西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 27日

プリティ・リーグ(1992) ☆☆☆☆

f0009381_5152413.jpg監督:ペニー・マーシャル
脚本:ローウェル・ガンツ
    ババルー・マンデル
撮影:ミロスラフ・オンドリチェク
音楽:ハンス・ジマー

出演:
トム・ハンクス (監督:ジミー・ドゥーガン)
ジーナ・デイヴィス (ドティ/キャッチャー)
ロリ・ペティ (キット/ピッチャー)
マドンナ (メイ/センター)
ロージー・オドネル (ドリス/サード)
フレディ・シンプソン (エレン/ショート→ピッチャー)
ミーガン・カヴァナグ (マーラ/セカンド)
ベティ・シャーマン (エヴェリン/ライト)
ティア・レオーニ (ラシーヌの背番号3)

     *     *     *     *

この映画は、スペイン~フランス旅行から帰る飛行機の中でみたのですが、いや~~~~泣けた泣けた。まさかこの映画でぼろ泣きになるとはおもいませんでした。この映画は基本ラインが梶原一騎『巨人の星』なのです。『巨人の星』では父一徹を越える星飛雄馬の試練がその物語の根幹を成すものでしたが、この映画も姉のジーナ・デービスを越える妹のロリー・ぺティのドラマのように思えて、彼女が最後、ホームベースに突入していく(正確には3塁ベースを蹴る前あたりから)もうぼろ泣き状態でした。

これはもう私のひとつの泣きのツボなのですね。
「俺はもう飛べない、だからお前を俺を越えて行け」ってシチュエーションにはかならずぼろぼろきてしまいます。古くは『さよなら銀河鉄道999』の冒頭でパルチザンの親父さんが飛び立っていく999を見送るあたりとか、『グース』で父親のハンググライダーはもうとべなくなっているとき、「お前ひとりでもいけるはずだ」って娘を送り出すときとか・・。
もちろん彼らのほうが先にうまれて経験しているのだがら力をもってて当たり前なのだけど、そんな先輩たちも徐々に老化し弱体化していく。そんなときは自分が踏み台になって後につづくものをより多角ほおりなげてやる。越えられていくものの強さはそのまま、送り出すジャンプボードのスプリングの強さにもなる。
そんなことを思ってみてると、最後の妹の爆走といいましょうか、暴走といいましょうか、本塁突入、ジーナ・デービスと激突!ってのはもうそれだけで感動でした。

監督はペニー・マーシャル。トム・ハンクスの『ビッグ』の監督さんです。その後も『アルジャーノンに花束を』もどきの『レナードの朝』の監督をこなし、私の感性の中ではもっとも面白い映画をとる女性監督さんという印象。しかし残念ながら最近はあまり監督業をやってくれない様子・・。
・・あと、この人の映画のなかにはかならずダンスシーンが出てくる。ダンスはアメリカの文化なのでしょう。

それからトム・ハンクスは思いっきりばっちいまでに砕けてましたね(苦笑)。このくらいくだけてだらしない芝居ってのもこの人ならではだなあって思ってしまう。

あと・・このタイトルはなんか嫌だなあ。
当時英会話学校にいたとき、アメリカ人女性教師に「最近みたいい映画は?」ってきかれて「プリティリーグ」と答えてしまったが、すっごく嫌な思いがした。
原題は『ア・リーグ・オブ・デア・オウン』。客寄せエンタテーメントな理由で出来たかもしれない女子プロ野球だけど、彼女たちにとっては真剣に戦うべき場所・・という意味だと思う。
それを日本の映画会社は「プリティリーグってタイトルにしたなんて・・。確かに国内の販売はそれでいいかもしれないけど、アメリカ人女性に対して、この映画を「プリティリーグ」と表してしまったことはかなり恥ずかしかった。

