主観重視で映画の感想を書いてます。ネタバレまったく考慮してません。☆の数はあくまで私個人の好みでかなり偏ってます。エンタメ系はポイント低いです。☆☆=普通の出来だと思ってください。


by ssm2438

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アルマゲドン(1998) ☆

f0009381_855765.jpg監督:マイケル・ベイ
製作:ジェリー・ブラッカイマー
    ゲイル・アン・ハード
    マイケル・ベイ
脚本:ジョナサン・ヘンズリー
    J・J・エイブラムス
    スコット・マイケル・ローゼンバーグ
撮影:ジョン・シュワルツマン
音楽:トレヴァー・ラビン

出演
ブルース・ウィリス (ハリー・スタンパー)
ベン・アフレック (A・J・フロスト)
リヴ・タイラー (グレイス・スタンパー)

        *        *        *

ジェリー・ブラッカイマーマイケル・ベイの音楽じゃかじゃかならして情報提供するだけ映画。マイケル・ベイの演出はコマーシャルフィルムとしてはカッコいいんだけど、映画としては最悪。とにかく見ている人に予測させないからおもしろくもなんともない。おまけに宇宙という繊細な神経がひつようなところを、ただの無責任なアホのノリだけで映画にしやがって・・、こういう宇宙ものは大嫌いだ。

<あらすじ>
無数の隕石が降ってきた事で、衛星修理中のスペースシャトルが爆発し、地球各地のふりそそぐ。しかもその後ろに地球への衝突コースを取るテキサス州の大きさにも匹敵する小惑星が発見される。人類滅亡までわずかな日数しかない状況の中、衝突回避の核弾頭設置の任務についた石油採掘のスペシャリスト達が宇宙に向かう。彗星に不時着したクルーはアホなのり原爆を埋め込むが、最後のスイッチは遠地で誰かが起爆スイッチをおさなければならないことになってしまう。娘グレイス(リブ・タイラー)の婚約者であるA・J・フロスト(ベン・アフレック)がくじにまけ、残ることになったが、そこは未来のオヤジのみせどころ、ハリー・スタンパー(ブルース・ウィリス)が無理やりのこり、お涙頂戴モードで起爆スイッチをおす。かつて地球はすくわれるのであった。もでってきたクルーは万々歳。めでたしめでたし。
by ssm2438 | 2009-12-30 08:55
f0009381_10434614.jpg監督:ジョン・カーペンター
脚本:ブルース・A・エヴァンス、レイノルド・ギデオン
撮影:ドナルド・M・モーガン
特撮:ILM
音楽:ジャック・ニッチェ

出演:ジェフ・ブリッジス、カレン・アレン

        *        *        *

カーペンターの映画のなかではなかなか味わい深いSFラブロマンス。ただ、やっぱりどこかB級テイストになってしまうのがカーペンターたるゆえんか・・。でも、いい映画だよ。このコメント書くのにもういっかい観たくてアマゾンでVHSを買って見直してみたのだが、やっぱり良かった。
この作品で主演のジェフ・ブリッジズはアカデミー賞主演男優賞およびゴールデングローブ賞映画部門主演男優賞にノミネートされた。B級からでたアカデミー賞かとおもったが・・さすがに受賞まではいかなかったか。。

先に打ち上げたれたボイジャーのウェル・カム・トゥ・アース・レコードを聴いた宇宙人がほんとに着ちゃうが来たとたんにアメリカ国防省は未確認飛行物体として攻撃、宇宙船はついらくしてしまう。まあ、宇宙船とか宇宙人の神秘性の無さがカーペンターのB級監督ゆえんだな。普通撃たないよ。で、宇宙船もほんとに宇宙船みたいかかっこしているし・・、実に俗っぽい展開、このあたりが別の監督さんだったらもうちょっと納得させる形で演出するんだろうけどね。

