西澤 晋 の 映画日記

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2010年 03月 15日

いつも心に太陽を(1967) ☆☆☆

f0009381_23495486.jpg監督:ジェームズ・クラヴェル
脚本:ジェームズ・クラヴェル
撮影:ポール・ビーソン
音楽:ロン・グレイナー

出演:シドニー・ポワチエ (サッカレイ)

        *        *        *

1960年代不良生徒はまだ純粋でよかったなあ。

荒廃した中学校に赴任してきた黒人の先生シドニー・ポワチエが、問題児の家庭問題やら、心の病やらと取り組み更正させていく映画。しかし、10年前くらいにモーガン・フリーマン主演、ジョン・G・アヴィルドセン監督の『ワイルドチェンジ』という不良学校更正映画があったが、こちらと比べるとこの『いつも心に太陽を』はかなり牧歌的だったなあっと思ってしまう。

この映画で印象にのこってたのは、「紳士たれ、淑女たれ」的なスピリット。問題のある子供たちの心の問題や、その家族の問題をひとつひとつつぶしていくのは、最近でもよくある不良生徒更正ものと同じなのだが、シドニー・ポワチエの教えの一つが「紳士たれ、淑女たれ」的なスピリットだった。我々日本人から見ると、“中身のないのにカッコだけつけるなよ”って思ってしまったのだが、欧米の社会においては、紳士の振りをする。淑女の振りをするというのは、大事なことなのだろう。その昔『グレート・ギャッツビー』を読んだときにそれを思った。
貧しい家にうまれたギャッツビーが貴族になるためにの一日の日課を書いた時間割が紹介されるのだが、そのなかに「紳士の振る舞いの勉強」というのがあったように覚えている。そして英会話学校などで外国人と話をするといつも思うのだが、彼らは、相手のプライドを立てて、なおかつ自分の言い分も通すすべをこころえているなあって感心する。日本人の場合は、どうしても自分の言い分を通そうとすると相手の面子を踏みにじりかねない。なおかつ、それに耐えるドラマもやたらと多い。この映画をみるとそういう文化的な根底の違いを感じたものだ。

<あらすじ>
貧しい地区の中学校に赴任してきたマーク・サッカレイ(シドニー・ポワチエ)。しかし、彼が受持つクラスには、手のつけられない連中ばかりだった。サッカレイは生徒たちに規律とか自尊心、自制心、責任感などを教えこむには、彼らを大人として扱う必要があると悟り、まず彼らに基本的な礼儀を守らせることにした。効果は少し実あらわしはじめ、サッカレイは生徒たちに尊敬されるようにさえなった。
体育の時間で、体育教師と生徒たちが険悪な状態になると、サッカレイは体育の時間を代わって担当した。しかし、これをいいことに、不良少年たちは、ケンカの強いデンハムとボクシングで対決することを強制してきた。しかし挑戦をうけたサッカレイは、彼をノックアウトしてしまう。サッカレイと生徒たちの間にまた新しい絆が生まれた。しかし、サッカレイは、彼のプライドを傷つけてしまった自分の方法が失敗だったと考える。ちょうど新しい仕事も決まった、その会社に移ろうと思っていたサッカレイだが、卒業のダンス・パーティーで、生徒たちの姿はガラリと変わって、立派な大人になっていた。そして生徒たちから贈られたカードメッセージをよんだサッカレイは、学校にとどまる決心をしたのだった。

by ssm2438 | 2010-03-15 23:49
2010年 03月 15日

青い体験(1973) ☆☆

f0009381_036163.jpg監督:サルヴァトーレ・サンペリ
脚本:オッタヴィオ・ジェンマ
    サルヴァトーレ・サンペリ
    アレッサンドロ・パレンゾ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:フレッド・ボンガスト

出演:
アレッサンドロ・モモ (次男・ニーノ)
ラウラ・アントネッリ (家政婦・アンジェラ)


