西澤 晋 の 映画日記

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2009年 10月 13日

ブレア・ウィッチ・プロジェクト(1999) ☆

f0009381_14444418.jpg監督:ダニエル・マイリック
脚本:ダニエル・マイリック、エドゥアルド・サンチェス
撮影:ニール・フレデリックス
音楽:トニー・コーラ

出演:ヘザー・ドナヒュー
    マイケル・C・ウィリアムズ
    ジョシュア・レナード

        *        *        *

いくつかある『死霊の盆踊り』なみにつまらないカス映画のひとつ。

擬似ドキュメンタリー映画で、超低予算(3万ドル)・少人数で製作されながらも、全米興行収入1億4000万ドル、全世界興行収入2億4050万ドルという大ヒットを飛ばして話題となった。宣伝の仕方しだいではこんなクソ映画でも金が稼げるというメディアの力技に、見る眼のない一般庶民がひっかかったという人間性敗北作品。そういう意味ではレッドフォードの『クイズ・ショウ』の“ものの哀れ”を現実の世界でさせられた映画。

擬似ドキュメンタリーのことを「モキュメンタリー」(英語: Mockumentary)よぶらしい。
映画やテレビのジャンルの一つで、架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法である。モキュメンタリーはモック(wikt:mock)と、ドキュメンタリーのかばん語であり、モックメンタリー、モック・ドキュメンタリーともいう。また、フェイクドキュメンタリーと呼ばれる場合もある。
(ウィキペディアより)

注意、『ブレア・ウォッチ・プロジェクト』ではない。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』である。

by ssm2438 | 2009-10-13 14:34
2009年 10月 13日

刑事エデン/追跡者(1992) ☆☆

f0009381_14103966.jpg監督:シドニー・ルメット
脚本:ロバート・アヴレッチ
撮影:アンジェイ・バートコウィアク
音楽:ジェリー・ホック

出演:メラニー・グリフィス、エリック・タール

        *        *        *

『刑事ジョン・ブック/目撃者』の男女反転バージョン。まあ、それをめざして作ったわけではないのだろうが、結果的にそうなってしまった。こういうのは後発だと「亜流」とか言われそうだが、物語としては意外と悪くない。ただ、メラニー・グリフィスのしゃべり方が全然権威もなにもないただの小娘口調なので、刑事焼役としてのしまりがなさすぎる。日本語吹き替えで見たほうがいいかもしれない(苦笑)。これ、グリフィスじゃなくてケリー・マクギリスで作ってくれたらよかったのに・・・。

原題は「ストレンジャー・アマング・アス」(我々のなかの見知らぬ人)・・の意。ユダヤ教ハシド派のコミュニティで起こった殺人事件の真相を探る女刑事の姿を描くサスペンス。ハシド社会は、ユダヤ教の中でも最も伝統を重んじる戒律の厳しい社会であり、その興味生活習慣や伝統が捜査の軋轢(捜査というより恋愛の軋轢か・・)になっている。サスペンスとラブロマンスが半々くらいのウエイト・バランス。サスペンスとみると、ちょっと二人の男女の想いの描き方がくどいし、ラブロマンスとしてみるとこれでは物足りない。おかげでドラマとしてはいまいち印象が薄い感じ。どっちかに偏ってしまえばよかったのだけどけど・・。

しかし・・・メラニーのしゃべり方はおいといて、物語の設定がちょっとドラマチックにしづらい要素があったかな。恋愛ものというのは、男がもとめて、女が受け入れるのが本質的だが、この映画では男が求めたいのにもとめられない聖職者という立場にある。それを求めてくれれば受け入れるのに・・という女。このドラマだと男性側に主眼をおいてドラマを作らないとちょっとドラマチックにはなりづらいかな・・って気がした。

<あらすじ>
ダイヤモンドの研磨職人ヤコブ(ジェイク・ウェーバー)が行方不明にななり、彼と共に72万ドルのダイヤが消えていた。ニューヨーク市警の女刑事エミリー・エデン(メラニー・グリフィス)は、調査のため、ブルックリンのボロパークへ足を運ぶが、そこはユダヤ教ハシド派の文化が支配する世界だった。指導者レバ(リー・リチャードソン)、その息子アリエル(エリック・サル)、娘レア(ミア・サーラ)が見守る中、エデンは聞き込みを始め、ヤコブの仕事場の天井裏で彼の屍体を発見する。捜査状況を尋ねにきたアリエルに、エデンは顔身知りの犯行だと主張するが、アリエルはハシド派が殺人を犯す筈がないと熱弁をふるう。純粋なアリエルの姿にエデンは胸をうたれる。犯人は回帰者である、妹レアの友人の若い娘だった。エデンを助けるため犯人を撃ち殺したアリエルは、罪の意識にさいなまれながら、父の選んだ娘と結婚式を挙げるのだった。

