西澤 晋 の 映画日記

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2009年 07月 07日

卒業白書(1983) ☆☆

f0009381_1081732.jpg監督:ポール・ブリックマン
脚本:ポール・ブリックマン
撮影:レイナルド・ヴィラロボス
    ブルース・サーティース
音楽:タンジェリン・ドリーム

出演:トム・クルーズ
    レベッカ・デモーネイ

        *        *        *

レベッカ・デモーネイがいい。親が出張中の家にきたゴージャズ美女、バックライトにレースのカーテンひらひら、そこにレベッカ・デモーネイの裸あり。すばらしい。当時、トム・クルーズが付き合っていたのかな? そのころのトム・クルーズなのでそれほど世間ではさわがなかったのだろうが・・、でもいい女と付き合ったものだと思ってしまった。
高級娼婦との恋愛といえば、私らの年代だとミムジー・ファーマーの『ポケットの愛』でしょう。あの頃のミムジーも良かった。なんで『ポケットの愛』DVDでてないんでしょう? 実はVHSも探したのだがもうどこにもないという・・残念。メーカーさん、だしてくださいよ。

物語は、羽目をはずしたら付けがまあって来た、さあどうするんだ??って話。切羽詰ったときに男の行動力といってもいいかも。基本コンセプトはジョン・ヒューズ『フェリスはある朝突然に』と同じかな。・・・ただ、『フェリスは・・・』はひとつの哲学があるんだよな。しかし、この映画は偶然の産物でそれを克服してしまう。その辺が『フェリスは・・・』よりもいまいち燃えないところだろう。そうはいっても『フェリス・・・』にはレベッカのオッパイは出てこない。

<あらすじ>
プリンソトン大学で経営学を学びたいシカゴの高校生ジョエル(トム・クルーズ)は、両親が休暇旅行に出ることになり、留守をまかされることになった。広い屋敷の中でロックをがんがんかけて酒を飲む。父親の大切にしているポルシェを乗り回す。そして弾みで電話してしまった娼婦の出前サービス。現われたのはラナ(レベッカ・デ・モーネイ)という娼婦。快感に酔いしれたジョエルだが、彼女が要求した金額は何と3000ドル。

仕方なしに、銀行に行き祖母からプレゼントされた国債を現金に換えて家に戻った。しかし彼女はいない。その代わりに母親の宝であるクリスタルの置物も消えていた。おまけに父のポルシェをミシガン湖に沈めてしまい車の修理費が6000ドル。途方に暮れるジョエル。「金持ちお坊ちゃんたちを集めて大乱痴気パーティーを開いたら」と提案するナラ。しぶしぶうなずいて催してみると、パーティーは大成功。ジョエルの家には続々と坊ちゃん達が集まって来た。そんな客と一緒にやって来たのが、彼が進学を望んでいるプリンストン大学の調査員。はじめは、バカ騒ぎに呆れた表情を見せるが、可愛い娼婦たちに歓待されてニコニコ顔に変貌。

その日の明け方、再びラナと悦楽を味わうジョエル。しかし、家に帰ってみると家の中の家具が全て盗まれていた。ラナのピンプの仕業だ。その日は両親が帰ってくる日だ。慌てた彼は、稼いだ8000ドルの金をすべてはたいてグイドから、家具を買い取った。両親が家に着くまでには何とか間にあわせた。そして例のパーティでご機嫌だったプリンストン大学の調査員はジョエルの入学を望んでいると連絡をよこすのであった。

by ssm2438 | 2009-07-07 09:20
2009年 07月 07日

タップス(1981) ☆☆

f0009381_985239.jpg監督:ハロルド・ベッカー
脚本:ダリル・ポニックサン
    ロバート・マーク・ケイメン
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:モーリス・ジャール

出演:ティモシー・ハットン
    トム・クルーズ
    ショーン・ペン

        *        *        *

もしかしたら、これ、トム・クルーズのデビュー作??
とても丸々としてて可愛らしかった(笑)。

この映画が公開される前の年のアカデミー賞『普通の人々』ロバート・レッドフォードの初監督作品。とっても良かった。そのなかで、アカデミー助演男優賞をとったのがこの映画で主演しているティモシー・ハットン。当時はとてもみずみずしくて、ナイーブで、なおかつ健やかに伸びそうな可能性を秘めていた。ちょうど『いまを生きる』イーサン・ホークみたいな雰囲気。そんな彼がちょっときになっていたので、この映画をかりてきて見たのが・・・・もう20年くらい前の話。

