西澤 晋 の 映画日記

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2009年 11月 06日

再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ(1988) ☆☆

f0009381_1323731.jpg監督:ジェームズ・ブリッジス
脚本:ジェイ・マキナニー
撮影:ゴードン・ウィリス
音楽:ドナルド・フェイゲン

出演
マイケル・J・フォックス (ジェミー・コンウェイ)
キーファー・サザーランド (タッド)
フィービー・ケイツ (妻アマンダ)

        *        *        *

あまりにもフィービー・ケイツがちょい役すぎませんか?

どこかコメディ系だったマイケル・J・フォックスがシリアス路線でいった映画という反面があるが、お話自体はけっこういい。監督は私の大好きな『ペーパーチェイス』『チャイナ・シンドローム』ジェームス・ブリッジズ。ただ、今回は脚本が原作者がやってるので、彼の良さはでなかったかな。個人的にはジェームス・ブリッジズに脚本を書いてほしかった。
このころのキーファー・サザーランドは悪役面でろくでなしやってます。こんでなくっちゃ。いつのまにこいつがいいもんやるようになったのでしょうねえ?

さりげなく、撮影はゴードン・ウィリス。おお!

<あらすじ>
ニューヨークの出版社に勤めるジェイミー・コンウェイ(マイケル・J・フォックス)は、1年前の母(ダイアン・ウィースト)を亡くし、そして今、妻アマンダ(フィービー・ケイツ)の突然の家出を経験する。うさ晴らしのために連夜ディスコで遊び続け、ドラッグに酔い、気がつけば夜明けといった生活、仕事も上司からはほとんど見放され、やっつけ仕事の連続。
しかし、彼もわずかながらの夢はもっていた。彼は小説家になる夢も捨ててはおらず、文芸部のベテラン、ハーディ(ジェイソン・ロバーズ)との時間は彼の文筆活動への意欲を奮い立たせるものだった。ある日彼は、悪友タッド(キーファー・サザーランド)の従妹というヴィッキー(トレイシー・ポラン)を紹介され、他の女性にはない彼女の落ちついた寛容さに、久しぶりに心安らぐものを覚えるのだった。しかし、そんな思いもつかの間、ジェミーは提出した記事が間違いだらけだったことにより、クビを言い渡される。追いうちをかけるかのように、モデルとしてファッションショーのために、この街へ戻ってきたアマンダに会いに行った彼は、彼女に冷たくあしらわれふたたびドツボにおちこんだ。

これは、抜け道のないドツボな生活のなかで、それを軌道修正するドラマ。この映画のほとどの時間の主人公は最低な奴です。しかし人には絶対「ここでかわらなきゃいけないんだ!」ってポイントがある。それは何気ないところにころがっている。それを描いた映画。きっかけがどうというよりも、もうそれ以前に其の人の中では行くべき道は発見されていて、あとは、どこでそれまでの自分と決別するか、そのきっかけさえあれば自分も納得できる。その瞬間をさりげなく、自然に描いた映画がこの映画。

忘れようと努めていた母への思いを確かめることにより、初めて自分自身を冷静に見つめるようになるジェイミー。そして将来への決意を電話でヴィッキーに打ち開けるジェイミーに、マンハッタンの朝焼けの陽光が、穏やかに降り注がれるのだった。

by ssm2438 | 2009-11-06 01:28 | ゴードン・ウィリス(1931)
2009年 11月 04日

栄光のエンブレム(1986) ☆☆

f0009381_18424060.jpg監督:ピーター・マークル
脚本:ピーター・マークル
撮影:マーク・アーウィン

出演
ロブ・ロウ (ディーン・ヤングブラッド)
シンシア・ギブ (監督の娘ジェシー)
パトリック・スウェイジ (デレク・サットン)

        *        *        *

シンシア・ギブの健康的なエッチをみる映画。あとは普通の青春スポーツ映画。
当時、『セントエルモスファイヤー』『アウトサイダー』なんかに登場する若手の俳優人がやたらと頭角をあらわした時代が80年代。ロブ・ロウもそのひとりだが、このヒロインを演じるシンシア・ギブは忘れがたい存在。なのに、なぜか時代からとりのこされ感があった。その容姿だけみるなら当時メジャーだったアリー・シーディよりも美人度は高かったと思うのだけど・・とはいえ、愛らしさはアリーのほうが上だったかな。シンシア・ギブがあのj時代ブレイクしなかったのかいまだに謎だ。