by ssm2438 | 2009-10-13 13:53 | シドニー・ルメット(1924)
2009年 10月 13日

カサブランカ(1942) ☆☆☆

f0009381_1337325.jpg監督:マイケル・カーティス
脚本:ジュリアス・J・エプスタイン
    フィリップ・G・エプスタイン
    ハワード・コッチ
撮影:アーサー・エディソン
音楽:マックス・スタイナー

出演
ハンフリー・ボガート (酒場の主人リック)
イングリッド・バーグマン (イルザ)
ポール・ヘンリード (イルザの夫・ビクター)
クロード・レインズ (警察署長ルノオ)

     *      *      *

題名にもなっているカサブランカは、フランス領モロッコの首都。第二次世界大戦の時にはアメリカへの亡命を図るヨーロッパ人たちの寄港地になっていた。そんなカサブランカで酒場を経営するのがハンフリー・ボガード扮するリック。さすがに今の我々がみて、いい男なのかどうかはなんともいえないが、かれの若い頃を知っているひとならそれなりにいいのだろう。そんな彼が、パリで過ごした時代の昔の恋人エルザと再会するが、彼女には反ナチ運動を指導する夫がいた。エルザに裏切られながらも、いまだに彼女を忘れることが出来ないリックは、ナチスの目を盗んでふたりを無事にアメリカへ脱出させようとする。
三角関係をつずった数々の名台詞と、マックス・スタイナーの美しい音楽(“As Time Goes By”のメロディが聞こえてくるといやでもムードがもりあがる)、酒場の雰囲気とか、最後の霧の空港とか・・、雰囲気の出し方はなかなかお洒落。期待しすぎると・・・こんなもん???と思うかもしれないが、メロドラマのスタンダード、みておいて損はない。

<あらすじ>
まだ独軍に占領されない仏領モロッコの都カサブランカ。アメリカ人リック(ハンフリー・ボガード)が経営しているナイト・クラブは、それら亡命者たちの溜り場だった。そこにウガルテという男が現れる。彼は反ナチ運動のリーダーヴィクトル・ラズロをヨーロッパからアメリカに逃がすために、ドイツ側の運びやを殺し、奪った旅券を彼らにとどける使命をおびていた。リックはこれを預かりピアノの中へ隠す。フランス側の警察署長ルノオ(クロード・レインズ)は、ドイツ将校シュトラッサの命をうけてウガルテを逮捕する。このカサブランカも徐々に侵食してくるどいつの脅威を感じてはいるが、まだ自治権はもっており、犯罪は犯罪として処理されていた。
そのあとへ、反ナチ運動のリーダー、ヴィクトル・ラズロ(ポール・ヘンリード)と妻のイルザ・ラント(イングリット・バーグマン)がその旅券をもとめて現れる。この店の経営者がリックであると知って驚くイルザ。リックもまた憂鬱になり、店を閉めたあと盃を傾けながら、彼女とのことを回想する。
独軍侵入直前のパリで、彼はイルザと熱烈な恋に身を焦していた。独軍が侵入して来たとき、2人は一緒に脱れることを約束したが、彼女はそのまま消息を断ってしまった。
やがてラズロがリックの店を訪れ、リックが持っているはずの旅券を渡してほしいと頼むが、リックは承諾しない。2人の会見の模様を夫ラズロからきかされたイルザは、再びひとりでリックの店を訪れる。パリで彼と恋に陥ちたのは、夫ラズロが独軍に捕われ殺されたと信じ切っていたためであり、約束を破って姿を消したのは出発の直前、夫が無事であることが判明たからだ。しかもそのとき夫は病気で彼女を必要としていたからだと説明する。過去の苦い思い出が浄化される。
f0009381_13423597.jpgリックは署長ルノオを訪れ、ラズロに旅券を渡すからそのとき彼を捕えろ、俺はイルザと逃げる、と語り、手はずを整えさせた。が、その夜、店へラズロとイルザが現れ、ルノオがこれを逮捕しようとしたとき、突然リークはルノオに拳銃をつきつけ、ラズロ夫妻の旅客機を手配するため、飛行場へ電話をかけるように命じた。飛行場へ赴いたリックは一足違いで駆けつけたドイツ将校を射殺すると、「残りたい」と言うイルザを説き伏せ、二人ををリスボン行の旅客機に乗せておくりだす。のこされたリックとルノオは反独戦線に加わることを誓うのだった。

by ssm2438 | 2009-10-13 12:40
2009年 10月 13日

クイズ・ショウ(1994) ☆☆☆

f0009381_614530.jpg監督:ロバート・レッドフォード
脚本:ポール・アタナシオ
撮影:ミヒャエル・バルハウス
音楽:マーク・アイシャム

出演
レイフ・ファインズ (チャーリー・ヴァン・ドーレン)
ジョン・タートゥーロ (ハーヴィー・ステンプル)
ロブ・モロー (ディック・グッドウィン)

