西澤 晋 の 映画日記

ssm2438.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2010年 01月 ( 50 )   > この月の画像一覧


2010年 01月 29日

ペリカン文書(1993) ☆☆☆☆

f0009381_7242381.jpg監督:アラン・J・パクラ
原作:ジョン・グリシャム
脚本:アラン・J・パクラ
撮影:スティーヴン・ゴールドブラット
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
ジュリア・ロバーツ (ダーヴィー・ショー)
デンゼル・ワシントン (グレイ・グランサム)

        *        *        *

アラン・J・パクラ復活ののろし!
『ソフィーの選択』を撮ってからというもの、長らく不調だったポリティカル・サスペンスの雄アラン・J・パクラが戻ってきた。いやあ、めでたいめでたい。しかし盟友のゴードン・ウィリスが撮影してないのはちょっと残念。ゴードン・ウィリスだったらもっとしまりのアル画面になっていただろうなあっと思うところがけっこうあった。そうはいってもやはりパクラの環境描写でどんどん追い詰めていく演出は見ごたえあり。というか、この価値に気付くだけの人がいるかどうかがまず問題なのだが、ほとんどの人はこの価値に気付かない。玄人受けしかしない監督さんだ。
しかしこの映画、多分アラン・J・パクラのなかでは一番おもしろいんじゃないだろうか。サスペンスとしてきちんとストーリーがしっかりしてる分、パクラのほかのサスペンスよりも断然エンタテーメントに出来上がっていると思う。といってもこの程度だけど(苦笑)。パクラにエンタメを求めるのは、豚に空を飛べって行ってるのと同じくらい不可能なことだ。

原作はこの年あたりにやたらとブームだったジョン・グリシャム『ファーム/法律事務所』『依頼人』など、弁護士あがりの小説家さんだけあって、法律事務所がらみの物語がうまいことエンタテーメントに仕上がっている。そんな硬派な物語をアラン・J・パクラが監督するのだがら渋い映画になるのは当たり前。

<あらすじ>
ワシントンD.C.で、人の最高裁判事が殺された。
その殺しを指示したのは現職大統領への最大の献金者マティースだった。彼の会社はルイジアナの奥地で油田を掘り当てたが、その原油を運び出すには運河の建設が必要だった。しかしその運河はぜつめつ寸前のルイジアナペリカンなどが生息する湿地帯を通ることになる。この訴訟が最高裁まで行くとすると自然保護に熱心な判事が邪魔になる。と同時に、今、彼ら二人を消せば、大統領に政治資金の献金をしている今こそ、自分たちに有利な次期判事も指名要請できるからだ。

ペリカン訴訟のテレビ番組を覚えていたニューオリンズの法学部の女子大生ダーヴィー・ショウ(ジュリア・ロバーツ)は事件に興味を覚え、大学の講義も休み、図書館にこもって過去のデータをあさりまくった。そしてある仮説を打ち立ててレポートに書き上げた。彼女は恋人でもある大学教授キャラハン(サム・シェパード)にそのレポートを渡すが、それを読んだ彼は友人のFBI特別法律顧問に渡す。そしてその文書はFBI長官 、CIA長官から大統領補佐官(トニー・ゴールドウィン)、そして大統領(ロバート・カルプ) の手に渡り、いつしかペリカン文書と呼ばれるようになっていた。
そしてキャラハンがニューオリンズに戻ってきた夜、エンジンをかけたキャラハンの自動車が爆発炎上して彼は死亡した。キャラハンと同じく自分も命を狙らわれていると悟ったダーヴィーは、キャラハンが「こいつはガッツがある」とお気に入りだったジャーナリストのグレイ・グランサム(デンゼル・ワシントン)に連絡をとる。そして二人は、見えない敵から命をねらわれながら、真実と、それを照明する証拠を手に入れるのだった。

・・前半の見えない敵からの圧迫感は素晴らしい。事の真相がわかり、事件の真相を証明する証拠を探す段階になると普通のサスペンスになってしまうのがちょっと残念。そうはいってもなかなか見ごたえのあるリーガルサスペンスでした。

by ssm2438 | 2010-01-29 08:29
2010年 01月 29日

ナチュラル(1984) ☆☆☆☆

f0009381_4164474.jpg監督:バリー・レヴィンソン
脚本:ロジャー・タウン/フィル・ダッセンベリー
撮影:キャレブ・デシャネル
音楽:ランディ・ニューマン

出演:
ロバート・レッドフォード (ロイ・ハブス)
グレン・クローズ (アイリス)
キム・ベイシンガー (メモ・パリス)
ロバート・デュヴァル (スポーツ記者)
バーバラ・ハーシー (女殺人者ハリエット)