<あらすじ>
第二次世界大戦真只中のアメリカ、プロ野球選手たちも次々と戦場へ駆り出され、大リーグの運営は危機を迎えていたころ女子プロ野球リーグを発足させる話がもちあがる。スカウトのひとはドティ・ヒンソン(ジーナ・デイヴィス)をドラフトしにきたのだが、彼女はいまいち乗り気でない。しかし妹のキット・ケラー(ロリー・ペティ)は行きたい様子。結局姉と一緒なら了解しようということで、ドティとキットはシカゴに向かう。
そこで選抜が行われ、64名が選ばれ4チームにわけられる。ドティとキットが配属されたのはロックフォード・ピーチズ。監督は元大リーグの強打者だがケガで引退、今は酒びたりのジミー・ドゥーガン(トム・ハンクス)。
そんな監督は全然やるきもなかく、ほとんどドティが代理監督っぽい役回り。それでもチームが勝っていくうちにだんだんと監督らしくなっていく。
何をやっても姉が上、野球では姉の判断が優先されることに対して劣等感を抱いていたキットはそんな自分を断ち切りたいと思いどうしても無理をしてしまう。あるとき投手交代をきっかけにドティとキットが喧嘩、トレードでキットはチームを変わることになる。キットにとってこの野球は姉越えのための大事な舞台なのだ。
やがてドティのチームとキットのチームが上位2チームになりプレーオフ。そしてキットによる暴走本塁突入で姉に体当たりすると、鉄壁の守りのはずだった姉のミットからボールがおちてセーフ、ゲームセット!

最後はほんとに熱血スポ根ものでした。
越えていく人というのは、先輩方が、あるいは先生方がどんなに冷静なことをいっても、自分がどんなに間違っているとわかっていても、強引に意地張って、牙をむいて、精一杯威嚇して、はたからみたらチキン野郎に見えても、もちろんそれを自分で分かっていても、反抗して成し遂げて、自身をつけていくしかないのです。

がんばれ、総ての越えていく者たち!!
そんな彼らもいつかは越えられていくのだけど、そのときは強靭なスプリングボードとして、次の世代の超えていくものたちを高く跳ね上げて上げて欲しいものだ。

by ssm2438 | 2009-08-27 05:16 | ペニー・マーシャル(1943)
2009年 08月 25日

ベイビー・イッツ・ユー(1983) ☆

f0009381_20471477.jpg監督:ジョン・セイルズ
脚本:ジョン・セイルズ
撮影:ミヒャエル・バルハウス

出演:ロザンナ・アークエット
    ヴィンセント・スパーノ
    マシュー・モディーン

        *        *        *

これを見た頃はロザナ・アークエットが好きでしたね。パーツパーツをみるとそれほど美人ではないのだけど、トータルするとなぜだか愛らしい顔になってしまうのだ。彼女を一番初めに見たのは『ロングウェイ・ホーム』、そのなかでティモシー・ハットンの奥さん役でした。それから『グレートブルー』で再会。このころのロザナ・アークエットはほんとに良かった。それからちょっともどってビデオで鑑賞したのがこの『ベイビー・イッツ・ユー』
しかし・・・映画はしっかりしてるけど、全然面白くなかった。お目当てのロザナ・アークエットの髪型もなんだか昔風でちょっと興ざめ。ドラマ自体は、今の時代だとちょっと考えづらいかもしれないくらいの階級の違いに、自分のあり方を悩んだ若者二人の恋愛ドラマ。トータルで考えると「まったく女という生き物は・・」って思う男性が多いと思う。

<あらすじ>
1966年のとあるハイスクール。ジル(ロザンナ・アークェット)は郊外に住むユダヤ系の金持ちのお嬢さん。美人で成績もよく、学校の演劇では主役に選ばれる模範生。そんな彼女が不良で評判のシーク(ヴィンセント・スパーノ)の強引なアプローチから付き合うことなっってしまう。

しかしジルにしてみれば、日々演劇部の練習やオーディションに励まなければならない。男とつきあったこともない。好きというのではなく、とりあえず恋愛というものを経験しておかなければならないという強迫観念から恋愛してるような感じ。そんな彼女でも、彼との時間は刺激的になっていく。しかし演劇部の顧問には「恋愛してる暇があったら、練習しなさい」と怒られ、シークの過激な行動にはついていけず、シークとの関係はとりあえず放置プレーにしてしまう。自分のこれからの人生を考えると、シークと結婚するよりも、大学に進んだ方が自分にとっていいはずだと結論づける。
これは正しい判断だと思う。少なくとも私はこのシークになんの魅力も感じないし、こんなのに現を抜かすジルのほうがおかしいとおもったりしたが・・。

大学生になったジルは大学生活に馴染ず、また自分の女優としての才能のなさを見せ付けられることになる。そんな彼女はシークのところへ出向き、自分の心をごまかすようにしてシークとセックスしてしまう。女が男とセックスするときは、心が弱くなってるときと相場は決まっている。あるいは打算があるときか・・。
でも、やっぱりシークと一緒にいても自分たちには未来がないわって思ってしまうのだろう。最後は「興味がないから」とシークに別れを告げる

