西澤 晋 の 映画日記

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2009年 08月 05日

天城越え(1983) ☆☆☆

f0009381_18462094.jpg監督:三村晴彦
原作:松本清張 『天城越え』
脚本:三村晴彦、加藤泰
撮影:羽方義昌
編集:鶴田益一
音楽:菅野光亮

出演
渡瀬恒彦 (田島松之丞)
田中裕子 (大塚ハナ)
平幹二朗 (小野寺建造)
伊藤洋一 (小野寺建造・中学時代)

        *        *        *

青春ですな。思春期物といいましょうか、『青い体験』といいましょうか・・、サスペンスというよりも、そういった部類にいれてあげたい映画。松本零二の言葉をかりるなら、この田中裕子演じる大塚ハナは小野寺少年にとってのまさに「青春の幻影」だったのでしょう。自分が夢見る青春の幻影にな決してあってならない、他の男との性的交渉。これは憎しみとか、嫉妬ではなく、まさに「あってはならないものを排除した」行為だったのでしょう。
しかし、田中裕子はいい。個人的には『夜叉』の蛍のほうが好きだけど、この映画の彼女もまた妖艶だ!

<あらすじ>
静岡で印刷屋を営む小野寺(平幹二朗)のもとに、田と名乗る老人(渡瀬恒彦)が、「天城山殺人事件」という刑事調書の印刷を依頼しに来た。原稿を見て激しく衝撃を受けた小野寺は十四歳の頃を思い浮かべる。

小野寺は十四歳(伊藤洋一)のとき、母の情事を目撃した。少年にとって、母はけがれなき聖女であったが、その偶像が崩壊した。そんな母が許せず少年は家をでた。静岡にいる兄を訪ねて一人で天城越えようとしていた。少年は素足で旅する若い娘ハナ(田中裕子)と出会い、並んで歩いた。道中、ハナは一人の土工に出会うと、無理矢理に少年と別れ、男と歩きだした。少年が後を追うと、草むらの中で情交を重ねる二人を目撃する。

その土工が殺された。ハナが容疑者として逮捕される。土工と歩いているところを目撃した者もおり、彼女は土工から貰ったと思われる金も持っていた。さらに、現場には九文半ほどの足跡があり、ハナの足も九文半だった。警察の取調べに対し、ハナは土工と関係して金を貰ったことは認めたが、殺しは否認した。結局、ハナは証拠不十分で釈放された。彼女は真犯人を知っている様子だか、頑として口を割らず、事件は迷宮入りとなった。田島老人はそのときの刑事だった。

「九文半の足跡を女のものだと断定したのが失敗でした。犯人は子供でした」と老人は語る。そして、犯人である子供の動機が分らないと続ける。犯人は、少年=小野寺であった。刑事だった老人は、三十年ぶりで小野寺が真犯人であるという推理に達し、印刷を依頼に来たのだ。しかし、もう時効であった。

by ssm2438 | 2009-08-05 18:19 | 松本清張(1909)
2009年 08月 05日

ニュースの天才(2003) ☆☆☆

f0009381_191653.jpg監督:ビリー・レイ
脚本:ビリー・レイ
撮影:マンディ・ウォーカー
音楽:マイケル・ダナ

出演:ヘイデン・クリステンセン
    ピーター・サースガード

        *        *        *

これ、いたいたしい映画だなあ。実話ベースということだからさらに痛さがます。嘘をついたことのない人などいないだろう。子供のころのほうが多いかもしれない。大人になってさらに悪化する人もいるだろう。ひとつ嘘をつくと、その嘘を正当化するためにどんどん嘘をうわぬりすることになる。

この映画をみると、一言いっておかないといけない気になってしまった。
このブログの日時は嘘である。1ページに掲載される量を安定化させるために月に20本の映画タイトルということで整理しているので、それ以上の記事を書くときは、どんどん過去にさかのぼって記事が増えていっている。それに足りないときは、過去からもってきて1ヶ月の記事を20本にあわせている。ご了承ください。