        *        *        *

「あげまん女」と「さげまん女」の話・・・かな(苦笑)?
どこまでがファンタジーで何処までがマジなのか実にわかりづらい作品。

はじめてこの映画を見たときは・・・・ん????ってとことが多かった。これはなに? どこの時間軸の話? アレはなぜ? 何で撃たれたの? ・・・??????????って。どこまでが偶然で、どこが意図的なものか実にはっきりしないのだ。そして野球賭博をしているオーナー連中の実態、この利益の構図もわからない。とにかくいろんなことが重なってこの映画をわかりづらくしている。いつかその謎を解こうとおもっていたが、一念発起してこの映画をふたたび見ることにした。・・・で長年の謎がとけた。というわけで、今回は謎解きレビュー。

◇謎の女ハリエット
そもそもロバート・レッドフォードバーバラ・ハーシーに撃たれるのか?
これはどうも<偶然>と考えるのが正しいだろう。宗教上かなにかの理由で著名な運動選手を標的にする連続殺人者、それがハリエット(バーバラ・ハーシー)。シカゴ・カブスのトライアウトを受ける為に、スカウトマンのサムと共にシカゴに向う途中、某有名スラッガーに難癖をつけられ3球勝負し見事に三振に取るのだが、その場に居合わせたハリエットが、「このスポーツ選手は髪から与えられた力を金儲けのために使おうとしている」と思ったのだかどうだか知らないが、シカゴに着いたハブスをホテルに呼び寄せ撃ってしまう。実はそのあと彼女も自殺する。たぶんこれは罪悪感のためだろう。
そしてここでさらに分りづらくするのがロバート・レッドフォードが、二十歳前のハブスも演じているので時間軸が分りづらい。本編のなかではどうみても高校出たての若者には見えない。・・が、ここまでは二十歳まえ話である。

◇八百長試合。オーナーとの会話の不可解さ
これは野球賭博をしているオーナーが、自分のチームが負けるほうにかけるようとするのだが、ハブスが打って勝ってしまう。そういうわけで「おまえ打つなよ。そしたらもっと給料あげるんだけどなあ」って誘ってるわけだ。
知る人ぞ知るシカゴホワイトソックスの八百長事件。テッド・ウィリアムスシューレス・ジョーがそれで野球界を追放になったあの事件。『エイトメン・アウト』『フィールド・オブ・ドリームス』でのこの事件には触れている。こういうことが当時の野球界ではおこなわれていたんだなということが今頃分った。そしてそれがわかってやと、この映画の意味や、オーナーサイドの行動の動機が分ってきた。この映画をみた当時もぼやっとはわかっていた感じはしても、明確にはわかっていなかっただろう。そのせいで、この映画自体がもうひとつ把握しづらい映画として長い間記憶に残っていた。

◇キム・ベイシンガーの働き
金でおちないハブスと付き合い、色仕掛けで調子をおとさせる女。・・と解釈すればよいのだろう。彼女と付き合いだして著しく調子を落とすのでどういうわけか理解できないのだが、ストーリーの流れとしてはそういうことなのだろう。このへんの描写があまりに漫画的なので、これまたストーリーを把握しづらくしている。だいたい女と付き合ったくらいで調子を落とすわけがない。これを説得力あるものにするなら、試合のまえまで散々“H”をしまくって寝かせないとか、浴びるほど酔わせるとか・・、具体的なスランプの理由がほしかった。
おまけにもと恋人のグレン・クローズに出会っただけでいきなり復活するからまたここに根拠がない。形式的なストーリーラインだけで話をみせていくからファンタジーなのか???って勘違いしてしまうが、どうやらファンタジーとしては作ってないらしい。

◇おなかが痛くなる理由
たぶんキム・ベイシンガーがパーティの席上で最後にもってきた何か(カキかなんか?)に胃を壊す薬物が入っていたのだろう。あれは偶然というより故意の出来事だと思う。


そんなこんなで、本筋をきちんと演出できてないこの映画であり、どこまでファンタジーで何処までマジなのか分らない。なのでどこまで本気で感動していいのか分らない作品。しかしそこそこ感動するようには作られている。こんな映画をむりやり美しく、かつドラマチックにもりあげてくれたのがキャレブ・デシャネルの画面は。素晴らしすぎる! この人の絵のおかげでこの映画の質がはるかに向上したのは言うまでもない。

by ssm2438 | 2010-01-29 04:17 | C・デシャネル(1944)
2010年 01月 29日

ガタカ(1997) ☆☆☆☆☆

f0009381_0161351.jpg監督:アンドリュー・ニコル
脚本:アンドリュー・ニコル
撮影:スワヴォミール・イジャック
音楽:マイケル・ナイマン

出演:
イーサン・ホーク (ヴィンセント)
ジュード・ロウ (ジェローム)
ユマ・サーマン (アイリーン)
ローレン・ディーン (弟アントン)

