西澤 晋 の 映画日記

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2010年 01月 18日

プロミスト・ランド/青春の絆(1987) ☆

f0009381_1474449.jpg監督:マイケル・ホフマン
脚本:マイケル・ホフマン
撮影:ウエリ・スタイガー
    アレクサンダー・グラジンスキー
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード

出演:
ジェイソン・ゲドリック
キーファー・サザーランド
メグ・ライアン

        *        *        *

まだメジャーになる前のメグ・ライアンが不幸を運ぶビッチとして登場してます。魅力も何にもない。彼女をこんなふうにしか見せられないクソ監督マイケル・ホフマンには才能のかけらも感じない。

小さくて静かな田舎町アッシュビルの高校生ダニー(キーファー・サザーランド)は、チアリーダーのメリー(トレイシー・ポラン)に自分の想いを伝えるが、彼女はバスケットボール部のスタープレーヤーのデイヴィ(ジェイソン・ゲドリック)とつきあっていてあえなく玉砕。夢破れたダニーは街を出る。一方デイヴィも大学では一流プレーヤーにはなれず、地元のしがない一警官になっていた。
月日がたったある年のクリスマス、チンピラになりはてていたダニーは妻となったウヴェ(メグ・ラインアン)をつれて、再起のために故郷にもどる。しかし彼女はジャンキーの常習者で破滅的な性格、あげくのはんてにコンビニ強盗をやらかしてしまう。そこへ通りかかったパトカーに乗っていたのはデイヴィとメリー。デイヴィは犯人のひとりを射殺するが、それがダニーだった。

・・・まったく、だからなに???という映画。夢も希望もなく、ただ、負け犬がひたすら風邪引いて寝込んでるような映画。本気でやる気にならないクソ人間ばかりなのでむかつくだけ。

by ssm2438 | 2010-01-18 14:09
2010年 01月 18日

ワン・ナイト・スタンド(1997) ☆

f0009381_10381438.jpg監督:マイク・フィギス
脚本:マイク・フィギス
撮影:デクラン・クイン
音楽:マイク・フィギス

出演:
ウェズリー・スナイプス (マックス・カーライル)
ナスターシャ・キンスキー (カレン)
カイル・マクラクラン (ヴァーノン)
ミンナ・ウェン (マックスの妻・ミミ)
ロバート・ダウニー・Jr (チャーリー)

       *        *        *

私の嫌いなスパイク・リー『ジャングル・フィーバー』とイメージがかぶるのだが・・・、それは単に主人公が一緒で白人と恋愛関係になるというところだけ。しかし、どうも私のなかでは、ウェズリー・スナイプスと白人女性との恋愛っていったらナスターシャ・キンスキーというイメージがやきついており、「あれ、じゃ、『ジャングルフィーバー』の時の相手役はだれだっけ???」と度忘れすることがある。反対に「『ジャングル・フィーバー』の時のウェズリー・スナイプスの相手役ってナスターシャ・キンスキーじゃなかったっけ? じゃあ、ナスターシャ・キンスキーと一緒にでたのは・・・????」と混乱することもしばしば。
そんなわけで、ここはひとつイメージを焼き付けておこうと思って今回はこの『ワン・ナイト・スタンド』。

監督は、ときどき忘れたころに気になる映画をとるマイク・フィギズ『リーニング・ラスベガス』『背徳の囁き』はどはけっこう好きです。しかし・・・これはちょっと・・・、あまり抑揚のきいた映画ではなかった。演出の仕方がはスパイク・リーって最低だと思うが、その『ジャングル・フィーバー』よりもはるかにつまらなかった(苦笑)。