とにかくシチュエーションにびっくり。
舞台になるのが開校依頼150年という陸軍幼年士官学校。12歳で親もとを離れ、6年間の寄宿舎生活をし、厳しい規律の下で軍人としての学習と教練を教え込まれる学校。やがてここを卒業していったものが士官学校にはいることになるのだが、その下準備として子供のころから軍人としての生き方になじんでおくための施設というところか。そしていわば生徒会長というのが最年長学年から選ばれ、生徒の最高司令官となる。
この物語の主人公、ブライアン(ティモシー・ハットン)は、入学以来ずっと首席を通しいよいよ最高学年に進級し、全校の生徒指揮官となるはずだった。

しかし校長ハーラン・ベイシュ将軍(ジョージ・C・スコット)は、卒業式の訓辞で、ミリタリー・アカデミーなど現代では時代錯誤な存在だから、1年間の猶予を置いて閉校するという理事会の決定を発表。さらにその夜、ダンス・パーティで生徒たちと町の少年たちの喧嘩となり、とめようとしたベイシュ将軍の銃が暴発、1人の少年を殺傷してしまう。校長は警察に連行され、学校は即時閉鎖されることになった。
もろもろしい雰囲気の中、ブライアンは最高司令官にまつりあげられ、閉鎖撤回を実力でかちとろるそのリーダーとなってしまう。武器庫のマシンガン、M60銃、手榴弾を手に篭城を始める150余名の生徒たち。その中にはいつもブライアンをささえる心の友アレックス(ショーン・ペン)や、実行力では右に出るものはいないデイビッド(トム・クルーズ)らがいた。

門の後方にバリケードをはった彼らは、子供とはいえ、武装した集団である。州軍が周囲をかこみ、指揮官カービー大佐(ロニー・コックス)が説得にあたるが、生徒たちの意思は固かった。それでも校内の水道と電気が切られた。疲労と心労がたまり挫折する生徒も出てくる。12歳の子供が事故のために死亡。伝統を引き継ぐことか、それとも子供たちの未来か、ブライアンの心は揺れた。幼い生徒たちは家に帰した。外では州軍ついにバリケードを突破するために戦車までくりだしてきた。まさに一触即発の状況だ。ブライアンは子供たちの未来の為に伝統を捨てることを決意する。だがデイビッドが狂ったようにマシンガンを発射。州軍も応戦。とめようとしたブライアンもデビッドも撃たれて死亡してしまう。ブライアンの亡骸を抱きかかえて校門に向うアレックス、涙が頬をつたっていた。

by ssm2438 | 2009-07-07 08:33
2009年 07月 07日

マイノリティ・リポート(2002) ☆☆

f0009381_7133131.jpg監督:スティーヴン・スピルバーグ
原作:フィリップ・K・ディック
脚本:ジョン・コーエン
    スコット・フランク
撮影:ヤヌス・カミンスキー
音楽:ジョン・ウィリアムズ

出演:トム・クルーズ
    コリン・ファレル
    サマンサ・モートン
    マックス・フォン・シドー
    ロイス・スミス

        *        *        *

原作は『ブレ-ド・ランナー』(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」)や『トータル・リコール』(「追憶売ります」)のフィリップ・K・ディック。ハードボイルド系にふれそうな小説なんだけど、どことなく漫画チックな要素がつねにはいってくる。それが映画化するにはちょっと厄介なところなのかなと思ってしまう。その点『ブレードランナー』は見事な映画化、『トータル・リコール』はちと失敗したようなきがする。
この『マイノリティ・レポート』という映画も、ちょっと漫画チックなご都合主義があって、もうちょっとなにかを削ぐおとせなかったのかなって気がした。
本音を言えば「予知夢」を切ってほしいのだけど。あれがご都合主義のみなもので、あれなしで物語が構築できればよかったのだけどなあ。「予知夢」ってその特別な丸棒君3名限定の能力で、そういう人がのちのちあら確実にあらわれる、あるいは溶媒しているという状況なら社会がそれに未来を預けてもいい体制になるかと思うのだけど、どうも、この話の限りではその人の世代だけ・・、彼らが死んだら終わり・・って気が売る。そしたら次の世代はどうするの???ってことになる。どうもそのいい加減サを背負っての物語なので、サイエンス・フィクションというよりもサイエンス・ファンタジーにいれてしまう。