        *        *        *

父と息子3人の家庭にやってきてお手伝いさんをめぐって、父と息子たちは盛りがついてしまい、彼女をもとめて求愛セクハラ合戦。前半はかなりコメディたっち出来で、ポイントポイントでエロチックにみせてくる。個人的にはエロものをやるのにコメディタッチを入れるのはどうも作り手の弱さを感じてしまうが、まあそれがイタリアンなセンスなのだろう。
ただ、クライマックスの暗がりの中、ラウラ・アントネッリを懐中電灯で照らしながら室内を追うシーン(アントネッリが誘ってる)は音楽もかぶせられて強引に盛り上げられる。あの盛り上げ方はいいなあ。

まだ経験のないアレッサンドロ・モモがラウラ・アントネッリのスカートのなかを覗きたくて、脚立に登って本棚の窓を拭いているアントネッリにある本をとってくれと頼むシーンとか、子供心のにわくわくしたものだ。脚立を登り、「これ?」「ちがう」「これ?」
「いやその右のやつ」「これ?」「ちがう」「・・・・これでしょ」と怒りをにじませんてスカートをたくし上げるラウラ・アントネッリ。目を伏せ、「根性なし」と自分につぶやいてさっていく寂しそうなアレッサンドロ・モモ。おお、青春のもんもん・・・。
当時この手の映画がヨーロッパではやたらと流行っていた。大人の女性にあこがれるティーンエイジの若者の初体験もの。フランスではナタリー・ドロン『個人教授』とかね、イタリアの『青い体験』シリーズ(でも中身がつながってるわけではない)とか、ほとんど「続・・」とか「新・・」とか着くのだが、前作とは関係がまったくないものが多かったような気がする。
ちなみにこの『続・青い体験』も、登場人物はラウラ・アントネッリとアレッサンドロ・モモなのだが、登場人物も話も全然違う話。正直なところ、どのシーンがどちらか記憶がこんがらがっている(苦笑)。

<あらすじ>
シシリー島の小さな町、妻の葬儀をとどこおりなく終えたイグナツィオ・ブロカ(テューリ・フェッロ)には、育てなければならない3人の息子がのこされた。アントニオ18歳、ニーノ(アレッサンドロ・モモ)14歳、エンジーノ7歳。イグナッチオは、悲しみをよそおっているものの、心の中にはヤキモチ焼きの女房が死んだ安堵感があり、しかも近所の大金持ちの未亡人コラロ(アンジェラ・ルース)の挑発もあって悲壮感などない。
そんなある日、彼の家に美しい家政婦アンジェラ(ラウラ・アントネッリ)がやってきた。妻が死ぬ前に家政婦協会に頼んでおいたのだという。彼女をすっかり気に入ったイグナツィオは、もう中年のコロラなど見向きもせず、何とかアンジェラの気を引こうとやっきになった。父ばかりでなく、長男のアントニオもアンジェラの魅力にはまってしまった。そんな父と兄の態度に嫌気を感じる次男ニーノだが、学校から帰ればアンジェラと一緒にいる時間が一番長いのはニーノだった。
やがてイグナツィオはアンジェラとの結婚を家族に発表するが、ニーノは、末っ子のエンジーノが亡き母の幽霊の亡霊をみると反対する。これにはイグナツィオもアンジェラも参ってしまうが、SEXへの願望と不安に揺れ動くニーノの心を見てとった彼女は、激しい雷雨の夜、停電した家の中で、ついに自分の方からニーノと一夜を共にするのだった。結婚式の日、イグナツィオは何も知らずにただもう嬉びに胸をつまらせ、有頂天になっている。ニーノはアンジェラに祝福のキスをすると、くったくのない笑いをうかべて“ママ" と呼ぶのだった。

by ssm2438 | 2010-03-15 02:36
2010年 03月 15日

続・青い体験(1975) ☆☆

f0009381_175245.jpg監督:サルヴァトーレ・サンペリ
脚本:オッタヴィオ・ジェンマ/アレッサンドロ・パレンゾ
撮影:トニーノ・デリ・コリ
音楽:フレッド・ボンガスト

出演:
アレッサンドロ・モモ (サンドロ)
ラウラ・アントネッリ (兄嫁・ラウラ)
モニカ・グエリトーレ (サンドロの彼女・ロージー)