        *        *        *

アンドリュー・ニコルのデビュー作にして最高傑作。今のアンドリュー・ニコルの仕事ぶりをみてると、たぶんこれ以上のものはつくれないだろう。舞台はSFでも、色合いはじつにクラシック。めかめかしいSFモニターやコンピュータがでてくるわけでもない、60年代のSF映画を思わせる作りになっているこの映画だが、SFというのはどうでもいい世界観で、それよりもここに描かれているドラマが素晴らしい。

遺伝子が全てを決定する未来社会を舞台に、遺伝子操作をうけないで育った男が宇宙パイロットになるまでを描く怒涛の地道な努力つみかさね映画。ひたすら地道な努力を積み重ねていき、ついには成し遂げてしまう話は、舞台を変えた脱獄もにもみえる。このように、一見不可能は夢を抱き、「もしかしたら夢だけにおわらず、出来るんじゃないかな」って思って、そこにいたるまでの可能性を思い描き、それをひとつひとつ実行に移していく。こういう話は大好きで、心をゆすぶる大傑作として記憶されてしまった。
もうひとつ、『トゥルーマン・ショー』というアンドリュー・ニコルが脚本を書いた映画もあり、この二本をみるとアンドリュー・ニコルの方向性が理解されるだろう。ファンタジックなシチュエーションに逃げるひ弱さは若干感じられるが、注目したい監督の一人だ。

そしてまた、音楽がいいんだ。マイケル・ナイマン『仕立て屋の恋』『髪結いの亭主』『ピアノレッスン』など、ミステリアスで官能的、繊細でドラマチック。この映画のクラシックで繊細な感じに実にマッチしている。音楽にほとんど興味のない私に覚えられた数少ない作曲家だ(苦笑)。

ヒロインのユマ・サーマンは主人公を演じたイーサン・ホークとこの映画が縁で結婚した。彼女は遠目からみるとムードのあるようにみえる美人なのだが、ちかくでみるとぜんぜんそんなには感じないというか、むしろ不細工に見えてしまう不思議な顔の持ち主。目が離れてるのが問題なのかもしれないなあ。あと鼻がろまんちっくじゃないんだよな。イーサン・ホークはこの頃までは実に良かった。へんに無精ひげはやしだしてからはなんかダメだ・・。

<あらすじ>
遺伝子工学の進歩で胎児の間に劣性遺伝子を排除できる社会。そこでは優良遺伝子保有者と、「欠陥」のある遺伝子を持ったまま自然出産により産まれた「不適正者」との間で厳格な社会的差別が存在していた。
主人公のヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク) は自然出産で生まれ、生まれた時の診断では心臓が弱く30歳までしか生きられないと宣告されていた。一方弟アントン(ローレン・ディーン)は劣性遺伝子を排除されて生まれた。年をとるごとにその差は歴然としてくる。ヴィンセントはどんなに頑張っても弟に遠泳で勝てないのである。

ヴィンセントはある決意を胸に家を出た。宇宙飛行士になるため、宇宙開発を手掛ける企業・ガタカ社の就職試験を受けた。もちろん「不適正者」のため、DNAブローカーにジェローム(ジュード・ロウ)を紹介してもらう。彼は最高級の遺伝子を持つ超エリートの水泳選手だったが自殺未遂を図り、下半身不随になっていた。血液サンプルなどの提示が求められた場合は、ジェロームがそれを提供する。しかし、問題はヴィンセントの身長が規定にみたないことだった。彼は手術をうけ、ふくらはぎの部分で足を切断、骨に足りない長さを追加して、筋肉や神経がつながるのを待った。
訓練生として合格したヴィンセントは努力した。そして抜かりなかった。抗議の後キーボードの間におちたかも
しかしロケット打ち上げに反対していたヴィンセントの上司が殺される事件がおきた。捜査に協力した女性局員アイリーン(ユマ・サーマン)はヴィンセントを疑いながらも、彼に魅かれていくことになった。捜査官になったアントンは現場から検出された毛髪がヴィンセントのものだったことに驚く。犯人は別にいた。しかし、真実をしったアイリーンは、悲しみながらもヴィンセントの成功を祈る。

打ち上げ決行の前日、ヴィンセントはアントンと再び遠泳で対決した。しかしその日のヴィンセントは何かが違っていた。いつものように弟と海に向かって泳ぎ始める。先に岸に戻ろうとしてユーターンしたものが負け・・、いつものルールである。二人は彼方に向かって泳ぎ始める。泳ぎ続ける二人。先に根を上げたのはアントンだった、「これ以上泳いだら戻れなくなるぞ」。しかしヴィンセントは戻ろうとはしない。ついにアントンがユーターンした。
へとへとになって丘に上がったヴィンセントが語る、「戻ることは考えなかった」

f0009381_0241179.jpgヴィンセントはジェロームに別れを告げて探査船に乗り込んでいく。一方ジェロームは、思い出の金メダルをかかえ焼却炉で自らを焼き自殺するのだった。