        *        *        *

監督としては絶対的に支持するロバート・レッドフォードなれど、この作品はそれほどあたりというわけではなかったかな。いつものヒーリング・モードはかなり薄かったし・・。しかし、この人の繊細な演出にはついつい見とれてしまう。
『真実』というものを、テレビの番組のウケの為に汚してしまった伝説のクイズ王の後悔の念が染み込む映画・・・。善良は市民だった主人公のチャーリーが、クイズ王にしたれられ、自責の念にとらわれ、それを告発。そして謝罪。しかしテレビはチャーリーの態度は「潔いもの」として称賛する。クイズ王になる前も、なってからも、引き際も、本来彼自身はとても高潔で心の清潔な人だったのに、テレビが介入することで、それが欺瞞になっていくメディアの不思議。しかし、彼と直接触れ合えば、その人の良さが実感できてしまう・・という、イベントを描くのではなく、ニュアンスを描くレッドフォード演出はいつもすばらしい。
しかしイベントしか追わない人にはこの映画はつまらないものになるだろう。

レッドフォードの映画では痛みとか、悔しさとか、後悔が見ている人に染み込むのである。この繊細な染み込ませ方がレッドフォードは上手すぎるのだ。

<あらすじ>
56年、アメリカ中がテレビのクイズ番組に熱中していた。中でもその秋にスタートした『21(トゥエンティ・ワン)』の人気は、社会現象にまでなっていた。番組で無敵を誇るチャンピオン、ハーヴィー・ステンプル(ジョン・タトゥーロ)が勝ち進んでいたが視聴率の伸び悩みから、スポンサーは、もっと見栄えのする人物に変更しろと指示する。そんな折り、番組のオーディションを受けにきたコロンビア大学講師で、著名な詩人を父に持つチャーリー・ヴァン・ドーレン(レイフ・ファインズ)をひと目見たプロデューサーのダン・エンライト(デイヴィッド・ペイマー)は彼に白羽の矢を立てる。
ダンはハーヴィーに別のクイズ番組への出演をちらつかせ、悩み抜いた末にハーヴィーは本番で間違った答えを口にして、劇的な負け方をした。一方、チャーリーにはオーディションの際に出された問題が出され、彼は仕組まれた勝利に気がつくが、脚光を浴びる気分の良さと高額の賞金を前に理性をなくしていく。ダンの目論見どおり、チャーリーは名門出で若くハンサムなクイズ王として『タイム』や『ライフ』の表紙を飾り、テレビ界の寵児となった。だが、その裏には番組をよりドラマチックに演出し、高い視聴率を稼ぐために勝敗の不正な操作が行われていた。
ハーヴィーはついに、地方検事局に訴えを起こす。やがて立法管理委員会が調査を開始、新人調査官のディック・グッドウィン(ロブ・モロウ)が関係者への聞き込みを開始する。彼は調査を続けるうちに番組で不正が行われたことを確信するが、チャーリーには不思議な好感を持ち、友情さえ感じ始める。彼はついに決定的な証拠を掴み、事件は全米放送史上空前の一大スキャンダルへと発展。一方、チャーリーは15週目の対戦でわざと不正解してチャンピオンの座を降りた。立法委員会が開催され、ハーヴィーが証人喚問された。全米のマスコミが注目する中、チャーリーは聴問会に証人として出席して不正の事実を認める声明を発表した。ダンら製作陣は解雇されたが、チャーリーの態度は潔いものとして称賛される。テレビという巨大なメディアは何も変わらないことに気づいたディックは、暗然たる思いに包まれた。

by ssm2438 | 2009-10-13 04:14 | R・レッドフォード(1936)
2009年 10月 13日

インサイダー(1999) ☆☆☆☆

f0009381_493011.jpg監督:マイケル・マン
脚本:エリック・ロス、マイケル・マン
撮影:ダンテ・スピノッティ
音楽:リサ・ジェラード、ピーター・バーク

