西澤 晋 の 映画日記

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2010年 03月 19日

スパイダーマン3(2007) ☆

f0009381_6224368.jpg監督:サム・ライミ
脚本:サム・ライミ、アイヴァン・ライミ
    アルヴィン・サージェント
撮影:ビル・ポープ

出演:
トビー・マグワイア (ピーター・パーカー/スパイダーマン
キルステン・ダンスト (メリー・ジェーン・ワトソン)
ジェームズ・フランコ (ハリー・オズボーン)
トーマス・ヘイデン・チャーチ (フリント・マルコ/サンドマン)
トファー・グレイス (エディ・ブロック/ヴェノム)

        *        *        *

脚本家が多い映画に名作なし!

私の大好きなアルヴィン・サージェントが脚本の欄に名前をつらねているのだけど・・・、この映画ではそのよさはまったくない。きっと、サージェントの描いた脚本は初稿段階で、そこからどんどんプロデュースサイドからあれも入れろ、これも入れろ文句が出て、結局サージェントが降りてそのあとサム・ライミアイヴァン・ライミがふたりして書きあげたってことなんじゃないだろうか。
いろんな要素が詰め込まれすぎて、それぞれのイベントが浅くまったく面白くない。

撮影的にもCGがまるでCGに見える。プロならCGを本物っぽく見せて欲しいものだ。志が低すぎる。

<あらすじ>
念願のブロードウェイ・デビューを果たしたメリー・ジェーン・ワトソン(キルステン・ダンスト)。そのMJにプロポーズすることを決意したピーター・パーカー(トビー・マグワイア)。そんなピーターに、メイおばさんは亡きベンおじさんがくれた結婚指輪をそっと託すのだった。そんなピーターを、最新鋭の装備に身を包んだ親友ハリー・オズボーン(ジェームズ・フランコ)は襲撃する。ハリーはいまだにピーターが父ノーマンの仇だと信じていた。しかし闘いの末、ハリーは頭部を強打。病院に運ばれ意識を取り戻したハリーは記憶を失っていた。
ブロードウェイにたったMJだが、新聞各紙で酷評され、降板させられる一方、スパイダーマンは名誉市民賞をもらうなど大活躍。すれ違いもあり、ピーターはMJと連絡が取れなくなってしまう。
ある夜、警察はフリント・マルコという男(トーマス・ヘイデン・チャーチ)を追いかけていた。彼はとっさに物理研究所の構内に逃げ込み、分子分解の実験に巻き込まれ、砂状の体を持つ「サンドマン」となった。マルコはベンおじさんを殺した真犯人だった。私怨にかられるピーターを、謎の液状生命体「シンビオート」が取り込み、ピーターは今まで以上のパワーを持った「ブラック・スパイダーマン」となっていた。その姿でマルコと闘い、ピーターは復讐を果たす。
さらに突然MJから別れを告げられたピーターは、それがハリーの差し金であることを知り、怒りに任せハリーを倒す。ブラックスーツで性格も攻撃的になるピーターだったが、MJを殴ってしまったことをきっかけに我に返りスーツを破り捨てる。
宿主を失った液体生物は、ピーターに捏造写真を見破られ職を失ったエディ(トファー・グレイス)に取り付き、新たな敵「ヴェノム」へと姿を変える。ヴェノムはサンドマンと手を組み、MJを人質に取り、スパイダーマンを誘い出す。窮地のスパイダーマンを助けたのは、父の死の真相を知ったハリーだったが、ハリーは自らを犠牲にピーターを庇い死んでしまう。

まるで登場人物の出番だけをむりくりつなげたようなシナリオ。ひどすぎる。

by ssm2438 | 2010-03-19 06:25
2010年 03月 19日

大空港(1970) ☆

f0009381_284593.jpg監督:ジョージ・シートン
原作:アーサー・ヘイリー
脚本:ジョージ・シートン
撮影:アーネスト・ラズロ
音楽:アルフレッド・ニューマン

出演:
バート・ランカスター (メル・ベイカースフェルド空港長)
ディーン・マーティン (バーン・デマレスト機長)
ジーン・セバーグ (タニア・リビングストン)
ジャクリーン・ビセット (スチュワーデスのグエン)

        *        *        *

グランドホテル形式に名作なし!