     *       *       *

「人には自分の人生を選択する瞬間がある」

ダグラス・デイ・スチュワートの映画『リッスン・トゥ・ミー』のなかにこのような台詞がある。それは<人格の設定>ともいえる。
自分はこんな人間かもしれない、・・しかし、自分はこう考えて生きるんだ。こう行動するようにするんだ! 自分の人格を自分の意志で選択する時がある。ヴィンセントのその瞬間は、何度も何度もアントンとの遠泳に負けて家を出る、その前の晩のベットの中だったのだろう。

by ssm2438 | 2010-01-29 00:17
2010年 01月 28日

ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女(1990) ☆☆

f0009381_21355458.jpg監督:フィリップ・カウフマン
原作:アナイス・ニン
脚本:フィリップ・カウフマン/ローズ・カウフマン
撮影:フィリップ・ルースロ
音楽:ジャン・ピエール・ルー

出演:
マリア・デ・メディロス (アナイス・ニン)
フレッド・ウォード (ヘンリー・ミラー)
ユマ・サーマン (ジューン・ミラー)

        *        *        *

フィリップ・カウフマン『存在の耐えられない軽さ』につづき、心のつぶやき表現映画に挑んだが、敗れさった映画。当時それでも一応見ておこうかと、わざわざ銀座のみゆき座(そこでしかやってなかった)まで出向いてみたのだが・・・特に感動もなく、感化されるところもなく・・・。
ただ、マリア・デ・メディロスの幼女を大人にしたような顔だけは印象的だった。

原作者のアナイス・ニンはフランスの著作家。11歳の時から死ぬ直前まで60年間以上にわたって書き継がれた日記が、二人目の夫によって『ニンの日記の無修正版』が出版された。
この映画は、ニンの小説『ヘンリー&ジューン』を元に、『愛の日記 - アナイス・ニンの無修正日記、1931年~1932年』から制作したもの。彼女の日記は、私的生活と関係者について深く探求する洞察力を備えたものであり、これらの人物を深く分析しあけすけに表現しているといわれている。そういう意味では、内面描写が『存在の耐えられない軽さ』と似たようなところが魅力的だったのかもしれない。ただ、本編の言葉を聴く限りでは、クンデラの内面描写ほどの表現がされていたとはいえないような気もするが・・。

<あらすじ>
パリ、1931年。まだ無名の作家ヘンリー・ミラー(フレッド・ウォード)とであったアナイス(マリア・ディ・メディルシュ)は粗野で情熱的なヘンリーに強く魅かれ、また、ヘンリーもまたアナイスの妖しい魅力に捕えられてゆく。しかしヘンリーには妻ジューン(ユマ・サーマン)があり、彼女はニューヨークで金持ちの男に体を委ね、その金で職のないヘンリーを養っていた。

f0009381_21433457.jpgやがてパリにやって来たジューンの大胆で強靭な性格に強い魅力を覚えるアナイス。しかしジューンはヘンリーの小説のモデルになっている自分の姿が歪められていると怒り、ニューヨークへ帰ってしまう。残されたヘンリーはアナイスと関係をもつようになる。アナイスはその関係の中で自らの文学的資質を開花させ、小説家へのみとを駆け上がっていく。また性的にも解放され従兄とも関係を持つようになる。ヘンリーは『北回帰線』を書き上げ、アナイスの支援により出版が決まる。
そんな時、再びジューンが戻ってくる。アナイスは自らの愛を彼女に対して打ち明けるが、へンリーとアナイスの関係を知ったジューンは2人の前から姿を消した。それに呼応するようにアナイスもまたヘンリーのもとから去り夫のもとに帰る。

ヌードやセックスシーンもそこそこ出てくるが、やっぱり主演の二人の女性、ユマ・サーマンもマリア・デ・メディロスも私の好みではないのでいまひとつ、のめりこめなかった。

by ssm2438 | 2010-01-28 21:41
2010年 01月 28日

アベンジャーズ(1998) ☆

f0009381_557841.jpg監督:ジェレマイア・チェチック
脚本:ドン・マクファーソン
撮影:ロジャー・プラット
音楽:ジョエル・マクニーリイ

出演:
レイフ・ファインズ (ジョン・スティード)
ユマ・サーマン (エマ・ピール)
ショーン・コネリー (オーガスト・デ・ウィンター卿)

