西澤 晋 の 映画日記

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2009年 06月 09日

最後の猿の惑星(1973) ☆

f0009381_2261833.jpg監督:J・リー・トンプソン
脚本:ジョイス・フーパー・コリントン
    ジョン・ウィリアム・コリントン
撮影:リチャード・H・クライン
音楽:レナード・ローゼンマン

出演
ロディ・マクドウォール (シーザー)
ナタリー・トランディ (リサ)
セヴァン・ダーデン (コルプ)

        *        *        *

うむむむ、予算のなさがみえみえ・・。もはや三流着ぐるみ映画と化した。映画の規模も縮小され、そのエピソードだけで、全世界がそうだとは説得しづらい展開になってきている。
物語では、人類と猿類との戦争は核戦争に発展、ジーラとコーネリアスの記録から地球の未来を知ったシーザー達と穏健派の猿人間は人類との共存の道を選択するが、タカ派のゴリラの将軍・アルドーは人類を敵視する。そんななか、ミュータント化した人類が攻撃を仕掛け、曲がりなりにも共存していた人類はそれを理由に拘束される。
強引にハッピーエンドにつなげようとしてるが、その結果が『猿の惑星』の1作目なので、それを知ってるからどうしたってそれがハッピーエンドには感じない。

<あらすじ>
猿と人間の核戦争によって、両者は殆ど全滅したが、それでもほんの僅かの者が生き残り、新しい社会のありかたを模索していた。猿のリーダーはシーザー(ロディ・マクドウォール)で、妻リーサ(ナタリー・トランディ)、哲学者のバージル(ポール・ウィリアムス)とマクドナルド(オースティン・ストーカー)などの協力者がいた。マクドナルドは核戦争前に猿解放に力を尽くした黒人だった。
ある日シーザーは、宇宙船でカルフォルニアに不時着した時、両親が行なった記者会見のビデオテープが、核戦争で破壊された最寄りの都市の地下に眠っている事を知った。シーザーは、バージルとマクドナルドを連れ、破壊された都市の地下にもぐり、目的のテープを発見した。それによれば、地球はあと1000年もたてば猿が世界を滅ぼすという事であった。彼らはさらに、放射能におかされ、グロテスクな容貌をしたミュータントと化した人間がまだ生きている事を知った。
ミュータントは、残酷非情な警視総監だった男、コルプ(セヴァーン・ダーデン)をリーダーとし、猿の都を攻撃してきた。双方の間で激しい戦闘がくり返された。そのうち猿の都では、アルドー(クロード・エーキンス)を頭とするゴジラたちが反乱を起こした。シーザーたちはその後、ミュータントの執拗な攻撃とゴジラたちの反乱に悩まされ続けたが、英知をもって崇高なヒューマニズムの理念を説き、猿と人間が手をつなぐ共存共栄の道を提示していくのだった。

by ssm2438 | 2009-06-09 03:07
2009年 06月 08日

if もしも・・・(1968) ☆

f0009381_19151298.jpg監督:リンゼイ・アンダーソン
脚本:デヴィッド・シャーウィン
撮影:ミロスラフ・オンドリチェク

出演:マルコム・マクダウェル (ミック)

       *        *        *

ああ、クソ映画、クソ映画・・・、カンヌのパルム・ドール映画に当たり無し。

若かりし頃はなんでもかんでもキネマ旬報ベストテンの上位にはいってる映画はみてみようとハンティングになっていたころ、何処探してもないのでわざわざレーザーディスクを買ってみた映画。・・・・クソだった。

だいたいホモフレイバーなただよってきてるあたりでもう合わないなとはおもったけど、映画がすすめど全然面白くならない。クソ人間の憧れるような反権威・権力映画かな。確かに体制事態もえげつなく描写しているけど、その学校のルールをわかってて入学してそれで、好き放題やって懲罰をうけ、ぐれて乱射すか・・。思想に生産性がまったくない。大体反骨精神ってのは、確固たる目的ガって、それが何かによって妨げられている時に、それでも求め続けてはじめてかっこ良いもので、そういうもものがなくて、ただ好きなことが出来ないから反乱・・というのは人間的に低俗すぎる。こういう映画を見ていると胸糞がわるくなる。イギリス映画によくある<てめーら勝手に腐ってろ映画>のひとつだ。
1969年のカンヌの映画祭でパルム・ドールを取っている。クソ映画がグランプリを取る確立の異常に高いカンヌでの受賞だけに、やっぱり伝説は正しかった。