これがあったからこそ、後に『ポセイドン・アドベンチャー』があり『ターワーリング・インフェルノ』が存在したといってもいいだろう。

・・・しかし、世間でいわれるほど、面白いとは思わない。というか、これはパニックを全面に押し出した映画というよりも、空港にあつまる人々のそれぞれのドラマを寄せ集めてごった煮にしてドラマにしているのであって、グランドホテル形式の映画で、その舞台を空港に設定しただけ。正直今見ると退屈以外のなにものでもない。
さらに、航空機パニック物というジャンル自体があまり面白くない。結局全部飛行機の密室空間。全部セットでまかなわれ、本物のシーンは空港に飛行機が着陸するシーンだけ。でも、事故にはさせられないので、オーバーランちょっと手前で無事停止。
私に言わせればなにからなにまでつまらないとしかいいようがない。

しいて嬉しいところをあげるなら、ジーン・セバーグがやたらと可愛い。それにジャクリーン・ビセットもいい。この女優陣ふたりだけだなあ。

<あらすじ>
シカゴのリンカーン国際空港(架空)の空港長メル・ベイカースフェルド(バート・ランカスター)は、家庭を顧みる暇がなく妻シンディ(ダナ・ウィンター)とは離婚寸前。一方で、同じ空港内に勤務するトランスグローバル航空の地上勤社員、ターニャ・リヴィングストン(ジーン・セバーグ)と恋仲になっている。
トランスグローバル航空のパイロット、ヴァーノン・デマレスト(ディーン・マーティン)は空港長メル・ベイカースフェルドの姉と結婚しているが、プレイボーイで、現在の浮気相手は、同じトランスグローバルの客室乗務員グエン・メイフェン(ジャクリーン・ビセット)。ヴァーノンのこの夜、自分の子を身篭ったこと、そしてその子を中絶するつもりのないことを告げられる。
失業中の土木技術者ゲレーロ(ヴァン・ヘフリン)は、精神を病んでいた。彼は自身に多額の生命保険をかけ、工事現場から盗んだダイナマイトをアタッシュケースに仕込んでグローバル2便に乗り込む。
勤め先から家に帰ったゲレーロの妻は、ゲレーロの工事現場からダイナマイトが紛失していたことを思い出し、よからぬ予感を抱いた。しかし、彼女が空港に駆けつけたときには既にイグローバル2便は飛び立っていた。
ゲレロはトイレでダイナマイトを爆発させる。ゲレロは惨死、グエンは重傷を負った。、機体には大きなひびがはいり、機内の気圧は急速に低下した。デマレスト達は、ただちにリンカーン空港に引き返す。空港側も万全の準備体制を整えた。そしてボーイング707 機は、無事その巨体を空港に着陸させた。

by ssm2438 | 2010-03-19 03:51
2010年 03月 19日

エアポート'75(1974) ☆☆

f0009381_341932.jpg監督:ジャック・スマイト
原作:アーサー・ヘイリー
脚本:ドン・インガルス
撮影:フィリップ・ラスロップ
音楽:ジョン・カカヴァス

出演:
チャールトン・ヘストン (アラン・マードック)
カレン・ブラック (ナンシー・プライアー)
リンダ・ブレア (ジャニス・アボット)

        *        *        *

今度はセスナ機が飛行中のジャンボに追突だ!

監督は『世界が燃えつきる日』のクソ監督、ジャック・スマイト。まあ、このジャンル、誰がとっても面白くはできないものだが、この監督さんだったら絶対に面白いものはできないだろう。で、やっぱりできてないし。ただし『世界が燃えつきる日』は、クソ映画だが私は大好きな映画である(苦笑)。

『大空港』が、イベントというよりも、そのイベントにかかわった人間関係を丹念に(?)描いた映画だったのにたいして、この第二弾はセスナ機が激突しジャンボ機を、どうにしかして着陸させようというスペクタクルがメインになっている。ヘリを飛ばし(ヘリで大丈夫なのか??っ思うが)、ロープを壊れたコックピットの穴に流し込み、ジャンボを操縦できる別のパイロットを中に乗り込ませようというもの。スリリングではあるが、でも、たいして面白くない。結局実際の空港でドンパチするわけには行かないので、着陸する機体に不安はまるでない。
とはいえ、『大空港』よりは面白かったと思う。正直あれは退屈だった。

<あらすじ>
ワシントンD.C.のダレス国際空港を離陸しコロンビア航空409便ボーイング747は、ロサンゼルスへ向かう予定だったが、濃霧のためソルトレイクシティへ向け着陸の態勢に入った。その時たまたま心臓発作で操縦士が絶命してしまった自家用機が409便の機首に衝突し、操縦室の一部が大破、副操縦士は機外へ放り出され、航空機関士は即死、機長は重傷を負った。乗客は映画女優のスワンソン(グロリア・スワンソン)、腎臓移植手術を控えているジャニス(リンダ・ブレア)が乗っていた。
巨大なジャンボ機と乗客の命はスチュワーデスのナンシー(カレン・ブラック)の手に委ねられた。彼女は地上の管制塔から送られてくる指示と、重症の機長の指図に従い、機を空港へと導いていく。
一方、地上ではこの緊急事態のために関係者が急拠空港に駆けつけた。その仲にはナンシーの恋人でもある元パイロット養成教官のアラン・マードック(チャールトン・ヘストン)もいた。数千フィートの上空でヘリコプターをジャンボと等速にしてからロープを渡し、空軍のパイロットをジャンボのコックピットに出来た穴から乗り込ませようというのだ。しかし失敗、空軍パイロットの体は闇の中に消えた。帰還命令に反して今度はマードックが自らジャンボに向かった。彼は見事に乗り込んだ。そしてジャンボを空港に着陸させたのであった。