        *        *        *

なんだか緊張感のない映画だったなあ。スタイリッシュなビジュアルだけが売りの映画で、まあこういうのがあっても悪くはないが、面白いとは思えない。ユマ・サーマンのボディコン+どでかいベルトのコスチュームを見るだけの映画。元ネタは60年代に英国の人気ドラマ・シリーズ『The Avengers』

f0009381_616352.jpg<あらすじ>
反物質を利用して敵の攻撃に備える気象シールドが何者かによって破壊された。政府の極秘情報機関の諜報員ジョン・スティード(レイフ・ファインズ)は、気象シールドの研究者である才色兼備にして武術の達人、気象学者エマ・ピール(ユマ・サーマン)とコンビを組んで調査を開始する。ふたりは機関を追われた天才科学者サー・オーガスト・デ・ウィンター(ショーン・コネリー)をマーク。彼は機関のナンバー2、ファーザーと組んで、世界中の気象を自在に操り、世界征服をもくろんでいた。ふたりはサー・オーガストの基地へ乗り込み、みごと敵の野望を打ち砕くのだった。

真剣なドラマなのか、おちゃらけなのか、それともコスチュームプレイだけなのか・・よく判らない映画だった。
そもそもショーン・コネリーを適役にしても、「きっとこの人はいい人で、社会になんらかの警告をあたえてたりするのだろう」って思いながら見たのだが、ただの悪役だった(苦笑)。人選ミスでは?

by ssm2438 | 2010-01-28 06:05
2010年 01月 28日

ザ・ロック(1996) ☆☆☆

f0009381_15402766.jpg監督:マイケル・ベイ
製作:ドン・シンプソン/ジェリー・ブラッカイマー
製作総指揮:ショーン・コネリー
脚本:デヴィッド・ワイズバーグ
    ダグラス・S・クック
    マーク・ロスナー
撮影:ジョン・シュワルツマン
音楽:ニック・グレニー=スミス/ハンス・ジマー

出演:
ニコラス・ケイジ (スタンリー・グッドスピード博士)
ショーン・コネリー (ジョン・パトリック・メイソン)
エド・ハリス (ハメル准将)
マイケル・ビーン (アンダーソン隊長)

        *        *        *

マイケルベイジェリー・ブラッカイマーの映画。製作総指揮はショーン・コネリーがやっている。
しかし、結局マイケル・ベイとジェリー・ブラッカイマーだと画面つくってハンス・ジマーの音楽垂れ流して、ノリのいい画面つくって、はい出来あがりみたいないつものパターン。楽しく一気にみられるが、かといってこれといってもなにか心にひっかかるものがあるかといわれるとなかなかみつからない。ブラッカイマーなので心にのこる映画なんてのは作る気はないだろうけど。
でも、困らない程度に面白い。

<あらすじ>
猛毒の神経ガス・ロケット弾を奪ってアルカトラズ島を占拠した米海軍の英雄ハメル准将(エド・ハリス)と12人の部下は、ロケットの照準をサンフランシスコに向けた。FBIの化学兵器スペシャリスト、スタンリー・グッドスピード(ニコラス・ケイジ)は、33年前にそこから脱獄した囚人ジョン・パトリック・メイソン (ショーン・コネリー)を道案内に、アルカトラズに侵入する。
ハメルの部下の追撃を振り切りながら、彼らは一つまた一つとロケットを解体していく。ミッションはなんとか成功。しかし、FBI長官にメイソンへの恩赦の意思がないことを知る彼は、メイソンを逃がすのだった。

by ssm2438 | 2010-01-28 05:50
2010年 01月 27日

プレシディオの男たち(1988) ☆☆

f0009381_20425241.jpg監督:ピーター・ハイアムズ
脚本:ラリー・ファーガソン
撮影:ピーター・ハイアムズ
音楽:ブルース・ブロートン

出演:
マーク・ハーモン(ジェイ・オースティン警部)
ショーン・コネリー(アラン・コールドウェル中佐)
メグ・ライアン (コードウェルの娘ドナ))
ジャック・ウォーデン (コードウェルの戦友マクルア)

        *        *        *

メグ・ライアンの初オッパイはこの映画だったような気がする。はじめのころのメグ・ライアンは髪がちりちりで、個人的にはあまり好みではないのだけど、ラブ※の女王となってしまわれた今となってはかなり貴重な映画になってしまった。

監督は『カプリコン1』『2010年』ピーター・ハイアムズ。メジャーにはなかなかならない監督さんだ、個人的にはついつい見てしまう監督さんのひとりだ。私に言わせると、この監督さんは出来ないことはしない、そして撮らない監督さん。スーパーアクションなどは無縁。悪く言えば地味、よく言えば硬派。しかし、その出来ることの範囲でするアクションの撮り方がきわめてきびきびしてて、好感が持てる人。『2001年宇宙の旅』のあと『2010年』をこの人が撮るときいて、あ、ハイアムズだったらいけるかもしれないなって思った。