<あらすじ>
イギリスの伝統ある名門校。エリートを目指す男子ばかり学校だが、監督生と呼ばれる上級生のもと、下級生たちは食事を運んだり、ヒゲを刺ったりと、召使同様に奉仕を強要される。そんな環境でも反逆分子はいる。ミック(M・マクドウェル)と2人の仲間。そしてそこに学校随一の美少年フィリップ(R・ウェブスター)も加わった。
傍若無人に振舞う彼らの行為はついに三人組は監督生の怒りにふれ三人は、一人ずつ体育ジムに入れられ、ムチで尻を打たれる。中でもミックへのムチ刑は残酷だった。
ミックの提案で三人組は決起する。開校五百年の記念日で中庭には父兄や名士が集まっている。ミックとその仲間たちは狂ったように屋上から射ちまくる。

by ssm2438 | 2009-06-08 19:18
2009年 06月 08日

ウインズ(1992) ☆☆☆☆

f0009381_0323445.jpg監督:キャロル・バラード
脚本:ルディ・ワーリッツァー
撮影:ジョン・トール
音楽:ベイジル・ポールドゥリス

出演:マシュー・モディーン
    ジェニファー・グレイ

        *        *        *

『ワイルドブラック/少年の黒い馬』の監督キャロル・バラード、制作フランシス・フォード・コッポラのコンビが再び結成された作品。キャロル・バラードはとにかくすがすがしくてとてもいい。のちに『グース』もとっているが、これもすがすがしい。残念なのはこの作品に関してはキャレブ・デシャネルが撮影監督してないことだ・・ああ、残念。
しかし、ジョン・トールの画面がダメかといえばまったくそんなこともない。この人も撮れる人で、キラキラ透明感のある画面は彼にむいている。後にテレンス・マリック『シン・レッド・ライン』の美しすぎる画面を撮っている。

主演のふたり、マシュー・モディンジェニファー・グレイも実にさわやかでいやらしさがなくて良い。以前肉体関係にあった二人が別かれた後、それぞれに別の相手が出来ている状態でふたたび一緒になりレースに挑む姿勢がとてもいい。一度負けたアメリカズカップのクルーたちが再び再挑戦する話。技術面だけでなく恐ろしいほどのお金がいる。それをどうカバーするのかというとこも物語りにもりこまれているし、CGもテレビ放送の時のそれぞれの艇の位置をみせる画面だけで、風をきって滑ってるヨットは全部本物。今見ると貴重だ。たぶんもうこれだけの映画は撮れないだろう。

ただ、これはあくまでフィクションであって、素材的にはノンフィクションで作ってほしかった内容。
ずうっとアメリカズカップはアメリカが勝ってきていたのだけど、その年ははじめてアメリカが負けて、4年後の次の大会でリベンジした話は有名。ほんとの彼らの想いを考えると、こういう内容にそのエピソードが置き換えられるのはちょっと不本意かもしれない。

<あらすじ>
ウィル(マシュー・モディーン)とケイト(ジェニファー・グレイ)は幼い頃から何事にでも一緒に挑戦してきた人生最高のパートナーとお互いに認め合っている。ウィルは富豪のモーガン(クリフ・ロバートソン)にさそわれアメリカズカップのヨット・クルーに迎えられる。ケイトも練習艇のタクティシャンとして迎えるが、モーガンのクルーの幹部からケイトをヨットから下ろすように言われる。アメリカズカップの本番では、ウィルがタクティシャンを勤めることになっていたからだ。ケイトは去っていった。
数ヵ月後、アメリカ、ニューポートで行われたアメリカズカップでウィルが操舵するアメリカチームは歴史上初の敗戦となってしまった。それまでアメリカチームはこの大会で負けたことがなかったのだ。
半年後、ユタ州にあるハイザー(ステラン・スカースガード)の研究所にいるケイトのもとを訪れたウィルは、ケイトにアメリカズカップ再挑戦の話を始め、興味を持ったハイザーを交え、3人で新しいヨットの設計を始める。ウィルはモーガンの娘アビゲイル (レベッカ・ミラー)から資金の提供を受け、数々の困難を乗り越えながらクルーを集め、ついにヨットジェロニモ号を完成させた。オーストラリアのフリーマントル。再挑戦の時が来た。アメリカズカップは前回同様オーストラリア艇との争いとなり、ケイトの設計した新しいセイルと彼女の絶妙なテクニックにより風を完璧にとらえたジェロニモ号は、見事優勝を果たすのだった。