・・・しかしこの映画、見せ方も上手い。決して主人公のヘイデン・クリステンセンがニュース記事を作っているところはみせず、出来上がったものから、周りの人がだんだんと気付いていくというスタイルが素晴らしい。こういう事の次第を直接見せず、間接的に見せていく描き方が出来る人ってのはこの世界で生きていく才能のある人だろう。そういえば松本清張の小説などはすべてこのテクニックだといっていい。この映画、私は知識なしでみていたので(最近あまり下調べしないでいきなりみるようにしている)、見始めたときは、“この映画どうなっていくんだ??”って話が分らなかったのだが、だんだんと問題点が見え始めてくると実に切実でいい話だ。
そして編集業界というものを少し垣間見させてもらえた。そういう意味でも新鮮だった。このビリー・レイっていう監督さん、要チェックだ! 『アメリカを売った男』もみてみよう。

<あらすじ>
まだクリントン大統領がモニカ・ルインスキーにブロージョッブをしてもらえる関係にあったという、男にしてみればうらやましいかぎりの事件(?)で世間が騒いでいたことの話。
25歳のスティーヴン・ダラス(ヘイデン・クリステンセン)は、権威ある政治雑誌『ザ・ニュー・リパブリック』の記者であり、斬新な切り口で特ダネをモノにするジャーナリストとして頭角を現わし始めていた。彼には他誌からも執筆依頼もひっきりなしに舞い込んでくる。彼は周囲への気配りをくばり社内でも人気者だった。そんなある日、会長と対立していた編集長をクビになり、後任に指名されたのはチャック・レーン(ピーター・サースガード)だった。彼は<まじめな人>と印象だが、それ以上のカリスマ的要素はなく、同僚たちからも人気はなかった。それから数ヵ月後、スティーヴンはハッカー関連の特ダネ記事を発表し、大きな反響を獲得する。ニョーヨークのライバル社、ネット・マガジン編集部は、先をこされたと感じ、記者のアダム・ペネンバーグ(スティーヴ・ザーン)に同じネタを追うよう命じる。ところがこの件を調べていくうち、スティーヴンの記事にかかれている会社は存在しないことにきづく。調べていくとほかにも存在しえない人物の名もでてくる。ネットにもそんな会社のホームページは存在しない。
アダムはスティーヴンとチャック編集長を記事のでどころを確認する電話をかける。ここからの圧迫感がすごい。スティーブンは記事を正当化するためにはさらに嘘をつく。その会社のホームページをねつ造し、名詞までねつ造する。その会社の窓口は〇〇という男で電話番号はここだといってデータを渡す。しかしそれは地方に住む彼の弟の番号だった。編集長のチャックはスティーブンと一緒にそのイベントがあったという現場にいくことを提案する、しぶしぶ同意するスティーブン。そこでも彼は嘘を上塗りしていく。

当初は、スティーブンが記事のハッカーにだまされたのではと思っていた周囲も、記事の内容自体がスティーブンのねつ造だったのではと確信しはじめる。そう思って彼の記事のかかれた過去の出版物をよみかえしてみると、どれも面白い記事だが、ありえない話ばかりだ。自分たちの雑誌は、ねつ造記事を真実として掲載していたのか・・と愕然とするチャック。そしてスティーブンにクビを勧告する。
しかし社内で人気のあったスティーブンがクビになるときいて、まわりの編集員たちチャックにたいして反抗的な態度をとっていたが、その日会社にでみると、ねつ造記事を真実として掲載したことへの謝罪文と編集者各員の署名がかかれた文書が彼のまえに提出されていた。

by ssm2438 | 2009-08-05 18:01
2009年 08月 05日

月の輝く夜に(1987) ☆

f0009381_75212100.jpg監督:ノーマン・ジュイソン
脚本:ジョン・パトリック・シャンリー
撮影:デヴィッド・ワトキン
音楽:ディック・ハイマン

出演:シェール
    ニコラス・ケイジ
    オリンピア・デュカキス
    ヴィンセント・ガーディニア

        *        *        *

もうイタリア人は理解できん、なんでこんなことになるんだ? で、これのどこがいいんだ???