ただ、こういう世界観の考証はいまいちだけど、単純に宇宙人とのロードムービーとしてみるとなかなか見せるものがある。その円盤(あえてこう書こう)にのってきた宇宙人が、湖畔に住む未亡人の昔の旦那との時間をのこしたフィルムをみて、その会話や動きをコピーし、アルバムにはさんであった髪の毛のDNAからその身体を再生、最初はびっくりの未亡人カレン・アレンも徐々に彼の生態をり理解していく過程はなかなかほほえましい。肉体はコピーしても、すべての社会情報があるわけではないので、限られた感情表現だけどコミュニケーションをとろうとする宇宙人のジェフ・ブリッジズがかなり奇妙でいい。それでも時間をかけていくとだんだんとコミュニケーションのとり方がうまくなっていくんだけどね。
途中で鹿を生き返らせたり、撃たれたカレン・アレンを蘇生させたり、おまけに“H”までして子を宿したり、結婚して4ヶ月で旦那をなくした未亡人の夢をかなえてあげるいい宇宙人でした。
by ssm2438 | 2009-12-29 10:45
f0009381_4333910.jpg監督:イワン・プイリエフ
原作:フョードル・ドストエフスキー
脚本:イワン・プイリエフ
撮影:セルゲイ・ウロンスキー

出演
ミハイル・ウリヤーノフ (長男ドミトリー)
キリール・ラウロフ (次男イワン)
アンドレイ・ヤミコフク (三男アリョーシャ)
リオネラ・プイリエワ (グルシェンカ)
スヴェトラーナ・コルコーシコ (カテリーナ)
ワレンチン・ニクーリン (スルメジャコブ)

        *        *        *

原作の物語をかなり忠実に再現しようとしている映画。ただ、いかんせん原作が原作なだけに、あれを映画にするのは無謀なこと。232分の映画なれど、どうしてもストーリーだけを追うようになってしまう。私の場合は、原作をよみはじめたのだが、情報量が膨大なため、とりあえずアウトラインをつかむために、一度この映画を観ることにした映画。
映画的にはかなりのっぺりとした映画。見せ方もきわめて普通。ライティングなどはほとんどかんがえられておらず、ぴーかん天気のあかるい部屋のなかでのドラマになっている。もうすこしムードを出す証明の使い方とかあったのではないだろうか。ま、監督はそれまでミュージカルをやってた人らしく、こてこての説明演出。ひとことでいうと下手。アニメでも下手な人がコンテを描くと、こんな感じになるのだが、説明しないで説明するすべを覚えてほしいものだ。
それでも、イワンの語るパンのシーンは印象深いものだ。

<あらすじ>
地主フョードル・カラマーゾフには性格がお互いにまったく異なる4人の息子がいた。親譲りの性格により、予備大尉の身を放縦な毎日に埋没させている長男ドミトリー(M・ウリヤノフ)、神を否定する大学出の秀才の次男イワン(K・ラヴロフ)、清純な魂と深い信仰を持つ三男アリョーシャ(A・ミヤフコフ)、フョードルの使用人で、その息子であるとは認められていないスメルジャコフ(V・ニクーリン)。

長男のドミトリーは婚約者カテリーナがありながら、ある老商人の世話になっているグルーシェンカ(L・プィリエワ) に惹かていた。そのグルーシェンカが借金に苦しんでいるのを幸いに、五十を過ぎてもなお、肉欲にとりつかれているフョードル・カラマーゾフョードルが自分のものにしようとしていた。だった。知的な次男のワンは、ドミトリーの婚約者であるカチェリーナのことを愛しており、カチェリーナを冷たくあしらう兄ドミートリイに憤る。皆に愛される性格の敬虔な三男アレクセイは敬愛する老僧ゾシマに導かれ、修道院での生活を始める。
ドミトリーは、グルーシェンカのために金の工面に奔放したが、都合はつかなかった。ついに彼は、スメルジャコフの手びきにより、父親を殺す流れにのせられてしまう。そして逮捕された。本質的な犯人はスメルジャコフだったのが、彼は自殺してしまい決定的な証言もないまま、裁判は進行した。アリョーシャの証言もグルーシェンカの愛情も役にはたたなかった。彼はシベリア送りと決定した。雪の広野を行く囚人の一行。その後を、行く一台のソリ。ドミトリーとの愛に生きる決心をしたグルーシェンカだった。