by ssm2438 | 2010-03-19 02:34
2010年 03月 19日

エアポート'77/バミューダからの脱出(1977) ☆☆

f0009381_339627.jpg監督:ジェリー・ジェームソン
脚本:デヴィッド・スペクター/マイケル・シェッフ
撮影:フィリップ・ラスロップ
音楽:ジョン・カカヴァス

出演:
ジャック・レモン (ドン・ギャラガー機長)
ジェームズ・スチュワート (フィリップ・スティーヴンス)
リー・グラント (カレン・ウォレス)
ブレンダ・ヴァッカロ (イヴ・クレイトン)

        *        *        *

二人の善い人、ジャック・レモン&ジェームス・スチュワート登場。

今度はバミューダの海のそこに沈んだジャンボから乗客を救出しようとする話。飛び立つシーンは実物だが、もはや空港に帰還するひつようもない。ひたすらセットの世界。しかし水中のジャンボというだけあってお金はかかっている。さらに海軍の協力もあって、海上のシーンはリアルだ。しかし、この事故を引き起こす原因となったハイジャッカーが、トラブルだけ引き起こして死んでしまう展開はどうなん??って思ってしまった。どうもご都合主義的すぎる。
なぜだろう・・・、やっぱりパニックものには犯罪の要素は入れて欲しくない。不慮の事故VS人間の知力の構図で描いて欲しい。

なんだかんだと文句がおおいこのシリーズだが、実はこの映画だけは当時劇場でみにいってしまった。あのころはあまり選り好みせず、なんでもみてたなあ(苦笑)。

<あらすじ>
大富豪のフィリップ・スティーブンス(ジェームズ・スチュアート)所有のボーイング747は、高価な美術品と招待客を乗せワシントン・ダレス国際空港を離陸した。彼はパームビーチの邸宅を美術館として開放しようと計画していたのだ。しかし機はハイジャックされ、機内ながされた麻酔ガスのため、乗客と乗務員は意識を失ってしまった。ハイジャッカーの一味だった副操縦士は、機はカリブ海の孤島へ向かわせた。低空飛行のためにレーダーでも補足出来ない。しかし途中で天候が悪化し、濃霧で視界を失ったジャンボ機は油田タワーに右エンジンを接触、操縦不能となり墜落し、乗員乗客を乗せたまま海底へと沈んでいった。貨物室から海水がどんどん浸水していく。
陸上では、空と海での捜索が始まっていた。機は海面下のそれhど深くない砂州の斜面に横たわっている。機内は気圧が保たれ、機密状態で、しばらくは安全である。ハイジャッカー達は死体と化していた。海中のため無線も使えず、生存者に絶望の色が広がっていった。ドン・ギャラガー機長(ジャック・レモン)は傷ついた人々を救うため指揮をとる。一方、ジャンボ機がレーダーより消えた事をスティーヴンスは知らされた。海軍と沿岸警備隊が捜索に乗り出す。誰かが機外に出て浮上し、信号を出すしかない。洋学者のマーティン(クリストファー・リー)とギャラガーが機外脱出に挑むが、マーティンは死亡。ギャラガーはなんとか海面まで浮上し海軍に救助された。そして、ここに海底からジャンボ機を持ち上げ、生存者を救出する大規模な作戦が始まる。

by ssm2438 | 2010-03-19 02:12
2010年 03月 19日

失楽園(1997) ☆☆

f0009381_141303.jpg監督:森田芳光
原作:渡辺淳一
脚色:筒井ともみ
撮影:高瀬比呂志
音楽:大島ミチル

出演:
役所広司 (久木祥一郎)
黒木瞳 (松原凛子)
寺尾聰 (衣川和記)
星野知子 (久木文枝)
木村佳乃 (久木知佳)

        *        *        *

キャスティングは最高!