この時期、確かクリントンとデュカキスの間で大統領選挙があったような。で、共和党のマイケル・デュカキス候補のいとこにあたるのがこの一家の母親役をやったオリンピア・デュカキス。あと覚えているのが、この映画で主演女優賞にノミネートされたシェールが、ネイキッドにシースルーのドレスでアカデミー賞の会場に登場したのはやけに覚えてる。女優ってのは人まで露出したいものなのだなあって思った。

しかし、そんなことはおいといて、この映画のストーリーはひどい。というかイタリア人ひどいというか、あれでいいのかイタリア人!?

<あらすじ>
夫を亡くしてから独身をつづけているロレッタ(シェール)は37歳。友人のジョニー(ダニー・アイエロ)から結婚を申し込まれ、ロレッタはプロポーズを受け入れた。式まで一ヶ月。
ジョニーは危篤の母に報告すべく故郷のシシリーへと飛んだのだが、その間にロレッタ彼の弟ロニー(ニコラス・ケイジ)と出来てしまいさあ大変。
彼女と2人でオペラを見ることができれば諦めると、ラスト・デートを申し込むロニー。美しくドレスアップしたロレッタとロニーは、メトロポリタン・オペラ劇場に出かける。ところがそこで父の浮気現場にでくわす。一方夫の浮気にうすうす気付いていた母(オリンピア・デュカキス)も、大学教授のペリー(ジョン・マホーニー)と意気投合。結局オペラのあとロレッタとロニーは酒をくみかわすうちに2人の愛は甦り、再びロニーのアパートデ一夜をすごすことに。月の輝く夜はあやしいことが起きるものだ・・。
ロレッタが家に帰ってロニーが尋ねて来る。しかもそこへ、ジョニーがシシリーから帰って来た。実は兄ジョニーと弟ロニーは絶縁状態の不仲、一触即発の雰囲気の中、ジョニーは、「母が結婚の話を聞いた途端に元気になったので結婚はやめだ」と意外なことを言いはじめる。それを聞いたロニーはロレッタにプロポーズ。全員で2人の愛を祝福するのだった。

いいんかイタリア人!!!!
もうあまりに感情がついていかずに苦笑するのみの映画だった。。。

by ssm2438 | 2009-08-05 07:33
2009年 08月 05日

月のひつじ(2000) ☆☆

f0009381_714431.jpg監督:ロブ・シッチ
脚本:サント・シラウロ
    トム・グレイスナー
    ジェーン・ケネディ
    ロブ・シッチ
撮影:グレーム・ウッド
音楽:エドマンド・チョイ

出演:サム・ニール
    ケヴィン・ハリントン

        *        *        *

アポロネタは好きなので、見に行きましたよ銀座まで。しかし・・・意味のわからんタイトルにしたもんだ。「月のひつじ」ってなんだ??? 原題は『ディッシュ』、パラボラアンテナの通称。

<あらすじ>
1969年、7月16日アポロ11号が月面着陸に向けて打ち上げられることになった。N・アームストロング、E・オルドリン、M・コリンズの3人が乗り込む予定だ。NASAは当初、カリフォルニア州ゴールドストーンにある設備を利用し月面歩行の映像をとらえようとしていた。しかし、打ち上げのスケジュールが当初の予定より遅れたことにより、オーストラリアのパークスのパラボラアンテナが、月からの電波を捕らえることのできる理想的な位置にあることが分った。NASAの科学者たちは、羊しかいないそんな田舎町の連中に、世界的なイベントの中継が出来るのか懐疑的だった。

アポロ11号が発射される一週間前に、オーストラリアにやってきたNASAのアル・バーネット(パトリック・ウォーバートン)は、アメリカとの違いにカルチャーショックを受け、さらにこの一大イベントに反対する人々に直面する。彼をアシストするはずのスタッフはヒューストンの連中の仕事ぶりとは雲泥の差。一方、現地の3人のスタッフもこのアメリカ人の気難しいやり方に頭を抱えてしまう。