by ssm2438 | 2009-06-08 00:04
2009年 06月 06日

生きものの記録 (1955) ☆

f0009381_11204779.jpg監督:黒澤明
脚本:橋本忍
    小国英雄
    黒澤明
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄

出演:三船敏郎
    志村喬
    千秋実
    清水将夫

        *        *        *

原爆シンドローム3部作といえばイングマル・ベルイマン『冬の光』アンドレイ・タルコフスキー『サクリファイス』、そしてこの黒澤明『生きものの記録』だろう。個人の力では到底太刀打ちできない核兵器の恐怖に対しての姿勢を問うた映画である。
けっきょくこの問題に関しては、すべての人は、人の良心を信じるしかない。そしてほとんどの人はそれを信じることが可能である。しかし、それが可能でない人はどうするのか・・・? それを扱ったのがこの3本の映画。

ただこれを言い出したら道だって歩けなくなる。人間の理性がまけて誰かが核のボタンを押す確率と、道を歩いいて酔っ払いの車が自分に突っ込んでくる確立を比べたらどっちが高いか分りそうなものだ。核の恐怖だけを特別に取り上げることにそれほど意味があるのかと思うのだが・・。映画の基本コンセプトに疑問を感じる一作。まあ、これはフリードキン『BUG/バグ』みたいなものだ。こちらの映画では自分の体の中に小さい微生物がうじゃうじゃいると思い込んだ男の妄想が肥大化していく映画。見て「お前ら勝手に腐ってろ!」って思ってしまった。それと同じ感じ。

<あらすじ>
都内に鋳物工場を経営しかなりの財産を持つ中島喜一(三船敏郎)は、原水爆弾とその放射能に対して繊細なまでに恐怖心をもっている。地球上で安全な土地はもはや南米しかないとして近親者全員のブラジル移住を計画、全財産を抛ってもそれを断行しようとしていた。子供たちは、喜一を放置しておいたら、近親者全員の生活も破壊されるおそれがあるとして、家庭裁判所に申請、喜一の資産運用を制限する仮裁定を得た。しかしその後もブラジル行きの計画を実行していく喜一に慌てた息子たちは再申請し、喜一の計画は完全に挫折してしまった。極度の神経衰弱と疲労で喜一は衰弱していった。近親者の間では万一の場合を考えて、中島家の財産をめぐる暗闘が始まった。工場さえなければ皆も一緒にブラジルへ行ってくれると考えた喜一は、工場に火を放った。灰燼に帰した工場の焼け跡に立った彼の髪の毛は一晩の中に真白になっていた。数日後、精神病院に収容された喜一を原田が見舞いに行くと、彼は見ちがえるほど澄み切った明るい顔で鉄格子の病室に坐っていた。彼は地球を脱出して安全な病室に逃れたと思い込んでいるらしかった。

by ssm2438 | 2009-06-06 11:01 | 黒澤 明(1910)
2009年 06月 05日

影武者(1980) ☆☆☆

f0009381_2356869.jpg監督:黒澤明
製作総指揮:フランシス・F・コッポラ、
        ジョージ・ルーカス
脚本:黒澤明、井手雅人
撮影:斎藤孝雄、上田正治
美術:村木与四郎
音楽:池辺晋一郎

出演:仲代達矢、山崎努、萩原健一

        *        *        *

黒澤明のカラー作品のなかでは一番面白いと思う。黒澤作品は良くも悪くも<記号性>ということがポイントになるのだが、今回の『影武者』ではその記号性とドラマ性の融合が一番バランスよく出来上がっているように感じた。

