、彼らを保護し、出産を手伝い、そしてしゃべる最初の猿が生まれる。彼がのちの支配者となるのだが、なんとも皮肉な話だ。

<あらすじ>
1973年、アメリカのカリフォルニア海岸から一キロ離れた海上に、国籍不明の宇宙ロケットが落下した。そのカプセルはアメリカの陸・海軍の手で収容されたが、中から現れたのは、三人の猿人コーネリアス(R・マクドウォール)、ジーラ(K・ハンター)の夫のマイロ(S・ミネオ)だった。彼等は軍基地に収容されたが、その後すぐに、ロサンゼルス動物園の付属病院に入れられた。そこで調査に当たった動物心理学者ディクソン博士(B・ディルマン)と女医ステファニー(N・トランディ)を善良な人であることを知った三人の猿人は、自分たちが、最終爆弾で滅亡する未来の地球からタイム・トラベルで逃れてきたことを語った。しかしその直後、マイロは隣の檻にいたゴリラに殺されてしまった。
大統領(W・ウィンダム)の命令で、猿人の査間委員会が開かれ、彼等の重大な発言が、委員たちに衝撃を与えた。猿人夫婦はアメリカ市民の友好的歓迎を受け、人間社会の文化を楽しんだ。しかし、大統領の科学顧問であるハスレイン博士(E・ブリーデン)は、ジーラに催眠療法をほどこし、彼女が未来社会で人間を虐待していた事実を知った。
そして、コーネリアスの過失で基地の人間が殺されたのをきっかけに、猿人の抹殺を大統領に訴えた。そのころジーラは子供を生んだ。だが軍は猿人親子を執拗に追っていた。廃船ドックに逃れた親子は、ハスレインの銃弾の犠牲となり、ディクソンがかけつけた時は、ハスレインともども、猿人親子の死体があった。しかし、本物の猿人の子孫第一号はひそかにサーカス団長の手に預けられていた。

by ssm2438 | 2009-06-09 05:19
2009年 06月 09日

猿の惑星・征服(1972) ☆☆

f0009381_22496.jpg監督:J・リー・トンプソン
脚本:ポール・デーン
撮影:ブルース・サーティース
音楽:トム・スコット

出演
ロディ・マクドウォール (シーザー)
ドン・マレー (ブレック知事)
リカルド・モンタルバン (アルマンド)
ナタリー・トランディ (リサ)
セヴァン・ダーデン (コルプ)

        *        *        *

もともと自虐的な物語だが、どんどんそれが進行する。黒人開放運動を猿にみたててドラマは展開。
舞台は前作から20年ちかく経過した1990年。コーネリアスの語ったとおり、疫病によりイヌ・ネコは死滅し、サルが第一位のペットとなっていた。メガロポリスの支配者たちは、猿を奴隷化して、重労働を押しつけていた。
・・しかしさすがにこうなってしまうと、どこに感情移入していいのかわからなくなり、へんに気持ち悪い。

カメラは『ダーティハリー』『ダーティハリー4』ブルース・サーティース。けっこう暗め。この人の画面は照明のない暗さなのであんまり見やすくない。暗さというのは明るさを強調するためのもので、暗いだけど良い画面とは言いがたい。

<あらすじ>
サーカス団のおくられたコーネリアとジーラの子・シーザー(ロディ・マクドウォール)は成人し、アーマンド(リカルド・モンタルバン)に可愛がられていた。人間に愛されて育ったシーザーは、アーマンドに初めて町に連れていかれ、猿たちがいじめられているところを目撃し、思わず大声をだしてしまった。アーマンドはシーザーを逃し、警察に出頭した。この事件はブレック知事(ドン・マレイ)と警察署長コルプ(セバーン・ダーデン)の耳に入り、彼はついに20年前、人語を話す猿の子を処刑の手から救ったことを白状させられた。彼は窓ガラスを破って逃げようとして命をおとした。
シーザーは、アーマンドの死を知ると直ちに立ち上がり、復讐を計画する。折しも猿たちの不満はつのるばかりだった。手始めとしてシーザーはブレック知事邸の奴隷としてはたらき時期の到来を秘かに待っていたが、彼が人語を話すチンパンジーの子ではないかと疑いを持たれるようになり、捕らえらてしまう。猿に理解を示すマクドナルド補佐官(ハリー・ローズ)に救われたシーザー、猿軍を組織し戦闘態勢に入った。やがてシーザーの指揮する猿軍は、あらゆる通信網を断ち切り、ブレック知事の本拠を急襲して彼を血祭りにあげた。戦端は開かれ、陣頭に立ったシーザーは部下を率いて都心に突入し、市民軍と対峙した。そして勝利は猿軍に輝いた。

by ssm2438 | 2009-06-09 04:45