それともうひとつ、事件が予知夢によって妨げられている世界っていい世界なのだろうか?
もしそんなシステムがあっても、未私はこのシステムは採用しないと思う。やっぱり事件は起こって、それをパニッシュメントされる報道がなされて、そえを見て子供たちは何をすべきか、何をすべきでないのかを徐々に学んでいくのであって、パニッシュメントされるものが情報としてインプットされない子供の心って正しくそだたないんじゃないかと思うのだけど・・・。
ま、これは私の戯言ですけど・・・。

それでも、未来の情報管理システムなんかはすっごく魅せてくれた。
そのへんはスピルバーグ、さすがでした。

<あらすじ>
西暦2054年のワシントンD.C. 社会は殺人予知システムのおかげで、殺人事件がおこる前に防がれるという画期的システムを構築していた。そのシステムとは、プリコグと呼ばれる予知能力者3人が予知夢を提供し、3人が3人とも「その人が殺人をおかす」というビジョンを提示すれば、その人を殺人を起こす前に逮捕するというシステムだ。
ところが犯罪予防局の犯罪取締チームの主任、ジョン・アンダートン(トム・クルーズ)が、システムにより殺人事件の第一容疑者に挙げられてしまう。彼は自分が事件を起こすことになる36時間後までに、真実を暴かねばならなくなった。彼は、殺人予知システムを考案したアイリス・ハイネマン博士(ロイス・スミス)をたずねる。博士が言うに、予知能力者3人のビジョンが一致しない時、少数報告の方は棄却されてしまうのだ。つまり無実であるのに犯罪者として扱われてしまうこともごくごくまれにあるという。やがて真の犯人が、アンダートンの父親的存在である局長ラマー・バージェス(マックス・フォン・シドー)だと判明する。

by ssm2438 | 2009-07-07 06:31 | S・スピルバーグ(1946)
2009年 07月 07日

迷宮のレンブラント(1997) ☆☆☆☆

f0009381_081077.jpg監督:ジョン・バダム
脚本:ジョーダン・カッツ
撮影:デニス・クロッサン
音楽:ジョン・オットマン

出演:ジェイソン・パトリック
    イレーヌ・ジャコブ
    ロッド・スタイガー

     ×     ×     ×

前回に引き続いて敷き居の低いおもしろ映画シリーズの第2弾! 今回は職人監督ジョン・バダム『迷宮のレンブラント』。 ジョン・バダムといえば知る人ぞ知るスーパー職人監督、とにかくプロフェッショナルなネタ、専門分野のネタをとっても分かりやすく、なおかつ観ている物に楽しめるように作る事にかけてはほんと天才。必要以上に重くなく、見易い程度にシリアスに、楽しく、面 白く、いろんなネタを映画にしてしまいます。 今回は絵画の雁作画家の話。

ジェイソン・パトリック演じるハリ-は親子ニ代の雁作画家であるが、彼の父(ロッドスタイガー)はもう歳でおいさきながくなさそう、そんな彼は息子のハリ-を雁作の世界にひきこんでしまったこと・・・。しかし息子のハリ-はその世界では超一流の画家としてその才能を発揮していた。そんなある日、報酬50万ドルでレンブラントを描かないか?とのオファーが入る。
始めて組む相手、それもレンブラント。ハリーは足が付きやすい巨匠の絵は避けていたのだ。が、オヤジに楽をさせたいと思う一念もありその法外な報酬も魅力的、受ける事にした。 アムステルダムにとんだハリーはレンブラントの過去の作品群を調べはじめる。記録に残っているが、今は紛失したといわれる作品はないか?調べてる間に美術鑑定士のマリエケ(イレーヌ・ジャコブ)となりゆきで“H”なんかもしてしまう。つかわれてない屋根裏のアトリエを借り、部屋を掃除し、 レンブラントの時代につかわれていた絵の具の暢達。鉛のホワイトがない、鉛の金属像をあつめてそれを酸化させ、そこからホワイトのインクをつくり出す。 カンバスには、父の写真。目だけは父の瞳を描き込むことにした。 描く描く描く!! もうここの描写 は迫力あって気持ちいいんだ。 画家魂がもえる瞬間。
私事ではあるが、アニメーターもやっぱりすでにあるものを描くのが仕事、 そのすでにある物をどう描いたら本物っぽくみせられるか、それが総べて。 どっかねえ、共感するものがあるんですね。