<あらすじ>
武田軍は、三河の家康の砦、野田城を落城寸前まで追いこみながら、急に和議を結んで甲斐に帰えってしまう。武田の御大信玄(仲代達矢)が鉄砲で狙撃されて重態になってしまったのだ。信玄は「われ死すとも、三年は喪を秘し、領国の備えを固め、ゆめゆめ動くな」との遺言を残し世を去った。
信廉(山崎努)はかねてから、信玄と瓜二つの男を用意していた。その男(仲代達矢)は口のきき方も馬の御し方もしらない盗人だった。敵をあざむくためには、まず味方をあざむかねばならない。側近のものが胆を冷やすことも幾度となくあったが、“影”は次第に威厳のようなものをそなえるようになっていく。
すっかり影になりきった彼に不慮の事態が起ったのは、遺言の三年が過ぎようとする頃だった。信玄だけが御し得た荒馬「黒髪」からふり落とされたとき、川中島での刀傷がないのを側室たちに発見されてしまった。信玄の死は公表され、“影”はただの男に戻った。
天正三年春、勝頼(萩原健一)は武田の全軍を率いて長篠に向っていくその傍、あの“影”が身をかくしながらついてゆく。信長、家康の連合軍と武田軍との戦いの火ぶたが切られたが、鉄砲という新兵器に、伝統を誇る武田ははかなく崩れていく。戦いの中を、思いあまって叫びをあげてとびだしてしまう“影”、万雷のような銃声とともに彼は大地に倒れた。

by ssm2438 | 2009-06-05 23:35 | 黒澤 明(1910)
2009年 06月 05日

カリブ/愛欲の罠(1992) ☆

f0009381_7525172.jpg監督:ジョン・フリン
脚本:クレイグ・スミス
撮影:リック・ウェイト
音楽:ステファン・グラジアーノ/マキシ・プリースト

出演:
ロレイン・ブラッコ (マギー)
クリストファー・ウォーケン (ジャック・シャンクス)

       *        *        *

たまにはあるさ、ジョン・フリンの不発弾・・・。

ジョン・フリンは私の好きな監督さんなのだけど、この作品はたいだけなかった。

原題は『SCAM(詐欺)』、ドラマも詐欺師同士のだましあいのようなもの。とにかく感情移入できないまま、話だけが展開する。2転3転するストーリーで、話の展開を楽しみ人にはいいかもしれないが、個人的にはこねくっただけのストーリーを延々見せられるだけの映画なのでぜんぜん面白くない。
なんで感情移入できないかといったら、クリストファー・ウォーケンが怪しすぎる。どうみてもこの男信用できないとう感じ。ドラマのなかの登場人物に感情移入できるか出来ないかのポイントの一つは信用できるか出来ないかの問題だ。要するに「見ている人がそう思ったら、登場人物もそう行動してくれる」というのでなければ感情が離反していくのである。そんなわけでこの男が信用できないし、そんな男になんとなく惚れていくロレイン・ブラッコにもどこか共鳴できない部分が多大にあり、要するに感情移入できる人物がいないまま物語が進行していってしまうのだ。
感情移入できない状態で見させられる映画のつまらなさを再認識させられる映画だった。
なお、“H”シーンはまるでなし。タイトルにつられると肩透かしをくらう(苦笑)。

<あらすじ>
男を巧みに誘っては睡眠薬で眠らせ、金や所持品をいただくという犯罪を繰り返していたマギー(ロレイン・ブラッコ)だが、その夜の男・ジャック(クリストファー・ウォーケン)は全てを見抜いており、マギーの仕事は不発に終わった。「警察に通報するかわりに報酬1万ドルで俺の仕事を手伝え」と迫るジャック。マギーは、ある会社の警備ソフトをゴードンという男から盗むよう指示される。彼女はゴードンと接触、彼を眠らせ彼の部屋に入ったがソフトはなかった。とりあえず金目のものと大事にしまってあったスーツケースを盗んで逃走する。しかし彼女が盗んだスーツケースに入ったのはある犯罪組織の札束で、これからマネーロンダリングにまわされるはずのものだった。かくしてその金をめぐり、犯罪組織に追われながらも、こそ泥のマギーと詐欺師のジャックのどこまでホントなのか分らないやりとりが展開される。