これほど贅沢なキャスティングで他に映画がとれるのでしょうかって思った。多分を渡辺淳一の作品を映画化するにあたって、もっともキャスティング的に最高の役者さんたちをそろえたのがこの『失楽園』ではないだろう。
確かにお話はベタすぎる。山なし、オチなし、意味なし・・・。カメラも悪い! 監督が森田芳光でなかったらもっといいものができていただろう。まさに下手な映画の典型のような作品だった。しかああああああし、あえて言おう、私はこの映画、好きであると!
ダンディな中年を描いたらこの人しかいないとおもえるような役所広司。ヒロインは、この人が脱いでくれること自体があまりに素晴らしいことのような黒木瞳。確かに別に脱ぐことを拒否してる人ではないから『略奪愛』とか脱いでるし・・、でも、やっぱりこの人の清純さというのは「脱ぐ」というイメージからはかけ離れているので、それがホントに見られるだけでも私にとっては感動ものだ。
役所広司の妻の役は星野知子
これもすっごくいい。娘の木村佳乃もこのころが一番きれいだったころだし、とにかく、出ている役者さんが一番いい時代にこの映画にでてるような気がする。こんな偶然はありえない。話はともかく、役者のあつまりは渡辺淳一作品のなかで最高にそろっている。
・・・ただ、森田芳光が下手で、話がベタなだけだ。それに目をつぶれはとっても素晴らしい映画だ。
渡辺淳一の映画なんてどれもこんなものなのだがら、話しうんぬんよりも役者が総て。そんなふうに思うのは私だけ???

ただ、出来るならカメラは木村大作か、根岸吉太郎とよく仕事してた丸池納さんが良かったな。

<あらすじ>
敏腕編集者だった久木祥一郎(役所広司)は、閑職の調査室配属を命じられた。ぐれて友人の衣川(寺尾聰)と飲む久木。そんな久木は、衣川の勤めるカルチャーセンターで書道の講師をしている松原凛子(黒木瞳)と出会い心を奪われる。彼女は折り目正しく淑やかな女性だったが、久木の強引でひたむきな恋の訴えに、答えてくれた。夢のような情事。ふたりの関係は次第にエスカレートしていき、凛子の養父が死んだ通夜の晩、久木にせがまれた凛子は、夫や母親の眼を逃れて喪服姿のままホテルで密会した。
「今日は勘弁して。・・・・してあげますから」と久木の股間にひさまづき、ジッパーをさげる凛子。しかし、結局してしまう。
やがて、久木は密かに都内にマンションを借り、二人の時間をそこですごすようになるが、凛子の夫・晴彦(柴俊夫)は興信所の調査で妻の不貞を知る。晴彦はあえて離婚しないことで凛子を苦しめようとし、一方、久木の妻・文枝(星野知子)は静かに、しかしキッパリと離婚してほしいと要求した。久木の会社に彼の行状を暴く告発文が送られてきた。久木は辞職を決意し、文枝との離婚も承諾する。凛子もまた晴彦や実母との縁を切って、久木のもとに走った。
雪深い温泉宿へ向かった久木と凛子は、生命を絞るように激しく求め合ったまま、互いに毒の入ったワインを口にした。後日発見されたふたりの心中死体は、局所が結合したままの愛の絶頂の瞬間の姿であったという。

この映画は突き抜けてしまってること。残される人の気持ちなんか考えない。これだけ、無責任をやってしまえるくらい溺れられる人もそういないだろう。というか、ファンタジーでなければ普通はこんなのは無理なのだが、ふと思うと、『みじかくも美しく燃え』は実はの話であり、このもとになった人たちはそうだったのだろうなあって思った。

by ssm2438 | 2010-03-19 01:41
2010年 03月 17日

雁の寺(1962) ☆☆☆

f0009381_23563277.jpg監督:川島雄三
原作:水上勉
脚本:舟橋和郎/川島雄三
撮影:村井博
音楽:池野成

出演:
若尾文子 (桐原里子)
高見国一 (住職・堀之内慈念)
三島雅夫 (小坊主・北見慈海)

        *        *        *

川島雄三ときくと、「便所」とヘンな「アングルのカメラ」という印象があるのは私だけだろうか??

実は川島雄三の映画というのはこれと、『しとやかな獣』しかみてないのだが、普通の人は撮らないだろう便器とか、肥溜めとか、やたらと印象がある。まあ、若尾文子さんが出てる映画なのに、そんなシーンが個人的にいれてほしくないのだけど、理想とか憧れの女性じゃなくて、どんなに美しいひとでもウンコをする普通の人間としてみなさいよってところを、間接的に強調しているんですかね・・。

原作は1961年の直木賞をとった水上勉の『雁の寺』。殺人事件がらみのサスペンスである。意外とテーマ的には松本清張の『天城越え』ににてるかもしれない。生臭坊主と若尾文子の性欲にまみれた生活を見て育った小僧さんがヤッちゃう話。

しかし・・・、この映画かに限らず、50年中盤から60年代全般にかけての大映映画はよかった。どろどろ・わくわく、そして若尾文子に代表されるように女優さんがきれいで妖艶だった。