<あらすじ>
CMディレクターのマックス(ウェズリー・スナイプス)は仕事も成功を収め、妻ミミ(ミンナ・ウェン)と二人の子供にも恵まれ、満たされた毎日を送っていた。そんなマックスは、絶交状態だったかつての親友チャーリー(ロバート・ダウニー・Jr.)に会いにニューヨークを訪れる。チャーリーは HIVにかかり、いつ死ぬかもわからなくなったため、絶交を解消しようというのだ。その訪問のあと、マックスは魅力的な女性カレン(ナスターシャ・キンスキー)と出会い、一夜の情事を交わしてしまう。
そして一年後、HIVの末期症状に陥ったチャーリーを見舞うために再びマックスは妻のミミをつれてニューヨークへ飛んだ。そこでチャーリーの兄ヴァーノン(カイル・マクラクラン)を紹介されるのだが、彼の妻があのカレンだった。やがてチャーリーは息をひきとり、葬儀後、マックスとカレンは逢い引きのため庭の小屋へはいっていった。ところがそこには先客が。それはミミとヴァーノンだった。
そして次にあったとき、彼らはお互いにパートナーを交換し、何事もなかったかのようにスシバーで談笑するのだった。

この映画に抑揚がないのは、主人公たちのお互いの相手とひっつく理由が薄すぎること。しかし物語の中では、なんだかんだいいながらウェズリー・スナイプスとナスターシャ・キンスキーはエッチにいたる。そして1年後に再開したときもやっぱりエッチしようとする・・・。特に理由もなくなんとなく・・といういも悪くはないのだけど、やはりお互いの浮気がばれたときはそれなりのトラブルとそれぞれの登場人物の心の整理が必要だろう。それこそが一番みせるべきパートになるはずなのだがそこが省かれており、結果として、浮気相手同士、特に問題もなくひっつきました・・って提示されているだけで終わっている。
うむむむ・・・・そこになにか意味があったのだろうか?

普通に考えると、これがウディ・アレンの映画だったりしたら、結果はおなじでも、そこに至る過程を面白・切なく表現してくれるものだし、普通のドラマというのはそこがどう描かれるのかが一番重要なところだろう。別にどろどろにする必要はなく、そこをあっさりとパートナーチェンジするのだってそれはそれで映画としては成立するはず。この映画はそこをかかないで、たんなる「おち」として最後はパートナー交換があっさりできてしまいました・・という話になっていいる。きちんとそこまで段取りを描いた映画と比べて、現状の映画は面白いとはおもわないのだけど・・・。
ドラマの作家というものは、観客の期待するものを裏切って、なおかつそれ以上のものを提示してなんぼ・・だと思うが、これは観客の期待するものを裏切って、それ以下のものしか提示でいないという・・まことにこまったちゃんの映画である。マイク・フィギスって途中で製作サイドとぐれたりしたんじゃないだろうかってかんぐってしまう(苦笑)。

by SSM2438 | 2010-01-18 10:43
2010年 01月 17日

ドッグヴィル(2003) ☆

f0009381_1958297.jpg監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
撮影:アンソニー・ドッド・マントル

出演:ニコール・キッドマン他

        *        *        *

だめだ・・・。
私は舞台劇にはまったく興味がない人間。
映画という、世界観自体を構築した中でのドラマがあって初めて見る気が起きるので、こんな舞台セット組まれても全然見る気がしない。なのではじまってすぐすっとばし。どんなにすごいことしてるのか知らないが、観てもらう人に見る気を起こさせないのはお話がどうこう以前に失敗してる。少なくとも私相手には失敗してる。実験映画かなんかしらないが、相手してあげられる人はさぞかし寛大な心の持ち主なのだろう。・・私は寛大じゃないから即効リタイヤ。
寛大な心の持ち主方は、頑張ってみてあげてください。

このセットのなかで舞台劇がはじめから終わりまで続けられる。
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by ssm2438 | 2010-01-17 19:59
2010年 01月 17日

ヴァン・ヘルシング(2004) ☆☆

f0009381_16384984.jpg監督:スティーヴン・ソマーズ
脚本:スティーヴン・ソマーズ
撮影:アレン・ダヴィオー
音楽:アラン・シルヴェストリ

出演:
ヒュー・ジャックマン (ヴァン・ヘルシング)
ケイト・ベッキンセイル (アナ王女)
リチャード・ロクスバーグ (ドラキュラ伯爵)

        *        *        *

ヨーロッパ発の3大メジャーモンスター、ドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男が一堂に会するというモンスター大集合CG映画。それに立ち向かうのはヒュー・ジャックマン扮する和製バンパイアハンターD仕様のヴァン・ヘルシング。個人的にはケイト・ベッキンセールだけしか観るものはなかったのだが・・。