※このあとはサスペンスものの流れになっていきます。
出来上がったレンブラントの絵、署名ナシ。 そして依頼人が集めた鑑定士たちはそれをレンブラントだと言い切った。しかし、それはレンブラント過ぎた。 依頼人たちは、それをアジアの富豪に売り付けようとしていたのだが、あまりにレンブラントだったために、オークションにかけてもっと法外な値段で売ってしまおうと画策しはじめる。そしてアムステルダム、レンブラント専門の鑑定士数人のまえに出されたその絵、彼等も言い切った、ただひとり、マリエケを除いては。「この絵は、レンブラントにしては洗練されすぎている・・・」。
彼等が帰ったあと、「ただ1人でも見破る物がいる以上表にはだせない」と言うハリーはその絵を売らないことにするが、すでに依頼人たちの間ではオークションへ出典する流れができている。こじれあう依頼人とハリ-、銃を持ち出して脅迫する依頼人たちからドタバタの末絵をとりもどし逃げ出したハリ-、一方依頼人たちは、いざこざから1人が殺されてしまう。バーで飲んでいると、警察がハリ-の所にやってきて「殺人容疑で逮捕する」といいい手錠をかけるがなんとか逃げ出すハリ-。途中であの鑑定士マリエケとばったりあい、彼女に手錠をかけふたりの逃亡劇が始る。
いろいろあって、その間に二人もけっこう仲良くなったりするわけですが、 結局の所、つかまってしまうハリ-、 裁判になり「その絵は自分が描いた物だから盗みではない」と主張するが、 裁判所が用意した鑑定人たちは、その絵はレンブラントのものだと主張する。 残された手段はたたひとつ、 法廷でハリ-が自らその絵をもう一度描き上げるしかない。 関係者一同が見つめるなか、法廷に用意されたカンバス、それに向かってハリ-が筆をとる。 さて結末は・・・・。

個人的にはサスペンスものの流れなんかどうでもいいんで、 もっと、もっと絵をかくところを見せてほしいとおもいましたね。 とにかく前半1/3のレンブラントを描き上げるところのノリが素晴らしい。 そこだけでもこの映画の見る価値があります。 トータルしたらうむむ~~~、[☆☆☆/5点満点]くらいの映画だとはおもうんですけど、 その前半の絵を描くシーンの燃えるノリで、ついつい自分にとって忘れられない一作になってしまった『迷宮のレンブラント』でした。

by ssm2438 | 2009-07-07 01:10 | ジョン・バダム(1939)
2009年 07月 04日

オー!(1968) ☆☆

f0009381_2123763.jpg監督:ロベール・アンリコ
脚本:ピエール・ペルグリ
    リュシエンヌ・アモン
撮影:ジャン・ボフェティ
音楽:フランソワ・ド・ルーベ

出演:ジャン=ポール・ベルモンド
    ジョアンナ・シムカス

     *     *     *

『ゴルゴ13』のあと『コブラ』を2本だけやることになり、そのイメージ構築のためにジャン=ポール・ベルモンドの映画を何本かアマゾンから取り寄せた。ジャック・ドレー『パリ警視J』☆、ジョルジュ・ロートネル『警部』☆☆、フランソワ・トリュフォー『暗くなるまでこの恋を』☆、そしてロベール・アンリコ『オー!』。・・・どれも期待をしていたわけではなかったのだが、この『オー!』だけは意外と良かった。さすがロベール・アンリコ。

一番『コブラ』ムードがでてたのは『警部』。これはまあ良かったかな。いつのくだけた感じのジャン=ポール・ベルモンド。まるでゼロ戦パイロットのようなキャップとゴーグルをかけ、寒い冬道路を真っ白なマフラーなびかせながらスーパーセブンを駆る男。猫毛でぼてっとした鼻、愛嬌のあるたれ眼、そしていつもタバコか葉巻を咥えている。そしてジャンパーの下には6インチのパイソンを持っている。どうみてもコブラのイメージベースである(あくまで私が勝手にそう思ってるだけで、寺沢武一に聞いたわけではない)。そんなジャン=ポール・ベルモンドが麻薬組織の悪党どもをユーモアを交えながら痛快にやっつけていくという、けっこう安心してみられる映画。