最後はいつもの「シベリア送りになる男についていく女」・・のパターンだ。
どうここれこそがドストエフスキーの思い描く愛の形なのだろう。
by ssm2438 | 2009-12-28 04:34
f0009381_221487.jpg監督:ジョン・シュレシンジャー
脚本:ウォルド・ソルト
撮影:アダム・ホレンダー
音楽:ジョン・バリー

出演:ジョン・ヴォイト、ダスティン・ホフマン

        *        *        *

私の大嫌いなニュー・アメリカン・シネマである。この映画がだけがきらいなんじゃなくて、このカテゴリーに属するほとんどの映画は嫌いなのである。

それでも1969年アカデミー作品賞、監督賞、脚色賞を受賞している。この時代は無責任映画をもとめてたのだろう。それまでの社会制度に組み込まれない人間たちを描いた作品が60年代後半から70年代の中盤までつずく。<努力>という言葉をもたない連中のひたすら無責任ないきあたりばったりな人生。
当時はこの手の映画がもてはやされたが、今、ほんとにこんな映画がいいのかどうなのか、当時の世俗にながれた価値観を一度捨てて、きちんと再評価すべきだと私はおもうのだが・・。少なくとも私は、アメリカン・ニューシネマを絶賛する連中は、所詮同じスピリットをもった負け犬だとしか思えない。

<あらすじ>
カウボーイスタイルに身を固め、男性的魅力で裕福層の女を満足させ、富と名声を手に入れようとテキサスからニューヨークに出てきた田舎モノ青年・ジョー(ジョン・ヴォイト)。しかし、最初に相手をしてくれた女は娼婦であり、反対にお金を要求される。まあ、当たり前だわな(苦笑)。女とセックスをして相手を満足させ、それでお金がもらえると考えていること時代かなりアホなのだが、それがこの勘違い男ジョーである。

やがてジョーはスラム街に住むラッツォ(ダスティン・ホフマン)というびっこの小男に出会い、10ドルで売春の斡旋人紹介されるが、その斡旋人はホモ専門だった。騙されたと知ったジョーは、ラッツォを捕まえるがすでにお金は使われていた。そのかわり罪滅ぼしにカモ探しに協力するというラッツォ。
二人はラッツォのねぐらである廃墟のビルで共同生活を始めるが、ラッツォの身は病魔に冒されていた。冬のニューヨークで暖房もない貧苦の生活。惨めで、ひもじく、金も女も稼ぎも薬もない生活。あるのはフロリダにいってみたいという夢だけど。そんなんが夢だからひたすらのダメ人間なんだ。消費することが夢なんて糞人間スピリットそのもの。
まさに、お前ら勝手に腐ってろ!映画である。
by ssm2438 | 2009-12-27 22:34
f0009381_14524211.jpg監督:アーサー・ペン
製作:ウォーレン・ベイティ
脚本:デヴィッド・ニューマン、
    ロバート・ベントン
    ロバート・タウン
撮影:バーネット・ガフィ
音楽:チャールズ・ストラウス

出演
ウォーレン・ベイティ (クライド・バロウ)
フェイ・ダナウェイ (ボニー・パーカー)
ジーン・ハックマン (バック・バロウ)
マイケル・J・ポラード (C・W・モス)
エステル・パーソンズ (ブランシュ)

        *        *        *

アメリカン・ニューシネマは無責任の垂れ流し。
努力して強くなれない弱き者のうっぷんばらし。無責任を起爆剤にしてしか行動できない糞人間たち。
その始発点がこれ。くだらん!