ヴァン・ヘルシングというのは『吸血鬼ドラキュラ』の原作小説での設定はアムステルダム大学の名誉教授で、恰幅のよい60歳の老学者。専門は精神医学で、その他にも広い知識を持つ大博士だが、特に吸血鬼研究を専門としてはいない。教え子であるセワード医師の依頼により、セワード、ハーカー、ホルムウッドら、ドラキュラと闘う若い主要人物達を補佐する役回りである。この映画はそのヘルシングの若いときバージョンという設定か・・。

<あらすじ>
19世紀、ヨーロッパ。ローマ・バチカンの秘密組織から命を受け、そのモンスターを狩る男、ヴァン・ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)。武器発明家である修道僧カール(デヴィッド・ウェンハム)とともにトランシルバニアへ旅立つ彼の使命は、邪悪な力で世界を手中に収めようとするドラキュラ伯爵(リチャード・ロクスバーグ)を倒すこと。道中、ドラキュラの花嫁たち闘う美しい女性、アナ(ケイト・ベッキンセール)をみつける。彼女は代々、ドラキュラと闘い続けてきたヴァレリアス一族の王女だった。そして彼女の兄ヴェルカン(ウィル・ケンプ)は、闘いのさなか、ウルフマンに姿を変えられドラキュラ伯爵の手に落ちていた。不死身のドラキュラを倒すため、二人は行動を共にすることになる。ドラキュラは、人間の作り出したモンスター、フランケンシュタイン(シュラー・ヘンズリー)を使って世界を征服することだった。
戦え、僕らのヴァン・ヘルシング! 
負けるな、僕らのヴァン・ヘルシング!
世界の未来は君にかかってる!!

by ssm2438 | 2010-01-17 16:38
2010年 01月 17日

ジュリア(1977) ☆☆☆☆☆

f0009381_029230.jpg監督:フレッド・ジンネマン
原作:リリアン・ヘルマン
脚本:アルヴィン・サージェント
撮影:ダグラス・スローカム
音楽:ジョルジュ・ドルリュー

出演:
ジェーン・フォンダ (リリアン・ヘルマン)
ヴァネッサ・レッドグレーヴ (ジュリア)
ジェイソン・ロバーズ (ダシール・ハメット)

        *        *        *

私の好きな面子がそろっております。監督フレッド・ジンネマン、音楽ジョルジュ・ドルリュー、脚本アルヴィン・サージェント。これだけそろえばハズレが出来るわけはない!

フレッド・ジンネマンといえば、常に信念を貫く人物を描きつづけてきた。環境からの圧迫や妥協のささやきにはめもくれず、ひたすら自らの信念を貫き通す、そんな主人公ばかり描いている。この映画においてもジェーン・フォンダ演じるリリアン・ヘルマンは、ジュリアに対する裏切れない信頼のために、圧倒的な恐怖のなかにとびこんでいく。とくに後半からの後半からのドイツへの列車の旅の圧迫感はすさまじい。あまりに重苦しい雰囲気なのでおもわずテープ(当時VHS)を止めようと思ったことがどれだけあったことか・・。あの圧迫感こそフレッド・ジンネマンの真骨頂であり、それを信念で突き抜けてしまう登場人物の頑固さがすさまじいものだ。
フレッド・ジンネマンは、1953年の『地上より永遠に』と1966年の『わが命つきるとも』でアカデミー監督賞を受賞している。

本作の主人公、リリアン・ヘルマン(1905年6月20日 - 1984年6月30日)は、アメリカ合衆国の戯曲作家であり、人生の大半の期間、左翼思想との関係を維持してきた。また私生活では、ミステリー作家・ハードボイルド作家であったダシール・ハメットと30年ものあいだ恋人関係を保っていた。ダシール・ハメットは米国共産党員であり、赤狩り時代、そのことを掴んでいた非米活動調査委員会はヘルマンを召喚して共産党加入者の友人の名前を尋ねられるが、これを拒否、長期にわたってハリウッドの映画産業界のブラックリストに掲載されることとなっていた。