<あらすじ>
農場の息子、ディーン・ヤングブラッド(ロブ・ロウ)のはプロのアイスホッケー選手になりたいと思っていたが、先にプロになった兄は試合中の事故で固目を失明、それいらい、彼の父はディーンがプロに行くことには反対だった。
激しい闘志を胸に秘めたディーンの耳には入らない。宿敵ボンバーズと対決するために彼はリンクに立った。ところが試合中、友人サットン(パトリック・スウェイズ)が重傷を追ってしまう。ディーンは戦意を喪失して故郷へ帰る。しかし、代々アイスホッケーに親しみ、その才能をもてあましていたディーンをみていると、兄は父に内緒で弟を「ムスタングス」への入団テストに参加させる。最終選考までのこったのはディーンとラフプレイが得意にラッキ。結果ディーンがパス。ラッキはムスタングのライバルチームに入ることになる。ムスタングの中心選手はサットン(パトリック・スウェイジ)。チーム監督の娘はジェシー(シンシア・ギブ)。

f0009381_18415389.jpgリーグ戦がはじまり、「ムスタングス」は順調に勝ち進むが、ラッキの入団したライバルチームとの対戦で
サットンがラッキの超汚いダーティな方法で再起不能にされてしまう。結果は惨敗。
監督は「反則されようが勝たなければ意味がない。お前らは腰抜けか」と檄を飛ばす。しkぁしディーンは、「ラフプレーで勝って、それでいいのか!」と反論。結局農場にひきこもってしまう。かれの言葉は正論だが、それは相手のラフプレーの恐怖を隠す言動でしかなかった。
そんなディーンをみて、父がスティックをもって氷上にたち、アイスホッケーとは氷上の格闘技だということ、リンクではその恐怖に打ち勝って、なおかつゲームにもかってなんぼであることを語る。彼の父もアイスホッケーの選手だったのだ。
父から教わったダーティファイトに負けない秘策をひっさげ。ヤングブラッドは優勝をかけた最終戦となる宿敵チームとの再戦に試合直前に戻ってくる。

by ssm2438 | 2009-11-04 18:44
2009年 11月 04日

美しい妹(2001) ☆

f0009381_18175658.jpg監督:ジル・パケ=ブランネール
脚本:ジル・パケ=ブランネール
撮影:パスカル・リダオ
音楽:ダヴィド・モローマリー

出演:マリオン・コティヤール

        *        *        *

自殺した双子の妹になりかわり、妹の人生を奪う姉の話。コンセプトは面白そうだからみてみたが・・・これはダメだ。ただただ眠い。退屈。最近まともなフランス映画をみてないような気がする。。。

<あらすじ>
双子のマリー(マリオン・コティヤール)とリュシー(マリオン・コティヤール)は外見こそそっくりだが、内面は正反対。妹のリュシーは派手好きで有名になることを夢見つつ、男たちとも一夜限りの夜を繰りかえしていた。姉のマリーは生真面目で化粧もせず、恋愛においても一途だ。そんなふたりはお互いを受け入れらず、嫌悪で不仲な2人。ある日、リュシーに歌手としてのチャンスが訪れるが、歌の才能がないリュシーは、マリーに代役を頼む。それでオーディションにとおってもそのあとどうするんだ??って思うのはわたしだけ?? 渋々承知したマリーがステージを終えてアパートに戻ると、リュシーは謎の自殺を遂げていた。妹の遺体を前に事情聴取を受けたマリーは、死んだのは姉のマリーだと答える・・・。
歌手リュシーとしてデビューしたマリーは、ショウビズ界の裏側が、セックスとドラッグにまみれた世界だと知る。そんな世界に怯えながらも、マリーは、その繊細な歌声で若者たちの心をつかんでいく。しかし、リュシーの知られざる世界がマリーの人生を脅かしはじめる。

普通に作ればおもしろいはずなのだけど、ただ眠いだけの話になってしまってた。原作はいいのだがら、監督が無能なせいだな。。

by ssm2438 | 2009-11-04 18:25
2009年 11月 04日

インビジブル(2000) ☆☆☆☆

f0009381_16391444.jpg監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:アンドリュー・W・マーロウ
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
音楽:ジェリー・ゴールドスミス

出演
ケヴィン・ベーコン (セバスチャン・ケイン博士)
エリザベス・シュー (リンダ・マッケイ)