この映画の特異性は(それほどめずらしくもないのだが)、軍事基地内でおきた殺人事件。もちろんサンフランシスコ市警が捜査するのだが、基地内ということで基地関係者との共同捜査という形態をとる。軍としては、基地内でおきたことはMP(ミリタリーパトロール)が処理したいことだが、犯人は部外者らしい。そんなわけで軍と市警が共同調査するのだが、お互いあんまり良い気分ではなさそう。おまけに捜査担当のジェイ・オースティン警部(マーク・ハーモン)は、一緒についてまわる憲兵隊長のアラン・コールドウェル中佐(ショーン・コネリー)の部下だったこともあり、反発しあうこともなきにしもあらず。しかし主人公のオースティン警部はコードウェル中佐の娘、ドナ(メグ・ライアン)に恋してしまう。そんななにかとものものしい関係のか、捜査は進展していくのだが・・・。

<あらすじ>
サンフランシスコ北部にあるプレシディオ軍事基地で、トロールしていた女性憲兵隊員が将校クラブに侵入した正体不明の2人組に射殺される事件がおきる。
市警察のジェイ・オースティン警部(マーク・ハーモン)と憲兵隊長のアラン・コールドウェル中佐(ショーン・コネリー)は共同で調査を始める。女性隊員を撃った銃は基地内のポール・ローレス中佐(ダナ・グラッドストーン)が所持していることが分る。さらに財界の大物アーサー・ピール(マーク・ブラム)が絡んでいる。彼はローレンス中佐と組んで、フィリピンから大量の宝石を密輸していた。しかし、この密輸にはコールドウェルの古くからの戦友で親友でもあるロス・マクルア(ジャック・ウォーデン)も関わっていたのだ。ブラック・マウンテン社の工場で激しい銃撃戦となり、遂にピールらは倒されるがマクルアもコールドウェルを助けるために撃たれて死亡する。

演出的なツボとしては、父とのさりげない対立や、オースティンとの恋愛事情で悩めるメグ・ライアンのよき相談相手だった父の戦友が、実は事件の共犯だったという切ない味付けかな・・。

by ssm2438 | 2010-01-27 20:43
2010年 01月 27日

恋におぼれて(1997) ☆☆☆☆

f0009381_6195788.jpg監督:グリフィン・ダン
脚本:ロバート・ゴードン
撮影:アンドリュー・ダン
音楽:レイチェル・ポートマン

出演:
メグ・ライアン (マギー)
マシュー・ブロデリック (サム)
ケリー・プレストン (リンダ)
チェッキー・カリョ (アントン)

        *        *        *

グリフィン・ダン一世一代の大傑作! 実はこの人、プロデューサーが本業のひとで監督は3本しかやっていたいが、そのうちにの1本がこれ。しかし当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったメグ・ライアンを主演にすえられたというのはけっこうラッキーな奴だ。それも、それまでメグ・ライアンのイメージとは違うキャラを演じさせ、これはこれで圧倒的にダークサイドにふれる魅力満載。
そしてメグ・ライアンとマシュー・ブロデリックのダーク・サイドのラブコメというスタンスながら、それを演出する小道具とシチュエーションが素晴らしい。そしてその見せ方がとてもお洒落。どの画面をとっても完成度がきわめて高い。この監督は映画の見せ方をすごっく知ってる人だ。

<あらすじ>
サム(マシュー・ブロデリック)とリンダ(ケリー・プレストン)は子供の頃からずっと幼馴染として付き合っていたが、研修でニューヨークに行くと新しい彼氏をつくったらしく、その男を同棲を始めた。いてもたってもいられないサムはニューヨークに追いかけてきた。彼女の住所を探し出し、取り壊し寸前の向かいのビルに忍び込み、覗き見をはじめる。それだけではあきたらず、巨大な後学望遠鏡をセットし、二人の部屋の風景を投影する。最初は薄汚れた壁に、ソファに座ってくつろぐリンダが映っているが、その壁を白くぬっていくと彼女の画面が鮮明に映っていく。実にロマンチックな演出である。この映画にはこのてのお洒落な見せ方がいっぱいある。