出演:アル・パチーノ、ラッセル・クロウ

        *        *        *

マイケル・マンの映画のなかでは一番好きかもしれない。実話をもとにした話で、アメリカのタバコ産業の不正を告発したTVプロデューサーと元重役を描いた社会派ドラマ。その前にみた『LAコンフィデンシャル』でタフガイを演じたラッセル・クロウが今度は一転、インテリでデリケートな情報をリークする会社側のエリート役員を演じている。これはこれでなかなか様になっていた。アル・パチーノは・・・個人的にはどうも好きになれない。どうも私はイタリア系の男優をあんまり好きじゃないらしい(苦笑)。

ドラマ的には会社の悪事をリークしようとする会社幹部と番組プロデューサーのうける見えざる圧迫感がこの映画うり。古き映画ファンならフレッド・ジンネマンあたりがやることをのぞむかもしれないが、マイケル・マンも負けず劣らず、実にいい仕事をしている。

<あらすじ>
CBSの人気報道番組『60ミニッツ』のローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)は危険をかえりみたいハングリーな特攻プロデューサー。中東のテログループの首謀者にも果敢にインタビューをこころみる。そんな彼がタバコ産業の極秘資料を入手した。彼は全米第3位の企業ブラウン&ウィリアム(B&W)社の元研究開発部門副社長ジェフリー・ワイガンド(ラッセル・クロウ)と接触する。彼はB&W社が利潤追求のためタバコに不正な手段で人体に有害な物質を加えているという秘密を握っていたが、病気の娘の医療手当をはじめ家族の生活を守るため、 B&W社の終身守秘契約に同意していた。彼がマスコミと接触したことを知った会社は、さりげなく彼とその家族に圧力と脅迫を加えていく。信念と生活への不安の板挟みでワイガンドは苦悩するが、ついに『60ミニッツ』のインタヴューに応じ、法廷で宣誓証言することを決意。番組の看板ジャーナリスト、マイク・ウォレス(クリストファー・プラマー)のインタヴュー収録も終わったが、CBS上層部はタバコ産業との訴訟沙汰を恐れ、番組ではワイガンドのインタヴューをカットして放映する決定。さらにタバコ産業はワイガンドの過去の悪事を暴露するアンチキャンペーンを展開。バーグマンも『60 ミニッツ』を降板させられた。だが、彼は事件の真実を『ウォールストリート・ジャーナル』にリーク、全てを表ざたにして、ついに番組の放映を実現させるのだった。

by ssm2438 | 2009-10-13 03:48
2009年 10月 13日

裏窓(1954) ☆☆

f0009381_3383713.jpg監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影:ロバート・バークス
音楽:フランツ・ワックスマン

出演:ジェームズ・スチュワート、グレイス・ケリー

        *        *        *

ちっとも面白くない。ヒッチコックの映画はシチュエーションを作為的に作りすぎるので、全然感情移入ができない。私に言わせれば、サスペンスなストーリーとその謎ときの鍵を、説明するだけの演出。
この映画はカメラがその部屋から出ずに物語を展開させるという、実験的な演出をしている。世間ではご祝儀的にこの映画をヨイショしているが、どこまでほんとに面白いとおもってるかかなり疑問。ほんとは1.5☆くらいだけど、☆☆ほど面白いとも思えない。でも『どですかでん』よりははるかに面白い。
グレイス・ケリーは実にヒッチコックの好きそうな女優さんである。彼はクラシックな正統派美人がすきなのである。

<あらすじ>
カメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュワート)は事故で足を骨折し、車椅子生活を余儀なくされる。そんな彼にできる楽しみは、カメラの望遠レンズを使って裏窓から見る隣のアパートの住人達の人間模様の観察であった。カメラは、裏窓から見える範囲の窓をさりげなくスケッチしていく。
ある日、いつも口喧嘩が絶えなかった中年夫婦の妻が突如として姿を消す。セールスマンらしい夫の怪しい挙動を観察していたジェフは、数々の状況証拠から殺人事件ではないかと思い込む。恋人リザ(グレイス・ケリー)は、そんなの思い込みよとなだめるが、話を聞かされているうちに「もしかしたら本当に殺人事件かも・・」という疑念が生まれてくる。と共に調査に当たる。車椅子生活で動けないジェフは、リザを調査にいかせる。事件を認めない友人の刑事を納得させるため、確たる証拠を掴もうとする二人だが、その男もジェフの動きにきづいたらしいが、ジェフは歩けない。さあどうする!?