        *        *        *

今回のラウラ・アントネッリは兄嫁。

「続」とあたまに着いているが、『青い体験』からのつながりはまったくない。ただ、二人の役者と監督は一緒。さらに本作は、役者と登場人物の名前まで一緒にしている。まるで今のAVのノリだ。
ただ、今回はアレッサンドロ・モモにも彼女がいる。年上の女性に惹かれる青少年、そしてその彼女、というイタリアン・思春期物の基本ラインですな。

<あらすじ>
海水浴を楽しむ人でにぎわつていた南イタリアの小さな海辺の町。セールスマンの兄は出張が多く家をあけがちであり、弟サンドロ(アレッサンドロ・モモ)に、妻ラウラ(ラウラ・アントネッリ)に他の男がつかないように見張っていろと言われていた。サンドロはどこにいくにもラウラから離れない。そのために、サンドロは友達と気軽に過ごせる時間すらない。一方サンドロに想いを寄せるロージー(モニカ・グエリトーレ)も、そんなサンドロに相手をされずに寂しそう。
そんなロージーを気にかけて、ラウラはサンドロに恋の手ほどきを始めた。しかしサンドロにとってはロージーよりも、グラマーで美しいラウラのほうがはるかに魅力的だった。家族が留守になった夜、サンドロはラウラに迫るも、ちょうどその時兄が帰宅し、そのイベントはお流れ。その夜、サンドロはベッドにいる二人を見ていたたまれず家出。浜辺に捜しに出たラウラは、浜辺のバンガローでサンドロをみつける。そして二人はそこで結ばれた。翌日、サンドロの家では彼が大人になったお祝があった。乾杯の音頭は兄のレンツォ、「我が弟にセックスを教えてくれた優しい人妻の何も知らないマヌケな夫に乾杯」。

まあ、イタリア人だからいいかってエンディングでした(苦笑)。

あと、主演のラウラ・アントネッリは魅力的かもしれないが、このモニカ・グエリトーレもけっこう好きです。この映画の前年に公開されたマーク・レスター主演の『楡の木陰の愛』にも出てた。当時の写真はなかなかみつけられなかったのですが、ちょっと大人になった彼女の写真はあった。
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by ssm2438 | 2010-03-15 01:02
2010年 03月 15日

新・青い体験(1976) ☆

f0009381_251283.jpg監督:ペドロ・マソ
脚本:ペドロ・マソ/サンチャゴ・モンカダ
撮影:オ・セ・エレロ
音楽:ジャン・カルロス・カルダロン

出演:
クー・スターク (アナ)
アンソニー・アンドリュース (ジミー)
スーザン・プレイヤー (カルラ)
マリア・ペルシー (ミス・ニールセン)

        *        *        *

ラウラ・アントネッリの『青い体験』とはまったく関連性はない映画。

さらにイタリア製でもない。この映画は、スペインの女子高生が、ロンドンに留学し、性への目覚めを描いた映画。話はちょっと犯罪の臭いが漂っており、きなくさい。女子高生たちの“H”写真を撮影しては、ビニ本にして海外にうりさばいている犯行グループとかかわってしまう話。なので思春期の青年の初体験話とは全然ちがう。監督もスペインの人みたいだし・・・。本家『青い体験』の牧歌的な軽めの性欲へのめざめではなく、ほろ苦い青春の苦味を感じるストーリーになってしまっている。ここまでじめっと来るとあまり楽しめないかな。

主演のクー・スターク嬢はのちに英国王室のアンドリュー王子との恋愛スキャンダル女優として有名になってしまった。実はこの映画、リアルタイムで劇場でみたのですが、のちに彼女の名前がニュースをにぎやかした時はこの映画を知っているだけに、おお、あのときの彼女が・・・ってちょっとだけとくした気持ちになれたものだ。というわけで、『青い体験』となのつく映画のうち、劇場でみたのはこの映画だけという、そういう意味では面白くもないが、なんとなく記憶にから消えない映画だ。