7月16日水曜日、予定通りアポロ11号は打ち上げられた。

7月17日木曜日。オーストラリア西岸上空を飛行中。アームストロング船長は「いい旅になる」とコメントした。世界中が月への夢を大きく膨らませた。そして、パークスの町は一挙に大統領、首相、ジャーナリスト達が押し寄せた。町長のボブはパラボラアンテナを誘致した第一人者だが今まで"ほら吹き"とか"夢想家"と密かに人々から嘲笑されていたのが、今では町の英雄だ。ボブの妻メイは公式行事に着ていく服が何枚合っても足らないとなげき、娘マリーと息子ビリーは、テレビから放送されるアポロ11 号のニュースに釘付けとなった。パラボラアンテナをを操作する4人の科学者達は人生を賭けるほどの重圧を感じていた。
中継は順調にいくかと思われたが、天候が悪化してくる。そしてオーストラリア人とアメリカ人のチームが1つになってこのトラブルに適切に対処、歴史的瞬間の映像を世界にもたらすことが出来たのだった。


いやああ、正直な話あの中継をみたのは私が小学一年生の時、なのではっきり覚えているわけではなかったのだ。で、この映画をみたときあらためて「あああ、こうだったんだ」って再認識できた。それが嬉しかったかな。あの時大人たちは、こんな思い出でみんなテレビにしがみついてたんだなあって。
映画自体はそれほど大騒ぎする映画ではないのだが、あの時代をきちんと実感させてもらえて嬉しかった。

by ssm2438 | 2009-08-05 06:37
2009年 08月 05日

激突!(1971) ☆☆☆

f0009381_633092.jpg監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:リチャード・マシスン
撮影:ジャック・A・マータ
音楽:ビリー・ゴールデンバーグ

出演:デニス・ウィーヴァー

        *        *        *

映画を見る人にはいろいろなタイプがあるけど、基本的には野球観戦型の人とサッカー観戦型とがあるように思える。
野球観戦型というのは、プレーとプレーの間にインターバルがあって、見ている人がそのゲームの精神的参加者となり、「このあとは〇〇だからピッチャーは変えたほうがいいな」・・とか、「まだそのまま引っ張ったほうがいいな」とか「ここは代打だろうとか」・・、「こんな状況では自分はこんなことかんがえてたなあ」とかいろいろ思考し、感情を移入しながら見る能動的に見る人。
サッカー観戦型というのは、流れるゲームのなかでひたすら「どうなるんだ、どうなるんだ」とか「いけいけいけいけ」とか「わうわううわうわ」とか、映画からの情報をひたすら受け入れる受動的に見る人。
スピルバーグの映画はこのサッカー観戦型の人向けの映画が多いと思う。この映画はそういう野球観戦敵要素をそぎ落として、徹底的にサッカー観戦型にした映画だといえるだろう。

なので、私にしてみれば、なんか・・・はらはらドキドはあるけど、あまり面白いと思わないわけだ。
まあ、世間ではもてはやされてるかもしれないが・・・。

by ssm2438 | 2009-08-05 06:14 | S・スピルバーグ(1946)
2009年 08月 05日

ジャッジ・ドレッド(1995) ☆

f0009381_1424693.jpg監督:ダニー・キャノン
脚本:ウィリアム・ウィッシャー
    スティーヴン・E・デ・スーザ
撮影:エイドリアン・ビドル
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演
シルヴェスター・スタローン (ジャッジ・ドレッド)
ダイアン・レイン (ジャッジ・ハーシー)
アーマンド・アサンテ (リコ)
マックス・フォン・シドー (ファーゴ長官)

        *        *        *

ド派手なコスチュームのシルベスタ・スタローン主演作。ダイアン・レインも出てるぞ!武器の銃とかはけっこう玩具メーカー向きなのだけど、ストーリーはかなり大雑把。警察官と裁判官の仕事を両立する法の番人って言うきわめて即決的行動を正当化するいい加減な設定はじつに安易で、話のリアリティはまるでなし。まあ、のーてんき映画ですな。お子様向け戦隊モノの豪華版といった感じか・・。こんなにんいダイアン・レインがでてるんか・・と思うとかなしくなる。