by ssm2438 | 2009-10-13 03:20 | A・ヒッチコック(1899)
2009年 10月 12日

ドア・イン・ザ・フロア(2004) ☆☆☆

f0009381_140456.jpg監督:トッド・ウィリアムズ
原作:ジョン・アーヴィング、
    『未亡人の一年』(新潮社刊)
脚本:トッド・ウィリアムズ
撮影:テリー・ステイシー
音楽:マーセロ・ザーヴォス

出演:ジェフ・ブリッジス
    キム・ベイシンガー
    ジョン・フォスター
    エル・ファニング
    ミミ・ロジャース

        *        *        *

不思議なことなのだが、実はジョン・アーヴィングの原作で映画になったものは全部みていた。『ガープの世界』、『ホテル・ニューハンプシャー』、『サイモン・バーチ』、『サイダーハウス・ルール』、そしてこの『ドア・イン・ザ・フロア』。特にアーヴィングが好きというわけではないのだが、この人の「沁み込ませ方」は圧倒的に上手いと思う。そしてアーヴィングの特徴は、彼の描く物語はいつも「子宮」の臭いがする。そしてアーヴィングの書く話はいつも、深い悲しみがあり、それでも前向きな姿勢がある。

この物語は、子供を交通事故で失った夫婦の再生へむけた歩みをきりとった映画。家の廊下にはなくなった二人の男の子の写真が額に入れて飾ってある。子供の頃から彼らが死んだ17才と15才の時までの写真。妻はそれを見て毎日をすごすだけ。二人を失ってから生んだ娘はベビーシッター任せ。失意のどん底からまだ這い上がれない妻に対して夫がおこなった最後の荒療治。それがこの物語。夫は妻に仮の息子を与えるために、性格は次男に、面影は長男に似た男の子をアシスタントとして雇った。
アーヴィングの話には近親相姦の構図というのはよく出て来るそうだが、この物語ではなかった。しかし、この男の子を通しての仮想近親相姦と見ることはできるかもしれない。

タイトルの「ドア・イン・ザ・フロア」とは、作家である主人公が書いた絵本のタイトル。そのドアの下にあるものは・・女性にとっては、それはこの世界の下にたえず存在するが、見ないことにしている恐怖・・? 男性にとっては、それは現実の世界・・? そしてそのドアとはヴァギナのこと・・? いろんな解釈が出来るし、多分それはひとつの解釈にとどまることはないだろう。いろいろ含みのある映画だ。

トータルな印象としては、それでも他のアーヴィングの作品よりはなんとなくさらさらしてたかな・・という気がした。そのさらさら感がきもちいい。

<あらすじ>
交通事故で二人の息子(17才のトムと15才のティム)を失ったマリアン・コール(キム・ベイシンガー)にはその後に生まれたルーシー(エル・ファニング)もいるのだが、彼女にはほとんど感心をしめせないくらい虚無感に飲み込まれている。ルーシーの世話は雇ったベビーシッターの女の子が担当していた。そんな妻を虚無感からなんとか救い出しと思いたった夫のテッド・コール(ジェフ・ブリッジズ)は、長男のトムによく似た小説家志望の高校生エディ(ジョン・フォスター)をアシスタントとしてひと夏雇うことをきめ、彼との時間を持たせるために別居を申し出る。彼が始めてロングアイランドの家を訪れたときも、自分で出向かず、マリアンを迎えにいかせた。・・・多分その意図は、どこかの時点でマリアンも感づいていたのだろう。

そんなテッドは、仕事に必要なモデルとしてヴォーン婦人(ミミ・ロジャース)をやとい、彼女のヌードを描いている。もちろん情事もかさねているようだ。彼は小説家であると同時に、挿絵を自分で描いているのだ。二コール・キッドマン以前のトム・クルーズの奥さんだった人だが、体形が崩れかけた熟女であり、匂いたつ感じだ。

事情は知らないエディだが、マリアンの美しさに魅了され、彼女を想いながらオナニーにふける。しかしそのシーンをマリアンにみられてしまう。だからといって騒ぎ立てるわけでもなく、彼が自分を想いオナニーをすることを受け入れるマリアン。そして二人の息子の写真をみながらつぶやく。
「二人はしてたかしら? ・・トムは女の子に人気があったらしてたかもしれないわね。ティムは・・シャイだったからしてないわね。 男の子ってしたいものでしょ?」
「はい。死ぬ前には・・」
ブラウスのボタンをはずしていくマリアン。その意図を理解し自分も服をぬぐエディ。マリアンはエディの手をとり自分の股間を触らせるが、エディは興奮のあまりそれだけでイってしまったようだ。ベットにふたり寝そべり、それだけでもう満足してるというエディを、やさしく、きちん最後まで完了させあげるマリアン。