<あらすじ>
スペインの避暑地に住む少女アナ(クー・スターク)は、社会勉強も兼ねてロンドン近郊の格式高い名門校リージェント・スクールに留学してくる。アナの入った寄宿舎には、素行の悪いイタリア娘のカルラ(スーザン・プレイヤー)、メキシコ人のロザンナ(ビクトリア・ベラ)らがおり、特にカルラは主任教師のミス・ニールセン(マリア・ペルシー)から要注意人物としてマークされていた。
やがて3人はディスコで軟派してきたジャマイカ人のに部屋にあそびにいき、そこでDJのジミー(アンソニー・アンドリューズ)とフリー・カメラマンのシレーノ(エドゥアルド・ベア)と知り合う。シレーノは何とかアナのヌードを写真に収めようと計画を練り始める。
数週間後、ジャマイカ人の部屋での非礼を詫びるためにジミーがアナを訪ねてくる。週末、ジミーと一緒にベッドインしたアナは、真剣な恋に落ちる。しかし、ジミーはシレーノから金を貰っており、セックスの現場を写真に
撮らせていたのだ。しかもジミーはミス・ニールセンのヒモで、ニールセンは学園の女生徒を騙して、ジミーやシレーノにヌード写真を撮らせ、それをデンマークに流している張本人だったのだ。既にアナのセックス写真はデンマークのポルノ雑誌に大々的に掲載されていた。しかし、本気でアナを愛し始めていたジミーは自責の念に駆られていく。
さらなるアナの写真が設けようとするシレーノは、アナを騙してジャマイカ人のアパートに呼びつけ、本番写真を撮影しようとするが、ジミーが駆けつけ乱闘に、さらに警察が駆けつけ、ジミーもシレーノも逮捕され、ミス・ニールセンの犯行も明るみに出た。退学処分をうけたアナ、カルラ、ロザンナはそれぞれの国に帰国する。

by ssm2438 | 2010-03-15 00:10
2010年 03月 14日

愛の狩人(1971) ☆☆

f0009381_22585251.jpg監督:マイク・ニコルズ
脚本:ジュールス・ファイファー
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ

出演:
ジャック・ニコルソン (ジョナサン)
キャンディス・バーゲン (スーザン)
アーサー・ガーファンクル (サンディ)
アン=マーグレット (ボビー)

        *        *        *

マイク・ニコルズのキャンパスライフ映画。子供の頃の私は、キャンパスライフ映画というのはある種の憧れがあり、個人的に大好きなカテゴリーだったのだが、この映画ではジャック・ニコルソンが大学生を演じている。今考えるとありえないような気がするが、やっぱり彼も昔は大学生だったのだろう(苦笑)。

この映画ではかなり記号的に二人の男を描き別けている。ジョナサン(ジャック・ニコルソン)は「女は肉体がすべて」と割り切るニヒリスト、サンディ(アーサー・ガーファンクル)女性に夢を抱くロマンチストだった。映画は、確固たる目的性をもって進行するわけではなく、二人の男の女性遍歴を英がいているだけで、あまり面白いとはいえない。憧れ全快のキャンディス・バーゲンと結婚したはずのアーサー・ガーファンクルも、大人になると別の女と遊び歩いているのをみると、ちと寂しくなる(苦笑)。・・・しかしよくよく考えると、彼が自然な感覚の変化だったのかもしれないなあ・・。

<あらすじ>
近くの女子大とのパーティーに出席したサンディは、校内一の美人スーザン(キャンディス・バーゲン)に一目惚れ。幸せ一杯でデートの様子を逐一報告するサンディだったが、ジョナサンはそんなスーザンを誘い出しやすやすとおとしてしまう。そうとは知らぬサンディは、スーザンにますますのぼせあがり、彼女をくどき落とすことに成功した。結局スーザンは2人の共通の恋人となった。初めはただの情事とわりきっていたはずのジョナサンもいつしか彼女を深く愛するようになと、スーザンは2人の愛のどちらかを選ばねばならなくなった。哀願するジョナサンを振り捨て、スーザンはサンディと結婚した。

それから数年、ジョナサンは税理士、サンディは医師になり、経済的には恵まれた社会人であった。幸福な家庭を築くサンディに対し、ジョナサンは飽くことなく情事の相手を求め、今はCM女優ボビー(アン・マーグレット)と同棲していた。ボビーは結婚を迫り、それを渋ると、自殺未遂。とうとうジョナサンも屈して結婚しててしまう。
一方、サンディもようやく平穏な生活に疑問を持ち、今はシンディ(シンシア・オニール)を情事を重ねていた。ジョナサンはボビーと離婚しまた独りとなって、インポになり、果てしない心の旅路をさまよい歩るく。