そうこうしてるとそこにライダースーツ姿のマギー(メグ・ラインアン)が侵入、強引に住み着いてしまう。彼女の元彼こそが、リンダが一緒に住んでいるフランス人シェフ、アントン(チェッキー・カリョ)だった。マギーは集音マイクを設置し、内部で交わされている音を盗聴する。かくして窓から見た映像が壁に大きく投影され、それに音声までついてくるという張り込みシアターが完成するのだった。

f0009381_6213689.jpgそのあとは姑息なトラップを掛け、大道芸人の猿使いの猿に口紅をぬらせて、通りがかったアントンにとびかからせ、シャツに口紅をつけるとか、子供たちにターベットの写真と水鉄砲を配り、アントンに浴びせるとか。しかしそれはマギーがむかしつかっていた香水で、どんどん二人の間をあぶなかしい状態に陥れていく。それでも今回のメグ・ライアンはめっちゃ色っぽい。アイシャドーはダークでモード系。ほとんどバットマンみたい。でもあいかわらずチャーミングで、きてるハウスドレスもむなもとがやたらとみえててやけに色っぽい。
リンダとアントンがしばし旅行に出かけると、サムとマギーは彼らの部屋に侵入一晩をそこですごす。吐いていたパンティをドレスのしたから脱いでソファのマットの下に挟みこんで既成事実をつくったり、カードで買った花や贈り物の控えをあっちこっちの本のなかに見つかるように挟み込んでおいたりと・・とかなり悪質。そんなふたりがじゃれあってるうちにいいムードになりベッドで“H”にいたってしまう。
「アイラブユー、リンダ」といいながらマギーを抱くサム。
「アイヘイチュー、アントン」といいながらサムにしがみつくマギー。
実にブラックユーモア・ラブコメディなんだけど、ここのシーンは切実に色っぽかった。

結局どたばたあって、一旦はリンダとアントンを別れさせることに成功するのだが、やはりリンダはアントンを愛しておりもとに、事の次第をリンダにはなすサム。そしてリンダはアントンの元に戻っていく。そしてサムとマギーもめでたくひっつくのであった。。。

ブラックユーモア大嫌い人間の私だが、この映画だけは好きだ。もうちょっと不要な灰汁を整理できれば傑作になっていたのに。・・・しかし、画作りは素晴らしい。
グリフィン・ダン、すごいぞ!! 

by ssm2438 | 2010-01-27 06:22
2010年 01月 27日

デンジャー・ポイント(1970) ☆

f0009381_3103899.jpg監督:ジェフリー・ジェームズ・リーヴ
原作:アリステア・マクリーン
脚本:アリステア・マクリーン
撮影:ジャック・ヒルデヤード
音楽:ピエロ・ピッチオーニ

出演:
スヴェン=ベルティル・タウベ (ポール・シャーマン捜査官)
バーバラ・パーキンス (アシスタントのマギー)

        *        *        *

アムステルダムを舞台に、麻薬組織と対決する国際刑事麻薬捜査官の活躍を描いたアリステア・マクリーン原作の『麻薬運河』の映画化。『テロリストゲーム』がやたらと私のツボにはまってしまったおかげで、外れると分っていても見てしまうアリステア・マクリーン物、それも本人じきじきの脚本となればされにみてやろうかなって気になる。・・・しかし、惨敗。

舞台がアムステルダムなので、ボートチェイスは期待してしまう。水上交通の街といえばこのアムステルダムとベニス。まあ、ベニスはなかなかボートチェイスが出来ないけど、アムステルダムはけっこう出来てしまう。なのでこの街が舞台というだけでわたしはついついひきつけられてしまうのである。・・・しかし、それほど大したことなかった。というか・・・やっぱりボートチェイス自体がそれほどなかなか見せるものにはなりにくいのかもしれない。
ただ、確かにおの主人公のスヴェン・バーティル・タウベはクール系のなかなかいい男、当時のお嬢様方はけっこう色気づいたのではないだろうか。

<あらすじ>
オランダの麻薬組織を調査すべくアムステルダムにやってきた国際刑事警察麻薬局の捜査官ポール・シャーマン(スヴェン・バーティル・タウベ)。しかし落ち合うはずたった同僚のデュクロは空港で殺し屋に殺されてしまう。アムステルダム警察署長のデ・グラーフ(アレクサンダー・ノックス)は調査協力を約束し、その部下ファン・ゲルダー警部(パトリック・アレン)を彼と地元警察のパイプ役に指名する。ゲルダー警部の娘トルディは麻薬の過度の摂取により知能障害になっており、組織の壊滅に執念をもやしていた。アメリカから別のルートで入ってきた助手のマギー(バーバラ・パーキンス)が協力する。
しかし、犯人グループはことごとく手がかりにつながりそうな人物を消していく。デュクロの愛人だったアストリッド、彼の弟のジョージ。そして助手のマギーまでもが殺される。麻薬組織を表面的に動かしていたのは牧師のメーゲレンだった。しかし壮絶なボートチェイスのすえ爆死、しかしさらなる黒幕の存在がいることがわかる。なんと黒幕は・・・。