舞台は2139年。世界は荒廃し、人々はメガシティと呼ばれる巨大都市で生活していたが、多発する犯罪に対処するため、究極の治安維持機構であるジャッジ・システムが施行されていた。ジャッジとは警察官、裁判官、陪審員、そして法の執行人までも兼ねた超エリートで、中でもジャッジ・ドレッド(シルヴェスター・スタローン)はその伝説的な存在。

<あらすじ>
ジャッジ・システムを巡る秘密の計画を探っていたレポーターが殺され、ジャッジ・ドレッド(シルヴェスター・スタローン)に嫌疑がかかった。同僚のハーシー(ダイアン・レイン)は懸命に彼を弁護したが有罪の判決が下される。彼は終身刑になりアスペン刑務所に送られたが、輸送機は荒野の無法者エンジェル一家に撃ち落とされ、ドレッドはかつて自分が逮捕した犯罪者ファージーと共に捕らわれの身となる。
そこへファーゴ長官が現れ、自らを犠牲にして彼らを救った。死を目前にした長官は、ドレッドは遺伝子工学を駆使して理想的なジャッジを作り上げる計画=ヤヌス・プロジェクトの産物だというのだ。そしてドレッドのかつての親友のリコ(アーマンド・アサンテ)も同様にして生まれたのだった。だが、リコは失敗作で、計画は封印されていたという。街の支配を企むリコは使われる遺伝子を自分のものに変え、ロボットを使ってグリフィンを殺した。ドレッドはいわば兄弟であるリコと対峙し、死闘の果てに彼を倒す。彼は街の治安を取り戻すため、再び任務に赴いた。

by ssm2438 | 2009-08-05 01:23 | S・スタローン(1946)
2009年 08月 04日

靴みがき(1946) ☆☆☆

f0009381_2002754.jpg監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:ヴィットリオ・デ・シーカ
    チェザーレ・ザヴァッティーニ
    セルジオ・アミディ
    チェザーレ・ヴィオラ
    アドルフォ・フランチ
撮影:アンキーゼ・ブリッツィ
音楽:アレッサンドロ・チコニーニ

出演:リナルド・スモルドーニ
    フランコ・インテルレンギ

        *        *        *

怒涛のどつぼ映画。こんなドツボ映画をネオ・レアリズムで描くか! すごいぞ!! でも見心地が悪すぎる。『自転車泥棒』くらいのストーリーなら見やすいのだけど、子の映画はただただドツボ。なのでドツボを描くためオンお勉強のみに適しているが、一般ユーザーにはどうみても不向きだ。

どんなに社会状況がドツボでも、男の子二人の友情というのは実に純粋なもの。映画の前半ではそれほど悲壮感はないのだが、この後半、それを大人の悪戯で踏みにじる。ちょっと心に痛すぎる!!

<あらすじ>
戦後のイタリア。占領軍のいるローマでパスクアーレ(フランコ・インテルレンギ)とジュゼッペ(リナルド・スモルドー二)の二人は靴みがきをやりながら元気いっぱいに生きている。二人の夢は貸馬屋の馬を買いとることだった。お値段が5万リラ。すでに4万4700リラもある。そのお金はアメリカ兵から貰ったチョコレートを自分では食べずに売るような小さな積み重ねから、占領軍闇物資の横ながしに協カしてもらった金のような犯罪に加担したものもある。
なんとか目標のお金をあつめ、馬を買い得意になって乗りまわした翌日、二人は詐欺の共犯容疑で捕まった。最後に仲間と共謀して騙した占い師は、その時(二人には知らされてなかったのだが)七十万リラも取られていたのだ。二人の監房生活がはじまった。取り調べがはじまり、二人は約束通り口を割らなかった。しかしパスクアーレはジュゼぺが拷間されているものと思い、ついしゃべってしまった。ジュゼッペは怒り、二人の友情はこわれた。

この拷問のシーンが心がいたい。二人は別々の部屋にわけられ、部屋の向こうにはズボンをおろされ鞭打たれているらしいジュゼッペの裸の足だけが、ムチの音とともにびくんとはねあげるのだけみえる。そのたびに叫び声が聞こえる。絶対に口をわらないと誓った二人だが、「お前がしゃべらない限り鞭打ちはやめないぞ」とおどされる。バスクアーレの決意はゆがんでいく。しかし部屋の向こうではジュゼぺは警官たちに口を押さえられ、ダミーの男の子が、警官が動きにあわせ叫び声を上げているだけ。
そんなことはしらないバスクアーレはついにしゃべってしまう。