ちなみにアン・マーグレットは『ある愛の詩』アリー・マッグローとは別人。もちろん名前も違うわけだから間違えるはずはないのだけど、なんか・・、一緒ようなきになっていた次期があった。まあ、間違えてたのは私だけならいいのだけど・・。キャンディス・バーゲンは脱がすわけに行かないから、アン・マーグレットが脱ぐ役の専門だったけど、かといってきっちりヌードシーンをだしてるわけでもない。しかし、当時のポスターはこれ(↓)ですよ。ちょっと過大広告だよね。どこの国のだ?
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by ssm2438 | 2010-03-14 18:08 | マイク・ニコルズ(1931)
2010年 03月 14日

アイアン・イーグル(1985) ☆

f0009381_1662029.jpg監督:シドニー・J・フューリー
脚本:ケヴィン・エルダーズ、シドニー・J・フューリー
撮影:アダム・グリーンバーグ
音楽:ベイジル・ポールドゥリス

出演:
ジェイソン・ゲドリック (ダグ・マスターズ)
ルイス・ゴセット・Jr (チャールズ・シンクレア)

        *        *        *

アイアン・イーグルってタイトルつけるのなら、F-15で行って欲しかった。

あまりにありえない設定なので、ついていけない。中東で敵の捕虜となった空軍パイロットの父を、18歳の普通の高校出の息子が、父の友人で元空軍将校ルイス・ゴセット・Jrの協力を得てパイロットになるための訓練を受け、F-16戦闘機にのり、救出しにいくという・・・発想自体がありえない映画。

イスラエル軍が協力しているので、戦闘機などは本物なのだが、それを生かすにしてもあまりにストーリーの設定がチープすぎる。もう突っ込みどころ満載。さすがにF-16で救出に向かうってのはあまりに無謀すぎる。だいたい滑走路にどうやって下りるんだ? 降りた後救出してる時にどのF-16は敵に乗っ取られないの?・・とか、まあ、普通に考えるとありえない展開なんだけど、それを強引に画にしている。「こういう風に理解して欲しいんですけど、画面はこうとしか撮れないので、あとのあ脳内補完してくださいよ」っていうような映画。ある意味シドニー・J・フューリーらしい映画ともいえる。行われているイベントのその部分だけを切り取って、とりあえず他はみせないという、いかにもB級らしい映画の撮り方をする監督さん。まあ、こんな映画、まじめに世界観を整えようとしたら破綻するのはめにみえているし・・。

by ssm2438 | 2010-03-14 16:07
2010年 03月 14日

エイセス/大空の誓い(1991) ☆

f0009381_16494389.jpg監督:ジョン・グレン
脚本:ケヴィン・エルダーズ
撮影:アレック・ミルズ
音楽:ハリー・マンフレディーニ

出演:
ルイス・ゴセット・Jr (チャールズ・シンクレア)
サニー・千葉=千葉真一 (堀越)
クリストファー・カザノフ (パーマー)
ホルスト・ブッフホルツ (レイヒマン)
レイチェル・マクリッシュ (アンナ)

        *        *        *

<アイアン・イーグル>シリーズの第三弾。監督はそれまでのシドニー・J・フューリーに代わって、おお7シリーズなどを手がけたジョン・グレンが登場。この人は編集出の監督さんで、ドラマ作りはお世辞にも上手いとはいえないのだが、第二次世界大戦時の有名な各国の有名な戦闘機が登場するというのが、なんだかんだいってもちょっと嬉しい。
ゴセット・Jrの乗るロッキード P-38 ライトニング(米)、千葉真一の乗るゼロ戦(日)、クリストファー・カザノフの乗るスーパーマリン スピットファイア(英)、そしてホルスト・ブッフホルツの乗るメッサー・シュミット(独)。話はカスでもこの4機が飛んでいるところをみられるのはちょっと嬉しい。