なんか・・・・リアルなんだよね、この女の恋愛システムが・・・。
好きになる能力がないのに、一応それを経験しなければならないとう観念が先立ち、とりあえずやってみるが、やっぱりちがうみたい・・・って。
ああ、女は卑怯でずるい生き物で、男の恋愛は思い込みがすべてだって話。

正直全然おもしろくもなんともなかった。

by ssm2438 | 2009-08-25 19:48
2009年 08月 24日

夜叉(1985) ☆☆☆☆

f0009381_23465563.jpg監督:降旗康男
脚本:中村努
撮影:木村大作
音楽:佐藤允彦

出演:高倉健
    いしだあゆみ
    田中裕子
    ビートたけし
    田中邦衛

     *     *     *

ほんとはヤクザ映画とか、健さん映画というのはそれほど好きではなくって、さらにビートたけしが出てるし、そう、私はどうも生理的にビートたけしが嫌いなので、長い間敬遠してた映画だったのですが、たまたまテレビでちらっと見る機会あってみたら・・・・画面のよさにやられました。で、速攻DVD買ったのが何年か前の話。

<あらすじ>
修治(高倉健)は大阪ミナミでヤクザをやっていたが、冬子(いしだあゆみ)との結婚を記に足をあらい、今は若狭湾の小さな港町で漁師をやりながら暮らしていた。決断力や行動力があり人望がある修治だが、漁師仲間との温泉旅行などには顔をだそうとはしない。そんな町に蛍子(田中裕子)がやってきて飲み屋を始める。そしてその情夫の矢島(ビートたけし)がやってくると、にわかにざわつき始める。
矢島は薬をやっていた。そして少しずつ漁師仲間もすこしずつ薬をやるものが出てくる。
そんな薬を全部すててしまう蛍子、逆上して包丁をもって暴れまわる矢島は誰とめたのは修治だった。殴り倒して立ち去ろうとする修治に矢島は起き上がり包丁できりつける。背中のシャツがぱっくり割れるとそこには夜叉が彫られていた。
やがて矢島はまた姿を消し、客足のひいた飲み屋『蛍』はがらがら。そんな店に顔をだすのは修治くらいだった。子供が騒ぎ、婿として入っている漁師の家では見えないストレスがあったのだろう。蛍子との時間に安らぎをみいだしていく修治は蛍子を抱くことになる。
そんなある夜、矢島がこっそりもどってきた。薬の取引で多大な借金をつくり、金を返さないと殺されるという。有り金を矢島に渡す蛍子。それをもって去る矢島。その夜蛍子は修治のもとを訪れる。「矢島を殺させないで欲しい」と・・。
次の日大阪に向かう修治だが・・・。


ストーリーもいつもの健さんものっぽくなくけっこうぶれている。漁師の生活かヤクザの世界か? いしだあゆみなのか田中裕子か? いつもの記号的な健さんよりもすこしは人間っぽくっていい感じ。本作品で田中裕子をエッチにいたってしまう展開というのは実に男の感性がにじみでててとってもいいと思った。

しかし何よりこの映画がすごいのは木村大作の望遠の画面だろう。冬の海をばっくにした港町。小島と本土をを結ぶ橋。この橋がとてもいい味をだしている。奥行きの圧縮のない欠陥一点透視しかイメージできないアホなアニメーターたちにみせてやりたいものだ。
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by ssm2438 | 2009-08-24 23:57 | 木村大作(1939)
2009年 08月 23日

ぼくらの七日間戦争2(1991) ☆

f0009381_20274694.jpg監督:山崎博子
脚本:山崎博子/稲葉一広
脚色:石田芳子
撮影:鈴木耕一

出演:
具志堅ティナ (マリコ)
佐野史郎 (八代)
渋谷琴乃 (ひとみ)
柳志乃 (久美子)

       *        *        *

最悪。まったく見るとこなし。

ここまでひどいとどうしようもない。
ただのアトラクションムービーで、大人たちが攻めて来てからはまるでみるところなし。しかしこの映画で問題なのはそれ以前にもまるで見るべきところが無いこと。見せ場を最後のアトラクションどたばただと勘違いしてること自体が根本的な間違い。だいたいこの手のものは、そこに至るまでの子供達のやりとりが素敵なはずなのに、そこがありきたりでつまらない。最低の映画である。 総てのセンスが最悪である。

by ssm2438 | 2009-08-23 20:28
2009年 08月 23日

エクソシスト(1973) ☆☆☆☆☆

f0009381_1301058.jpg監督:ウィリアム・フリードキン
原作:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
脚本:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:マイク・オールドフィールド
    ジャック・ニッチェ