・・・ちょっと黒幕さんは無理がありすぎた気がした(苦笑)。

by ssm2438 | 2010-01-27 03:11
2010年 01月 26日

太陽の子 てだのふあ(1980) ☆☆

f0009381_15483740.jpg監督:浦山桐郎
原作:灰谷健次郎 『太陽の子 てだのふあ』
脚本:浦山桐郎
撮影:安藤庄平
音楽:真鍋理一郎

出演:
原田晴美 (芙由子=ふうちゃん)
河原崎長一郎 (おとうさん)
ひめゆり部隊の女子大生 (大竹しのぶ)

        *        *        *

浦山桐郎といえば『キューポラのある街』『暗室』しかみたことはない。『暗室』に関しては浦山桐郎が撮ったことすら知らなかった。たまたまテレビをつけたら、神戸の町を見下ろす高台に妙に可愛らしい子発見、しばらく見ていると、一緒にいるお父さんらしい人が近所の高校の女子高生の合唱の声ききパニックになる。・・・なんだこの映画は??ってみてたらタイトルが出てきた。まだ始まったばっかりだったのでもったいないのでそのまま見ることにした。その映画がこれ『太陽の子』、沖縄の言葉で「てだのふあ」と読ませるらしい。

とにかくふうちゃん演じる原田晴美が圧倒的に可愛い。潔い。可憐だ。

彼女みたさにこの映画をずっと最後までみていたようなものだ。データを調べてみたのだがこの映画にしかでていない。今はどこで何をされているのか・・。この映画が公開されたのが1980年、劇中の彼女は小学6年生~中学1年生なのだが、どうみても14~5歳に見える。ということは生まれたのは1965年前後か・・、私よりほんのすこし若いだけだ。年代的に親近感を覚えてしまった。しかし、『キューポラのある街』の吉永小百合といい、この映画のふうちゃんといい、浦山桐郎はこういう可憐で健気な女の子を演出するのが実は上手かったのかもしれない。ちょっと他の作品群もチェックしてみる必要があるかもしれないと思った。
さらにやたらと熱血漢の若造がいるなあっと思えば、なんと『アイアンキング』石橋正次ではないか!?なんだか懐かしい。

物語は、神戸で沖縄料理の店「てだのふあ」を営んでいるふうちゃん(原田晴美)の一家とその店に集う人たちの沖縄にまつわるエピソードを回想しつつ、沖縄戦の傷跡をさりげなく暴露していく。「沖縄の歴史を勉強しよう」映画。そのへんが押し付けがましいのだが、ふうちゃんの可愛さに免じて我慢して見るた。

<あらすじ>
戦後まもなく、芙由子の両親は沖縄から神戸に移民してきた。当時の沖縄はまだアメリカ占領下であり、日本に来るにはパスポートが必要だった時代のことだ。芙由子はそんな両親のもとに生まれた神戸っ子。
しかし彼女の父(河原崎長一郎)は、いまだに戦時中の記憶に悩まされていた。

彼は少年時代に沖縄戦を経験し、少年兵だった彼は負傷して動けなかったところをひめゆり隊の女学生(大竹しのぶ)に助けられる。戦火のなか、彼をおんぶして看護地まで走る女学生。看護地でぐったりしている彼に「私はひめゆり隊として死ぬ覚悟は出来ている。でも、あんたはまだ死んじゃだめよ。無駄に死ぬのだけはダメ」と力強く語る。
なんとか戦火の中を『戦場のピアニスト』のように逃げのびる少年も南部の海岸線に追い詰められたよる、女学生の合唱の声を聞く。明日は自爆して死ぬだろうという夜、月明かりの下でそれまで来ていた泥や血にまみれた服を脱いできれい学生服に着替えている女学生たちの集団であった。その中には、彼を助けてくれたあの女性もいた。
夜が明け、アメリカ軍が迫り「オジョウサン、シンデハダメ」と拡声器で呼びかけるが、手りゅう弾を手に崖から飛び降り爆死していく女子学生たち。それをいたたまれない思い出岩の陰からみている少年。自分の臆病さが許せないのだろう。でも出て行った戦う勇気もない、ひたすら隠れて逃げ続けるしかない・・そんな劣等感が彼を後々まで苦しめているのだ。
物語の最後に彼は自殺する。
父の遺骨をもって母と共に父の故郷である波照間島にもどる芙由子。葬儀のあと父が生前話してくれた波照間の青い海に向かって歩いていく芙由子の前に、やはり海へむかってあるいていく男の姿がみえる。かすかに振り向いたその顔はは父の顔であった。父の姿をおって海岸にでたふうちゃんは、日本領土をしめす国旗のもとにある記念碑に泣き崩れる。
「なんでほんとのことを話してくれないの・・」

・・・話せるわけないよね。人は誰も悔しすぎて、誰にも話さず墓場までもって行くべきことのひとつや二つはあるもの。

by ssm2438 | 2010-01-26 15:59