        *        *        *

いやああ、おもしろかった。ポール・ヴァーホーヴェンなのでたいして期待はしてなかったのだが、完全に裏切られた。実に面白い。

この人の魅力は「下世話な欲求」を表現するところであり、それか彼の作品の総てであるといってもいい。志が高くないのである(笑)。その下世話な欲求のもとに物語が進行し、最後の殺戮のシークエンスは・・んん?どうなんこれ??って疑問をもつが、透明人間にいたる見せ方、透明になってからの見せ方を実に下世話でおもしろい。もっとも『ディスカバリーチャンネル』の『人体』に関するものをみれば、このくらいのCGはあたりまえのように使われていて、さほど驚くほどではないのだけど、映画として興味をそそるように見せるという意味では実に欲出来ている。はじめてポール・ヴァーホーヴェンに感心した。

最後はエイリアン・テイストになってしまったが、もうちょっと違った方向性で出来なかったものなのかって、そこを期待してはいけないのがポール・ヴァーホーヴェンなのだけど(苦笑)。それにエリザベス・シューと一緒に逃げる男は・・・あれ、おなか斬られてけっこうへたってたのに、最後はまるで傷のことなどないかのようにはしりまくってる・・。そういえば『スターシップ・トルーパーズ』でも、肩甲骨まわりをぶすっと貫かれたデニス・リチャーズが脱出する時には平気な顔して銃を乱射しているとか・・、基本的にこの人は、そのシーンだけを撮ればそれで満足する人で、その後どうなるかなんて考えてないのだと思う。
それは最後のケヴィン・ベーコンが研究チームみなさんを皆殺しにする発想も同じ。それを全部殺して爆発させればそれで終わるのかといったら終わるわけがない。普通の人にはそのくらいはわかるのだが、このヴァーホーヴェンにはその1つ先が読めないというか、それを考えずに作ってしまう幼稚性がある。この幼稚性が一部の人には共感がもたれるのだろう。

<あらすじ>
国家最高機密の研究プロジェクトのリーダーである天才肌の科学者、セバスチャン・ケイン(ケヴィン・ベーコン)は、人間を透明にすることを目標にしている。実は、すでに透明にすることまでは出来ているのだが、戻すことが出来ないでいる。
彼は元恋人のリンダ(エリザベス・シュー)、現在彼女と恋仲になっているマット(ジョシュ・ブローリン)、獣医のサラ(キム・ディケンズ)ら研究メンバーと共に、既に動物実験を成功させていた。ゴリラの透明化と、その再現に成功したセバスチャンは、皆の反対を押し切って自ら人体実験の被験者となり、透明人間になってしまう。しかし、何が原因なのかわからないが、元の姿に戻れない。苛立ってきたセバスチャンのモラルが徐々に崩壊していく。当直のサラが眠っていると、透明なのをいいことに、服のボタンをはずし乳房をまさぐってみる。勝手に外出し隣人の女性宅に侵入、犯してしまう。
リンダとマットがセバスチャンの無謀な実験の態度と結果を国防総省の責任者(ウィリアム・ディベイン)に報告すると、実験の中止を決めた彼をプールに突き落としころしてしまう。そして自分を捕獲しようとする研究チームのメンバーも次々と殺していく。

しいていうなら女性人がもうちょっとべっぴんさんだったらよかったな。それこそ主人公はデニス・リチャーズあたりがトラッシー感じでよかったのに・・。

by ssm2438 | 2009-11-04 16:39
2009年 11月 03日

鬼戦車T-34(1964) ☆☆

f0009381_19352140.jpg監督:ニキータ・クリーヒン、レオニード・メナケル
脚本:ミハイル・ドウジン、セルゲイ・オルロフ
撮影:ニコライ・ジーリン、ウラジミール・カラセフ

出演:ヴヤチェスラフ・グレンコフ、ゲンナジー・ユフチン

        *        *        *

正直な話、前半はかなりかったるいのです。あと、うけないギャグもたまにあるし。しかし、戦車に乗り込むまでは我慢我慢。標的にされた戦車が脱走してからは面白い。
もちろん演習用の標的にされた戦車なのだから武装もしてなくて、ただ走ることしか出来ないのだけど、それでもそれがドイツの市街地や、野原を疾走し、それをドイツ軍がおっかけてる画面を想像するだけでも面白いものになるはずだけど、それと同時に実に牧歌的なのどかさがあるんだよね。このタイトルからするとあまり思い浮かばない風景かもしれないが、美しい麦畑のなかの一本道とかを戦車が走ってる。アクション映画というよりも、そのなかの人間ドラマというか、それは見方に対しても、敵に対してもなのだけど、ヒューマニズムがあるんだよね。もしこの映画をアニメ化するならぜひとも高畑勲さんにやってもらいたい。そんな雰囲気。