出演:エレン・バースティン
    ジェイソン・ミラー
    マックス・フォン・シドー
    リンダ・ブレア

        *        *        *

この映画はそんじょそこらのオカルト映画とはわけがちがう。リアリズムの巨匠ウィリアム・フリードキンがやったのだからそれはそれはすごいすごい。オカルト物をドキュメンタリータッチで撮れるひとは彼しかいない。しかし勘違いするなかれ。げろげろシーンがリアルなのではなく(むしろそこは今見るとかなりチープだ)、この物語をとりまく社会の描き方がリアルなのだ。

たとえばゴジラ映画をファンタジーとして撮るか、社会派パニック物として撮るかを考えてみよう。
もうこの社会にゴジラという静物がいるとみんなが信じている社会を撮ればファンタジー映画になる。しかし、そこに登場する人物が延々ゴジラという存在を決して信じてないように撮れば、それは社会派パニック映画になる。ゴジラが船を沈没させても「ええ、ゴジラ、そんな馬鹿な、高波に呑まれて沈んだんじゃないのか」ってゴジラの存在なしに解釈しようとする。テレビ画面にそれが見えたとしても「そんなのテレビ局がおあそびでCG合成したんだよ」って絶対に信じないスタンスを社会全体でとり、それが本当に現れたときどうしたらいいんだ???ってパニックになれば社会派パニックの出来上がり。
この『エクソシスト』という映画は後者のスタンスで、それもドキュメンタリータッチな雰囲気で作られている。

クリス・マクニール(エレン・バースティン)の娘リーガン(リンダ・ブレア)に異常現象がおき始めるがそれがなぜなのか判らない。娘の精神錯乱なのか、精神分裂病なのか、それとも筋肉組織がひきつけをおこしているのか・・、精神病院から医療機器のおいてある大学病院までたらいまわしにされるがその原因はわからない。
最後のそのの医療チームのドクターの一人が「このさいエクソシズム(悪魔祓い)をやってみては?」と提案する。彼が言うには、それをやってやれば、自分に悪魔が取り付いていると信じている彼女の脳が精神的に開放されるのではないか・・というもの。ようするに悪魔の存在なんて信じていないわけだ。

それでもそれしか手がないのならとカラス神父(ジェイソン・ミラー)に相談するクリス。文献をしらべてみると最後に教会がエクソシズムを行ったのは16世紀だとか。それにエクソシズムを行うには、それが確実に悪魔のせいであるという証拠を提示しなければならない・・という規則があるという。要するに教会も悪魔なんて信じてないわけだ。
しかしリーガンと接するうちにカラス神父も悪魔が実在することに気づき始める。そして彼女がだすうめきのような音声を録音、専門家に分析させる。結果、それは人間の言葉だとわかる。それも5ヶ国語であり、それをリバースで言葉にしているのだ。それを受けて教会もエクソシズムを認可する。
主任エクソシストはメリン神父(マックス・フォン・シドー)、アシスタントをカラス神父が勤めることになる。

またここからの二人の神父と悪魔との戦いが素晴らしい。ひたすら根性の綱引き。ミラクルパワーなんてでてきやしない。
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
ひたすらそれを根性の限り続ける。うめきまわるリーガンと悪魔、室内は地震か竜巻のような惨状。
カラス神父が母との関係に弱みを見せ、そこへつけこむ悪魔。
ひとまず部屋から退散する二人。
一服するとまた戦場にもどっていくメリン神父。中ではまた
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)
「怨霊退散、怨霊退散」、しっしっ!(と聖水をまく)の繰り返し。うめきまくる悪魔。
根気と根気の勝負。
そんなメリン神父も心臓発作で死んでしまう。さすがに悪魔も疲労しているようだ。
そんなリーガンにつかみ掛かかるカラス神父、
「俺の中に入って来い!俺の中にはいってこい!」っとリーガンから悪魔を自分の中に呼び込み、そのまま窓を突き破り高台から転げ落ちて絶命する。

この映画のすごいところは、人間の根性が、悪魔の根性に勝った!という点。他のオカルト映画だったら呪文がどうとか、なんかのアイテムをどこかにはめ込めだとか、そんなんばっかりだけど、この映画は悪魔の駿年と人間の執念のガチンコ勝負。それで人間の執念のほうを勝たせてしまうところに素晴らしさがある。

オカルト映画とは名ばかりで、強烈な人間の精神賛歌だと私は思っている。すばらしい!!