そのうえジュゼッペは同房の少年と脱獄。パスクアーレはジュゼッペが預けた馬をひとりで持ち逃げすると思い、刑事たちとそこへ向かった。案の定そこにジュゼッペを発見したパスクアーレは怒り、誤って彼を殺してしまう。

by ssm2438 | 2009-08-04 19:22 | V・デ・シーカ(1901)
2009年 08月 04日

自転車泥棒(1948) ☆☆☆☆☆

f0009381_18534433.jpg監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ
    スーゾ・チェッキ・ダミーコ
撮影:カルロ・モンテュオリ
音楽:アレッサンドロ・チコニーニ

出演:ランベルト・マジョラーニ
    エンツォ・スタヨーラ

        *        *        *

まさに傑作!! すごい。1950年どのキネマ旬報ベストテン1位、それもぶっちぎりであった。今の世代のお子様たちがこの映画をみて面白いと感じるかといえば、そんなことはないだろうが、映画作りをめざす人なら絶対必見映画のひとつになる。

ドラマ作りには、以下のようなシンプルな法則がある。

見ている人が面白いと思う = <目新しいストーリー> X <感情移入>

この2つの要素で、映画・ドラマが見た人の心にどれだけその物語を定着させられるかがきまってくる。ドラマ産業においては、<目新しいストーリー>というのは企画段階の話になってきている今、<感情移入>の構築技術こそが演出する側のすべてだといっていい。どんなに目新しいストーリーを作っても感情移入がないなら、映画館をでたらすぐ忘れてしまう。この『自転車泥棒』ではビットリオ・デ・シーカのその感情移入演出力がいかんなく、恐ろしいまでに発揮されている。

戦後のイタリア映画はイタリアン・ネオ・レアリズムと呼ばれた時代であり、突拍子もない御伽噺のような話を作るのではなく、真実味のある展開の映画がつくられていた。これもそのひとつで、イタリアン・ネオ・レアリズムの代表作。当時のアメリカではセット撮影があたりまえだが、この頃のイタリアにはそんなものをつくってる余裕などなかったのだろう、すべてが実在するものの中で撮られている。それにイタリアの街はどうとっても絵になってしまう。
今なら何処の通りも建物の中も、撮影許可を取るだけで恐ろしいほどの手続きが必要になるだろうが、この時代は戦後まもなくというときなのでそんなまどろっこしい手間はなかったと思われる。いい時代だ(苦笑)。

<あらすじ>
失業者があふれる戦後のローマ。アントニオ(ランベルト・マッジォラーニ)は長い失業のすえ、ようやく映画のポスター貼りの仕事にありつけるが、それには自転車をもっていることが必要条件だった。自転車を質屋から請け出すために彼はシーツを質に入れなんとかお金の工面をつけた。自転車がある生活は夢のようだった。仕事もはかどり、六歳の息子ブルーノ(エンツォ・スタヨーラ)を車に乗せ、彼はポスターを貼ってまわった。ところがちょっとしたすきに自転車が盗まれてしまった。自転車がなければまた失業だ。アントニオは警察に盗難届けを出すが、毎日何千台という自転車がぬすまれているなか、警察が本気で相手にしてくれわけもない。こうしてアントニオ親子の自転車探しがはじまった。