その夏エディはマリアンと60回セックスをしたという。
そして、マリアンは二人の写真とネガをもって出て行った。


この映画をみて、思い立ったのが、その前にみた『恋愛症候群』のなかにある言葉。

「誰も自分の感情にはさかられないのよ・・」

マリアンは娘を捨てて、二人の写真だけとネガだけをもって消えたのだ。夫のテッドは「俺の息子たちでもあるんだぞ、半分は残していってもいいだろう。ルーシーはどうなる。親権を放棄するのか?」
彼女の心の傷は、理性など入り込むスキもないのだ。そのくらい壊れている。
こういうひとつひとつの言葉と描写が、見てる人の心にじわああああああっと沁み込む、凍えるのよに冷たく、美しい映画だ。

by ssm2438 | 2009-10-12 14:03
2009年 10月 11日

ミンボーの女(1992) ☆☆

f0009381_1802068.jpg監督:伊丹十三
脚本:伊丹十三
撮影:前田米造
音楽:本多俊之

出演:
宮本信子 (井上まひる)
宝田明 (総支配人)
大地康雄 (鈴木勇気)

       *        *        *

『マルサの女』につづく『○○の女』シリーズ、その第二弾。

『マルサの女』が日本映画界においてはスマッシュヒットとなった伊丹十三監督の、こんどはちょっとあぶなそうな次元につっこんだ映画。

「ミンボー」というの「民事介入暴力」、いわゆるヤクザの恐喝やいやがらせである。基本的に日本の警察は「民事不介入」の立場をとっており、こうした自体にはなかなか介入しづらかった警察庁が「民事介入暴力対策センター」を設置し、現実的な対応をし始めたのがこの頃。
ちなみにここに登場する主人公井上まひるは警察組織の者ではなく、ミンボーを専門に扱う弁護士さんである。

この映画の公開1週間後に、自宅の近くで刃物を持った5人組に襲撃され、顔や両腕などに全治三ヶ月の重傷を負う事件がおきた。警察は現場の車より山口組(稲川組)系後藤組の犯行で5年から6年の懲役刑となった。
それから5年後、伊丹プロダクションのある東京麻布のマンション下で遺体となって発見された。伊丹は当時後藤組と創価学会の関係を題材にした映画の企画を進めており実際1997年に公開された『マルタイの女』は創価学会を題材にしていた。創価学会関係者や後藤組組長の後藤忠政がそれを快く思わず、後藤配下の5人が伊丹の体をつかんで銃を突きつけ屋上から飛び降りさせたのが真相ともいわれている。

<あらすじ>
ヤクザにゆすられ続けるホテル・ヨーロッパはついに外部からプロを雇うことになる。それが民事介入暴力(民暴)を専門とする弁護士、井上まひる(宮本信子)であった。
まひるはヤクザ相手に経験と法律の知識を武器に堂々と立ち向かい、「ヤクザを怖がらない」ことを教えていく。なかなか脅迫に屈しないホテルに対してヤクザ側は街宣車を送り込む等の嫌がらせを行う。それに対してまひるは裁判所に不作為の申請をする等、一歩も引かず対処するが、ヤクザの「鉄砲玉」によって腹部を刺され重傷を負う。
まひる不在のなか、ヤクザは大挙してホテルに乗り込んでくる。まひるの教えを勇気をもって実行していくホテルマンたちは、決して脅しに屈することなく、逆に恐喝の言質を取ることに成功する。ヤクザたちは恐喝の現行犯で待機していた明智刑事率いる警官隊に一網打尽に逮捕された。


映画的にはきわめてスタンダードで、「弱きを助け、強きをくじく」、ドラマとしての基本ラインで構成されている。ヤクザの威圧にびびるホテルマンたち。浮気現場を隠し撮りされて弱みをにぎられるホテルの支配人。そんな人間的な弱みをもちながらも、ヤクザの嫌がらせに、法律をバックに戦う姿勢を描いた映画。
けっして悪いわけではないのだが、『マルサの女』の時ほど楽しさはなかった。もっとも、伊丹さんの映画、画面づくりにこだわったものであはなく、物語の語り口にで魅せる映画。この映画もそれほどシリアスにならないように物語を語っている。ただ、物語はある種のあんまり現実をみたくない要素をはらんでいる。