by ssm2438 | 2009-08-23 11:58 | W・フリードキン(1939)
2009年 08月 22日

エクソシスト2(1977) ☆

f0009381_1613437.jpg監督:ジョン・ブアマン
脚本:ウィリアム・グッドハート
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演
リチャード・バートン (ラモント神父)
リンダ・ブレア (リーガン・マクニール)
ルイーズ・フレッチャー (ジーン・タスキン博士)
キティ・ウィン (シャロン・スペンサー)

        *        *        *


この映画は、原作からの続編を映画スタッフが作っため、かなり生ぬるい映画になっている。オカルト映画ではないし、なんだか大雑把なB級映画のような・・実に説明しづらい作品。怖くない『エクソシスト』といいましょうか・・さすが異能監督ジョン・ブアマン。ただ、ウィリアム・フリードキンのあの執念のような演出ではないので、明らかに見たいものではなかったかな。
でも、なんと、ウィリアム・A・フレイカーが撮影してたとは・・今の今まで知らなかった。

<あらすじ>
あの恐るべき事件から4年。メリン神父(マックス・フォン・シドー)の悪魔払いにより救われたリーガン(リンダ・ブレア)も、今はニューヨークで平凡な学生生活を送っていた。女優の母はアイスランドへ行っており、秘書シャロン(キティ・ウィン)がリーガンの世話をしていたが、彼女に再び異変がおこった。枢機卿の依頼を受けたラモント神父(リチャード・バートン)は、リーガンを精神病医師タスキン(ルイーズ・フレッチャー)に検査してもらう一方、彼女の記憶の中のメリンの生涯を調べ始める。
その結果、メリンは昔アフリカで男の子に悪魔払いをしたことがあったのだ。ラモントは、リーガンの記憶を追い、その男の子コクモ(ジェームズ・アール・ジョーンズ)に会うためアフリカへ飛んだ。彼はイナゴの品種改良の研究をしていた。やがて、彼と会ったラモントは、メリンが立派な神父であることを確信した。
やがて、アメリカに戻ったラモントは、リーガンと共にあのジョージ・タウンの彼女の部屋へむかった。しかしそこにイナゴの大群が群がり、突風が吹きあれた。建物が崩れ、ついに悪魔はラモントの前に倒れた。そしてリーガンとタスキンはお互いの無事を確認し合い、抱き合うのだった。

by ssm2438 | 2009-08-22 15:42 | W・A・フレイカー(1923)
2009年 08月 22日

マニアック・コップ(1988) ☆

f0009381_951169.jpg監督:ウィリアム・ラスティグ
脚本:ラリー・コーエン
撮影:ヴィンセント・J・レイブ
音楽:ジェイ・チャタウェイ

出演:
トム・アトキンス (マクレーン刑事)
ブルース・キャンベル (ジャック・フォレスト巡査)
ローレン・ランドン (婦人警官のテレサ)
ロバート・ズダール (ゾンビコップ/マット・コーデル)

       *        *        *

『13日の金曜日』を警官でやるとこうなるのだろうなあ・・。

異能脚本家のラリー・コーエンが制作・脚本をやっているだけあって、噛み合わせの悪い内容をマニアックに仕上げてある(苦笑)。
ラリー・コーエンといえば『悪魔の赤ちゃん』がもっとも有名だろう。本来人を襲うという概念からはかけはなれた赤ちゃんが殺人鬼として登場する。この感覚だけで「ありえない!」と普通の人はおもうのだがろう、それを見てみると「なんかあるかも・・」って思えるくらいまでには作りこんでくれる。おまけに最後はそれでも母親をめざす赤ちゃんの切ない業を描いてくれて涙を誘う(苦笑)。

彼の作品のなかで私が大好きなのは、『殺しのベストセラー』。本来相容れないはずの殺し屋と警官がコンビを組む。警官であったが、その傍ら彼の体験談に基づく小説も書いていたブライアン・デネヒーに、組織から厄介払いされた殺し屋ジェームス・ウッズが接触してくる。彼は嘗ての主人に復讐するために、自分の犯罪を小説にしろと言う。「裏が取れないものは書けない」というブライアン・デネヒーに、ジェームス・ウッズは、かつて殺した現場や、その段取り、そのご殺人につかった武器を何処に隠したかなどことこまかく説明している。さらに、「家族構成がわからないと、主人公のおいたちが書けない」というデネヒーに対して、さすがにしぶっていたジェームス・ウッズも同意し、彼の両親にあわせる。これが普通の両親だったりする。