<あらすじ>
昭和初期、雁のふすま絵があることから「雁の寺」と呼ばれる京都の禅寺・孤峯庵に、喪服姿の桐原里子(若尾文子)が訪れた。は里子南嶽の妾だっただが、彼の死後、遺言によりこの寺の住職慈海に世話をしてもらうことになっていた。慈海(三島雅夫)は、 深い禅の奥儀を具えた男だが,女性との快楽にも目のない男であった。寺には14歳の慈念という小僧さん(高見国一)が住職の世話をしていた。口べらしのためこの寺に預けられ中学校にかよっている彼に、里子は、いつしか慈念に同情をよせるようになった。
ある夜、慈海との情事の最中に、里子は障子に人影の走るのを見た。慈念に覗かれている。勉強も手につかなくなっている慈念。慈念をいびるシーンは執拗に繰り返され、また慈念の目の前で里子を相手に繰り広げる痴態もエスカレートしていくばかり。身をもって慈念を慰めようと彼の部屋に忍び入った里子は、惜しげもなく体を与えた。
次の日の夜、泥酔して帰った慈海は、何者かに襲われてばったり倒れた。その日から慈海の姿をみたものはいない。同じ頃別件で葬式があったが、その棺おけがやたらと重いことを、その運び手が感じ取っていた。
慈海の失踪を知った本山では、宇田竺道を孤峯庵に入れることにきめた。慈念は慈海のいない孤峯庵にとどまることは出来ず、身の回りを整理して寺を出ようとした。
「和尚のいるところへ旅します」という慈念の言葉に、里子にはおぼろげながら、慈海が慈念に殺されたのだろうと思った。南嶽の描いた雁の襖の絵、その子雁に餌を与える母雁の襖絵が、無残にも剥ぎとられていた。

by ssm2438 | 2010-03-17 23:56
2010年 03月 17日

ひとひらの雪(1985) ☆☆

f0009381_3423229.jpg監督:根岸吉太郎
原作:渡辺淳一
脚本:荒井晴彦
撮影:川上皓市
音楽:本多俊之

出演:
津川雅彦 (伊織祥一郎)
沖直美 (相沢笙子)
秋吉久美子 (高村霞)
岩本千春 (高村かおり)
木内みどり (伊織扶佐子)

        *        *        *

結局秋吉久美子の体だけの映画だったような・・。

渡辺淳一の物語というのは、等身大の物語で、男の感情は実にリアルだ。しかし、イベント自体がかなりファンタジーというか男の妄想以外のなにものでもない。ハッピーエンドにならないのも妄想たるゆえんだろう。不思議なもので、リアルに妄想すると決してハッピーエンドにはならないものだ。
なので登場する男も決して飛びぬけてかっこいい男がでてくるわけではない。本作の津川雅彦も実に等身大で、男のダメな部分を全部もっている。ゆえに男としては実に感情移入できる。しかし、この映画はそれ以上に、感情移入したキャラクターがあまりに節操がないので、途中から感情が離反してきてしまう。それがあまりこの物語を楽しめない原因なんだろうな。

ドラマを作る時に必要さが作業は、まず、見てもらう人に感情移入してもらうこと。人は強さには共鳴できないように出来ている。人が共鳴できるのは常に弱さなのだ。登場人物を描くときに、自分を弱さをさらけ出して描いてやれば、それは見ている者も同じように感情移入する。ドラマを描くというのは心のストリップにほかならない。
そうして観客が感情移入した主人公がドラマのなかで勝利すれば、見ている人もそれで感動できるわけだ。その過程ではらはらどきどきされれば、見ているものはさらにスリリングな興奮を味わうことになる。それがドラマを作る時に基本メカニズムなのだが、この映画の場合は、感情移入の段階で多分見ている男たちにシンパシーと夢を与えたのだろうが、主人公のへたれぶりを見せすぎたがあまり、感情離反してしまい、さらに最後は全然ハッピーじゃない展開になってしまった。
原作がそうなのだから結末や設定は変えられないのだろうが・・、もうちょっとなんとかならなかったものか・・・。というか、原作自体がイマイチだったのかもしれない。

<あらすじ>
伊織祥一郎(津川雅彦)は原宿に事務所を持つ建築家。扶佐子(木内みどり)という妻と一人娘まり子がいるが、4年半も別居中である。その原因は、祥一郎が、彼の秘書・相沢笙子(沖直美)と不倫関係になってしまったからだ。その笙子に想いをよせているのが同じ会社の宮津(岸部一徳)。笙子は、ずっと待たされているままのすさんだ気持ちをもてあました時に時々、宮津と飲みにでていた。
高村霞(秋吉久美子)は、画廊を営む年の離れた夫・章太郎と義理の娘かおり(岩本千春)とともに、鎌倉の邸宅に住んでいた。そんな霞はあるパーティで10年ぶりの祥一郎と再会をした。10年前、美大生だった霞は講師にきていた祥一郎に憧れ、一夜をともにしたことがあったのだ。その時が初めてだった霞は妊娠し堕胎していたのだ。それがもとで自殺未遂もおかしていた。