1930年代に各地で強盗を繰り返したクライド・バロウとボニー・バーカーの実話を元に描かれている。個人的にウォーレン・ベイティは大好きな役者であり、監督であり、プロデューサーだけどこの作品は嫌い。努力することの出来ない糞人間どもにうけたんだろうね。1968年度のキネマ旬報外国映画ベスト・テン第1位

<あらすじ>
クライド・バロウ(ウォーレン・ビーティ)は刑務所から出所してきたばかりのならず者だ。彼が田舎町のウェイトレスであるボニー・バーカー(フェイ・ダナウェイ)の母親の車の周りをうろつき、それをボニーに見咎められる場面から映画は始まる。普段の生活に退屈していたボニーはクライドに興味を持ち、クライドが彼女の面前で食料品店の強盗を働くことで更に刺激される。二人は車を盗み、町から町へと銀行強盗を繰り返すようになる。
やがて強盗を続けるボニーとクライドに、頭の鈍いガソリンステーションの店員C・W・モス(マイケル・J・ポラード)が車の整備係として仲間入りする。更にクライドの兄バック(ジーン・ハックマン)と彼の妻ブランチ(エステル・パーソンズ)も一行に加わり、ボニーとクライドの強盗団はバロウズ・ギャングとして新聞で大々的に報道されるようになる。銀行強盗をしても、貧しい銀行の客からはお金を奪わないということもあり、ボニーとクライドは大恐慌時代のロビン・フッドとして民衆のヒーローとなる。

一仕事を終えた後に空き家で寛ぐボニーとクライドの強盗団は、テキサス・レンジャーたちに襲撃される。激しい銃撃戦の最中にバックは瀕死になり、ブランチも失明寸前の怪我をする。ボニーとクライドも重傷を負うが、辛くもC・Wと共にその場から逃走する。隠れ家を求めてボニーとクライドは、強盗団の中で唯一身元が判明していないC・Wの父親であるアイヴァン・モスの農場を訪ねる。一行はそこで傷が癒えるまで潜伏することになった。
アイヴァンの農場で束の間の安息を楽しむボニーとクライド。二人はここで初めて情を交わす。一方その頃、警察に拘留中のブランチは、復讐に燃えるヘイマーに言葉巧みに誘導され、C・Wの本名を喋ってしまう。また、ボニーとクライドを匿うアイヴァンも、子供可愛さに警察と司法取引をする。
怪我から回復した後、買い物をするため隠れ家から出てきたボニーとクライドは、郊外で車から降りた所を、彼らを待ち伏せしていた警官からの一斉射撃を浴びて絶命するボニーとクライド。
by ssm2438 | 2009-12-26 12:48

落ちた偶像(1948) ☆☆

f0009381_5453270.jpg監督:キャロル・リード
脚本:グレアム・グリーン
撮影:ジョルジュ・ペリナール
音楽:ウィリアム・オルウィン

出演
ラルフ・リチャードソン (執事ベインズ)
ミシェル・モルガン (ベインズの愛人)
ボビー・ヘンリー (外交官の息子フェリペ)

        *        *        *

ロンドンの某国大使館で少年フェリペ(ボビー・ヘンリー)は尊敬する執事ベインズ(ラルフ・リチャードソン)の殺人現場を目撃しする。しかしそれは少年の思い込みで、実際は事故だった。しかしその少年の証言は、執事をどんどんホントの殺人者のように追い込んでいく。

みていてイライラハラハラさせられるたのだがら、サスペンスとしては成功してるのかもしれないが、本来いい人であるベインズ執事が、子供の嘘の証言(本人はベインズを助けようとしているのだが)でどんどん追い詰められて、本当の殺人者のようにみえてくる。悪意はない少年の言動だが、見てる側としてはイライラ、もうすこし状況をかんがえろよ!!と首を絞めたくなるよ・・まったく。ああ、子供は嫌いだ!