本来安心すべき対象が殺人鬼だったり、その反対に殺人鬼が安心すべき人物になっていたりと、手を返しなお書け、チープな設定をもとにそれほど違和感なくB級の王道的につくってしまう不思議な能力をもったB級作家、それがラリー・コーエン。
今回の『マニアック・コップ』は市民を犯罪から守る警官が<ジェイソン>になっている。ただ、そこにいたる軌跡にペーソスを交えているのがラリー・コーエンなんだな。

本作の主人公マット・コーデルは、尋問の前に発砲というスタイルでニューヨーク市警の腕利き警官だった。しかし、マフィアと政界の癒着の暴露を恐れた市長が彼を罠にはめ、判事を買収し、コーデルを犯罪者として刑務所に送ってしまう。そこで嘗てコーデルが逮捕した囚人の暴行を受け、顔を切り刻まれ殺害される。
監察医の元に運ばれた彼は確かに死んでいたのだが、突然心臓だげが動き出し脳死状態で肉体だけは生き返る。再び刑務所に彼を戻すことをためらった監察医はコーデルの恋人に連絡し、死体引取りとってもらう。その後コーデルは自分を罠に嵌めた市長・警察組織に対し復讐を開始しする・・という設定。
彼はすでに死んだ殺人鬼、ゾンビ・コップなのだ。

ただ、詰めが甘いところもあって(ラリー・コーエンのいつものことだが)、市長や警察、マフィアに復讐する怨念がのこっているが、正義感が強かった嘗ての意識はなく、一般人を平気で殺してしまうのはなんだか見ていて気持ちがいいのではない。まあ、ゾンビ警官なのだが仕方がないし、そのアンコントロールぶりがラリー・コーエンの手加減しないところなのだろうが、だったら、復讐という概念もなしにしてほしいものだ。物語のなかに<復讐>という人間性を入れ込むなら、ほかの方向にもなんらかの人間性を入れ込むべきではなかったのかな・・と矛盾を感じてしまう。
まあ、ラリー・コーエンなので、そのへんはいい加減でしかるべきなのだけど。

<あらすじ>
ある晩、強盗に襲われかけた女性が1人の警官に助けを求める。しかし、彼女はその警官に絞め殺されてしう。翌日、強盗達は殺害容疑で捕まったが、彼らは「大男の警官が殺った」と証言する。やがて第二、第三の殺人が立て続けに発生したのだが、犯人は意図的に生存者を出すなどして警察に対し、かなり挑戦的であった。事件を担当したマクレー警部(トム・アトキンズ)は、犯人は警察内部の人間でしかもかなり恨みを持っている人間では無いかと推測する。
次の標的は警官ジャック(ブルース・キャンベル)。ジャックは妻との関係がうまくいっておらず、しかも同僚のテレサ(ローレン・ランドン)と言う婦人警官と浮気していた。犯人はジャックの妻を殺害して、あたかもジャックが妻を殺したかのように仕向ける。拘束されるジャック。無実を訴えるも、動機など状況証拠は揃っており、彼を救えるのは浮気相手のテレサの証言だけ。しかしそのテレサも殺されてしまう。
マクレーンとジャックは、無実の罪をきせられ獄中で殺されたマット・コーデルという警官がいることを知る。犯人は彼を愛していた近親者ではないのか?と考え、捜査は確信に近づいていく・・。

f0009381_9115773.jpgしかし、実は死んでたはずのコーデルが犯人だったという、サスペンスではありえないオチ。ラリー・コーエンは、初めにゾンビコップありきで、それを猟奇殺人仕立てのサスペンスで描くという手法をとっている。良くも悪くも、ありえないもの同士(ネタにしても手法にしても)をくっつけて映画にしてみようというB級スピリットが楽しい人だ。

余談だが、ジャックの浮気相手テレサを演じたローレン・ランドン(→)はB級映画のビーナスのような存在。『探偵マイクハマー/オレが掟だ!』では彼の秘書を、『ハンドラ』ではヒロイックファンタジーの戦うヒロインを演じていた。美系なのだが実にトラッシーであり、忘れがたいブロンド美人のひとりだ。

by ssm2438 | 2009-08-22 09:13
2009年 08月 20日

あの胸にもういちど(1968) ☆

f0009381_2282213.jpg監督:ジャック・カーディフ
脚本:ジャック・カーディフ
    ロナルド・ダンカン
撮影:ジャック・カーディフ
音楽:レス・リード