<あらすじ>
f0009381_0351549.jpgジュリアは、金持ちの上流家庭に生まれた美しい娘であったが、特に金持ちの祖父母を嫌っていた。早くから文学や詩に親しんでいたジュリアは、ひっこみがちなリリアンをリードし、年頃になった2人の友情と愛情は深まっていった。オックスフォード大学に入ったジュリア(バネッサ・レッドグレープ)は、その後ウィーンへ行き、フロイトから教えを受けることになったが、ここで反ナチの地下運動に関係することになる。
パリに旅行したリリアン(ジェーン・フォンダ)は、ウィーンで起こった暴動で200名の人が殺されたという新聞記事を読みウィーンに行く。ジュリアは入院していて全身包帯で巻かれており、ベッドに横たわったまま言葉を交わすことも無かった。翌日ふたたびジュリアのもとを訪れるリリアンだったが、ジュリアは既にいなくなっていた。
35年、アメリカに帰ったリリアンは、舞台劇を書きそれが大ヒットする。
37年、モスクワの演劇フェスティバルに招かれたリリアンは、途中のパリでヨハン(マクシミリアン・シェル)という若い男に、ベルリンにいるジュリアに5万ドルの金を届けることを頼まれる。

ここからの見えない恐怖の圧迫感は並大抵ではない。目には見えないが水面下に存在するナチの恐怖がおそりしいまでに演出されている。かつてこれほどまでの環境の圧迫感を感じさせた映画があっただろうか・・。

リリアンは、空路モスクワへ行く予定を変更、ドイツのベルリン経由の列車でいくことにする。フランスからドイツへ行く列車の旅はひどく不安なものだった。見る人総てがナチの手先にみえる。同じコンパートメントに乗り合わせた2人の女はジュリアの仲間らしいが、それ自体を口にすることはない。恐怖が想像のなかで恐ろしいまでに増幅されていく。なんとか無事にベルリンに着き、そこで再会したジュリアは義足をつけ松葉杖に頼る身となっていた。ウィーンでのあの病人は確かにジュリアだったのだ。毛皮の帽子にかくされた5万ドルの金を渡すリリアン。ふたりで一緒にいられる時間はほとんどないが、ジュリアには女児があり、フランスのアルザスのパン屋に預けてあるという。いずれニューヨークへ帰るが、その時子供も連れていき、以後リリアンに育ててもらいたいと言った。
しかしジュリアはナチに殺される。リリアンは、子供をひきとりにアルザスにいき、パン屋をかたっぱしからたずねあるく。結局子供はみつからず(映画の中では、もしかしたらここにいるので・・は臭わせてある)、一人でダシール・ハメット(ジェイソン・ロバーズ)の待つアメリカにのもとに帰るのだった。

by ssm2438 | 2010-01-17 00:09 | フレッド・ジンネマン(1907)
2010年 01月 16日

アルカトラズからの脱出(1979) ☆☆☆☆

f0009381_22521231.jpg監督:ドン・シーゲル
脚本:リチャード・タッグル
撮影:ブルース・サーティース
音楽:ジェリー・フィールディング

出演:クリント・イーストウッド (フランク・モリス)

        *        *        *

脱獄をテーマにした映画に傑作は多い。ジャック・ベッケル『穴』ロベールブレッソン『抵抗』『ショーシャンクの空に』『パピヨン』など、そのなかでも私は『抵抗』と『アルカトラズからの脱出』が好きだ。なにがいいかって、壁に穴をほるアイテムが小さいのがいい。そして何よりも、壁に穴を開けて独房をでたあと、そのあとの逃走経路をあらかじめシュミレートして、必要なものをさらに用意するために戻ってくる。この出ては戻ってくる、出ては戻ってくるの繰り返しで徐々に逃走経路を確保するところがリアルでよい。

アルカトラズ連邦刑務所は、アル・カポネやロバート・フランクリン・ストラウド、アルヴィン・カーピスら矯正不可能とみなされた者が主に服役した。数多くの脱獄が試みられたが、周辺は潮流が速く水温が低いため島からの脱出はほぼ不可能とされていた。脱獄者は34人いるが、7人が射殺、2人が溺死、5人が行方不明(遺体は未発見だが公式記録上は死亡扱い)、残りはすべて再捕獲された。行方不明者5人のうちフランク・モリスら3人が試みた脱獄劇は有名で、この映画『アルカトラズからの脱出』として再現されることになる。
本作ではその冷たい海を渡るのに、泳ぐことは無理と判断、レインコートでゴムボートをつくる。