しかし、映画的に一番おもしろかったのはロベール・アンリコの『オー!』。映画が始まって数カットみただけで、“ああ、この映画いいかも”と思わせるアンリコの情緒性。ほとんどのフランス映画の監督さんだと日本人はちょっととっつきにくい感を覚えるものだが、ロベール・アンリコだけは実に日本人になじみ易い感性があるのだ。それはあの<青春のほろにがさ>かもしれない。アラン・ドロン、リノ、バンチュラ、そしてジョアンナ・シムカス『冒険者たち』☆☆☆、ジョアンナ・シムカスの『若草の萌える頃』☆☆☆など、この青春のほろ苦さがあるんだよね。
例外にもれずこの『オー!』もそう。ほかのジャン=ポール・ベルモンドの作品みるとリラクタントなヒーロー像の主人公なのだが(それはこの映画にもいえることかもしれないが)、きちんと余裕がないところは余裕がない。これが他の『パリ警視J』や『警部』の主人公だとあきらかに空想的ヒーローなのでどうしても日本のアニメにありがちな余裕ぶっこき演技になってしまってつまらない。しかし、この『オー!』に関して言えば、誰もが理解できる悔しさをもっているからなじみ易い。<青春のほろにがさ>=<悔しさ>なんだろうな。多分ロベール・アンリコがいいのはきちんと<悔しさ>を描いてくれるからなのだろう。

オーというのはこの物語の主人公の通称。元レーサーで、今ではしがないチンピラ強盗、それも運転役専門でほとんどあごで使われている。そんな彼だが一人になると鏡をみて銃を構えてみたりして、かっこつけ男をを演じきれないくやしさをさりげない開放しいたりする。このへんの青二才ぶりがとってもいいんだ。
そんなオーがちょっと背伸びして付き合っているのがモデルのジョアンナ・シムカス。はじめは彼の素性はしないのだが、警察に捕まってから新聞に出てしまい彼女も知ってしまう。
脱獄したオーは徐々に力をつけていくのだが、結局は同業者にねらわれる羽目になり、ジョンナ・シムカスを呼び出してなんとか逃走しようとするが、彼女もはかなく殺され、銃撃戦の適役を撃退することはできるのだが、警察に逮捕されてしまう・・。

この映画はかっこつけたいと思う青二才の悔しさが詰まってる感性豊かな青春映画なのだ。

by ssm2438 | 2009-07-04 01:16 | ロベール・アンリコ(1931)
2009年 07月 02日

氷の微笑(1992) ☆☆

f0009381_1240286.jpg監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:ジョー・エスターハス
撮影:ヤン・デ・ボン
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演
マイケル・ダグラス (ニック・カラン刑事)
シャロン・ストーン (キャサリン・トラメル)
ジョージ・ズンザ (ガス・モラン)
ジーン・トリプルホーン (ベス・ガーナー)

        *        *        *

シャロン・ストーン
のノーパンの股間がみえるというだけで、やたらとブームになった映画。何でも、そのシーンの彼女はノーパンだということだけど、普通に撮影しているとどうしてもカメラの奥にパンティが見えてしまうということで、ポール・ヴァーホーヴェンがシャロン・ストーンにパンティを脱いでくれと頼んだとか。で、直接見えていてもあとでシェイド(影)をいれて隠すから・・ということだったので、彼女もOKして撮らせたらそのまま流されてしまった・・ということらしい。

この映画の一番の特徴は、犯人はこれだ!と限定しないまま物語を終わらせてしまっているところ。あとは見ている人が考えなさいってことだけど、話をこねくっているあまりに、誰が犯人だが特定できなくなってしまっている(苦笑)。なので納得しようとおもったら、「ああ、作る側がこうしたかったんだね」ってことを理解しながら見てあげないといけない映画・・。
監督はポール・ヴァーホーヴェン。この前に『トータル・リコール』を撮っているが、個人的にはへたっぴな監督さんの一人にはいっている。悪趣味なげろげろシーンは、一部の人にはうけるかもしれないが、才能ない人はそこでしか魅せられない典型例。カメラもヤン・デ・ボン。オランダ組みの二人だが、こちらもあざとい赤/青ネオン光つかいすぎる。ようするに、下手な人が自己主張するにはそれしかないような演出であり、撮影になっているのだ。
本物の演出家というのは、誰もが「これはいい」とわかるようなところでは仕事をしないものだ。なぜだかわからないけど「これはいい」と思わせてしまう技術力を持っている人こそが本物の演出家。このふたりにはそれがまったく感じられない。