お話はあいかわらずありえない展開の話で、相手は麻薬王。いかにも喰い合わせが悪い。
退役軍人チャッピー(ルイス・ゴセット・ジュニア)はイギリス人のパーマー(クリストファー・ケザノーブ)、ドイツ人のライヒマン(ホルスト・ブッフホルツ)、日本人の堀越(千葉真一)ら第二次大戦の撃墜王たちと組んで、4か国機の空中バトルを再現した航空ショーを行っていた。
そしてチャッピーの以前の部下だったモラリスが軍用機を使ってコカインを密輸していた疑いをかけら、死亡した。れていた。チャッピーは疑惑を晴らすため独自で捜査を始める。
モラリスの故郷ペルーのある村ではナチの残党クライス(ポール・フリーマン)を首領とする麻薬組織が村人を使ってコカインの精製を行っいた。村長の父を操るため、モラリスの妹の筋肉美女アンナ(レイチェル・マクリッシュ)が人質にとられていたが、脱走に成功。
ショー最後の夜、主催者ステットマン(フレッド・ダルトン・トンプソン)から機を借り受けた4人のエースは麻薬組織と戦うことを誓った。

by ssm2438 | 2010-03-14 15:30
2010年 03月 14日

エコーパーク(1985) ☆

f0009381_373572.jpg監督:ロバート・ドーンヘルム
脚本:マイケル・ヴェンチュラ
撮影:カール・コフラー
音楽:デヴィッド・リケッツ

出演:
スーザン・デイ (メイ)
トム・ハルス (ジョナサン)

        *        *        *

スーザン・デイが出張ストリップをやるというので見た映画。ちょーハズレ。トム・ハルスがよくない。どうもこの人が主演男優だと見る気がしなくなる。どうみても主役には見えない。

LAのエコーパークと呼ばれる郊外。メイ(スーザン・デイ)は一人息子を育てながら女優になることを夢見ていた。なかなかいい仕事のないメイは、食っていきためには仕方がないと出張ストリップをはじめる。彼女はルームメイトを探しており、そこに現れたのがピザの宅配マンであるジョナサン(トム・ハルス)。彼はシンガーソングライターをめざしていた。ジョナサンが一瞬でメイに恋するが、メイはお隣さんのアウグスト(マイケル・ボーマン)というオーストラリア人のボディビルダーが好きだった。彼はいつか自分が第二のアーノルド・シュワルツェネッガーになれると信じていた。そんな人生の敗者3人がくりひろげるドラマ。

もうちょっと確固たる何かを映画のなかで成し遂げて欲しかった。

by ssm2438 | 2010-03-14 03:07
2010年 03月 11日

ザ・エージェント(1996) ☆☆

f0009381_0585615.jpg監督:キャメロン・クロウ
脚本:キャメロン・クロウ
撮影:ヤヌス・カミンスキー
音楽:ダニー・ブロムソン

出演:
トム・クルーズ (ジェリー)
レニー・ゼルウィガー (ドロシー)
キューバ・グッディング・Jr (ロッド)

        *        *        *

普通に楽しめる作品。しかし、ひっつくもしても、離れるにしても、納得させるインパクトが欲しいかな・・・

当時、野茂の代理人がダン・野村だとか、イチローのエージェントは誰になるんだとか、松井のエージェットは誰になるんだとか、いろいろあって、向こうのプロ野球の選手は代理人をたててチーム側と交渉するってことが、日本人にもだんだんと浸透してきてたころの作品。実は松井がメジャーにいった時は「代理人はたてない」とかいってたのを聞いて、おいおいおいおいおい、そらああっちじゃあ通用しないだろうっておもってたけど、行ったらわかったみたいで当時ジオンビーと同じ代理人をたててたね。やっぱり向こうは交渉するチームがおおいからそういうシステムもしかたがないのだろう。しかし、間に代理人がはいることで、交渉で勝ち得たけ違約金のうちの何パーセントかはエージェントがもっていくわけで、はげたか産業であることには変わりない。あんまりいい印象はないやね。こういう連中がいるから無駄に契約金が高くなるんだって思ってしまうよ。

そんな代理人を今回はトム・クルーズがやることになってるこの映画。ちょっと社会派な映画になりそうで期待したけど、普通のビジネス・サクセス・ストーリーだった。他力本願での仕事なので、いまいち燃えどころがないかな。ロッドが成功しなかったらどうなってたんだ・・?って思ってしまう。
あと・・、ドロシーのまわりに女ばっかりの集合体は・・・ちょっとオエってきた。。。