そして脱獄物の引き立て約は、脱獄できないでそこに残るものの悲劇だろう。この映画では独房でしりあった絵を描くことを趣味にしている囚人がいるが、彼は絵を描くことを禁止され作業場の斧で自分の指を切断した。モリスとともに脱獄するはずだった隣の独房のチャーリーは準備が間に合わずにおいてけぼりにされる。『ショーシャンクの空に』ではモーガン・フリーマンは残る側の代表者として描かれる。これらの対比があってこその脱獄ものなのだ。

<あらすじ>
1960年1月18日の深夜、l人の囚人がアルカトラズ刑務所に移送されてくる。彼の名はフランク・モリス(クリント・イーストウッド)。全米国各州の刑務所で何度か脱走を企てこの刑務所に送り込まれたのだ。知能指数のきわめて高い新入りモリスは、特に所長に目をつけられ、部屋に呼ばれて警告を受けが、そのとき、所長のデスクからツメ切りをくすめる。
モリスは、ネズミをペットにしているノトマス(フランク・ロンチオ)という年配の囚人や、図書館の係員をしている黒人のイングリッシュ(ポール・ベンジャミン)、絵を描くのが趣味だというドク (ロバーツ・ブロッサム)と親しくなった。しかしウルフとは殴り合いの乱闘騒動まで起こし、D棟の独房に放り込まれた。そうこうしていると、別の刑務所でいっしょだったアングリン兄弟(フレッド・ウォードとジャック・チボー)がアルカトラズに送られてくる。彼らも何度も脱走を試みたためアルカトラズに送られてきたのだ。モリスは、2人の顔を見ていよいよ実行に移す決心を固めていた。モリスの独房のとなりのチャーリーが加わって脱走計画がスタートした。例のツメ切りや、食堂から盗んだスプーンを使い屋上へ出る穴を掘り、レインコートで作ったゴムボートで海を渡る計画だ。数ヵ月に及ぶ彼らの努力が着々と進められていった・・、そしてある夜・・・。

by ssm2438 | 2010-01-16 22:52
2010年 01月 16日

スリー・リバーズ(1993) ☆☆

f0009381_1591814.jpg監督:ローディー・ヘリントン
脚本:ローディー・ヘリントン、マーティン・カプラン
撮影:マック・アールバーグ
音楽:ブラッド・フィーデル

出演:ブルース・ウィリス、サラ・ジェシカ・パーカー

        *        *        *

最近『SEX AND THE CITY』で名前が売てきたサラ・ジェシカ・パーカーがまだ無名だったことの作品。あいかわらず顔がでかい。まあ、こればっかりは今の昔も変わらないとは思うが・・・。

映画自体はどおってことのないサスペンス。主人公のブルース・ウィリスの親戚関係の図がわかりにく。物語のなかでおきる殺人事件も実はこの親戚関係のごたごたであり、人物関係を理解しないと何がおきているのはよくわからない映画だ。
画面的にはちょっと目新しいのがブルース・ウィリスが所属する河岸警備隊。オランダのアムステルダムあたりを舞台にした映画だと水上チェイスがよく観られるが、アメリカではその手の映画はほとんど期待できない。そんなアメリカでの、水上捜査を描いた作品。とかいいつつそれほどそのシーンが多いわけではないのだけど・・、一応知識として知っておくにはいいかなって思って大昔みたのでした。

f0009381_1593623.jpg舞台となっているのはアメリカ東海岸のペンシルニア州、ピッツバーグ。アルゲイニー川とモノンガヘイラ川が合流し、オハイオ川の起点となっている地点を中心に広がっている。ダウンタウンはその合流点近く、アルゲイニー川とモノンガヘイラ川に挟まれた地帯に広がり、ゴールデン・トライアングル(Golden Triangle)と呼ばれている。