監督は『第三の男』キャロル・リード。原作もおなじグレアム・グリーン。本作に関して言えば本人がシナリオも起こしている。キャロル・リードの映画はこの他に『邪魔者は殺せ』もみたが、彼の中では最低である。技術的には見るべきものがあるが、話の内容としては実に観心地わるい映画だ。
by ssm2438 | 2009-12-26 05:10
f0009381_3145791.jpg監督:ジョン・ヒューズ
脚本:ジョン・ヒューズ
撮影:タク・フジモト
音楽:アイラ・ニューボーン

出演
マシュー・ブロデリック (フェリス)
アラン・ラック (キャメロン)
ミア・サラ (フェリスのガールフレンド)
ジェニファー・グレイ (フェリスの妹)
ジェフリー・ジョーンズ (ルーニー校長)
チャーリー・シーン (不良少年)

        *        *        *

実存主義映画。軽いのりと爽快感で物語りは進行するが、そのうらで語られている自己責任こそがこの映画の最大のポイント。これもジョン・ヒューズの傑作のひとつ。
『ブレックファスト・クラブ』で<自己の無限なる可能性>といたジョン・ヒューズが再び<自己の確立>について語っている。自分におきるイベントはすべて自分のせいである・・という概念(実存主義の基本概念)だが、「それが誰かのせいだ」って言ってる間は<自己の確立>なんて出来はしない。
一見フェリスの引き起こす無責任なちゃらんぽらん映画に見えるが、恐ろしく哲学的な話である。

たとえば、原爆を積んだB29のパイロットが広島に原爆を落とす命令を遂行する。その爆弾はそのボタンを押す人によってどうなるかが決定される。もちろん大統領の命令であることには変わりないが、自分が起こす行為に関してはつねに自分が責任者なのだ。

この映画ではラッキーな行動力の持ち主フェリスが学校をさぼることにする。やが手彼に付き合わされる形で、フェリスのガールフレンドのスローアン(ミア・サーラ)と病気で休んでいる金持ちの坊っちゃんキャメロン(アラン・ラック)がつきあわされることになる。結果として彼は不幸になる。
しかし彼は、フェリスとすごした1日の間に、その不幸がフェリスのせいではなく、自分の責任であると受け止めなければならないことを自覚していく。
by ssm2438 | 2009-12-26 02:50
f0009381_248021.jpg督:ジョエル・シューマカー
脚本:ジョエル・シューマカー、カール・カーランダー
撮影:スティーヴン・H・ブラム
音楽:デヴィッド・フォスター

出演
アリー・シーディ (建築家志望のレスリー)
ジャド・ネルソン (政治家志望のアレックス)
アンドリュー・マッカーシー (ジャーナリスト志望のケヴィン)
ロブ・ロウ (ミュージシャン志望のビリー)
デミ・ムーア (銀行員のジュールス)
メア・ウィニンガム (大富豪の娘ウェンディ)
エミリオ・エステヴェス (弁護士志望のカーボ)
アンディ・マクダウェル (カーボの憧れの女医デール)

        *        *        *

80年代の青春映画のマイルストーン。大学卒業後の7人の男女を描いた青春群像劇。野島伸司『愛と言う名のもとに』のベースになっている作品。一般的にみればそれほど大した映画ではないのかもしれないが、この忘れられないテイストはなんともいえない素敵な感触。それぞれのエピソードのなかに青春の苦味とミルクがきいたエスプレッソ的な味わい。 雪の降る日はこれを見るのもいいだろう。懐かしい臭いに心が温かくなる。

ワシントンの名門、ジョージタウン大学をそろって卒業した7人は、むかし通ったバー・レストラン<セント・エルモ>に集う。そこでウェイターとしてアルバイトをしているのが、弁護士志望のカーボ(エミリオ・エステヴェス)。ミュージシャン志望のビリー(ロブ・ロウ)もここでサックスを吹いていたが、女に手が早くその上酒好きという性格破綻ぶりが災いして、学生結婚した妻との間に秋風が立っていた。そんな彼に秘かな思いを抱くのがウェンディ(メア・ウィニンガム)。
政治家を目ざすアレックス(ジャド・ネルソン)、女性として珍しく建築の勉強を続けるレスリー(アリ・シーディ)は学生時代からのカップルで、同棲している。行動力のあるアレックスとなにごとも理路整然と人生をしきるレスリーは、あたかも学級委員長どうしような理想てきなカップルだった。そんなレスリーにひそかに憧れているジャーナリスト志願のケヴィン(アンドリュー・マッカーシー)、銀行に就職したジュールス(デミ・ムーア)、ソシアル・ワーカーのウェンディ。