この映画は冒頭ロックスターの〇〇とエッチしているキャサリン(シャロン・ストーン)ではじまるのだが、馬乗り状態でエッチしてる彼女は男の手をベットに縛り付けて、どうするのかと思えばアイスピックでめった刺しにしてしまう。動機は不明。

これがキャサリンなら、物語の犯人はキャサリンであるということになる。物語が進行するにしたがっていろいろ殺人事件がおきるのだが、これらも彼女の仕業だろう。しかし最後は、それを持ち前の人をマニピュレイトする力で、人の弱さにつけこみ、自分の美貌を使い、嫉妬心をあおり、結局ジーン・トリプルホーンを犯人に仕立て上げてしまう。
・・・これがもっとも、作り手側にやさしい見方だと思う。


しかし・・・、キャサリンの行動様式=人をマニピュレイトする・・というの設定を考えると、「出来るならすべての殺人を自分の手以外でやっててほしい」と見ている人は願ってしまうわけだ。今度はそれぞれの殺人が、誰かをマニピュレイトして殺させることが可能かどうか考えてみる。・・が、結論からいうとそこまでは練られてないようだ。もしそれを狙ったものだとすると、こいつは犯人ではない!っていう決定的な証拠をドラマのなかに提示しておかないといけないのだけど、残念ながらそれはない。ただ、最初の殺人がキャサリンには動機が不明なので、これもなぞが残るところ。。。

・・・つまり、「この映画は不完全なシナリオから作られている」ということを理解しておかないといけないサスペンスなのだ。これは、まるで魏志倭人伝にかかれている邪馬台国の場所をさがすようなもの。その記述の信憑性が乏し過ぎるのである。
このお話をみて犯人を自身を持って特定でき人がいたら、よっぽど本作の内容を理解してない人にちがいない。ただ、誰を実行犯にしても、おそらくはキャサリンがマニピュレイトしてそうさせているのであって、やっぱりキャサリンが犯人だと考えるのが作り手にたいして良心的な見方だと思う。

by ssm2438 | 2009-07-02 12:37
2009年 07月 02日

氷の微笑2(2006) ☆☆

f0009381_1544269.jpg監督:マイケル・ケイトン=ジョーンズ
脚本:レオラ・バリッシュ、ヘンリー・ビーン
撮影:ギュラ・パドス
音楽:ジョン・マーフィ
テーマ曲:ジェリー・ゴールドスミス

出演
シャロン・ストーン (キャサリン・トラメル)
デヴィッド・モリッシー (マイケル・グラス)
シャーロット・ランプリング (ミレーナ・ガードッシュ)
デヴィッド・シューリス (ロイ・ウォッシュバーン刑事)

        *        *        *

なんでこれがラジー賞ワースト作品賞受賞だったんでしょう?? すごくしっかり出来てます。

ただ、露出はすこし抑えられてたかな。なのでそれ見たさで見る人は(というか、私もふくめて、それ見たさで見る人しかいないと思うけど)「おい、いつになったらシャロンは脱ぐんだ」って思うでしょうね。一応後半はサービスしてましたけど、前半はほとんど脱いでない。おまけに胸はインプラントしてるので、あまりみても勘当はない。たるみ始めた体を頑張って絞って、胸だけインプラントで大きくしたという感じ。筋肉がほそくなっているので、前回のようなはつらつ感はない。ただ、全体からかもし出す雰囲気はとっても良いです。

撮影は前回のヤン・デ・ボンにかわってギュラ・パドス。これよかった。ヤン・デ・ボンがやると人工的な赤と青のネオン光飛ばしまくりで、あざとさがきわだち、チープ感も出すぎてしまってたが、今回のギュラ・パドスは作為的な部分をかなり押さえて作為的に撮ってるので、映像的には私の好みかな。
シナリオも極めてよくねられてます。ま、こういうトリッキーなお話なのである程度のご都合はやむ終えないけど、誰かをマニピュレイトして犯人にしたてる・・という主人公の行動様式はしっかり描けてる。全体的にみると、映画のレベル(シナリオ、演出、撮影)は前回よりもやや上。ただ役者の惹きの強さとシャロンの裸は明らかにレベルダウン。