最後は逃亡して逃げて逃げて必死で逃げてるのに、戦車の前にドイツ人の少年が飛び出してきたら、ひき殺せなくてとまちゃう。で、やられてしまうという・・いかにも当時のソ連映画的。

<あらすじ>
第二次世界大戦さなかのドイツ東部。ナチス軍の新兵器の野外実験のためにソ連の戦車が標的されていた。戦車の操縦士はソ連軍捕虜の中から選ばれ、一斉射撃で火につつまれる戦車の乗員は市を待つことしか出来なかった。その日の実験では、イワン(V・グレンコフ)、ピョートル (G・ユフチン)、少年兵アリョーシャ(V・ポゴレリツェフ)らソ連軍捕虜とフランス兵捕虜ジャンが搭乗した。射撃実験が始ると。実彼らが乗った戦車T34は敵の砲車めがけて突進し、脱走を始めた。街を通り、森林をぬけ、ソ連領めざしてひた走った。脱走を続ける戦車をナチス軍が包囲し、まずフランス兵ジャンが倒れた。続く敵軍の猛烈な攻撃にピョートルとアリョーシャも死に、イワンだけが残った。頑固な意志と行動力を持つイワンは、ひとり戦車を疾駆させつづけた。その時ドイツの少年が道にとび出し、戦車の前に倒れた。少年を助けようとして戦車から下りたイワンは敵弾に射たれたのだった。

by ssm2438 | 2009-11-03 19:38
2009年 11月 03日

点と線(1958) ☆☆

f0009381_12171845.jpg監督:小林恒夫
原作:松本清張
脚色:井手雅人
撮影:藤井静
音楽:木下忠司

出演
南廣 (三原刑事)
山形勲 (安田辰郎)
高峰三枝子 (安田亮子)
加藤嘉 (鳥飼刑事)

        *        *        *

『ウルトラセブン』で、宇宙ステーション勤務の倉田隊長がときたま登場するのだが、これがやたらとカッコいいので覚えてた南廣、こんなところでデビューしておられたとは!!

この話、タイトルは有名だったけど見たことはなく、やっとこさこの年になってみてみると・・、西村京太郎系の時刻表サスペンスだったのですね。実はこのジャンルも松本清張がさきがけだったのかもしれないですね。ただ、たぶん原作はもっとディープで繊細なはず。さすがにこの映画を1時間判に収めるのはかなり無謀なもので、ほとんどイベントだけをおってストーリーにしていったのだろう。かなり味気ない仕上がりだ。
松本清張の小説は、あまり映画には向かない。サスペンスとしてのトリックの説明も必要だが、それと同時に人間の情とか怨念とか、愛がしたためられているので、それを描ききるには、2時間というのは短すぎる。どうしてもこの『点と線』のようにストーリーだけってことになりかねない。
しかし、当時の画面がそのまんま見られるのはちょっとノスタルジーを感じる。東海道線は電化されていたのだろうが、山陽線はまだ蒸気機関車がひっぱっていた時代。ディーゼルにも移行していない。