最後はささやかなどんでん返しがあるが・・・それもどうなのか。だから何?といいたくなるようなあってもなくてもいいようなオチだった。

by ssm2438 | 2009-06-05 07:58
2009年 06月 04日

盗みのテクニック(1966) ☆

f0009381_349466.jpg監督:ニコラス・ジェスネール
脚本:ニコラス・ジェスネール
撮影:クロード・ルコント

出演:クロード・リッシュ
    エルザ・マルティネリ
    ピエール・ベルニエ
    ジーン・セバーグ

        *        *        *

ちょっと大人になったジーン・セバーグが見られる映画。
ジーン・セバーグといえば『悲しみよこんにちは』『勝手にしやがれ』が私のなかでは有名なのだが、もう一本みたことのあるのがこの映画。しかし、あまり面白いものではなかったことを覚えている。ただ、彼女のイメージはショートカットだったのだが、長い髪の彼女というのはなんか・・新鮮に思えた。
・・・でもほとんど忘れているので記憶をたどりながら、ネットであらすじを読みながら、ああ、そうだったかも・・って思い出しながら書いている。このブログを作ってて面白いのは、昔みたい映画を再確認できる時間なのだ。

結局彼女はメジャー作品としては『悲しみよこんにちは』と『勝手にしやがれ』だけであり、のちのちはなかずとばず。夫ではない男の子を堕胎したとかでも話題になり1978年に自殺。当時40歳だった。

<あらすじ>
ジュネーブの銀行で働いていたベルナール(C・リッチ)は小学校教師をしているジュリエット(E・マルチネリ)というチャーミングな恋人がいるが、稼ぎもたいしたことはなく、ロジェ(P・ベルニエ)と組んで、なにか大もうけをしたいと思っていた。計画を練っていたある日、ベルナールはベティナ(J・セバーグ)というたいへん魅力的な女性と知り合った。実は彼女は女盗賊、彼女の母は国際犯罪グループの首領マダム・ブランダンであった。
ベルナールは自分の計画をこのグループに一任し、そのあとで盗品を全部いただこうという計画とたてた。ターゲットはロジェのビリヤード屋の階下にある宝石店。
計画は実行され、ベルナールは計画通り、泥棒グループの裏をかいて宝石をせしめ、玉突き台のポケットにそれを隠した。宝石の隠された玉突き台をめぐってベルナールたちと泥棒グループの争いが展開。結局ベルナールの作戦が効を奏し、彼とロジェとジュリエットの三人が獲物を山分けすることになった。

当時ヨーロッパではよくはやった、盗みモノ・・・この頃の映画がモンキーパンチ『ルパン三世』の根幹にあるはずだ。

by ssm2438 | 2009-06-04 03:19
2009年 06月 03日

山猫は眠らない(1992) ☆☆

f0009381_2174243.jpg監督:ルイス・ロッサ
脚本:マイケル・フロスト・ベックナー
    クラッシュ・レイランド
撮影:ビル・バトラー
音楽:ゲイリー・チャン

出演:トム・ベレンジャー
    ビリー・ゼイン

        *        *        *

なんか・・・デブになったな、トム・ベレンジャー・・。『プラトーン』のころの彼にやってほしかったなあ。どうも、デブだと意思の弱さを感じる。特にスナイパーものみたいにストイックな作品的ではマイナス要因だ。
あと、リアルなもののくせに、発射した弾がみえるのはいただけないなあ。あれだとチープな香港映画にみえてしまう。見えないものは見せない! リアリズムの鉄則だ。