<あらすじ>
今度の舞台はロンドン。小説家キャサリン・トラメル(シャロン・ストーン)が交通事故を起こし、同乗していた男が死亡した。その男から薬物が検出されたことに不信感をもった捜査を担当したウォッシュバーン刑事(デヴィッド・シューリス)は、犯罪心理学者で精神科医のマイケル・グラス博士(デヴィド・モリッシー)に彼女の精神鑑定依頼する。
法廷に立ったマイケルは、キャサリンは「リスク愛好者」で、他人を危険に巻き込むおそれがあり、放免することは望ましくないと証言。そんなマイケルには思い出したくない過去があった。かつて彼が精神鑑定を担当し問題ないと判断した男が、その後恋人を殺害した事件があり、彼の精神鑑定の信憑性が疑われかねない可能性をもっていた。
その事件をひそかに調べていたのがタブロイド記者のアダム(ヒュー・ダンシー)だった。そして彼は、マイケルの離婚した妻デニス(インディラ・ヴァルマ)の浮気相手でもあり、マイケルは顔もあわせたくない人物のひとりだった。
結局キャサリンが釈放された。その彼女はマイケルの診療室を訪れ、今度は危険に耽溺する性向を治療してほしいと言い出した。マイケルは一度は拒むものの、彼女に次第に魅了され、彼女の申し出をうけることになる。

そして第一の殺人が起きる。タブロイド記者のアダムが殺された。次にマイケルの元妻デニス。次にチンピラ。これらはすべてキャサリンの仕業だった。しかしキャサリンは、こられをすべてマイケルの仕業にみせかけるための偽装工作をしていた。すべての罪をかぶらされたマイケルは、はずみでウォッシュバーン刑事まで撃ち殺すことになり、警察に捕まり、精神病院へおくられる。そんなマイケルのもとに、「あなたのおかげでいい本ができたわ」と一筆いれた新書をもってあらわれるキャサリンだった。

by ssm2438 | 2009-07-02 06:13
2009年 07月 01日

未来世紀ブラジル(1985) ☆

f0009381_23452280.jpg監督:テリー・ギリアム
脚本:テリー・ギリアム
トム・ストッパード
チャールズ・マッケオン
撮影:ロジャー・プラット
音楽:マイケル・ケイメン

出演:ジョナサン・プライス、キム・グライスト

        *        *        *

いやああああ、つまらんかった。これがいいという奴の気が知れない。きっとホモだ! 私がこれだけ嫌いなのだからこのテリー・ギリアムもきっとホモ監督なのだ。この生産性のない物語と、ひたすら風変わりなだけでの画面。生産性の無さ+ビザーラ+退廃的+オカルト的残忍さ=ホモの基本原則だ。

<あらすじ>
情報省の官吏がオフィスに現われた虫を追いかけ、はたき落された虫がタイプライターの上に落下。おかげで、タイプ中のテロの容疑者の名前がタトル(Tuttle)からバトル(Buttle)に変った。そのせいで無関係なバトル氏を無理やり連行されてしまう。それを一部始終見ていた上の階に住むトラック運転手のジルが抗議をするも、全く相手にされない。
一方、情報局に勤めるサムは、このミスをなんとかするために試行錯誤していた。そんなサムは、夢の中でナイトの格好をして、美女を助け出すというおかしな夢を見ていたが、情報省に抗議に来ていたジルがその美女にそっくりだということに気づく。サムはまた夢の中でサムライの怪物と戦い、美女を救う夢を見る。サムはジルの正体を知るために断っていた昇格を望むようになる。 ・・以下、くらだならい不条理が展開、画面の隅から隅まで見るべきものがなにもない映画。

by ssm2438 | 2009-07-01 23:27
2009年 07月 01日

バロン(1989) ☆

f0009381_7251070.jpg監督:テリー・ギリアム
脚本:チャールズ・マッケオン、テリー・ギリアム
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽:マイケル・ケイメン

出演:ジョン・ネヴィル、サラ・ポーリー

        *        *        *

なにを撮っても面白くないテリー・ギリアムのまったく面白くもクソもない映画。無駄にけばいだけのファンタジーで、本来どんなファンタジーでもそれなりの整合性もありそうだが、そんなものもない。ただのにぎやかし映画。くだらん。