f0009381_18541938.jpgイタリアの首都ローマで盗まれた自分の自転車を探すなどほとんど不可能に思えるが、それでも彼はやるしかなかった。2人は朝早く古自転車の市場を見に行った。ここで泥棒らしき男に会うが証拠がない。その男と話していた乞食の跡をつけるが、乞食も逃げ出す。余裕がないアントニオはいらいらしてつい息子のブルーノにあたってしまう。この親と子のやりとりがとてもすばらしい。切羽つまっているのだが、子供に接するときはその雰囲気をなんとか隠そうする、しかし、そうはいっても行動には出てしまう。それを見ている息子もそれをかんじとれてしまう。なので父親の気に障らないように健気に努力をしている。
そうこうしているうちに偶然自転車泥棒を発見、後をづけてそいつの家に乗り込む。しかし地域のコミュニティの強いのだろう、近所の連中もよってたかってその泥棒息子を擁護する。この子がそんなことはない、あるなら証拠をみせろ!とせまる。ブルーノの機転で警官が来るが肝心の自転車はない。ただただひきさがるしかないアントニオに、「もうくるんじゃないよ」「とっととうせろ」と罵声をあびれす近所の住人たち。
絶望でうなだれていると、誰かの自転車がぽつりとある。アントニオは息子を先に帰らせると、その自転車にちかづき、乗り逃げしてしまう。・・・が彼がやったときには周りの人が反応、みんなに追われる始末。
どうして俺のが盗まれたときは誰も見向きもしないで、俺が盗んだときには誰もが追ってくるんだ!?って思ったに違いない。もどってきた息子の目のまでみんなに捕まってしまい、ぼこぼこにされているところにブルーノが駆け込んできて涙ながらに懇願する。アントニオに一通りの罵声を浴びせた人々は「息子に感謝するんだな」と彼を解放してやる。悔しさと不条理さと惨めさに涙をながすアントニオ。そんな父の手をとるブルーノ。二人は言葉もなただただ帰路につくのであった。

だああああああああ、心が痛すぎる。悔しすぎる。不条理すぎる。羞恥心全快。こしこれで子供がいなかったらそれほどのこともなかったのだろうが、それを子供にみられてしまうこの屈辱感。・・・すごい。しかしその子供の存在で助けられたのも事実だが、プライドの傷ついたほうがさらなる重症だろう。

by ssm2438 | 2009-08-04 17:55 | V・デ・シーカ(1901)
2009年 08月 04日

氷の挑発2(2006) ☆

f0009381_1738155.jpg監督:ロベルタ・トーレ
脚本:ロベルタ・トーレ
    マッシモ・D・アーノルフィ
音楽:梅林茂

出演:ルイジ・ロ・カーショ
    アナ・ムグラリス

        *        *        *

アナ・ムグラリスの肢体だけを見たい人だけ(それだけでもかなりの人数だとは思うし、私もその一人だが・・)の映画。タイトルも、シャロン・ストーン『氷の微笑2』とかんちがいさせることをいとしてるようなそれだなあ。ちなみこの映画のタイトルの『・・・2』にも意味はない。『氷の挑発』という映画はあるみたいだが、まったく関連性もなにもない。だいたいあれはアメリカ映画だし、こっちはイタリア・アホ・映画だ。
なのでこの映画の発見は、アナ・ムグラリス嬢、フランス語だけじゃなくてイタリア語も出来るんだってことに感心した。というか、多分英語もできるのだろう。きっとあのへんの言語は、文法はそのままで、発音の法則を変えればほぼ成立しまうのだろう。うらやましい話だ。日本語って発音変えただけじゃ、他の言語に転換きかないからこまったもんだ。


しかし、この映画、まったくひどい。作ってる本人もわかってないのでは?

主人公はアナ・ムグラリスと同棲している刑事。殺人事件がおきそのホテルに急行すると、女子大生が後ろで二縛られ、首にロープを巻かれ、頭を壁になんどもうちつけられたらしい傷をのこして死んでいる。猟奇殺人としてはきわめておとなしいほうだろうが、この主人公の刑事はこれに感化されたらしく、自分の中にひそむサディズムをすこしずつ覚えてる。
「小学生じゃあるまいし、アホかこいつ」・・と見てる人は思うだろう(苦笑)。
さらに調べていくと、彼女はとある倉庫で週末行われている売春クラブに関与していたことがわかる。
そんなことを事件に感化され「もしかしたらうちのアナ・ムグラリスもそうじゃないか」と勝手に妄想を抱き始める。この映画はひどいのは、こたが単なる妄想で終わること。ふつうこいう映画は、それが実は彼女もそうだったってことで終わるだろうけど、この映画はそれすらない。