出演:マリアンヌ・フェイスフル
    アラン・ドロン
    ロジャー・マットン

     *     *     *

いやああああ、実につまらん映画でした。

先ごろ『やわらかい手』で人気再燃(?)のマリアンヌ・フェイスフル。彼女の若い頃の映画がこれ。いや~~チャーミングです。不二子のイメージベースでもある彼女。目元はダイアン・キートンを思わせるよな大きなたれ眼で、めちゃめちゃかわいい。
そんな彼女のよこには旦那の寝ている。ちらっと彼をみると裸のままベッドを抜け出し、皮の黒いライダースーツを体にあててみる。そして足をとおし、ファスナーをとじていくとおへそが隠れ、乳房が中央により、そして黒の皮のしたに隠れて、最後は首まで覆い隠します。素足にブーツを履いて納屋にむかうとそこにはどでかいハーレ・ダビットソンがおいてある。道まで押して出ると彼女のモノローグ
「エンジンをかけたら彼は気づくだろうか・・、いや、かまやしない」といってブロロロロン。
そして霧のなかに走りさっていくのでした。そんなオープニング。

画面はときおりオプチカルのサイケな色使いがあったりしてじつにうざい。あれは普通にとられてたどんだけきちんと見る気になれるだろうって思いながらうっとおしい画面はとっとと早送り。すぐ古くなる新しいものなんて興味もなんにもない私にとってはこの手の小細工な色づかいは大嫌い。
エッチのシーンにもそれをかけてるからうざいうざい。あれがなければもっとみんながみただろうに、とにかくひたするら邪魔くさいオプチカル・サイケ・最低演出なのです。所詮才能のない人はこういった子供だましに頼るしかないのかなって感じ・・・、ま、それは今も昔もかわらんですな。
それでもハーレーにのってフランスからドイツへ疾走するその絵は爽快感があります。

彼女の行動がなにを目的にしてるのか、なんでこういう行動にでたのか?という目的と原因はそのあと徐々に妄想と回想という形でかたられていくのでした。

まあ、その原因というのは、冬のバカンス中に旦那といった山小屋で別の男(アラン・ドロン)が気になりかけ、その男が夜中に忍び込んできて寝込みを襲われてしまうが、それで彼のとりことなりそのご何度かあったりしつつモーターサイクルの乗り方を教わたりもする。
そんな彼女にアラン・ドロンがプレゼントしたのがあのどでかいハーレ。
そして彼に再び抱かれる夢をみながら彼女はひたすらドイツの彼のもとにひた走る・・って話。

しかし・・・・今見るとどうしても彼女はジャンキーに見えてしまう。バイクにのっているときの陶酔感といい・・、なにより歯が・・・なんか弱そうで・・・。
なんでも酒井法子も薬のやりすぎで歯がぼろぼろだとか・・。マリアンヌ・フェイスフルもなんか歯の根元というか、歯茎が虫魔ばれている感じがするのは気のせい? ミック・ジャガーが元彼ということですが、やっぱりドラッグがあのころ万延してたんじゃないのかなあって思ってしまったのは、どうも酒井法子のせいですね・・(苦笑)。
何年かごにこのブログを読むことがあったら
「ああ、あのころ酒井法子が薬で捕まって世間がさわいでたんだ」って思い出しそう。

by ssm2438 | 2009-08-20 23:41
2009年 08月 20日

サマーストーリー(1988) ☆☆☆☆

f0009381_1756181.jpg監督:ピアーズ・ハガード
脚本:ペネロープ・モーティマー
撮影:ケン・マクミラン
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:ジェームズ・ウィルビー
    イモジェン・スタッブス
    スザンナ・ヨーク

        *        *        *

泣ける。ぼろ泣き。それも感動したからではなくひらすらせつなくて、ぼろぼろ泣けた。こういう泣かされ方は初めてだった。

1902年夏、友人と徒歩旅行中のフランク・アシュトン(ジェームズ・ウィルビィ)は、途中足を挫いてしまい、近くの民宿にせわになることにした。そこにはモーガン(イモジェン・スタッブス)という美しい娘が引き取られて暮らしていた。ミーガンに心魅かれてゆくフランクは、足のケガを口実にひとりここに残っていた。そんな彼に敵意をむき出しにするのは民宿の夫人の息子。たぶんミーガンがその家にひきとられてきてたからというもの、好意をもっていたのだろうし、ゆくゆくは結婚するものだとその民宿の親たちもそうおもてるようだった。しかしお互いに好意を抱くフランクとミーガンは、やがて羊の毛を刈るために訪れた近くの農場の羊小屋で、ついに初めて愛を確かめ体を重ねた。そして家に帰った後も、二人は月明りの下で、小川の中で再々愛を交わしあう。ふたりの間柄をさっした民宿の夫人から部屋を空けるように言う。フランクはミーガンに駈け落ちの計画を打ち明ける。
・・・しかし、金を引き出すために銀行のある街まで出たフランクは、そこで旧友フィル・ハリディと出会い、彼の妹ステラたちと食事を共にした。翌朝金の引き出しに手間取ったフランクはミーガンのまつ村まで返る汽車に乗り遅れる。次の日たまりかねてその村に重そうなトランクをさげてミーガンがやってきた。群衆をかきわけフランクを探すミーガン。そんなミーガンを先にみつけるフランク、まだミーガンはきづかない。声をかけようとしながらも静かにミーガンの後をつけた挙句、やはり自分は彼女とはやっていけないと判断、彼女の前から姿を隠すのだった。
そしてあのぴかぴか!!!