<あらすじ>
全米一のスポーツ・エージェント会社をクビになったジェリー(トム・クルーズ)、「僕についてくる者は?」の呼びかけに応えたのは、シングル・マザーの会計係ドロシー(レニー・ゼルウィガー)だけ。それでも着いてきてくれル人がいたのはとても素晴らしいことだと思うが・・・。
しかし、ジェリーが会社をやめたことで、彼についていたクライアントはみんなジェリーとの代理人契約は破棄した。残ったのは落ち目のアメリカン・フットボール選手ロッド(キューバ・グッディング Jr.)のみ。
ジェリーに急速に惹かれたドロシーは、ある夜、ディナーの帰りについにキスを交わし、一夜を共にした。一方、ロッドの契約交渉は決裂し、今シーズン限りでフリー・エージェントになる決意を固めた。
ジェリーは収入を絶たれ、ドロシーも雇い続けることができなくなる。彼女は新しい仕事を求めてサンディエゴへ出発の直前、彼女に結婚を申し込むジェリー。二人の結婚生活が始まったが、いまいち本物ではない感じ。一方、ロッドは目ざましい活躍をヒーローになった。
試合後、マーシーからの電話に「愛してる」を連発するロッドを見ているうち、ジェリーはドロシーのことを思い浮かべ、彼女の心を取り戻すために彼女が参加している「離婚女性の会」へ飛び込んだ。二人の仲は復活、ロッドの契約も決まりめでたしめでたし。

by ssm2438 | 2010-03-11 01:00
2010年 03月 10日

野いちご(1957) ☆☆☆☆☆

f0009381_23565468.jpg監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:グンナール・フィッシェル
音楽:エリック・ノードグレーン

出演:
ヴィクトル・シェストレム (イサク・ブログ)
イングリッド・チューリン (義娘・マリアンヌ)
グンナール・ビョルンストランド (息子・エーヴェルド)
ビビ・アンデルセン (サラ/ヒッチハイクの少女)
ジュリアン・キンダール (家政婦・アグダ)
グンネル・リンドブロム (シャーロット)
マックス・フォン・シドー (ガソリンスタンドの男・アカーマン)

        *        *        *

ラストの「・・・鍵はかけないでおきます」

・・・これがいいんだ。これですべてが救われる。受け入れられるということ。すばらしい。こういう受け入れてもらえる人というのをもてることが人生のすべてかもしれない。

そのまえのビビ・アンデルセンの「イサク、私はあなたが好きよ。今日も、明日も、ずっと・・」

これも、じいいいいいいいいいいんときたなあ。

ベルイマン映画のなかで唯一見て幸せになれた映画。ベルイマンにしてはとてもやさしい映画だ。ぐりぐりどろどろのベルイマンの映画の中にあってこれだけ人をやさしくつつむ映画があったとは・・。見直してみて再確認した。すごい。これ、歳をとてからみるれば見るほど、どんどんやさしが染み込んでくる映画だ。


この物語はベルイマンにしては珍しくロードムービーである。あ、『第七の封印』も考えて見ればロードムービーかもしれないが・・。
医者のイサク(ヴィクトル・シェーストレム)は76歳になり、50年にわたる医学への献身によって、名誉博士の称号をうける式典に出席することになる。息子エーヴェルドの妻、マリアンヌ(イングリッド・チューリン)がその会場までおくってくれる。そのとちゅう、青春時代をすごした家にしばしよることした。そこは野いちごがみのっていた。野いちごを摘む可憐なサラ(ビビ・アンデルセン)のイメージがうかびあがる。彼女はイサクのフィアンセだったが、弟に寝取られてしまう。その後、別の女と結婚したのだが、彼女も他の男と浮気をしてしまう。かといってなにも言わなかったイサク。