<あらすじ>
ピッツバーグ市警察殺人課の刑事トム・ハーディ(ブルース・ウィリス)は家族親戚とも警察につとめる警官一家である。トムの父も殺人課主任の警官だったが、殉職している。また叔父のニック、そして彼の息子のダニーも警官だ。ニックにはもう一人息子のジミーがいたが、1991年若い女性を狙った猟奇連続殺人事件が起き、その犯人として上げれた男に暴力をふるい過剰捜査の暴行行為で告発され、その一部始終をみていたトムが証言し、ジミーは有罪となり、結果河に身を投げて自殺した。そんな経緯があり、トムはニックから敵視されていた。
それから2年、トムは河岸警備隊に配属され、相棒はジョー・クリストマン(サラ・ジェシカ・パーカー)という有能な救助隊員だ。一方ニックは殺人課主任に、ダニーは弟の自殺以来町をでていた。そして再びあの時のような若い女性の惨殺死体が発見された。彼女はトムの元恋人だった。そして第二の殺人がおきる。今度はトムの女友達のデビーだった。1991年の猟奇連続殺人事件を再び洗いなおしてみるトムだったが、ニックに事件は解決済みと言い放たれる。実は犯人は死んだはずのトムのいとこジミーで、さらに父ヴィンスを誤って殺したのも叔父のニックだということもわかる・・・。

by ssm2438 | 2010-01-16 15:12
2010年 01月 16日

パパは、出張中!(1985) ☆

f0009381_12383497.jpg監督:エミール・クストリッツァ
脚本:アブドゥラフ・シドラン
撮影:ヴィルコ・フィラチ
音楽:ゾラン・シミャノヴィッチ

出演:モレノ・デバルトリ、ミキ・マノイロヴィッチ

        *        *        *

「パパは出張中」というのは、政治批判者として矯正労働に連れて行かれた父の不在を、子供にそう説明している母の言葉。

1985年制作のユーゴスラビア映画。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞している。・・・が、まったく面白くもなんともない。よくこんな映画にパルム・ドール賞をあたえたものだとあきれてしまう。まあ、同年のアカデミー賞が『愛と哀しみの果て』だったのだからこの年の映画がいかに不作かは理解できるが、子供をネタにした体制批判は賞を撮り易いのだろう。それにしてもこの映画は恐ろしく退屈。

世間ではときどきこの手の作品にめぐりあう。面白くもクソも無いのに、なぜだかどっかの映画祭で勘違いした批評家が賞を与え、面白くもクソもないのに、これは面白いんだと言わなければならないという脅迫観念におちいった無能な批評家がさらにそれをヨイショし、いつのまにやら世間では「良い」といわれてしまっている作品。しかしこれはほんとにクソ映画である。安心して「つまんない」と言っていい。

監督のエミール・クストリッツァ『黒猫・白猫』を撮っているが、これも恐ろしく退屈な映画。無責任のたれなドタバタなので面白くもなんともない。私のなかではかずかずいる無能監督のなかの一人にはいっている。

by ssm2438 | 2010-01-16 12:39
2010年 01月 16日

愛と哀しみの果て(1985) ☆☆

f0009381_0215619.jpg監督:シドニー・ポラック
脚本:カート・リュードック
撮影:デヴィッド・ワトキン
音楽:ジョン・バリー

出演:
メリル・ストリープ (カレン)
ロバート・レッドフォード (デニス)

        *        *        *

1985年のアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞など、7部門でオスカーをもっていった映画なのですが・・どうも私はぴんとこない。撮影賞と助演男優賞は上げてもいいと思うのだけど・・って思ったら、おおおお、同年のNY批評家協会賞ではまさにその撮影賞助演男優賞だけ上げてます。さっすがNY批評家協会賞。適切な判断ができている。
ただ、この年は不作の年で、アカデミー作品賞にノミネートされてる映画をみてもそのことが伺える。『愛と哀しみの果て』、『蜘蛛女のキス』、『女と男の名誉』、『刑事ジョン・ブック/目撃者』、『カラーパープル』。確かにこの中から選べというのは難しいはなし。NY批評家協会賞は『女と男の名誉』にあげていた。個人的な好みなら『刑事ジョン・ブック/目撃者』だが、これはあくまで私の趣味であって、アカデミー作品賞あたいするかといわれるとちょっとどうかなあ・・。該当なしでもよかったのに・・(苦笑)。