理想的にみえていたアレックスとレスリーの関係だが、アレックスの浮気がばれて二人の関係は壊れていく。そんな時になってやっとケヴィンの想いに気づくレスリー。女に手をださないケヴィンはホモではないかとからかわれていたが、レスリー以外にはいなかったのである。やがて二入は一夜をともにする。レスリーにとって、憧れていた女とのセックスは至上の喜びだっただろう。しかし、レスリーは「あなたが愛したのはあなたが作った私の偶像よ。私じゃないわ・・」とはっきり言ってのけるレスリー。

ずきずきずきずき!!!
いたたたたたたたたたた!!
男の恋愛というのはそういうものなのである。 

男にとっては、「この女こそ自分の理想の女なのかもしれない」という期待をもっている間だけ愛せるでのである。しかし一旦セックスをしてしまうと、そこには現実の女がそこに存在する。それは理想の女とは絶対一致することはない。かくして男の恋愛は終わる。そのあとのセックスは、人生を満たすためのひとつの道具でしかない。しかし、女にとっては、その道具ことそが愛の対象となる。

この映画はこの、男と女の恋愛観の違いをまざまざと見せ付けてくれた。
そして弁護士志望のカーボも、大学の先輩で女医をしているデール(アンディ・マクダウェル)に同じように憧れている。彼女の美しさにはまってしまったカーボは押しの一手で突進、休暇をとって恋人と山小屋にこもっていたデールのもとに押しかけ想いを告白するが、中からインターンの恋人がでてきた。
ひとりで盛り上がって、ひとりで空回りしている自分が惨めで仕方がないカーボに、もう帰りは雪道になるので一晩泊まっていくことを勧める大人の態度。相手の男から性的に求められていることを理解したうえで、なおかつフェアーに接することが出来る大人の女性の態度。これには感心した。

カードでほしいだ服や装飾品を買うジュールス(デミー・ムーア)は、勤め先の妻子持ちの上司と恋に落ち、棄てられた、カード破産、会社もクビになり、自殺を計る。そんな彼女を説得できたのは、おなじくダメ人間のビリーだった。自分たちのなかのみっともなさをさらしても、決して見捨てられない信頼感。そんな7人の物語。そして最後はミュージシャンとしての成功を目ざしニューヨークヘ向かうビリーを一同が見送るのであった。

「セント・エルモの火」とは、嵐の大海に捲き込まれた水夫たちを導くという伝説の火。
by ssm2438 | 2009-12-26 00:40
f0009381_0244398.jpg監督:ジョン・ヒューズ
脚本:ジョン・ヒューズ
撮影:トーマス・デル・ルース
音楽:キース・フォーシイ

出演
エミリオ・エステヴェス (アンドリュー)
ジャド・ネルソン (ジョン)
モリー・リングウォルド (クレア)
アリー・シーディ (アリソン)
アンソニー・マイケル・ホール (ブライアン)
ポール・グリーソン (ヴァーノン先生)

        *        *        *

土曜日の早朝、イリノイ州シャーマー・ハイスクールは休日にもかかわらずの5人の生徒が登校してきた。
レスリングで奨学生に推薦されているアンドリュー(エミリオ・エステヴェス)、お嬢さま育ちのクレア(モリー・リングウォルド)、ほとんどの科目は優等生だが工芸科目を落としてしまったブライアン(アンソニー・マイケル・ホール)、すべてにおいて覇気かがないアリソン(アリ・シーディ)、学校中の嫌われ者ジョン(ジャド・ネルソン)。ヴァーノン先生(ポール・グリーソン)は、図書室に5人を集め、<自分とは何か?>という題日でエッセイを書くよう命じた。午後4時までの約9時間、トイレに行く以外席を立ってはいけないとヴァーノン先生は言い残し、隣りの職員室へ引き上げた。それぞれの悩みや疑問を語り合ううちに、いつのまにか心の秘密までをも隠すことなく吐露し、次第に強い絆で結ばれていく。エッセイは結局、ブライアンが5人を代表して書き上げ、彼らは校舎を出た。若さの傷みや優しさを、数時間一緒にいることで互いに知り合った5人は朝とはうって変わった晴れ晴れとした表情で、それぞれに別れの言葉を交わし家路についた。

・・・ジョン・ヒューズの最高傑作!