「会いたい」と電話をする祥一郎。誘われるままに祥一郎のマンションを訪れた霞は再びベッドをともにする。祥一郎の変化を察した笙子は、惨めさに負けて宮津と浮気してしまう。義理の娘かおりの手助けもあり、霞と祥一郎は雪国の温泉に旅行し、祥一郎はますます霞の純粋な艶に魅了されていく。しかし会社にかえってみると、笙子は休んでおり電話にも出ない。しかし霞が寂しさをおぼえ、祥一郎の部屋を訪れていた時に笙子が尋ねてくる。笙子は会社を辞める決心を伝えて去っていく。
やっと扶佐子が離婚を承諾した。しかし笙子のマンションにはすでに宮津が入っていた。散々玄関で悪態をつく祥一郎に「いまだったらまだ好き。好きなまま別れさせて」と泣いて懇願する笙子に、祥一郎尾ももう無駄なあがきだと悟って去っていく。寂しさのあまり再び霞をもとめる祥一郎だが、娘のかおり浮気をばらしてしまい、二人の関係は終わった。
同時に二人の女性を失った祥一郎は孤独だった。そんな祥一郎のまえにかおりが現れる。かおりは霞の味方になって祥一郎との旅行のアリバイをなどをつくってくれていたが、霞が真剣になるのをみて不安になった。祥一郎のマンションに行ったかおりはが寝室にはいり裸になって「抱いて」とせまるが、祥一郎にはその欲望はおきない。一人になった祥一郎はコタツに入り、「君が好きだ。ずっといここにいてほしい」と呪文のようにつぶやくのだった。

by ssm2438 | 2010-03-17 03:42
2010年 03月 16日

犬神家の一族(1976・2006) ☆☆

f0009381_23541827.jpg
犬神家の一族(1976)

監督:市川崑
原作:横溝正史
脚本:長田紀生、浅田英一、岩下輝幸、日高真也、市川崑
撮影:長谷川清
音楽:大野雄二

出演:石坂浩二(金田一耕助)、島田陽子(野々宮珠世)、あおい輝彦(犬神佐清)、坂口良子(旅館の女)、

        *        *        *

f0009381_1457288.jpg犬神家の一族(2006)

監督:市川崑
原作:横溝正史
脚本:市川崑、日高真也、長田紀生
撮影:五十畑幸勇
音楽:谷川賢作

出演:石坂浩二(金田一耕助)、松嶋菜々子(野々宮珠世)

        *        *        *

特に新作が悪いというわけではない。

でも、前の作品を見てる人は前のほうがいいだろうなあ。・・しかし、この二つは、ほとんど一緒なのでなんでリメイクしなければいけなかったのか不思議なくらいだ。制作サイドの意図としては、松島菜々子を主演で何か作ろうということがまず前提にあり、これになったってことなのかなとかんぐってみたりする。しかし、物語はまるっきりおんなじであり、見せ方は多少わざとらしさを抑えたかなという気はした。
強いて、私にとって違うところをあげるなら、前作は島田陽子の乳首が見えたが、新作では松島菜々子の乳首は見えなかったくらい。あとは、前作は旅館の女中を坂口良子の可愛さが生えていたが、深田恭子にはなにも感じるものがなかったかな。やっぱりこの映画には、坂口良子のあいきょうのある可愛らしさが不可欠だったのかもしれないとおもったりした。

珠代は、なんだかんだいいながら松島菜々子が好きだけど、ドラマ性からいうと島田陽子でもいいと思う。犬神佐清(すけきよ)はあおい輝彦のほうがなんかよかったかな。犯人の松子は、前作が高峰秀子、今回が富司純子だが、これはどちらでもよかったかもしれない。琴の先生はやっぱり岸田キョンキョンがいいなあ(笑)。

ただ、時代をこれだけへてリメイクするのに、首から斬られた頭部とか、湖水に足だけだした青沼静馬の死体とか、もっとリアルにつくれなかったものか・・、特に首だけの造形物はあまりに玩具っぽくっていただけない。あれって目をもっと湿気をもたせたなにか特殊な処理をするべきだったと思うのだけど。まるでマネキンのくびだったし、青沼静馬の死体もあれもまるっきり人形だった。もうすこし稼働部をつくってらしくグにょぐにょ感をだしてほしかったかな。