<あらすじ>
冬の博多郊外・香椎湾の海岸の黒い岩の上に、男女の死体が並んでいた。男はある省庁の課長補佐・佐山(成瀬昌彦)、女は東京赤坂の料亭小雪の女中、お時(小宮光江)と判った。検証の結果、合意の上の心中死体と断言されたが、老練の鳥飼刑事(加藤嘉)はなぜか腑に落ちなところがあり、その後も調査をつづけていた。一カ月後、警視庁捜査二課の三原刑事(南廣)は、先の心中が汚職事件に関係あるとにらみ、福岡の鳥飼を訪ねた。捜査線上に省庁に出入りしている機械商人の安田辰郎(山形勲)が浮かび上がが、かれはその心中事件のあった当日は北海道にいたという。さらに三原は鎌倉で静養している安田の妻亮子(高峰三枝子)に会う。彼女の枕元には一冊の汽車の時刻表があり、時刻表をみながら頭のなかで旅をし、その風景を地元の雑誌に随筆としてのせているという。
三原は、もしあの事件が他殺で、その犯人が安田なら妻の趣味から、時刻表の合間を縫ってアリバイを工作することが出来るのでは・・?と考えた。こうして安田のアリバイ崩しの捜査がはじまる。
省庁を巻き込んだ汚職の鍵をにぎる佐山を殺す必要があった。安田はそれを請負った。亮子は心中事件を計画した。亮子は夫の女、お時を憎んでいたのだ。目撃者づくりやアリバイはみんな彼女が立案した。海岸で、別別に亮子は佐山を、安田はお時を殺し、死体を並べて置いたのだ。安田は破局を知り、囲い女を連れて逃げる寸前、亮子に毒殺される。三原たちが駈けつけたとき亮子も毒を飲んで、そばに倒れていた。

旦那を愛しているのかどうかもわからない安田の妻・亮子だが、彼に必要とされない彼女には存在意義がまるでない、そのむなしさから来る殺人ということなのだろう。夫婦共同での殺人というのは、かなり希薄な例であり、正直この展開にはびっくりした。夫婦というのはお互いがそれほど深入りすることがないから成立しているもので、そこに殺人という強烈な結び着きを持たせたのだがら・・・かなり驚異的だった。

by ssm2438 | 2009-11-03 12:18 | 松本清張(1909)
2009年 11月 03日

花実のない森(1965) ☆☆

f0009381_11152078.jpg監督:富本壮吉
原作:松本清張
脚本:舟橋和郎
撮影:小原譲治
音楽:池野成

出演
園井啓介 (梅木隆介)
若尾文子 (江藤ミユキ)
田村高広 (楠尾英通)
船越英二 (浜田)
江波杏子 (節子)

        *        *        *

大映で制作された松本清張の同名小説の映画化。男が偶然い乗せた女に魅了され、何者かを探っていく話。主人公梅木(園井啓介)の行動は、たんに「その女に一目ぼれしてきになっただけ」というシンプルな動機なのだが、それだけでかなりの行動力を発揮する。彼女が何者なのか、どんな過去があるのか・・、まさに探偵張りに調査していく。たんなに趣味でやるだけならわかるが、自分に気のある女を家政婦にしたてあげて、その家にまでもぐりこませる。松本清張ならそのあたりはなにかしら小細工があってもいいものだけどって思った。車のセールスマンなら、車を売り込むためのなんらかの目的があって、そのついでに興味がふつふつと沸いてくるとか・・、なにか物質的な言い訳がひとつくらいはほしかったかな。

松本清張原作なれど、映画はかなり直球勝負名見せ方で、あるいみわかり易い。が、もうすこしかすかな臭わせ方にしてほしかったかな・・。犯人は浜田と名乗る男らしいことはすぐにわかるのだが、最後は「おお、そうだったん!!?」とおどろいた。