『愛と哀しみの果て』に関していえば、『追憶』の焼きまわしという感がある。シドニー・ポラックってこういう映画すきなんですかね。しぶとく生きる女性と、そんな女性に安らぎをあたえる男の構図。個人的にはメリル・ストリープが生理的に好きじゃないので、それだけで見る機がしなかった作品で、みてもただ長いだけで全然面白いとも思えなかった。アフリカを取った画面だけは美しいという印象。

by ssm2438 | 2010-01-16 12:17
2010年 01月 12日

ハンコック(2008) ☆☆

f0009381_8382584.jpg監督:ピーター・バーグ
脚本:ヴィー・ヴィンセント・ノー、ヴィンス・ギリガン
撮影:トビアス・シュリッスラー
音楽:ジョン・パウエル

出演:
ウィル・スミス (ジョン・ハンコック)
シャーリーズ・セロン (メアリー・エンブリー)
ジェイソン・ベイトマン (レイ・エンブリー)

        *        *        *

この手のスーパーヒーローを扱う時は、そのまま演出すれば何でも出来てしまう。ゆえに物語づくりのポイントは、何が弱点になるのか・・、どんな時に限りその能力が仕えなくなるのか・・、その設定と使い方にかかってくる。『ハンコック』では、それを二人の距離にしてしまった。能力を持ったもの同士が近づけば、その能力はどんどん減退していってしまう。そこは目新かったかな。
ドラマの展開はグレたヒーローの更生話の前半はそこそこ面白い。『グッド・ウィル・ハンティング』のスーパーヒーロー版、それをおきらくモードでやった感じ。作り方次第ではもうちょっと出来たんじゃないかと思うのだけど・・、そこがこの監督さんの限界なのだろう。あと最近はやりの手ぶれ効果も鼻につく。小手先のカッコつけ演出はやめてもらいたいものだ。映画事態はCG使った無駄な大騒ぎが多すぎて、おまけにシャーリーズ・セロン使ってるのでかなりの無駄使い。もっと上手い使い方があっただろうにって思ってしまう。もったいない・・。

<あらすじ>
孤独なスーパーヒーロー、ジョン・ハンコック(ウィル・スミス)は、80年前のとある事件で80年前以前の記憶が一切ない。孤独で、避けに溺れ、悪党をやっつけても、鬱憤晴らしであり、やりすぎるがために街に甚大な被害をもたらし、市民からの評価はマイナスな事が多い。ある日ある事件でレイ・エンブリー(ジェイソン・ベイトマン)の命を救うが、いつも通り周囲の人間からブーイングを受ける。そんな中、レイだけは「ありがとう」とハンコックに礼を述べ、愛されるヒーローになるためのイメージ戦略をハンコックに持ちかけた。
そんなハンコックを複雑な気持ちでみる女がいた。レイ・エンブリーの妻メアリー・エンブリー(シャーリーズ・セロン)である。実は彼女こそ、この世に現存するもう一人のスーパー超人であった。二人の過去には痛々しい出会いが何度もあった。二人が愛し合って近づけば近づくほど、二人は無力な人になってしまう。ゆえに彼女は80年まえのあの事件でハンコックが記憶を失ったのをいいことに、彼から離れる決意をして身をかくしていたのだ。そんな二人が再び惹かれ合っていく・・。
しかし、スーパーで強盗犯を叩きのめした時に、ハンコックは体内に銃弾を受ける痛みを覚える。それまでは銃弾を受けても跳ね返していたのに・・。不死身だったはずのハンコックだが、普通の人間と同じように銃弾に倒れ、病院へと運ばれる。手術が行われなんとか命をとりとめたハンコックのもとをメアリーが訪れ、二人が愛し合っていた数千年の歴史と、二人の能力の衰退のメカニズムを話す。そんな時、かつてハンコックが刑務所に送った銀行強盗団が脱獄してハンコックの復讐にやってきた。ハンコックをかばって撃たれるメアリー。凡人かしたメアリーの命のともし火は消えかけていた。強盗団をなんとか倒したハンコックは、傷ついた身体に鞭打ってメアリーのもとを去っていくのだった。ハンコックが遠のいていくごとにメアリーの超人性が復活、止まっていた心臓がふたたび脈を打ち始める・・。

by ssm2438 | 2010-01-12 08:38