<あらすじ>
南米パナマ、コロンビア国境近くのジャングルで、極秘のうちに任務についている狙撃手のトーマス・ベケット上級曹長(トム・ベレンジャー)のもとへ、若きエリートスナイパーのリチャード・ミラー(ビリー・ゼイン)がやって来た。彼らのターゲットは、パナマの麻薬組織のボスオチョアと、その援助を得て政権を狙うアルバレス将軍。
翌朝装備に身を固めたベケットとミラーは、列車と徒歩でアルバレス将軍の農園を目指す。農園に侵入した2人はそれぞれ将軍とオチョアを同時に狙撃することになり、ヘリコプターから降りて来たオチョアをミラーは仕留めるが、敵と乱闘になっていたベケットは狙撃のチャンスを逃してしまう。銃弾の雨の中を脱出した2人だったが、暗くなったらもう一度農園へ向かうというベケットの言葉に、恐怖のあまり錯乱するミラー。そこへ武装ゲリラが現れ、ベケットが捕らえられてしまう。
ベケットは最後にひとつ残った弾丸を砂の中に落としていった。砂の中から弾丸を拾いあげ、闇にまぎれて再び農園に潜入し、アルバレスを射殺。そしてミラーは、無事ベケットを助け出し、農園から脱出するのだった。

物語はトム・ベレンジャーが若手スナイパーに極意を教えつつ、実行は若手スナイパーのほうがこなしていく展開。もうすこしトム・ベレンジャーの見せ場をつくってあげればよかったのにと思うのだが・・。スナイパーものとしては、もうすこし極度のストイックさがほしかった。

by ssm2438 | 2009-06-03 20:42
2009年 06月 03日

けものみち(1965) ☆☆

f0009381_6483661.jpg監督:須川栄三
原作:松本清張「けものみち」
脚本:白坂依志夫
    須川栄三
撮影:福沢康道
音楽:武満徹

出演:池内淳子
    池部良
    小沢栄太郎
    小林桂樹
    大塚道子

        *        *        *

もうなんどもあちらことらで映画化なりドラマ化された『けものみち』。正直なところ、映画だと細部まで描けないのであらすじをまとめただけになってしまう。松本清張の長編に関してはテレビのほうがあってるのかなって思った。個人的にはNHKでやったらジェームス三木脚本、名取裕子主演の『けものみち』のほうが良かったかな。しかし、あれはけっこうジェームス三木なりのアレンジを加えてて、まあ、それが良かったのだけど、オリジナルな展開ということでは映画晩のほうが正しいのだろう。

<あらすじ>
成沢民子(池内淳子)は、脳軟化症のために動けなくなった夫・成沢寛次を養うため、割烹旅館・芳仙閣で住み込みの女中をしていた。寛次は猜疑心を募らせ、民子が家に戻るたびに、いたぶるのだった。
芳仙閣に訪れたニュー・ローヤル・ホテルの支配人・小滝章二郎(池部良)は、民子に今の生活から抜け出ス手助けをすると申し出る。民子は小滝の誘いに乗り、失火に見せかけて夫を焼き殺す。そして、民子は弁護士・秦野重武によって、政財界の黒幕・鬼頭洪太の邸宅に連れて行かれ、鬼頭の愛人になる。民子は鬼頭の相手を勤める一方、小滝とも関係を持ち、鬼頭の後ろ盾を得て、奔放な生活を送るようになる。

そのころ、寛次の焼死事件を担当した刑事・久恒義夫(小林圭樹)は、事件に不審を抱いて独自に捜査をすすめ、民子が夫を焼き殺したという結論に達する。民子の美貌に魅せられた久恒は、自分が集めた証拠を民子にちらつかせ、民子にたびたび関係を迫ってしまう。
しかし、このことをネタに久恒は警察官を免職される。自分を免職にした上司の背後に鬼頭の姿を見た久恒は、自分が調べ上げた鬼頭の闇の部分を手紙にしたため、新聞社に持ち込むが、鬼頭の力を恐れる新聞社は久恒のネタをどこも採用しなかった。そしてある日溺死体として発見される。

その鬼頭も病気には勝てず死亡、通夜の鬼頭邸で秦野が殺害された。民子は今さらながら、自分の置かれた立場に恐怖を感じた。小滝を訪ねた民子は、ある安宿に逢瀬を楽しんだが、入浴中、不意に乱入した黒部の手で石油をかぶり火だるまとなって死んだ。だがその黒部も、浴室の戸を小滝に閉められ焼死する。