一応最後のシーンはそのつもりで描かれていたのかもしれないが、その明確な定義づけがどこにも見当たらないので、そのシーンは妄想としかとれない。ほかにも、殺人事件の犯人らしき男が自首してくるのだが、どうもそれが犯人だったらし。普通それが真犯人だなんて誰も思わないから、実に以外。でも、問題なのは、それがほんとの犯人だってきちんと分らせてあげるように演出できない監督のアホさ。

サスペンス物は<かくれんぼ>と一緒で、見つけてほしいがために隠れるもの。見つけてくれるための工夫がなければ鬼さんはほっといて帰ってしまう。そのくらいわきまえて演出してほしいものだ。

結局この映画のながれだと、あるSM的殺人をみて初めてみた小学生なみの精神構造をした男が、自分にもその趣味があるのではと感化され、と同時に自分の彼女にも殺された女のような娼婦性があるのではと妄想して、職務に支障をきたすという・・・主人公刑事が精神的に幼稚すぎて職務に支障をきたすというだけの映画になってしまってる。・・・ひどい。

アナ・ムグラリス嬢の映画だと『そして、デブノーの森へ』が一番いいなあ。

by ssm2438 | 2009-08-04 17:03
2009年 08月 04日

超音ジェット機(1952) ☆☆☆

f0009381_9312965.jpg監督:デヴィッド・リーン
脚本:テレンス・ラティガン
撮影:ジャック・ヒルデヤード
音楽:マルコム・アーノルド

出演:ラルフ・リチャードソン
    アン・トッド
    ナイジェル・パトリック

        *        *        *

実にプロジェクトXな映画であった。みなさん前向き。こういくスピリットはいいですね。この映画にしても、『海峡』みたいな映画にしても、とにかく前へ進もう、不可能に挑戦しようという心構え。さすがにこれを見たのは20年以上もまえのことなのではっきりとは覚えていないのだが、イギリスにも元気な時代があったのだなあと感心した。ものの本によると、戦後直後においてはジェット機の分野ではイギリスがトップに立っていたとか。そのごドイツの科学者をよこどりしたソ連とアメリカが優位を気付いていくのだが、このころまではイギリスのジェット機が一番速かったらしい。

こんな話をするとすぐ、『ライトスタッフ』のチャック・イエーガーを思い出すと思うのだが、実はそれ以前に世界各国の航空技術者たちが、誰が一番最初にサウンド・バリアを突き破るかを競っていた。音速と越えようをする機体は、それまで翼が機っていいた空気が前面に壁として立ちふさがる。それを突き破ってはじめて音速の域に達することができるというもの。

しかし、こんなジャンルの映画、デビット・リーンが撮るんですね。ちょっとびっくりしました。
まさに一世代まえの『ライトスタッフ』。

f0009381_932166.jpg<あらすじ>
1943年、それはまだ第二次世界大戦のまっただなか、英国空軍のトニイ・ガースウエイト(N・パトリック)は、婦人部隊のスーザン・リッジフィールド(A・トッド)と結婚した。スーザンの父ジョン・リッジフィールド(R・リチャードスン)は最新式の航空機工場を所有し、超音速のジェット機を作り出す野望に燃えていた。
戦争が終ると、トニイはスーザンの反対を押し切り、リッジフィールドの希望を容れてテスト・パイロットになった。研究所では新型快速機がプロミシウス号を設計していたが、この機が音の障壁を突破するとき、どういうことが起るかは全く謎であった。スーザンは生れて来る子供のためにも、トニイがプロミシウス号の試験飛行を行うことを止めるようにと懇願したが彼は聞き入れなかった。いよいよ試験飛行の日、トニイの操縦するプロミシウス号は音速に近づくや突如振動を感じ、墜落してしまった。その夜、スーザンは悲しみのうちに男の子を生んだ。
それでもリッジフィールドはまだ音速突破の夢を捨てず、トニイの戦友だったフィリップにプロミシウス第二号の試験飛行を以来した。機は遂に音速突破に成功した。

by ssm2438 | 2009-08-04 08:58