<あらすじ>
自動車セールスマン梅木(園井啓介)は、東京郊外を疾走中、車が故障してこまっている女2人を彼女が泊まっているホテルまで送っていく。バックミラーに映ったその女(若尾文子)は美しく、どこか影があり、梅木には印象に残った。お金持ちそうなその風貌に、車を購入の時は私に都合させてくれと名刺をわたしておく梅木。それがこうをそうして翌日、梅木の営業所に女から電話が入る。手帖を車に置き忘れたと電話だった。車内をさがすとその手帳があり、中をみてみると歌が書いてあった。熱烈に誰かを求めている歌と、誰かを憎んでいる歌。
早速手帖を届けた梅木は、食事をおごるが、彼女は自分のことを話そうとはしない。翌日もホテルを訪れた梅木だったが女は既にいなかった。しかし浜田と名乗る男(船越英二)に会った。「彼女は多情な女で、男をふりまわす危険な女だ。追わないほうがいい」と警告した。どうやら浜田もその女のことをディーバと崇拝している一人らしいことと、同じように彼女の美貌に見せられた男が多数いることがわかった。
数日後梅木は、ある雑誌のファッション・ショウの写真の中に彼女を見つけた。彼女の隣に並んで写っている楠尾産業社長楠尾英通(田村高広)だった。彼を訪ねてみるが、楠尾は口を割ろうとしなかった。そのショウの主催者に会うと、あの山中で車にのせた女の連れだった。あの女は江藤ミユキと言い、楠尾英通の妹であるという事実を知った。
楠尾家にはりこんだ梅木は、ミユキに会うことができた。二人はホテルに入リ夜と共にした。彼女は、中国地方の豪商で半身不随の男と結婚したが、死んだような日々に退屈した日々で、上京しては刺激を求めていると語った。好奇心が抑えられない梅木は、彼女の恋人の節子(江波杏子)を家政婦として楠尾邸に住みこませる。その結果、ミユキが英通にそっけない態度をとり、英通は腹違いの妹なれど彼女を求めていることがわかった。さらにミユキは、下町のアパートで何者かと同棲まがいの生活をしていることも判った。
そしてその男が殺された。彼は村岡というヤクザだった。第二の殺人事件がが起きた。今度の被害者はミユキの兄英通だった。葬式のあと、ミユキは梅木に自分の過去を打明けた。
ミユキと英通は異母兄妹で、ミユキは、女学生時代英通に犯され、日頃から憎悪を持っていた。彼女が男をあさるのも、英通を苦しめるためだった。最初に殺された村岡はかつて楠尾家の書生で、みゆきは好意を抱きつづけていたが、英通は彼女を犯した後、村岡も家から追い出した。再会した村岡はヤクザになりさがりっていたが、それでも男女の関係をもったという。
全てを聞いた梅木は、数ヵ月後、自分の気持ちに整理をつけるためにミユキの嫁いだ山口に向かう。酒造業の老舗江藤平右衛門商店を訪れた梅木は、車椅子にのっている主人の顔を見て愕然とした。東京で見た浜田ではないか!!歩けないといった彼は、数ヶ月前から自力歩行できるようになっており、妻の行動に不振をいだき東京に出ていたのだ。二つの殺人も彼に違いない。梅木は恐ろしさに立すくんだ。そとの公衆電話から、ミユキに事の真相を告げ、駅で待つ梅木。しかし、救急車がサイレンをならしてけたたましく通り過ぎていく。もしかしたら・・と思い江藤の造り酒屋に戻ってみると、江藤夫妻無理心中をはかったらしい。

by ssm2438 | 2009-11-03 11:20 | 松本清張(1909)
2009年 11月 03日

エレファントマン (1980) ☆☆☆

f0009381_724262.jpg監督:デヴィッド・リンチ
脚本:クリストファー・デヴォア
    エリック・バーグレン
    デヴィッド・リンチ
撮影:フレディ・フランシス
音楽:ジョン・モリス

出演
ジョン・ハート (ジョン・メリック)
アンソニー・ホプキンス (Dr・フレデリック・トーリーブス)
アン・バンクロフト (女優ケンドール夫人)

        *        *        *

この映画におけるデビッド・リンチの演出はきわめてスタンダードな演出であり、後のリンチのような奇をねらった演出ではない。映画の最後はかなり安らかなエンディングに収束している。この手の映画は、<醜きモノ>と<清らかなるモノ>の対比が総てであり、それは映画的に調整されていた。

・・・ただ、この不幸は私は背負えないので、みたい映画でも、観ていて気持ちのいい映画でもない。ただただ、自分でなくてよかったと思うだけだった。


-- 実際のメリックの生い立ちがウィキペディアにのっていたので抜粋 --

イングランドのレスターに生まれる。生後21ヵ月の頃には身体に変形の兆しを見せはじめ、左腕などを除く皮膚、骨格の大部分に特徴的な膨張と変形を来した。11歳になる年に母を亡くし、症状の進行につれて仕事もままならなくなり、継母に疎まれて家を追われる。叔父のもとを頼るが、異様な風貌から行商もうまくいかず17歳で救貧院に入った。
数年の収容生活にも明るい見通しはなく、21歳のメリックは見世物興行に働き口を求めた。見世物小屋には陰惨なイメージがつきまとうが、後の回想によれば興行師には寛大に扱われたといい、実際に自活できるだけの収入も得ることができた。この売り込みのため「エレファント・マン」の名がつけられ、「妊娠中の母親が象に踏まれかけたショックのため」などと宣伝された。