ちなみにNHKのジェームス三木版は、鬼頭が最後まで死なない。これがとってもよかった。
で、民子殺害を小滝に指示、小滝も民子を抱いた後、彼女を殺そうとするが・・・殺しきれない。二人は覚悟をきめて逃走する。二人をのせた車を尾行する車があらわれ、ついに数台の車に取り囲まれる二人。
・・・物語はそこで終わる。

こっちのほうがなんだか良かったな。。

by ssm2438 | 2009-06-03 06:22 | 松本清張(1909)
2009年 06月 02日

鬼が来た!(2000) ☆☆☆

f0009381_830873.jpg監督:チアン・ウェン
脚本:チアン・ウェン
    ユウ・フェンウェイ
    シー・チェンチュアン
    シュー・ピン
    リウ・シン
撮影:クー・チャンウェイ
音楽:リウ・シン
    リー・ハイイン
    ツイ・ジェン

出演:チアン・ウェン
    香川照之
    澤田謙也

        *        *        *

エネルギーのほとばしってた映画だった。

中国の映画だけど、戦時中の日本軍とその占領下の地域とのありかたを偏りなく描いてるときいて劇場に足をはこんだのだが・・・、たぶんこのあたりが正確な描写なのだろうなあって思った。前半、そこで描かれている日本軍は、横暴なことをするわけでもなく、それなりに社会に順応してる感じで、中国人もさほどの敵対感情をもっているようには描かれていない。
きわめて牧歌的に進む前半だが、それが一気に殺戮劇となる後半。
人間ってこういうもんなんだなあっていうのをまざまざと映像にしてくれた。

第2次大戦もうそろそろ終わろうかとしている、中国・華北のある村。ある、何者かがマー・ターサン(チアン・ウェン)に麻袋を2つ押しつけて、それを晦日まで預かるよう銃で脅して去っていった。そのなかには縛られた日本兵の花屋小三郎(香川照之)とその通訳のトン・ハンチェン(ユエン・ティン)が入れられていた。もし日本軍に見つかれば村人の命はない。マーは慌てて村の長老たちに相談するがどうしようもなく時間だけがすぎていく。日本兵の花屋は、囚われの身で生きるのは日本軍人の恥、早く殺せとわめきたてる。そんなことはどうでもいいマー。約束の時を過ぎてもその人物は姿を見せない。そんな突然の不条理な出来事からこの物語は始まる。
それから半年たち、仕方なく縛られて麻袋にいれられたままの花屋と通訳の中国人を世話するマー。当初は攻撃的だった花屋も村人たちに感謝を示すようになっていく。

ここまでは実に不条理な状況におかれた日本人や、中国人が、それでも人間性をもってコミュニケーションしていく。実にほほえましい展開なのだ。やがて花屋は自分たちを助けてくれたお礼に穀物を進呈するよう日本軍にかけあう。花屋の上官、酒塚隊長(澤田謙也)は、花屋を激しく叱責するものの、村人たちには要求以上の穀物を進呈。その夜、村人全員と日本兵たちが集まって宴会が開かれた。大いに沸く人々。

しかし・・・・ここからである、事態が急変するのは。
突然酒塚が村人に花屋の殺害を命じる。緊張が走る中、酔った村人の1人が酒塚に気安い口調で話し掛け、その姿に激怒した花屋は衝動的にその村人を殺害してしまう。それをきっかけに宴会は、一気に集団殺戮パーティと化す。やがて終戦。通訳トン・ハンチェンは処刑。そしてマーは、恨みから日本兵をオノで多数殺害したことを問題視され、花屋の手で斬首刑に処されるのだった。

まさに不条理モノ。なんでこうなるの???って感じ。しかしその根底には・・
異なった文化のもとで育った人間同士でも、穏やかにコミュニケーションをとれる能力もそなわっているにもかかわらず、突然それ(=鬼)はやってくるのです。そういう危険性をはらんだ生き物だということですね。それでもいいじゃないですか、お互いいがみあっても、鬼が来てない時は一緒でいられるのだから・・みたいな、そんな映画。最後首をきられたマーの顔がとても穏やかで、そのようなことを感じさせる映画となっているのでした。

by ssm2438 | 2009-06-02 07:54