20年の月日が流れ、妻ステラと共にダートムアを訪ねたフランクは、ミーガンの悲劇的な最期を知らされる。彼女はフランクとの間の男児を出産した後、あまりの難産で息をひきとったのだ。愕然とした思いで帰路につくフランクはひとりの青年のそばを通り抜ける。!?・・・・。

だあああああああああああああああ、泣ける。
このフランクの根性なしぶりを見ると許せなくなる。

by ssm2438 | 2009-08-20 17:17
2009年 08月 17日

トータル・フィアーズ(2002) ☆☆

f0009381_829223.jpg監督:フィル・アルデン・ロビンソン
原作:トム・クランシー
脚本:ポール・アタナシオ、ダニエル・パイン
撮影:ジョン・リンドレー
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演
ベン・アフレック (ジャック・ライアン)
モーガン・フリーマン (ウィリアム・キャボット長官)
ジェームズ・クロムウェル (アメリカ大統領)
リーヴ・シュレイバー (クラーク)
マイケル・バーン (グルシュコフ政治顧問)
シアラン・ハインズ (ロシア大統領)

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ジャック・ライアンシリーズを『フィールド・オブ・ドリームス』『スニーカーズ』フィル・アルデン・ロビンソンが監督するということでかなり期待をしたのだけど・・・。
ベン・アフレックで入れなかった。それ以前のジャック・ライアンはもっとお年寄りだったのに、それがいきなり30代になってしまい、いまいち違和感がぬぐいきれないまま映画を見てしまった。これ、彼じゃなかったらそれなりに見えたと思うのだけど。ハリスン・フォードよりちょっと若いくらいの50代の誰かいなかったのかな? ケビン・コスナーでも良かったのだけど・・。

あと、最後の殺しを『ゴッド・ファーザー』風にしたのはどうなんかなあ? あれやったらカッコはいいけど、それ以前の原爆のシーンとかかなりゆるゆる演出のあとであれやられても、パロディやってるだけにしか見えない。あれをやるならどこも重厚に作っておいて、それからやってほしかった。

<あらすじ>
ロシアの現職大統領が急逝し、新大統領の座にネメロフ(シアラン・ハインズ)がついた。彼に詳しいロシア担当の情報分析官ジャック・ライアン(ベン・アフレック)は緊急に招集され、CIA長官のウィリアム・キャボット (モーガン・フリーマン)と共にロシアへ飛ぶ。次の日曜日、ライアンはホワイトハウス主催のパーティーに出席していたが、ファウラー米大統領(ジェームズ・クロムウェル)のスピーチのあと、ロシアがチェチェンの首都に毒ガス攻撃を仕掛けたことを知る。ライアンはこれがネメロフの指令であることを否定するが、しかしネメロフはテレビで自分の決断であることをコメント。だがライアンの読みは正しく、チェチェン攻撃はロシア軍の不満分子が命じたものだった。
一方、アメリカ国内でも、スーパーボウルの試合が行なわれているボルチモアに核爆弾が持ち込まれた可能性があることに気づくジャック・ライアンだが、捜索は間に合わず、スタジアムの上空には巨大なキノコ雲があがる。この惨劇にロシアが関与していないことをネメロフは発表するが、アメリカの首脳陣はロシアへの疑いを募らせ、両国の警戒態勢は最高レベルの緊張に達する。
しかし、その実態は、ドレスラーというオーストリア人のネオ・ファシストが米・露を衝突させる目的でボルチモアに爆弾を持ち込んだのだ。その事実をつかんだライアンは決死の覚悟で国防総省に乗り込み、その真実を伝え、見事核戦争の危機を回避させるのだった。

by ssm2438 | 2009-08-17 08:05