<あらすじ>
昭和24年2月、那須湖畔の本宅で信州財界の大物・犬神佐兵衛(いぬがみさへえ)が莫大な遺産を残してこの世を去った。佐兵衛は生涯に渡って正妻を持たず、それぞれ母親の違う娘が3人いた。彼女らにはそれぞれ、佐清(すけきよ・長女松子の息子)、佐武(すけたけ・次女竹子の息子)、佐智(すけとも・三女梅子の息子)という子供がいた。遺言によると、遺産は、野々宮珠世が、この3人の仲から選んだ一人に与えるという。そして野々宮珠世も、実は犬神佐兵衛の孫だったのだ。
しかし、犬神佐兵衛には青沼菊野という愛人がいて、彼女とその子供静馬は、松子、梅子、竹子にいたぶられて行方不明になっていた。
戦後のどさくさにまぎれて青沼静馬は、佐清にすりかわり犬神家にはってくる。そうとも知らない長女松子は、わが息子を珠世の婿にしようと佐武、佐智を殺し、わが子だと思っていた佐清が青沼静馬だと知ると、これも殺害した。しかし、本物の犬神佐清は生きていた。彼は自分の母松子が、従兄弟たちを殺すのを目撃、それをネタに青沼静馬におどされ、殺人の後始末をさせられていたのだ。

by ssm2438 | 2010-03-16 23:54
2010年 03月 16日

幽霊列車(1978) ☆

f0009381_4384010.jpg監督:岡本喜八
原作:赤川次郎
脚本:長野洋/岡本喜八
撮影:木村大作
音楽:渡辺岳夫

出演:
浅茅陽子 (女子大生・永井夕子)
田中邦衛 (刑事・宇野喬一)

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『三毛猫シリーズ』で有名な赤川次郎のデビュー作となる短編小説を、岡本喜八が監督した土曜ワイド劇場の一本。田舎の温泉町で起こった乗客消失事件に、警部と女子大生が挑むコミカル・ミステリー。一応死体遺棄事件だが、赤川次郎の小説から書き起こされたシナリオなのでディープになるわけもなく、たぶん小説で読めばその軽快さがたのしいのかもしれないが、画面でみるとなんだかすべってるきがする。
日本映画専門チャンネルで喜八特集のひとつとしてやっていたのだが・・・、私は岡本喜八とはあわないような気がする。赤川次郎とあわないのかも。どっちもあわないタイプだろうなあ。せっかくの木村大作の画面も全然さえない。きっと木村大作も岡本喜八とはあわないような気がする。

唯一の救いは浅芽陽子の健康的なヌードが拝見できたことくらいか・・。赤川次郎の小説って、実は中年男の軽妙な妄想なんじゃないだろうか。一応ミステリーで、死人も出るが決して深刻になるわけではない。そのミステリーはあくまで可愛い女の子と中年オヤジが一緒になにかをやるためのきっかけでしかなく、描きたいのは中年親父と、年頃の女の子のやり取り。そしてこの映画では、温泉旅館にいった田中邦衛が、温泉で浅芽陽子のヌードを見てしまったり、最後は何勘違いしたのか、彼女が田中邦衛の寝床にやってきてあっけらかんと一晩のセックスをして、朝にはいなくなってしまっている。
オヤジの夢だろうなあ・・・。

<あらすじ>
昔は繁盛していたが今は廃れてしまったある温泉町で大阪からきた客7人が蒸発する。警察も、大阪府警も捜査をしたが手がかりはない。そんな事件が気になったミステリー・マニアの女子大生・永井夕子(浅茅陽子)はその謎を解きに温泉にやってきた。一方宇野喬一刑事(田中邦衛)もこの事件に関心をもち、その温泉を訪れた。
事件は温泉町の俳句の会7人の仕業だった。温泉宿にとまった7人の客は、山でとったキノコを毒キノコと走らずに食べてしまい、あえなく死亡。そんな事件が明るみに出るとさらに客が来なくなると心配した町長さん以下の老人たちは、その7人を生めることにした。しかし町内で死人が出るのはこまると、朝一番の列車に死んだ7人に化けた俳句の会のメンバーが乗り込み、途中トロッコを使って脱出。列車が次の駅に着いた時には誰もいなくなっていた・・という物語を作り上げたのだった。
彼ら7人には罪の意識はなく、死んだお客たちをきちんと葬ってあげたという認識しかない。しかし、六法全書を調べてみるとどうやら死体遺棄にあたるらしいということが判明。かくなるうえは、事件に鼻を突っ込んでくる永井夕子を殺すしかないと決める。一応捕まえてはみたものの、人がいい彼らにはそれが出来ない。「このさい口封じに手篭めにするのはどうか」という提案がだされると、我先に、我先にと縛られて気負うしなっている夕子に迫った時、宇野刑事登場、彼らは逃げていった。夕子を助け上げると、実は彼女は気を失っておらず、彼らの話を盗み聞きするために、その振りをしていただけだった。7人の老人はあきらめて派出所に出頭。
一件落着した温泉宿では、宇野が眠につこうとしたとき、夕子がはいってきて、浴衣を脱ぎ、宇野の布団の中に飛び込んでくるのだった。めでたしめでたし。