このイサクという人物、多分ひたすら現実と戦うことを裂けてきた人なのだと思う。好きな女がいて、長年のつきあいからフィアンセという立場になってはいたが、彼女がうばわれようとしているとき抵抗もしなかった。たぶん現実的な問題として考えるなら、女が別の男を好きになったらそれはもう終わりだと思うが、そんなことはどうでもいい、自分の本心を表現するということをしなかった。みっともなくても求めることをしなかった。それを行動として表現しなかった。たぶん彼の人生はずうっとそんな感じだったのだろう。
物語の冒頭でのべられるように、彼が「人生がむなしい」と思うことは、彼が彼の心を表現しないまま、終わろうとしているからだ。

f0009381_23581154.jpgここから3人の若者を同乗させることになる。その一人がサラに似ている。この時点では彼らとのイベントはさほどあるわけではないのだが、名誉小を受賞した後、彼らがイサクを訪問し「おめでとう」って言ってくれる。それがまたいいんだ。特にその一人がサラに似てるとこうことが、喜びをほんのすこしだけプラス・アルファしてくれる。もっとも同じビビ・アンデルセンが演じているのだから似てるはずだ。

彼らは廻り道をして、96歳の老母を訪ねる。彼女は他人にも自分にも厳しく、親族は誰も寄りつこうとしない。死さえも彼女をさけているようだ。ここでベルイマンがいつも登場させる高圧的支配者キャラを登場させている。彼女の影響下で感情を抑えることになれてしまったのだろう。
そしてその姿勢は息子にも受け継がれていることを、義娘・マリアンヌから聞かされる。マリアンヌは妊娠したが、夫の(イサクの息子)のエーヴェルドは産む事に反対した。エーヴァルドは自分がイサクの息子なのかどうかも疑っていた。そしていつも喧嘩をしていた父と母をみて育った。そんな環境になることがわかっていて子供は持ちたいとは思わないという。
このシーンに先駆けて、3人の若者をのせたあと、一組の夫婦を乗せるエピソードがある。お互いささやかにののしりあい、相手を貶めることで自分を肯定しようとしている夫婦。マリアンヌが「降りてください」といって車を止める。夫婦はささやかに礼をいって降りていく。あの時なんでマリアンヌがあんな態度に出られたのか・・っと思ったら、ここでその心情が語られてる「未来の私たちを見たくなかった」。
それはきっとイサクの過去でもあったのだろう。

マリアンヌを通して息子の想いをしらされたイサクはさらにめいってしまう。

彼にとって仕事とは現実からめをそらすための言い訳でしかなかった。悔しい時に悔しいともいえず、だから仕事に没頭することでそれから逃げてきた。悔しい時に悔しいといえない人間は、嬉しい時も嬉しいといえないものだ。そしてそれも多分彼の人生のなかにはなかったのだろう。その結果として与えられた今回の名誉賞。それにどれだけの意味があるのか・・・・。
しかしそれは幸せなイベントも引き寄せてくれた。先に出会った若者3人が会いにきてくれたのだ。ビビ・アンデルセンの面影を垣間見ることもできた。そして最後、ずっと世話をしてくれている家政婦のおばちゃんに

「もう長年の付き合いだから、名前で呼んでもらえんかね」と言うと
「いいえ、先生は先生です。つつしみは必要です」と返される。ちょっと寂しいきもちになっているとこに、

「鍵はあけておきます。御用の時はいつもおいでくさい。おやすみなさい」って言葉をかけてもらえる。

じいいいいいいいいいいいいいいんなのだ。
さらに追い討ちをかける。昼間乗せた3人の若者が窓の下でお祝いの歌をうたってくれる。彼らはハンブルグへ旅立つという。そして立ち去る前にビビ・アンデルセンがこういい残す。

「私はイサクが好きよ。今日も、明日も、ずっと・・・」

じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんである。その言葉を胸にねむりにつくと、再び子供の若き日のサラ(ビビ・アンデルセン)があらわれる。そして彼女はイサクの手を引き、かつて、イサクの両親が幸せな時間を過ごしているその一シーンをおもいおこさしてくれる。
じいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんである。そして幸せそうに眠りにつくイサク・・・。

これは、ベルイマンの『フィールド・オブ・ドリームス』である。
まさに人生の癒し映画の傑作だ。

by ssm2438 | 2010-03-10 05:16 | I ・ベルイマン(1918)