<あらすじ>
18世紀、トルコ軍占領下にあり、戦火の広がる町にて或る旅劇団がミュンヒハウゼン男爵の冒険を題材にした演劇を上演する。そこへ突然本物のバロン・ミュンヒハウゼン男爵(ジョン・ネヴィル)が現れ、トルコ軍は自分を追っていると言う。しかし誰にも相手にされずバロンは落胆してしまった。それを見た劇団の少女サリー(サラ・ポーリー)や他の女達に励まされ、彼はトルコ軍を倒すという決意をする。

by ssm2438 | 2009-07-01 07:15
2009年 07月 01日

ペット・セメタリー(1989) ☆☆

f0009381_9404397.jpg監督:メアリー・ランバート
原作:スティーヴン・キング
脚本:スティーヴン・キング
撮影:ピーター・スタイン
音楽:エリオット・ゴールデンサール

出演
デイル・ミッドキフ (ルイス)
デニース・クロスビー (レイチェル)
フレッド・グウィン (ジャド)

        *        *        *

子供の頃、実家ではずっと猫を飼っていて、猫がいつもまわりにいる生活だったが、それでもやっぱり命あるものは死ぬ。悲しいものである。もし生き返るなら・・と思ったことが何度もあったが、きっとスティーブン・キングもそんな思いをしたことがあったのだろう。主題は“愛するが故に、呪いの力を借りてまでも死んだ子供を生き返らせようとしてしまう”という「人間の根源的な欲求」に置かれている。その意味では『スターウォーズ/エピソード3』と同じ問題をネタにしている。
ただ・・ビジュアル的にばっちい映画なのであまり好みではない。最後も実に後味がわるい。

アメリカでのシナリオは、第一・第二ターニングポイント方式がつかわれる。主人公がそのイベントに参加してしまうポイントが第一ターニングポイント。主人公がその問題を解決しないと、自分の世界が崩壊してしまう危機的状態が第二ターニングポイント
しかし、スティーブン・キングは日本古来の起承転結方式を使っている。なのでお話の展開が妙に御伽噺的で日本人にはなじみやいと思う。

   一つ魔法の力が作用した。うわ、面白い。
   じゃあもう一回やってみようか。うわ、面白い。
   じゃあ、もう一回。どあああああ、悪乗りしすぎた、ピーンチ!
   起死回生の最後の一発、おおおおおおお、物語が無事に終了

・・みたいなのりである。

<あらすじ>
メイン州の田舎町に家を購入した若い医者のルイス・クリード(デール・ミッドキフ)は、妻のレーチェル(デニーズ・クロスビー)と幼い娘のアイリーン、生後間もない息子のゲージ、アイリーンの愛猫チャーチルという典型的な「幸せな一家」であった。庭には細道があり、その昔、町の子供たちが造ったペット霊園がある裏山に続いている。
レーチェルが子供たちを連れて実家に帰省していたある日、猫が車に轢かれて死んでしまう。まだ身近な「死」を受け入れたことのない幼い娘にどうやって説明するか悩むルイスに、隣家のジャド・クランドルは、死んだペットが生き返るというペット・セメタリーの存在を教える。ルイスは詳しいことは聞かないまま、猫の死体をペットセメタリーに埋める。すると次の日、死んだはずの猫が家に帰ってきた。だがもどてきた猫は腐臭を発しヒョコヒョコ歩き、牙をむき、全く別なものになってしまっていた。
釈然としないまま過ごしていたある日、今度は最愛の息子ゲージがチャーチルと同じように轢死してしまう。例の墓地にゲイジを埋めようとするルイスにジャドは、呪われた人間となって生まれ変わる、と諭すが、レイチェルとエリーが実家に戻ったある夜、彼は息子をあの墓地に埋めた。異変を察したレイチェルは慌ててメイン州の自宅に向かう。やがて生き返ったゲイジは、父の鞄からメスを奪い、いたずらをする様にジャドを死に追いやった。そして家にたどりついた母の命をも奪うのだった。ついにルイスはゲイジの命を奪い、妻の死体をまたあの墓地に埋めようとしている。それは悲嘆のあまり狂ったようになってしまった男の姿だった。

不幸のドツボスパイラルである。

by ssm2438 | 2009-07-01 01:15