 それは、法律をバックに戦うことの有効性の問題なのだろう。
一つの解決方法としてアメリカの映画などでかたられるのは、ヤクザな連中に戦うにはクリント・イーストウッドを呼べ!みたいな解決方法がある。力には力を!というメソッドである。良くも悪くもこれは恒久的な対処方法なのだ。それに対して、今回この映画でとられ対処方は、法律をバックにして体力的に弱いものが、強いものに戦うというものである。夏名言い方をすれば、相手に理性が感じ取られるときにのみ有効な手段だということだ。
この物語なのかではあいては日本人のヤクザだった。そして日本に所属している以上、日本の法律を守らなければいけないという、ある種の潜在的な倫理をもっていそうな「悪役」だった。だから有効だったといえる。しかしこれが中国人マフィアだったら・・? あるいは、中東のイスラム圏のテロリストだったら??
そんなものが相手になったときに、このメソッドが本当に有効なのか?という疑問が捨てきれない。だからこの物語は、このように終わったからといってまるっきり気持ちよく楽しめないのだろう。

つまり・・・実力的に弱いものが、理屈の力を使って戦っても、あんまり嬉しくないのである。
そのことが我々の心のそこに絶対に存在する。それは実力のないものの劣等感であり、劣等感を感じながら理屈の力をつかっても、劣等感は払拭されない。
このことは、きちんと認識してみないといけない映画なのだろうなって思った。

by ssm2438 | 2009-10-11 18:00
2009年 10月 10日

恋愛依存症(2006) ☆☆

f0009381_8493479.jpg監督:ジョーイ・ローレン・アダムス
脚本:ジョーイ・ローレン・アダムス
撮影:ティム・オアー
音楽:アラン・ブリューワー

出演:アシュレイ・ジャッド
    ジェフリー・ドノヴァン
    ローラ・プリポン

        *        *        *

映画中の彼女は38歳だが、このアシュレイ・ジャッドはいい。
個人的にはシャーリズ・セロンアシュレイ・ジャッドは好きなタイプなんだけど(私には全然ちがうようにみえるのだが、どうやら他人に言わせると似てるらしい)、シャーリーは眺めているのが素敵な女で、どっちとエッチがしたいといわれればアシュレイ・ジャッドがいい(苦笑)。

しかし、このタイトルはいただけない。この映画、セックスは出来ても恋愛は出来ない女の話なので、タイトルは真反対。もう少し物語の本質を理解してタイトルをつけてほしいものだ。原題の『カム・アーリー・モーニング』というのは、見知らぬ男とねて、早朝になると・・という意味。

この物語の主人公のルーシーは、とにかく自分に正直になれない女。多分この監督ジョーイ・ローレン・アダムスの自伝的要素が強いのではと思う。それぞれのイベントに想い入れが強すぎてストーリー的にまとめきれてない様子。なので映画的には完成度はかなり低いが、さりげなくみせるポイントはもっている。とにかく、男を好きになれない女の心情がかなり素直に描けていると思う。

f0009381_8554385.jpg<あらすじ>
アーカンソーの小さな町、ルーシー・ファウラー(アシュレイ・ジャッド)は小さな建設会社で事務の仕事をしてい。しかし週末になると町のバーにいき酒に溺れ、一緒に寝る男をさがしていた。その日も早朝になるとすごすごとベットから抜け出すルーシー。

そんなある日、バーでキャル・パーセル(ジェフリー・ドノヴァン)と知り合う。いつものように週末彼の家に行きビールを飲み、キスをする。さりげなくキャルが「君はしらふでキスをしたことがあるのかい?」と聞く。それには答えず二人はベッドに。
そして早朝、いつものように彼女はベッドから抜け出そうとするとキャルが起きて、送るという。ルームメイトのキム(ローラ・プリポン)には、「なんであなたは相手のことを知ろうともしないの。あなたは臆病よ」と言われる。キャルの紳士な態度を思い起こすと、確かにきちんと付き合ってもいいかなとおもい、彼のところにいってみる。ビールを差し出されるが断る。そしてしらふのまま初めてキスをする。
しかし、長年しみついた自己防衛本能が赤信号をだし、彼女はどう接していいのか分らない。そんなルーシーをこれまた我慢強く受け入れようとするキャル。じつにこの男はいい男なのだ。ルーシーもすこしづつ心を開いて接する努力をしてみるようになる。

しばし老人ホームを訪れ祖母に会うルーシー。祖父はどうやら彼女を裏切って出て行ったらしいが、それでもまだ祖母はそんな祖父を愛している。そんな祖母を理解できないルーシーに、
「誰も自分の感情にはさかられないのよ。それを認められないなら、恋愛には不向きね」とひとこと。