f0009381_7235728.jpgしかし社会的に見世物小屋を排斥する風潮が強まるとロンドンを離れ、ヨーロッパを廻る興行に身を委ねざるをえなくなる。数か月後には職を失って貯えも取り上げられ、ようやくブリュッセルからロンドンに辿り着いたところを、以前に診察を受けたことのある医師フレデリック・トリーヴスに保護された。
その後ロンドン病院で健康を回復したメリックは、部屋をあてがうための寄付を募る投書がきっかけで広く同情を得、やがてアレグザンドラ皇太子妃の訪問を受けるなど上流社会である種の名声を得るようになった。

f0009381_7241389.jpg1890年4月11日、すでにかなりの衰弱をみせていたメリックは正午まで起き出さないのが通例になっていたが、研修医が午後の回診に来たときには仰向けに寝たまま亡くなっていた。27歳だった。死因は頸椎の脱臼あるいは窒息死とされ、一見したところ事故死であった。彼はその頭部の巨大さから普段はベッドの上に座り、抱えた両膝に頭を乗せるようにして寝ていたが、この日に限って仰向けに寝ることを試みたものとも言われる。フレデリック・トリーヴスは後に「エレファント・マンとその思い出」と言う本を著している。

メリックの疾患は骨格の変形と、皮膚の異常な増殖からなっていた。皮膚は各所で乳頭状の腫瘍を示し、とくに頭部や胴部では皮下組織の増大によって弛んで垂れ下がっていた。右腕・両脚がひどく変形肥大して棍棒のようになっていたのに対し、左腕や性器は全く健全だった。
上唇から突出した象の鼻状の皮膚組織が一時は20センチ近くに達し、このため会話や食事は終生不自由で、救貧院時代にいったん切除している。会話は困難だったが知能は正常で、12歳までは学校にも通っていて読み書きは堪能だった。また少年時代にひどく転んで腰を痛め、脊柱も湾曲しており歩くときは杖が必要だった。

by ssm2438 | 2009-11-03 06:04
2009年 11月 01日

気狂いピエロ(1965) ☆

f0009381_4414953.jpg監督:ジャン=リュック・ゴダール
脚本:ジャン=リュック・ゴダール
台詞:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ラウール・クタール
音楽:アントワーヌ・デュアメル

出演
ジャン=ポール・ベルモンド、アンナ・カリーナ

        *        *        *

「現代アートと呼ばれるものの中には100万の糞アートがあり、本物はほんの一粒だ。そんなクソまみれになった一粒の本物を見つけるのが画商の仕事」だっていうような台詞をなんか映画の中か、本の中かでみたような記憶がある。糞アートは見つけ易いものだ(笑)。ここにある。

不本意な結婚生活を送っていた「気狂いピエロ」と呼ばれるフェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンドポール)はある日、昔の愛人であるマリアンヌ(アンナ・カリーナ)と一夜を過ごす。翌朝彼女の部屋には見知らぬ男の死体。マリアンヌと共に逃避行の旅にでる。ギャングに追われながらも、フェルディナンは充実した生活を過ごすが、そんなフェルディナンに嫌気がさしたマリアンヌは、ギャングと通じフェルディナンを裏切る。フェルディナンは絶望しマリアンヌを銃殺し、すべてに絶望した彼は虚飾にそまろうと顔にペンキを塗り、黄色と赤のダイナマイトを顔に巻きつける。死ぬ気はなかったのかもしれないが、火をつけたライターを落とすと導火線に引火。火を消そうとするが顔をダイナマイトでまいているので見えない。どかーん。おしまい。

なお、映画のタイトルの読みは「きちがい-」であり、「きぐるい‐」は誤りである。(ウィキペディアより)

この映画、ひたすらアン・ユージュアルな展開・演出をした映画。才能ない人にしか撮れない糞映画。『どですかでん』『死霊の盆踊り』に匹敵するつまらなさ。

・・・・しかし、なんの因果でサミュエル・フラーがでてたんでしょうね(苦笑)。

by ssm2438 | 2009-11-01 04:25
2009年 11月 01日

勝手にしやがれ(1959) ☆

f0009381_4595319.jpg監督:ジャン=リュック・ゴダール
脚本:ジャン=リュック・ゴダール
台詞:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ラウール・クタール
音楽:マルシャル・ソラル

出演:ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ

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ジーン・セバーグがみられる貴重な映画だが、ジャン=リュック・ゴダールなので面白くもなんともない。よくこんな映画生涯に2回もみたもんだと、自分にあきれる。

一言、『気狂いピエロ』よりはいい。

by ssm2438 | 2009-11-01 00:54