by ssm2438 | 2010-03-16 05:03 | 木村大作(1939)
2010年 03月 16日

パトリオット・ゲーム(1992) ☆☆☆

f0009381_1475510.jpg監督:フィリップ・ノイス
原作:トム・クランシー
脚本:W・ピーター・イリフ/ドナルド・スチュワート
撮影:ドナルド・マカルパイン
音楽:ジェームズ・ホーナー

出演:
ハリソン・フォード (ジャック・ライアン)
アン・アーチャー (キャシー・ミュラー・ライアン)
ショーン・ビーン (ショーン・ミラー)

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軍事作戦を衛星からのサーモグラフ画像だけで処理するとは・・スゴイ!

これは画期的だった。兵士たちの作戦行動を、衛星からの赤外線サーモグラフ画像で見ているCIA。それでことが終了。命の重さがこれほど軽く描かれた演出はかつてなかった。衝撃的だった。政治の上層部が思っている戦争というのは、このくらいドライなものなのかとおもわせる、衝撃映像だった。かつれこれだけ、戦場をアイコン的に処理した映画があっただろうか。この映画はこの演出だけで、映画史上に残る特質すべき映画になったと思っている。なので☆ひとつおまけ。

・・・しかし、すごいのはその演出だけで、あとはそれほどでもないかな。特にストーリーの体温がやたらと変わるのがきになる。たまたま出くわしたテロ襲撃事件で、IRAのテロリストの一人をころしてしまうことになったジャック・ライアン。その敵を討つために殺されたテロリストの兄がジャック・ライアンに復讐するという話。やりたいことは理解できる。どんなに高度な情報システムにまもられている世界でも、結局は男と男の戦いであるってことのだろうだろう。ただ、事件が風呂敷を広げている割には、個人的なうらみつらり、ライアンにしてみれば逆恨みなので、どうにも理不尽なだけ。それを映画にされてもちょっとスケール的に小粒だったかな・・という印象。前作のレッドオクトーバーというソ連の原潜を拿捕する話くらいのスケールはほしいものだ。

しかし、トム・クランシーの話というのは、この話にかぎらず凝っているえらく専門的に凝っているのだけど、そんなプロなのにかなりマヌケなことも平気で起きる。プロフェッショナリズムとヘボ凡人性がみょうに交錯するのはなんとかならんかなあ。

<あらすじ>
CIAを辞め、海軍学校の教官となったジャック・ライアン(ハリソン・フォード)は、英国海軍大学でのスピーチを終え、妻キャシー(アン・アーチャー)が待つバッキンガム宮殿へ向かっていた。その時テロリストが1台の車を襲撃するところに出くわ、ドサクサの戦闘のなかで銃をとり、本能的にテロリストに立ち向かい負傷しながらもひとりを射殺した。生き残ったテロリスト、ショーン・ミラー(ショーン・ビーン)は駆けつけた警察に逮捕されたが、ジャック・ライアンの顔をにらみつづけていた。に彼に殺されたのがミラーの弟だったのだ。
1カ月あまりのイギリス滞在を終え、自宅に戻ったライアン一家。その頃、テロリスト集団のリーダー、ケヴィン・オドンネル(パトリック・バーギン)と、赤毛の美人アネット(ポーリー・ウォーカー)らは別の警察署へ護送中のショーンを奪還。ある日授業を終えたジャックは不審な男に襲われ、危機一髪で海軍兵に助けられるが、その頃サリーをつれたキャシーはハイウェイ上で襲撃され、車はコンクリート壁に激突してしまう。一命はとりとめたが娘サリーは重体だった。
CIAではテロリスト担当の専門家がショーンたちの行方を追い、衛星などの情報や「一味に女が絡んでいる」とのジャックの証言から北アフリカにテロリスト訓練キャンプを割り出す。CIAの特殊工作員たちが、深夜かれらを強襲、殲滅した。しかし、ケヴィンらは一足早く脱出、再びアメリカへと向かっていたのだ。嵐の中、ジャックらは命からがら海へ逃げ出す。弟の復讐に怒り狂うショーンはケヴィンとアネットを射殺、ジャックに襲いかかるが、海上での死闘の末ジャックはケヴィンを倒すのだった。

個人的な恨みつらみの話に、CIAが手助けする展開であり、子供のけんかに親がでてきた・・みたいな印象、あんまり気持ちよくない展開の話だった。

by ssm2438 | 2010-03-16 01:47