バーで飲んでいるとキャルが合流、しかし以前にルーシーと寝た男がちょっかいをだしてくる。「消えろ」というキャルにその男は「この女、取り合う価値もないぜ」と言い放つ。喧嘩になる二人。その場は回りに男たちが納めてくれるのだが、ルーシーは「私が酒によって寝た男よ。からかわれても仕方がないわ。私の問題に首を突っ込まないで!」と言ってしまう。キャルは「そうか・・・君の問題か・・、ボクの問題じゃないんだ」と淋しそうに去っていく。

ルームメイトのキムがデートに出かけた夜、さびしさを紛らわすためにまたバーにいき、口説かれているルーシー。その男がトイレに立ったときにキャルがあらわれるが、ルーシーのそしらる態度を理解し去っていく。バーで出会った男と一晩明かそうと彼の車にのるルーシーだが涙が出てくる。「さっきの男との関係にボクをまきこまないでくれ、君は自分自身をだましてる。車からおりてくれ」というその男。
こいういのをすごくシンシな態度でおこなるから素敵。アメリカ人のいいところだなあって感心する。

再びキャルの自宅を訪れるが、今回はキャルも切れてる様子、つめたく「もう終わったんだ」といわれ、静かにさっていくルーシー。しかし感情があふれだし、車をとめて泣いてしまう。
父と行く教会に神父に聖書を持ち込み、その第〇〇章のどこかの文章に感情をぶちまけるルーシー

「どうして父の罪で、子が罰せられなければいけないのか! 
 なぜ、父の罪を子が背負う義務があるのだ!
 不公平よ。門を叩けば、あけてくれるんじゃなかったの!!」

数日後、ふたたびキャルの家を訪れるのだが、彼には既に新しい彼女ができていた。しかし、「自分のことにあなたを巻き込んでしまってごめんなさい」といって去ってい彼女はそれでも晴れ晴れとしているようだった。


話はまとめきれてないが、監督の強い想い入れを感じることが出来る映画だった。
こういう想いがにじみ出る映画は良い。私は好きだ。

by ssm2438 | 2009-10-10 08:56
2009年 10月 10日

北北西に進路を取れ(1959) ☆☆

f0009381_411246.jpg監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:アーネスト・レーマン
撮影:ロバート・バークス
音楽:バーナード・ハーマン

出演
ケイリー・グラント (ロジャー・ソーンヒル)
エヴァ・マリー・セイント (イブ・ケンドール)
ジェームズ・メイソン (フィリップ・ヴァンダム)

        *        *        *

世間でいうほど面白いとは思わなかったのがこれ、『北北西に進路を取れ』。というか、個人的にヒッチコックの説明的過ぎる演出は好きになれない。特に恐怖を説明的にみせるので実に興ざめ。
あとヒロインのエヴァ・マリー・セイントがいまいち私の趣味ではないかな。ヒッチコック映画のヒロインとしては『レベッカ』ジョーン・フォンティンが一番好きだ。

<あらすじ>
広告代理業者ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、ニューヨークのホテルから無理やり2人の男に連れ出された。「キャプラン」という人物と間違えられたのだ。
海の近くの邸宅で、タウンゼントと称する男(ジェームズ・メイスン)はある仕事への協力を強いた。断ると、彼を泥酔させ、車のまま海へ突き落とそうとしたが危く逃れた。ロジャーは国連総会に出席中と夫人がいったタウンゼント氏に会いに行ったその男は昨夜の男と違っていた。どうやらこちらが本物らしい。
くわしくきこうとするがタウンゼントは殺され、ロジャーが犯人とされた。
彼は「キャプラン」を追って、シカゴへむかう急行に乗った。イーブ・ケンドルと名乗る女(エヴァ・マリー・セイント)が追っ手を交してくれた。2人はひかれ、車室で恋の夜が過ぎた。しかし彼女は偽タウンゼントの手下だった。シカゴに着くと、一味は彼女にロジャーを郊外へおびき出させた・・。

間違われた男「キャプラン」も本来存在しない人物であったり、いろいろ何がほんとで、何がうそなのかわからないなかで、主人公がそうなった原因をつきとめていくサスペンス。こねくりがおおい話だ。
結局敵がロジャーを殺そうとしているのか、どこかに誘導しようとしているのか、見てる側からしてみると、怖がっていいのかその必要がないのかわからないので、感情移入が途中でくたびれてしまい、出口がみえない物語だけが展開するという映画。個人的には全然楽しめない映画だった。

by ssm2438 | 2009-10-10 03:40 | A・ヒッチコック(1899)