若いころの自分は、何かが出来ることで自己を確立していくのではなく、、なにかを拒否することでそれを確立していく要素がつよい。あるものは「にんじんが嫌いだ」といい別の人は「算数が嫌いだ」といったかもしれない。「水泳が嫌いだ」「漢字の書き取りテストが嫌いだ」「英語が嫌いだ」「こんにゃくが嫌いだ」「ぜんざいが嫌いだ」「体育が嫌いだ」・・などなど。そうやって知らず知らずのうちに自分で自分の殻をつくっていく。
でも、あるときふとそんな自分に疑問をなげかけてみる。

「ほんとに自分はそれが出来ないのか?」

自分で自分の殻をつくり、その中に逃げ込み、可能性を封印してるんじゃないのか? もしかしたら、今なら挑めばできるかもしれない・・。確かに得意なものもあれば不得意なものもあるだろう、でも、時間をかければ不得意だと思ってたものも出来るようになるんじゃないかのか?
この映画は、子供の頃から自分を自分で縛ってきた、そういう殻を破壊するための勇気をくれる映画。

『復活の日』のなかで主人公の地震学者・吉住はワシントンから南米チリの南端までを歩いてたどり着いた。それはフィクションだから出来たことだけど、現実に存在する自分自身には出来ないことなのか? もしかしたらやれば出来ることじゃないのか?

確かに私は語学が苦手だった。それも長文問題はまったくといいほどちんぷんかんぷんだった。それが読書障害があったからだということが分ったのは最近になってのことだが、だからといってTOEIC900点を撮れないというわけではないはずだ。もしかしたら人3倍勉強したら長文問題だって解けるようになるかもしれない。それがだめなら人10倍やればいいだけだ。やりもしないうちから出来ないと決め付けるのはおかしい。
・・・でやってみた。取れた。

映画的に完成度が高いとか、低いとか、そんなのは関係ない。この映画から与えられた勇気でどれだけのことが成し遂げられたことか。それまで自分で封印してきた不可能という鎖を引きちぎるのにどれだけのエネルギーをあたえてくれたことか・・。
青春映画の傑作中の傑作である。
by ssm2438 | 2009-12-26 00:16
f0009381_840939.jpg監督:ジョナサン・リン
脚本:ミッチェル・カプナー
撮影:デヴィッド・フランコ
音楽:ランディ・エデルマン

出演
マシュー・ペリー (オズ)
ブルース・ウィリス (ジミー・チュデスキ)
アマンダ・ピート (ジル)
ナターシャ・ヘンストリッジ (シンシア)
ロザンナ・アークエット (ソフィ)
マイケル・クラーク・ダンカン (フランキー)

        *        *        *

殺し屋コメディモノ・・。まあ、面白いような面白くないような・・、もうひとつテンポよくいってたらもっとよかったのになあ。
ロザナ・アークエットは好きだったのですよ。しかし、この映画で彼女をみると・・・・なんか悲しいまでにふけましたねえ。ナターシャ・ヘンストリッジ『スピーシーズ』のエイリアンねーちゃん。彼女もふけたなあって感じ。

f0009381_840337.jpgそんな二人をさしおいていちばんかがやいていたのがアマンダ・ピート。オッパイも結婚的にだしてるし・・でも、ボディのハリはいまいちだったかも。個人的にはジェシカ・ビールくらいのパンパンなのがいいなあ。しかし、彼女はじめてみたのだけど、なんんだがいいわ。きっとミミ・ロジャーズが可愛かった時はこんな感じなんだろうなあってきがした。

お話はかなりしっちゃくかめっちゃかコメディでした。個人的には人を殺すのをコメディにするのはなんかいや。
by ssm2438 | 2009-12-25 08:07